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第四章 (王城 過去編)

フレッド   37−2

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厩舎に着くと、『ヒヒーン』と大きないななきが聞こえる。
その声にいち早くシュウが『ユージーンだ!』と反応する。

さすがシュウだな、あの嘶きだけでユージーンだとわかるのか。
相変わらず馬に愛されているな。

そっと厩舎を覗くとユージーンもまたシュウの匂いを感じ取ったらしく興奮気味にこちらを見ている。

「ユージーンっ!」

シュウの呼びかけに嬉しそうに『ヒヒーン』と嘶くユージーンを見てシュウも笑顔を見せる。

もう少しユージーンの近くに寄りたいというシュウにくれぐれも気をつけるようにと一応注意はしたが、ユージーンがシュウを傷つけることはあり得ないだろう。

なにしろシュウが近づくと興奮していたユージーンはすぐに大人しくなり、シュウに危害を加えない位置に顔を近づけるのだから。
馬の方がこんなにも気を遣うとは……本当に驚きだな。

シュウがあまりにも仲良くユージーンと戯れるものだから厩務員が声をかけてきた。

ユージーンと遊べると聞いたシュウは飛び上がりそうなほど喜んでいる。
ふふっ。やはり愛らしいな。

ユージーンを出すように頼むと今度はユージーンが飛び上がりそうなほど軽快な足取りで尻尾を高く振って喜びを表している。

馬とはいえシュウに擦り寄ろうとしているのが気に食わないが、ユージーンがシュウと過ごせるのももうしばらくのことだと思えば少しは大目に見てやってもいい。
少しだけだがな。

厩務員は見慣れぬユージーンの姿に驚きを隠せない様子だ。
そうだろう、ユージーンは人見知りが強くどんな者にも威嚇するとヒューバートも話していたからな。

だが、我が屋敷にいたオルフェルとドリューはユージーンに負けず劣らずの扱いの難しい馬だったが、シュウはあいつらでさえすぐに大人しくさせ、それどころか背中に乗せたいと馬たちの方から強請ってきていたのだからな。
ユージーンを手懐けるなど造作も無いことだ。

シュウには馬に愛される天賦の才があるのだ、そう教えてやると厩務員はそれはそれは羨ましそうにシュウを見つめていた。

まぁ、厩務員にとっては喉から手が出るほど欲しい才能だろう。

「よろしければ、後でユージーンのブラッシングもお願いできますか?」

厩務員からの声にシュウは目を輝かせながら喜んでいる。
ふふっ。その可愛らしい顔を見られただけで厩舎に連れてきた甲斐があったというものだ。

「シュウ、ならば遊んでから最後に手入れをしてやろう」

私の言葉に嬉しそうに頷くシュウと一緒にユージーンを連れ中庭を散策する。
私はシュウを抱きかかえて歩き、シュウがユージーンの手綱を引く。
お互いに顔が近いからか、シュウも、そしてユージーンもはしゃいでいるように見える。

『せっかくだから背中に乗るか?』と声をかけると、私と一緒がいいのだという。
そうやっていつもシュウは私を喜ばせる一言をくれるのだな。

私はシュウを抱きかかえたまま、さっとユージーンに飛び乗るとシュウは『わぁっ、すごい!』と感嘆の声をあげた。
聞けば、私がシュウを抱いたまま馬に飛び乗ったのが驚きなのだという。

いやいや、馬に乗るのは貴族としての嗜みでもあるし、そもそもシュウほど軽ければ自分一人で飛び乗るのと大して変わりはしないぞ。
とはいえ、シュウにすごいと褒められるのは嬉しいものだ。

シュウは自分も練習して一人で飛び乗ってみたいというが、そんな練習など必要ない。

『私がいつでもシュウを抱きかかえて乗せてあげるよ』そう言ったのだが、シュウは

「えーっ、練習したらぼくだってフレッドを乗せてあげられるかもしれないよ」

と真剣な顔つきで言ってくる。

シュウが私を抱きかかえて乗せてくれるのか?
ふふっ。面白いことを言う。
だが、シュウの練習に付き合うのも楽しいだろうな。

シュウのことを一番気に入っていたエイベルで練習するのもいいな。
ただ、シュウが一人で乗る機会は一生訪れないとは思うがな。

ユージーンの背に乗り、中庭を巡りながらシュウにどこに行ってみたいかと尋ねると、私の耳元に口を寄せ
『前に遊んだあの川に連れてって」とねだってきた。

ああ、あの川か。
あそこなら楽しめそうだ。

今日は時間はゆっくりある。
焦ることなく穏やかな歩調で川へと向かうと、シュウは私の身体にピッタリとくっついて気持ちよさそうに馬上からの散歩をを楽しんでいた。


シュウとやってきた王城の森。
ここは我々の時代でも変わらずに存在する。
幼い時は、人に蔑まれ傷つけられた時の避難場所であった。
そう、自分の顔を水面に映しては皆に嫌われない普通の顔にしてほしいと願っていたんだ。
今も水面に映る顔は変わることはないが、私の顔が嫌われることを心配することはない。
隣にはこの世で一番私のこの顔を愛してくれるシュウがいるのだから。

ユージーンの背からシュウを抱きかかえたまま飛び降り、岩場に座るとシュウは川に足をつけたいと言い出した。
こんな気持ちの良い日に川遊びがしたくなるのは仕方がない。
足だけならと許可を出し川の水に足をつけさせた。

「フレッド~っ! 気持ちいぃよぉ。フレッドも来て!!」

「くぅ――!!!」

違う、違う!!
シュウがそんな意味・・・・・で言っているわけでないことはわかっている。
だが、そんな天使のような笑顔でそんなことを言われては滾ってしまうではないか。

一瞬にして勃ちあがろうとする愚息を叱咤し、よからぬ考えを慌てて頭から捨て去った。

「シュウ、菓子でも食べるか?」

「わぁっ! 食べたいっ!」

私はすぐに周りにいた騎士の一人に焼き菓子を持ってくるようにと指示を出すとすぐに馬で駆け出して行って、、騎士は数分で菓子を持って戻ってきた。

シュウは目を丸くして驚き、

「すごく早いですね!! わざわざ持ってきていただいてありがとうございます!」

と持ってきた騎士に微笑みながら菓子を受けとると、騎士は

「い、いえ……そんな、大したことでは……」

と顔を真っ赤にして何度も頭を下げていた。

くそっ、馬を飛ばして菓子を取りに行ってこんなにもシュウに誉められるのならば、私が自分で取りに行けばよかったか……。
いや、シュウを一人にするわけにはいかないから仕方ないのか……。
ああ、だが、シュウの微笑みが……。

私は後悔となんともいえない感情にもどかしさを感じていると、

「フレッド、どうしたの?」

と声をかけられた。

「いや、なんでも――」
「あ~ん」

なんでもないと答えようとしたその口に小さな焼き菓子が入れられた。

「んんっ」

「ふふっ。美味しい?」

シュウの小さな指が私の口に触れた。
そして嬉しそうに『美味しい?』と尋ねてくれる。

これで美味しくないわけがないだろう。
ああ、なんて私は幸せ者なのだ。

あんなつまらぬことで嫉妬して自分が恥ずかしい。

私も『あーん』と言ってやるとシュウは嬉しそうに小さな口を開けた。
私は手に持っていた焼き菓子を自分の唇で挟みシュウの唇に重ね合わせた。

「んんっ!」

焼き菓子を食べさせ、ついでに口内も味わってから唇を離すと
『もうっ、フレッドぉー!』と真っ赤な顔をして怒っていたが、ちっとも怖くない。
それどころか可愛すぎるぞ。

私たちはそれからもお互いに焼き菓子を食べさせ合い、楽しい憩いのひとときを過ごした。

焼き菓子を食べ終え、シュウが川の水を足でぱしゃぱしゃとさせながら遊んでいたのを見て、シュウが以前トーマ王妃とこの川で遊んでいた日のことを思い出した。

バスタオルを肌に巻き付けて泳ぐと言い出し、飛び出してきた仔ウサギに悪戯され最悪なことにトーマ王妃のバスタオルがはだけてしまったのだ。

周りに騎士も、そして私もいる中でアンドリュー王はいち早くトーマ王妃の危険を察知し、自らの身体でトーマ王妃の肌をすっぽりと覆い隠し守ったのだ。

あの時の動きの速さと言ったら並の者では絶対に間に合わなかっただろう。
流石というしかないアンドリュー王の行動に私は驚きつつも感動したのだ。

こうやって思い出話として話してはいるが、もしあれがシュウだったら。
考えるのも嫌になるが、もしバスタオルがはだけたのがシュウで、もし私が守るのが間に合わず他の者の目に触れることになったなら……私は自分を一生許さないだろうし、そして見た者全ての目を抉り取ったかもしれない。
それがたとえアンドリュー王であったとしても。

それほどまでに私のシュウへの想いは常軌を逸しているというのは自分でもよくわかっている。

だから、どうかあのようなことは絶対に起こらぬように……。
神に願おう。

シュウはあのバスタオル事件のことを思い出し、

「だからもうしないって。川遊びするのはフレッドと2人だけの時にする。それなら、別にバスタオルが取れても見られるのはフレッドだけだし」

と言い出した。

ああ、この子は外でなんということを言い出すのだろう。
そんなことを聞いては先ほどのよからぬ妄想が舞い戻ってくるではないか。

私と二人だけの時なら、外で交わってもいいということか……。
いつもは寝室か風呂場でしか見られないシュウの肌が外で太陽の光に当たりながら見られる……くぅ――っ!
いつか一度くらいは外で交わってみるのもいいかもしれない。

誰にも見られないように、声も漏れないように対策は施す必要はあるが……。
戻ったらサヴァンスタックの屋敷に作ってみるか。

マクベスに叱られそうだが……。


川の水が少し冷たくなってきた。
これ以上足をつけているとシュウが風邪をひいてしまう。

思った以上にシュウとこの場所で過ごす時間が楽しすぎて、つい長居をしてしまったがそろそろ森を出たほうがいいだろう。
気がつけばだいぶ日も傾いているようだ。

シュウにそろそろ戻ろうかというと少し残念そうにしていたが、
『日が落ちる前に厩舎に戻ってユージーンをブラッシングをしてやろう』というと途端に笑顔になった。
ふふっ。可愛い子だ。

シュウの足を膝に乗せ濡れている肌を柔らかなタオルで丁寧に拭き取ってやりながらも、本当なら私の口で舐め拭ってやりたいというそんな衝動に駆られたが、それをしては間違いなくシュウに引かれることだろう。
水に濡れて少しふやけたいつもとは違うその感触を目に焼き付けながら、シュウの小さな足を丹念に拭った。

シュウの足が綺麗に拭ければ自分の足などどうでも良い。

ささっと水気を拭き取り靴を履いいた私はシュウを抱きかかえヒョイっと座っていた岩場から飛び降りた。

シュウは少し怖かったのか私の首にキュッと手を回していたが、私がシュウを落とすことなどあり得ないことだ。
『大丈夫か?』と顔を見つめると途端にふわりと綻ぶ、その顔が実に愛らしい。

ユージーンはシュウの姿に待ちかねたぞと言わんばかりに尻尾を高く振っているが、シュウに撫でられるとすぐに大人しくなっていた。
本当にわかりやすいやつだ。

少し遠回りをしながら厩舎へと戻っていると、遠くからトーマ王妃の声が聞こえてきた。
声の方向から察するに、あれはトーマ王妃の畑か?
何やら揉めているような声が聞こえるな。

ブルーノの話ではジュリアン王太子は今の時間はトーマ王妃と一緒に畑に行っているはずだ。
ならば、あの声はトーマ王妃に間違いないだろう。
となると、トーマ王妃がジュリアン王太子と揉めているということか?

シュウも揉めている声が聞こえているだろうな。
私も気になるが、ジュリアン王太子が一緒だというのが厄介だ。

昨日の今日だし、本当ならシュウと近づけたくはない。

私は周りにいた騎士たちに様子を見てくるようにと指示を出した。

慌てて駆け出していく騎士たちを見送りながら、私はシュウに厩舎へ戻ろうかと声をかけたがやはりトーマ王妃のことは気になる。
すぐにアンドリュー王に知らせたほうがいいのではないか?
そう悩んでいると、シュウが『気になるから見にいこう』と言い出した。

聡いシュウのことだから私がどうしようかと考えあぐねていたことに気がついたのだろう。
だが、やはりシュウを近づけるのは気になる。

複雑な思いを抱えながら行くかどうしようか渋っていると、シュウが離れたところからこっそり見るだけだというので行ってみることにした。

大丈夫だ、シュウは靴を履いていないのだから私から離れないと約束してくれた。
だから昨日のようなことにはならない。

大丈夫だと何度も自分に言い聞かせながら、シュウをぎゅっと抱きしめユージーンを声の聞こえる方へと進ませた。
近づいていくうちにトーマ王妃の声が鮮明に聞こえてくる。

どうやら畑仕事のやり方を教えているらしい。
熱の入ったその指導に声が大きくなってしまったのか。

なんだ、揉めているのではなかったのか。

あれだけ悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくるが、なんともなくてよかった。

それにしても教えているのは、平鍬か。
確かあれをこのオランディアに広めたのはトーマ王妃だったな。

我々の時代ではもう当たり前のように使われている農工具だが、あの平鍬ができたことでこの国の農作業は大きく変わった。
そう、まさに画期的な発明だったのだ。

あの道具を発明したトーマ王妃はすごいと思っていたのだが、あれを見てもシュウが何一つ驚くことがないのをみるとおそらくあれはあちらの世界では普通に使われていたものだったのだろう。

あちらの世界は随分と我々の世界より進んでいたのだな。
シュウたちから見れば不便なことも多いだろう。

だが、シュウもトーマ王妃も何一つわがままをいうことなくこの世界に馴染んでくれている。
元々この世界に生まれるはずだったトーマ王妃にはもしかしたらすぐに馴染むような生まれ持った何かがあるのかもしれないが、シュウは全てが初めてだったはずだ。

だが、こうやってこの世界にいるのが当たり前だと思ってくれるのは、私の唯一だからだと思ってもいいのだろうか。

二人が揉めてないとわかった私たちは安心して厩舎へと戻ることにした。
ユージーンを厩舎の方へと向かせた瞬間、

「うわぁーーっ!! 危ないっ!!」

ジュリアン王太子の言い表しようがないほどの大きな叫び声がそこらじゅうに響き渡った。

みると、先程までジュリアン王太子が持っていたはずの平鍬が私たちの方へと目掛けて物凄い速さで近づいてくる。

これが当たれば確実に命はない。

私は咄嗟にシュウを抱きしめながらユージーンの手綱を引き、ユージーンを後退させると間一髪ドスっと大きな音を立てて平鍬はユージーンのすぐ目の前の地面に突き刺さった。

しまったっ!!!

そう思ったのと同時にユージーンは『ヒヒィーーーン』と大きな声で嘶きながら両前足を上げ、二本足で仰反るように立ち上がった。

これは馬がパニックになってしまった時の行動だ。
今のユージーンは制御不能に近い。
暴れ馬のように動き回り私たちを振り落としてしまう可能性は十分にある。

私だけならそれも構わないが私の腕の中にはシュウがいるのだ。
シュウに傷を負わすことだけは絶対に避けなければ!

そのシュウは必死にユージーンを落ち着かせようと声をかけている。
だが、あれだけの衝撃があったのだ。
馬のパニックはおさめるのはなかなか難しい。

私はシュウに声をかけながら手綱でなんとかユージーンを制御しようと試みるがなかなかいうことを聞いてくれない。

どうしたらいい?
考えるんだ、フレデリック!!!

どうすべきか必死に考えを張り巡らせていると、

「アルフレッドさん、シュウちゃん! 今、アンディーとヒューバート呼んでるからもう少し耐えて!!」

とトーマ王妃の叫びにも似た声が聞こえる。

だめだっ、今声を上げたりしては!

そう思った時にはもうユージーンはトーマ王妃に向かって突進し始めていた。
必死に手綱を引くが凄まじい速さに何も対処できない。
このままではトーマ王妃にぶつかってしまう。

どうしたらいいんだ!!!

その瞬間、私の腕の中からシュウがするりと抜け出たと思ったら
『トーマさまっ!! 危ないっ!!!』と叫びながら次の瞬間には大きく飛び跳ねてトーマ王妃へと飛び掛かっていた。

「シュウーーっ!!!」

荒れ狂う馬上からそう叫んだとほぼ同時にシュウとトーマ王妃は畑に叩きつけられるように転がっていった。
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