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第四章 (王城 過去編)

閑話  トーマ  <気持ち新たに>

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柊が僕たちに別れの挨拶を大声で叫んだ途端、大広間中が眩い光に包まれ、あまりの眩しさに目を強く瞑った。

「トーマっ!」

焦ったようなアンディーの声が聞こえたと思ったら、ぎゅっと腕の中に抱きしめられた。
アンディーの大きな胸板にしばらくの間、顔を埋めていると

「トーマ、もう大丈夫だ」

と優しい声が聞こえた。

その声にハッと顔を上げ肖像画を見ると、そこにはもうすでに柊とフレデリックさんの姿はなかった。

「あっ……もう、行っちゃった、んだ……」

「ああ。無事に元の時代に帰ったのだろうな」

アンディーのその言葉に、ブルーノとヒューバートも唇を噛み締めていた。
もう柊がいないという事実を突きつけられたような気がして、僕の目からはとめどなく涙が溢れた。

「トーマ、其方には私がついている。私はずっとそばにいるから」

力強く抱きしめながら必死に慰めてくれるその姿に、僕はただただ守られるしかできなかった。
アンディーの胸に抱き締められながら、柊の描いてくれた肖像画を見つめると、『お父さん』と最後に呼んでくれた柊の優しい声が甦ってくる。

「……アンディー、未来は変わったかな?」

「ああ、きっと変わったはずだ。フレデリックもシュウもきっと幸せになる。だから我々もずっと幸せでいないとな」

「うん。アンディー、ありがとう」

急に僕の腕の中にいたパールが『キューン』と声をあげ、走って行ったのは柊たちが着替えていたパーテーションの裏側。
急いであとを追うとパールはさっきまで柊が着ていた洋服の上に丸まって寝転んでいた。

「シュウの匂いに包まれたかったんだろうな。しばらくはそれに包んでおいてやるとしよう」

アンディーの言う通りに柊の服でパールを包み込み、抱っこするとパールはようやくホッとしたような表情を見せた。

「アンドリューさま。トーマさま。そろそろお部屋にお戻りになられませんと」

「そうだな。トーマ、名残惜しいだろうがそろそろ部屋に戻ろう」

柊とフレデリックさんがいた場所から離れてしまうのは、本当のお別れのような気がして辛いけど、だからと言っていつまでもここにいるわけにはいかない。
僕は後ろ髪引かれる思いでアンディーに手を引かれて、大広間を出た。

柊とフレデリックさんが突然このお城から去ってしまったことはヒューバートがうまくやってくれるだろう。
あとは僕が柊たちのいない生活に慣れないと。

「あ、アンディー。部屋に戻る前に柊たちがいた部屋に行きたいんだ」

「[月光の間]か?」

「うん。ブルーノたちが部屋を片付けてしまう前に柊たちの思い出を感じたくて……」

「ああ、なるほどな。じゃあ、行ってみるか」

アンディーは僕の気持ちを理解してくれて、そのまま一緒に柊たちの部屋に向かった。

カチャリと扉を開くと、いつでもそこには柊がいたのに。
当然だけど、部屋はしんと静まり返っていた。

僕の腕の中にいたパールは一目散に柊たちのいた寝室へと駆けて行った。

柊がいなくなってポッカリと空いてしまった寂しさを埋めたい一心で、2人がいた部屋に入って思い出に浸りたいと思っていたくせに、誰もいなくなった部屋が余計に寂しさを感じさせる。

ああ、失敗だったかも……。
そう思った僕の目にあるものが飛び込んできた。

リビングに置かれた1通の手紙。

そこには綺麗な文字で『大好きなお父さんへ』と書かれていた。

「こ、これ……」

柊からの手紙……?

僕は急いでその封筒を開けた。

<お父さん。
お父さんがこの手紙を呼んでいるころ、きっとぼくたちは無事に元の時代へと帰ったあとだね。
お父さんならきっと、ぼくたちが帰った後に部屋に来て、この手紙を見つけてくれるって信じてる。

生まれてから17年。
誰も何もお父さんのことを教えてくれる人はいなかった。
ぼくにはどうしてお父さんがいないんだろう……そう思った時もあった。
お母さんとの生活は今思えば楽しいことはあまりなかった。
ぼくだけが話しかけ相槌だけを返される中で、きっとぼくには興味はなかったんだろうと思う。
お母さんに捨てられてからは毎日を過ごすのに精一杯で楽しいなんて思うゆとりもなかったけれど、生まれてこなければよかったなんて思ったことは一度もなかったよ。
なぜだろうね。
あんなに大変だったのに……。

でもね、今ならわかる。
きっとこの世界で幸せになるために生まれてきたんだ。

お父さん、ぼくを幸せにしてくれてありがとう。
ぼく……これからもフレッドと一緒に幸せになるから。

お父さんもアンドリューさまとずっと幸せに過ごしてね。
それがぼくの幸せだから。

お父さん……ぼくに命を与えてくれて本当にありがとう。


                     柊  >


「柊……っ」

僕の方が幸せを与えられるばかりだったのに。
こんなにも僕を大切に思ってくれるなんて……。

柊からの最初で最後の手紙が、僕の涙で滲んでしまう。

でもどうしよう……。
涙が止まらない。

「トーマ、大丈夫か?」

「アンディーっ! 柊がっ、柊がっ!!」

僕は持っていた手紙をアンディーに見せた。

けれど、アンディーは少し困ったような顔で、

「トーマ、何が書いてあるんだ?」

と僕に尋ねてくる。

「アンディー、読めないの?」

「ああ。これはきっと其方たちの世界の言葉なのだろうな」

そうか、柊が僕だけのために書いてくれた手紙だからだ。
僕はこの大切な手紙をギュッと胸に抱き締めた。


「トーマ、さっき大広間が眩い光で包まれた時……私はあの神の泉での出来事を思い出していた」

「ああ、そういえばあの時と同じような光だったね」

「トーマがあの光に包まれてシュウたちと消えていなくなるような気がして恐ろしかった……」

「アンディー、だからあの時?」

「ああ、抱き締めていないとトーマを失う気がしたんだ」

アンディーの手が震えている。
本当に怖かったんだろうな。

「大丈夫、僕はどこにもいかないよ。ずっとアンディーと一緒にいる。柊もそれを望んでるから……」

そう言いながら、手紙に視線を落とすとアンディーはホッとしたように笑った。
僕たちはこれからまた新しい日々が始まるんだ。
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