ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第五章 (王城〜帰郷編)

花村 柊   44−1

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眩い光の中、フレッドの優しい匂いに包まれながらポスッと柔らかい何かに倒れ込んだ瞬間、ザワザワと大勢の人の声が耳に飛び込んできた。

『おいっ、みろっ!』
『おおっ! 誰かが出てきたぞ!!』
『すぐに陛下にご報告をっ!!』
『アンドリュー王とトーマ王妃の再来だ!!』
『この素晴らしい瞬間に立ち会えたことに感謝をっ!!』

さっきの眩い光にまだ目が慣れていなくて目が開けられない。
けれど、誰か大勢の人たちが周りにいて大騒ぎになっていることだけはわかった。

ぼくたちは無事に元の時代に帰ってこれたんだろうか?
未来は一体どうなっているんだろう?

みんな好意的になってくれている?
ああ、早く状況を確認したい。

はやる気持ちを抑えながら目が慣れるのを待った。

ようやく目が開けられるかもと思っていると、

「シュウ……」

と聞き慣れた声が耳に入ってきた。
その声に目を開けると目の前には最後にみた時と同じサヴァンスタック公爵の紋章が入った服を着ているフレッドの姿が見えた。
フレッドがそばにいてくれていることにまずはホッと一息ついた。

「フレッド……ぼくたち……」

「あの時代でないことは間違いないようだな。まだ元の時代かは確認しなければいけないが……」

そう言って起きあがろうとしたとき、自分たちが今いる場所の状態に気づいた。

「フレッド、これ……」

「……マットレスのようだな。これで怪我をせずに済んだようだ」

「ってことは誰かが用意しておいてくれていたってこと? ぼくたちのために?」

「そういうことだろう。シュウ、ゆっくり起き上がるんだ」

そうだ、あの肖像画がある台から落ちてはケガどころの騒ぎじゃない。
ぼくたちがゆっくりと身体を起こすと、大広間にはおびただしい数の人たちがぼくたちの様子を伺っていた。
さっきまで大騒ぎしていたのが嘘のように静まり返り、ただじっとぼくたちを見つめていた。

「フレッド……」

その静寂と視線の多さに怖くなってフレッドに抱きつくと、

「大丈夫、私がついているから」

と優しく背中を撫でてくれた。

「シュウ、見てごらん。彼らの目を」

そう言われて、恐る恐るもう一度彼らに目を向けると、 そこにはフレッドに嫌悪感を抱く視線は一切感じられなかった。
それどころか、逆に尊いものを見るような……言ってみれば神のように崇められているようなそんな感じだ。

「これ、って……?」

「未来を……変えることが、できた……ということなのかもしれないな……」

未来を変えられた……。
じゃあ、フレッドが苦しむ時代はこなかったということ?
お父さんたちと過ごしたあの数百年前のオランディアのような差別のない世界になったということ?

ああ、お父さんっ!
アンドリューさまっ!

お父さんたちのおかげでぼくたちに幸せな未来がやって来たみたいだ!!

「フレッド――っ!」

ぼくはあまりの嬉しさにもう一度フレッドに抱きついた。
フレッドはぼくをしっかりと受け止めてくれていた。

すると、突然大広間に『バーーンッ!』と大きな音が響いた。

その激しい音にぼくもフレッドも何が起こったんだと一瞬身体を震わせた。
それが大広間の扉が勢いよく開けたれた時の音だとわかってホッとしたと同時に、大広間の扉の前に佇む人を見た瞬間、フレッドが

「アレク……」

と小さく呟いた。

「えっ? 国王さま?」

そうだ。
言われてみれば見覚えがある。
あの時、一度だけ会って話したフレッドのお兄さん。

すぐに部屋に帰れと言われててっきり嫌われたとばかり思ってた。
でもお兄さんがあの部屋に入るのを許可してくれたおかげなんだよね。
お父さんと会えたのも。

そう考えたらフレッドのお兄さんはぼくにとっては恩人のようなものだ。

ずっと大広間の扉前からぼくたちを見つめているお兄さんにぼくも視線を向けると、お兄さんは急いでぼくたちの近くまで駆け寄ってきた。

周りにいた人たちはお兄さんと共にやってきた騎士さんたちの指示で端の方へと追いやられてしまったようだ。

今、ぼくたちの視線の先にはお兄さんだけしかいない。

フレッドはぼくを隣に寄り添わせたまま何も話さずただじっとお兄さんを見つめている。

緊張感が張り詰めた中、先に口を開いたのはお兄さんだった。

「……やはり、フレデリック……お前が予言書の者だったのだな」

「予言書の者とはどういう意味でございますか?」

お兄さんとフレッドの声が大広間に響き渡る。

「詳しく教えてやる。そこから下りてこい。その美しい伴侶も一緒にな」

その言葉が少し怖く感じたけれど、お兄さんの表情が優しかったからきっと大丈夫だよね?
心配になりつつ、腕を引っ張りながら

「フレッド……」

と声をかけると、

「大丈夫だ。アンドリュー陛下とトーマ王妃を信じよう」

と心強い言葉を言ってくれた。

そうだ。
ぼくたちにはアンドリューさまとお父さんがついている。
きっとぼくたちが困らないようにしてくれているはずだ。

ぼくは『うん』と大きく頷き、フレッドと共に肖像画の台からゆっくりと下りた。

サヴァンスタック公爵・・・・・・・・・・さま、ご伴侶さま。どうぞこちらへ」

肖像画の台の下で待ち構えていた騎士さんたちが恭しい態度でぼくたちを案内してくれる。
本当にフレッドに対して何の違和感もなく接してくれるのが何よりも嬉しい。

あれ? そう言えば、ちょっと待って。
今、騎士さんがフレッドのこと……サヴァンスタック公爵さまって言ったよね?

ということはこの世界でもフレッドはちゃんとサヴァンスタック公爵になっているってことだよね?

ぼくは興奮が抑えきれなくてフレッドの表情を見ると、フレッドもまた嬉しそうにぼくを見つめていた。

それでもこの場で声を出すのは憚られてフレッドの手を握ると、フレッドもキュッと握り返してくれた。

その温もりにホッとしながら、騎士さんに案内された部屋はあの時と同じ[謁見の間]。

そのことにドキドキしながらフレッドと一緒に中に入るとあの時と同じ玉座にフレッドのお兄さんである国王さまが座っていた。

「フレデリック、美しい伴侶と共に中へ進め。お前たちは全員下がれ」

お兄さんが騎士さんたちに指示をすると、騎士さんたちは一斉に部屋から出ていった。

広い謁見の間にはぼくたちとお兄さんだけだ。

フレッドが跪こうと前へ進むと、お兄さんが玉座から下りてきた。

「フレデリック、そのような挨拶はいらない。今のお前は私よりも立場は上だ」

「それはどういう意味でございますか?」

お兄さんはぼくたちと同じ場所に下りてきてから、

「全て話そう」

といい、ゆっくりと口を開いた。

「我が王家には代々伝わる秘密の予言書が存在する。時の王はそれを代々継承し、必ず次期国王となる子へと語り継ぐことが掟となっていた。そして、その予言書を書いたのはオランディア王国の偉大なるアンドリュー王だ」

やっぱりアンドリューさまがぼくたちのために残しておいてくれたんだ。

「それには、アンドリュー王のつまとしてこのオランディアを救い、アンドリュー王を死ぬまで支えたトーマ王妃には神の力によって授かった子が存在する……と記されていた。その神の力により生まれた子はこれから先の未来でこのオランディアの王家に生まれる男子のつまとなる運命であり、それを妨げることは決してしてはならない。もし、それを妨げることがあればその瞬間、神の力によってオランディアは滅亡する。そして、その神の力を授かった子を伴侶とできるものは……私の生まれ変わりとなる者である……とな」

「生まれ変わり、ですか?」

「ああ、我々、予言を継承してきた者は、生まれ変わりの定義をアンドリュー王にそっくりな者と解釈し、その者が生まれた時、同時にその神の力によって生まれた子も現れると考えた。しかし、アンドリュー王が亡くなられてから数百年、このオランディア王家には似通ったものは確かに存在したが、生まれ変わりというには程遠い者しか生まれなかった。偉大なるアンドリュー王が書いたとされるこの予言書の真偽が問われた頃、我が王家にお前が生まれたんだ」

アンドリューさまとフレッドがよく似ていると思っていたけれど、血が繋がっているのだから当然だとどこかで思っていた。
でも、違ったんだ。
フレッドだけがアンドリューさまに本当にそっくりだったんだな。
そう考えたら本当に生まれ変わりなのかも……。

「アンドリュー王と瓜二つの金色の髪と海の水を彷彿とさせるような淡い水色の瞳をもつお前を父上はアンドリュー王の生まれ変わりだと直感した。そして、成長するにつれ、ますますそっくりになっていくお前を見て確信したんだ。生まれ変わりの者は決して王位を継承させてはならないという掟通り、父上はお前を王位継承者から外した。しかし、お前を王位にと推進していた者から毒を盛られ父上は亡くなった。私は父上からその予言書の内容を幼い頃から叩き込まれていた。それはきっとお前を予言書の者だと確信していたからだろう。私はオランディア王国を滅亡から救うため父上の意思に従い、お前にサヴァンスタック領と公爵位を与え、王城から出したんだ。しかし、いつになってもお前から伴侶を得たとの話が来ず、痺れを切らしてお前を王都へ呼び寄せたが、王城近くまでやってきたという報告以後、急に消息を絶ち、心配していたところに先ほどお前が大広間に現れたというわけだ。その美しい伴侶と共にな」

ということは、ぼくはサヴァンスタック領にいた事実は無くなっているということだろうか?
これだけ未来が変わったんだからそれも有り得るか。
でも、アンドリューさまのおかげでフレッドに奥さんや子どもがいるなんて事実は存在しないみたいだ。
それだけがホッとしたし、嬉しい。

「兄上、よくわかりました。では、我々が大広間に現れることも予言で知っていたのですか?」

「ああ、そうだ。お前が消息を経ってすぐに大広間の肖像画の台にマットを用意させた。
いつやってくるかまでは書かれていなかったからお前たちがいつ戻ってきても良いようにな。
だから、異変があればすぐに報告に来るようにと伝令しておいたんだ」

「そうですか。あのマットのおかげで怪我をせずに済みました。ありがとうございます」

フレッドがお礼を言うと、お兄さんは嬉そうに笑顔を見せた。
ああ、笑顔の感じはフレッドに少し似てるな。
笑うと優しそうだ。

「そう言えば、予言書には生まれ変わりの者はその証を持って肖像画より現れると書いてあったが、お前はそれを持っているか?」

「証……と言うのがどれを意味するかはわかりませんが、これなら持っています」

そう言ってフレッドはギーゲル画伯から贈られたあの絵を見せた。

「――っ! ああっ! まさしく、それは生まれ変わりの証。予言書と共に残されていたものと同じ絵だ。王家の美術研究者たちの間ではその絵の筆触、作風からアンドリュー王と同じ時代を生きたオランディアの巨匠、ギーゲル画伯の描いたものに間違いないと言われているのだが、ギーゲル画伯は自分の目で見たものしか描かないことで有名であったから、この4人の絵が一体何を意味するのかと長年オランディアの謎だとされてきた。お前がこれを持っていると言うことは、もしかして……」

「それはご想像にお任せしますよ、兄上」

フレッドがニヤリと笑みを浮かべながらそういうと、お兄さんも笑って

「そうだな」

と返した。

「それで、そろそろお前の美しい伴侶の話を聞いてもいいか? 本当に彼は神の力を授かったお方なのか? 本当にあのトーマ王妃の御子なのか?」

お兄さんはチラチラとぼくの方に視線を向けながらフレッドに尋ねた。
ぼくに直接尋ねてくれてもいいんだけどなと思いながら、ぼくはフレッドとお兄さんの会話を隣で聞いていた。

「そうですね、兄上にだけは真実を伝えましょう。彼・シュウは間違いなく神の力によりトーマ王妃の子としてこの世に生を受けたものですよ。あの肖像画に描かれている美しいトーマ王妃と瓜二つでしょう?」

「おおっ――!! やはりそうなのか。それは素晴らしい!! お前が予言書の者だと父上からお教えいただいてからその日が来るのを今か今かと待ちかねていたが、ようやくその日が来たのか……ああ、感慨深いな」

「そうまで楽しみにしてくださっているとは、私も嬉しいですよ兄上。改めて兄上に紹介させてください。シュウ、いいか?」

「はい。フレッド」

フレッドはぼくをさらにそばに近づけると、ぎゅっと抱きしめながらお兄さんに紹介してくれた。

「彼の名はシュウ。トーマ王妃の御子で……私の唯一です」

「唯一とな? アンドリュー王とトーマ王妃も唯一であったと伝えられているが、さすが、アンドリュー王の生まれ変わりなのだな。お前は」

「私の中にアンドリュー王の部分があるかはわかりませんが、シュウが私の唯一であることは紛れもない事実です。誰にも触れさせはしません」

「ふふっ。アンドリュー王もトーマ王妃に対しての独占欲と執着は凄まじかったと言う。やはりお前は生まれ変わりに間違いないようだな。ああ、そうだ。さっきも言ったようにアンドリュー王の生まれ変わりであり、神の力によりお生まれになったシュウ殿を伴侶に持つお前は、立場的には国王である私より上となる。私は其方に平伏した方が良いか?」

「何を仰っているのですか。兄上はこの大国オランディアを平穏に治めていらっしゃるではありませんか。
私がどうであれ、シュウがどうであれ、兄上がこの国の王であり、私がただの公爵であることに変わりはありませんよ」

フレッドがキッパリとそう言い切ると、お兄さんは少しホッとした表情を見せつつ、顔を綻ばせた。

「そうか……。フレデリックならそう言うだろうと思っていた。だから、ここで提案なのだが、これからは対等の立場として遠慮なく私に助言や苦言をしてはくれぬか?」

「私が……兄上に、でございますか?」

「ああ。そうだ。ようやくこのオランディア王家が待ち侘びたアンドリュー王の生まれ変わりが現れたんだ。
この国をより良いものにするためにもお前の力は必要だ、お前もそう思うだろう?」

「兄上がそれをお望みでしたら、私は喜んで協力させていただきますよ。アンドリュー王とトーマ王妃がより良い未来を願って尽力したオランディアの更なる発展のためなら喜んで」

「フレデリック……ありがとう」

フレッドとお兄さんは固い握手を交わしながら笑みを浮かべた。

アンドリューさま、お父さん……。
2人のおかげでフレッドとお兄さんの間にあったわだかまりはもうすっかりなくなっているようだよ。
こんなにも温かく迎えてもらえるようにしてくれて本当にありがとう。

ぼくは心の中で2人にお礼を言わずにはいられなかった。

「フレッド……」

ぼくが声をかけると、フレッドとお兄さんがハッとした様子でぼくを見た。

「シュウ、1人にしてしまって悪かった。じゃあ、シュウ。兄上に挨拶してくれるか?」

フレッドの優しい眼差しに『はい』と返事をして、ぼくはお兄さんを真正面から見つめた。

「お初にお目にかかります。アレクお兄さま。シュウと申します」

正直なところ初ではないけれど、おそらくこの世界では初めてだろう。

「くぅ――っ! アレク、お兄さま……」

少しでも気に入ってもらえるように笑顔で挨拶をしたのだけど、お兄さんは突然苦しそうにしながら鼻を押さえてしまった。

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