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第四章 (王城 過去編)

閑話   ブルーノと騎士たち その2

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シュウさまがならず者に攫われるという最悪な事件が起こったあの日、フレデリックさまと守護獣であるリンネルに助け出されたシュウさまはそれから2日もの間、昏昏と眠り続けていらっしゃった。
目覚められた後もなかなか食欲がお戻りにならず、フレデリックさまもトーマさまもアンドリューさまも、私も……そして、城にいる全てのものも皆、シュウさまの御回復を待ち望んでいた。

あれから10日。
ようやくフレデリックさまから部屋から出ても良いとお許しがでたシュウさまは嬉しそうにトーマさまと中庭の東屋へと行かれた。

あの事件無くしてもここ数ヶ月、シュウさまが肖像画を描かれるのに専念されていたことでトーマさまと時折されていた中庭でのお茶の時間はすっかり鳴りを潜めていた。

トーマさまとシュウさまが2人で笑顔でお話をしながら戯れている姿はまるでここが天界かと思えるほど尊いもので、城内で働くものは皆、決してこの時間を邪魔してはならないという暗黙の決まりとなっていた。
皆にとっても至福のひとときであったおふたりのお茶の時間が鳴りを潜めていた間、城内はしんと静まり返っていた。

そんな中で起こったあの事件でシュウさまは伴侶であるフレデリックさまの強いご意向で寝室から出ることもままならず、皆がずっとトーマさまとシュウさまのおふたりの時間は今か今かと待ち望んでいたのだ。

それが数ヶ月ぶりに催されたとあって、城内は全体的にふわふわと浮き足立っている気がする。
こんな時は何かしら起きる予感がする。
私もおふたりを守る護衛騎士も気を引き締めて近くで控えていた。

ああ、トーマさまとシュウさまが仲睦まじく楽しそうにお茶を楽しんでいらっしゃる。
私の淹れた紅茶を美味しそうに飲まれ、焼き菓子を食べさせ合うお姿もお美しく本当に尊い。
あのおふたりが親子であったことは驚きの事実であったが、こうやっておふたりが並んでいらっしゃるのを見るとそっくりなのがよくわかる。
シュウさまは今は城内と世間の目を欺くために女性の格好をされておいでだが、それを抜きにしてもお美しい。
トーマさまと顔立ちは確かに似ていらっしゃるが、シュウさまの方がより可愛らしく見えるのは年齢だけではないだろう。

そんなおふたりが東屋の椅子を立たれ、笑顔でどこかへ行かれようとしている。
あの表情のおふたりは何か計画をなさっているお顔だ!

以前もあの表情をされて言い出されたことは川で泳ぎたい! というかなり無謀な内容であったから今回も、もしや……という嫌な予感が拭えない。
アンドリューさまとフレデリックさまのためにパンケーキを作りたいと仰った前例もあるから、おふたりの考える計画が全てが悪い事例とは思わないが気になる。
何かしら起きると思っていた予感がこれだったかと慌てておふたりのそばに駆け寄った。

「どちらにお出かけでございますか?」

ついこの前の事件もあり、まさか城下に行かれることはないとは思うが、今日の計画は一体どういったものだろうかと恐る恐る尋ねてみれば、なんと騎士たちの集まる訓練場に行きたいと仰ったのだ。

血気盛んな騎士たちの前に女神のようにお美しいおふたりが行かれる……それはもう何か起きる気しかしない。
しかし、トーマさまもシュウさまもそんなことを一切お考えにはなっていらっしゃらないのだろう。
ヒューバートさまにご相談したいことがあると仰っているが、アンドリューさまやフレデリックさまを差し置いてヒューバートさまにご相談とは一体何のお話だろうか?

詳しく話を伺いたかったのだが、おふたりに背中を押され訓練場へと向かうことになってしまった。
私は周りにいるであろう騎士にアンドリューさまとフレデリックさまを急いでお連れするようにと視線を送った。

視界の端で騎士が城内へと駆け入っていくのを確認しながらできるだけ早く頼むぞと心の中で祈りながら訓練場に到着した。

厳しい訓練で有名なヒューバートさまの扱きに騎士たちの辛そうな声が聞こえる。
それでもこの城の護衛騎士になれるのはたくさんいる騎士たちの中でもほんの一握りの精鋭たちだ。
皆、アンドリューさまを始め、王族の皆さまを護衛できることを至上の喜びだと思って厳しい訓練にも耐えているのだ。

そんな騎士たちの声で溢れかえっていた訓練場に一瞬にして静寂が訪れた。

皆の視線がただ一点だけを見つめている。
その方向にあるものはもちろんトーマさまとシュウさまのお姿だ。

汗臭くむさ苦しいだけの訓練場に紛れ込んだ麗しい蝶に皆の視線が釘付けになっている。
いつもは遠くから見つめることしかできないおふたりがすぐ目の前にいらっしゃるという途轍もない機会に幸運だと思い、舐め回すようにじっくりと見ている騎士たちがいるのが私からよく見える。
ヒューバートさまもその視線にお気づきのようで睨みつけていらっしゃるが、本人は麗しいおふたりに夢中で全く気づいていないようだ。
あの者たちはおそらく後でヒューバートさまからのお仕置きがあることだろう。

「ヒューバート~!!」
「ヒューバートさ~ん!!」

不埒な視線を向けられていることもお気づきにならず、トーマさまとシュウさまがヒューバートさまにお手を振りながら声をお掛けになる。
しかも極上の可愛らしい笑顔を見せながら。

「「「「ぐぅっ――ーっ!!」」」」

その笑顔に騎士たちは一瞬でやられ、皆しゃがみ込んでしまったのは私も男として仕方ないと言いたいところだが、おそらくアンドリューさまもフレデリックさまもお許しにならないことだろうな……。

アンドリューさま!
フレデリックさま!
騎士たちのためにも急いでお越しください!!
私はもう心配で胃に穴が開いてしまいそうでございます……。
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