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最終章 (領地での生活編)
花村 柊 54−2
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「んっ? ここ、ど――ゴホッ、ゴホッ」
目を覚ますといつもの部屋ではないベッドに寝ていた。
あれ?
なんで?
フレッドはどこに行ったんだろう?
キョロキョロと辺りを見回していると、この部屋にほんの少しだけ見覚えがある。
これ、どこだっけ?
「お目覚めですか? シュウさま」
聞き覚えのある声が聞こえて顔を向けると、そこにはルドガーさんがいた。
「るど、がーさん――ゴホッ」
「ああ、無理なさらないでください。さぁ、こちらをどうぞ」
吸い口のあるグラスを口に当ててくれて、飲ませてくれたのはいつものレモン水。
美味しくて身体にじわじわと染み渡っていく気がする。
でも……いつもならフレッドが口移しで飲ませてくれるのに……。
ルドガーさんには悪いけれど、フレッドがいないからかなんだか味気なく感じてしまう。
「ありがとうございます」
「いえ、他にご入用はございませんか? お食事をお持ちいたしましょうか?」
「あの、それよりも……フレッドは? 仕事中ですか?」
そう尋ねると、ルドガーさんの表情が一気に曇った。
「何か……あったんですか?」
「いえ、それが……私からお話ししていいものか……」
「お願いです、教えてください」
必死にお願いするとルドガーさんはようやく口を開いてくれた。
「今は落ち着いていらっしゃるようですが、少し前までシュウさまはお熱をお出しになっておられたのです」
「えっ、そうなんだ……気づいてなかった」
「シュウさまは丸一日おやすみになっておられましたから。それで、此度、お熱をお出しになったのは、旦那さまが無体なことをなさったからだとマクベスさんがお怒りになって……それで、お披露目パーティーまでの間はシュウさまのそばに近づかないようにと仰ったのです。それで私がこの客間でその間のシュウさまのお世話を仰せつかりました次第でございます」
客間……ああ、そうか。
以前の世界でぼくが住まわせてもらっていたのがこの部屋だ。
確か『蒼の間』だっけ?
フレッドの部屋やお城で過ごした方が長くてこの部屋のこと忘れてたな。
この部屋にいるときはまさか、フレッドとこんなことになるなんて思ってもなかった。
「フレッドは今、どうしているの?」
「旦那さまは執務室でお仕事をなさっておいでございますが、シュウさまのことを気にかけていらっしゃって、シュウさまがお眠りになっている間、何度かお見舞いに来られていましたよ」
「そうなんだ……」
フレッド、心配しているだろうな……。
フレッドに早く会いたいけど……どうしよう、先にマクベスさんと話しておいた方がいいかもしれない。
「あの、ルドガーさん、ちょっとマクベスさんを呼んでもらってもいいかな? 少し話がしたいんだ」
「はい。承知いたしました」
ルドガーさんは部屋を出ていき、すぐにマクベスさんを連れてきてくれた。
「シュウさま、お目覚めになられたようで安心いたしました」
「マクベスさん、心配かけてごめんなさい……」
マクベスさんの顔に疲労の色が見える。
きっとずっと心配してくれていたんだろう。
「いえ、それも全て旦那さまがシュウさまのお身体のこともお考えにならずになさったことが理由でございますから。本当に旦那さまは…」
「そんな……フレッドだけが悪いわけでは……」
「いいえ、旦那さまはご伴侶さまを思いやるお気持ちが少々欠けておりました。前回、シュウさまがお熱をお出しになった時も同じようにシュウさまのお身体のことをお考えくださいとお話ししたのです。ですが、此度もこのようなことになりまして……それでしばらく旦那さまとお離れになった方が良いと判断したのです。シュウさまのご意見も伺わず、執事として勝手なことをいたしました。申し訳ございません」
少し興奮気味のマクベスさんを見ると、本当にぼくのために怒ってくれたのだなと思う。
でも……本当にフレッドだけが悪いわけではないし……ぼくもフレッドに愛されることは全然嫌じゃないんだけどな。
「いえ、マクベスさんがぼくのためにしてくれたこと、本当に嬉しいです。でも……ぼく、やっぱりフレッドと同じ部屋にいたいんです。ルドガーさんが嫌とかじゃなくて、お世話されるなら……ぼくはフレッドにお世話されたいって思うし……だから……マクベスさん、お願いです。これからはぼくも気をつけますから、もう一度だけチャンスをもらえませんか?」
「シュウさま……」
「ぼく、昔からちょっと疲れるとすぐに熱を出してしまうんです。だから、あの……」
「申し訳ございません。私が差し出がましいことをしてしまったようですね」
「いえ、そうじゃないですっ!! ぼく、本当にマクベスさんがぼくを思ってくれたことは嬉しいんです。でも、あの……」
必死に思いを伝えようとすると、マクベスさんはにっこりと笑った。
「シュウさまのお気持ちはよく分かりました。旦那さまのことをそれほどまでに想ってくださっているということでございますね」
「マクベスさん……」
「私はまだまだ未熟なようです。旦那さまのお気持ちもシュウさまのお気持ちも理解できていないなんて……」
「そんなことないですっ!!」
「シュウさま……」
ぼくはずっと言いたかったことを今、マクベスさんにぶつけることにした。
「フレッドから聞きましたよね? フレッドがみんなから疎まれ、嫌悪されていた世界があったって」
「はい。私はそれを伺って自分自身が腹立たしくてたまりませんでした。ずっとお傍で仕えさせていただきながら、旦那さまにお寂しい思いをさせてしまっていたのだと、あちらの世界の自分を怒鳴りつけにいきたいくらいでした。どうしてもっと旦那さまの盾になりお守りしなかったのかと、本当に不甲斐なく思っております。お話を伺った日から今日のこの日まであの気持ちを忘れたことは一度もありません。私の敬愛する旦那さまが見た目だけで嫌悪されるなど……あってはならぬことですのに……」
マクベスさんの握った拳が震えてる。
やっぱりフレッドがあの世界のことを話してから、マクベスさんはずっと悔いていたんだ。
自分の知らない世界の辛い思いをしていたフレッドに対して、もっと何かしてあげられることがあったんじゃないかって……。
でも、それは違う。
ぼくはそれをずっとマクベスさんに伝えたいと思ってたんだ。
「マクベスさん……ぼくはほんの少しの間ですが、あの世界でフレッドとマクベスさんの様子を見てきました。フレッドとマクベスさんの間にはなんの隔たりもありませんでしたよ」
「えっ?」
「フレッドは確かに外ではたくさんの人たちに疎まれ、嫌悪されてとても悔しい思いをすることもありました。それでもずっと領主さまとして領民さんたちのためにやってこられたのは、マクベスさんを始めとするお屋敷の人たちに信頼されていたからです。特にマクベスさんやルーカスさんとは、ぼくも素敵だなって思うほど信頼しあっていて、フレッドはお屋敷の中では今のように堂々と過ごしていましたよ。ぼくの見た感じでは、今のマクベスさんもあの時のマクベスさんも、フレッドに同じ態度で接しています。ただあの時は受け取る側のフレッドが少し卑屈になっていたせいで、うまく感情を表せなかっただけで、マクベスさんはずーっと変わらないです。それがどれだけ、あの時のフレッドの心の支えになっていたか……」
「シュウさま……」
「ぼくはそんな差別があることも知らずにフレッドと出会ったから、最初から普通に接することができただけです。マクベスさんは何もかもわかった上でフレッドが小さい頃からそばについていたんでしょう? 何も悔いることなどないんですよ。マクベスさんがいたから、フレッドはこのサヴァンスタックに来ても頑張って来られたんです。だから、ぼくなんかよりずっとずっとマクベスさんの方がフレッドを理解していますよ。なんせ過ごしている時間がとてつもなく長いんですから……ふふっ、本当にぼくが嫉妬してしまうくらい、フレッドとマクベスさんの関係は素敵ですよ」
「シュウさま……ありがとうございます。本当にずっと悔やんでいたのです。私の記憶にはない私が旦那さまのお力にもなれずに辛い思いをさせてしまっていたことが……。ですが、シュウさまからそう仰っていただけて、心が晴れる思いです。あの世界の私は旦那さまの心の支えに少しは貢献できたのですね」
涙を滲ませながら話すマクベスさんは本当に嬉しそうだった。
よかった……ちゃんと伝えることができて。
「はい。マクベスさんだからこそ、このサヴァンスタックについてきてくれるように頼んだのだと思いますよ。だから、マクベスさんはあの時も、そして今も誰よりもフレッドのことを理解しています」
「シュウさま……」
「あの……ぼくが熱を出してしまったのは、本当にフレッドだけのせいじゃないんです……。僕が自分の体力のなさを理解していないだけで……だから、あまりフレッドを怒らないであげてください……」
そう頼むと、マクベスさんはにっこりと優しい笑みを浮かべた。
「承知いたしました。では、旦那さまをお呼びして、お部屋にお連れいただきましょう」
「わぁ、マクベスさん! ありがとうございます!」
「ふふっ。シュウさま……。そうそう、もし、シュウさまが体力をつけたいと仰るなら、私とルドガーでお相手をさせていただきますよ。私どもはいつも身体を鍛えておりますから……」
ヒューバートさんに身体を鍛えるのは無理だと言われて諦めていたけど、まさかここでマクベスさんにそう言ってもらえるとは思っても見なかった。
「本当ですかっ! わぁっ、嬉しいっ!! ぼく、ずっと鍛えてみたくて……。でも無理かなって諦めてたんです」
「シュウさまのお身体を旦那さまのように鍛え上げることは確かに難しゅうございますが、体力をつける程度でしたら可能でございますよ。次にまたお熱を出されるようなことがあったら、私がお相手を務めさせていただきます」
「はい。じゃあ、フレッドに言っておきますね!!」
ぼくはマクベスさんからの提案にすでに心躍る気分だった。
それからすぐにマクベスさんがフレッドを呼びに行ってくれて、
「シュウっ!」
大声をあげながらフレッドが寝室へ飛び込んできた。
「フレッド!!」
「ああ、本当に申し訳なかった。もう熱は下がったのか?」
「ふふっ。もう大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」
「よかった……本当によかった」
ベッドの脇に腰掛けてぼくを抱きしめてくれるフレッドの温もりにホッとする。
やっぱり一人でいるよりこっちがいい。
「じゃあ、シュウ。私たちの部屋に戻ろう」
「うん。あっ、そうだ! あのね、フレッド」
「んっ? どうした?」
「ぼくがいっつも熱出しちゃってみんなに心配かけちゃうから、ぼく……もっと体力つけるために運動しようと思うんだ」
「えっ? 運動?」
「そう! マクベスさんがね、ぼくでも身体が鍛えられるように手伝ってくれるって言ってくれたんだよ! ぼく嬉しくって!」
「マクベス……」
フレッドは後ろを向いて扉の近くに立っているマクベスさんに視線を向けた。
ぼくからはマクベスさんのにこやかな表情が見える。
「シュウさまが今度お熱をお出しになったら、私とルドガーでお相手をさせていただくことにしたのですよ。旦那さま、異論はございませんね?」
「はぁーっ。ああ、わかった。そうしよう」
マクベスさんと何やら話をして、ぼくの方に振り向いたフレッドは、
「シュウがもう熱を出さないように気をつけるから」
と自信満々に言い切っていた。
いや、ぼくはマクベスさん達と一緒に身体を鍛えられる方が楽しみなんだけどな……。
まぁ、いいか。
「さぁ、部屋に戻ろう」
あっという間にフレッドに抱きかかえられ、暖かなブランケットで顔まですっぽりと覆われていつもの部屋へと戻った。
ベッドに寝かせてもらうとやっぱりホッとする。ベッド脇で立っているフレッドに声をかけようとした時、
「キュンキュン」
とパールの声が聞こえて、ベッドに飛び乗ってきた。
「あっ、パールも出迎えてくれたの? ふふっ。ぼくがいなくて寂しかった?」
「キューン」
「ふふっ。可愛い」
ぼくがパールを抱きしめていると、
「シュウ……私も寂しかったぞ」
とフレッドが悲しげな表情でぼくを見ている。
ふふっ。パールみたいに飛びついてきてくれてもいいんだけど、きっと心配しているんだろうな。
「フレッド……こっちきて」
フレッドを呼び寄せると、ぼくの腕の中からパールがピョーンと飛び出し自分の寝床へと入って行った。
「パールは空気を読むのが上手になったな」
そう言ってフレッドはぼくの隣に横たわった。
フレッドの大きな腕の中にすっぽりと入っていると安心する。
「さっき、目覚めた時フレッドがいなくて寂しかった……」
「シュウにそんな思いをさせてしまって申し訳なかった」
「マクベスさんに怒られたって本当?」
「ああ……だが、私が悪いのだから仕方がない。つい、シュウを前にすると抑えが効かなくなる」
「でも……ぼくはフレッドに求められるのが好きだよ」
「――っ、シュウ。嬉しいがあまり煽らないでくれ。本当にシュウを前にするとすぐに箍が外れてしまうのだから」
「ふふっ。そんなフレッド……可愛くて好きだよ」
「シュウ……っ」
ぼくはフレッドの胸に顔を埋めながら、フレッドに語りかけた。
「さっきあの部屋で目覚めた時、思い出したんだ。あの部屋にいた時のこと……」
「ああ、こちらの世界に来たばかりの頃の話だな?」
「うん、そう。あの日、中庭でフレッドに会ってわけわからなくなって倒れて目覚めたらあのベッドに寝てた。混乱してた時にフレッドから声かけられて……あれが夢じゃないんだってわかった。さっき目覚めた時、不意にその時のことを思い出したのに……声かけられたのがルドガーさんで……申し訳ないけど、ちょっと寂しかった」
「そうか……あの日のこと、覚えていてくれたのだな」
フレッドの手が優しくぼくの髪を撫でてくれる。
「もちろん! 忘れたりしないよ。ねぇ、フレッド……あの日から、いろんなことを経験してフレッドと時間を共にしてきて……あの日のぼくから少しは変われたかな? ぼくね……初めての夜……あの部屋のベランダでこの世界の赤い月に誓ったんだ。優しくしてくれるフレッドのために役に立てるように一生懸命やってみせる! って」
「あの月に? シュウが誓ってくれていたのか!!」
「えっ? そんなに驚く?」
「ああ。あの日の月はこのオランディアで数十年に一度の『神の月』の日だったからな。そうか……最初からシュウは神に愛されていたのだな……」
そうだったんだ……。
あの日、これからの生活がどうなるか心配でどうしようもなかったけれど、あの月を見て頑張ろうって思えたんだ。
あの日からずっとぼくを見守ってくれていたんだね。
「フレッド……これからもぼく、頑張るよ。このサヴァンスタックが今まで以上に豊かで過ごしやすい領地になるように。フレッドと一緒に頑張る」
「ああ、ありがとう。シュウがいてくれたら心強いな」
これからの思いを胸に、ぼくたちはとうとう夫夫になるんだ。
目を覚ますといつもの部屋ではないベッドに寝ていた。
あれ?
なんで?
フレッドはどこに行ったんだろう?
キョロキョロと辺りを見回していると、この部屋にほんの少しだけ見覚えがある。
これ、どこだっけ?
「お目覚めですか? シュウさま」
聞き覚えのある声が聞こえて顔を向けると、そこにはルドガーさんがいた。
「るど、がーさん――ゴホッ」
「ああ、無理なさらないでください。さぁ、こちらをどうぞ」
吸い口のあるグラスを口に当ててくれて、飲ませてくれたのはいつものレモン水。
美味しくて身体にじわじわと染み渡っていく気がする。
でも……いつもならフレッドが口移しで飲ませてくれるのに……。
ルドガーさんには悪いけれど、フレッドがいないからかなんだか味気なく感じてしまう。
「ありがとうございます」
「いえ、他にご入用はございませんか? お食事をお持ちいたしましょうか?」
「あの、それよりも……フレッドは? 仕事中ですか?」
そう尋ねると、ルドガーさんの表情が一気に曇った。
「何か……あったんですか?」
「いえ、それが……私からお話ししていいものか……」
「お願いです、教えてください」
必死にお願いするとルドガーさんはようやく口を開いてくれた。
「今は落ち着いていらっしゃるようですが、少し前までシュウさまはお熱をお出しになっておられたのです」
「えっ、そうなんだ……気づいてなかった」
「シュウさまは丸一日おやすみになっておられましたから。それで、此度、お熱をお出しになったのは、旦那さまが無体なことをなさったからだとマクベスさんがお怒りになって……それで、お披露目パーティーまでの間はシュウさまのそばに近づかないようにと仰ったのです。それで私がこの客間でその間のシュウさまのお世話を仰せつかりました次第でございます」
客間……ああ、そうか。
以前の世界でぼくが住まわせてもらっていたのがこの部屋だ。
確か『蒼の間』だっけ?
フレッドの部屋やお城で過ごした方が長くてこの部屋のこと忘れてたな。
この部屋にいるときはまさか、フレッドとこんなことになるなんて思ってもなかった。
「フレッドは今、どうしているの?」
「旦那さまは執務室でお仕事をなさっておいでございますが、シュウさまのことを気にかけていらっしゃって、シュウさまがお眠りになっている間、何度かお見舞いに来られていましたよ」
「そうなんだ……」
フレッド、心配しているだろうな……。
フレッドに早く会いたいけど……どうしよう、先にマクベスさんと話しておいた方がいいかもしれない。
「あの、ルドガーさん、ちょっとマクベスさんを呼んでもらってもいいかな? 少し話がしたいんだ」
「はい。承知いたしました」
ルドガーさんは部屋を出ていき、すぐにマクベスさんを連れてきてくれた。
「シュウさま、お目覚めになられたようで安心いたしました」
「マクベスさん、心配かけてごめんなさい……」
マクベスさんの顔に疲労の色が見える。
きっとずっと心配してくれていたんだろう。
「いえ、それも全て旦那さまがシュウさまのお身体のこともお考えにならずになさったことが理由でございますから。本当に旦那さまは…」
「そんな……フレッドだけが悪いわけでは……」
「いいえ、旦那さまはご伴侶さまを思いやるお気持ちが少々欠けておりました。前回、シュウさまがお熱をお出しになった時も同じようにシュウさまのお身体のことをお考えくださいとお話ししたのです。ですが、此度もこのようなことになりまして……それでしばらく旦那さまとお離れになった方が良いと判断したのです。シュウさまのご意見も伺わず、執事として勝手なことをいたしました。申し訳ございません」
少し興奮気味のマクベスさんを見ると、本当にぼくのために怒ってくれたのだなと思う。
でも……本当にフレッドだけが悪いわけではないし……ぼくもフレッドに愛されることは全然嫌じゃないんだけどな。
「いえ、マクベスさんがぼくのためにしてくれたこと、本当に嬉しいです。でも……ぼく、やっぱりフレッドと同じ部屋にいたいんです。ルドガーさんが嫌とかじゃなくて、お世話されるなら……ぼくはフレッドにお世話されたいって思うし……だから……マクベスさん、お願いです。これからはぼくも気をつけますから、もう一度だけチャンスをもらえませんか?」
「シュウさま……」
「ぼく、昔からちょっと疲れるとすぐに熱を出してしまうんです。だから、あの……」
「申し訳ございません。私が差し出がましいことをしてしまったようですね」
「いえ、そうじゃないですっ!! ぼく、本当にマクベスさんがぼくを思ってくれたことは嬉しいんです。でも、あの……」
必死に思いを伝えようとすると、マクベスさんはにっこりと笑った。
「シュウさまのお気持ちはよく分かりました。旦那さまのことをそれほどまでに想ってくださっているということでございますね」
「マクベスさん……」
「私はまだまだ未熟なようです。旦那さまのお気持ちもシュウさまのお気持ちも理解できていないなんて……」
「そんなことないですっ!!」
「シュウさま……」
ぼくはずっと言いたかったことを今、マクベスさんにぶつけることにした。
「フレッドから聞きましたよね? フレッドがみんなから疎まれ、嫌悪されていた世界があったって」
「はい。私はそれを伺って自分自身が腹立たしくてたまりませんでした。ずっとお傍で仕えさせていただきながら、旦那さまにお寂しい思いをさせてしまっていたのだと、あちらの世界の自分を怒鳴りつけにいきたいくらいでした。どうしてもっと旦那さまの盾になりお守りしなかったのかと、本当に不甲斐なく思っております。お話を伺った日から今日のこの日まであの気持ちを忘れたことは一度もありません。私の敬愛する旦那さまが見た目だけで嫌悪されるなど……あってはならぬことですのに……」
マクベスさんの握った拳が震えてる。
やっぱりフレッドがあの世界のことを話してから、マクベスさんはずっと悔いていたんだ。
自分の知らない世界の辛い思いをしていたフレッドに対して、もっと何かしてあげられることがあったんじゃないかって……。
でも、それは違う。
ぼくはそれをずっとマクベスさんに伝えたいと思ってたんだ。
「マクベスさん……ぼくはほんの少しの間ですが、あの世界でフレッドとマクベスさんの様子を見てきました。フレッドとマクベスさんの間にはなんの隔たりもありませんでしたよ」
「えっ?」
「フレッドは確かに外ではたくさんの人たちに疎まれ、嫌悪されてとても悔しい思いをすることもありました。それでもずっと領主さまとして領民さんたちのためにやってこられたのは、マクベスさんを始めとするお屋敷の人たちに信頼されていたからです。特にマクベスさんやルーカスさんとは、ぼくも素敵だなって思うほど信頼しあっていて、フレッドはお屋敷の中では今のように堂々と過ごしていましたよ。ぼくの見た感じでは、今のマクベスさんもあの時のマクベスさんも、フレッドに同じ態度で接しています。ただあの時は受け取る側のフレッドが少し卑屈になっていたせいで、うまく感情を表せなかっただけで、マクベスさんはずーっと変わらないです。それがどれだけ、あの時のフレッドの心の支えになっていたか……」
「シュウさま……」
「ぼくはそんな差別があることも知らずにフレッドと出会ったから、最初から普通に接することができただけです。マクベスさんは何もかもわかった上でフレッドが小さい頃からそばについていたんでしょう? 何も悔いることなどないんですよ。マクベスさんがいたから、フレッドはこのサヴァンスタックに来ても頑張って来られたんです。だから、ぼくなんかよりずっとずっとマクベスさんの方がフレッドを理解していますよ。なんせ過ごしている時間がとてつもなく長いんですから……ふふっ、本当にぼくが嫉妬してしまうくらい、フレッドとマクベスさんの関係は素敵ですよ」
「シュウさま……ありがとうございます。本当にずっと悔やんでいたのです。私の記憶にはない私が旦那さまのお力にもなれずに辛い思いをさせてしまっていたことが……。ですが、シュウさまからそう仰っていただけて、心が晴れる思いです。あの世界の私は旦那さまの心の支えに少しは貢献できたのですね」
涙を滲ませながら話すマクベスさんは本当に嬉しそうだった。
よかった……ちゃんと伝えることができて。
「はい。マクベスさんだからこそ、このサヴァンスタックについてきてくれるように頼んだのだと思いますよ。だから、マクベスさんはあの時も、そして今も誰よりもフレッドのことを理解しています」
「シュウさま……」
「あの……ぼくが熱を出してしまったのは、本当にフレッドだけのせいじゃないんです……。僕が自分の体力のなさを理解していないだけで……だから、あまりフレッドを怒らないであげてください……」
そう頼むと、マクベスさんはにっこりと優しい笑みを浮かべた。
「承知いたしました。では、旦那さまをお呼びして、お部屋にお連れいただきましょう」
「わぁ、マクベスさん! ありがとうございます!」
「ふふっ。シュウさま……。そうそう、もし、シュウさまが体力をつけたいと仰るなら、私とルドガーでお相手をさせていただきますよ。私どもはいつも身体を鍛えておりますから……」
ヒューバートさんに身体を鍛えるのは無理だと言われて諦めていたけど、まさかここでマクベスさんにそう言ってもらえるとは思っても見なかった。
「本当ですかっ! わぁっ、嬉しいっ!! ぼく、ずっと鍛えてみたくて……。でも無理かなって諦めてたんです」
「シュウさまのお身体を旦那さまのように鍛え上げることは確かに難しゅうございますが、体力をつける程度でしたら可能でございますよ。次にまたお熱を出されるようなことがあったら、私がお相手を務めさせていただきます」
「はい。じゃあ、フレッドに言っておきますね!!」
ぼくはマクベスさんからの提案にすでに心躍る気分だった。
それからすぐにマクベスさんがフレッドを呼びに行ってくれて、
「シュウっ!」
大声をあげながらフレッドが寝室へ飛び込んできた。
「フレッド!!」
「ああ、本当に申し訳なかった。もう熱は下がったのか?」
「ふふっ。もう大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」
「よかった……本当によかった」
ベッドの脇に腰掛けてぼくを抱きしめてくれるフレッドの温もりにホッとする。
やっぱり一人でいるよりこっちがいい。
「じゃあ、シュウ。私たちの部屋に戻ろう」
「うん。あっ、そうだ! あのね、フレッド」
「んっ? どうした?」
「ぼくがいっつも熱出しちゃってみんなに心配かけちゃうから、ぼく……もっと体力つけるために運動しようと思うんだ」
「えっ? 運動?」
「そう! マクベスさんがね、ぼくでも身体が鍛えられるように手伝ってくれるって言ってくれたんだよ! ぼく嬉しくって!」
「マクベス……」
フレッドは後ろを向いて扉の近くに立っているマクベスさんに視線を向けた。
ぼくからはマクベスさんのにこやかな表情が見える。
「シュウさまが今度お熱をお出しになったら、私とルドガーでお相手をさせていただくことにしたのですよ。旦那さま、異論はございませんね?」
「はぁーっ。ああ、わかった。そうしよう」
マクベスさんと何やら話をして、ぼくの方に振り向いたフレッドは、
「シュウがもう熱を出さないように気をつけるから」
と自信満々に言い切っていた。
いや、ぼくはマクベスさん達と一緒に身体を鍛えられる方が楽しみなんだけどな……。
まぁ、いいか。
「さぁ、部屋に戻ろう」
あっという間にフレッドに抱きかかえられ、暖かなブランケットで顔まですっぽりと覆われていつもの部屋へと戻った。
ベッドに寝かせてもらうとやっぱりホッとする。ベッド脇で立っているフレッドに声をかけようとした時、
「キュンキュン」
とパールの声が聞こえて、ベッドに飛び乗ってきた。
「あっ、パールも出迎えてくれたの? ふふっ。ぼくがいなくて寂しかった?」
「キューン」
「ふふっ。可愛い」
ぼくがパールを抱きしめていると、
「シュウ……私も寂しかったぞ」
とフレッドが悲しげな表情でぼくを見ている。
ふふっ。パールみたいに飛びついてきてくれてもいいんだけど、きっと心配しているんだろうな。
「フレッド……こっちきて」
フレッドを呼び寄せると、ぼくの腕の中からパールがピョーンと飛び出し自分の寝床へと入って行った。
「パールは空気を読むのが上手になったな」
そう言ってフレッドはぼくの隣に横たわった。
フレッドの大きな腕の中にすっぽりと入っていると安心する。
「さっき、目覚めた時フレッドがいなくて寂しかった……」
「シュウにそんな思いをさせてしまって申し訳なかった」
「マクベスさんに怒られたって本当?」
「ああ……だが、私が悪いのだから仕方がない。つい、シュウを前にすると抑えが効かなくなる」
「でも……ぼくはフレッドに求められるのが好きだよ」
「――っ、シュウ。嬉しいがあまり煽らないでくれ。本当にシュウを前にするとすぐに箍が外れてしまうのだから」
「ふふっ。そんなフレッド……可愛くて好きだよ」
「シュウ……っ」
ぼくはフレッドの胸に顔を埋めながら、フレッドに語りかけた。
「さっきあの部屋で目覚めた時、思い出したんだ。あの部屋にいた時のこと……」
「ああ、こちらの世界に来たばかりの頃の話だな?」
「うん、そう。あの日、中庭でフレッドに会ってわけわからなくなって倒れて目覚めたらあのベッドに寝てた。混乱してた時にフレッドから声かけられて……あれが夢じゃないんだってわかった。さっき目覚めた時、不意にその時のことを思い出したのに……声かけられたのがルドガーさんで……申し訳ないけど、ちょっと寂しかった」
「そうか……あの日のこと、覚えていてくれたのだな」
フレッドの手が優しくぼくの髪を撫でてくれる。
「もちろん! 忘れたりしないよ。ねぇ、フレッド……あの日から、いろんなことを経験してフレッドと時間を共にしてきて……あの日のぼくから少しは変われたかな? ぼくね……初めての夜……あの部屋のベランダでこの世界の赤い月に誓ったんだ。優しくしてくれるフレッドのために役に立てるように一生懸命やってみせる! って」
「あの月に? シュウが誓ってくれていたのか!!」
「えっ? そんなに驚く?」
「ああ。あの日の月はこのオランディアで数十年に一度の『神の月』の日だったからな。そうか……最初からシュウは神に愛されていたのだな……」
そうだったんだ……。
あの日、これからの生活がどうなるか心配でどうしようもなかったけれど、あの月を見て頑張ろうって思えたんだ。
あの日からずっとぼくを見守ってくれていたんだね。
「フレッド……これからもぼく、頑張るよ。このサヴァンスタックが今まで以上に豊かで過ごしやすい領地になるように。フレッドと一緒に頑張る」
「ああ、ありがとう。シュウがいてくれたら心強いな」
これからの思いを胸に、ぼくたちはとうとう夫夫になるんだ。
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洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
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人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
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