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第四章 (王城 過去編)
閑話 アンドリュー王 <父の想い、伴侶への思い>
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トーマが城下に行きたいと行った時、やはりもっと強く止めるべきだったのだ。
私の嫌な予感が当たってしまった。
しかもシュウだけが攫われるとは……きっと恐怖に慄いていることだろう。
そしてトーマも目の前でシュウが攫われて心が傷ついているに違いない。
デクスターめっ、あいつ……絶対に許すわけにはいかぬな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
シュウが我々の絵を描くために画室に篭るようになって、如実にトーマの元気がなくなっていった。
それはそうだろう。
一日の終わりにはいつもシュウがいる部屋に行き楽しそうに会話をしていたし、時間のある時には中庭にある東屋で2人でお茶を楽しんでいたり、時折4人で食事をすることもあった。
それがここのところ何もないのだから寂しがって当然だ。
しかし、それが我々の絵を一生懸命描いてくれているが故のことなのだから我儘を言うわけにもいかずトーマも我慢せざるを得ない。
そんな時だった、レイモンドから指輪が出来上がったという報告が届いたのは。
元気がなかったトーマを喜ばせるにはうってつけの話題だ。
トーマにそのことを教えてやると飛び上がるほど喜んでくれた。
あの指輪の完成を待ち侘びていたからな。
しかし、すぐに取りに行きたいと言い出したのは誤算だった。
いや、トーマの気持ちを思えばすぐに取りに行きたいと言い出すことなど考えておくべきだったのだ。
最近元気のなかったトーマを喜ばせることばかり考えていたから、己の予定を調整しておくのを忘れていた。
なんとか私と一緒に行ける日にと話をしている最中に、シュウがフレデリックと共に部屋にやってきた。
そういえばそろそろ下絵が完成すると言っていたな。
タイミングがいいのか悪いのか、シュウは下絵が完成したから少しの間トーマと過ごす時間が欲しいと話をしにきたのだ。
こうなってしまってはトーマを止めることもできない。
結局トーマの訴えに負けてシュウと2人での外出を許してしまったのだ。
この判断がフレデリックとシュウにとって誤りだったことに私はその時はまだ気づいていなかった。
最悪なことにトーマとシュウが外出をするその日に、城下近くの侯爵家で成人祝いのパーティーが行われる予定になっていた。
このパーティーが最大の懸念材料なのだ。
いや、この侯爵家がということではない。
ここに招待されることになっているあいつ……ロマーノ子爵嫡男 デクスター・ロマーノだ。
3年前、トーマが私の伴侶だと皆に披露したとき、トーマを舐め回すように見ていたあいつ。
不愉快極まりなかったが、直接手出しされたわけではないから厳罰に処する事もできずにいた。
いつもトーマの周りをこっそりと見張らせている騎士たちの報告では、トーマが城下に出るたびにどこからともなく現れてただ遠くからじっと見つめているのだという。
どこでどうやってトーマの行動を知っているのかはわからないが、いつもトーマの近くに現れるのだ。
何か手出しするようなことがあればすぐにでも捕まえられるのだが、あいつはなかなか尻尾を出さない。
私のトーマをただ見つめられているだけで不愉快なのだが、それだけでは捕まえられないのが現状だ。
フレデリックにはその話を何度かしたことがある。
シュウがトーマに似ているからもしかしたらという警告を込めて話をしておいたのだが、それが今回は役に立ったのかもしれない。
トーマとシュウが城下へと出かけたという報告があってすぐに大急ぎで仕事を終え、我々も追いかけるように城下へ向かう準備をしていると、突然ドンドンドンと大きな音を立てて扉が叩かれた。
何事かと思い、扉を開けると血相を変えたフレデリックの姿があった。
そして、その耳に飾られたピアスから眩いほどの光が放たれていたのだ。
尋常ではないこの光の強さに、私もすぐにシュウに危険が及んでいることを知った。
私のピアスにはなんの知らせもない。
ということは危険がシュウだけに及んでいるということだ。
とはいえ、シュウに何かあればトーマも正気ではいられないだろう。
すぐにトーマのそばに行ってやらねば。
すぐに城下へ向かおうとするフレデリックにシュウの守護獣であるリンネルを連れていくよう声をかけ、急いで玄関へと向かった。
すでに用意されていた馬に跨り、私のことは見向きもせず城下へと駆け出して行くフレデリックの姿に驚きはしたが、唯一の伴侶が危険な目にあっているとなればそのようになっても致し方ないだろう。
侯爵家でのパーティーのせいで城下は大賑わいになっているが、その中程でフレデリックの馬が止まっている。
その姿を見つけて慌てて近寄れば、フレデリックがトーマに大声で叫んでいる。
周りにシュウの姿が見えないことからきっとフレデリックは混乱してトーマに説明を求めているのだろうが、あの怯えた表情を見れば、今のトーマに説明させることは難しいだろう。
私は慌ててトーマのそばに駆け寄り、声をかけると一瞬安堵した表情を見せてくれた。
フレデリックには悪いが、それだけで私は少し安心したのだ。
ようやくトーマから情報を聞き出し、盗みを働いた子らが何か情報を知っているとわかったフレデリックは子どもの胸ぐらをつかみ大声で捲し立てた。
いつもの私なら子ども相手にと咎めるだろう。
しかし、今回は咎めるわけにはいかない。
子らはフレデリックの鬼の形相に恐れをなして、デクスターに金を貰い、トーマとシュウの傍にいたヒューバートたち護衛騎士を引き離すように頼まれたと自白したのだ。
おそらくデクスターは見ている存在だけだったトーマに似ているシュウを見つけて、この子なら自分のものにできると思ったに違いない。
すぐにでも自分のものにして我々に見せつけてやろうという計算もあるのだろう。
シュウをここから攫い、すぐに我が物にしようとするならば、シュウはこの辺のどこかに連れ込まれているはずだ。
やはりパールを連れてきて正解だった。
パールはフレデリックの声にすぐ反応し、シュウの元へと駆けて行った。
ここは私がいかずともフレデリックがシュウを見つけることだろう。
いや、シュウのことを思えばフレデリックだけが助けに行く方が良いのだ。
私は腕の中で泣いているトーマを抱き寄せながら、ようやく尻尾を出したデクスターへの罰をどうしてやろうかと考えていた。
まだ落ち着かない様子のトーマを連れ、近くにある騎士団の詰所へと向かう。
ヒューバートの部屋を借り、ふたりきりでしばらくトーマを落ち着かせているとようやくトーマの涙も止まったようだ。
「トーマ、大丈夫か?」
「……僕は、大丈夫だけど……柊くんが……」
「大丈夫だ、案ずるな。フレデリックがシュウを助けに行ったから無事に助け出しているはずだ。
それに……シュウにはパールもついているからな」
トーマにパールがシュウが捕らえられた場所に向かって駆けていったことを話してやると、ようやく安堵の表情を見せた。
「トーマ、ああ……其方が無事でよかった」
怖い思いをしているであろうシュウにも、そしてシュウを助け出すために今犯人の元へと乗り込んでいるであろうフレデリックにも心から悪いと思うが、本当にトーマが無事で良かったという気持ちは私の嘘偽りのない気持ちなのだ。
実のところ、シュウの守護石である黒金剛石がフレデリックの耳で危険を知らせていた時、私の耳についているトーマの守護石黒金剛石は何もなかった。
そのことでトーマは無事だと安堵する気持ちもありつつ、もしかしたらという不安な思いも拭えなかった。
だからトーマを城下で見つけた時、心から安堵したのだ。
一方ではシュウが連れ去られ怒りを露わにしているフレデリックに本当に悪いと思いながら……。
シュウはトーマの大事な子であり、私にとっても大事な家族であるというのに……なんでこんな思いを持ってしまうのか自分でも嫌になってしまう。
私は結局自分のことしか考えていない愚か者なのかもしれない。
「アンディー、心配かけてごめんなさい……」
「ああ……トーマはもう私の命をどれだけすり減らしたら気が済むのだ?
トーマが私の元からいなくなってしまったら、私が生きていけないことはわかっているだろう?」
「アンディ……」
トーマへの思いが強すぎてトーマを抱きしめる力が強くなってしまっているが、許してほしい。
それくらい怖かったのだ。
「こうやって柊くんと2人で出かけるのはこれで最後だと思ってた。
あの指輪を一緒に取りに行くことができたらそれを思い出として心に刻んでおこうって。
柊くんの絵が完成したらもう離れ離れになっちゃうから……だから……」
「トーマ……悪かった。其方の気持ちも考えずに……。
そうだな。シュウは其方の大事な子なのだからもう二度と会えなくなるなら思い出が欲しいと思うのも無理はない」
トーマがシュウと出かけることを強行したのはそんな理由があったのか……。
シュウの絵が完成に近づいていることがトーマの気持ちを焦らせたのかもしれないな。
「でも、僕のせいで柊くんを怖い目に合わせちゃった。
僕のせいであっちで辛い思いをさせてしまったっていうのに……こっちにきてからも嫌な思いをさせてしまって……僕は柊くんの父親なのに、ちっともいい父親で居られない」
「トーマ、そんなことはない。シュウはこっちに来て其方と共に過ごす時間が楽しいと言っているとフレデリックが話していたぞ。シュウにとっては其方は間違いなく良い父親であろう。シュウが自分の身体すら顧みず、我々の肖像画を描いているのはどうしてだと思う?」
「えっ……それは……元の世界に戻る、ため?」
「まぁ、それもなくはないだろうが……シュウは、トーマがどれほど素晴らしい人物だったのかそれを後世に伝えようと頑張っているのだと思うぞ。でなければ、寝る間も食事の時間も惜しんであれほどまでに根を詰めて描くはずがなかろう?
元の時代に帰るためだけなら、絵は完成さえすればいいのだからな。シュウにとってトーマは皆に見せびらかしたいくらい良い父親なのだろうな」
私の言葉にトーマはようやく嬉しそうな表情を見せた。
そして、
「アンディー、僕……柊くんのために、そして僕たちのためにも指輪を取りに行く。
アンディー、一緒について来てくれる?」
「ああ。お供しよう」
トーマは拳で涙を拭い、キッと真剣な表情で立ち上がった。
「よし! 行こう、アンディー!」
私はトーマと共に詰所を出て、トーマと共に馬に跨りレイモンドの店へと急いだ。
もちろん、周りには護衛騎士をたくさん配置して。
レイモンドは私たちが2人で取りに来るとは露ほども思っていなかったようでかなり驚いてはいたが、すぐに恭しく豪奢な小箱に入れられた指輪を奥の金庫から持ってきた。
「こちらでございます。どうぞお確かめください」
『緊張して開けられない』というトーマの手を取り一緒に小箱を開けると、そこには美しく輝く指輪が4つ綺麗に並べられていた。
「わぁ……っ」
「これはまた……」
触れるのも烏滸がましいと思ってしまうほど美しいその指輪に見惚れてしまう。
「レイモンド、素晴らしい仕事をしてくれた。礼をいう」
「いいえ。とんでもないことでございます。私にとっても大変幸せな時間でございました」
目を潤ませながらそう言ってくれるレイモンドの言葉に嘘はない。
そう思ってくれる者に神から授かった大切な宝石を預けて良かったと心から思いながら、レイモンドに多めの報酬を渡して足早に城へと帰った。
シュウとフレデリックはつい先ごろ戻ったらしい。
シュウの意識が戻らず医師を呼んだとブルーノから報告を受けた。
トーマはすぐにでもシュウの元へ行きたがったが、目が覚めるまではフレデリックと二人きりにさせておこうというと大人しく部屋で待つことにしたようだ。
あの美しい指輪をシュウとフレデリックの指に早く嵌めてあげたいと思いながら、シュウの意識が戻るのをトーマと二人で待ち続けた。
私の嫌な予感が当たってしまった。
しかもシュウだけが攫われるとは……きっと恐怖に慄いていることだろう。
そしてトーマも目の前でシュウが攫われて心が傷ついているに違いない。
デクスターめっ、あいつ……絶対に許すわけにはいかぬな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
シュウが我々の絵を描くために画室に篭るようになって、如実にトーマの元気がなくなっていった。
それはそうだろう。
一日の終わりにはいつもシュウがいる部屋に行き楽しそうに会話をしていたし、時間のある時には中庭にある東屋で2人でお茶を楽しんでいたり、時折4人で食事をすることもあった。
それがここのところ何もないのだから寂しがって当然だ。
しかし、それが我々の絵を一生懸命描いてくれているが故のことなのだから我儘を言うわけにもいかずトーマも我慢せざるを得ない。
そんな時だった、レイモンドから指輪が出来上がったという報告が届いたのは。
元気がなかったトーマを喜ばせるにはうってつけの話題だ。
トーマにそのことを教えてやると飛び上がるほど喜んでくれた。
あの指輪の完成を待ち侘びていたからな。
しかし、すぐに取りに行きたいと言い出したのは誤算だった。
いや、トーマの気持ちを思えばすぐに取りに行きたいと言い出すことなど考えておくべきだったのだ。
最近元気のなかったトーマを喜ばせることばかり考えていたから、己の予定を調整しておくのを忘れていた。
なんとか私と一緒に行ける日にと話をしている最中に、シュウがフレデリックと共に部屋にやってきた。
そういえばそろそろ下絵が完成すると言っていたな。
タイミングがいいのか悪いのか、シュウは下絵が完成したから少しの間トーマと過ごす時間が欲しいと話をしにきたのだ。
こうなってしまってはトーマを止めることもできない。
結局トーマの訴えに負けてシュウと2人での外出を許してしまったのだ。
この判断がフレデリックとシュウにとって誤りだったことに私はその時はまだ気づいていなかった。
最悪なことにトーマとシュウが外出をするその日に、城下近くの侯爵家で成人祝いのパーティーが行われる予定になっていた。
このパーティーが最大の懸念材料なのだ。
いや、この侯爵家がということではない。
ここに招待されることになっているあいつ……ロマーノ子爵嫡男 デクスター・ロマーノだ。
3年前、トーマが私の伴侶だと皆に披露したとき、トーマを舐め回すように見ていたあいつ。
不愉快極まりなかったが、直接手出しされたわけではないから厳罰に処する事もできずにいた。
いつもトーマの周りをこっそりと見張らせている騎士たちの報告では、トーマが城下に出るたびにどこからともなく現れてただ遠くからじっと見つめているのだという。
どこでどうやってトーマの行動を知っているのかはわからないが、いつもトーマの近くに現れるのだ。
何か手出しするようなことがあればすぐにでも捕まえられるのだが、あいつはなかなか尻尾を出さない。
私のトーマをただ見つめられているだけで不愉快なのだが、それだけでは捕まえられないのが現状だ。
フレデリックにはその話を何度かしたことがある。
シュウがトーマに似ているからもしかしたらという警告を込めて話をしておいたのだが、それが今回は役に立ったのかもしれない。
トーマとシュウが城下へと出かけたという報告があってすぐに大急ぎで仕事を終え、我々も追いかけるように城下へ向かう準備をしていると、突然ドンドンドンと大きな音を立てて扉が叩かれた。
何事かと思い、扉を開けると血相を変えたフレデリックの姿があった。
そして、その耳に飾られたピアスから眩いほどの光が放たれていたのだ。
尋常ではないこの光の強さに、私もすぐにシュウに危険が及んでいることを知った。
私のピアスにはなんの知らせもない。
ということは危険がシュウだけに及んでいるということだ。
とはいえ、シュウに何かあればトーマも正気ではいられないだろう。
すぐにトーマのそばに行ってやらねば。
すぐに城下へ向かおうとするフレデリックにシュウの守護獣であるリンネルを連れていくよう声をかけ、急いで玄関へと向かった。
すでに用意されていた馬に跨り、私のことは見向きもせず城下へと駆け出して行くフレデリックの姿に驚きはしたが、唯一の伴侶が危険な目にあっているとなればそのようになっても致し方ないだろう。
侯爵家でのパーティーのせいで城下は大賑わいになっているが、その中程でフレデリックの馬が止まっている。
その姿を見つけて慌てて近寄れば、フレデリックがトーマに大声で叫んでいる。
周りにシュウの姿が見えないことからきっとフレデリックは混乱してトーマに説明を求めているのだろうが、あの怯えた表情を見れば、今のトーマに説明させることは難しいだろう。
私は慌ててトーマのそばに駆け寄り、声をかけると一瞬安堵した表情を見せてくれた。
フレデリックには悪いが、それだけで私は少し安心したのだ。
ようやくトーマから情報を聞き出し、盗みを働いた子らが何か情報を知っているとわかったフレデリックは子どもの胸ぐらをつかみ大声で捲し立てた。
いつもの私なら子ども相手にと咎めるだろう。
しかし、今回は咎めるわけにはいかない。
子らはフレデリックの鬼の形相に恐れをなして、デクスターに金を貰い、トーマとシュウの傍にいたヒューバートたち護衛騎士を引き離すように頼まれたと自白したのだ。
おそらくデクスターは見ている存在だけだったトーマに似ているシュウを見つけて、この子なら自分のものにできると思ったに違いない。
すぐにでも自分のものにして我々に見せつけてやろうという計算もあるのだろう。
シュウをここから攫い、すぐに我が物にしようとするならば、シュウはこの辺のどこかに連れ込まれているはずだ。
やはりパールを連れてきて正解だった。
パールはフレデリックの声にすぐ反応し、シュウの元へと駆けて行った。
ここは私がいかずともフレデリックがシュウを見つけることだろう。
いや、シュウのことを思えばフレデリックだけが助けに行く方が良いのだ。
私は腕の中で泣いているトーマを抱き寄せながら、ようやく尻尾を出したデクスターへの罰をどうしてやろうかと考えていた。
まだ落ち着かない様子のトーマを連れ、近くにある騎士団の詰所へと向かう。
ヒューバートの部屋を借り、ふたりきりでしばらくトーマを落ち着かせているとようやくトーマの涙も止まったようだ。
「トーマ、大丈夫か?」
「……僕は、大丈夫だけど……柊くんが……」
「大丈夫だ、案ずるな。フレデリックがシュウを助けに行ったから無事に助け出しているはずだ。
それに……シュウにはパールもついているからな」
トーマにパールがシュウが捕らえられた場所に向かって駆けていったことを話してやると、ようやく安堵の表情を見せた。
「トーマ、ああ……其方が無事でよかった」
怖い思いをしているであろうシュウにも、そしてシュウを助け出すために今犯人の元へと乗り込んでいるであろうフレデリックにも心から悪いと思うが、本当にトーマが無事で良かったという気持ちは私の嘘偽りのない気持ちなのだ。
実のところ、シュウの守護石である黒金剛石がフレデリックの耳で危険を知らせていた時、私の耳についているトーマの守護石黒金剛石は何もなかった。
そのことでトーマは無事だと安堵する気持ちもありつつ、もしかしたらという不安な思いも拭えなかった。
だからトーマを城下で見つけた時、心から安堵したのだ。
一方ではシュウが連れ去られ怒りを露わにしているフレデリックに本当に悪いと思いながら……。
シュウはトーマの大事な子であり、私にとっても大事な家族であるというのに……なんでこんな思いを持ってしまうのか自分でも嫌になってしまう。
私は結局自分のことしか考えていない愚か者なのかもしれない。
「アンディー、心配かけてごめんなさい……」
「ああ……トーマはもう私の命をどれだけすり減らしたら気が済むのだ?
トーマが私の元からいなくなってしまったら、私が生きていけないことはわかっているだろう?」
「アンディ……」
トーマへの思いが強すぎてトーマを抱きしめる力が強くなってしまっているが、許してほしい。
それくらい怖かったのだ。
「こうやって柊くんと2人で出かけるのはこれで最後だと思ってた。
あの指輪を一緒に取りに行くことができたらそれを思い出として心に刻んでおこうって。
柊くんの絵が完成したらもう離れ離れになっちゃうから……だから……」
「トーマ……悪かった。其方の気持ちも考えずに……。
そうだな。シュウは其方の大事な子なのだからもう二度と会えなくなるなら思い出が欲しいと思うのも無理はない」
トーマがシュウと出かけることを強行したのはそんな理由があったのか……。
シュウの絵が完成に近づいていることがトーマの気持ちを焦らせたのかもしれないな。
「でも、僕のせいで柊くんを怖い目に合わせちゃった。
僕のせいであっちで辛い思いをさせてしまったっていうのに……こっちにきてからも嫌な思いをさせてしまって……僕は柊くんの父親なのに、ちっともいい父親で居られない」
「トーマ、そんなことはない。シュウはこっちに来て其方と共に過ごす時間が楽しいと言っているとフレデリックが話していたぞ。シュウにとっては其方は間違いなく良い父親であろう。シュウが自分の身体すら顧みず、我々の肖像画を描いているのはどうしてだと思う?」
「えっ……それは……元の世界に戻る、ため?」
「まぁ、それもなくはないだろうが……シュウは、トーマがどれほど素晴らしい人物だったのかそれを後世に伝えようと頑張っているのだと思うぞ。でなければ、寝る間も食事の時間も惜しんであれほどまでに根を詰めて描くはずがなかろう?
元の時代に帰るためだけなら、絵は完成さえすればいいのだからな。シュウにとってトーマは皆に見せびらかしたいくらい良い父親なのだろうな」
私の言葉にトーマはようやく嬉しそうな表情を見せた。
そして、
「アンディー、僕……柊くんのために、そして僕たちのためにも指輪を取りに行く。
アンディー、一緒について来てくれる?」
「ああ。お供しよう」
トーマは拳で涙を拭い、キッと真剣な表情で立ち上がった。
「よし! 行こう、アンディー!」
私はトーマと共に詰所を出て、トーマと共に馬に跨りレイモンドの店へと急いだ。
もちろん、周りには護衛騎士をたくさん配置して。
レイモンドは私たちが2人で取りに来るとは露ほども思っていなかったようでかなり驚いてはいたが、すぐに恭しく豪奢な小箱に入れられた指輪を奥の金庫から持ってきた。
「こちらでございます。どうぞお確かめください」
『緊張して開けられない』というトーマの手を取り一緒に小箱を開けると、そこには美しく輝く指輪が4つ綺麗に並べられていた。
「わぁ……っ」
「これはまた……」
触れるのも烏滸がましいと思ってしまうほど美しいその指輪に見惚れてしまう。
「レイモンド、素晴らしい仕事をしてくれた。礼をいう」
「いいえ。とんでもないことでございます。私にとっても大変幸せな時間でございました」
目を潤ませながらそう言ってくれるレイモンドの言葉に嘘はない。
そう思ってくれる者に神から授かった大切な宝石を預けて良かったと心から思いながら、レイモンドに多めの報酬を渡して足早に城へと帰った。
シュウとフレデリックはつい先ごろ戻ったらしい。
シュウの意識が戻らず医師を呼んだとブルーノから報告を受けた。
トーマはすぐにでもシュウの元へ行きたがったが、目が覚めるまではフレデリックと二人きりにさせておこうというと大人しく部屋で待つことにしたようだ。
あの美しい指輪をシュウとフレデリックの指に早く嵌めてあげたいと思いながら、シュウの意識が戻るのをトーマと二人で待ち続けた。
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