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第四章 (王城 過去編)

フレッド   42−1

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シュウとトーマ王妃は2人で眠りたいのではなかったのか?
4人で言えば、てっきり諦めるというとばかり思い込んでいた。

それなのに、2人で一緒に眠りたいと言っていた時よりもずっとずっと楽しそうなのはなぜなのか?

私もアンドリュー王も、この時ばかりはシュウとトーマ王妃の思考を理解することができずに戸惑ってしまっていた。

そんな私たちを放置して、シュウとトーマ王妃は楽しそうに話をしている。
その様子に我々はただただ見つめることしかできずにいる。

すると、突然どこのベッドにしようかという質問を浴びせかけられ、答えに詰まった。

そんな私たちの様子が気になったのか、トーマ王妃がアンドリュー王にどうしたのかと尋ねると、アンドリュー王は正直に4人で寝るといえば反対すると思っていたと答えた。
だから4人で寝る場所までは考えていなかったのだというと、トーマ王妃は納得したように笑った。

実のところ、2人っきりで寝たいと考えていたのではなく、寝る時間ギリギリまでおしゃべりをしたかったらしい。
シュウとトーマ王妃のいた世界では大部屋で布団を並べておしゃべりを楽しみながら寝るという文化があるのだそうだ。
だからトーマ王妃はシュウとそれをやりたかったのだという。
しかも大人数の方が楽しいから我々も一緒に寝られるのならと喜んだようだ。

まさか、あちらにそんな文化があろうとは……思いもしなかった。

4人でといえばやめると言い出すだろうという安易な考えはあっという間に断たれてしまった。
シュウもトーマ王妃ももうすっかり4人で寝るのを楽しみにしているこんな状況でやっぱりやめるとは言い出しにくい。
いや、そんなことをすれば2人から恨まれるどころか、泣かせてしまうかもしれない。

愛しい伴侶にそんな仕打ちなどすることなどできず、最後の夜を4人で過ごすことは決定的となった。

「4人で寝るのは構わぬが我々の寝室はダメだ。それだけはトーマの頼みでも許すことはできない」

アンドリュー王の頑なな姿にシュウが[月光の間]にしようと言い出した。

この城に来てから数ヶ月過ごしたあの部屋で最後の夜をトーマ王妃と過ごすのが一番だろうと私も思っていた。
それに何よりもどんな理由があろうとも[王と王妃の間]にはその名の通り王と王妃以外の者が入ることは許されないということがわかっていたからだ。

私がシュウの意見に同意してアンドリュー王に意見を求めると、アンドリュー王は安堵した様子で我々の意見に乗ってきた。

トーマ王妃は場所が決まったのが嬉しいのか準備していくからと笑顔を見せていた。
我々は先に部屋に戻り、寝室の準備を整えておくことにした。
とはいえ、部屋自体はブルーノと使用人たちがいつもきれいに整えてくれているのだから特段することはないのだが、トーマ王妃が持ち込むと言っていた枕や布団を入れる場所を開けておくくらいか。

シュウは部屋に戻るとすぐに私にわがままを聞いてくれてありがとうとお礼を言ってくれたが、あれはわがままではない。

私とアンドリュー王がシュウたちの願いを叶えようと思っただけだ。
それに私もアンドリュー王と夜を過ごすなど絶対にできなかった体験ができるのだから、シュウたちが望んでくれて嬉しいとさえ思っているのだ。

シュウに思いの丈を告げると、シュウは嬉しそうに微笑んでシュウの方から抱きつき愛の言葉を囁いてくれた。

ああ、シュウが恥ずかしがらずに愛の言葉を言ってくれるようになって私は本当に嬉しい。

シュウが夜の時間を長くしようというので、早めに食事と風呂を済ませてシュウはいつも通り夜着に袖を通そうとしていたのを見て慌てて声をかけた。

「シュウ、ダメだ。今日は夜着では寝てはいけない」

「えっ? なんで? 寝るんだよね?」

「夜着は元々愛し合う時に着用するものだ。だから薄くて脱がしやすい。
伴侶以外の人間がいる前で着用すべき物ではないのだよ。いくらトーマ王妃と陛下が身内といえどもそれは許すわけにはいかない」

そう説明するとシュウは理解してくれた。
シュウが納得してくれたことに安堵しつつ、私はクローゼットからゆったりとした服装を選び、シュウに着替えさせた。

夜着よりはしっかりとした生地だが眠れないことはないだろう。
上から下までじっくりと確認して、シュウの服に合格を出した。

それからしばらくして、アンドリュー王とトーマ王妃がブルーノと共に部屋にやってきた。
ブルーノはここで4人で寝る話をきちんと了承済みであちらの部屋から持ってきた寝具を私たちのベッドに綺麗に並べて部屋を出て行った。

トーマ王妃の姿はやはり夜着ではなく、私がシュウのために選んだ服とよく似た服を着ていたのでやはりアンドリュー王も同じかと安堵した。
ふとアンドリュー王に目を向けると同じような表情をしていたから、きっと同じことを思っていたのだろう。

やはり我々は似ているのだな。


トーマ王妃は嬉しそうにシュウの手をとり、寝室へと入っていった。

「フレデリック、其方たちの寝室に悪いな」

「いいえ、滅相もございません。私たちはもうここから離れるのですから、かえって良い思い出になります」

「そうか、そうならよかった。それにしても其方がシュウに夜着を着せていなくて助かったぞ。
私も再三トーマに説明したのだが、あまりわかってもらえなくてな、シュウが夜着を着ていたら着替えるからと話しておったのだ。だから、シュウを見て安堵したぞ、私は」

「ははっ。そうでございましたか。それなら何より。シュウも夜着のことをあまり知らぬようでしたから、あちらにはこのような服はないのかもしれないですね」

「ああ、そうだな。皆で並んで寝ると話していたから、そんな服は必要ないのかもしれぬな」

「そんな場所にシュウもトーマ王妃もいるのは危険でしたから、こちらに来て正解だったかもしれませんね」

「本当にその通りだな」

シュウもトーマ王妃も交わりについての知識には乏しかった。
大勢で寝るという機会に出くわしていたらもしかしたら、とんでもない事態になっていたかもしれない。
その前に神がこちらに送ってくれたのだと思うが、それが正しかったのだろうな。

我々が寝室に入ると、トーマ王妃は私たちに外側に寝るようにと指示を出した。
まぁ、この並びが一番争いが起きないだろうな。

シュウはベッドに横たわるとトーマ王妃の方に顔を傾けた。
私にはシュウの後頭部が見える。

不思議な気がする。

シュウとベッドを共にするようになってからはずっとシュウの顔はいつでも私の方を向いていたのだからな。

きっとアンドリュー王も同じ思いでトーマ王妃の後頭部を眺めているのだろうな。

「ここのベッドに寝るの、久しぶりだな」

トーマ王妃の言葉が聞こえて思い出した。

そうか、トーマ王妃がこの世界に来たばかりの頃はこの部屋にいたのだったな。

シュウがこの部屋にある風呂の話をしている。
そうだ、アンドリュー王は風呂が好きなトーマ王妃のためにこの部屋に風呂をわざわざ作ってあげたおかげで我々もその恩恵を受け、この部屋でシュウの大好きな風呂を楽しむことができたのだ。
それもこれもアンドリュー王がトーマ王妃のために過ごしやすい部屋にしてくれたおかげだな。

アンドリュー王はトーマ王妃とシュウにお礼を言われて、少し照れた様子でトーマ王妃のためにしたことが私やシュウのためになってよかったと言ってくれた。
その様子を見て、トーマ王妃はアンドリュー王を揶揄い、2人はイチャイチャとし始めた。

仲睦まじい2人の様子をシュウは嬉しそうに見つめている。

そんな3人の様子を眺められるのは嬉しいが、私のことを忘れているのではないかと心配になってしまう。

「シュウ、私のことを忘れてないか?」

私と2人で寝ている時よりも楽しんでいるのではないかと思うと寂しくなりながら、シュウの耳元で問いかけるとシュウはパッと私の方を見て

「ふふっ。忘れるわけないでしょ」

と言ってくれた。
だが、少し置いて行かれたという気分は否めない。

少し拗ねた声を出すとシュウは私の手をぎゅっと握ってくれた。
いつもは私が守ることが多いシュウだが、こうやって私が少し弱ったときはすぐに癒してくれるのだ。
ああ、やはりシュウは私だけのものだ。

4人で天井を見つめながら横たわり、出会ってから今までの思い出を話していく。
初めてアンドリュー王とトーマ王妃に出会った時のこと。
アンドリュー王の仕事を手伝うために一緒に執務室で過ごした時のこと。
シュウがトーマ王妃の代わりに孤児院へ公務に出かけたこと。
トーマ王妃とシュウが親子であったとわかったときのこと。
4人で揃って出かけたレナゼリシア領への視察旅行の時のこと。
アンドリュー王とトーマ王妃が神に呼ばれて話をしてきた時のこと。

数え上げればキリがないほどの思い出が溢れ出てくる。
この数ヶ月で本当に濃密な時間を共に過ごしたのだ、

これは離れ離れになっても絶対に忘れることはないだろう。

すると、突然トーマ王妃が真剣な声で話を始めた。
今までの楽しい思い出とは違うその様子に私もシュウもそして、アンドリュー王も固唾を呑んでトーマ王妃を見守っていた。

トーマ王妃の声は震えていた。
その震える声で必死に懺悔を始めたのだ。

自分が騙されたことによる愚かな行いによって、シュウが生まれ、その結果シュウはあちらの世界で酷い目に遭うことになったのだと。
自分のせいでしなくてもいい苦労を17年もさせてしまったことへの後悔、そして、シュウを不幸にしてしまったことへの罪悪感。
トーマ王妃はその事実にずっと苛まれてきたのだ。

だが、私から言わせれば、そんな罪悪感などトーマ王妃が持つ必要など何もない。

もし、トーマ王妃がシュウに命を与えていなければ、今頃私は何の愛情も知らずにあの世界でひとりで苦しんでいたのだから。

私にしてみればトーマ王妃は紛れも無い恩人なのだ。

シュウは確かにあちらの世界で苦しい思いを、辛い思いをしてきたことだろう。
だが、そんな思いなど記憶の片隅にも無いほどに今が幸せなはずだ。
そして、一生その思いをさせることはしないと私が約束する。

だからトーマ王妃はそんな罪悪感などどこかに捨ててしまえばいい!

シュウはトーマ王妃に出会えたことを心から幸せだと感じているのだから……。


自分のせいで辛い思いをさせてしまったと詫びるトーマ王妃にシュウはキッパリと違うと言い切った。

「毎日毎日笑顔にならない日がないくらい、毎日が幸せで生きてることを実感しているんだ。
こうやってお父さんと川の字になって寝られるのも、生まれてなきゃ夢を見ることもできてない。
ぼくはお父さんのおかげで幸せを毎日感じられるんだよ」

トーマ王妃のせい・・ではなく、トーマ王妃のおかげ・・・で今、幸せなのだとそう言い切るシュウの言葉に加勢するように、私もトーマ王妃への思いを伝えた。

シュウがトーマ王妃の息子だとわかったあの日、シュウがどんな様子だったか覚えているかという私の問いに、トーマ王妃はハッとした表情を見せた。

シュウはあの時、すぐにトーマ王妃を『お父さん』と呼びかけ、そして会いたかったと嬉しそうに抱きつき涙を流した。
それがシュウの本心であり、全てなのだ。

シュウにはトーマ王妃を恨む気持ちなどさらさらなかった。
そんなシュウにトーマ王妃が罪悪感を持つ必要など最初からないのだ。

それ以上に私を幸せにしてくれたのだから、大きな顔をしてくれればいい。
暗黒に満ちた私の世界に、光を与えてくれたのだから。

逆にトーマ王妃が罪悪感を持つほど、私とシュウが出会わなければよかったと言われているような気にさえなってしまうのだ。
だからもうこの話はこれで終わりにしてもらおう。

アンドリュー王はずっと私たちの会話を聞いていたが、トーマ王妃の背中を優しく抱きながら2人がこう言ってくれているのだからもう気に病むことはないと声をかけてあげていた。

トーマ王妃はアンドリュー王からのその言葉にずっと我慢していた涙が溢れたようでしばらくの間泣き続けていた。

だが、これでトーマ王妃はこの呪縛から逃れることができたのだろう。
これでいい。
これで、なんの憂いもなくこの地を発つことができる。

ひとしきり泣き続けてようやく落ち着いたトーマ王妃はすっきりとした笑顔で

「柊、フレデリックさん。ありがとう。もう、僕は泣き言は言わない。
柊に悪いことをしたって思うのはやめる。これから2人がずっと幸せに過ごせるように願ってるね」

と言い切った。

シュウも嬉しそうにアンドリュー王とトーマ王妃が仲良く幸せに過ごせるように祈ってるといい、2人は幸せそうな笑い声をあげていた。

そんな感動的な場面に水を差すようで悪いとは思ったが、シュウとトーマ王妃の会話の中で気になった言葉があった。

だが、どうやって聞こうかと悩んでいると、アンドリュー王の口から

「ところで……、カワノジとはなんなのだ?」

という質問が聞こえた。

ああ、やはりアンドリュー王も気になっていたのだ。

私もそれだけが意味がわからず気になっていた。

カワノジ……カワノジ。
それになって寝ると言っていたが、動物か何かなのか?

「私もそれが気になりました。シュウ……どういう意味か教えてくれないか?」

私もこれ幸いと一緒になってシュウに意味を尋ねたのだが、シュウとトーマ王妃は2人して目を丸くして驚き、そしてしばらく大笑いを続けていた。

私もアンドリュー王も一体何が楽しいのか全く意味がわからず、ただひたすらに2人の笑いが止まるのを待つしかなかった。

「ふふっ。ああーっ面白かった。まさかあんな質問をされるとは思ってなかったから」

「でも確かにあれをわかんなかったら、意味が全然通じないよね」

「まぁそうだよね。じゃあ、柊。紙とペン貸してくれる?」

「うん、ちょっと待ってて」

「シュウ、いいよ。私が持ってこよう」

「ありがとう、フレッド」

私は急いでベッドから下りて、隣の部屋から紙とペンを持ってきてトーマ王妃に手渡した。

「ありがとう、フレデリックさん」

私にお礼を言うと、トーマ王妃はアンドリュー王が近くに寄せたテーブルに紙を置きさらさらっと何か文字を書いた。

「これ、読める?」

私とアンドリュー王に見せてくれたそれは真っ直ぐの線が3本並んだだけのもの。
多少長さに違いがあるとか、少し曲がっているとかの違いはあるがそこまで変化はない。
これが文字??
もしかして暗号??

私とアンドリュー王は顔を見合わせながらも答えには辿り着けなかった。

「これが何か文字なのか? 私にはただの線が3本並んでいるようにしか見えないが……」

「ふふっ。そう見えるよね。これは僕たちのいた世界では『かわ』と読むんだ」

「『かわ』って、あの小川のような川のことか?」

「そうそう、それ。この『かわ』と言う字が両親の間に子どもが寝転がっているような形をしているでしょう?」

「うーむ、言われてみれば、真ん中の棒は短いな」

「はい。確かにそうですね」

シュウの言っていたカワノジになって……と言うのはそのものになるのでなく、比喩というわけだな。

「だから、大切な人を真ん中に並んで寝ることを川の字になって寝るっていうんだよ」

「なるほど、そういうことか。やっと意味がわかったぞ。ということは我々の大切な子どもというわけだな、トーマとシュウは」

「ふふっ。そういうことだね」

「じゃあ、大切に守りながら眠らないといけないな」

アンドリュー王はそう言いながら、トーマ王妃を優しく抱きしめた。
私もアンドリュー王に習い、シュウを優しく抱きしめて腕の中に閉じ込めた。

「そろそろ寝るとするか。私が皆が眠るまで子守唄がわりに話をしてやろう。ほら目を瞑れ」

いつもそのようなことをトーマ王妃にしてあげているのだろうか。
慣れた様子で、アンドリュー王は眠りにつきやすい声で話をしていく。

私はアンドリュー王の声を聞きながらそっと目を閉じた。
知らぬ間に寝ついてしまっていたが、穏やかな夢を見た気がした。
それはきっとアンドリュー王の穏やかで優しい声に癒されたからかもしれない。
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