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最終章 (領地での生活編)

花村 柊   53−1

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レオンさんはぼくたちが来てからもずっと意識は扉の向こうに向いているようだ。
よっぽど心配なんだろう。

それくらいレオンさんはルドガーさんが好きで仕方ないんだよね。
今回のこともルドガーさんを好きだからこそしてしまったことだと思うけれど……。
フレッドの話を聞く限り、やっぱり今回のことはレオンさんの判断が間違っていたんだろうと思う。

レオンさんが唯一に対して正直でありたいという気持ちはすごく良くわかるんだけど……それを聞かされたルドガーさんの気持ちを想像できなかったのかな……って考えてしまうんだ。

レオンさんとしてはきっと全てを曝け出して、ルドガーさんだけを愛しているんだと伝えたかったのかもしれないけれどね。
全てを話してスッキリしたレオンさんとは逆に、ルドガーさんは……正直知らなくてもいいことを知ってしまっただけだもん。
唯一と出会って、身も心も繋がって幸せ満載のところから、言ってみれば一気に奈落の底に叩きつけられたような……そんな気分になってもおかしくないよね。

もし、ぼくなら……。

ああっ、絶対に嫌だ。
しかも、ずっと想ってた相手が同じ家にいるんだもんね。
もうこのまま会いたくないと思っちゃうかも。
いや、それどころか、ここから出ていきたいと思っちゃうかも。

だけど、ルドガーさんもレオンさんもフレッドとこのお屋敷にはなくてはならない存在だし、ここで二人が仲違いしたままなのは絶対にいけない。

ぼくと話してルドガーさんの思いをぶつけてもらえたら少しは気が腫れるんじゃないかと思ったんだけど……。

ルドガーさん……出てきてくれないかな?


「ルドガー、お願いだ。少しでいいから話がしたい! ここを開けてくれないか?」

レオンさんが扉を叩きながら、扉の向こうにいるルドガーさんに声をかけるけれど、中からは何も聞こえない。
なんの手立てもない状況にレオンさんの顔が青褪めている。

「ねぇ、フレッド。下ろして」

「シュウ……どうするんだ?」

そう尋ねながらもぼくを下ろしてくれたフレッドに笑顔を見せて、ぼくはレオンさんの元に近づいた。

「レオンさん、少しの間でいいのでここから離れてもらえませんか?」

「えっ? ですが……」

「お願いします。離れていてください」

レオンさんを見つめながら頼むと、

「……わかりました」

と小さな声で返事を返し、扉の前から離れていく。

「すみませんが、この部屋から見えない場所まで離れててくださいね」

そういうと何か言いたげにしていたけれど、マクベスさんに耳打ちされてそのまま離れていった。

ぼくはふぅと深呼吸して、

「ルドガーさん、聞こえますか? ぼく、シュウです」

と扉の向こうにいるルドガーさんに声をかけた。

「レオンさんから話を聞きました。多分、ルドガーさんにとってはぼくは今一番会いたくない存在だと思うんですけど……ルドガーさんと話がしたいんです。ほんの少しでいいので、お話できませんか? ルドガーさんが開けてくれるまで、ぼく……ずっとここで待ってますから」

「シュウ! お前、病み上がりなのだから無理をしてはダメだ」

「フレッド……お願い。ぼく、どうしてもルドガーさんと話をしたいんだ」

「シュウ……」

今、ちゃんと話しておかないと絶対に拗れてしまう。
誰かに伝えるんじゃなくて、ちゃんとぼく自身の言葉でルドガーさんと話がしたいんだ。

「フレッド、お願い……」

フレッドにそう頼んでいると、目の前の扉からカチャっという音が聞こえた。

「――っ!!」

ぼくとフレッド、そしてルーカスさんと固唾を呑んで見守っていると、扉がほんの少しだけ開いた。

「……れ、おんさまは……いませんか?」

ルドガーさんが声を震わせて問いかけてくる。

「あっ、あの……今、少し離れてもらっているんですけど……こっちに来てもらいましょうか?」

「あっ、ちが――っ、今はちょっと……あの、私は……シュウさまとだけで……お話がしたい、です……」

「わぁっ! ルドガーさん、ありがとう」

ルドガーさんが開けてくれていた扉を少し開き中へと入る途中

「シュウっ!」

とフレッドの心配そうな声が聞こえたけれど、ぼくはそのまま扉を閉めた。

ルドガーさんの部屋はぼくが昔住んでいた部屋と同じくらいの部屋だったけれど、明るくて綺麗でなんだかとっても落ち着く部屋だった。

「シュウ、さま……。あの、こちらにどうぞ」

案内されたのは二人がけのソファー。
部屋の中で座る場所といえば、ここだけだからそこに案内してくれたんだろうけど、なんとなくここには座っちゃいけない気がする。
だって、ここはレオンさんとの大事な部屋だもん。

「あの、ぼく……こっちに座らせてもらいますね」

ぼくはソファーの前に置かれた絨毯にそのまま腰を下ろした。

「そ、そんな……絨毯にお座りになるなんて……っ、旦那さまに知られたら……」

「ふふっ。ルドガーさんとの秘密にしておいてください」

にっこり笑顔を向けると、ルドガーさんはぼくを見て俯いた。

「ルドガーさん……?」

「レオンさまは……そんな、シュウさまが……お好き、なんでしょうね……」

泣き腫らした目……。
綺麗な青い瞳にはまだ涙が溜まっている。
一体どれだけ泣いたんだろう。

レオンさんのことが大好きなのに、聞かなくてもよかった話に傷つけられて……。
本当に可哀想だ。

「はぁーーっ。レオンさんは大馬鹿者ですね」

ぼくが大きなため息を吐きながらそういうと、ルドガーさんは大きな目をぱちくりして目に溜まった涙を溢した。

「えっ? 大馬鹿者って……」

「だって、こんなに可愛いルドガーさんを泣かせたんですよ。レオンさんにはしっかり反省してもらわないと! そうだ、フレッドにお仕置きしてもらいましょう!」

「そんな……お仕置きだなんて……っ。私が、悪いんです……っ。レオンさまの昔の話を許せない私が……」

「何言ってるんですか! 許せなくて当然ですよ。大体、ルドガーさんのどこが悪いんですか?」

「ですが……」

「誰だっていろんな思い出はあると思います。ぼくの話だけじゃなくて、騎士団長をしていたくらいのレオンさんなら、女性からも男性からも誘いはいくらでもあったはずですよね。でも、唯一の相手に出会ったからといって、それを全て包み隠さず話すことが誠実ですか? 聞きたくないことの方が多くないですか?」

「はい……正直、聞きたくはなかったです……」

「でしょう? しかも、レオンさんは、前世の記憶の話もルドガーさんにお話ししたんですよね?」

そういうと、ルドガーさんは悲しげな表情で頷いた。

「だったら尚更ですよ。その時からずっとぼくのことを思い続けていて、その人を護るために騎士団長まで辞めてこの領地に来たなんて……そんなこと聞いたら不安になっても仕方ないと思いますよ。だから、ルドガーさんは何も悪くないんです。悪いのは、自分だけ全てを告白して楽になろうとしたレオンさんの方です!!」

「シュウさま……」

「ルドガーさんは、フレッドの傍に付いて長いんですか?」

「えっ? あ、私は、旦那さまが王都にいらっしゃる頃から従者見習いとしてお側仕えさせていただいておりまして……もう15年ほどになります」

「そんなに……。なら、フレッドがいろいろな方から声をかけられたのも見ているんでしょう?」

「えっ……あの、それは……」

ぼくの言葉にルドガーさんの顔色がさっと変わる。

ああ、やっぱりなぁ。
ルドガーさんはこの歴史の変わった世界の、ぼくの知らないフレッドをずっとみてきてるんだ。
現国王の弟で、公爵さまのフレッドは、アンドリューさまにそっくりのイケメンで……そんなフレッドに、ぼくと出会うまでに声がかからないわけがないもんね。
あの予言書のおかげでフレッドは守られてたわけだけど、それでも言い寄ってくる人は絶対にいたはずだ。

「ふふっ。やっぱり……。ルドガーさんは正直ですね」

「あ、でも……旦那さまは決して他の方には……」

「わかってます。それでも、知ってしまったら良い気はしないでしょうね。だからきっとフレッドは……もし、ぼくが過去のことを聞いても絶対に何もなかったって言い張ると思います。たとえ、それが嘘でも……。真実を知った方がぼくが傷つくと思うなら、フレッドは何をしててでも隠し通すと思いますよ」

そう。
絶対にフレッドなら、隠し通してくれるはず。

「大切なことを打ち明ける時って、それを話した自分の気持ちより、それを受け取る相手の気持ちを考えないといけないですよね。レオンさんには、それが足りなかったんですよ。だから、ルドガーさんがこんなに傷ついた……」

「うっ……うっ……」

「ごめんなさい……泣かせるつもりでは……」

「違うんです……私、嬉しくて……」

「嬉しい?」

「はい。シュウさまがこんなにも私の気持ちに寄り添ってくださったことが嬉しいんです」

「ルドガーさん……」

涙を流しながら、ぼくに笑顔を向けるルドガーさんがどうしてだか、お父さんの笑顔と重なった気がした。

「私は……今まで誰ともお付き合いはしたことがなくて……それでも旦那さまのお傍にいられるなら、それで幸せだと思っていました。でも、レオンさまに見初めていただいて……レオンさまの温もりも優しさも知って……この上ない幸せを感じたんです。私のことを身も心も愛してくれる人に出会えて……こんな幸せを私なんかがいいのかなって、不安になっていた時に、シュウさまのお話を伺って一気に不安が押し寄せてきたというか……やっぱり私なんかが幸せになどなってはいけないんだって、思ってしまって……そう、一度思ってしまったら、我慢できなくなって……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「謝らないでください。さっきも言ったでしょう? ルドガーさんに悪いところは何もないって」

「はい。ありがとうございます」

「それに……レオンさんだけど……本当にぼくのことを恋愛感情として好きだったわけではないんですよ。まぁ、ルイくんはもしかしたら本当に好きでいてくれたのかもしれないけど……」

「えっ? でも、レオンさまとルイさまは同一人物なんですよね? レオンさまがそう仰ってました」

うーん、同一人物というと語弊があるような……。
なんて説明したらわかってもらえるかな……。

「あのね、前世のルイくんと初めて会った時、ルイくんは多分5歳くらいだったのかな……本当にまだ子どもで……ぼくのことを『お姉ちゃん』って呼んで慕ってくれてね、可愛かったですよ」

「『お姉ちゃん』ですか?」

「ぼくはその時、事情があって女装していたんです。金髪のウィッグ……いや、かずらをつけて可愛いドレス着て……。ルイくんはその姿のぼくをみて、絵本に出てくるようなお姫さまだと勘違いしたんじゃないのかな。だから、お嫁さんにしてあげるって言ってくれたんだと思います」

「確かに、シュウさまがドレスをお召しになったら、とてもよくお似合いになりそうです」

「ふふっ。ありがとうございます。あの時……ルイくんに言われて、すぐにフレッドがいるから結婚できないって断ったら、今度はお姫さまを護る騎士になるって言い出して……。亡くなるその時までぼくのことを忘れずにいてくれたみたいだけど……それはあくまでもルイくんであって、レオンさんじゃないんです」

「あの……でも、同じなんですよね? レオンさまとルイさまは」

「レオンさんは、ずっとレオンさんとしての人生を歩んできて、ルイくんとは全くの別人ですよ。ルイくんの記憶が突然自分の頭の中に入ってきて、ぼくのことを思い出してくれたみたいだけど、僕のことを覚えていてくれたのはルイくんなんです」

「じゃあ、レオンさまはシュウさまのことがお好きなわけではないのですか……?」

「ルイくんがぼくのことを護りたいって願ったまま亡くなってしまったことを知って、その思いを代わりに遂げようと思ってくれただけで、ぼくのことを好きだとかそういう気持ちはないと思いますよ。だって……レオンさんにはルドガーさんがいますから」

「シュウさま……」

「レオンさん、ルドガーさんを見つけた時……すっごく幸せそうでした。フレッドに聞いたら、レオンさん……騎士団ではものすごく冷静沈着で慌てる姿なんて見たことがないって。でも、ルドガーさんにあった時は、すごく焦ってましたよね。ルドガーさんのことしか見えてないみたいだったし」

あの時、玄関先でルドガーさんをいち早く抱きしめたレオンさんの目には、ぼくは一ミリも入ってなかった。
それくらいルドガーさんを愛してるんだ。

「私は……レオンさまになんてことを……」

「ルドガーさん、言ったでしょう? ルドガーさんに悪いところは何もないって。勘違いさせたレオンさんが悪いんです。だから、しっかりとお仕置きさせちゃいましょう」

「そんなこと……いいんでしょうか?」

「いいの! その代わり、お仕置きが終わったら何もかも忘れて幸せになること。ね、ルドガーさん」

ぼくが笑顔を向けると、ようやくルドガーさんにも笑顔が生まれた。

ああ、よかった。
これでルドガーさんもレオンさんも幸せになれるかな。

「でも……お仕置きって、どうするんですか?」

「ふふっ。何がいいかなぁ……やっぱりここは……ルドガーさんと同じ気持ちになってもらいましょうか?」

「私と、同じ気持ち……ですか? それって、どういう?」

ぼくはルドガーさんに顔を近づけて、ヒソヒソと話をする。

だんだんとルドガーさんの表情が柔らかくなってくるのがわかる。

「ねっ、これでどうかな?」

「はいっ! これなら、できそうです!!」

「じゃあ、早速レオンさんを呼んで貰いましょうか」

ぼくはささっと扉に向かい、そーっと扉を開けると目の前にフレッドがいた。

「シュウっ! どうなったんだ? 大丈夫なのか?」

「しーっ。フレッド、静かに」

ぼくが口の前で指を立てると、フレッドは慌てたように口を抑え

「なんだ? どうしたんだ? ルドガーの様子はどうだ?」

と小声で尋ねてきた。
ふふっ。こういう素直なところが可愛いんだよね。

「詳しい話は後で話すから。とりあえずレオンさんを呼んできて欲しいんだ。フレッドも一緒にいて良いんだけど、絶対に邪魔しないで。できたらぼくやルドガーさんに同意してほしい」

「同意? シュウ……一体何をするつもりなんだ?」

「ふふっ。ルドガーさんを泣かせたから、レオンさんにお仕置きだよ」

「お仕置きって……」

「じゃあ、早く呼んで。あっ、中には入らないで扉の外から声かけてね」

「……わかった」

フレッドの言葉に笑顔を向けて、ぼくはゆっくりと扉を閉めた。
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