有能な調査員は健気で不憫なかわい子ちゃんを甘やかしたい!

波木真帆

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最悪の出だし

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「シン、次の調査依頼はこれだ」

ユウさんから渡された資料を見て思わず眉を顰める。

「内部調査ですか? それなら別に俺たちが調査しなくても……」

「いや、ここの店長が何かをやっているんじゃないかって数回極秘に内部調査したらしいんだが、良い成果が出なかったらしい。だから、内偵調査に踏み切りたいと依頼があったんだ」

「そんなにヤバい状態なんですか?」

「ああ。バイトがかなりの短期間で辞めることが続いているし、本部の方に匿名で店長に脅されてると訴えもあったようだ」

バイトが立て続けに辞めるのはかなりの問題がある。しかもそんな訴えが起こってるようなら内偵調査に踏み切るのもわかる。

「なるほど……。じゃあ、俺がバイトのフリして調査するってことですね」

「ああ。あと、これは俺からの追加事項だが、この子には十分注意しておいてくれ」

「んっ? 田淵たぶち伊月いつき? 最近入ったばかりの子ですね」

「ああ。だが、それだけじゃないんだ。俺が気になっている子の友人で、最近やけに店長から仕事を押し付けられているらしい」

「ユウさんが気になってるなんて珍しいですね」

「お前だからいうが、彼に惹かれてる」

こんなユウさん初めてだ。誰にも興味を示さずただ淡々と仕事をこなす人なのに。俺に追加でその友人を見張らせるってことは、その子にも何か影響があるかもしれないってことか。

「ユウさんの大切な気持ちを俺に打ち明けなくていいですよ。まだその気になってる子にも伝えてないんでしょう?」

「ああ。言えるはずがない。なんせ一回り以上も下だからな」

「ふっ。ユウさんらしくない。恋に性別が関係ないように、惹かれるのに年齢も関係ないでしょう。まぁ、俺は俺のできることをしますよ。任せてください」

俺は翌日から早速コンビニに内偵調査に行くことになったのだが、全てにおいて最悪の出だしとなった。

「ユウさん、一足遅かったですよ」

「どういうことだ?」

「あの田淵くん、昨夜のバイト帰りに車に撥ねられて緊急搬送されたそうです」

「何? まさか――っ」

「今、付近の防犯カメラの映像を集めてますが、十中八九店長の仕業だと思われます」

「そうか……。じゃあ、すぐに田淵くんが入院した病院に行ってくれ。今、コンビニに店長がいないからきっとそっちに向かってるはずだ」

「わかりました」

もっと早く内偵調査の依頼が来ていれば、彼を怪我させるようなことはしなかったのに。くそっ! どうしようもできない憤りを感じながら、俺は急いで田淵くんが搬送された病院に向かった。

友人だと言って病室を教えてもらい、急いで向かうとちょうどあの店長が田淵くんの病室に入るところだった。俺は急いで駆け寄り、扉をほんの少しだけ開け小さな盗聴器を投げ込んだ。

部屋の向かいにある休憩コーナーに入り、受信機で部屋の様子を聞くと田淵くんに怒鳴り散らしているのが聞こえる。

――お前がぼーっとしているから事故になんて遭うんだ。仕事だっていつもぼーっとしているだろう! お前は本当に使い物にならないな!

事故に遭い、怪我を負ったばかりの相手に対して何て言い草だろう。腹立たしくてたまらなくなる。

――お前が休むせいでうちは休業しないといけなくなる。どうする気なんだ! さっさと退院してうちに働きに来い! それができないなら代わりを連れてこい!

身動き一つ取れない相手に向かって、尚も怒鳴り続ける店長にいい加減我慢できなくなって部屋に飛び込もうとすると

――やめてください!! 

と聞き慣れぬ声が聞こえてきた。誰だろう? この子は。

――なんだ、お前は?

――僕は田淵くんの友人です。

――そうか、ならお前がこいつの代わりに仕事をしてくれるっていうんだな?

――えっ、それは……。

――代わりにもなれないくせに話に入ってくるな!

そう怒鳴りつけられた田淵くんの友人は、

――わかりました。田淵くんが治るまで僕が働きます。

と言い切った。

――いいよ、砂川くん! 君にそんなことさせられない!

――お前は黙ってろ。この子が代わりになってくれるっていうんだから素直に聞けよ! じゃあ、明日から働いてもらうぞ。履歴書持ってうちのコンビニに来い。わかったな!

言いたいだけいうと、店長は部屋から出て行ったようだ。

――砂川くん、ごめん。おかしなことに巻き込んじゃって……。

――いいんだよ。気にしないで。それよりも田淵くんが無事でよかった。

――心配かけたね、ほんとごめん。

――謝ってばっかりだよ。気にしないで、早く良くなることだけ考えて。

――うん、ありがとう。でも、砂川くん……店長には気をつけて。

――ああ、怖そうな人だもんね。うん、わかった。慣れるまでは大変だろうけど、頑張るから。

――いや、そうじゃなくて……。

――んっ?

――いや、無理しないで。

――ありがとう。あ、これお見舞いのお菓子。よかったら食べて。あんまり長居したら疲れるだろうから僕は帰るよ。じゃあまたお見舞いに来るね。

砂川くんという友人は部屋から出て行ったようだった。

さっきの様子から見ると、田淵くんは店長を警戒していたようだな。話の流れで砂川くんが身代わりになったのを心配しているようだ。

これは直接本人に話を聞いてみるか。俺は田淵くんの部屋に行き、扉を叩いた。どうぞという声に扉を開くと、

「砂川くん、忘れ物でもした?」

と優しい声がかけられた。けれど、俺が顔を見せると、

「あっ、すみません」

と焦った表情を見せながら他所行きの声で謝られる。さっきの声の方が嬉しかったんだけどな。まぁ、仕方ないか。

「ああ、ごめんね。驚かせて……」

「あの、あなたは?」

Ubivisウビビス本社から今日付であのコンビニの配属になった河北と言います」

「河北、さん……あの、本社からどうして? 何かあるんですか?」

やはり何かを感じとっているのだろうか? この子には誤魔化さない方がいいかもしれないな。

「これから話すことは他言しないで欲しいんだが、いいかな?」

俺の言葉に彼は小さく頷いた。
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