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第四章 (王城 過去編)

フレッド   42−2

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シュウとトーマ王妃の楽しげな声が聞こえた気がして、そっと目を開けると、シュウとトーマ王妃が何やらパールのことについて話をしているのが聞こえた。

「パールのことなんだけど……。このままお父さんに預けてもいいかな?」

その言葉に私は驚いた。
パッと視線を向けると、アンドリュー王もシュウの言葉は想像もしていなかったようで私以上に驚きの表情をしているのが見えた。

驚いたのは我々だけでなく、トーマ王妃も同じだったようだ。

守護獣であるパールをトーマ王妃の元に預けていこうとするのを信じられないようだったが、シュウはパールがトーマ王妃を守りながら、この地にいた方が未来が良い方向に変わる気がする……そう話したのだ。

確かにそうかもしれない。

あの肖像画に描かれているパールがこれから先アンドリュー王やトーマ王妃の元で慈しみながら育てられ、そのまま我々の戻る時代までこの王城で育てられるとしたら……おそらく我々の知っている未来はきっと変わるはずだ。

これが一番確実だろう。

トーマ王妃はシュウの考えに賛同したものの、パールが自分たちと一緒にいることを望んだ上でならと条件をつけた。
そして、もしパールがここにいることを望んだとしたら、パールをシュウだと、大切な子どもだと思って育てていくとはっきりと言い切った。

アンドリュー王は2人の話にじっと耳を傾けながら、私に目配せをしてくれた。
それにはパールは私たちに任せておけ……そう言ってくれているように感じ、私はこの上ない心強さを感じたのだった。

2人の話が一段落ついたのを見計らって、私とアンドリュー王は愛しい伴侶を胸に抱いた。

きっと私たちがまだ寝ていると思ったのだろう。
私たちの腕の中で2人は可愛らしい驚きの声をあげていた。

私がすでに起きていたことに驚いていたから、私への挨拶の前に2人で仲良く話をしているのが寂しかったぞとわざと拗ねて見せると、シュウは私を甘やかすように、笑顔を見せながら

「フレッド、おはよう」

といい、唇に朝の挨拶をしてくれた。

隣でもまたアンドリュー王の唇に挨拶をしているようだ。
やはり愛しい伴侶からの朝の口付けは何よりも捨て難い嬉しいものだ。


シュウの描いたアンドリュー王とトーマ王妃の肖像画の披露パーティーに参加するものたちが続々と王城へとやってきているとブルーノから報告が入ってきた。

大広間にはもうすでにかなりの人数が集まっているようだ。

「フレデリックさま、シュウさま。そろそろお召替えを」

その声にわかったと返事をして、シュウと共に寝室へと入ると、シュウの様子がなんとなくおかしく感じた。
気になって声をかけると、冷たくなっている指を私に絡めながら緊張しているのだと教えてくれた。

シュウにしてみれば、これほどまでに自分が注目されるのは初めての経験なのだろう。
私も初めて国民の前に出なければいけなかった日は今のシュウと同じく緊張で指を震わせていたものだ。
あの時は誰も私の指を温めてくれる人などはおらず、ただ孤独に耐えながら時が過ぎるのを待つことしかできなかった。
しかし、今の私はシュウの緊張を取り除き温めてあげることができるのだ。

「大丈夫だ、シュウ。私がついている。今日は皆と一緒にパーティーを楽しもう」

シュウの冷たい指を私の手で包み込みながらそう言ってやると、シュウは安心したようにパーティーを楽しむと言ってくれた。

よかった、私の言葉がシュウを落ち着かせることができたのだな。

すっかり表情を明るくしたシュウをエスコートしながら、私たちはたくさんの招待客の待つ大広間へと向かった。

「本日の主役で有せられますアルフレッド=サンチェス公爵さま、並びにシュウ公爵夫人さまのご入場でございます」

我々の入場の声がかかり、シュウと共に大広間へと足を踏み入れると招待客皆の視線が一斉に降り注ぐ。

ああ、この大広間で開催された夜会を思い出す。
あれは私の成人祝いの夜会だった。
私の名が呼ばれ、入場と共に好奇の視線が降り注ぎ、至る所から嘲笑が上がっていた。
あの日は誰からも温かい手を差し伸べられることもなく、あの屈辱の時間が永遠にも感じられた。

だが、今は違う。
同じ大広間で招待客は皆、私を羨望の眼差しで見つめている。
そして、隣には私だけを心から愛してくれる美しい伴侶がいる。
この時代での最後の日に、私の嫌な思い出を払拭してくれるとは……なんて幸せなのだろう。

心が満ち足りた気持ちでいっぱいになる。
そんな私とは裏腹にシュウは緊張に足を震わせ表情を固くしていた。

ああ、私がシュウに温かい手を差し伸べよう。
再びシュウに訪れた緊張を解かすのは私の特権なのだ。

「シュウ、案ずる事はない。今日は皆、シュウの絵を見て幸せを共有するものたちに来てもらったのだ。
シュウはいつも通り私のそばにいればいい」

その言葉にシュウの表情が瞬く間に柔らかくなった。
いつもの可愛らしい表情を取り戻し、笑顔で私と共に歩き始めた。

シュウにとっても私にとっても、今日のパーティーは素晴らしい日になりそうだ。


アンドリュー王とトーマ王妃の座る玉座の隣に我々の席が用意されている。
その席に向かってシュウと歩き進めていると、シュウの視線がある一点に向いたのがわかった。

ギーゲル画伯と……隣にいるのはユーラ画伯か。
あの仲睦まじい様子、歴史書に書かれていた通り2人が実は恋仲だったというのは本当のようだな。
ギーゲル画伯に師事していたユーラ画伯の方が熱心に口説き落としギーゲル画伯が陥落したと書いてあったが、2人の様子を見るとギーゲル画伯もまんざらでは無さそうだ。

そういえば、ユーラ画伯は今回の肖像画の絵師が2人ではなくシュウに決定した件については、特に理由を聞きにくることはなかった。
おそらくギーゲル画伯が代表してアンドリュー王に直々に尋ねにいくと決めたのだろう。
もし、罰を与えられるなら、歳上である自分が受ければいいとでも思ったのかもしれない。
そんなところに2人の絆を垣間見た気がする。

そんな仲睦まじい2人だから、ユーラ画伯はシュウがなぜ絵師に選ばれたのか、どのような絵を描くのかはギーゲル画伯からいろいろと情報を得ているのかもしれないな。
ユーラ画伯からはシュウに対する怒りのような感情が一切感じられないのが何よりの証拠。
それどころか笑顔を向けてくれている。
シュウは彼の笑顔に安堵していることだろう。
なんと言っても絵師に自分の絵の評価をもらうなど私でも緊張することだからな。

足取りも軽くなったように見えるシュウをエスコートしトーマ王妃の隣に座らせ、私はアンドリュー王の隣に腰を下ろした。
シュウと離れて座るのはなんとなく半身がもがれたような気がして心許ないが、このようなパーティーで国王と王妃を真ん中に並べて座るのは当然のことなのだから仕方がない。

まぁ、私がここで目を光らせているから、シュウによからぬことをしたりみだりに近づいたりするものはいないだろう。

我々4人が玉座に座ったところで披露パーティーの開始となるアンドリュー王の挨拶がはじまった。
アンドリュー王直々の挨拶を招待客の皆は真剣な表情で聞き入っている。

アンドリュー王とトーマ王妃の肖像画を私の伴侶であるシュウが描いたこと、
そして、我々がそれを残して郷里へと戻ることが挨拶の中で伝えられると、招待客の皆から驚きの声が漏れた。
我々が郷里へ戻るのを直接伝えたものはこの城にいるものの中でもわずか数人。
ここにいるほとんどが今初めて聞かされるのだから驚くのも無理はない。
我々がこの城から離れるのを知って涙を流すものがいるのが見える。
それだけでここで過ごした日々が我々だけでなく、彼らにとっても楽しい日々だったということを物語っているようで嬉しくなる。

ここでの日々は本当に幸せだったな。

「シュウは絵の道を進んでいたものではない。
しかし、私はシュウの絵には画力だけではない温かさを感じ取ったのだ。
其方たちもこれからシュウの絵を見れば私が何を言いたいのかきっとわかるだろう。
シュウの絵から溢れてくる愛を感じ取ってほしい。
そうすれば、このオランディアは未来永劫幸せな国となるだろう」

アンドリュー王の熱のこもった挨拶に全ての招待客から歓声と拍手が響き渡った。

そうだ。
アンドリュー王が言ってくれたように、皆がシュウの描いた肖像画から愛情を感じ取り、これから先幸せに満ち溢れた日々を過ごしていって欲しいと思う。

「肖像画のカバーを外してくれ!」

アンドリュー王の合図とともに、肖像画に掛けられていたカバーが外された。

シュウを見れば、どうやら皆の反応が怖いのか俯いてしまっている。

だが、心配することなど何もない。
私からは招待客皆の反応が見えているが、皆は驚きのあまり声を出せないだけだ。
ほら、あの女性たちもあっちにいる男性たちもシュウの絵を見て涙を流している。

涙のわけは、シュウの絵に描かれているアンドリュー王とトーマ王妃の表情が互いを思いやる優しげな表情をしているからだろう。
2人っきりの時にしか見せない心安らかな時の表情。
この表情が外に出ることは決してなかっただろうから、2人の愛を感じ取ることができて幸せだという涙なのだろうな。

まだ俯いたままでいるシュウに隣にいたトーマ王妃が皆の様子を知らせてくれて、シュウが恐る恐る顔を上げるのが見えた。
その信じられないと言った表情が可愛くてたまらない。
すぐにでも隣に行って抱きしめてやりたくなる。
しかし、今はトーマ王妃に任せるのがいいだろう。

そんな中、大広間内に

『これは素晴らしいっ!』
『これほどとは……!』
『画家でないのが信じられないくらいだ!』
『あの陛下のお顔……なんと柔らかで優しい表情をしておられるのだろう』
『王妃さまのお顔もまるで聖母のようだわ』
『それにあれはリンネルかしら? 真っ白でまさに神使というにぴったり』

と賛辞の声があがる。

ああ、やはり皆シュウの絵から愛を感じ取ってくれたようだ。
アンドリュー王は皆の反応を見て嬉しそうに笑顔を浮かべている。
シュウが精魂込めて描き続けた成果が現れたのだな。
本当によかった。

シュウはトーマ王妃と話して落ち着いただろうか。
気になって、シュウに目を向けるとシュウの美しい漆黒の瞳から涙が溢れている。

招待客の男たちがシュウが美しい涙を流す姿を真っ赤な顔をして見つめている。
私はそいつらに威嚇めいた視線を浴びせながら、シュウの元へと急いだ。


シュウがなぜ泣いているのかが気になって尋ねると、トーマ王妃が代わりに理由を教えてくれた。

どうやらシュウの絵を見て皆が褒めてくれているのを見て嬉しくて泣いているらしい。

そんな美しい涙を流すシュウの姿がこれ以上晒されるのが嫌で私は急いでシュウを抱きしめ、胸の中に閉じ込めた。
そんな私の突然の行動にシュウが驚いていたが、シュウの可愛い顔を皆に見せたくなくて隠したと正直に話すとシュウは急に笑い始めた。

私がシュウの可愛い泣き顔を皆に見せたくないと言っているのを冗談だと思ったようだが、シュウは自分がどれほど他人の目を惹きつける魅力を持っているのかを知らないのだ。
しかも泣き顔とくれば余計だ。

いい加減、シュウには自分がどれほど目を引く存在なのか理解してもらわないと困るな。

私が教えてやるとシュウは信じられないと言った様子で大広間にいる招待客に視線を向けたが、そのほとんどが肖像画とは反対方向にいる私たちの方を見ていて驚きの声をあげていた。

びっくりしてすぐに私の胸元で顔を隠す姿がなんとも愛おしい。

私は皆にシュウは私のものだと目で訴えかけながら、シュウを腕の中に包み込んだ。
我々のそんな様子に、招待客たちは諦めたように俯いていた。

ふっ。これでいい。
シュウの涙を見られたのはもったいなかったが、シュウが私のものだと見せつけられてよかったかもしれない。

しばらくシュウを腕の中に抱きしめていると、ギーゲル画伯がユーラ画伯を伴ってアンドリュー王の元へと挨拶にくるのが見えた。

2人はアンドリュー王としばらくの間、話をしていた。
アンドリュー王が2人が私たちと話がしたい言っていると紹介してくれると、途端にシュウは緊張の面持ちを見せた。

私はすぐに了承し、ギーゲル画伯に先日の我々4人の絵の礼をもう一度伝えると、シュウもまたギーゲル画伯にお礼の言葉を伝えていた。

ギーゲル画伯は嬉しそうな声で返事をしながら、我々に深々と頭を下げていた。

隣でその様子を見守っているユーラ画伯に視線を移して、彼を紹介してくれというとギーゲル画伯は嬉しそうに彼を少し前へと移動させた。

私の予想通り彼はあのジュリアム・ユーラ画伯だったことに感動しつつ、見つめているとユーラ画伯はしっとりとした声で挨拶を始めた。

流暢で美しい挨拶に驚きながら、ユーラ画伯にシュウの絵の感想を聞かせてほしいと尋ねた。

すると彼は流石に戸惑いの様子を見せたが、

「嘘偽りのない素直な感想を聞かせてくれ。シュウもそれを望んでいる」

そういうと、ユーラ画伯は一瞬ギーゲル画伯に視線をむけたが、ギーゲル画伯からも正直にと目で合図されて、ゆっくりと口を開いた。

「奥方さまの絵は確かに私たちのように絵を生業としているものから見れば荒削りで物足りないと思うところもあるでしょう。しかしながら、絵というものは精巧に描くということだけではございません。もし、私やこちらにいらっしゃるギーゲル画伯が陛下と王妃さまの肖像画を描いたとして、確かに技量は上回るでしょうが、奥方さまの絵から溢れる心の美しさを上回ることはできないでしょう。我々が描いてもまずお二人のあの笑顔を導き出すことはできないでしょうし、こうやってみなさまにお披露目をいたしました時に感嘆の声を受け取ることができても、奥方さまのように感動の涙を引き出すことなど到底できないことでございます。あの肖像画は、奥方さまだからこそ描くことができた素晴らしい肖像画でございます」

ユーラ画伯から紡がれるひとつひとつの言葉が私とシュウの心を温めていく。

これほど素晴らしい感想をもらえるとは……。
私ですら感動したのだから、実際に数ヶ月もの間必死に絵を描いてきたシュウにとってはこの上ない賛辞だろう。

「ユーラ画伯の嬉しいお言葉、郷里に帰っても一生忘れることはないでしょう。
素晴らしい思い出ができました。ありがとうございます」

シュウが涙を潤ませながらお礼をいうと、ユーラ画伯は少し面喰らった様子だったけれど、ユーラ画伯はギーゲル画伯と共に深々と頭を下げお礼を下がっていった。

シュウはずっとギーゲル画伯とユーラ画伯の反応を気にしていた。
オランディアの偉大なる巨匠である2人にああやって認めてもらえたことはシュウにとってこれからの人生においての大きな自信につながったことだろう。


シュウの肖像画披露も無事に終わり、皆が歓談を始めたのを見てアンドリュー王が

「今日は我々の肖像画が完成した祝いだ。皆の者、今日は楽しんで行ってくれ」

と声をかけた。

その言葉を合図にたくさんの料理が運ばれてきた。

シュウはその料理たちを見て目を輝かせているが、玉座に並んで座るものが流石に取りに行くのは憚られる。
ブルーノにでも頼もうかと思っていると、もうすでにブルーノがシュウとトーマ王妃の前に料理を運んでいるのが見えた。

ああ、やっぱりさすがだな。

シュウにトーマ王妃と共に最後の食事を始めた。

「お父さん、美味しいね。一緒に食べられて嬉しいよ」

人前では『トーマさま』と呼んでいたシュウがここで敢えて『お父さん』と呼んだことに一瞬驚いた。
アンドリュー王の耳にもシュウの『お父さん』と呼ぶ声が届いていたようだが、特段注意することなく、それどころかシュウに優しげな笑顔を向けていた。

おそらく、シュウがトーマ王妃を『お父さん』と呼んだ真意に気付いたのだろう。

もう2人が一緒に食事ができるのはこれで最後だ。
だから、最後は父と子として食事をしたかったのだろう。

これは全て私の推測だが、きっと間違ってはいないと思う。

だからこそ、今、この2人の食事を邪魔することだけはやめておこう。
2人の最後の思い出を大切にしてやりたいのだ。


食事ももう終わりに近づいてきた頃、宰相のカーティスがアンドリュー王に声をかけてきた。

何事かと思ったが、話を聞くとどうやら肖像画に描かれているパールが気になり、実際に存在するのであれば見たいと言い出した。

まぁ、神使であるリンネルが人に懐かないと言われているのはこの時代も同じだ。

しかも黒や灰色などが多いリンネルの中で、パールは何の汚れもない真っ白な色をしている。
そんなリンネルが実際に存在するのならば見てみたいと思うのは当然だろう。

カーティスとしては半信半疑で尋ねたのだと思うが、アンドリュー王が平然とした様子で皆に見せてやろうと言ったものだから、カーティスはそれはそれは驚いていた。

アンドリュー王はカーティスが驚く姿を見て楽しそうに笑いながら、ブルーノに部屋から連れてくるようにと指示を出した。
すぐにブルーノが行こうとしたのを私は急いで止めたのは、ブルーノとそしてパールのためだ。

ブルーノが連れに行ってもおそらくパールは寝床から出てこないだろう。
それにパールが暴れでもして傷付いては困る。

ブルーノとパールを守るために私はシュウにポケットに入れておいたハンカチを出すようにと声をかけた。

「パールはシュウの匂いのついているものがあった方が安心するだろうからな」

何でハンカチ? と思っていただろうシュウに理由を告げると、すぐに納得してハンカチを取り出し、さらにそのハンカチを手でぎゅっと握り込んだ。

なるほど。シュウの匂いをつけたのか。
手でつけるあたり可愛らしいな。

私がシュウの匂いをつけるのだったら、シュウの首筋か胸元に擦り寄って……。

いけない、いけない。
余計なことを考えていると、すぐに昂りそうになる。

私はシュウから渡されたハンカチをブルーノに渡すと、ブルーノはその匂いの消える前にとでも思ったのか急いで大広間を出て行った。

すぐにブルーノは蓋付きの大きな籐の籠を持って大広間へと戻ってきた。
そしてそれをアンドリュー王に渡そうとすると、アンドリュー王はそれをそのままシュウに渡すようにと指示を出した。

シュウが渡された籠の蓋を嬉しそうに開けると、パールは『キューン』とさらに嬉しそうな声をあげながら、シュウに飛びついた。

『キュンキュンキューン!』

「わっ、もうっ! パール! くすぐったいってばぁ~! やぁ~、もうっ、だめっ!――あっ!」

久しぶりのシュウとの対面で嬉しいのはわかる。
パールの気持ちはもちろんのことだろう。

しかしながら、このような場所で私のシュウに抱きつき、シュウの匂いのする首筋や顔を舐め、あろうことかシュウの嬌声を聞かせるなどもってのほかだ。

たとえ、それがシュウの守護獣であっても関係ない。

私は怒りを抑えきれずに急いでシュウの身体からパールを引き離した。

パールはシュウに抱きつき幸せそうな姿を見せていたのが一転、私に牙を見せながらフーッフーッと威嚇しているが、威嚇したいのはこっちの方だ。

突然の私の行動に驚きの表情を見せるシュウに

「シュウを舐めていいのは私だけだ。いくらパールでも許すことはできない」

と強い口調で言い、パールにも

「していいこととやっていけないことがあるのだぞ!」

と文句を言ってやった。

シュウとトーマ王妃は私のそんな姿に笑ってパールが甘えていただけだと庇ってはいたが、甘えるにしても限度はある。

流石に許せずに反論しようとしたが、アンドリュー王にも落ち着けと言われてしまったら、これ以上騒ぐわけにもいかず、反論するのはやめた。

シュウの可愛らしい嬌声とリンネルがあれほどまでに慣れている姿に大広間は収拾がつかないほどに大騒ぎになっていたが、アンドリュー王の一喝で一瞬にして静寂を取り戻した。

その声に驚いていたパールだったが、シュウとトーマ王妃に優しく頭を撫でられると一瞬にして大人しくなった。
パールはシュウだけでなくトーマ王妃のいうことも聞くようだ。
やはり、神に愛される血筋なのか。

アンドリュー王はパールが大人しくなったのを見計らって、大広間にいるもの全てに語りかけた。

「この子が肖像画に我々と共に描かれたリンネルだ。
この真っ白なリンネルは我々の絵を描いてくれたシュウの守護獣としてシュウの安全を見守ってくれていたが、今回我々とアルフレッド公爵夫妻の友好の証としてシュウより譲り受け、この城で大切に育てていくこととなった。
このリンネルはこれから先、オランディアの守り神として我々のそばに、そしてこれからの国王と王妃のもとにいて安全を見守ってくれるのだ。決して乱雑に扱ってはならぬ。カーティス、良いな? そして皆の者も良いな?」

アンドリュー王直々の言葉に宰相カーティスもそして、招待客たちも皆、頭を下げた。

これでパールはこの時代に受け入れられた。

これからきっとこの王城で大切に大切に世話されていくことだろう。

数百年は生きるリンネルだ。
もしかしたら我々の時代に帰ったその場にパールがいるかもしれない。

あの時、開拓していた山の洞穴で偶然見つけたリンネル。
怪我をして泥だらけだったけれど、毛が白いというのはすぐにわかった。
傷つけられた姿が自分を見ているようでどうしても見殺しにできずに連れ帰っただけだったが、まさかそのリンネルがこれからの未来を変えてくれる存在になるとは……。

そもそもこの時代にくるきっかけになったのもパールのおかげだ。

本当にこいつは神の使いだったのかもしれないな。

パール、ありがとう……。

そう心の中で呟いた瞬間、パールがシュウの頬に伝わった涙を舐めたのが見えた。

前言撤回。
私のシュウの涙を舐めるとは……。

本当にこいつは神の使いだったのか?
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