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第五章 (王城〜帰郷編)

フレッド   49−1

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サヴァンスタックへの帰郷を決め、私はシュウと共にアレクのいる執務室へと向かった。

ちょうど休憩中だとブライアンが教えてくれていた通り、私が声をかけるとすぐに部屋の扉が開いた。

私だけでなく、シュウも一緒だと知るとすぐに優しげな表情になり、中へと入れてくれた。
つい先日までは毎日のように通っていたこの部屋にまた入ることになろうとはなんとも不思議な気持ちが湧きあがってくる。

それにしてもこの執務室はあのころとちっとも変わっていない。
変わっているとすればここにアンドリュー王の姿がないことくらいか。

ここにいるはずの人がもういないということに一抹の寂しさを感じつつ、私は案内されたソファーに腰を下ろした。

アレクは我々の目の前に座ってすぐにシュウに先日のアリーチェ王妃とのお礼を言い始めた。
その話の中で今まで頑なにアリーチェと呼んでいたアレクが『アリー』と呼ぶようになっていたことに驚いた。

シュウが確かあのお茶会のあと、そんな話をしていた。
アリーチェ王妃はずっと『アリー』と呼ばれたい、そして『アレク』と呼びたいのだと。

結局あの話ができたのかと思っていたが、アレクが『アリー』と呼び始めたところを見ると、うまくいったのだろう。

シュウのおかげでアレクたち夫婦も仲がより深まったようだな。

そしてようやく本題だ。
サヴァンスタックから手紙が届いたことを話し、そしてマクベスが我々を迎えに城に到着したことを話すと、アレクは目に見えて狼狽えていた。

それもそうだろう。
私たちがこの城についてまだ数日。

早馬だからこそ、こんなにも早く手紙が返ってきたのに、マクベスまで一緒に来たのではそれこそ計算が合わない。
とんでもない神の力でも現れたかとさえ思ってしまうのも無理はない。

「元々行方不明の私を探しに王都へ向かっていたようだ。手紙と一緒に着いたのは偶然だ」

簡潔に説明してやると、アレクはなるほどと納得しているようだった。
そして、私たちがこの部屋に訪れた理由もすぐに察したらしい。
私たちがマクベスと共にサヴァンスタックに帰るつもりであることを。

アレクはかなり残念そうにしていたが、迎えが来たのでは仕方ないと思ったのだろう。
すぐに了承してくれた。

「今度は私たちがサヴァンスタックに行くとしよう」

悲しげな表情だったが、前向きなアレクの言葉はとても嬉しかった。

マクベスとブライアンに旅支度をしてもらっているから明後日には出立するというと、早すぎると残念がっていたが、出立の時機を逃すと出にくくなることはアレクもわかっているから、強く引き止めはしなかった。

アレクの悲しげな表情にシュウも思うところがあったのか、

「アレクお兄さま。ここで過ごした日々はとても楽しかったです。今度はサヴァンスタックの領地をぼくに案内させてください。アリーお姉さまも是非一緒に」

と笑顔で声をかけると、

「ああ、そうだな。私も楽しかった。シュウ殿がフレデリックの唯一で本当によかった。アリーも寂しがるだろうがシュウ殿に会いに行こうと言えばきっと喜ぶことだろう。シュウ殿、フレデリックをよろしく頼む」

とシュウに返していた。

私のことをシュウに頼むなど、まるで幼い子どものようではないか。
私はいつでもシュウに頼り甲斐のある男だと思われていたいというのに。

アレクにすぐに反論したのだが、

「ふふ。はい。フレッドのことはぼくに任せてください」

シュウは嬉しそうにそう言ってアレクと笑い合っていた。

シュウがそんな揶揄いの言葉を口にするとはな……。
まるで我々3人が本当の家族になったようなそんな居心地の良さを感じる。

この部屋で家族で笑い合えるようになるとは……本当に歴史は変わったのだな。
私は今もなおこの部屋にいるであろうアンドリュー王に私たちが幸せでいると届くように想いを馳せた。


執務室を出て、部屋に戻るとマクベスとブライアンが旅立ちの支度をしてくれているところだった。

大きなケースを運び、マクベスと共に現れたブライアンが私たちの姿に気づき

「旦那さま、シュウさま。おかえりになられましたのも気づかず申し訳ありません」

と頭を下げていたが、何の問題もない。

準備が順調かと尋ねると、私たちの荷物がなく必要なものを取り揃えているところだと教えてくれた。

それはそうだろう。

私はここに向かう途中で行方不明になり、御者はそのままサヴァンスタックに戻ったとアレクから聞いていた。
シュウがここにいた事実もなくなり、荷物は何一つ持っていない。

あるのはアレクが我々のために用意してくれた衣装や物、そして、私が仕立てた服とあちらから持ち帰ったギーゲル画伯の絵だけだ。

あとはこちらで用意して出立することになる。

「シュウのものはすべて肌に優しい最高級のもので揃えてくれ。シュウの肌は繊細ですぐに被れたり傷ついたりしてしまうからな」

前回、サヴァンスタックを出るときにマクベスがシュウの肌に合うものでなければいけないと強く言っていたことを思い出して、そう指示を出すとマクベスもブライアンも納得していた。

有能な執事二人の手にかかれば、1週間ほどの長旅の準備もあっという間にできるらしい。
明後日にはつつがなく……そう言われて安堵した。

「そういえば、マクベス。サヴァンスタックの屋敷は私たちが戻る準備は進んでいるのだろうな?」

「はい。アレクサンダーさまからの書状がお屋敷に届いた時点で旦那さまがご伴侶さまをお連れになることはわかっておりますので、ルドガーが準備を整えているかと存じますが、一応到着の目安を早馬で連絡しておきましょうか?」

「そうだな。そうしてくれ。長旅で屋敷に着いた時に用意ができていないようでは困るからな。特にベッドは新しいものを準備しておくように伝えておいてくれ」

「畏まりました」

マクベスはそういうと急いで早馬を出しに出て行った。
荷物はブライアンが片付けてくれているから問題はない。

「あれ? シュウはどこに行った?」

マクベスと話している間にシュウの姿が見えなくなった。
騎士たちは部屋の前にいて何の報告もないからシュウは部屋の中にいるだろう。

耳につけているピアスにも変化はないし、大丈夫だと思うがシュウの姿が見えないと少し不安になってしまうのはシュウのこれまでの行動のせいだろう。

ここにはトーマ王妃もいないし、一人では何かとんでもないことを思いつきそうにないがとりあえず寝室を見てみるか。
疲れて休んでいるということも考えられる。
いろいろと考えを巡らせながら寝室へと足を向けると、ボソボソと何か話している声が聞こえてきた。
その声がすぐにシュウだと気づき、

ああ、やっぱりシュウはここにいたか……と安堵していると、

――パール、大好きだよ

とシュウの愛の囁きが耳に飛び込んできた。

見れば、パールを抱きしめベッドで二人……いや、一人と一匹で横たわっているではないか。

相手がパールだとわかっていても、男と一緒にベッドに横たわり愛を囁くなど我慢できない。
この世界にきて少しは寛大になったかと思っていたが、やはり私はシュウに関しては狭量だ。
どうしても我慢しきれず、

「シュウ。こんなところで浮気か?」

とつい責めるような言葉を言ってしまった。
自分でも驚くほど冷たい声にシュウは一瞬にして顔引き攣らせ、目に涙を浮かべながら

「あ、あの……そんな、浮気だなんて……フレッド、ひどいよ……」

と私を見つめた。

シュウをこんなにも怖がらせるつもりではなかったのに……。
私の狭量さがシュウを傷つけてしまった。

私は急いで冗談だと言いながらシュウの元へと駆け寄ると、パールはすぐに察したのかシュウの元からさっと離れ自分の寝床へと戻っていった。

まだ私に怯えているのか少し指が冷たくなっているシュウに怖かったと文句を言われて、正直にパールに嫉妬してしまったことを伝えたのだが、シュウはパールといちゃついていたのではなく、ただサヴァンスタックに帰ることを報告していただけだと教えてくれた。

だが、私の耳には確かにシュウがパールに愛を囁いていたように聞こえたのだ。
それを追及すると

「それは……パールがぼくとフレッドのために頑張って長い間このお城にとどまって素敵な世界に変えてくれたから……嬉しくて」

と理由を教えてくれた。

確かにパールがあの世界に留まってくれたからこそ、私たちが思い描く通りの未来が出来上がったのだ。
アンドリュー王とトーマ王妃を看取り、そしてアレクとアリーチェ王妃まで幾人もの王と王妃を看取り、ただひたすらに私たちに会うまでこの城で待ち続けていてくれたのだ。

シュウは私のためにパールに愛を囁いたのだとすれば、私が嫉妬する必要などなかった。
パールも、そしてシュウも怖がらせて申し訳なかったな……。

「サヴァンスタックに帰るときは、パールにとっても長旅だからパールのための寝床もちゃんと運んでもらってね」

笑顔でそう言ってくれるシュウにもちろんだと返し、そして、シュウの記憶の中のサヴァンスタックとは違うだろうがついてきてくれるかと尋ねると、

「もちろんだよ! 言ったでしょ? ぼくがいるところはフレッドにとっても居心地のいい場所になるって。今よりももっともっと素敵な場所になれるように一緒に頑張ろう!」

と満面の笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
こんな狭量な私に優しい言葉をかけてくれるシュウ……本当に心から愛しているよ。


夕食を食べ終え、シュウがうつらうつらと船を漕ぎ出した。
この城から離れることが決まって、緊張のために身体が疲れているのかもしれない。

今日は風呂は無しにして明日の朝にでも一緒に入ればいい。

「マクベス、少し早いがシュウを寝室に連れて行くぞ」

「畏まりました」

シュウを抱きかかえ、寝室へ向かおうとするとブライアンがやってきた。

「フレデリックさま。レオン殿がお話があると仰っておいでです」

「レオンが? わかった。シュウを寝室に連れて行ってから話を聞くから、リビングに案内しておいてくれ」

ブライアンの了承の声を聞きながら私はシュウをベッドに寝かせた。
あまり一人にはしたくないが、同じ部屋の中にいるのだ。
心配はないだろう。

私はシュウを起こさないようにゆっくりと寝室を出た。


「レオン、待たせたな」

「いいえ、シュウさまがお眠りの時間に突然押しかけてしまいまして申し訳ございません」

「いや、いつもならまだ十分起きている時間なのだ。今日は少し疲れたらしい」

「そうでございますか。あの……御領地へお戻りになると伺ったのですが……」

「ああ、そうなんだ。マクベスが迎えにきてくれたのでな。あちらの屋敷もそうそう空けておくわけにもいかないし、これを機会に帰ろうかと思っている。出立は明後日の予定だ」

そうはっきりと明言するとレオンは少し躊躇っていたものの、意を決した表情で私を真っ直ぐに見つめた。

「フレデリックさま。私も一緒にお供させてくださいませ」

「お供とは……警護でついてくるということか? それならば……」

「いいえ、オランディア王国騎士団を辞め、シュウさまの専属護衛としてサヴァンスタックに骨を埋める覚悟でございます」

「レオン……確かに私はシュウの専属護衛として其方についてきてほしいと頼んだが、こんなにもすぐに決断を出さずとも良いのだぞ。一度サヴァンスタックまでついてきて、それから考えても……」

「私はフレデリックさまからお話をいただいたときにすぐに申し上げたはずでございます。御領地へお帰りの際は同行し、そのまま帰るつもりはないと。その時の気持ちに今も変わりはありません。それとも私がお供させていただくのはご迷惑でしょうか?」

「迷惑などあるわけがない! 其方がついてきてくれるのなら私は絶対に裏切らないと言っただろう?」

真剣に返すと、レオンは安堵の表情を浮かべながら

「どうか私をシュウさまの専属護衛にご指名ください」

と頭を下げた。

「では、行こうか」

「えっ? どちらに?」

「アレクに話をしに行こう。其方を貰いうけるとな」

「フレデリックさま……はい。よろしくお願いいたします」

私はマクベスにシュウのことを頼み、レオンを連れてアレクのところへ向かった。

突然の訪問にアレクは驚いていたものの、私の出立が近いことでいろいろと必要なものを整理していたらしく、喜んで迎え入れてくれた。

「アレク、遅い時間に悪い。アリーチェ王妃もいるなら他の部屋にでも……」

「いや、アリーチェはもう寝ているのだ。気にすることはない。それよりもレオンも一緒にどうしたんだ? 領地へ戻る際の警護の確認か?」

「まぁ、それもなくはないが……アレクに頼みがあってきたのだ」

「何やら難しそうな話だな。どうした? ああ、まず座らないか。話がしにくい」

アレクにソファーに座るよう促され、レオンは一瞬躊躇ったものの、私とアレクにもう一度声をかけられゆっくりと腰を下ろした。

「それでどうしたんだ?」

「実は――」
「フレデリックさま。申し訳ございません。私から陛下にお話しさせていただけませんか?」

「そうか、そうだな。わかった」

「ありがとうございます」

レオンは少し緊張した様子で私に礼を言うと、アレクをまっすぐと見つめながら、

「陛下。私は騎士団長の職を辞し、フレデリックさまとシュウさまにお仕えしたいのです。どうかお許しをいただけませんか?」

と頭を下げた。

「な――っ! レオン、それはあまりにも急すぎる」

「申し訳ありません。ですが、もう決めたことなのです。私はシュウさまの専属護衛を生涯の仕事として全うしていきたいと思っているのです」

「フレデリック……お前が頼んだのか?」

「ああ。そうなんだ」

「我が王国騎士団にレオンの力が必要だとわかっていての判断なのか?」

「……これには深い事情があるのだが、アレクにも聞いてもらったほうが早いかもしれないな」

「ですが……」

生まれ変わりなど信じてもらえるだろうか……。
そんな心配がレオンの表情にありありと出ていたが、アンドリュー王の予言書で私のこともシュウのことも信じていたアレクのことだ。
信じないわけがない。

「大丈夫だ。アレクを信じてくれ」

私の言葉にレオンは力強く頷いた。

「アレク……実はな。このレオンは、オランディア王国伝説の騎士団長ルイ・ハワードの生まれ変わりなのだ」

「な――っ!! レオンが……あの、ルイ・ハワードの生まれ変わり?」

「ルイ・ハワードとしての記憶が甦ったという方が正しいだろうな。シュウと初めて顔を合わせた時に一瞬にしてルイとしての記憶を思い出したのだそうだ。アレクも知っているだろう? ルイ・ハワードは幼い頃にたった一度だけ出会った一目惚れの相手に生涯を捧げ、騎士団長となってからも独身を貫き通した……」

「ああ、もちろん。有名な話だ」

「あのルイの初恋の相手がシュウなのだよ」

「――っ!!」

あまりの驚きに言葉もないとはまさにその通り。
アレクは目を丸くして言葉もないままにレオンを見つめ続けていた。
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