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第五章 (王城〜帰郷編)
フレッド 47−1
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《sideフレッド》
レオンがルイ・ハワードの記憶を持って私たちと同じ時代に甦ったのは、ただの偶然ではないだろう。
だが、レオンが私とシュウが唯一だと知った今、私の脅威になることはない。
唯一と出会った人間を追いかけていても無意味だからだ。
とすれば、レオンがここに存在するのはどのような意味を持つのか……。
あの時、幼い子どもだったルイは、シュウに結婚を断られそれでもシュウを守るために騎士になると宣言したのだ。
そしてその夢を叶え、シュウがこのオランディアのどこかにいると信じて、一生をシュウのために捧げた。
ただ純粋にシュウのことだけを守るために……。
神はそんなルイの夢を叶えるべく、我々が戻ったこの時代にルイをレオンとして遣わしたのではないか。
そう考えれば合点がいく。
昨日の王城散策でもレオンは何やらずっと考えているようだった。
もちろん、あらゆる場所全ての気配には気を配っていたことはわかっているが。
とりあえずここにいる間、レオンの動向に注視しておいた方がよさそうだ。
シュウと2人で部屋でゆったりとした時間を過ごしていると、トントントンと扉が叩かれ
「ブライアンでございます。少々お時間いただいてもよろしいでしょうか」
と声が聞こえた。
「ブライアンさん? なんだろう?」
「シュウ、ここで少し待っていてくれ」
ブライアンが持ってくる話だから、シュウに特別なにか悪いことがあるとは思えないが、念には念を入れた方が良い。
私はシュウをソファーに待たせて、ブライアンの元へと急いだ。
「どうした? 何事だ?」
「フレデリックさま。お寛ぎのところ失礼いたします。実はアリーチェさまがシュウさまとお会いしたいと仰っておられまして」
「なに? アリーチェ王妃が? 急だな」
「はい。明日からは公務でお忙しくなられますので、できれば今日のうちにと仰っておられます」
「そうか……。それなら、ぜひにとお伝えしてくれ。シュウもアリーチェ王妃とゆっくり話をしたいと言っていたからな」
「畏まりました。それでは後ほどご報告に参ります」
ブライアンの様子を見ると私が断るとは微塵も思っていないようだったな。
まぁ相手がアリーチェ王妃だからというのもあるのだろう。
私は部屋に入り、シュウに今の話を伝えると
「行きたいっ!」
と目を輝かせていた。
相手が女性とはいえ、アリーチェ王妃だから心配は何もしていないが、ここまで喜ばれるのも複雑だ。
いや、私の狭量さゆえか。
もう了承しておいたというと、シュウはとても嬉しそうに私に抱きついてきた。
「わぁっ! フレッド、大好きっ!」
そう言ってくれるのは嬉しいが、私はシュウからの褒美が欲しいのだ。
私が欲しいものはわかっているだろう? と目で訴えかけるように見つめると、シュウは恥ずかしそうにしながらも
「フレッド……じゃあ、目を瞑って」
と言ってくれた。
シュウが口づけをしてくれる様子が見えないのは勿体無い気もするが、これはこれで興奮する。
いつシュウの唇が重なるかと楽しみにしていると、シュウの唇の感触がしたのは私の閉じた瞼だった。
どんな意味があるのだろうと目を開けると、
「あ、ごめん。つい……フレッドのまつ毛が綺麗だなって思ったら、ついキスしたくなっちゃって……」
と、とんでもなく可愛い理由を教えてくれた。
私のまつ毛が綺麗などと言ってくれるのは、今も昔もシュウだけだ。
シュウの心からの言葉にどれだけ救われたことか……。
私はあまりの嬉しさにシュウを抱き寄せ、
「私もシュウの綺麗なまつ毛に口づけしたい」
とシュウの耳元で囁くと、シュウは言葉こそ出さなかったが、目を瞑ってゆっくりと私を見上げた。
私からの口づけを待っているその顔が可愛くて、可愛くて、思わずゴクリと息を呑んだ。
シュウの震えるまつ毛にそっと唇をあて、そのままシュウの唇を奪った。
「んんっ!」
シュウは驚きの声を上げながらも、決して拒もうとはしない。
それはシュウが私との口づけを望んでいる証拠。
そんな幸せに浸りながら、私はしばらくの間シュウとの口づけを味わい続けた。
この後アリーチェ王妃と会うならば、一応牽制はしておくか。
アレクの妻なのだから絶対にないと信じているが、シュウの魅力は天井知らずなところがある。
お互いを守るためにもこれは必要なことなのだ、そう自分に言い聞かせて、シュウの首筋に紅い花を散らした。
勝手につけて叱られるだろうかという考えは全くの杞憂だった。
シュウは私が紅い花を散らしたことを咎めるどころか、
「フレッド……ぼくもつけたい」
とおねだりしてくれたのだ。
シュウからの嬉しいおねだりを断ることなどあろうはずもなく、私は喜んでシュウに首を差し出した。
嬉しそうに唇を当て吸い付いてきたが、シュウの力が弱すぎてなかなかつかない。
紅い花をつけることに慣れておらず、悪戦苦闘する姿に笑みが溢れる。
数回やり直してようやくついた紅い花は、シュウの唇と同じ小さくて可愛らしい大きさだった。
「やったぁ」
と無邪気に喜ぶ姿に顔が綻ぶ。
目をやると、シュウがつけてくれた紅い花が見える。
シュウがつけてくれたというだけで愛おしい。
ああ、本当に私は幸せ者だな。
アリーチェ王妃とのお茶会は、できれば私も同席したかったのだがアリーチェ王妃からどうしてもシュウと2人でと要望があったというのだから致し方ない。
シュウに危険が及ばぬように、シュウの気配を感じられる場所で警護をしておくとしよう。
シュウには一応、何かあればすぐに私の名を呼ぶようにと伝えたが、
「王妃さまと一緒だから、騎士さんたちも心配だろうしね」
という返事が返ってきた。
アリーチェ王妃は特に心配ではない。
彼女はオランディアに嫁ぐ者として常に周りに気を配るように育てられ、いざとなれば護身術で悪者と渡りあうこともできるだろう。
ある意味シュウよりも強い人だ。
その点シュウは、この世界、悪い人などいないという性善説で生きているようなものだ。
だからこそ、以前の世界であれほどの仕打ちを受けていても人を恨むことなく生きてこれたのだ。
シュウにももう少し警戒心を持ってもらえると良いのだが……。
それにはもう少し時間が必要か。
とりあえず私にはシュウの危険を察知する守護石を身につけているから、そこだけは安心だ。
中庭の東屋でシュウとアリーチェ王妃のお茶の支度をしていたブライアンから、雨が降り出したと報告を受けたのはちょうど部屋を出ようとしたその時だった。
お茶会を東屋でなく、アリーチェ王妃の部屋でと言われて正直ホッとした。
外での警護より部屋の前を見張る方が格段に安心で安全だ。
やはりシュウを守るために天も私の味方をしてくれているようだ。
シュウを連れアリーチェ王妃の部屋に向かうと扉を叩いた瞬間すぐにシュウを歓迎する声が聞こえた。
「部屋の外で待機しておりますので、何かありましたらお声かけください」
アリーチェ王妃にそう声をかけると、彼女はふっと私の首筋に視線をむけ
「フレデリックさま、シュウさまを危険な目には遭わせませんのでどうぞご安心くださいね」
と言って、シュウを部屋の中へと連れていった。
ああ、やはりアレクの妻として、このオランディアの国母として10年も支え続けてきた方だ。
私の心配などすぐに理解してくれているのだろう。
私はホッと胸を撫で下ろして部屋の前で警護を始めた。
シュウが中へ入ってしばらくして、私の隣で警護をしていたレオンに声をかけられた。
「あの、フレデリックさまの左耳についている漆黒のピアスはシュウさまのお色の宝石でございますか?」
「ああ、そうだ。レオンは左につける意味を知っているのだろう?」
「はい。もちろんでございます。身体の左側に相手の色を身につけることは、大切な人がいるという意味。フレデリックさまとシュウさまのお部屋に挨拶に伺った時、シュウさまの黒髪の間からフレデリックさまの瞳の色が見えました。あの瞬間、私の頭の奥底にあったルイとしての記憶を呼び起こしたのでございます。ルイと出会ったシュウさまの左耳にも同じピアスが付けられておりました。唯一無二の光を放つあのピアスが、すぐにシュウさまだと気づかせてくれたのです」
「そうだったか。そういえば、ルイと出会ったシュウは金髪の女性だったな。今のシュウがよくあの時のシュウだと気づいたと思っていたのだ。そうか、ピアスだったか……」
シュウの守護石がこんなことにも一役買うとは思わなかったな。
「ルイとしての記憶は薄れることはないのか?」
「はい。日に日に濃くなっているようでございます」
「そうか……シュウの姿を見るのは辛くないか?」
あれほどシュウを思い続けていたルイが、添い遂げることもできず、ただ目の前で見ているだけというのは辛すぎるのではないか。
そう思ったのだ。
「ご心配おかけして申し訳ございません。あの時はシュウさまとようやくお会いできた喜びで興奮してしまいましたが、元々シュウさまとどうにかなりたいと思っていたわけではございません。私はただシュウさまのおそばでお守りできればそれで十分なのです」
「そうか、ならばレオン、もし其方が了承してくれるのなら、私と共にサヴァンスタックについてきてはくれないか?」
「えっ? それは……まことでございますか?」
「ああ。レオンさえ良ければ、シュウの護衛としてついていてほしいのだ」
私の言葉にレオンは目を丸くして驚いていた。
「私が……シュウさまのおそばに? よろしいのですか?」
「もちろんだ。シュウは人を疑うということを知らない。神に愛された子だからだろうか……相手が悪人であろうが、何かをされても最後には許してやってほしいと願うような子だ。その上、私だけでなく、シュウの周りにいるものに危害が及ぼうとした時には率先して盾になろうとする。シュウのあの性格はおそらくどれだけ諭しても変わることはないだろう。私だけでシュウを守り続けるには限度がある。とはいえ、シュウを失うわけにはいかない。レオン……死ぬその瞬間までシュウを思い続けてくれた其方こそ、シュウの専属護衛にふさわしい。どうだろう? 私たちについてきてはくれないか?」
このオランディア王国最強とも言われる王国騎士団で騎士団長にまでも上り詰めたレオンが、騎士団長としての任務を辞め、シュウの専属護衛となることを了承するにはとんでもない決断が必要だろう。
それをわかって私はレオンに頼んでいるのだ。
それもこれも全てシュウのことを思ってこそだ。
「もちろん、今すぐに決断してくれとは言わない。騎士団長の職を辞するなど並大抵の決断ではないのだからな。だが、もしシュウの専属護衛としてきてくれるつもりがあるのなら、私は其方を一生裏切りはしない」
「フレデリックさま……」
「我々はまだ数日ここにいるだろう。その時に其方の気持ちを聞かせてくれたらいい」
「……いえ、私の心は決まっております。どれだけ時間を費やしてもこの気持ちに迷いなどありません」
そうか……やはりな。
騎士団長としての任務をそう易々と捨てられるはずがないな。
「私はフレデリックさまとシュウさまにお供いたします」
「えっ――? レオン……本当に?」
「はい。実は、私の方から陛下にお願いしようと考えていたのでございます。フレデリックさまとシュウさまが御領地へおお帰りの際には私も同行し、そのまま帰るつもりはないと。シュウさまとお会いしたその日から、私はシュウさまをお守りすることこそが自分の任務ではないかと思っておりました。ですから、フレデリックさまからのお話、誠に嬉しく思っております」
「レオン……ありがとう。ならば、アレクの元へ話に行くときは私も同行しよう。オランディアとしても今、其方に抜けられるのは痛手であろうからな。きっと止められるぞ」
レオンに笑顔を向けると、
「そのような事態になるのは私としても名誉なこと。ですが、どれだけお止めいただいても私の気持ちは変わりません」
とはっきりと答えてくれた。
「サヴァンスタックには行ったことがあるか?」
「いいえ、ですが山と海に恵まれた大変綺麗で豊かな領地だと伺っております」
「ああ、その通りだ。きっと其方も気に入ってくれることだろう」
レオンとは、シュウとはまた違う深い絆で結ばれているような気がする。
それこそ一生を共にするような。
だからこそ、神は私たちの戻った時代にルイを呼び戻してくれたのかもしれない。
このレオンならば、いつかあの話をしても信じてもらえるかもしれないな。
そんなことを思いながら、私は目の前にいるレオンに笑顔を向け続けた。
「ルイは平民だったろう? 騎士団に入るのは容易ではなかったのではないか?」
シュウの警護をしながら、ふとルイとしての思い出を知りたくなり私はレオンに問いかけた。
すると、レオンは遠くを見ながらゆっくりと語ってくれた。
「一度でいいから騎士団に直接話をしに行きたいと両親を説得するのに時間がかかり、ルイだった私が騎士になりたいと騎士団の門を叩いたのは、フレデリックさまとシュウさまが城をお発ちになってすぐのことでございました。私は愕然としながらも、どうしてもあのお姉ちゃんを守りたいから騎士になるんだ、騎士にならせてくださいと必死に頼んで……本当に子どもでした。誰も相手にしてくれない中で、ヒューバート団長だけは私の気持ちを汲んでくださって、10歳になったら騎士団に入れてやるからその時に来いと仰いました。そこからの3年はただひたすら身体を大きくするために必死でした。そして10歳の誕生日を迎えたその足でもう一度騎士団の門を叩いたのです」
「そうか……ヒューバートが……」
「ヒューバート団長はもう二度とフレデリックさまとシュウさまにお会いできないことをご存知だったのでしょう?」
「ああ。そうだな……最後に全てを話したからな」
「ヒューバートさまは時折、フレデリックさまやシュウさまのお話をしていらっしゃいましたよ。お二人と過ごした時間が尊すぎて夢でなかったかと思うことがあると本当に幸せそうな顔で仰っておられました」
「ヒューバートにはいろいろ迷惑もかけたのだが、そう思ってくれていたなら私たちも嬉しい」
ああ、我々がいなくなった後の城の様子を知るレオンとはシュウもきっと話をしたいだろうな。
サヴァンスタックへの道中は楽しいものになりそうだ。
レオンがルイ・ハワードの記憶を持って私たちと同じ時代に甦ったのは、ただの偶然ではないだろう。
だが、レオンが私とシュウが唯一だと知った今、私の脅威になることはない。
唯一と出会った人間を追いかけていても無意味だからだ。
とすれば、レオンがここに存在するのはどのような意味を持つのか……。
あの時、幼い子どもだったルイは、シュウに結婚を断られそれでもシュウを守るために騎士になると宣言したのだ。
そしてその夢を叶え、シュウがこのオランディアのどこかにいると信じて、一生をシュウのために捧げた。
ただ純粋にシュウのことだけを守るために……。
神はそんなルイの夢を叶えるべく、我々が戻ったこの時代にルイをレオンとして遣わしたのではないか。
そう考えれば合点がいく。
昨日の王城散策でもレオンは何やらずっと考えているようだった。
もちろん、あらゆる場所全ての気配には気を配っていたことはわかっているが。
とりあえずここにいる間、レオンの動向に注視しておいた方がよさそうだ。
シュウと2人で部屋でゆったりとした時間を過ごしていると、トントントンと扉が叩かれ
「ブライアンでございます。少々お時間いただいてもよろしいでしょうか」
と声が聞こえた。
「ブライアンさん? なんだろう?」
「シュウ、ここで少し待っていてくれ」
ブライアンが持ってくる話だから、シュウに特別なにか悪いことがあるとは思えないが、念には念を入れた方が良い。
私はシュウをソファーに待たせて、ブライアンの元へと急いだ。
「どうした? 何事だ?」
「フレデリックさま。お寛ぎのところ失礼いたします。実はアリーチェさまがシュウさまとお会いしたいと仰っておられまして」
「なに? アリーチェ王妃が? 急だな」
「はい。明日からは公務でお忙しくなられますので、できれば今日のうちにと仰っておられます」
「そうか……。それなら、ぜひにとお伝えしてくれ。シュウもアリーチェ王妃とゆっくり話をしたいと言っていたからな」
「畏まりました。それでは後ほどご報告に参ります」
ブライアンの様子を見ると私が断るとは微塵も思っていないようだったな。
まぁ相手がアリーチェ王妃だからというのもあるのだろう。
私は部屋に入り、シュウに今の話を伝えると
「行きたいっ!」
と目を輝かせていた。
相手が女性とはいえ、アリーチェ王妃だから心配は何もしていないが、ここまで喜ばれるのも複雑だ。
いや、私の狭量さゆえか。
もう了承しておいたというと、シュウはとても嬉しそうに私に抱きついてきた。
「わぁっ! フレッド、大好きっ!」
そう言ってくれるのは嬉しいが、私はシュウからの褒美が欲しいのだ。
私が欲しいものはわかっているだろう? と目で訴えかけるように見つめると、シュウは恥ずかしそうにしながらも
「フレッド……じゃあ、目を瞑って」
と言ってくれた。
シュウが口づけをしてくれる様子が見えないのは勿体無い気もするが、これはこれで興奮する。
いつシュウの唇が重なるかと楽しみにしていると、シュウの唇の感触がしたのは私の閉じた瞼だった。
どんな意味があるのだろうと目を開けると、
「あ、ごめん。つい……フレッドのまつ毛が綺麗だなって思ったら、ついキスしたくなっちゃって……」
と、とんでもなく可愛い理由を教えてくれた。
私のまつ毛が綺麗などと言ってくれるのは、今も昔もシュウだけだ。
シュウの心からの言葉にどれだけ救われたことか……。
私はあまりの嬉しさにシュウを抱き寄せ、
「私もシュウの綺麗なまつ毛に口づけしたい」
とシュウの耳元で囁くと、シュウは言葉こそ出さなかったが、目を瞑ってゆっくりと私を見上げた。
私からの口づけを待っているその顔が可愛くて、可愛くて、思わずゴクリと息を呑んだ。
シュウの震えるまつ毛にそっと唇をあて、そのままシュウの唇を奪った。
「んんっ!」
シュウは驚きの声を上げながらも、決して拒もうとはしない。
それはシュウが私との口づけを望んでいる証拠。
そんな幸せに浸りながら、私はしばらくの間シュウとの口づけを味わい続けた。
この後アリーチェ王妃と会うならば、一応牽制はしておくか。
アレクの妻なのだから絶対にないと信じているが、シュウの魅力は天井知らずなところがある。
お互いを守るためにもこれは必要なことなのだ、そう自分に言い聞かせて、シュウの首筋に紅い花を散らした。
勝手につけて叱られるだろうかという考えは全くの杞憂だった。
シュウは私が紅い花を散らしたことを咎めるどころか、
「フレッド……ぼくもつけたい」
とおねだりしてくれたのだ。
シュウからの嬉しいおねだりを断ることなどあろうはずもなく、私は喜んでシュウに首を差し出した。
嬉しそうに唇を当て吸い付いてきたが、シュウの力が弱すぎてなかなかつかない。
紅い花をつけることに慣れておらず、悪戦苦闘する姿に笑みが溢れる。
数回やり直してようやくついた紅い花は、シュウの唇と同じ小さくて可愛らしい大きさだった。
「やったぁ」
と無邪気に喜ぶ姿に顔が綻ぶ。
目をやると、シュウがつけてくれた紅い花が見える。
シュウがつけてくれたというだけで愛おしい。
ああ、本当に私は幸せ者だな。
アリーチェ王妃とのお茶会は、できれば私も同席したかったのだがアリーチェ王妃からどうしてもシュウと2人でと要望があったというのだから致し方ない。
シュウに危険が及ばぬように、シュウの気配を感じられる場所で警護をしておくとしよう。
シュウには一応、何かあればすぐに私の名を呼ぶようにと伝えたが、
「王妃さまと一緒だから、騎士さんたちも心配だろうしね」
という返事が返ってきた。
アリーチェ王妃は特に心配ではない。
彼女はオランディアに嫁ぐ者として常に周りに気を配るように育てられ、いざとなれば護身術で悪者と渡りあうこともできるだろう。
ある意味シュウよりも強い人だ。
その点シュウは、この世界、悪い人などいないという性善説で生きているようなものだ。
だからこそ、以前の世界であれほどの仕打ちを受けていても人を恨むことなく生きてこれたのだ。
シュウにももう少し警戒心を持ってもらえると良いのだが……。
それにはもう少し時間が必要か。
とりあえず私にはシュウの危険を察知する守護石を身につけているから、そこだけは安心だ。
中庭の東屋でシュウとアリーチェ王妃のお茶の支度をしていたブライアンから、雨が降り出したと報告を受けたのはちょうど部屋を出ようとしたその時だった。
お茶会を東屋でなく、アリーチェ王妃の部屋でと言われて正直ホッとした。
外での警護より部屋の前を見張る方が格段に安心で安全だ。
やはりシュウを守るために天も私の味方をしてくれているようだ。
シュウを連れアリーチェ王妃の部屋に向かうと扉を叩いた瞬間すぐにシュウを歓迎する声が聞こえた。
「部屋の外で待機しておりますので、何かありましたらお声かけください」
アリーチェ王妃にそう声をかけると、彼女はふっと私の首筋に視線をむけ
「フレデリックさま、シュウさまを危険な目には遭わせませんのでどうぞご安心くださいね」
と言って、シュウを部屋の中へと連れていった。
ああ、やはりアレクの妻として、このオランディアの国母として10年も支え続けてきた方だ。
私の心配などすぐに理解してくれているのだろう。
私はホッと胸を撫で下ろして部屋の前で警護を始めた。
シュウが中へ入ってしばらくして、私の隣で警護をしていたレオンに声をかけられた。
「あの、フレデリックさまの左耳についている漆黒のピアスはシュウさまのお色の宝石でございますか?」
「ああ、そうだ。レオンは左につける意味を知っているのだろう?」
「はい。もちろんでございます。身体の左側に相手の色を身につけることは、大切な人がいるという意味。フレデリックさまとシュウさまのお部屋に挨拶に伺った時、シュウさまの黒髪の間からフレデリックさまの瞳の色が見えました。あの瞬間、私の頭の奥底にあったルイとしての記憶を呼び起こしたのでございます。ルイと出会ったシュウさまの左耳にも同じピアスが付けられておりました。唯一無二の光を放つあのピアスが、すぐにシュウさまだと気づかせてくれたのです」
「そうだったか。そういえば、ルイと出会ったシュウは金髪の女性だったな。今のシュウがよくあの時のシュウだと気づいたと思っていたのだ。そうか、ピアスだったか……」
シュウの守護石がこんなことにも一役買うとは思わなかったな。
「ルイとしての記憶は薄れることはないのか?」
「はい。日に日に濃くなっているようでございます」
「そうか……シュウの姿を見るのは辛くないか?」
あれほどシュウを思い続けていたルイが、添い遂げることもできず、ただ目の前で見ているだけというのは辛すぎるのではないか。
そう思ったのだ。
「ご心配おかけして申し訳ございません。あの時はシュウさまとようやくお会いできた喜びで興奮してしまいましたが、元々シュウさまとどうにかなりたいと思っていたわけではございません。私はただシュウさまのおそばでお守りできればそれで十分なのです」
「そうか、ならばレオン、もし其方が了承してくれるのなら、私と共にサヴァンスタックについてきてはくれないか?」
「えっ? それは……まことでございますか?」
「ああ。レオンさえ良ければ、シュウの護衛としてついていてほしいのだ」
私の言葉にレオンは目を丸くして驚いていた。
「私が……シュウさまのおそばに? よろしいのですか?」
「もちろんだ。シュウは人を疑うということを知らない。神に愛された子だからだろうか……相手が悪人であろうが、何かをされても最後には許してやってほしいと願うような子だ。その上、私だけでなく、シュウの周りにいるものに危害が及ぼうとした時には率先して盾になろうとする。シュウのあの性格はおそらくどれだけ諭しても変わることはないだろう。私だけでシュウを守り続けるには限度がある。とはいえ、シュウを失うわけにはいかない。レオン……死ぬその瞬間までシュウを思い続けてくれた其方こそ、シュウの専属護衛にふさわしい。どうだろう? 私たちについてきてはくれないか?」
このオランディア王国最強とも言われる王国騎士団で騎士団長にまでも上り詰めたレオンが、騎士団長としての任務を辞め、シュウの専属護衛となることを了承するにはとんでもない決断が必要だろう。
それをわかって私はレオンに頼んでいるのだ。
それもこれも全てシュウのことを思ってこそだ。
「もちろん、今すぐに決断してくれとは言わない。騎士団長の職を辞するなど並大抵の決断ではないのだからな。だが、もしシュウの専属護衛としてきてくれるつもりがあるのなら、私は其方を一生裏切りはしない」
「フレデリックさま……」
「我々はまだ数日ここにいるだろう。その時に其方の気持ちを聞かせてくれたらいい」
「……いえ、私の心は決まっております。どれだけ時間を費やしてもこの気持ちに迷いなどありません」
そうか……やはりな。
騎士団長としての任務をそう易々と捨てられるはずがないな。
「私はフレデリックさまとシュウさまにお供いたします」
「えっ――? レオン……本当に?」
「はい。実は、私の方から陛下にお願いしようと考えていたのでございます。フレデリックさまとシュウさまが御領地へおお帰りの際には私も同行し、そのまま帰るつもりはないと。シュウさまとお会いしたその日から、私はシュウさまをお守りすることこそが自分の任務ではないかと思っておりました。ですから、フレデリックさまからのお話、誠に嬉しく思っております」
「レオン……ありがとう。ならば、アレクの元へ話に行くときは私も同行しよう。オランディアとしても今、其方に抜けられるのは痛手であろうからな。きっと止められるぞ」
レオンに笑顔を向けると、
「そのような事態になるのは私としても名誉なこと。ですが、どれだけお止めいただいても私の気持ちは変わりません」
とはっきりと答えてくれた。
「サヴァンスタックには行ったことがあるか?」
「いいえ、ですが山と海に恵まれた大変綺麗で豊かな領地だと伺っております」
「ああ、その通りだ。きっと其方も気に入ってくれることだろう」
レオンとは、シュウとはまた違う深い絆で結ばれているような気がする。
それこそ一生を共にするような。
だからこそ、神は私たちの戻った時代にルイを呼び戻してくれたのかもしれない。
このレオンならば、いつかあの話をしても信じてもらえるかもしれないな。
そんなことを思いながら、私は目の前にいるレオンに笑顔を向け続けた。
「ルイは平民だったろう? 騎士団に入るのは容易ではなかったのではないか?」
シュウの警護をしながら、ふとルイとしての思い出を知りたくなり私はレオンに問いかけた。
すると、レオンは遠くを見ながらゆっくりと語ってくれた。
「一度でいいから騎士団に直接話をしに行きたいと両親を説得するのに時間がかかり、ルイだった私が騎士になりたいと騎士団の門を叩いたのは、フレデリックさまとシュウさまが城をお発ちになってすぐのことでございました。私は愕然としながらも、どうしてもあのお姉ちゃんを守りたいから騎士になるんだ、騎士にならせてくださいと必死に頼んで……本当に子どもでした。誰も相手にしてくれない中で、ヒューバート団長だけは私の気持ちを汲んでくださって、10歳になったら騎士団に入れてやるからその時に来いと仰いました。そこからの3年はただひたすら身体を大きくするために必死でした。そして10歳の誕生日を迎えたその足でもう一度騎士団の門を叩いたのです」
「そうか……ヒューバートが……」
「ヒューバート団長はもう二度とフレデリックさまとシュウさまにお会いできないことをご存知だったのでしょう?」
「ああ。そうだな……最後に全てを話したからな」
「ヒューバートさまは時折、フレデリックさまやシュウさまのお話をしていらっしゃいましたよ。お二人と過ごした時間が尊すぎて夢でなかったかと思うことがあると本当に幸せそうな顔で仰っておられました」
「ヒューバートにはいろいろ迷惑もかけたのだが、そう思ってくれていたなら私たちも嬉しい」
ああ、我々がいなくなった後の城の様子を知るレオンとはシュウもきっと話をしたいだろうな。
サヴァンスタックへの道中は楽しいものになりそうだ。
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五珠 izumi
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人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
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