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第四章 (王城 過去編)

フレッド   40−1

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アンドリュー王とトーマ王妃はあの痴話喧嘩のあと、さらに仲睦まじくなったようで朝 執務室へと向かうと、仕事を始めるギリギリまでアンドリュー王の惚気が止まらない。
朝食を終えるとすぐ画室に向かうシュウを見送って、一人寂しく執務室に来ている私としてはアンドリュー王から聞かされる惚気は少々辛いものがある。
だが、こうやってアンドリュー王が気にすることなく惚気を聞かせられる相手が私しかいないと思うと、少し優越感のようなものが湧き上がる。
なんとも不思議なものだ。

私にとってなんとも贅沢ではあるがアンドリュー王が初めてできた心から気の許せる相手だと思うように、アンドリュー王にとっても私はそれくらいの立場になったのではないか?
そう自惚れてしまうくらい、この数ヶ月間の生活でアンドリュー王との仲は深まったように思う。

それこそ、アンドリュー王が何も気にせずにトーマ王妃の惚気を話せるくらいには。

兄上や父上には悪いが、私にとってアンドリュー王こそが頼れる兄であり父のような存在だ。
本当にアンドリュー王のいるこの時代に来られたことがどれだけ幸せだと思ったか知れやしない。
あの偉大なる王と言葉を交わすことがどれほど嬉しかったか……しかも今はその王となんでも話せる間柄になったと言うことがどれほど幸せか……。

私はシュウと出会ってから、今まで不幸だった分を全て取り戻したどころか、それの何倍も、いや何百倍も幸福になったのだ。
シュウとトーマ王妃とアンドリュー王と4人で過ごした日々は私にとって何ものにも変え難い財産だな。

こんなにも楽しい時間を終え、ここから離れアンドリュー王とトーマ王妃と別々の道を歩むようになるのか……。
心の喪失感は計り知れないが、シュウが肖像画を描くと決めた時からそれは覚悟していたことだ。

私よりもずっとずっと辛い選択になったシュウが決断し、そう覚悟したのだ。
私ごときが悲しむなどあってはならない。

そう思って過ごしてはいたが、やはり別れが近づくと辛くなるものだな。
私もまだまだ大人になりきれないようだ。

こうやってアンドリュー王の惚気が聞けることを幸せだと思いながら、残り少ない日々を過ごすことにしよう。

「シュウの絵は完成間近なのか?」

「はい。トーマ王妃からお聞きになったのですか?」

「いや、少し前まではシュウの絵の進捗状況を毎日のように私に伝えてきていたが、ここ最近はそれは無くなったな。おそらくトーマも悟っているのだ。シュウとの別れを」

「そうでございますか……。トーマ王妃はお辛いでしょうね」

「そうだな、ここにはシュウとの思い出が多すぎる。残された方は思いを募らせるものだからな」

確かにそうだ。
我々がいなくなったあと、トーマ王妃はあの[月光の間]にはもう足を踏み入れることはできないかも知れないな。
2人でいろんな場所へ出掛けていたから、城のあちこちでシュウを思い出すことだろう。
トーマ王妃の畑も厩舎も中庭も、そしてあの森の小川も……。

本当に城のあちこちにシュウがいるんだ。

残されるトーマ王妃には酷だな。

「肖像画以外にもいつでもシュウを感じられるようなものがあればトーマも心の拠り所になるのだろうが……なかなか難しいな」

「そうでございますね。私たちで2人を支えるしかないのでしょうね」

「そうだな。お互いに愛しい伴侶が幸せでいられるように支えなければな」

アンドリュー王とそう話していると、執務室の扉がトントントンと叩かれ私が扉を開けるとそこにはトーマ王妃の姿があった。

「トーマ、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「ううん、違うよ。さっき、公務から帰ってきたらちょうど玄関で早馬がきてて、ヒューバートがアンディーに届けるって言うから僕が代わりに届けにきたんだ」

「どこからの何の知らせだ?」

「ギーゲル画伯だよ」

「ギーゲル画伯? なぜギーゲル画伯が私に? なんの知らせだ?」

「えーっ、アンディー忘れたの? 僕たち4人の絵を描いてくれるって言ってたでしょう?
あれが完成したんだって。だからすぐにでも届けたいって知らせてくれたんだよ」

「ああっ!!! そうだったな!!!」
「確かにそうでした!!!」

トーマ王妃の言葉に私もアンドリュー王も顔を見合わせて驚いた!
そうだ!
ジュリアン王太子のことなんかでそのことをすっかり忘れていた。

私たちにとって素晴らしい思い出となる贈り物があったではないか!
その喜びに顔を綻ばせていると、アンドリュー王もまた嬉しそうに目を細めた。

お互い伴侶の喜ぶ顔を想像したのだろう。
やはり私たちは似ているのだな。


「アルフレッドさん、早く柊にこのすごいニュースを教えてあげて!!」

トーマ王妃は目を輝かせながら私に言っていたが、私から聞くよりもきっとトーマ王妃から伝えられた方がシュウは喜ぶに違いない。

「トーマ王妃、この素晴らしい知らせはぜひトーマ王妃からシュウに知らせてあげてください。
今日の東屋でのお茶会での話題にうってつけでしょう」

「アルフレッドさん、ありがとう! じゃあ、僕から柊に知らせるよ。柊、すっごく喜ぶだろうな。
ああ、お茶の時間が待ち遠しいなぁ~!」

ウキウキとはしゃぐトーマ王妃を見て、私もアンドリュー王も嬉しくなり互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。

その後しばらく、執務室でアンドリュー王と私の仕事の手伝いをしてくれたトーマ王妃は、そろそろ時間だ! と部屋を駆け出していった。

「ははっ。トーマは今日はいつも以上に落ち着きがなかったな。よほどシュウに話すのが楽しみと見える」

「そうでございますね。ギーゲル画伯の話をトーマ王妃から伺った時のシュウの喜ぶ顔が目に浮かびます」

「それにしてもギーゲルはよく描き上げてくれたものだな。しかも、シュウの完成に合わせるようにとはな」

「本当に。やはりシュウは神に愛されているのだなと思いましたよ。これでシュウも心の安寧を保つことができるでしょう」

「ああ、そうだな。ギーゲルの絵がどれほどかはわからんが、おそらくトーマにとってもシュウの抜けた心の穴を塞いでくれるものになるだろう。すぐにでも届けられると言っていたから、明日には持ってきてもらうとするか。午前中は仕事が詰まっていただろう? ギーゲルの登城は午後にしてもらえるか?」

「はい。では、そのように早馬を出しておきます」

私は急いで執務室を出て、アンドリュー王の指示通りにギーゲル画伯に連絡するようにヒューバートに伝えておいた。

すぐに執務室へと戻りしばらく残っていた仕事を済ませてから自室へと帰ると、ちょうどシュウもトーマ王妃とのお茶会を終え、部屋に戻ってきたところだったようだ。

シュウは毎日私へ仕事の労いの声かけをしてくれるのを忘れることはない。
今日もお疲れさまと労ってくれて優しく微笑みかけてくれる。
それだけで今日一日の仕事の疲れが吹き飛ぶというものだ。

優しいシュウの声かけに喜びながら、シュウに絵の進捗状況を尋ねるとあと1週間ほどで完成だという。
もう少しだよと話すシュウの声が震えていて、私はシュウを抱きしめた。

シュウを落ち着かせるようにギーゲル画伯の話を聞いたか? と尋ねると、シュウは嬉しそうにトーマ王妃から教えてもらったのだと聞かせてくれた。

やはりトーマ王妃から伝えてもらって正解だったようだ。
シュウの声が弾んでいるのがわかる。

間に合ってよかったな……そういうと、シュウは本当に嬉しいと可愛らしい笑顔を見せてくれた。

シュウはトーマ王妃には肖像画の完成について話をしていないようだ。
それでもやはりアンドリュー王の言っていた通り、トーマ王妃は気づいているのだろうな。

「お互いに心残りのないように1週間楽しもうね」

シュウは私とアンドリュー王のことを言ってくれているのだろう。
そうだな、アンドリュー王とじっくり話せるのはあと少ししかない。

心残りのないように……それだけはきちんと心に留めていよう。


「ねぇ、フレッド。今日、ギーゲル画伯はいつごろ来てくれるの?」

「そうだな。午後すぐに登城する予定になっているが、まずは陛下とトーマ王妃と話をされてからということになっているから、時間が来たら私が画室に迎えに行くよ」

「そっか。ああ、楽しみだな。フレッドが迎えに来てくれるまで待ち遠しいなぁ」

「ふふっ。それまでシュウはしっかりと自分のやるべきことを進めておくようにな」

「うん、わかってる。頑張るから。フレッド、時間になったらすぐに来てね!」

「ああ、わかってるよ。それじゃあ、仕事に行ってくるな」

「フレッド、今日もお仕事頑張ってね」

シュウの方からギュッと抱きしめてくれた上に、頬に口づけをしてくれる。
それだけで今日も仕事を頑張れるのだから、私も現金なものだ。

アンドリュー王も今日は急いで仕事を終わらせるようにとトーマ王妃に発破をかけられたらしく、私もアンドリュー王も2人して黙々と仕事を進めている。
やはり我々は2人揃って伴侶に弱いようだ。
こういうところも似ているのだなと思うとつい笑ってしまう。


「陛下。ギーゲル画伯がお越しになりました。謁見の間にご案内いたしますか?」

「おお、来たか。応接室に通してくれ。それからトーマを呼んで来てくれ」

「畏まりました」

ようやく待ち望んでいたギーゲル画伯の到着か。
シュウはもちろん、トーマ王妃も喜ぶだろうな。

アンドリュー王が謁見の間ではなく、応接室にギーゲル画伯を通したのはあそこは防音仕様になっているからだな。
トーマ王妃にもシュウにも周りを気にせずギーゲル画伯とゆっくり話をしてほしいという配慮だろう。

「アンディー!」

トーマ王妃が跳ねるように執務室の扉を開け、嬉しそうにアンドリュー王に声をかけると、アンドリュー王は目を細めて微笑んだ。

ふふっ。
アンドリュー王のこんな自然な笑顔、トーマ王妃にしか引き出せないな。

飛び込んできたトーマ王妃を流れるように受け止め、抱きしめながら

「おまちかねの知らせが来たな」

と、声をかけるとトーマ王妃は嬉しそうに笑って、

「早く行こっ! アンディー、早く!」

とまるで子どものようにせがむ姿もまた可愛らしい。
トーマ王妃のそんな姿にしばし見入っていると、アンドリュー王からの視線が突き刺さる。
これも毎度おなじみの光景といえばそうなのかもしれない。

こんなのも懐かしく思い返す日が来るのだろうな。

「陛下、トーマ王妃。そろそろ応接室へ参りましょう」

「んっ? ああ、そうだな」

「アルフレッドさん、柊を連れてきてくれるんだよね?」

「はい。ギーゲル画伯にご挨拶をしてからシュウを呼びに行って参ります」

「ふふっ。楽しみだなぁ」

執務室を出て、ヒューバートの案内で応接室へと向かうと、ギーゲル画伯と弟子2人は膝を我々……というより、アンドリュー王とトーマ王妃の到着を待っていた。

「ギーゲル、よく来てくれたな」

「はい。陛下と王妃さまにおかれましては――」

「ああ、堅苦しい挨拶はなしで構わぬ。我々が其方に頼んだことなのだからな。
早く顔を上げて話を聞かせてくれ」

「はっ。それでは失礼いたします」

久しぶりにみるギーゲル画伯は少し痩せたように見える。
それほど精魂込めて我々の絵を描いてくれていたのだろう。

「陛下、トーマ王妃。そして、アルフレッドさま。この度献上いたします絵は、私、ギーゲルの集大成とも言える作品となりました。このような絵を描かせていただけましたこと幸甚の至りでございます」

「そうか、其方がそれほどまでに我々の絵に命を吹き込んでくれたのだな。礼をいう」

「もったいないお言葉光栄に存じます」

ギーゲル画伯は少し声を震わせながら頭を下げた。

「アルフレッドさん、そろそろ柊を呼んできて」

「畏まりました。一度失礼いたします」

私は頭を下げ、急いでシュウを迎えに画室へと向かった。

トントントンと画室の扉を叩くと、ブルーノがすぐに扉を開けすぐに私を中へと招き入れた。
扉の叩き方でおそらく私だとわかっていたのだろう。
さすがだな。

「シュウはどうしている?」

「ただいま、集中して絵をお描きになっておられます。お近くでお声をおかけにならないとお気づきにはなられないかと……」

「そうか、わかった」

部屋の中へと入ると、シュウが大きな肖像画に向かい合って真剣な表情で絵を描いているのが見えた。
そのあまりにも素晴らしい出来に思わず声が出そうになったのを必死に抑えたのは集中して描いているシュウの手元が狂ってはいけないと思ったからだ。

それにしてもこの絵は本当に素晴らしいな。
シュウにしか描き表すことができないほど、アンドリュー王とトーマ王妃が柔らかで穏やかな表情をしている。
それにアンドリュー王とトーマ王妃に愛されるように手を添えられているパールの姿はなんとも形容し難いほどの癒しを感じる。
この絵が後世に大切に引き継がれるなら間違いなく、我々のいた時代に存在した神に愛される色の概念は変わるだろうな。

シュウに近づき、まずは声をかけてみたもののやはり反応はない。
それほど絵に集中しているということだ。

筆の動きに注意しながら、絵から離れたところを見計らってシュウの肩をトンと叩き、もう一度声をかけると

「わっ!」

と大きな声をあげながらこちらを向いた。
驚かさないようにと注意したのだが、やはり驚かせてしまったようだ。
申し訳ない。

それほどまでのシュウの集中力に改めて驚きながら、シュウの片づけを手伝った。

「ブルーノ、何から片付ければいい?」

ブルーノはさすが毎日シュウと共にいるだけあって手際がいい。
私はそれに負けじと片づけを済ませるとブルーノは嬉しそうに笑っていた。

「アルフレッドさまにお手伝いいただくとあっという間でございましたね」

「ふふっ。それはブルーノのおかげだな」

シュウがこうやってここで安心して伸び伸びと絵を描いていられるのはブルーノがいつも傍にいてくれるおかげだ。
ブルーノの働きなしにはこんなにも早くシュウの絵が完成することはなかっただろうからな。

「よし、じゃあ行こうか」

ブルーノと共に画室を出ると、ブルーノは部屋の鍵を掛け何度も確認してから、騎士たちにくれぐれもお願いいたしますと声をかけていた。
ブルーノと騎士たちの頑張りがシュウの絵を支えてくれていたのだな。
本当にありがたいことだ。
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