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第五章 (王城〜帰郷編)

花村 柊   44−2

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「あ、あの……」

「シュウ、大丈夫だ。気にしなくていい」

フレッドはお兄さんに視線を向けて何やら小声で話しているようだ。
何を話しているんだろう?

「あの……フレッド? 大丈夫? やっぱり国王さまって言うべきだった?」

「そうだな――」
「いい!! アレクお兄さまでいい!! シュウ殿、そう呼んでいただけますか?」

慌てふためいた様子でお兄さんがぼくにそう言ってくれるけれど、いやいやいや、国王さまがぼくに敬語はおかしくない?

「あの、ぼくに敬語なんて……」

「いや、しかし……シュウ殿は神の……」

「たとえそうでもぼくはお兄さまの弟であるフレッドの伴侶ですから。ねぇ、フレッド」

そう言ってフレッドを見ると、フレッドは嬉しそうにぼくに笑顔を見せてくれた。

「そうですよ、兄上。シュウは私の・・伴侶ですから、兄上がシュウに敬語は必要ありません。
私の・・伴侶として扱っていただければ構いませんよ」

「うっ……、そんなに強調せずとも良いだろうに。わかった、わかった。それでは楽に話をしよう」

アレクお兄さまはそういうと、ぼくににっこりと笑顔を見せてくれた。

「では改めて、シュウ殿。これからアレクお兄さまと呼んでもらえるか?」

「はい。アレクお兄さま。ぼく、一人っ子だったのでお兄さまができて嬉しいです」

「くぅーーっ! フレデリック、聞いたか? 私にこんなにも可愛らしい弟ができるとは……。
お前が美しい伴侶を娶ったおかげで私にもこのような幸せが与えられたぞ」

「申し訳ありませんね、可愛らしい弟・・・・・・とは縁遠くて。まぁでも、シュウが美しい伴侶というのは正しいですね」

「そんなに拗ねるな。私にとってはお前も可愛い弟だが、シュウ殿の可愛さとは比べられんだろう?」

「ははっ。そうですね、シュウの可愛さは別次元ですから」

フレッドはアレクお兄さまと楽しそうに笑顔を見せている。
なんだかアンドリューさまと一緒にいるフレッドを見ているみたいだな。
フレッドもアレクお兄さまとのこういう関係をずっと望んでいたんだろうし、嬉しいだろうな。

「お前たち、しばらくはここに泊まって行くだろう?」

「そうですね……サヴァンスタック領のことも心配なので早く帰りたいですが、流石に少し疲れましたので休ませていただけると有り難いです」

「お前が伴侶を連れていつ戻ってくるかわからなかったから、部屋はいつでも泊まれるように準備しているのだ。
今日すぐにでも泊まれるから安心していい」

そういうと、アレクお兄さまは部屋の外で待機していた騎士さんを中に呼び寄せた。

「フレデリックとシュウ殿を[月光の間]に案内するように」

アレクお兄さまの言葉にぼくとフレッドは顔を見合わせた。

今朝までいたあの部屋にまた戻れる。
フレッドと、そしてアンドリューさまやお父さんといっぱい過ごしたあの部屋に……。
でもこの間には数百年の時が流れているんだ。

「フレッド……」

ぼくには嬉しさと悲しみの両方の感情が一気に押し寄せてきて、思わずフレッドに抱きつくと、フレッドは

「わかってるよ」

と優しく背中をトントンと叩いてくれた。

「フレデリック、シュウ殿はどうしたんだ?」

「大丈夫です。少し休めば大丈夫です」

「そうか、ならいいが。部屋に案内する前に紹介したいものがいるのだが……」

「紹介したいもの? それは誰ですか?」

「私の部屋にいるのだ。お前たちの部屋に行く前に寄ってもいいか?」

「はい。もちろんです。もしかして兄上……奥方ですか?」

「確かにアリーチェもシュウ殿に紹介しておきたいが、それ以上に大切な存在だ」

「まさか兄上……」

奥方がアリーチェさまって王妃さまってことだよね?
なんだろう……フレッドの目がアレクお兄さまを睨んでいるように見える。
何?
どうしたの?

「違うっ、違う。そんなことあるわけがないだろうが。私はアリーチェ一筋だぞ」

「でしたら……?」

「見れば、すぐにわかるだろう」

そういうとアレクお兄さまはなぜか嬉しそうにぼくたちを部屋へと案内してくれた。

「中に入ったらすぐに扉を閉めてくれ」

フレッドはアレクお兄さまの指示に訳もわからないまますぐに扉を閉めた。

アレクお兄さまはそれを確認して、

「アリーチェ、アリーチェ」

と奥の部屋にいる王妃さまに声をかけた。

奥から

「はい、アレクサンダーさま」

と高く綺麗な声が聞こえて扉が開いた途端、ものすごい勢いで何かがぼくの元に飛び込んできた。

「わぁーーっ!!」

途轍もない衝撃にぼくは驚いて大声をあげながら倒れてしまったけれど、その正体がなんだったかぼくにはすぐにわかった。


『キューンキューン』

「パール!!」

ぼくの声にパールは

『キューーン!』

と一際大きく鳴き、ぼくの頬をペロペロと舐め始めた。

やっぱりパールがぼくを迎えてくれたんだ!

ぼくにとってはついさっき別れたばかりのパール。
だけど、パールは一体どれだけ長い間、ぼくと再会する日を待ち続けていてくれたんだろう。
しかも、ぼくのことをこんなにも覚えていてくれたなんて。

ぼくが知っているパールより一回りは大きくなっているからかズシっと重みを感じるけれど、これがぼくを待っていた長さの重みなんだろうなと思うと愛おしくなる。

だけど、

「ひゃあ――っ、くすぐったい、ってば――、パールっ!! おち、ついてーっ!」

首筋からぺろぺろ舐めながら中に入っていこうとするのがくすぐったくてたまらない。

パールの戯れを必死で抑えようとしていると、急にパールの感触がなくなった。
と同時に

「フーッ、ウーッ!」

とパールの威嚇するような声が聞こえる。

「あれ?」

驚いて見上げると、フレッドが大きなパールを両手で抱き上げぶら下げている。

「フレッド、何してるの?」

「シュウにベタベタしすぎだろう」

「ベタベタって戯れてただけでしょ?」

「それでも舐めるのはもう許さないと教えていたはずだ」

ああ、確かにそう言ってたな、あの時。

「はっはっはっ。フレデリック。お前がこんなにも嫉妬するとはな」

「兄上」

「ふふっ。フレデリック、ここは私の自室だ。アレクと呼んで良いし、敬語も要らぬ」

アレクお兄さまのその言葉にフレッドは嬉しそうに笑顔を見せながら、

「ありがとう、アレク。伴侶がこんなにも舐められていたら嫉妬くらいするだろう。
それよりも、さっき話していた紹介したいものとはこのパールのことか?」

と尋ねた。

「ああ、そうだ。やはり知っているのだな。このリンネルは神の力によって生まれたトーマ王妃の御子の大切な守護獣だと予言書には書かれていた。
だから、このリンネルは時の王と王妃が自室で責任を持って管理し育てるというのが習わしとなっていてな。
リンネルは元々、人に懐くようなものではないし、かなり大変な時代もあったようだが今まで大切に育てられてきたのだ。無事にシュウ殿にお渡しできてよかった」

「えっ? お渡しって……ぼくが連れて帰ってもいいんですか? 今までここで大切に育てられてきたのに……」

「いやいや、今までの王と王妃が大切に大切に育ててきたのは神の力によって生まれたトーマ王妃の御子に無事に引き継ぐためのものだ。このリンネルはシュウ殿のそばにいるのが一番良いことなのだよ」

「アレクお兄さま……」

「それにこのリンネルもシュウ殿と出会えば、我々と一緒にいる気などないだろう?」

『キューン』

「ふふっ。だそうだ。ああ、そうだ。アリーチェ、お前にも紹介しよう」

パールが突然出てきたからすっかりアリーチェさまのことを忘れてしまっていたけれど、アリーチェさまはずっとぼくたちの様子を見ていたようだ。

「アレクサンダーさま。この方が……?」

「ああ。そうだ、我が弟フレデリックの伴侶であの偉大なるトーマ王妃の御子であるシュウ殿だ。
フレデリック、お前が行方不明になってからここに現れる前にアリーチェには全ての話を伝えておいたから、アリーチェは予言書の全てを知っている」

ああ、なるほどそう言うことか。
と言うことは今までパールをお世話してきてくれた王妃さまたちはパールが何ものか知らなかったってことなんだろうな。
ただのペットだと思ってたりして……。ふふっ。

「あ、あの……私、平伏した方がよろしいでしょうか?」

「アリーチェ、落ち着け。シュウ殿もフレデリックもそんなことは望んではいない。私はアリーチェにはシュウ殿と仲良くなってもらいたいのだ」

「そんな私ごときがあのトーマ王妃の御子と仲良くだなんて……」

「アリーチェ、シュウ殿もフレデリックも、そして私もそう思っているのだよ。フレデリック、そうだな?」

取り乱すアリーチェさまに話を振られたフレッドは、

「アリーチェさま、その通りでございますよ。シュウにはまだこちらに友達がおりません。年の近いアリーチェさまが友達になってくださったら、私も安心でございます。なぁ、シュウ」

とぼくににこやかな笑顔を向けた。

「はい。仲良くしてくださったら嬉しいです。あの、それからアリーチェさま……パールの面倒を見てくださってありがとうございます」

笑顔でそうお礼を言うと、アリーチェさまはブワッといきなり顔を赤らめて、

「まぁ、まぁ、まぁ。なんて可愛らしいお方なんでしょう。こんなに可愛らしい方と仲良くできるだなんて!!
アリーチェさまだなんて、そんな他人行儀なことを仰らないで、私のこともアリーお姉さまと呼んでほしいわ!!!」

とテンション高くそう言ってきた。

「アリーチェ……」

アレクお兄さまが少し呆れた様子でアリーチェさまに声をかけると、

「だって、アレクサンダーさまもアレクお兄さまとお呼ばせになっていたではありませんか? 私もこんな可愛らしい方にアリーお姉さまと呼ばれたいのです。だめ、ですか……?」

と少し寂しげに言うので、

「アリーチェさまさえよろしければ、ぼくはアリーお姉さまと呼ばせていただきたいです」

と言うと、アレクお兄さまもアリーお姉さまも嬉しそうに顔を綻ばせた。


「アレクサンダーさま! 今のお聞きになりまして? 私、隣国から嫁いできてからこの国にお友達と呼べる人がおりませんでしょう? ですから、いつかフレデリックさまにご伴侶さまがお出来になったらその方と本当の姉妹のように仲良くできたらと思っておりましたの。ですが、まさか! こんなに可愛いらしい弟ができるとは思っても見ませんでしたわ。シュウさま、これからはぜひ本当の姉弟のように仲良くしていただけれたら嬉しいわ」

「はい。アリーお姉さま。ぼくも仲良くしていただけると嬉しいです」

嬉しくて笑顔で答えると、アリーお姉さまは顔を真っ赤にして

「アレクサンダーさま!! 今のシュウさまの可愛いらしいお顔ご覧になりました? ああーっ、本当に可愛いですわ」

と相変わらずテンションが高い。
アレクお兄さまもフレッドも驚いていたが、特にフレッドの驚きようは凄かった。
目を丸くして驚く姿にぼくもびっくりしてしまった。

「アリーチェ。話はそれくらいにして、今日はそろそろ2人を休ませてやろう。数日はここに泊まるだろうから、アリーチェがシュウ殿と話せる時間を作ってやるから」

「本当ですかっ!! 嬉しいですっ!」

アリーお姉さまはアレクお兄さまにぎゅっと抱きつき、嬉しそうに笑っていた。
ぼくはそんな2人を見て仲良いなぁと思っていたけれど、フレッドは2人の様子をずっと不思議そうに見つめていた。

「そういえば、フレデリック。食事はどうする? 何か用意させるか?」

「いや、まだそこまで空いていないし、明日の朝にしよう」

「わかった。そのように伝えておく。それからお前のサヴァンスタック領の屋敷にはお前が見つかったことを早馬で連絡しておいたから心配するな。近いうちにあちらからも連絡が来るだろう。それを確認してからここを発つようにした方がいいな」

「ああ、わかった。アレク、ありがとう」

「今日はゆっくり部屋で休め。明日の朝食は一緒に食べるか?」

「明日はまだ起きられるかわからないから一緒に食べるのは夕食からでいいか?」

「ふふっ。ああ、そうしよう」

お二人に見送られながら、ぼくたちはパールを連れて[月光の間]へと向かった。

「ああーっ、すごい! あの時と家具の配置はほとんど同じだね。ふふっ。なんだか変な感じ」

「そうだな。きっとそれも陛下が予言書に書いてくださっていたのだろうな。我々がここに戻ったときにそこに泊まるのを見越して」

「そっか。そうだね。あ、ねぇフレッド……」

聞いてみていいものかどうか少し悩んだけれど、このままだと気になって仕方がない。

「どうした?」

「あの……さっき、アリーお姉さまとアレクお兄さまをどうしてあんな不思議そうな表情で見てたの?
なんかすごくびっくりしてたよね? あれってどうして?」

「ああ、あれか……。ふふっ。私の知っていた2人とあまりにも違いすぎて驚いただけだ」

「違いすぎて?」

「そうだ。シュウがこの国にやってきた頃、アレクとアリーチェ王妃は結婚して10年以上は経っていたがあれほど仲睦まじく話していたのをみたことがない。仲が悪いというわけではなかったが、一線を引いたような……お互いに深くは交わらないといった感じだったから驚いたんだよ」

「そうなんだ……。さっきのお二人はすごく仲が良さそうだったもんね。そんなに違ってたらびっくりするね」

「歴史が変わったことによって、こうやって何かしら私たちが知っている部分とは異なるものが出てくるだろうが、今回の件に関しては嬉しいことだな。兄上と姉上が仲良くしているのは私も嬉しいし、オランディア国民たちも幸せを感じるだろう」

「うん。そうだね、もしかしたらパールのおかげかもしれないよ」

ぼくがそういうと、フレッドはどういう意味だ? という目でぼくとぼくの腕の中にいるパールとを見ていた。

「ふふっ。パールを大切に育てるためには王さまと王妃さまが仲良くないと難しいんじゃない?
お世話が2人に決められていたんだったら尚更だよ」

「ああ、なるほどな。パールを育てていくのはそういうのにも一役買っていたわけか。パール、さすがだな」

フレッドがそう言いながら、パールの頭を撫でてやると

『キューンキューン』

と得意げな様子で声を上げた。

ふふっ。
フレッドに褒められて撫でられて喜んでる。
意外とこの2人? 仲はいいんだよね。
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