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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   42−1

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「ねぇ、一緒に寝るのはいいけどどこのベッドにする?」

「4人一緒に寝るなら大きくないと無理だよね?」

ぼくとお父さんがフレッドとアンドリューさまに尋ねると、2人は

「えっ? うーん、そうだな……」

となんとも歯切れが悪い。

「ねぇ、アンディー。どうしたの?」

「い、いや。トーマは我々も一緒なら反対するだろうと思っていたから、寝る場所までは考えてなかったんだ。
大体、トーマはシュウと2人で寝たかったんじゃないのか?」

「ああ、そういうこと? 別に2人っきりで寝たいとか考えてたんじゃなくて、いろいろとおしゃべりしながら寝たいなって思ってただけで、僕たちがいた世界ではみんなで大きな部屋に布団を並べておしゃべりしながら寝るっていう文化っていうのかな、そんなのもあるから、柊とそれをやってみたいなって思ったんだ。だから、アンディーとフレデリックさんも一緒なら楽しいと思うよ」

「そ、そんな文化が……」

お父さんの言葉にフレッドとアンドリューさまは目を丸くして驚いていたけれど、一度良いと許可を出したものの撤回はすることもなく、4人で寝られる場所を考えてくれることになった。

王城で一番大きなベッドのあるのはお父さんとアンドリューさまのいる[王と王妃の間]だけど、あそこは2人だけの大切な寝室だから、たとえこんな状況であっても僕たちが同じベッドで寝るのは嫌なんだそうだ。
まぁ、それは確かにわかる気もする。
だって、寝室ってとっても大事な場所だもんね。

「もうぼくたちはここを離れるんだし、最後の夜はあのぼくたちのいた[月光の間]で過ごしたらいいんじゃない?」

「そうだな、それが良さそうだ。陛下、どうでしょう?」

「ああ、そうしようか」

「じゃあ、あとで僕たちの布団とか枕とか用意して持っていくね」

お父さんは一緒に寝られるのが嬉しいのか、ウキウキと準備を始めた。

そんなお父さんにじゃあ部屋で待ってるねと言って、ぼくとフレッドは自分達の部屋へと戻った。

「フレッド、ぼくたちのわがまま聞いてくれてありがとう」

「シュウ、気にすることはない。あれはわがままなんかじゃないよ。私も陛下もシュウとトーマ王妃に喜んで欲しいと思っただけだ。それに私も陛下と話をしながら一緒の部屋で眠るなんてこと、シュウとトーマ王妃がいなければ絶対にできなかった体験だからな。私にとっても嬉しいことなんだよ」

「うん。ありがとう。フレッド……大好き」

ぼくたちの気持ちをちゃんと汲んでくれるフレッドとアンドリューさまの気持ちが嬉しくて、ぼくはフレッドに抱きついた。


それから急いで夕食とお風呂を済ませ、寝巻きに着替えた。
いつも通りローブにしようと思ったけれど、アンドリューさまとお父さんの前で流石にそれはダメだとフレッドから指導が入り、持っている洋服の中で一番締め付けのなさそうな服をフレッドに選んでもらいそれに着替えた。

ドキドキしながらお父さんたちがくるのを待っていると、とうとう部屋の扉が叩かれた。
フレッドが扉を開けると、枕や布団をいっぱい持ったお父さんとアンドリューさま、そしてブルーノさんが一緒に入ってきた。

そして、ブルーノさんはそれを綺麗にぼくたちの寝室に並べて、

「どうぞごゆっくりお休みください」

と部屋を出ていった。

「柊、じゃあ行こっか」

喜び勇んで僕の手を取り、寝室へと入ったお父さんは

「僕と柊は真ん中で、アンディーとフレデリックさんは外側ね」

と言いながら、ぽすんとベッドの真ん中に横たわった。
ぼくはそのすぐ隣に寝転んだ。
顔を横に向けると、お父さんがいる。
そんな不思議な環境にまだ頭が慣れていない。
でも、なんだろう。
フレッドとは違う安心感がある。

ああ、なんだか親子で川の字になって寝るってこんな感じなのかも……。

向こうの世界では叶わなかったことが、この世界に来てからいっぱい叶えてもらっている気がする。
本当にぼくは幸せ者だな。

「ここのベッドに寝るの、久しぶりだな」

「ああ、そっか。そうだね、ここの部屋はお父さんのために改装されたんだっけ?
そのときにお風呂を作ってくれてたおかげで、ぼくたちはここにいる間毎日お風呂に入れたんだよ」

「ふふっ。やっぱりお風呂は必要だもんね。僕のためにって作ってくれたアンディーに感謝だね」

お父さんはそう言いながらさっとアンドリューさまの方に顔を向けると、

「私はここに来てくれたトーマのために過ごしやすい部屋にしてあげたいと思っただけだ。
それがシュウとフレデリックのためにもなったなら、それは嬉しいことだな」

と声が聞こえた。

「ふふっ。アンディーが照れてるよ」

「こら、トーマっ」

「あ、アンディーダメだったら!」

お父さんたちのイチャイチャする声ですら、楽しい。
こんな素の2人をみられるのも一緒に寝られたおかげかも。

「シュウ、私のことを忘れてないか?」

寂しげなフレッドの声が耳元で聞こえる。

「ふふっ。忘れるわけないでしょ」

パッとフレッドの方に顔を向けると、

「なら良いんだが……」

と少し拗ねた様子のフレッドがかわいい。

うん、なんだかみんなこの部屋だと少し幼くなっている気がする。
それくらい気を許しているってことなのかもしれないな。


だいぶ夜も深まってきた頃、お父さんがすごく真剣な声で話を始めた。
今までの楽しげな会話の声から一転したその声にぼくは驚きながらも、話を聞いていた。

「柊……僕は初めて柊と東屋で話をした時、このオランディアにくる前の生活を聞いてあまりにもひどい生活をしていた柊が可哀想だと思った。だから、オランディアに来てフレデリックさんと出会えてよかったって本気で思ってたんだ。でも、僕が柊の父親だってわかった時、柊にあんなにひどい生活をさせてしまったのは自分のせいだって思ったんだ。自分が騙されて愚かな行いをしたせいで、柊が誕生することになって……そして、僕がいなくなった後のあの家のゴタゴタに柊を巻き込むことにもなってしまって……とんでもないことをしでかしたって思ったんだ」

「そんなこと――」

「ううん。この罪は一生持ち続けないといけないと思ってる。
今は幸せでも僕は自分の息子を自分が気づかない間に不幸にしてたってことを……。
柊……本当にごめんね。ずっと、ずっと謝りたかったんだ。辛い思いをさせて本当にごめん」

お父さんはぼくと過ごしたここでの生活の間、ずっとこんな十字架を背負って過ごしてきたんだろうか……。
確かに向こうでは辛い生活をしてきたけれど、今では全く思い出すこともないのに。
それくらいここでの生活が楽しすぎて嫌な思い出なんか全て忘れてしまっているというのに。

これからもずっとぼくに対して悪いことをしてしまったと思いながら、生き続けるつもりなんだろうか?
そんなのは嫌だっ!!

お父さんにはいつでも心からの笑顔でいてほしいのに。
ぼくに対して罪悪感なんて感じてくれなくていいのに。
だって、お父さんのおかげで今こうやってフレッドに愛してもらって、お父さんたちと楽しい時間を過ごせているというのに。

この幸せな時間が全てなくなってしまうことを考えたら、一人ぼっちでいたあの数年の辛さなんかどうでもいい。
お父さんは今のぼくを作ってくれた大切なひとであることに変わりはないんだから。
だから、自分が悪いことをしたなんて思わないでほしいんだ。

「お父さん……もう自分を責めるのはやめて」

「でも……僕のせいで……」

「違う。お父さんのおかげ・・・なんだよ。今の僕があるのは。
お父さんは今、ぼくがどれだけ幸せなのかわからない?
毎日毎日笑顔にならない日がないくらい、毎日が幸せで生きてることを実感しているんだ。
こうやってお父さんと川の字になって寝られるのも、生きてなきゃ夢を見ることもできてない。
ぼくはお父さんのおかげで幸せを毎日感じられるんだよ」

「その通りですよ。トーマ王妃。
シュウは一度だって、あなたのことを恨んだことはありません。
トーマ王妃がシュウの父親だったとわかった日のことを覚えていますか?」

「えっ……あっ――!」

「そうです。シュウは恨み言は一切言わず、会いたかったと嬉しそうに抱きつき涙を流した。
それがシュウの本心であり、全てです。シュウがもし、父親であるあなたに少しでも恨む気持ちがあったなら、あなたに会いたかったとは言わないでしょう。ですから、トーマ王妃が罪悪感を抱く必要などないのですよ。それどころか、私はトーマ王妃に感謝しているのです」

「感謝?」

「ええ。トーマ王妃がシュウをこの世に存在させてくれなければ、私は一生を人に蔑まれ疎まれながら生きていくところだったのですから……。私の人生にシュウを与えてくださったトーマ王妃には一生足を向けて寝られません。それにシュウが辛い思いをしていたことなど一生思い出すことがないように私が一生をかけて幸せにしますから、どうぞご心配なく」

「ゔぅっ、ゔっ……」

お父さんはフレッドの言葉に思いっきり涙した。

「トーマ、もう気に病む事はない。2人からこうやって言ってもらえたのだからな」

「アンディーっ! 僕、僕……」

お父さんはしばらくの間、アンドリューさまの方に身体を向けて泣いていた。
でもその声は悲しくて泣いているのではなく、嬉しさが混じっているように聞こえた。

最後の夜にこうやってお父さんの憂いをなくしてあげることができて本当によかったな。

「柊、フレデリックさん。ありがとう。もう、僕は泣き言は言わない。
柊に悪いことをしたって思うのはやめる。これから2人がずっと幸せに過ごせるように願ってるね」

「うん。ぼくもお父さんとアンドリューさまが元気に仲良く幸せに過ごせるように祈ってるね」

ぼくたちは手をぎゅっと握り合い、お互いに顔を見合わせて笑った。


「ところで……、カワノジとはなんなのだ?」

「私もそれが気になりました。シュウ……どういう意味か教えてくれないか?」

「「えっ?? そこっ???」」

アンドリューさまとフレッドの意表を突いた質問に、ぼくとお父さんはつい大笑いをしてしまい、この笑いはしばらく止めることができなかった。


寝室中に笑い声が響くようなそんな楽しい時間を過ごして、ぼくはいつの間にか眠りについていた。

目を覚ますと右腕はフレッドが、そして左腕にはお父さんが抱きついていて、目をやるとお父さんの左腕にはアンドリューさまが抱きついているのも見えた。

ふふっ。こんなに広いベッドなのに結局みんなくっついて寝たんだ。
どおりででポカポカと温かくて熟睡できたと思った。

最後に本当、いい思い出ができたな。


「う、うーん」

あっ、お父さんも起きたみたい。

「柊、おはよ。もう起きてたの?」

眠そうに目を擦りながら挨拶をするお父さんに、

「おはよう。ねぇ、見て。ほら」

腕にくっついているフレッドとアンドリューさまのことを教えると、

「ああ、やけにあったかいと思ったんだよね」

と笑っていた。

「今日のお披露目会、楽しみだね。きっとギーゲル画伯も驚くよ。柊の描いた肖像画本当によく描けてたから」

「うん、そう言ってもらえると安心する。あっ、そうだ。ぼく……昨日お父さんに話しておこうと思って忘れてたんだけど」

「どうした? 何か困ったことでも……?」

「ううん、違うよ。あのね、パールのことなんだけど……。このままお父さんに預けてもいいかな?」

「えっ? なんで? あの子は柊の守護獣じゃないの?」

「ぼくのことはもういっぱい守ってもらったから、これからはお父さんを守ってほしいんだ。
それに……あの肖像画の通りにお父さんたちのそばにパールがいた方がきっと未来は良い方向に変わる気がする。
だから……」

「そっか。わかったよ。パールが良ければ……だけどね。パールが僕たちと一緒にいてもいいって言ってくれるなら、僕たちはパールを柊だと……子どもだと思って大切に育てていくよ」

「ありがとう、お父さん……」

パールをお父さんたちに預けようというのは少し前から考えていたことだった。
絵が完成していくにつれて、お父さんたちが白いリンネルを大切にしていたという事実が歴史の上でしっかりと記載されていたら、白色に対する偏見や蔑みは絶対に現れないと思ったんだ。

フレッドはリンネルの寿命はものすごく長いって言ってたし、もしかしたらお父さんたちに預けたパールと元の時代で再会なんてことも有り得るかもしれない。

そう思えば、今お父さんに預けても寂しいなんて思わない。

いつかまた出会えるかもって夢を持てるから……。


ぼくたちがベッドで話をしていたから、うるさかったのかもしれない。
フレッドとアンドリューさまが眠そうな声をあげた。

「うわっ」
「わぁっ」

その瞬間、ぼくたちは揃ってお互いの伴侶に腕の中に抱き込まれてしまった。

「フレッド、起きたの?」

「ああ、私への朝の挨拶よりも前にトーマ王妃と仲良くおしゃべり知っていたから少し寂しかったぞ」

「ふふっ。ごめんね。フレッド、おはよう」

フレッドの唇にそっと重ねると、フレッドは嬉しそうに微笑んだ。

背中合わせになったお父さんとアンドリューさまの方からも同じような会話が聞こえてくる。
ふふっ。やっぱりアンドリューさまとフレッドはよく似ている。


とうとうお披露目会が始まった。

大広間にはお城で働く人たちはもちろん、ヒューバートさんをはじめとする騎士団の方達や、伯爵以上の高位貴族の人たち、そしてギーゲル画伯ともう1人、オランディアを代表する絵画の巨匠 ユーラ画伯も招待されている。

本来ならばこの2人のどちらかが肖像画を描くことになっていたのだから、出来上がった肖像画を見ていただくには申し分ない方たちだ。

もしかしたらユーラ画伯もまた、ぼくみたいな名もなき素人が国王と王妃さまの肖像画を描くことを許せないと思っているのかもしれない。
そう思うと少しユーラ画伯に会うのが怖かった。

けれど、そういう意見もちゃんと聞かないとぼくは成長できない。
そうだ、反対意見もあって当然なんだから。

「シュウ? どうした?」

「やっぱり自分の描いたものを大勢の人に見てもらうと思うと緊張しちゃって……。ほら」

フレッドが用意してくれたお披露目会用のドレスに着替えながら、ぼくは緊張で少し冷たくなった指をフレッドの指に絡めた。

「大丈夫だ、シュウ。私がついている。今日は皆と一緒にパーティーを楽しもう」

ぼくの冷たくなった指を温めながら笑顔を見せてくれるフレッドにぼくは勇気づけられた。

「うん、そうだね。ここで過ごす最後の日なんだから、楽しまないと損だもんね!」

「ああ、それでこそシュウだ。大丈夫、今日のパーティーはきっと大盛況だぞ」

じゃあ行こうかとフレッドにエスコートされながら、ぼくはたくさんの招待客の待つ大広間へと向かった。
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