ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第五章 (王城〜帰郷編)

フレッド   45−1

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シュウとパールと久々の時間を過ごしていると、突然部屋の扉が叩かれシュウが身体を震わせた。

我々に用があるといえば今はアレクくらいだが、流石にさっき別れたばかりでそれはないだろう。
だとしたら誰だ?

まだこちらの時代がどうなっているかもわからない身としてはシュウも不安だろう。
特にシュウはこちらの城内には慣れてすらいないのだ。

私はシュウに大丈夫だと安心させてから、扉の外にいるものに声をかけた。
すると、帰ってきた言葉に私は驚くしかなかった。

「フレデリックさま。ブライアンでございます」

今、何と言った?
ブライアン?
まさか……と思いつつもあの声には聞き覚えがある。
いや、忘れるはずもない。

まさか本当にあのブライアンだというのか?

私は逸る気持ちを抑えきれずに、シュウにソファーにいるように声をかけブライアンの待つ扉へと向かった。

本当にこの扉の向こうにブライアンがいるのか?
そう思うと、私の中の逸る気持ちとは裏腹に手が震えて扉がなかなか開けられない。

私は扉の前でふぅ……と深呼吸をしてゆっくりと扉を開けると、そこには懐かしい、私の記憶通りのブライアンの姿があった。

「――っ、爺……」

その嬉しさに私の口からは『爺』と零れ落ちた。
もう何年もそんな言葉を口にしていなかったのに……。

「……フレデリックさま。ご無事でようございました」

ああ、爺はここでも、私が知っている彼方でも同じく優しい。
この時代に戻ってきて、まさかこんな嬉しいことが待っていようとは思いもしなかった。

私の知っているブライアン……爺は、私が王位継承権を放棄し、サヴァンスタック領に移り住んだ頃、病気で亡くなったのだ。
父が亡くなり、私がこの王城から出ていくことが決まり心労がたたったのだろうということだったが、王都から遠く離れた地にいた私は爺の死に目には会えないどころか、私が王都に着いた頃には葬儀も何もかも終わっていたのだった。

ブライアンとの最後の別れもできずに涙したあの日のことは今でも忘れることはなかった。

この地に戻ってきて父が同じく亡くなっていたから、てっきり爺も亡くなっているとばかり思っていた。
まさか、このような形で再会できようとは思いもしなかった。

そうか、なんの心労もないこの世ではまだ元気で暮らしていたのだな。

「心配……かけたな」

なんと言っていいのかわからず、必死にそう言葉を紡ぐとブライアンは涙を潤ませたまま、嬉しそうに私の無事と、そしてシュウという伴侶を連れ帰ったことを心から喜んでくれた。

私はブライアンに自分の伴侶を紹介できることを幸せに感じながら、シュウを呼び寄せブライアンを紹介した。

「シュウ、幼少期にアレクと私の世話役をしてくれていたブライアンだ。今はアレクの側仕えと王城の筆頭執事をしているはずだな?」

そういうと、ブライアンは深々と頭を下げながらシュウに挨拶を返した。
どうやら私の説明であっていたようだ。
よかったと少し胸を撫で下ろしながら、今度はブライアンにシュウを紹介した。

「ブライアン、この可愛らしい子が私の伴侶。シュウだ。私たちは唯一だからな」

私の言葉にブライアンは目を輝かせて喜んだ。
それはそうだろう、なんと言っても唯一だ。
喜ばないわけがない。

この世の幸福を全て手に入れたようなそんな幸せをブライアンと分かち合っていると、突然シュウが私の名を呼びながら見つめてきた。

シュウの大きな漆黒の瞳で見つめられるのはどれだけシュウのそばにいてもドキドキするものだ。
シュウが見つめてくれることに幸せを感じていると、シュウが突然私の耳元で

「唯一ってあんまり言わないでって言ったよ!!」

と囁いてきた。
ああ、耳元でシュウの小鳥の囀りのような声を聞くのも幸せだと思いながら、シュウの言われたことを心の中で反芻した。

唯一と言わないで……。
そういえば以前そんなことを言われたこともあったか……。
だが、相手はブライアン。
私を幼い頃から知る爺だ。

シュウを唯一と伝えない方がおかしいだろう。

シュウにそういうと、シュウはなぜか怒ったような口調で

「もうあんまり言わないでよ! さっきはアレクお兄さまにも話してたし」

と言っていた。

私にはシュウが怒っている意味もわからず、とりあえずはわかったと言ってその場を終わらせたのだが、シュウはまだ何かを気にしているようだ。

ブライアンもシュウのその様子が気になっているようで、話題を変えてくれたのだろう。

「先ほどアレクサンダーさまよりお話を伺ったのですが、今日からパールさまはフレデリックさまとシュウさまがお世話をされると言うことでお間違えございませんか?」

と尋ねてきた。

ブライアンの気遣いに感謝しつつ、我々が世話をすることになったと返すと、ブライアンはパールの寝床を用意すると言って足速に部屋を出ていった。

この間にシュウが何を怒っているのかきちんと解決しておかねばな。
こういうことは長引くのが一番良くない。

私は少し緊張しつつもシュウに尋ねることにした。


「シュウ? まだ怒っているのか?」

私の問いにシュウは怒ってはいないが、いろいろなものに唯一と教えないでほしいと頼んだことを私が覚えていないのが寂しいのだと答えた。

確かにシュウにそう言われたことがあった。
しかし、それほどシュウが嫌がっているとは思っていなかったのだ。

アンドリュー王とトーマ王妃も唯一であったからか、あちらではシュウを唯一だと伝えても今のようにシュウが怒ることはなかったからだ。

ここにきて突然思い出したかのように怒り出したシュウの考えが私には理解ができないのだ。

私に唯一の存在がいるのだとこのオランディア国民全てに発表して、麗しいシュウを見せびらかしたいほどであるのに。
しかし、シュウはそれをいうと、さらに嫌がった。

ここまで嫌がるとなると理由はただ一つしかない。

シュウにとって私が唯一なのを知られることが嫌なのだとそう思わずにいられない。

悲しい現実を突きつけられたようで心が痛む。
だが、受け入れるしかないんだ。

けれど、シュウは私が唯一と知られるのが嫌なのではなく恥ずかしいのだという。
その言葉にどんな違いがあるのかもわからない。

その違いを問いかけると、突然

「だから、その……唯一ってどうやったらわかるんだっけ?」

と問いかけてきた。

質問に質問で返されてさらに意味がわからなくなったが、とりあえず、

「唯一は体液を甘く感じたらだが……それが何か?」

とシュウに答え、もう一度問いかけた。

するとシュウはなぜ私にわかってもらえないんだろうとでもいうような表情で辿々しくも一生懸命理由を言ってくれ、私はシュウの言っていることを必死に頭の中で整理をした。

私とシュウが唯一だと分かったのは、シュウの蜜を舐めたからで、そのシュウの蜜を舐めるという行為には我々が交わりをしたという事実が根底にあり、唯一だと教える行為が私たちが交わりをしている関係だと吹聴しているように感じるということが、シュウの恥ずかしいという理由ということのようだ。

「……つまり、シュウは私との閨の様子を皆に知られるのが恥ずかしいということか?」

頭の中で整理し、問いかけるとシュウはようやく安堵の表情を浮かべ頷いてくれた。

そういえば、シュウは閨事に関してはかなり奥手であった。
それはトーマ王妃も同じであったから、おそらくあちらの世界では閨事を人に漏らすのは恥だとでも教えられているのだろう。

我が国でも、夫婦の閨について細かく尋ねる事はない。
しかし、それと唯一と教えるのはまた別の話なのだ。

どう言ったらシュウに唯一が特別なのだと分かってもらえるだろうか……。

そう考えてもやはり素直なシュウには素直に説明するのが一番良いだろう。

「シュウの気持ちはよくわかった。だが、よく聞いてくれ。確かに唯一だと知る方法は体液を甘く感じたかどうかなのだが、我々にとって唯一の存在に出会えるということは途轍もない幸運なのだよ」

そういうと、シュウは目を見開いて驚いているようだった。

これならきっと話を聞いてくれるだろうと感じ私は唯一に出会えることがどれだけすごい幸運なのかを説明することにした。

唯一と出会うことなく一生を終えるものがほとんどであり、アレクとアリーチェ王妃も唯一ではない。
しかも、この国では婚姻の約束をしてからでないと交わる事はできず、一度身体を繋げた相手と結婚しなくてはいけない。

まぁ、そのために商売女、商売男がいるのだがそのことは言わなくても良いだろう。
シュウが出会うことは一生ないのだから知らなくて良い知識だからな。

とにかく、そんな状況であるから自分の伴侶が唯一だという確率はかなり低い。

だからこそ、唯一が見つかった時には見せびらかしたい気持ちになってもおかしくないだろうというと、シュウは私に意見に納得し始めた。

よし、もう一息だ。

我々が唯一だと皆に知らせる理由はそれだけではない。
誰よりも大事な唯一の伴侶を守るために、余計な火種を出さないために必要なのだと教えるとシュウはそれをまだ理解していないようだった。

流石にこれは知らなかっただろうな。
きっとトーマ王妃もアンドリュー王から知らされてないのだろう。

私は自分を例にわかりやすく

「例えば……例えばだぞ。公爵である私との繋がりを求めて後継者を作らせようと愛妾を持ちかけてくる輩もいる。だが、シュウが私の唯一だと周知させていれば、そんな愚かな話を持ちかけてこようとする輩は絶対に現れない」

と説明すると、シュウは震える声でなぜだと尋ねた。

「唯一に出会ったものは、それ以降唯一以外との交わりは一切出来なくなる。身体が拒否するんだ。
それがわかっているから誰も話を持ってこない。しても無駄だからだ」

そう説明してやると、シュウの表情が緩み私にもたれかかってきた。
心配して声をかけると、

「ホッとしたら力が抜けちゃって……。誰かがフレッドに触れてフレッドの子どもを産むなんて考えたくもないから」

シュウはそれほどまでに私を思ってくれているのだ。
それなのに、私を唯一だと知られたくないのだと勝手に悲しんだりして本当に申し訳ない。


私のことをそれほど思っているシュウに辛い例え話をして悲しませるとは伴侶として最低だったな。
だが、私はシュウにわかって欲しかったのだ。
この世界で唯一に出会えることがどれだけ幸せなことか……。
だからこそ、唯一に出会えたと知らされた者は同じ思いで喜んでくれるのだ。
唯一だと知ったものが我々の閨を想像することは一切ない。

そうはっきりと言ってやると、シュウはようやく理解をしてくれた。

それどころか

「ぼくがフレッドの唯一だって分かってもらえたら、誰もぼくからフレッドを奪おうなんて思う人がいなくなるのなら、ぼくもみんなにフレッドがぼくの唯一だって知らせたいくらいだよ!」

とさえ言ってくれるとは。
ああ、私はなんと幸せなのだろう。

私の後継などシュウがいてくれさえすればどうでも良いのだ。
我がサヴァンスタック領が未来永劫繁栄するためには血筋などは関係ない。
以前の世界ではアレクの息子に私の後を引き継ぐことにしていたが、近いうちに確認してもし後継が決まっていなければ誰かサヴァンスタック領を継いでくれるものを探しておこう。
それでシュウを安心させられるのであればそれでいい。

私はシュウが誰かが私に触れ、私の子を産むのは考えたくもないと言ってくれた。
そう思ってくれるほど私のことを愛してくれているのだ。
これがどれだけ私を喜ばせることなのか、シュウはわかっているだろうか。

そう思っていると、

誰かと私を共有などしたくない!

そう強く言ってくれた。

ああ、そうだ。
私は生涯シュウだけのものだ。
これは誰にも変えられない

私は幸せに満ち足りた気持ちでシュウを強く抱きしめ、シュウの柔らかな唇に口づけを贈った。
私からの甘い口づけに恥じらうシュウを可愛らしく思っていると、

「フレッド……今日……ぼく、フレッドと、愛を……確かめ合いたい、んだけど……」

と、さらに可愛らしいおねだりがやってきた。

シュウのそんな願いを聞き入れないわけがないだろう!!
私がシュウだけのものだと身体でしっかり伝えてやる!!!

この上ない幸せにシュウの唇にもう一度口づけを贈ろうと顔を近づけた瞬間、トントントンと今は聞きたくない音が耳に飛び込んできた。
どうやらブライアンがパールの寝床を持ってきたようだ。
はぁーっ、本当に間の悪い……。

私の爺であるブライアンとはいえ、先ほどの口づけに頬を紅潮させ色っぽい顔をしているシュウを見せたくはない。
シュウにここで待っているようにといい、急いで扉へと向かった。

「フレデリックさま。パールさまのお寝床をどちらに置かれますか?」

「ああ、いい。私が運ぶから渡してくれ」

「いえ、私がお運びいたします。中に入らせて頂いて宜しいでしょうか?」

「いや、今はちょっと……」

「フレデリックさま……何か私に隠し事でもおありですか?」

「そのようなこと……あるわけないだろう」

「本当に?」

私を見つめるブライアンの視線に緊張してしまうのは、やはり幼い頃から世話役として叱られていたせいかもしれない。
ああ、本当に久しぶりだな。
この感覚。

なんとなく懐かしさを感じながら、

「我々はまだ新婚なのだ。この時間のつまを爺とはいえ、他の者に見せたくない気持ちは爺にもわかるだろう?」

と正直に答えると、

「確かにその通りでございます。この爺、気が利きませんで大変申し訳ございません」

とすぐに理解を示してくれた。
やはり最初からブライアンには正直に説明しておけばよかったのだ。

「それではこちらお渡しいたします。パールさまは柔らかなお素材がお好きなようでございますので、こちらをご準備いたしました」

と渡してくれたパールの寝床は、あの時代の寝床よりも随分と豪華になっている。
パールは我々が思っているよりもずっと大切に慈しみながら世話をしてもらってきたようだ。
それほどまでにアンドリュー王がパールについてしっかりと予言書に記載してくれていたのだろうな。

そうやって慈しみ育てられてきたからこそ、この数百年をあれほどまでに元気に過ごすことができたのだろう。

そのおかげでパールとの別れに涙していたシュウがここで再会することができたのだ。
今までパールを大切に世話をしてきてくれた歴代の王と王妃に心からの礼を伝えたい。

ブライアンから渡されたパールの寝床を両手に抱え、シュウの元へと戻ると、シュウの腕に抱かれていたパールがその寝床に一直線に飛び込んできた。

さぞ喜びの声を上げるかと思いきや、すぐにシュウの元へと戻ってしまったのはおそらくアレのせいだろう。

シュウはパールが新しい寝床を気に入っていないことに疑問を感じているようだったが、私には理由がわかっている。
この寝床にはパールの好きなものが入っていないからだ。

シュウにそう教えてやると、一瞬悩んでいたもののすぐに気づき自分のポケットから綺麗なハンカチを取り出しパールの鼻のそばで振りながら新しい寝床に放り投げた。

パールはその匂いにすぐ反応し、嬉しそうな声をあげながら私の持つ寝床へと飛び込んできた。
私のシュウの匂いをパールにもあげると些か勿体無い気持ちもあるが、この数百年好きな匂いも嗅ぐこともできずに頑張ってきたご褒美だと思おう。
私にもそれくらいの慈悲はある。

私はシュウのハンカチを幸せそうに嗅ぐパールを入れた寝床を寝室へと運び、シュウを風呂へと誘った。
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