ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第五章 (王城〜帰郷編)

フレッド   44−1

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シュウの最後の声が大広間に響いた瞬間、私の耳につけていた黒金剛石ブラックダイヤモンドに熱を感じたと共に眩い光がシュウを抱きしめていた私の身体もろとも包み込み、肖像画へと吸い込まれていくのを感じた。

目を開けることもできない光の中、微かに

――フレデリック……シュウと幸せになりなさい……

安らぎのある声でそう言われた気がした。

ああ、きっとより良い未来になっているのかもしれないな……。
そう思いながら、私はひたすらに腕の中にいるシュウを抱きしめ続けた。

ぽふっと柔らかな何かに抱き止められたようなそんな不思議な感覚に驚いた瞬間、周りから大勢の者たちの声が耳に入ってきた。
聞き覚えのある声もない声もある。

『おいっ、みろっ!』
『おおっ! 誰かが出てきたぞ!!』
『すぐに陛下にご報告をっ!!』
『アンドリュー王とトーマ王妃の再来だ!!』
『この素晴らしい瞬間に立ち会えたことに感謝をっ!!』

目がまだ馴染んでいない分、何か情報収集をしなければと周りの声に耳を傾けてみた。

――すぐに陛下に連絡をっ!

確かにそう言っていた。
それは突然人が現れたから報告にいけという意味なのか……それとも、何かが起こることを知っていたのか……。
どっちにしてもすぐにアレクがやってくるはずだ。

私たちが今いるのがあの時代だとしたらな……。

ようやく目が開けられるようになり、すぐに確認したかったのはシュウの安否だ。

まだ何も声を聞いていない。

恐る恐るシュウの名を口にすると、シュウは私の姿を見て安堵の表情を浮かべた。

シュウもまた私の安否を気遣っていてくれたことに嬉しく思いながら、シュウと話を続けた。

アンドリュー王とトーマ王妃がいた時代から違う時代にやってきたのは間違いない。
ただそれが私たちの求める時代かどうかを確認する必要があるのだ。

とりあえず寝転がったままの状態から起きあがろうとして、我々の下にベッドに敷く上質なマットレスがおいてあったことに気づいた。

落ちてきた時に柔らかく受け止めてくれていたのはこれだったか……とわかって、ここはやはり私たちの求める時代なのではと期待を持った。

「誰かが用意しておいてくれていたってこと? ぼくたちのために?」

私にそう尋ねてくるシュウもおそらく期待を持っているのだろう。
無事に帰り着いたかと。

ゆっくりとシュウを支えながら抱き起こした瞬間、予想以上の数のものたちの視線が一斉に降り注いできた。

先ほどまでの騒がしさは嘘のように、静寂が大広間を包む。

シュウは彼らの視線の多いことに怯えているのか私に抱きついてきたが、我々を見つめるその視線が私の知っているものとはかけ離れていることに気づいた。

そう、彼らの目には私への侮蔑や嫌悪が一切見られなかったんだ。

「シュウ、見てごらん。彼らの目を」

怯えるシュウにそう言ってやると、シュウは彼らに目を向け、そして驚きに満ちた表情で私を見つめた。
シュウも気づいたのだ。
彼らの視線の先に私への侮蔑や嫌悪がないことに。

「未来を……変えることが、できた……ということなのかもしれないな……」

私がそう呟くと、シュウは天井を見上げ、幸せを噛み締めているように見えた。
きっと遠い過去にいるアンドリュー王とトーマ王妃に幸せな未来を報告しているのかもしれない。

シュウはスッと私に顔を向けると、私の名を呼びながら嬉しそうに抱きついてくれた。
その温もりに幸せを感じながら、私もシュウを力強く抱きしめていると、突然大広間に『バーーンッ!』と大きな音が響いた。

腕の中にいるシュウはその激しい衝撃音にビクッと身体を震わせた。
私の腕の中にいる時でよかったと安心しながら、音の聞こえた先に顔を向けると、そこには一番会いたくて、一番会いたくなかった人の姿があった。

「アレク……」

私の口からこぼれ落ちた言葉にすぐにシュウが反応してくれた。

アレクは今、何を思い、ここにやって来たのだろう……。
これは私たちにとって喜ばしいことなのか、それとも……。

心臓の鼓動がうるさい。

私はアレクから目を離せば負けると思った。
だから、ただじっと見つめたまま離せずにいた。

すると、シュウがアレクの方に目を向けた瞬間、アレクがものすごい勢いで駆け寄ってきた。

あれだけいた者たちは大広間の隅へと追いやられ、入りきれないものは次々と外へ出されていく。

その間もずっと私たちは何も発さぬまま、ただじっと見つめ合う時間が続いた。

どうしたものかと思っていると、アレクがゆっくりと口を開いたのだ。

「……やはり、フレデリック……お前が予言書の者だったのだな」

予言書……確かアンドリュー王が我々のために遺してくれると言っていたもの。
そのことをアレクが言っているとすれば……きっと喜ばしいことに違いない。
それでも聞かずにはいられずに

「予言書の者とはどういう意味でございますか?」

そう尋ねると、アレクは嬉しそうな表情を見せながら、

「詳しく教えてやる。そこから下りてこい。その美しい伴侶も一緒にな」

と言ってくれた。


シュウはアレクの反応に少し心配そうにしていたが、アンドリュー王とトーマ王妃を信じようと声をかけると、シュウは安堵の表情を浮かべた。

シュウが落ちたりしないように細心の注意を払いながら、階段を下りるとすぐに騎士たちがやってきた。

サヴァンスタック公爵・・・・・・・・・・さま、ご伴侶さま。どうぞこちらへ」

見覚えのある騎士たちにそう声をかけられ、ハッとした。
彼らは私を『サヴァンスタック公爵』と確かにそう呼んだ。

ということはもうすでに私は王位継承権を放棄し、この城から出て行った身ということだ。
それは自ら出て行ったのか……それとも?

だが、サヴァンスタックに我々を待ってくれている者たちがいるということは間違いない。
マクベスもルーカスもシュウが会いたがっている私の愛馬たちもあの屋敷にいてくれているはずだ。

そう思っていいだろう。

シュウも騎士が私のことをサヴァンスタック公爵と呼んだことに気づき、嬉しそうに私を見ながら私の手を握ってくれた。
その笑顔に応えるように私はシュウの柔らかで小さな手をぎゅっと握り込んだ。

騎士に案内され、ついた部屋は[謁見の間]
奇しくも、アレクと最後に顔を合わせたあの部屋だ。

シュウの手を握ったまま開かれた扉の前に立つと、玉座にアレクが座っているのが見えた。

「フレデリック、美しい伴侶と共に中に入れ。お前たちは全員下がれ」

アレクの指示に、我々の周りにいた騎士も部屋の中にいた騎士も皆一斉に出て行った。

扉が閉められたのを確認して、シュウの手を取り中央へと歩き進んだ。
アレクに挨拶をしようと跪こうとした瞬間、それを慌てて制止するようにアレクが玉座から下りてきて、

「フレデリック、そのような挨拶はいらない。今のお前は私よりも立場は上だ」

と言い出した。

アレクより私のほうが立場が上?
公爵であるはずの私が国王であるアレクよりも上とはどういうことなのだろう?

気になってアレクに尋ねてみれば、

「全て話そう」

といいながら神妙な面持ちでゆっくりと口を開いた。

おそらくアンドリュー王が残してくれると言っていたあの予言書のことだろうとは分かっていたが、どのような内容なのかは一切秘密にされていたため、アレクから語られる話は私にとって非常に興味深いものだった。

驚いたことに、アンドリュー王はシュウの存在を隠すことなく、しかもトーマ王妃の子だと明言してくれていたのだ。

予言書には、トーマ王妃には神の力によって授かった子が存在し、その子は未来のオランディア王家の男子のつまとなる運命であり、それを妨げてはならない。
もし、それを妨げることがあればその瞬間、神の力によってオランディアは滅亡する。
そして、その神の力を授かった子を伴侶とできるものは……私の生まれ変わりとなる者であると書かれていたのである。

生まれ変わり……それはおそらく、アンドリュー王に見た目のそっくりな私を確実にシュウの伴侶にするための方便なのだろうが、それが功を奏したようだ。

幸いなことに、私が誕生するまでの間アンドリュー王にそっくりなものはこのオランディア王家に生まれることはなかったらしい。
父上は私を見てすぐに予言書に書かれていた者だと直感し、そして、成長するにつれて確信へと変わったようだ。
そのため、アレクは幼い頃から父上に私が予言書の者でアンドリュー王の生まれ変わりだと聞かされて育ったらしい。

そして、父上はオランディア王国を守るため、予言書に書かれていた通りに私を王位継承者から外した。
なぜかといえば、王位継承権を持った者には、後継者を残すための義務が存在するため同性との婚姻が認められていないからだ。
父上としては、私の伴侶が現れる前にと急いだのだろう。

そのために私を王位へと推すものからの反発を受け、毒を盛られてしまったようだが……。

私の知っていた過去でも父上は毒を盛られて亡くなった。
どんなに未来が変わろうとも寿命だけは変えられないということなのだろうな。

父上が亡くなり、すでに王位継承者から外されていた私にアレクがサヴァンスタック領と公爵位を与えてくれたのは、父上の意思を引き継いだからだそうだ。
そうやってアレクは準備万端整えて、予言書に書かれていたトーマ王妃の子であるシュウが私の伴侶となったという連絡を待ち続けていたようだ。

しかし、30歳を迎えても連絡が来ない私に痺れを切らして、アレクは私を王都へ呼び寄せ話を聞くつもりだったのだろう。
ところが、その道中で私は消息を絶ったのだという。

この辺りは少し歴史が変わっているようだ。

以前の世界の私はサヴァンスタック領にシュウが現れ、シュウと思いが通じ合ってすぐに伴侶ができたことをアレクには伝えていたはずだ。

しかし、ここでは私は1人で王都へと向かう途中に行方知れずになったらしい。
そして、アレクはその報告を聞き、いつ現れるかも知れぬ肖像画の前にマットを敷いて、私がシュウを連れて現れるのを待ってくれていたのだ。

アレクが私を予言書の者だと信じてくれていたおかげで怪我をしなかったというわけだな。
本当にありがたいことだ。


「そう言えば、予言書には生まれ変わりの者はその証を持って肖像画より現れると書いてあったが、お前はそれを持っているか?」


アレクの言う証というものがどれを指すものかはわからないが、向こうから持ってきたもので大事なものといえばこれか……。

私は上着の中に大切に持ち帰ったあのギーゲル画伯から贈られた絵をアレクに広げて見せた。
すると、アレクはそれを一目見るや否や頬を紅潮させ、食い入るようにその絵を眺め始めた。

アンドリュー王はあの予言書と共にこの絵と同じ物を残し、この絵と同じ物を持つ者が生まれ変わりの証だと記していてくれたのだ。

我々があの時この絵を持ち帰ったのを見て、わざわざそう記してくれたのだろう。
そのおかげで私が正真正銘アンドリュー王の生まれ変わりだと示すことができたのだ。
本当に何もかも記しておいてくれたアンドリュー王には頭が下がる思いだ。

この予言書とともに残されていたギーゲル画伯の描いてくれた絵の意味するものを解き明かそうとこの数百年もの間、王家の美術研究者たちの間は奮闘していたようだ。
なんせ、ギーゲル画伯は想像の物を描かない。
それなのに、この絵にはアンドリュー王とトーマ王妃によく似た者が描かれている。
それはなぜなのか……。

どれほど考えてもこの謎を解き明かす者が出るはずがないのだ。
人間が時空を超えてやってくるなど誰も考えつかないだろうからな。

しかし、アレクはその謎を解いたようだ。
輝きに満ちたその目で私にそう訴えてくるが、謎は謎のままにしておいた方が夢があるだろうと思い、私は明言を避けた。

アレクもまた私の気持ちを汲んでそれ以上は尋ねてくることはなかった。

その謎解きよりもずっとずっとアレクの心を占めていたのは、私の隣にいる愛しいシュウのことだったようだ。

目を合わせることも憚りながら、

「それで、そろそろお前の美しい伴侶の話を聞いてもいいか? 本当に彼は神の力を授かったお方なのか? 本当にあのトーマ王妃の御子なのか?」

矢継ぎ早に私に質問をしてくる。

シュウに直接尋ねることもできないそんなアレクの姿に以前とは違う感情が生まれる。

本当に歴史が変わったのだな。
目の前にいるアレクには私への同情の匂いが一切感じられない。

私はようやくアレクと本当の兄弟になれたようなそんな思いを持ちながら、アレクにシュウのことを教えた。

「兄上にだけは真実を伝えましょう。彼・シュウは間違いなく神の力によりトーマ王妃の子としてこの世に生を受けたものですよ。あの肖像画に描かれている美しいトーマ王妃と瓜二つでしょう?」

そう言ってやると、アレクは興奮に満ちた声を上げながら嬉しそうに笑顔を浮かべた。
父上から私の伴侶が予言書に書かれていた、トーマ王妃の子だと教えられた日から指折りこの日を数得て待っていてくれたのだ。

そんなアレクに私はシュウを抱きしめながら、紹介した。

アレクには初めての、我々にしてみれば二度目の紹介だったが、あの時は名前と年齢しか伝えられなかった。

「彼の名はシュウ。トーマ王妃の御子で……私の唯一です」

そういうと、アレクはシュウが私の唯一であることに驚きつつも、さすがアンドリュー王の生まれ変わりだと言ってくれた。
この時代にまで、アンドリュー王のトーマ王妃への深い愛と執着と独占欲の強さは轟いているようだ。

アレクは私をアンドリュー王の生まれ変わりだと確信した上で、

「神の力によりお生まれになったシュウ殿を伴侶に持つお前は、立場的には国王である私より上となる。私は其方に平伏した方が良いか?」

と尋ねてきた。

「何を仰っているのですか。兄上はこの大国オランディアを平穏に治めていらっしゃるではありませんか。
私がどうであれ、シュウがどうであれ、兄上がこの国の王であることに変わりはありませんよ」

そうキッパリと言い切ると、アレクは安堵の表情を浮かべた。
その上でアレクはこれからは対等の立場として助言や苦言をしてほしいと言ってきた。

今までアレクが私にそのようなことを求めたことはなかったが、私もアレクに積極的に話そうとしたことはなかった。
私たちはようやくしがらみの無い兄弟になれたのだ。

アレクの提案に心から喜び、

「兄上がそれをお望みでしたら、私は喜んで協力させていただきますよ。アンドリュー王とトーマ王妃がより良い未来を願って尽力したオランディアの更なる発展のためなら喜んで」

というと、アレクは嬉しそうにお礼の言葉を言ってくれて手を差し出してくれた。

アレクの手を握ったのはいつ以来だろうか。
こんなに温かいものだったことに感動しながら、私たちはしばらく手を握りあった。

「フレッド……」

私の名を呼ぶシュウの声が耳に入ってきて、アレクに紹介すると言いながら1人っきりにさせてしまったことに気づいた。
急いでシュウに詫びながら、兄上に挨拶するようにと声をかけると、

「お初にお目にかかります。アレクお兄さま。シュウと申します」

とシュウは鈴の鳴るような可愛い声と満面の笑みでアレクに挨拶をした。

「くぅ――っ! アレク、お兄さま……」

アレクはシュウから『アレクお兄さま』と言われたのがよほどツボに入ったようで、あまりの興奮に鼻を押さえて俯いた。

アレクの突然の奇行に心配するシュウに気にしないでいいと声をかけ、私はアレクに小声で呟いた。

「兄上……まさか、私の伴侶の言葉に興奮されたのでは無いですよね?」

無感情で冷ややかに言い放った言葉に、アレクは一気に顔を青褪めさせた。

「そ、そんなことあるわけがないだろう」

「なら、良いのです」

そう言って笑みを浮かべると、アレクは冷静な表情に戻った。
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