ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第四章 (王城 過去編)

フレッド   36−1

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アルフレッド、明日から3日間ジュリアンがここで滞在するが動向には十分気をつけてくれ。
もちろん、寝泊まりは我々や其方たちの居る場所から離れたジュリアンの自室だが、隙をついて訪ねてくるやも知れぬ。
シュウから絶対に目を離さぬようにな。先日言ったようにジュリアンがリャバーヤに戻るまでは其方は執務室には来なくていいから、シュウの傍にいてやってくれ」

「畏まりました。陛下にはご不便をお掛けいたしますが、お気遣いいただき光栄でございます」

「うむ。あっ、それからシュウのことだが、ジュリアンがここにいる間は画室に行くのは控えさせておいてくれ。
あの部屋は立ち入り禁止にしておきたいのだ。あの肖像画は我々にとっても、そして其方たちにとっても大事なものだ。もし、万が一肖像画を汚されるようなことがあっても困るからな」

確かにシュウが精魂込めて描いているあの肖像画に何かあれば、もう二度と同じものを描くことなどできないだろう。
それほどまでにシュウはあの絵に自分の心血を注いで作り上げているのだ。

もし、それが汚されるようなことがあれば、たとえジュリアン王太子といえども私は許すことはできない。
私がジュリアン王太子に手を出したことでそれでもし歴史が変わってしまったとしても、そもそもあの肖像画がなければ我々は元の世界には戻れないのだし、そのせいでこの時代で一生を過ごすことになるのなら容赦はしない。

あの画室はシュウにとっても、そして私やアンドリューさま、トーマ王妃にとっても聖域なのだ。
無駄な争いを避けるためにもジュリアン王太子が滞在している間は立ち入り禁止にしておくのが一番良いのかもしれない。

シュウは絵描きを再開してからというもの、ここのところ調子良く絵を描き進めているとブルーノが言っていた。
私もシュウの顔つきを見ていれば順調に良い絵が描けているかよくわかるのだ。
最近のシュウは実に晴やかな顔をしている。
やはり、トーマ王妃との毎夕のお茶の時間のおかげだろうか。
シュウはトーマ王妃と毎日過ごすことで、完成していく絵を前にしても離れる日の覚悟が備わってきているのだろう。

そこまで生活の一部になっているお二人の肖像画が3日も描けないとなったらシュウは寂しがるかもしれないな。
だが、その寂しさは私が埋めてやるとしよう。
ジュリアン王太子の件があるとはいえ、シュウと3日もずっと一緒にいられるのだからな。
少しでもシュウから目を離すなとアンドリュー王から言われたことだし、この期間はたとえトイレでさえも一緒に入るとしようか。

ふふっ。シュウが恥ずかしがる姿が目に浮かぶな。

それにしてもシュウさえも見たことのない場所ですら私はシュウの身体の全てを知っているというのに、トイレだけはあれほどまでに恥ずかしがるのはなぜなのだろうな。
先日もシュウが眠り続けていた間、トイレの世話は私がしていたと教えた時は顔を真っ赤にしていたな。
私以外のものが世話をするほうが恥ずかしいだろうし、それに私がシュウの世話を他のものにさせたりするわけがないだろう。
シュウの身体の全ては私だけのものなのだから。
それはたとえ、父であるトーマ王妃にも許しはしない。
シュウの世話をするのは永遠の伴侶である私だけが幸せを感じられる特権なのだから。


「アルフレッド、そんな鬼気迫る顔で仕事に励まぬとも良いぞ」

「えっ?」

どうやら、シュウと3日間、何をして過ごそうかと考えながら仕事を進めているうちにどうやら今日やる仕事を全て終えてしまったようだ。

「ふふっ。其方のおかげで仕事も終わったことであるし、今日は早いが部屋に戻っても良いぞ。
シュウを画室に迎えにいくといい。シュウも喜ぶだろう。ああ、ついでに明日からの件も話しておいてくれ」

「はい。畏まりました。それではお先に失礼いたします」

アンドリュー王の心遣いに感謝しながら、この時間ならまだ画室にいるだろうと思い、私は画室に足を運んだ。

私たちの部屋からそう離れていない奥の部屋がシュウの篭っている画室だ。
シュウとブルーノが一緒にいるときは施錠はされておらず、部屋の前に見張りの騎士がいるだけだ。

「シュウとブルーノは中にいるか?」

「はい。いらっしゃいます」

「そうか、扉を開けるから、少し離れていろ」

万が一、シュウの絵が見張りの騎士たちに見えるようなことがあってはならない。
騎士たちが部屋から見えない位置に移動したのを確認して扉を開けると

「――っ!」

そこから見える光景に私は思わず息を呑んだ。


扉に背を向けて立っているブルーノの背中に回っているあの小さくて細い腕は明らかにシュウのものだ。
まるで恋人同士のように隙間なく抱き合う姿に私は一瞬言葉が出なかった。

私は2人の姿が外にいるものたちに見られぬようにゆっくりと中に入り扉を閉めた。

シュウ……ブルーノとなぜ……?

シュウが抱き合っていることに驚きを隠せないものの、シュウが私を裏切ることなどないことは私が一番よくわかっているし、いくらシュウが魅力的とはいえ、ブルーノが孫ほども年の離れたシュウと何かあるなどとは微塵にも考えてもいない。
それは2人にとっても失礼な話だ。
2人が抱き合う姿は絵画のように美しく、そこには性的なものは一切感じられないのも私を安心させた。

だが、密室で抱き合う姿を見れば、その理由を知りたいと思うのは伴侶として当然だろう。
しかもシュウの腕がブルーノの背中に回っているのはシュウもブルーノに抱きつきたいと思った証拠だ。
シュウがこんなにもブルーノを想い抱きついた背景がわからぬまま、声をかけることは憚られる。
そう、この2人の時間を邪魔してはいけないような気分になってしまうのだ。

私がしばし、2人の様子を固唾を飲んで見守っていると、

「おじいちゃん……ぼく、おじいちゃんのこと大好きだよ、ずっと」

というシュウの声が耳に入ってきた。

その少し涙ぐんだ声に私は全てを理解した。

『おじいちゃん』
そうか……シュウはブルーノとの別れを惜しんでいたのだ。

長い間、身寄りのなかったシュウにとってはこの数ヶ月一緒に暮らしたブルーノの存在はまさに祖父そのものだったのだろう。
しかもブルーノはアンドリュー王の幼少期からの世話役であり、アンドリュー王にとっては第二の父と言っても過言ではない存在だ。
アンドリュー王にとって父ならば、アンドリュー王の伴侶・トーマ王妃の息子であるシュウはまさしく孫。
2人に子宝が望めない以上、ブルーノにとってシュウは本当の孫だったに違いない。

ブルーノはシュウに対して家族の愛情を持っていつでも接していたし、シュウもまたブルーノに家族としての安らぎを感じていただろう。
お互いがそれぞれを祖父と孫だと思っている二人だからこそ、いつか来る別れに寂しさを覚えてしまったのだろうな。

大方、シュウの描く肖像画が完成に進んでいくのを見て二人して感傷に浸ったというところだろうか。

ふぅ……。
二人が抱き合っている理由がわかって私は安堵した。

「ああ……っ、シュウさま……いえ、シュウ……私も大好きですよ」

ブルーノがシュウの名を呼び捨てにした……その瞬間、私の中に何か温かいものが広がっていくのを感じた。
それは決して嫉妬ではない。

ブルーノのことを『おじいちゃん』と呼ぶシュウの気持ちを汲んで、自分もシュウを本当の孫だと思っていることをわかってもらうためにあえて『シュウ』と呼び捨てにしたのだ。

そう。この瞬間、二人は心から本当の家族になれたのだ。

シュウはきっとこの日のことを忘れないだろう。
もちろんブルーノも。

私は勝手ではあるが、その瞬間に立ち会えたことに幸せを感じずにはいられなかった。


とはいえ、二人の間にあるのが家族の情愛だろうがさすがにこんなにも長く伴侶が他の男と抱き合っているのを見るのは面白くないのは事実だ。

もうそろそろいいかという時間を見計らって、二人に声をかけた。

私の声にシュウは『わぁっ』と驚きの声を上げたが、その声に疾しさは一切感じられない。
だからシュウが私を裏切ろうとしていないことは明白だが、ようやく私の腕の中に取り戻せたことに喜びを感じている自分がいる。

家族としての二人の抱擁に幸せを感じつつも、シュウが自分の元に戻ってきたことに喜びを感じる己がいることに複雑な心境に陥るが、それは仕方のないことなのだろうな。

私がブルーノからシュウをすぐに奪い取った行動にシュウは私が怒っているとでも思ったのか、ブルーノが私に怒られないように自分から抱きついたのだと弁明したが、ブルーノに怒りなどは感じていない。
ただ、単純に妬いただけだ。

「愛しい伴侶が自分以外の者に抱きしめられているのを見るのは嬉しいものではない」

せめてもの足掻きにブルーノにそう意地悪を言ってやると、ブルーノは本気にしたのか『申し訳ありません』と謝罪の言葉を述べた。

すぐに冗談だと返すとブルーノは安堵した表情を見せていた。
だから私はもう少し意地悪がしたくなったのだ。

「我々がここに来てから其方には一番苦労をかけたのではないか?
いや、一番はヒューバートか? ふふっ。いずれにしても、其方にとってもヒューバートにとっても手を煩わせるものがいなくなって少しは気が休まるのではないか?」

軽口で尋ねたのは、もしかしたらブルーノの本心が聞けるのではないかという気持ちもあったが、私にとって辛い言葉が返ってくるのを意識的に避けたからかもしれない。

しかし、ブルーノはそんな私の軽口に

「いいえ、気が休まるどころか、私はいつでもフレデリックさまとシュウさまのことを思い続けていることでしょう。そして、お二人がお過ごしになっておられるあの[月光の間]にいつかお戻りになる日が来ると準備を整えてお待ちしていることでしょう。私にとってこの数ヶ月はそれほど満ち足りた時間でございましたから、お二人が帰られたあと私が抜け殻のようになっているのが目に見えるようでございます」

と返した。
その嘘偽りのない言葉に私の冷え切っていた心が溶かされていく。

ああ、ブルーノはシュウだけでなく、私にとってもかけがえのない家族だったのだな。
この世界から離れるのは私にとっても寂しくなりそうだ。


「ブルーノ、我々がここに来てから、一番思い出深い出来事はなんだ?」

「そうでございますね。どれもこれも忘れ難い思い出ではございますが、初めてフレデリックさまとシュウさまにお会いした時でしょうか。アンドリューさまとトーマさまのお部屋で、お二人のお姿を拝見した時のあの衝撃は一生忘れることはないでしょうね」

その時のことを思い出して懐かしんでいるのか、柔らかなその表情に私も胸が熱くなる。
ブルーノにとってあの時の出来事は衝撃と共に嬉しい出来事でもあったのだろう。

「でも、ブルーノさん。すぐにぼくたちのことを信じてくれたよね。
未来から来たなんて信じてもらえないと思ったのに、すぐに信用してくれてすごく嬉しかったな。ねぇ、フレッド」

「ああ。そうだな。其方がなんの疑いも持たずに我々の存在を信じてくれたのは本当に有難かったな」

普通なら急に未来から現れたなんて信じるはずもない。
それを無条件に信じてもらえてどれほど嬉しかったことか。

ブルーノは私とシュウの言葉に『ほっほっほっ』と声高らかに笑った。

「お二人の目を見れば、嘘をついて騙そうとしていらっしゃるかどうかくらいわかりますよ。
アンドリューさまとトーマさまが信用していらっしゃるのですから、私が信用しないわけがございません。
それにフレデリックさまはアンドリューさまにもジュリアンさまにもよく似ていらっしゃいましたから、王家に縁のあるお方だとすぐにわかりましたし」

それだけのことで最初から私たちを信じてくれたというのか。

私の父上、母上は表面上は兄弟分け隔てなく平等に装っておられたが、私が何を言っても全面的に信じてくれることなどなかった。
私のことを心の中では疎んでいたからな。
正直なところ、見目の悪い私が邪魔で仕方がなかったのだろう。

両親からも貰えなかった信頼をブルーノはいとも容易く私に与えてくれるのだな。
ブルーノ……この世界で其方の存在にどれだけ救われたか。
私は其方に感謝しかない。

「そういえばブルーノさんの一言でぼくが女の子の格好することに決まったんだよね」

「ふふっ。そうでございましたね。ですが、シュウさまは男性の格好をされていらっしゃってもお可愛らしいですから、私が申し上げなくてもトーマさまがおっしゃっていらしたと思いますよ。トーマさまは最初からシュウさまを飾り立てようと思っていらっしゃったようでございますから」

「お父さんが? そうなんだ。でもぼくも最初は違和感あったけど、最近はもう普通にドレス着ちゃってるし。
向こうに帰って逆に男性の格好が似合わなかったらどうしよう」

「ふふっ。それも面白いな。だが、シュウはどちらでも美しいと思うぞ。最初にシュウを見た時は一瞬どちらか分からなかったくらいだ」

「ええーっ? そうなの? 知らなかった」

「ふふっ。実はアンドリューさまも最初トーマさまを見つけられた時は、女性の方だと勘違いされていらっしゃったのですよ」

「ほぉ、そうなのか。それは初めて聞いたな」

だが、トーマ王妃がこちらに来られたのは3年前。
今のシュウよりは年上だろうがきっと幼い顔立ちをされていらっしゃったのだろうし、見間違われても無理はないな。

「じゃあ、ぼくもお父さんによく似てるから間違われても仕方ないか。でもお父さんと同じだと思うとそれはそれで嬉しいかも」

「ああ、そうだな。シュウの姿こそがトーマ王妃のいた証だ」

私がそういうと、シュウは自分の顔を優しく撫でながら笑顔を見せていた。

「そういえば、フレッド……いつもならまだお仕事中だったんじゃないの?」

シュウのその言葉にここに来た目的を思い出した。
シュウとブルーノが抱き合っている姿を見てすっかり頭から消えてしまっていた。

シュウには悪い話だろうが、話はしておかないとな。

私はシュウにジュリアン王太子が王城に滞在する間は画室に籠るのはやめておいた方がいいと話をした。
アンドリュー王もそうおっしゃっていたと話すと、シュウは少し残念そうにしていたが、『わかった』と納得してくれた。

ブルーノもシュウの決断に安堵した様子を見せていた。
口にはしていなかったが、シュウのいるこの時期にジュリアン王太子が滞在することをブルーノも心配していたのだろう。

シュウは我々の心配を汲み取ってくれたようだ。
これでシュウとずっと一緒にいられる。
どんなことがあっても必ず私が守ってみせるぞ。
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