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第五章 (王城〜帰郷編)

フレッド   50−2

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「お前のような穢れきった者、こうして話しているだけでも気分が悪い」

「そんな、公爵さまっ……」

「お前は私を軽んじ、私の大切な伴侶を馬鹿にした上に恐怖を与えた。お前のような害獣は一生ここで暮らすといい」

「ここで、一生? そんなっ!!」

女は愕然とした表情で私を見てから、

「ふざけないでよ! 大体あんな子どもみたいなの連れてくるから私がひと肌脱いであげようと思っただけなのに! 私は何も悪くないわ!! 私の優しさを踏み躙るなんて公爵さまだからってなんでも許されるわけじゃないのよ!!」

と大声で喚き始めた。

「お前っ!! 公爵さまに向かってなんて口の聞き方だ!!!」

黙って聞いていたレオンは女のふざけた言動にとうとう大声を張り上げた。

「レオン、女将を連れて来い」

「はっ」

怒りに震えて真っ赤な顔をしたレオンに女将を呼びに行かせると顔面蒼白でぶるぶると震えながらやってきた。

「母さま! 助けて! 私をここから出して!!」

女が女将に助けを請うが女将は女には一切目もくれず、すぐにその場で土下座を始めた。

「サヴァンスタック公爵さま。私どもの娘がとんでもないことをしでかしまして申し訳ございません」

床に額を擦り付けながら、謝罪する様を女は茫然と見つめて言葉も出ないようだ。

「女将……其方に謝られても、本人は何も悪くはないと言い張っているのだが、どうするのが良いと思う?」

じっと女将を見つめると、女将は震えながら

「わ、私どもには……娘などおりませんでした。檻の中にいる者とは何も関係がございませんのでお好きにしていただければと存じます」

と頭を下げた。

「母さま!!! ひどい!! 私を見捨てるの??」

女将の言葉が信じられないとでもいうように喚き散らす女に

「うるさい!!! お前は自分の立場をわかっているのか?」

とレオンが一喝する。

「ここは王家専用離れを持つ宿。王家の方々が心地良く過ごすための専用宿だ。そうにも関わらず美しいご伴侶さまをお連れになった公爵さまに不埒な誘いをしたばかりか、勝手に離れに立ち入ろうとする。どちらも大罪だ。お前のような犯罪者がこの宿にいるとなればここはすぐに王家専用宿から除外される。そうなれば直ちに廃業になるのだぞ。お前一人と、ここで働く従業員たちと女将はどちらを守るかなど分かりきったことだろうが!」

「そ、そんな……」

レオンの言葉に現実を知り、急速に勢いを失って項垂れる女に、

「ここで死ぬまで過ごすのと、王都で働くのはどちらが良いか選べ!」

と言ってやると、途端に目を輝かせて

「王都に行きます! 王都で働かせてください!! 私、一生懸命頑張りますから!! お願いします!!」

と前のめりに言ってきた。

その言葉に女将は、ああーーっと嘆いていたが本人が望んでいるのだ。
どうしようもない。

「レオン、手配してやれ。すぐに王都に送るんだ!」

「はっ」

レオンが準備を始める中、私は女将と共に離れの入り口へと戻った。

「あの女のことは忘れろ、もう一生会えると思うな」

「はい。本当に申し訳ございませんでした」


ああ、やっと始末が終わった。
すぐにでもシュウの隣に潜り込みたいが、身体中からあの地下室の悪臭が感じられる。
こんな身体でシュウには近づけない。
とはいえ、風呂場は寝室を通らなければならない。
こんな臭いをさせていれば、パールから強制的に追い出されることは間違いない。

頭を下げ続ける女将をその場に置いて、私は急いでマクベスの部屋へ向かった。

「お帰りなさいませ、旦那さま。お風呂の準備は整っております」

「ああ、さすがだな。マクベス」

私がここにやってくることを見越していたようで、風呂の準備は綺麗に整えられていた。

急いで髪と身体を洗い清めてから、風呂を出るとマクベスが着替えを用意して待っていた。

ああ、久しぶりだな。
誰かに着替えを手伝わせるのは。

シュウと風呂を共にするようになってから初めてではないか。

マクベスは私に夜着を着せながら嬉しそうに微笑んだ。

「どうした?」

「ご夫夫、仲睦まじくいらっしゃって何よりでございます」

ああ、あれを見られたのか。
なるほどな。

「シュウには言うなよ。シュウは恥ずかしがり屋なのでな、もうつけてくれぬかもしれぬ」

「はい。もちろんでございます。私、旦那さまがお幸せなお姿を拝見できまして本当に嬉しゅうございます」

「お前はずっと私の伴侶ができることを待っていてくれたのだったな。お前はどんな世界でも私の幸せを願ってくれるのだな」

「はい。このマクベスはいつでも旦那さまと共にありますから」

「マクベス……ありがとう」

そういうと、マクベスは少し涙を潤ませながら嬉しそうに微笑んでいた。


「明日は予定通り出発するから、そのつもりで頼むぞ」

「承知いたしました」

私はマクベスの部屋を後にし、急いでシュウの元へ戻った。

寝室に戻ると、扉の音にすぐに反応したパールがこっちを見てスンスンと匂いを確認するように嗅ぎながら、私の元に近づいてきた。

「どうだ? お前の鼻でも合格か?」

パールは仕方ないな、許してやろうとでもいうように

「キュウン」

とひと鳴きして自分の籠へと戻っていった。

やはりマクベスの部屋で風呂に入ってきて正解だったな。
シュウに早く会いたい一心で戻ってきていたら、きっとパールに締め出されていたはずだ。

パールに合格をもらえたなら、シュウが気づくことはないだろう。

ようやくシュウの隣で寝られる。
あの頭のおかしな女のことなどさっさと記憶から消してしまおう。

シュウの寝顔を見ているだけで嫌な記憶が霧散する気がする。
ああ、やっぱりシュウは私の癒しだな。

スッと身体を滑らせると、シュウは私の存在にすぐに気づき近づいてくる。
両手を広げて胸の中に入れると、シュウはふふっと笑みを溢しながら嬉しそうに抱きついてきた。

ここが自分の指定席だというように私の胸にピッタリと寄り添っている。
そうだ。
ここはシュウだけの場所だ。
他の誰も立ち入ることなどできない特別な場所。
そして、シュウを胸に閉じ込めることができるのも私だけだ。

シュウ……夢の中でもお前に合わせてくれ。
そして、疲れ切った私に甘く蕩けるような言葉をかけてくれ。

そう願いながら、眠りにつこうとした私の耳に

「ふふっ。ふれっどぉ……すきぃ……。ちゅーしてぇ……ふふっ」

と可愛らしい寝言が飛び込んできて、嬉しさのあまりしばらく興奮して眠れなくなったのは言うまでもない。


柔らかな手が私の頬を滑っていく感触がしてそっと目を開けると、シュウが嬉しそうに私の頬を撫でているのが見えた。
朝からなんて可愛い悪戯なんだ。

あまりの可愛さに思わず声をかけると、天使のような微笑みを向けながらシュウが

「起こしちゃった?」

と聞いてきた。

いや、こんな幸せな目覚めなら毎日でもお願いしたい。

シュウは嬉しそうにおはようと言いながら口づけをしてくれた。
今日はきっといつも以上に良い一日になるだろう。

最高の一日が始まる事に感謝しながらシュウを抱きしめ口づけを返した。

長旅が始まったばかりだというのに、私の重い愛を受け止めてくれたシュウに身体に疲れはないかと尋ねれば、

「大丈夫。だって、気持ちよかっただけだもん」

と朝から私を煽るような言葉を返してくる。

今、煽られるとかなりまずい。
現に愚息は朝の生理現象とも相まって既に形を変えてきている。

シュウにこれ以上煽らないようにと言ったのだが、

「だって、本当のことだよ。フレッドのおっきくて硬いの、気持ちよくしてくれるから、すきー」

と追い打ちをかけるように煽ってくる。
シュウに褒められたと思ったのか、愚息がどんどん熱を持って首をもたげてくる。
流石に今からシュウを押し倒して愛し合うわけにはいかない。

何よりこの宿からさっさと出て、あの女のいる場所からシュウを遠ざけなければ。

愚息が昂りかけていることをシュウに気づかれないように急いでシュウを抱きかかえ、着替えをさせた。
全ての身支度を整えてからマクベスを呼ぶと、マクベスは昨夜の出来事など何もなかったように笑顔で私たちに挨拶をしてきた。

マクベスはシュウと和やかに朝の挨拶を交わしていたが、こんな光景を見られるのは本当に久しぶりだな。
シュウは以前のマクベスのことを覚えているから当然だろうが、マクベスにとってはまだ出会ったばかりの伴侶だからな。
少しは遠慮もあるかと思ったが、シュウの人懐こさに釣られてか、マクベスのシュウに対する態度がまるで自分の孫にでも接するような優しさを感じる。

私としては嬉しい限りだ。

マクベスとレオンにはシュウが実はサヴァンスタックを知っているという話はしておいた方がいいかもしれない。
いや、そこを話すなら、いっそのこと全てを打ち明けておいた方がいいか……。
奇想天外な話だが、あの二人ならきっと全てを信じてくれるだろう。

マクベスに朝食の支度を頼むと、従業員たち料理を運んでこさせた。

昨夜のこともあるから従業員たちはリビングの手前まで。
そこからは全てマクベスが料理を並べてくれた。

美味しそうな匂いが漂い始めた瞬間、シュウの腹から『キュルル』と可愛らしい音が聞こえた。
もちろんマクベスにも聞こえただろうが、マクベスはそんなことで表情を変えることはない。

何事もなかったように料理を並べ終え、部屋から出ていった。

「シュウの可愛らしい音が鳴っていたな。お腹が空いていたか?」

と尋ねると、一気に顔を赤らめて、私に聞こえていたことを恥じらい始めた。
なんと可愛いんだろう。

もう腹の音どころか、いろんなものを見たり聞いたりしているというのに……。
そんなシュウが可愛くて仕方がない。

マクベスや従業員たちに訊かれていないかと心配していたが、マクベスはともかく従業員たちには聞こえていないだろう。
私だけしか聞いていないよというと安心したように食事を始めた。


シュウと楽しく会話を交わしながら、あっという間に食事を終えマクベスを呼んだ。

マクベスが気を利かせて

「シュウさま、こちらパールさまのお食事でございます」

と果物をいろいろと切り分けて持ってきてくれた。
シュウに道中のことを確認しておく間に寝室でゆっくり食べさせておいでというと、果物を手に寝室に入っていった。



「マクベス、さすが気が利くな」

「お優しいシュウさまにお聞かせするようなお話ではございませんので……」

「そうだな。彼奴のことはシュウの記憶にも留めておきたくない。それで、もう連れて行ったのか?」

「はい。レオン殿がこの宿に到着した段階でアレクサンダーさまに早馬でご報告されていらしたようで、旦那さまがお部屋にお戻りになってすぐにあの者を回収にあのお方が来られましたので引き渡してございます」

「そうか。なら安心だな。もうシュウと顔を合わせることもないだろう」

「はい。早々に始末できましてようございました」

「それはさておき、マクベス……私はお前に話しておかねばならぬことがある」

私がそういうと、マクベスは何かとんでもないことでもあったのかと一瞬表情を曇らせたように見えたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。

「何やら重大なお話のようですが……」

「ああ。かなり奇想天外で信じられないような話だが、事実なのだ。それをお前とレオンだけに話したいと思っている。今夜、シュウが寝たら少し話をしよう。かなり長い話になるからな……まぁ、サヴァンスタックに到着するまでには終わるだろう」

「承知いたしました」

マクベスは今、何を想像しているだろう?
だが思いもしないだろうな。
もう一つ別の未来があって、そこでは私が蔑まれていたとは……。

マクベスはどんな反応をするだろう。


寝室にシュウを迎えに行くと、シュウはパールと楽しそうに戯れていたが、私が声をかけるとパールはすぐに自分の籠へと戻っていった。
よし、さすがパール。
自分の立ち位置をよくわかってくれているようだ。

パールの籠を手にシュウと共に部屋を出ると、レオンが部屋の前に立っていた。

マクベスから話を聞いたのか、少し心配げに私を見つめてきたが、シュウには笑顔を向けていた。
シュウがレオンに朝の挨拶と警護のお礼をいうと、レオンは嬉しそうに今日もしっかりと守りますと宣言していた。

良からぬものはもういなくなったが、何かあってはいけない。
レオンとシュウを守るように玄関に向かうと、女将と従業員たちが並んで待っていた。

「サヴァンスタック公爵さま、ご伴侶さま。この度は誠に――」

女将が昨夜のことを詫びようと余計なことを口にし始めたのを遮って、しっかりと害獣駆除をしておくようにと釘を刺しておいた。

せっかくシュウが何も知らずにいるというのに、本当にわかっていない。
女将も含めて、ここの従業員たちにはアレクから一度強く注意させたほうがいいだろう。

私に釘を刺されて青褪めている女将にシュウは女神のような笑顔を浮かべて、宿泊の礼を言っていた。

女将は地獄で仏とでもいうように笑顔を浮かべ、我々の旅の安全を願う言葉をかけてくれた。


「ねぇ、フレッド。さっき話してた害獣駆除って何の話?」

馬車が動き出してすぐに興味津々と言った様子で膝に乗ったシュウが私の顔を覗き込みながら尋ねてきた。

ああ、やっぱり耳に入っていたか……。
まぁいい。
このことは考え済みだ。

「昨夜の風呂場での騒ぎだが、あれは人間ではなくあの辺りに住む害獣だったとレオンから報告があったのだ」

「えっ? 害獣って熊とか狼みたいな?」

「クマ? オオカミ? がどのようなものかはわからんが、まぁ大きな動物だ。あいつらは時折、人を襲うからな、レオンたちが仕留めて正解だったよ。この宿には入らないようにしていたのだが、間違って入ってきたみたいだ。シュウを怖がらせて悪かったな」

そういうと、シュウは納得していたが、あれほど大きな声をあげる害獣に少し怯えたようだ。
少し怖がらせ過ぎてしまったか。

レオンも私もいつでもシュウのそばについているというとシュウは安堵の表情を浮かべた。


今日の旅は昨日よりも遠くまで行く予定だ。
その分、馬車で過ごす時間も長くなる。

退屈な時間を過ごさせるわけにはいかないからシュウに何をして過ごそうかと尋ねると、領地に戻って何をするか計画を立てたいと言い出した。

ああ、もうシュウは私とサヴァンスタックで過ごす日々のことを考えてくれているのだな。
ますます領地に帰るのが楽しみになってきた。

「シュウは何がしたい?」

シュウは悩むそぶりも見せずに、

「ぼくはあの中庭に行ってフレッドとの出会いをもう一度再現したいな」

と言い出した。

シュウとの出会いか……。
私はあのベンチで寝ていたシュウに心を奪われたあの日のことは、一日たりとも忘れたことはない。
あの日の出会いが私の運命を大きく変えてくれたのだから……。


長い馬車旅で疲れたのか、シュウは風呂に入るとすぐに深い眠りについた。
今日もパールにシュウの見守りを頼んで、寝室を出た。

部屋の前にいたマクベスとレオンを中にいれ、リビングで話をすることにした。

マクベスが紅茶をさっと淹れ、私とレオンの前に置いてくれた。
私はそれを一口飲み、

「マクベスとレオンだけに知っていてもらいたい話がある。お前たちには到底信じ難い話であるが、これは全て事実だ」

二人の目を見ると、二人は真剣な表情で頷いた。

私は大きく深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。


「この世で黒が最も美しく尊く、そして白は最も醜い…………かつて私がいたこの世界はそういう世界だった。光が当たれば白に見えるこの髪もこの瞳も全てが醜く、王子という立場に生まれながら人々の嫌悪の対象であった私は皆から蔑まれ30年生きてきた。あの頃は毎日が辛かった。領民でさえも私を蔑み、心無い言葉をかけられることもあった。だが、そんなある日……私に救いの神子が現れた。サヴァンスタックの屋敷の中庭の、私の憩いの場所に突然現れた美しい人。それがシュウなのだ。神が私を幸せにするためにはるばる異世界からシュウを連れてきてくださった。見たこともないほど美しい人が皆から蔑まれていた私を愛してくれた。私はシュウと出会って初めて愛というものを知ったのだ」

私がシュウとの出会いを語る間、二人はただ静かに黙って話を聞いてくれていた。
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