ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第四章 (王城 過去編)

フレッド   33−2

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パールが駆けるのをやめ、立ち止まったのは大きな屋敷の前。

「パール、ここなのか?」

『キューンッ』

この屋敷はアンドリュー王が話をしていた成人祝いのパーティーをやっている侯爵家ではないか?
だが、あの子らが出していた名前はこの侯爵家の人間とは違ったはずだ。
とはいえ、パールがここに私を連れてきたのだから間違いなくシュウはここにいる。

私は急いで馬から降り、侯爵家の玄関扉を力任せに叩いた。

あまりにも激しい音にこの家の家令だろうか、大急ぎで駆け寄ってくる。

「な、何事でございますか?!」

「デクスターはいるかっ!」

「はっ?」

「ここにデクスターがいるだろう!! どこにいるんだ! 早くだせ!!」

玄関先で突然こんなことを大声で叫ぶ私を訝しんでいるようだが、家令はすぐに私の上着についている王家の紋章に気がついた。

「あ、あの……貴方さまはどちらのお方でございますか?」

「私はアルフレッド・サンチェス。陛下の従兄弟だ!」

私の返答に家令は瞬く間に顔を青褪め、身体を震わせた。

「ひっ――! へ、陛下の従兄弟さま……」

「わかったらさっさとデクスターを出せっ!!」

「で、デクスターさまはお出かけになってからまだお戻りではございません」

「本当か? 隠し立てすると、お前も厳罰に処されるぞ!」

「ほ、本当でございます。私は誓って嘘はついておりません」

ブルブルと身体を震わせながら私に話す家令を見る限り、嘘はついていなさそうだ。
だが、おかしい。
パールが私をここに連れてきた以上、必ずシュウはここにいるはずだ。

「パール、どういうことだ?」

私は上着に入れたパールに声をかけようと懐を開けると、パールがピョンと飛び出したかと思うと屋敷の奥へと猛スピードで駆けていく。

「えっ? リンネル?? まさか……」

驚愕する家令をその場に残し、私はパールを追いかけて屋敷の中を走った。

『えっ? なにっ?』
『だれだっ?』
『キャーッ!!』

パーティーの真っ最中なのだろう。
大勢の人物とすれ違うがパールの足は止まることがない。
ひたすら駆けていくパールを必死に追いかけると、パールは屋敷を出て中庭に出た。
そして、庭の外れにある古ぼけた倉庫のような場所の前で止まった。

シュウが囚われているのはここかっ!!

その瞬間、私のピアスが眩い光を放った。
それこそ王城で光を放っていた時とは比べ物にならないほどの光はまるで閃光のように何度も強い光を放っている。
シュウに途轍もない危険が迫ってきている証拠だ。

扉には鍵をかけているだろうがそんなもの確認する時間さえもったいない。
こんなものぶっ壊してやれば鍵なんかどうでもいい。

私は自分の持てる力の全てを使って目の前に立ちはだかる扉を思いっきり蹴り飛ばした。

古ぼけていた扉はドゴーーンと大きな音を立てて吹っ飛んでいった。
ピアスの光が部屋の中を照らすと、私の目に今にも男に襲われそうになっているシュウの姿が映った。
その瞬間私の中でブチっと何かが切れた。

もう許しはしない。
あいつの息の根を止めてやる!

奴に近づき、途轍もない激しい怒りを右の拳に集め渾身の力で思いっきり殴りつけてやった。
重い重い一発はバキッ!!! と鈍い音を立てて奴の顎の骨を砕いたようだ。
奴はそのまま床に昏倒し、身体をピクピク震わせていた。

このままとどめを差して息の根を止めてやりたいが、まずはシュウだ。

当分起き上がることはできないこいつは後でいい。

恐怖に身を震わせるシュウの目の前に駆け寄ると、急に私が現れたことが信じられない様子で
『本物 ?』と言いながら、私の顔に触れようと手を伸ばしてきた。

シュウの身に危険が及んでいるとわかってから、こうやってシュウの姿を目にするまで生きた心地がしなかった。
少しでも早くシュウが私のそばにいることを感じたくて、伸ばしている手を取りシュウを腕の中に閉じ込めた。

いつもと変わらぬシュウの温もりがシュウを失う恐怖に震えていた私の心を温めていく。
よかった。本当によかった。

シュウは服を破られてはいたが奴に触れられてはいないようだ。
だからと言って奴を許す気などさらさらないが。

シュウといくつか言葉を交わしたが、よほど恐ろしかったんだろう。
パールがこの場所に導いてくれたのだと教えてやると、シュウは安堵の表情を浮かべそのまま意識を失った。

私はシュウを抱きしめたまま上着を脱ぎ、シュウの身体に巻きつけ誰にもシュウの姿を見られないようにしてから立ち上がった。

我々の後ろにまだ身動きしないまま床に倒れている奴の腹を思いっきり蹴飛ばしてやると、
『ゲフッ』と声を上げながら壁に激突した。

「チッ! 人間のクズがっ!」

奴に罵声を浴びせ、忌々しいこの部屋から外に出るとこの侯爵家の奴らと家令がガタガタと震えながらその場に土下座していた。

「あ、あの……」

「お前たちの処罰は後だ。すぐに騎士を呼べっ!!」

マナーもわきまえていない奴らの言葉を遮って指示をすると、家令が玄関へと走って騎士を連れてきた。
私とパールの後をついてきていていたシュウたちの護衛騎士だろう。

「お前たち、そこに転がっている奴を縛り上げて連れて行けっ!!
後で陛下より沙汰が下るだろう。それまで絶対に地下牢から出すな! いいな!」

「はっ」

奴を騎士に引き渡し、不安げな顔で身体を震わせている侯爵家の奴らをその場に残し私はシュウを連れ馬に乗り急いで城へと戻った。
未だ意識の戻らぬシュウを医者に診せるため、王城医師を呼ぶようブルーノに指示をして、シュウを寝室のベッドに寝かせた。

「シュウ……シュウ。早く目を覚ましてまた美しい声で私の名を呼んでくれ。頼む……」

私はシュウの柔らかな手を握りひたすら喋りかけた。


それからしばらくして部屋の扉が叩かれ、ブルーノが王城専属医師のマルセル医師を連れてきた。
アンドリュー王から直々に遣わされたマルセル医師は前もってシュウが本当は男性だということも聞いていたようで、シュウを診察しても驚くことはなかった。

「奥方さまに特に薬などを盛られた様子はございません。腹部の打撲以外は身体に特段傷も見受けられませんので、しばらく安静に過ごされればお目覚めになるかと存じます。奥方さまは最近お疲れの様子ではございませんでしたか?」

「ああ。ここのところ食事も寝る間も惜しんで絵を描いていたがそれが問題だったのか?」

「奥方さまはお身体も小さく元々お身体がお強い方ではないようですので、睡眠不足と疲労でお身体が弱っていたものだと考えられます。眠りながらも水分は欲されると思われますので、アルフレッドさまがこちらの薬と一緒に口移しで飲ませて差し上げてください」

「この薬はなんだ?」

「こちらは疲労したお身体を労わるお薬となっております。こちらを服用しておりますと、目覚めた時に奥方さまのお疲れになったお身体が軽くなっているはずでございます」

「そうか。わかった」

マルセル医師は薬をシュウの枕元のテーブルに起き、ブルーノと共に出ていった。

しばらくシュウの寝顔を見て過ごしていたが、シュウが唇を小さく動かした。
きっと喉が渇いたのに違いない。

私はシュウを抱き起こし、マルセル医師に言われた通り、液体薬と水を一緒に口に含んでシュウの唇に自分のそれを重ね合わせた。
咽せないようにゆっくり慎重に少しずつ口に流し入れてやると、シュウは美味しそうにコクッコクッと喉を動かした。
無意識なのだろうが、シュウの舌が私の口内を舐め回す。
よほど喉が渇いているのだろう。

口内の水分が全て吸い取られる勢いで舐め尽くされていく。
シュウの巧みな舌技に驚きながらも、これは全て私が教えたものだと思うと身体が震えた。

私と出会うまでは口付けもしたことがないと言っていたシュウが、私を翻弄させるほどに上手くなっている。
しかも無意識で。

私だけに淫らな姿を見せるシュウにますます愛おしさが募る。

ああ、シュウ。
早く意識のあるお前と甘い口付けをしたい。
それが今の私の望みだ。


早く奴らの処罰をアンドリュー王に話をしに行きたいが、シュウが目覚めるまではここから離れることができない。
いや、できないというよりは私が離れたくないのだ。

あんなに恐ろしい目にあったシュウが目覚めたときに私は必ずそばにいてやりたい。
シュウが意識を失う前に見たのは私の顔ならば、意識を取り戻した時に見るのも私の顔でなければならない。

それが傷ついたシュウの心を癒す一番良い方法なのだ。

生理現象で離れる以外はシュウと共に寝室から出てこない私を心配して、ブルーノが食事を運んでくれるが昏昏こんこんと眠り続けるシュウのそばで自分だけが食事を摂ることに罪悪感を感じてしまう。
しかし、ブルーノにちゃんと食べなければシュウが目覚める前に今度は私が倒れてしまうと説得され、必死に食事をした。
自分ひとりで摂る食事は味気なく砂を噛んでいるようで味気ない。
シュウが傍にいてくれなければ私は食事さえもままならないのだ。

早くいつものようにシュウの笑顔を見ながら食事が、いや、いつもの日常を過ごしたい。

時折薬を飲ませながら、私はシュウと共にベッドで過ごしていると、ピクリとシュウの身体が身動いだ。

シュウはゆっくりと目を開けると一瞬身体を強張らせたが、私の匂いを感じ取ると、一瞬にして身体の力が抜けていくのが分かった。

拙い声が私の名を呼ぶ。
そのことに震えるほど感動しながら、私はシュウを強く抱きしめた。

シュウが目を覚ましてくれたことが嬉しくて嬉しくて気づけば涙を流していた。
シュウは絶対に目覚めて私をまた美しい瞳で見つめてくれる……そう信じてはいたが、それでも眠り続けるシュウをみていると怖かったのだ。
もし、このまま目が覚めなかったら……
もし、このまま私を置いて天に召されてしまったら……

そんな悪い想像ばかりが頭をよぎっていた。
だから、シュウの瞳が私を捉えたときこの数日の想いが込み上げてきて溢れる涙を押しとどめるのが難しかった。

シュウは今自分がどんな状況にいるのかをまだ理解していないようだ。
あれから2日も眠り続けていたのだと教えると、目を丸くして驚いていた。

目を覚ましたばかりのシュウはまだ顔も青白く見えたが、少し時間が経ってくると頬に赤みが差してきた。
やはりあの薬を飲ませていたのが功を奏したようだ。

ブルーノがこの部屋に用事に入るたびに、トーマ王妃の様子を話していた。
トーマ王妃はシュウがこんなめにあったのは自分のせいだと責任を感じているようでシュウが目を覚ましたら会いたい、謝りたいと何度も言われたと言っていた。

トーマ王妃が謝るのをシュウが望んでいるとは思わないが、シュウもトーマ王妃に会いたいことだろう。

案の定トーマ王妃の話をすると、すぐに会いたいと言い出した。

扉の前にいるだろうブルーノに部屋の中から声をかけ、シュウが目を覚ましたこととトーマ王妃を呼んでほしいと話すと駆け急ぐブルーノの足音が聞こえた。

少しの時間も離れていたくなくてすぐにシュウの元に戻り、シュウを腕の中に閉じ込め痩せてしまった背中を優しく撫でた。
シュウの甘い香りに心が癒される。
ああ、本当に私の元に帰ってきてくれたんだな……。


シュウの甘やかな香りに癒されていると、部屋の扉がたたかれアンドリュー王とトーマ王妃が入ってきた。
ブルーノは遠慮したのだろう、声は聞こえたが中に入ってくることはなかった。

寝室にと声をかけると少し窶れた様子のトーマ王妃が見えた。
アンドリュー王に肩を抱かれ、ゆっくりと寝室の中に一歩踏み出した。

どちらが声を掛けようか逡巡しているように見えたが、シュウが一言弱々しい声で『お父さん』と声をかけると。トーマ王妃もまたシュウの名を呼びながら駆け寄ってきた。

トーマ王妃はシュウの意識のなかったこの2日、どれほどの涙を流したのだろうかと思わずには言られないほど目を腫らしていた。

シュウが手を伸ばすと、トーマ王妃はその手をぎゅっと握りしめその手に涙がポロポロと落ちていく。
シュウはその涙を拭うこともせず、いやそれどころか愛おしそうな顔でトーマ王妃に心配かけたことを謝っていた。

トーマ王妃はもう溢れ出る涙を止める術もなく、泣きながらシュウに守れなくてごめんと何度も謝りながらしばらくの間互いに手を握り合って泣いていた。

ふとシュウが自分を攫った男が何者だったのかと聞いてきた。

シュウが気になるのはわかる。
どうして自分が攫われたのか理由を知りたいのは当然だ。

しかし、あの男の名を出すだけでもあの時の情景が目に浮かぶ。
あの時のシュウの姿を思い出すだけで腑が煮え繰り返る思いでいっぱいになるのだ。

あの時、もっと蹴り飛ばせばよかった。
やはり私の手で息の根を立っておけばよかった。

そんなことを考えてしまう。
シュウが目の前にいるのに奴のことを思い出すだけでも嫌になるのだ。
せっかくシュウが私の腕の中に戻ってきてくれたのだから寝室で奴の名前など出したくもない。
奴のことはシュウには何も知らせずに秘密裏ひみつりに処理するのだ。

シュウには気にするなと伝えると、私の気持ちを汲み取ったのかそれ以上聞いてくることはなかった。

寝室が静寂に包まれた時、アンドリュー王が突然トーマ王妃を後ろから抱きしめ涙を拭ってやりながら、

「トーマ、あれをシュウに見せるのではなかったか?」

と問いかけると、トーマ王妃はハッとした表情で必死に涙を拭い、上着のポケットから小さな小箱を取り出した。
ベルベット生地を纏ったその小箱はもしや……

トーマ王妃がシュウに差し出した小箱を開いてみせると、そこには光り輝く指輪が2つ恭しく並んでいた。

レイモンドに注文していた指輪か。
さすがオランディアの歴史に残る伝説の宝石彫刻師の仕事だ。
シュウの描いた指輪の絵がそのまま形になっている。
本当に素晴らしい指輪だ。

トーマ王妃はシュウと一緒に取りにいく約束をしていたのに勝手に取ってきて申し訳ないと謝っていたが、シュウにしてみれば気持ちが落ち込んでいるこの時に楽しみにしていた指輪を目にできて嬉しかったことだろう。

シュウは感動に震えながらトーマ王妃に何度もお礼を言っていると、トーマ王妃が『付けてみて』と言ってくれた。

トーマ王妃の手にある小箱からシュウはなぜか大きな指輪を手にすると、私に左手を出すように告げた。
シュウは一体何がしたいのだろうと不思議に思っていると、シュウは私の手を取り笑顔を見せた。
そして私を見つめながら美しい言葉を紡ぎ始めた。

「ぼくは病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、フレッドのことを愛し、フレッドを助け、フレッドを慰め、フレッドを敬い、ぼくの命のある限りフレッドに尽くし続けることを誓います。
ぼくの思いの全てをこれに託します」

澱む事なく言葉を紡ぐとシュウは私の左の薬指にスーッと指輪を嵌めてくれた。

指に煌めく指輪とシュウからの言葉に心臓の鼓動が激しくなる。
それもそうだ。
シュウが紡いだあの言葉はシュウは私がどんな状況に陥っても愛し続けてくれるという証だ。
それを神から授かったこの石に託してくれたのだ。

神に誓う言葉に嘘偽りなどはあり得ない。
いや、シュウが嘘偽りを言うとはさらさら思っていないが、こうやってシュウの口から聞けることが幸せなのだ。
これを我慢などできようか。

私はこんなに幸せでいいのか……。
あの不幸だった頃の私に教えてやりたい。
ああ、シュウ……。シュウ……。

必死に押しとどめようとした涙を堪えきれず、シュウの方を向いた瞬間ポトリと落ちてしまった。
シュウに情けないと思われるかもしれないが仕方ない……そう思っていると、私の溢した涙が偶然にもさっきシュウが嵌めてくれた指輪に当たってしまった。

あっ――と思った瞬間、金剛石ダイヤモンドは眩い光を放ちながら私の涙を吸収していった。
しかも、涙を吸収した後の方がさらに煌めきを増したように見える。

きっと私の憂いも喜びも何もかもこの指輪が受け止めてくれると言うことなのだろう。
本当に素晴らしい守護石だ。

それよりも私には気になることがある。
シュウが口にしたあの言葉だ。

『あれは?』と尋ねると、シュウは少し照れた様子であちらの世界での婚姻の時の誓いの言葉なのだと教えてくれた。
大勢の前であの誓いの言葉を述べるとは……素晴らしい文化だな。

ならば、私もシュウに誓おう。
シュウの父であるトーマ王妃と私の先祖であるアンドリュー王の前で。
シュウへの誓いを述べるのにこれほどまでの適任者はいないだろう。

二人に見届け人になってほしいと頼むと、快く受け入れてくれた。
それどころか、アンドリュー王には嘘偽りのないようにと念を押されてしまったが、そんなことできるはずもない。

私は大きく深呼吸して心を落ち着けた。

トーマ王妃が手にしている小箱からシュウの指輪を取り、私の思いの丈をシュウに伝えた。

「シュウは暗闇の中にいた私の世界に光と輝きを与えてくれた。この石が放つ眩い光のようにシュウが私を照らしてくれた。これから先、私たちの前にどのような世界が待っていたとしても私にはシュウの光しか見えないから安心してほしい。私の心はシュウだけのものだ、命の光が尽きるその時までシュウだけを愛し続けるとここに誓う」

シュウの描いた絵で我々の知っている未来とは異なる世界になっているかもしれないことをシュウは危惧していると度々話してくれていた。
その度に私はシュウだけだと話してはきたが、今こうやってトーマ王妃とアンドリュー王の前で誓うとシュウは涙を流しながら私を見つめていた。

私は宝石のように美しいシュウの涙を拭い、シュウが嵌めてくれたのと同じ左手の薬指に指輪を嵌めた。

シュウの指に自分と揃いの指輪が煌めくのを見るだけで心が震える。
シュウは感極まっている私の手を取りトーマ王妃とアンドリュー王に嬉しそうに見せると、トーマ王妃は涙を流しながら我々の指輪を見つめていた。

「フレデリックさん、素敵な誓いの言葉だったよ。
僕の大事な息子である柊くんをよろしくお願いします」

そいういって頭を下げるトーマ王妃の姿にグッときたのは、その時のトーマ王妃の表情がまるで娘を嫁に出す父の表情そのものだったからだ。
まぁ、息子でも娘でも自分の子どもを託すというのは複雑な気持ちなのだろう。
たとえ、相手がどんなに気に入った相手であろうともな。


シュウが少し疲れたというので、すぐにブルーノに食事代わりのスープを用意させほんの少しだけでも身体に食べ物を入れてから寝かせることにした。

薬を飲ませていたとはいえ、丸2日眠り続けていた身体にほんの少しでも栄養を入れてあげたかったのだ。
シュウはそれを3口ほど食べ、そのまま眠りについた。
残してごめんなさいと言っていたが、そんなこと謝る必要などないのに……シュウは気を遣いすぎる。

シュウが目覚めたことでどうしてもアンドリュー王と話をしておきたかった私は、シュウのことをトーマ王妃に話の間だけ見ていてもらうよう頼み、アンドリュー王と共に部屋を出た。

本当ならシュウの傍についていたいのだが、私にはやらなければいけないことがある。

アンドリュー王と共に、[王と王妃の間]に入った私はすぐにアンドリュー王に奴の話をした。

「陛下。シュウを攫ったあのデクスターとかいう奴、どうなさるおつもりですか?」

「フレデリック。其方の憤りは私もよくわかっている。奴をこのまま簡単に死刑にして終わらせるつもりなどさらさらない」

「では、またブランシェット侯爵のところに落としますか?」

「いや、あいつはトーマにも穢らわしい目を向けていたからな、王族に手出ししたらこうなると皆に見せつけておく必要がある。
幸い、シュウもトーマも当分城下に出ることはないから、城下で刑を執行したとて2人に知られることはないだろう」

「確かにそうですね。ではどの方法で処刑いたしましょうか?」

「じわじわと地獄の苦しみを味わわせてやらなければ気が済まないからな。アレ・・にするか?」

「ふふっ。アレ・・ですか。私もそれを考えておりましたよ」

やはり血が繋がっているだけあって考えることは同じなようだ。
私たちは顔を見合わせて笑った。

「そういえば……あの侯爵家の処罰はどうされるおつもりですか?」

「ああ、バーンズ侯爵家か……。あのあと、すぐにヒューバートたちが侯爵家当主、あのパーティーの主役であった子息、それから家令と使用人たちも含めて個別に取り調べをしたのだが、デクスターが一度屋敷を出て行ってから、シュウを連れあの倉庫に戻ってきたのは知らなかったと言っていてな、それぞれが話すことに矛盾も見当たらないから恐らく話していることは事実だと思われる。一応、パーティーに来ていた他の出席者たちにも聞き取り調査をしたのだが、皆同じであったから間違いはないだろう」

確かにあの家令はデクスターを庇っているようには見えなかった。
第一、アンドリュー王に瓜二つでアンドリュー王の従兄弟だと名乗った私に嘘をつく利点など何一つない。
あの時誓って知らないと言っていたのは嘘ではないだろう。

デクスターが城下でシュウを攫ってあの倉庫へ連れ込んだ方法は未だ解らぬが、また同じことが起こらぬようあの倉庫はもちろん、侯爵家の敷地内を徹底的に調べる必要があるな」

「では、侯爵家の者たちにはお咎めなしでございますか?」

「いや、それはない。図らずもあの者たちの招待客が己の屋敷内で起こした事件だからな、当主には責任を取ってもらわねば気が済まないだろう?」

「はい。それはもちろんでございます。あの者たちがしっかりと奴の動向を監視していればシュウがあのような目に会うことなどなかったのですよ! 先ほどはトーマ王妃の手前、報告はいたしませんでしたがシュウの腹には奴に殴られたと見られる打撲痕が大きく残っているのでございます。マルセル医師もあの打撲痕には眉を顰めておりました。奴の暴挙を許したのは主催者であるあの者たちの責任と言っても過言ではございません!!」

「ああ。そうだな。私もそう思う。とはいえ、国外追放まではできぬからな、あの侯爵家に関しては爵位を伯爵家に降格の上、当主と子息には強制労働所での1年間の労働。そして、シュウへの慰謝料を請求することになるだろう」

厳罰というにはまだ若干生温い気もするが、まぁいい。
シュウが私の元へと戻ってきてくれたのだからな。

シュウには慰謝料の件だけを話しておくだけに止めておこう。
肖像画が完成したら私もシュウもこの時代から離れていく身。
アンドリュー王と私の決めた奴へのあの地獄の苦しみの処罰を知ることなく、シュウにはこの時代の美しい思い出だけを持ち帰ってほしいからな。

「奴への処刑は準備が整い次第、行うこととする。執行前に其方には報告がいくようにしておこう」

「ありがとうございます。それでは、私はシュウの元へと戻りますので、トーマ王妃をお返しいたします」

「ふふっ。そうだな。トーマもシュウと2人で過ごせてよかっただろう」

私はアンドリュー王に頭を下げ、シュウの待つ自室へと戻った。

寝室の扉をカチャリと開けると、トーマ王妃がシュウの手を握りながらベッドに突っ伏したまま眠っていた。

初めてみるトーマ王妃の寝顔はシュウのそれによく似ていた。
やはり親子なのだな……。

ベッドへと近寄ろうとして床に落ちていた何かを蹴ってしまった。
その音に驚いたのかトーマ王妃が目覚めた。

「あっ、申し訳ございません」

「ううん、大丈夫。ごめん、寝ちゃってた」

「いいえ、シュウを見ていてくださりありがとうございました」

「アンディーと大事な話があったんでしょ? あの犯人の処罰とか?」

「えっ……なぜ、それを……」

「ふふっ。やっぱりね。アンディーは僕に知られないようにってしてくれてると思うんだけど、いちいちそういうことを僕の耳に入れてくる人っているんだよ。最初こそ気になったけどね、もう僕は気にしないことにしてるんだ」

「トーマ王妃は平気なのでございますか?」

シュウとよく似たトーマ王妃はきっとどんなに悪者であっても罰を与えることは嫌がると思っていたのに……。
意外だ。

「平気じゃないよ。でも、アンディーはこの国の王さまで、この国を統治していくために悪者を処罰するのは致し方ないことでしょう。罪人を野放しにする方が危険だし、それがどんなに厳しい処分だったとしてもアンディーが決めたことに反対することなんかしないよ。それに今回の犯人は僕だって許せないんだ。なんの罪もない柊くんを攫って傷つけて……決して許されることじゃない。柊くんをあんな怖い目に合わせたんだから罪を償ってもらわなきゃね」

恐らくトーマ王妃はどんな罰を与えられているかまでは知らないのだろう。
それでも理解してくれていることに安堵する。

「柊くんにはもうあの犯人の話はしないようにしておくからね。嫌なことは早く忘れさせたいし」

「はい。そうしていただけると助かります。ありがとうございます」

「じゃあ、そろそろ帰るね。アンディーも待ってるだろうし」

トーマ王妃はにこやかな笑顔を見せ、寝室をでていった。
シュウが目覚めたおかげでトーマ王妃にもようやく笑顔が戻った。
シュウが起き上がれるようになれば、静まり返ったこの城内も明るさを取り戻すことだろう。

私は久しぶりにほっと胸を撫で下ろし、すやすやと眠るシュウの隣に滑り込んだ。
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