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第四章 (王城 過去編)

フレッド   32※

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シュウが肖像画の絵師に決まったのはレナゼリシアへの視察旅行中のことだった。
そう、グラシュリンのあの森の小川で私の似顔絵をシュウに描いてもらって確信したのだ。
あの時、あの歴代の国王しか入れない場所に飾ってあったアンドリュー王とトーマ王妃の肖像画はシュウによって描かれたものだったということを。

それがわかってからシュウはしばらく悩んでいたが、最後にはシュウは自分で肖像画を描くことを自分自身で決断した。
その決断でこの世界から離れることになっても、せっかく会えた唯一の肉親であるトーマ王妃と別れることになっても、それでも私と共に元の時代に帰ることを選択してくれたのだ。
アンドリュー王とトーマ王妃に全てを話し、シュウを肖像画の絵師に認めていただいた。

視察旅行を終え、城で我々を待っていたのは大量の書類の山。
終わりの見えないその政務の数々に追われ、宰相カーティスに肖像画の絵師が決まったことを伝え忘れていたのが、今回の騒ぎの発端だったと言える。

肖像画の絵師を滞りなく決めるためには前もって打診しておくのは当然のことだ。
そして、打診されたら期待してしまうのも無理はない。
ギーゲル画伯ならば誰に聞いても選ばれて当然だと思うだろうし、本人もそう思ったに違いない。
なんと言っても、このオランディアの国王と王妃の肖像画を描くなんてことはとんでもない栄誉だ。
画家として打診されたことだけでも飛び上がるほど嬉しかったことだろう。

あの日、カーティスにシュウが絵師に決まったことを話し、カーティスは慌てて肖像画の絵師が正式に決定した旨を伝えたらしい。
打診された以上、なぜ自分が選ばれなかったのか、そして誰が肖像画の絵師に決まったかは知りたいと思うのが人間の性というものだろう。

しかし、その者が名前も聞いたことのない無名の画家だと聞かされれば怒るのも無理はない。

処罰されるのも顧みず、城下にやってきた国王に直談判しようと思うほど、追い詰められていたのかもしれない。

結果的にはギーゲル画伯が直談判しにきてくれてよかったと言えるだろう。
シュウの絵を見てなぜ自分が選ばれなかったのか納得してもらえたことで、ギーゲル画伯は王家へ不信感を抱くことも無くなったはずだ。
シュウのあの絵がギーゲル画伯の心を癒したのだ。

ギーゲル画伯は乗り込んできた時の勢いも忘れて和やかな雰囲気に戻った時、シュウは突然思いも寄らないことを口にしたのだ。

あのカフェで歓談後、そろそろ店を出ようかとなった時……

「あの、ギーゲル画伯……」

「はい、奥方さま。何かございましたか?」

「あの、突然こんなお願いなんて図々しいと思いますが、もし良かったら……私に絵を描くのを教えてもらえませんか?」

「えっ??」

シュウの言葉にギーゲル画伯だけではなく、私もアンドリュー王も驚いた。

感情のままに描くシュウの絵と、見たまま全てを写し描くギーゲル画伯の絵は全く違う。
今更何を習うことがあるのだと思ったが、続けられたシュウの言葉に私たちは皆、納得せざるを得なかった。

シュウが今までに描いて見せた絵はどれも画帳ほどの大きさしかない。
対して肖像画は数十倍はあるだろう。
それだけ大きさが変われば、描き方も変わることだろう。

ギーゲル画伯はもう数十枚も肖像画を描いたという実績がある。

肖像画を描くうえで誰に聞くよりも一番適切な人物だといえる。

そのことに気付いたから、

「ギーゲル画伯。良かったらシュウの絵の師として登城してくださらぬか?」

と頼むと、アンドリュー王も一緒に『頼む』と口添えをしてくれたのだ。

国王直々に頼むと言われて断るものはいないだろう。
ギーゲル画伯は『私でよければ喜んでお伺いいたします』と言ってくれたのだった。

城に戻り、シュウはトーマ王妃と話をすると言って、
『王と王妃の間』へと入っていった。

アンドリュー王はシュウとトーマ王妃の邪魔はしたくないと言って、我々の部屋へとやってきた。

執務室で2人になることはよくあるが、お互いに仕事を片付けることに没頭しているし特に気まずい思いなどすることはないが、こうやって部屋に2人となると話は別だ。

レナゼリシアでの視察旅行で一緒の馬車に乗って過ごした時のことを思い出す。

「陛下。何かお飲みになりますか?」

「いや、今はいい。あまり気を遣うな」

「は、はい」

気を遣うなと言われてもやはり2人でいると緊張してしまうのは仕方ない。
今頃、シュウはトーマ王妃との楽しい時間を過ごしているのだろうか。
きっと城下で買ったお土産を肴に楽しい会話を繰り広げているのだろう。
私は何を話そうかそれすら悩んでしまうというのに……。

アンドリュー王は今、何を考えているのだろうな。


「アルフレッド、少し話をしないか?」

「は、はい。喜んで」

近くでないと話がしにくいと言われ、アンドリュー王の向かいに腰を下ろした。

じっくりと顔を見れば見るほど自分とよく似ている顔立ちだと思う。
私よりは少し年上のアンドリュー王の姿に、自分の数年先を見ているようなそんな気がしてくる。

同じような顔立ちで生まれながら、育った環境は全く違うものだったが、シュウがアンドリュー王とトーマ王妃、そしてパールの肖像画を描き上げ、無事に元の時代に戻ることができたとしたら、おそらく私が知っているあの時代とは随分と状況が変わっていることだろうな。

この時代から我々のいた数百年後のオランディアで唯一変わってしまった美醜感覚だけ元に戻したとしても、政略結婚の多い王家の婚姻相手にはさほど影響がないことを考えると、これから先の国王、王妃には変わりはないと言える。

ということは、元の時代に戻った時、多少の時間軸のズレがあったとしても、私に兄・アレクがいることは間違いないのではないかと思っている。
茶色の髪と瞳を持つアレクは私の知っている世界では見目麗しい美男子という位置付けだったが、戻った先はどのようになっているのかと少し楽しみでもある。

アンドリュー王の顔を見つめながら、そんなことをつらつらと思っているとアンドリュー王がゆっくりと口を開いた。

「シュウの描く絵は何かとてつもなく惹きつけられるものがあるな」

アンドリュー王にもシュウの絵の魅力に取り憑かれたようだ。

「シュウの絵は素人目には確かに上手だ。しかし技術的に見れば、ギーゲル画伯や、もう1人のオランディアの巨匠・ユーラ画伯の足元にも及ばぬ。それは誰が見ても一目瞭然だろう。しかしながら、シュウの絵をギーゲル画伯が見て納得したのは、あれが目に見えたものをそのまま描いたのではなく、見えないもの・・・・・・までを描いていたからだろう。
シュウの絵は心の奥底を描いているからこそ、見た人を感動させ納得させるのだな」

「なるほど、その通りでございます。シュウの絵は見るものの心を震わせます」

あの時シュウの絵を見たギーゲル画伯は涙を流していた。
シュウの絵に描かれていたアンドリュー王の素顔に心を掴まれたのではないかと思っている。

「其方たちのいた時代は、全ての人を髪色や瞳の色といった見た目だけで判断し、誰も中身を見るものなどいなかったのだろう。だから其方が蔑まれ、傷つけられた。しかし、心が美しいものをより美しく見せるシュウの絵が存在することで、其方たちのいた時代は跡形もなく消え失せるはずだ。アルフレッド……いや、フレデリック、シュウの功績を決して忘れてはならぬぞ。シュウを傷つけるようなことがあれば、私もトーマもどんな手を使ってでも其方を罰しにいく。それだけは肝に銘じておくように」

アンドリュー王の射抜くような鋭い眼光にこの言葉が決して冗談でないことを知る。
神に愛されたシュウと、そして、同じように神に愛されたトーマ王妃。
その2人を傷つけるようなことがあればアンドリュー王のいう通り間違いなく私は罰を受けることだろう。
それはこの数百年の時など軽く飛び越えて……。

しかし、そんなことは心配無用だ。

私がシュウを裏切り、傷つけることなどこの世界が滅びようとも起こりうるはずがない。
それほどまでに私はシュウを愛しているのだ。

「陛下のご心配には及びませぬ。私がシュウを傷つけることなど、陛下がトーマ王妃を手に掛けるのと同様に起こりうるはずがございません。私の命はシュウと共にあるのです。シュウが笑顔で命を終えたとき、私もその命を断ちましょう」

われがトーマを手に掛けるとな? ははっ。なるほど。それは有り得ぬな。いい例えだ。
シュウのことをよろしく頼むぞ」

「はっ。陛下とトーマ王妃の分まで一生慈しみ、愛し続けます」

「其方の気持ちが聞けて今日は有意義であったな。では、そろそろ部屋に戻るとするか。
シュウもそろそろ戻ってくることだろう」

アンドリュー王は満足そうにそういうと、にこやかな笑顔で部屋を出ていった。


部屋の外でシュウの声が聞こえたような気がした。
おそらく今出て行ったアンドリュー王と会い、立ち話でもしているのだろう。

私の狭量な心は今すぐにでもシュウとアンドリュー王との間に割り込んで2人きりの話を遮りたいと訴えているが、私は必死にそれを押さえつけた。

シュウが他の者に全く靡くことがないという自信と、そして、何よりアンドリュー王が大切な伴侶であるトーマ王妃の息子であるシュウに邪な気持ちなど持っていないことを知っているからだ。

どちらに対してもほんの少しの立ち話も我慢できぬような男だと思われるのは嫌だ。
私はただシュウが私の元へ帰ってくるのを大人しく待っていれば良い。

しばらくソファーに座って待っていると、アンドリュー王との話を終えたシュウが部屋へと入ってきた。

何やら嬉しそうな笑顔を見せているのがものすごく気になる。
そんなにもアンドリュー王との話が楽しかったのだろうか。

根掘り葉掘り聞くのは男として不甲斐ないと思いながらも、シュウの笑顔があまりにも可愛くてそんな笑顔をアンドリュー王に見せていたのかと思うとたまらなく不安になってしまった。

結局私はシュウに笑顔の理由を聞いてしまったのだ。
すると、シュウはアンドリュー王とトーマ王妃がいつも仲良しなのが嬉しいのだと答えた。
おそらく、先ほどのアンドリュー王との会話で惚気でも聞かされたのだろうか。

なんだ、よかったという安堵の思いで、『私とシュウも仲良しだぞ』とシュウの唇に自分のそれを重ね合わせた。

本当はもっと深い口付けを送りたかったが、そのまま我慢できなくなると思い優しく重ね合わせるだけの口付けで留めておいたのだが、シュウから突然、

「フレッド……いつでもこうやってちゅーしてね。
ぼく、フレッドのキス……大好きだよ」

という甘い言葉を囁かれ、そして、そのままシュウに口付けを送られ、私の理性はあっという間に打ち砕かれた。

そのままシュウを抱きかかえ、寝室へと連れていきシュウの服を取り去った。
どこに触れても敏感で、どこを舐めても甘いシュウの身体に誘われるように私たちはそれから数時間、私もシュウも何度も何度も蜜を溢し、寝室中が甘い蜜の香りがいっぱいになるほど、甘く濃密なときを過ごした。

「ねぇ、フレッド……」

お互い裸のまま少しウトウトしかけた頃、シュウから声をかけられた。

「んっ? どうした? 何か飲むか?」

「ううん。そうじゃない。ふふっ。ぼく、幸せだなって……」

そう言って私の胸元に擦り寄ってくるシュウの可愛さにまた愚息が昂りそうになるのを必死に抑えながら、

「私も幸せだ。こうやってシュウが一番近い場所にいてくれるのだからな」

というと、シュウは嬉しそうに抱きついてきた。

ああ、シュウの絹のように滑らかな肌が私の肌に吸い付いてくるようで心地良い。
甘やかな匂いに誘われてものすごく嬉しいのだがあまり煽られると困る……。
これ以上無理をさせてシュウが体調を崩すようなことがあれば、確実に私は3人から責め立てられるのは間違いない。

私はシュウに抱きつかれたまま、愚息の昂りを大人しくさせるのに神経を集中させているとシュウは安心しきったような笑顔でそのまま眠りについた。

私はシュウが眠ったことに安堵しつつ、なんとか耐えきった愚息に頑張ったなと誉めずにはいられなかった。

その日から2週間。
シュウの元に何度か足を運ぶギーゲル画伯の姿があった。

私が常にシュウについててやれれば良いのだが、アンドリュー王の政務作業を任されていることもあっておいそれと執務室を抜け出すわけにもいかない。

しかも、絵に詳しくない私がシュウの傍にいたとて邪魔にしかならない。
とはいえ、老人と呼ばれる年齢であるギーゲル画伯であってもシュウと2人きりで画室で過ごさせるわけにはいかない。

というわけで私はギーゲル画伯が登城することが決定してからすぐにアンドリュー王にあるお願いをすることにしたのだ。

「陛下。お願いがございます」

「珍しいな、アルフレッドが私に願いとは……なんだ?」

「ギーゲル画伯が登城した際には、シュウの傍にヒューバートを護衛として付けていただきたいのです」

「ふふっ。そんなことだろうと思っておったぞ」

「えっ? と、言いますと?」

「トーマにも言われたのだ。其方がシュウとギーゲル画伯が画室に2人きりになるのは許さんだろうとな。
まぁ、私が其方の立場でも同じことを思うだろうとわかっていたから、ヒューバートにはもうその旨を指示しておるぞ」

ニヤリと笑いながらそう言われて、私は顔から火が出る思いだった。
それほどまでに私の考えを見抜かれているとは……。
恥ずかしくてたまらなかったのだが、これでシュウとギーゲル画伯を2人きりにさせることがないと思うと緊張が解けていく思いがした。


「シュウは今日も画室か?」

「はい。最近はほぼ毎日画室に足を運んでおりますが、今日はギーゲル画伯が来られる日ですので、今頃は絵を習っている頃かと」

「そうか。だからか」

「はっ? 何か?」

「いや、今朝から心ここにあらずといった様子だったのでな。其方の様子を見れば、ギーゲル画伯がいつくるのかすぐにわかる」

まさか、アンドリュー王に気づかれるほど浮き足立っていたとは……。
自分の狭量さを露呈しているようで少し恥ずかしい。

「シュウはあれほどの大きさの絵を描いたことがないのであろう?」

「そうですね。故郷でもそこの絵ほどの大きさが最大だと申しておりましたので」

私は執務室に掛けられた絵を指して答えると、

「ならば尚のこと、肖像画を仕上げるのは大変だろう。
シュウはそれをわかっていたからこそ、ギーゲル画伯に教えを請うたのだろうな」

と納得したように呟いた。

「其方の時代のギーゲル画伯がどんな風に語り継がれているかはわからんが、少なくともシュウとのこの時間でギーゲル画伯のこれからの作風に影響を与えることは間違いない。それはこのオランディアの美術史にとっては革命的な変化かも知れぬ。しかし、それは負になることはないだろう。シュウとの関わりはきっとギーゲル画伯にとっても素晴らしい時間になるはずだ」

「はい。そうであればとても喜ばしいことです」

「ふふっ。ならば、もう少し気を落ち着かせることだな。
アルフレッド、其方はギーゲル画伯のことを少し心配しすぎだ。
ギーゲル画伯にとっては孫ほどの歳だぞ、シュウは」

アンドリュー王はそう笑って私を嗜めた。

それはわかっているのだ。
しかし、シュウは人を狂わせるほど愛らしい。
ほんの少しの隙があれば、いとも簡単に入り込み心がシュウでいっぱいになってしまう。
ギーゲル画伯がそうとは言わないが、可能性がないとは言い切れない。
本当ならばアンドリュー王のようにもう少しどっしりと構えていたいのだが……自分の狭量さにただただ呆れるばかりだ。

もうすぐ今日の政務処理が終わろうかという頃、突然執務室の扉が叩かれた。

「珍しいな、何事だ?」

アンドリュー王の不思議そうな声に、『誰だ?』と扉の外に声をかけると、

「ヒューバートでございます。シュウさまをお連れいたしました」

という思いもかけない言葉が続いた。

『えっ?』
今、シュウと言ったか? と驚きつつすぐに扉を開けると、そこには愛しい愛しいシュウの姿があった。

シュウの急な訪問に驚き、『何かあったのか?』と問いかけると、シュウは可愛らしい笑顔を浮かべて私とアンドリュー王に話があってやってきたのだと返した。

もうすぐ今日の仕事も終わり部屋で会えるのに、わざわざここに来て話をする……一体どんな話なのか気になって仕方がない。

シュウを急いで執務室の中に入れ、ヒューバートにお礼を言って帰らせようとするとシュウもまたヒューバートに案内のお礼を言っていた。

そう、私はシュウのこういう礼儀正しいところが好きなのだ。
もちろん、全てが好きなのに間違いはないが。

ヒューバートはシュウにお礼を言われて少し顔を赤らめながら部屋を出ていった。
ヒューバートめ……シュウに少し想いを持っているのではあるまいな?
後でお仕置きでもしたほうがいいか?

まぁとりあえず今のところはいい。
シュウの手を取り、ソファーに座らせると私もピッタリと寄り添うように腰を下ろした。

ギーゲル画伯との間に何か困ったことでもあったのだろうか?
わざわざ私たちに話をしにくるほどのことが起こったとでもいうのか?

シュウが何を言い出すのか心配していると、シュウの口から出てきたのは思いも寄らない話だった。

聞けば、ギーゲル画伯が私たちとアンドリュー王、トーマ王妃の4人が揃った絵を描いてくれるのだという。
その許しが欲しいということだったのだが、シュウの瞳は許可してくれるでしょう? と言わんばかりに訴えかけている。

その訴えかける瞳の強さに私もアンドリュー王も思わず笑みが溢れた。

「なんで笑うの~?」

急に笑い出した私たちのことをシュウは不思議そうに見ていたが、本人にはそんな意識がなかったのだろうか?

瞳が必死に訴えかけていたぞと教えてやると、シュウは恥ずかしそうに両目を手で覆い隠した。
シュウの綺麗な漆黒の瞳が隠されるのが嫌で、

「ほら隠さないでお前の可愛い瞳を見せてくれ」

と耳元で囁くと、シュウはおずおずと両手を離した。

私もアンドリュー王もギーゲル画伯の提案が嬉しい、素晴らしい贈り物をもらえるなんて喜ばしいことだというとシュウは安堵の表情を見せた。

一つ気になるのは、ギーゲル画伯がなぜ我々4人の絵を描くという提案をしてくれたのかということだ。
シュウは話をしていたらその流れでそんな提案を出してくれたのだと言っていたが、きっと違う理由があるに違いない。

シュウはそのことを隠しているようだったが、もしかしたらギーゲル画伯に我々の秘密を話したのだろうか?
シュウの態度を見る限りそんなことはないと思うが、気になることをそのままにしてはおけない性分なのだ。
後でこっそりとギーゲル画伯に尋ねてみるとするか。


「よし。私が直接ギーゲル画伯に頼むとしよう」

「いいんですか?」

「ああ。ちょうど今日の仕事も終わったところだ。皆で一緒に話をしに行くとしよう」

そんなアンドリュー王の計らいで我々は3人揃ってヒューバートと共に画室へと向かった。

部屋に入ると、ギーゲル画伯はブルーノと歓談の最中だったようだ。
そういえば、この2人はそこまで年も変わらないはずだから話が弾むのも当然といえば当然か。

ギーゲル画伯はアンドリュー王の突然の来訪に驚き、椅子を倒しそうなほどの勢いで立ち上がった。
ブルーノは我々が来ることを想定していたのか、あまり驚いていないように見えた。
それならばギーゲル画伯にもそう話伝えておけば良いのにと思うが、それもまたブルーノの愉快なところだと言えるかもしれない。
きっと、アンドリュー王が『そのままで良い』というのを見越してのことだったのだろう。

思った通り、アンドリュー王はギーゲル画伯の行動に不敬だと怒るどころか、『そのままで良い』と優しく声をかけ、私が画室の椅子に座るよう勧めるとなんの躊躇いもなく腰を下ろした。
アンドリュー王にとっては豪華な椅子も画室の素朴な椅子も大して変わりはないようだ。

アンドリュー王が腰を下ろしたのを見て安堵したギーゲル画伯に、アンドリュー王はすぐに声をかけた。

「其方の提案……我々4人の絵を描いてくれるという提案、あれはまことか?」

その言葉にギーゲル画伯は一瞬顔を強ばらせたのは、勝手な提案にアンドリュー王が怒っているとでも思ったのだろう。

「私、ギーゲルの画家人生の集大成として国王さまと王妃さま、そしてアルフレッドさまと奥方さまの絵姿を描かせていただきとうございます。お許しいただけますでしょうか?」

少し震える声で頭を下げるギーゲル画伯に、アンドリュー王は我々4人の思いを話してくれた。
この数ヶ月、この城でアンドリュー王とトーマ王妃と過ごした日々を思い出として残しておきたいと思っていたのだ。
それをオランディアの巨匠であるギーゲル画伯に描いてもらえるのはとても喜ばしいことだ。
これ以上の贈り物はないだろう。

アンドリュー王が改めてギーゲル画伯に絵を描いてほしいと頼むと、ギーゲル画伯は満面の笑みで受け入れてくれた。

これは私にとっても、シュウにとってもかけがえのない宝物になることだろう。

それからしばらくの間、ギーゲル画伯は登城し、我々のさまざまな表情を描いては大切に持ち帰った。
我々に渡される絵はギーゲル画伯のアトリエで描かれているようでどのような絵が完成するのか今からとても楽しみだ。

あるとき、政務書類確認のために書庫へと向かっている最中、中庭でトーマ王妃の絵を描いているギーゲル画伯に出会った。
シュウは近くにはいない。
今日は別行動をしているようだ。

「ギーゲル画伯。おひとりですか?」

声をかけたが絵に集中していたギーゲル画伯は気づいていないようだ。

『画伯』と声をかけ肩を叩くと身体をビクリと震わせてこちらを振り向いた。

「ああ、驚かせて申し訳ない」

「いえ、アルフレッドさま。私こそ気づきませんで申し訳ございません」

「あの、少し話でもどうでしょう?」

「はい。喜んで」

ギーゲル画伯はさっと片付けをすると、一緒に東屋の方へと向かった。

「絵の進捗状況は如何ですかな?」

「はい。おかげさまで筆の進みも早く、思ったよりも早くお渡しできそうでございます」

「そうか。ならば、よかった」

「アルフレッドさま、そんなことよりもお聞きになりたいことがあるのではないですか?」

ふっ、そうか。ギーゲル画伯にはなんでもお見通しというわけだな。

「実はそうなのだ。ギーゲル画伯が我々4人の絵を描いてくれるようになった経緯いきさつが知りたくてな」

「やはりそのことでございますか……。ふふっ。トーマ王妃には内緒にと口止めをされましたが、アルフレッドさまには言われておりませんので、まぁ、これからお話しすることはこの爺の独り言だと思ってお聞きくだされ」

「ふふっ。ああ、わかった。そうしよう」

それからギーゲル画伯はあの日のシュウのとの話を語り始めた。

平民であるにも関わらず、公爵である私の傍にいるという決断をしたシュウはどうすれば私の役に立てるのかを悩んでいたのだという。
故郷では勉学に勤しむこともままならずとても満足のいく生活はしてこなかったと言っていた。
そのシュウが突然公爵夫人としてあのサヴァンスタックの領地を守り、そして、領民の母として生きていくことを決意するには余程の覚悟があったに違いない。
そんな重圧から逃げ出そうともせず、それどころか私の役に立つことだけを考えていたシュウは、あるときトーマ王妃に弱音を漏らしたのだそうだ。

すると、トーマ王妃は
『シュウは知識が足りないだけなのだ。知識は努力で補うことができる』と言葉をかけてくれたらしい。
その言葉に感銘を受けたシュウはより一層の努力をすることにした。

「奥方さまのそのお話に私はいたく感動しましてな、王妃さまと奥方さまの絆というか結びつきの強さを絵に描きたくなったのでございます。そして、できることならそれぞれのご伴侶さまである陛下とアルフレッドさまがご一緒のところを描かせていただきたいと申し出たのでございます」

「シュウがそんなことを……」

「はい。アルフレッドさまは素晴らしいご伴侶さまを娶られて幸せでございますな」

「ああ。そうだな。私には勿体無いくらいだ」

「ふふっ。おふたりは2人でひとつ。どちらが欠けても幸せにはなりませぬぞ」

ギーゲル画伯の言葉に私はとびきりの笑顔で返した。
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