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第四章 (王城 過去編)
花村 柊 29−1
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「王妃さまは元々お美しい方でいらっしゃいますけど、女性の格好をされたら本当に女神さまのようで驚きました」
「そうだろう。トーマは私の女神だからな」
「ふふっ。本当に。私たち自信をなくしてしまいますわ」
「いやいや、其方たちも……まぁトーマには負けるが相手は女神だから仕方あるまい」
「ふふっ。そうでございますね。女神さまですものね」
「それに、こちらのお方もお美しくて……お二人が並んでいらっしゃると神々しくて溜息しか出ませんわ」
「ああ。私の伴侶こそ神の愛し子だからな。トーマ王妃はともかく、私の伴侶より美しいものなど存在し得ないぞ」
「まぁ、ふふっ。本当に」
アンドリューさまとフレッドの突然の登場に怯えていた彼女たちだったけれど、誤解も解けて、今はこのカフェの個室で和やかにお茶の時間を過ごしている。
何故か、アンドリューさまとフレッドと盛り上がっている。
しかもぼくたちの話で……。
なんだろう、この連帯感。
変な感じだ。
ぼくはお父さんと2人で少し離れた場所から4人を眺めながらお茶をしている。
「ねぇ、アン。なんだかあの4人、意気投合しちゃってるね」
「だね。でも……」
「んっ?」
「彼女たち、楽しそうで良かった。ほら、見て。
笑顔が自然に出てるし、きっと前に進んでいける。ねっ」
うん。そうだ、彼女たちはあの事件以来、ずっと辛い思いをしてきたはず。
婚約者さんたちが離れていって、家族からも腫れ物に触るような態度で接されて笑顔なんて忘れてしまっていたかもしれない。
彼女たちのあの笑顔を見られただけで、今日は良い一日になったな。
うん。本当にそう思うんだけど……。
ぼくたちの話をしているとはいえ、可愛らしい彼女たちと仲良さそうに話しているのは、なんとなくモヤッとしてしまう。
なんだろう、この気持ち。
お父さんはすごいよね……アンドリューさまがあんなに楽しそうに話をしていても、良かったって思えるなんて……。
さすが、王妃さまだよね。
歴史が変わって、美醜感覚が今のままでぼくたちのいた世界に戻ったら、きっとフレッドは今のアンドリューさまと同じようにいろんな人にキャーキャー言われるような存在になるんだろうな。
もしかしたら、ぼくなんかよりもっと綺麗な人がフレッドの前に現れるかもしれない。
彼女たちのような可愛らしい人と仲良さそうに喋っているのを見て、お父さんのように素直に良かったなんて思えるんだろうか?
フレッドはぼくだけを愛してくれるって誓ってくれたから、それを信じればいいんだけど……フレッドの瞳がぼくじゃない方を向いているだけで少し不安になってしまうのは、ぼくに自信がないからなのかもしれないな……。
あーあ、早く指輪が欲しいな。
フレッドと……そして、お父さんやアンドリューさまとずっと繋がっていられるあの指輪が。
そうしたら少しは自信がつきそうな気がする。
「リカ、どうしたの?」
「えっ? ううん、何もないよ」
「そう? さっきからずっと左手の薬指をさすってるから気になって」
指輪が欲しいと思っていたから無意識に触ってしまっていたみたいだ。
「……指輪が……指輪が早く欲しいなって思ってただけ……」
そう呟くと、お父さんはじっとぼくを見つめていた。
そして、急に
「アンディー、そろそろ帰ろう。少し疲れちゃった」
と声を上げた。
「おお、そうか? ならば、帰るとしよう」
アンドリューさまはあれだけ盛り上がっていた話をあっという間に切り上げすぐに腰を上げて、お父さんのそばに駆け寄ってきた。
「其方たちも遅くなる前に帰った方がいい。騎士たちに送ってもらいなさい」
彼女たちにそう声をかけて、部屋の扉を開けるとヒューバートさんを呼んだ。
「シュウ、私たちも帰ろう」
やっとフレッドの瞳がぼくの方を向いたと思ったらなんだかすごく嬉しくなって、ぼくはつい、
「ねぇ、フレッド。抱っこして」
とねだってしまっていた。
フレッドは一瞬、茫然としていたけれどすぐにハッとしてぼくを優しく抱き上げてくれた。
ああ、フレッドだ。フレッドの匂いがする。
フレッドがぼくを抱きしめてくれているんだ。
そうか、ぼくは寂しかったんだ。
フレッドの意識が自分に向いていないことが寂しかったんだって、今、はっきりとわかった。
フレッドの長い腕に包み込まれてさっきまでのモヤモヤとした気持ちが一気に晴れていくのを感じていた。
「陛下、こちらをどうぞ」
ヒューバートさんから手渡されていたのは、綺麗に整えられた青色のウィッグ。
そうか、アンドリューさまも変装してきたんだ。
ふふっ。お父さんと同じ髪色選ぶなんて、アンドリューさまも可愛いところあるなぁ。
アンドリューさまはそれを受け取りながら
「ヒューバート、さっきは悪かったな」
と声をかけていた。
ヒューバートさんは『いえ、とんでもございません』とにこやかに笑っていた。
そして『お手伝い致しましょう』とアンドリューさまの頭にそのウィッグを手際よくつけると、綺麗に整えてあげていた。
その手早い動きは思わず『わぁっ』と感嘆してしまうほど鮮やかだった。
髪色を変えてもとんでもないオーラを放っているアンドリューさまに街の人たちは釘付けになっているけれど、お揃いの青色のウィッグをつけたお父さんとアンドリューさまは満足げに人の目を気にすることもなく手を繋いで歩いている。
お互いしか見えてないんだな、きっと。
でも、街の人たちもみんな誰も圧倒されて目立ってはいるけど逆に近づいてこられないみたいだからいいか。
ぼくの方はといえば、店を出てしばらくしてもフレッドはぼくを抱きかかえたまま歩いている。
確かにぼくがねだったんだけど、街の人たちの視線がすごく突き刺さってきて、ある意味お父さんたちより目立ってきている。
ゔぅーーっ、なんだかものすごく恥ずかしくなってきた。
だって、隣を歩くお父さんとアンドリューさまは普通に歩いているのにぼくだけ抱きかかえられているのはやっぱりね……。
「あ、あのフレッド……もう下ろしてくれていいよ」
「いや、せっかく『リカ』にねだられたのだから、城に着くまでそれでいいだろう。
『アレク』もそう思われるでしょう?」
「えっ? アレク?」
アレクってフレッドのお兄さんの名前じゃなかったっけ?
お父さんも『アレク』と呼ばれていることが気になったのか不思議そうにアンドリューさまを見つめると、アンドリューさまは少し照れた様子で
「今日はトーマと同じく変装してきたのでな、外で『陛下』と呼ばれたら意味がないだろう?
だから、アルフレッドの兄君の名前を拝借したのだ」
「ふふっ。そうだったんだ。僕も『アン』って名前にしたんだよ」
「『アン』? それは私の名からか?」
「うん。そうだよ」
「そうか、『アン』……トーマによく似合ってる」
「ふふっ。ありがとう。『アレク』も似合ってるよ」
嬉しそうなお父さんたちを見て微笑ましく思いながら、ぼくはもう一度フレッドにお願いした。
「フレッドと一緒に歩きたいから下ろして欲しいな」
「そうか? ならば、そうしよう」
フレッドは一瞬驚いた表情をしていたけれど、すぐに笑顔になりぼくをゆっくりと下ろしてくれた。
視線が遠くなってしまったのは少し寂しかったけど、でもフレッドの腕を絡めて組んで歩けるのは楽しい。
見上げるとフレッドがぼくを蕩けるような瞳で見つめていた。
さっきの彼女たちにも笑顔を見せていたフレッドだったけれど、そこまでの感情は全然感じられなかった。
そうか……やっぱりぼくは特別だと思ってくれてるんだ。
それがわかって、ぼくはフレッドの腕にぎゅっとしがみついて
「フレッド、だぁーい好き」
というと、フレッドはぴたりとその場に止まった。
「えっ?」
フレッドの行動に驚いて思わず声を上げると、フレッドはさっきの蕩けるような甘い瞳から一転、獣のように獰猛でギラギラとした瞳でぼくを見ていた。
「ど、どうしたの? フレッド、顔が怖いよ」
「シュウはまだ男心がよくわかっていないようだな」
「えっ?」
「陛下、トーマ王妃。申し訳ありませんが先に失礼いたします」
フレッドはそう告げるやいなや、さっき下ろしたばかりのぼくをサッと抱きかかえてものすごいスピードでお城へと戻っていった。
「フレッド? 一体どうしたの?」
抱きかかえられながら何度もそう尋ねたけれど、フレッドはその質問に答えることもなくそのまま玄関へと進んでいった。
「アルフレッドさま、どうかなされたのですか? アンドリューさまとトーマさまはどちらに?」
「今から部屋に篭る。誰も近づけさせるな」
「えっ? どうなされたのですか?」
玄関へ迎えに出ていたブルーノさんに早口でそう捲し立てると、ブルーノさんをその場に置き去りにしてぼくを抱きかかえたまますぐに部屋へと入った。
そして、後ろ手にカチャリと扉の鍵をしめそのまま寝室へと向かった。
「シュウ、いいか?」
フレッドの瞳がまだ獰猛な獣のようにギラギラとしている。
ベッドに下ろされて、そのまま押し倒されてしまっていたけれど、
「えっ? ちょ、ちょっと待って」
フレッドの変貌ぶりがあまりも怖すぎて渾身の力で両手で必死に制すると、フレッドは少し眉を顰めながらも止まってくれた。
「なんだ?」
「フレッド……なんだかすごく、怖い……それに無理やりは、いやだ……」
いつものフレッドと違いすぎてそれがちょっと怖く思えて涙を浮かべながら必死にそう伝えると、フレッドはハッとした表情で
「……すまなかった」
と一言小さくつぶやいた。
そして、ゆっくりとぼくから身体を離した。
「シュウ、もう怖がらせることはしない。少し話そう」
「うん」
さっきの獣のようにギラギラとした瞳が、今はいつもの優しくて穏やかな瞳に変わっていた。
よかった。これならちゃんと話せそうだ。
「手を差し伸べても?」
「うん。ありがとう」
フレッドにゆっくりと抱き起こされて、隣同士座るとフレッドは何かいいたげにチラチラとぼくを見ていた。
「いいよ、なんでも話そう」
「シュウ……その、まだ怒ってるか? 私が嫌になったのではないか?」
「ううん。怒ってないよ。さっきは……少し怖かっただけ。ぼくがフレッドを嫌になんてなるはずがないよ」
そういうとフレッドはホッとした表情を見せた。
「フレッド……でも、なんで急にあんな怖い顔になっちゃったの?」
「怖がらせるつもりはなかったんだが……その、シュウがあまりにも可愛いことばかり言うものだから抑えが効かなくなってしまったんだ」
「えっ? 可愛いこと?」
「ああ。シュウはわかっていないだろうが、愛する者に人前で抱っこしてほしいと強請られたり、大好きなどど言われたら、それはもう、すぐにでも押し倒して、その……愛を育みたいと思うものだ」
「あ、愛を育むって……そ、そうなんだ……」
なんか真剣な顔してそんなこと言われたら恥ずかしくなってきちゃうな。
顔が熱くなってきちゃった。ふー。
「私とて陛下とトーマ王妃の手前、必死に理性を保とうと思ったのだが、シュウの可愛さが飛び抜けていたのでな。
我慢などできるはずがなかろう? シュウが人前であんなに可愛らしく愛の言葉を告げてくれたのだぞ」
あのとき、フレッドがぼくに向けてくれた笑顔がぼくのことを特別だって言ってくれてるようですごく嬉しかったんだ。
だから『大好き』って言葉が自然に出ちゃったんだよね。
あの言葉に嘘は全くないけど、あれがフレッドの理性を崩壊させちゃうだなんて思いもしなかった。
「あのね、ぼく、あのカフェにいるとき少しモヤモヤしてたんだ」
「モヤモヤ? どういうことだ?」
「フレッドがあの子たちとずっと楽しそうにお話ししてて、いつもぼくに向いているフレッドの笑顔をあの子たちに取られちゃったなって思ったら、なんかモヤモヤして悲しくなっちゃったんだ。アンドリューさまのあの考えがうまくいって、ぼくたちが戻る世界がここと同じ美醜感覚になっていたら、ああやってフレッドが綺麗な女の子たちと笑顔でお話ししているのを見ないといけないんだなって、そんなこと考えちゃって……」
「シュウ……」
俯きながら、あのとき思ったことをフレッドに伝えていると、だんだん自分が嫌になってきた。
ああ、ぼくって心が狭いな……。
フレッドは公爵さまだし、元の世界に戻ったら社交界とか出て大切なお付き合いとかもしないといけなくなるのに……もっと心を広く持たないとフレッドの伴侶としてやっていけるわけないのに。
ぼく、あっちに帰ってちゃんとやれるのかな……そう思ってたんだ。
「でもね、フレッドと一緒に歩いていたとき、フレッドがむけてくれた笑顔があの子たちにむけている笑顔と全然違うことに気づいたんだ。ぼくは特別なんだってわかってすごく嬉しくて……それで……わぁっ!」
「シュウ!!!」
「えっ? フレッド、どうしたの?」
「これ以上話すのはやめてくれ。我慢できなくなる!」
困りながらも満面の笑みでぼくを抱きしめてくるフレッドの姿にぼくは訳がわからなかった。
「どういうこと?」
「私はな、今日シュウたちがいたカフェに乗り込んだとき大きな勘違いをしていたんだ。
一緒にいるのが男だと思い込んで、頭に血が上っていた。
カフェでシュウの姿を見つけたら今度は女性と抱き合っていた。
シュウの身体にあの子の香りがほんのりとついているだけで実ははらわたの煮え繰り返る思いをしていた」
やっぱり……。
だからあんなに怒ってたんだ。
「それが全て勘違いだとわかって、安堵してしまったんだ。
最初はあの子たちと話すことで事件の傷が少しでも癒えればいい。
その思いだけだったが初めて陛下とトーマ王妃以外にシュウのことを惚気ることができて、すっかり舞い上がってしまっていたのは私の落ち度だ。それがシュウを傷つけてしまっていたことに気づかないとは……本当に申し訳ない……。
それなのに自分が特別だとわかって嬉しかっただなんて……シュウはどこまで私を喜ばせるつもりなんだ?」
「フレッド……」
「ああ……シュウ、優しくするからどうか頼む。今すぐにシュウと交わりたい」
そんな直球で言われて断れるわけなんてない。
ぼくはいつだってフレッドと深く繋がりたいって思っているのに……。
ぼくが小さく頷くと、フレッドは優しくベッドに押し倒した。
「そうだろう。トーマは私の女神だからな」
「ふふっ。本当に。私たち自信をなくしてしまいますわ」
「いやいや、其方たちも……まぁトーマには負けるが相手は女神だから仕方あるまい」
「ふふっ。そうでございますね。女神さまですものね」
「それに、こちらのお方もお美しくて……お二人が並んでいらっしゃると神々しくて溜息しか出ませんわ」
「ああ。私の伴侶こそ神の愛し子だからな。トーマ王妃はともかく、私の伴侶より美しいものなど存在し得ないぞ」
「まぁ、ふふっ。本当に」
アンドリューさまとフレッドの突然の登場に怯えていた彼女たちだったけれど、誤解も解けて、今はこのカフェの個室で和やかにお茶の時間を過ごしている。
何故か、アンドリューさまとフレッドと盛り上がっている。
しかもぼくたちの話で……。
なんだろう、この連帯感。
変な感じだ。
ぼくはお父さんと2人で少し離れた場所から4人を眺めながらお茶をしている。
「ねぇ、アン。なんだかあの4人、意気投合しちゃってるね」
「だね。でも……」
「んっ?」
「彼女たち、楽しそうで良かった。ほら、見て。
笑顔が自然に出てるし、きっと前に進んでいける。ねっ」
うん。そうだ、彼女たちはあの事件以来、ずっと辛い思いをしてきたはず。
婚約者さんたちが離れていって、家族からも腫れ物に触るような態度で接されて笑顔なんて忘れてしまっていたかもしれない。
彼女たちのあの笑顔を見られただけで、今日は良い一日になったな。
うん。本当にそう思うんだけど……。
ぼくたちの話をしているとはいえ、可愛らしい彼女たちと仲良さそうに話しているのは、なんとなくモヤッとしてしまう。
なんだろう、この気持ち。
お父さんはすごいよね……アンドリューさまがあんなに楽しそうに話をしていても、良かったって思えるなんて……。
さすが、王妃さまだよね。
歴史が変わって、美醜感覚が今のままでぼくたちのいた世界に戻ったら、きっとフレッドは今のアンドリューさまと同じようにいろんな人にキャーキャー言われるような存在になるんだろうな。
もしかしたら、ぼくなんかよりもっと綺麗な人がフレッドの前に現れるかもしれない。
彼女たちのような可愛らしい人と仲良さそうに喋っているのを見て、お父さんのように素直に良かったなんて思えるんだろうか?
フレッドはぼくだけを愛してくれるって誓ってくれたから、それを信じればいいんだけど……フレッドの瞳がぼくじゃない方を向いているだけで少し不安になってしまうのは、ぼくに自信がないからなのかもしれないな……。
あーあ、早く指輪が欲しいな。
フレッドと……そして、お父さんやアンドリューさまとずっと繋がっていられるあの指輪が。
そうしたら少しは自信がつきそうな気がする。
「リカ、どうしたの?」
「えっ? ううん、何もないよ」
「そう? さっきからずっと左手の薬指をさすってるから気になって」
指輪が欲しいと思っていたから無意識に触ってしまっていたみたいだ。
「……指輪が……指輪が早く欲しいなって思ってただけ……」
そう呟くと、お父さんはじっとぼくを見つめていた。
そして、急に
「アンディー、そろそろ帰ろう。少し疲れちゃった」
と声を上げた。
「おお、そうか? ならば、帰るとしよう」
アンドリューさまはあれだけ盛り上がっていた話をあっという間に切り上げすぐに腰を上げて、お父さんのそばに駆け寄ってきた。
「其方たちも遅くなる前に帰った方がいい。騎士たちに送ってもらいなさい」
彼女たちにそう声をかけて、部屋の扉を開けるとヒューバートさんを呼んだ。
「シュウ、私たちも帰ろう」
やっとフレッドの瞳がぼくの方を向いたと思ったらなんだかすごく嬉しくなって、ぼくはつい、
「ねぇ、フレッド。抱っこして」
とねだってしまっていた。
フレッドは一瞬、茫然としていたけれどすぐにハッとしてぼくを優しく抱き上げてくれた。
ああ、フレッドだ。フレッドの匂いがする。
フレッドがぼくを抱きしめてくれているんだ。
そうか、ぼくは寂しかったんだ。
フレッドの意識が自分に向いていないことが寂しかったんだって、今、はっきりとわかった。
フレッドの長い腕に包み込まれてさっきまでのモヤモヤとした気持ちが一気に晴れていくのを感じていた。
「陛下、こちらをどうぞ」
ヒューバートさんから手渡されていたのは、綺麗に整えられた青色のウィッグ。
そうか、アンドリューさまも変装してきたんだ。
ふふっ。お父さんと同じ髪色選ぶなんて、アンドリューさまも可愛いところあるなぁ。
アンドリューさまはそれを受け取りながら
「ヒューバート、さっきは悪かったな」
と声をかけていた。
ヒューバートさんは『いえ、とんでもございません』とにこやかに笑っていた。
そして『お手伝い致しましょう』とアンドリューさまの頭にそのウィッグを手際よくつけると、綺麗に整えてあげていた。
その手早い動きは思わず『わぁっ』と感嘆してしまうほど鮮やかだった。
髪色を変えてもとんでもないオーラを放っているアンドリューさまに街の人たちは釘付けになっているけれど、お揃いの青色のウィッグをつけたお父さんとアンドリューさまは満足げに人の目を気にすることもなく手を繋いで歩いている。
お互いしか見えてないんだな、きっと。
でも、街の人たちもみんな誰も圧倒されて目立ってはいるけど逆に近づいてこられないみたいだからいいか。
ぼくの方はといえば、店を出てしばらくしてもフレッドはぼくを抱きかかえたまま歩いている。
確かにぼくがねだったんだけど、街の人たちの視線がすごく突き刺さってきて、ある意味お父さんたちより目立ってきている。
ゔぅーーっ、なんだかものすごく恥ずかしくなってきた。
だって、隣を歩くお父さんとアンドリューさまは普通に歩いているのにぼくだけ抱きかかえられているのはやっぱりね……。
「あ、あのフレッド……もう下ろしてくれていいよ」
「いや、せっかく『リカ』にねだられたのだから、城に着くまでそれでいいだろう。
『アレク』もそう思われるでしょう?」
「えっ? アレク?」
アレクってフレッドのお兄さんの名前じゃなかったっけ?
お父さんも『アレク』と呼ばれていることが気になったのか不思議そうにアンドリューさまを見つめると、アンドリューさまは少し照れた様子で
「今日はトーマと同じく変装してきたのでな、外で『陛下』と呼ばれたら意味がないだろう?
だから、アルフレッドの兄君の名前を拝借したのだ」
「ふふっ。そうだったんだ。僕も『アン』って名前にしたんだよ」
「『アン』? それは私の名からか?」
「うん。そうだよ」
「そうか、『アン』……トーマによく似合ってる」
「ふふっ。ありがとう。『アレク』も似合ってるよ」
嬉しそうなお父さんたちを見て微笑ましく思いながら、ぼくはもう一度フレッドにお願いした。
「フレッドと一緒に歩きたいから下ろして欲しいな」
「そうか? ならば、そうしよう」
フレッドは一瞬驚いた表情をしていたけれど、すぐに笑顔になりぼくをゆっくりと下ろしてくれた。
視線が遠くなってしまったのは少し寂しかったけど、でもフレッドの腕を絡めて組んで歩けるのは楽しい。
見上げるとフレッドがぼくを蕩けるような瞳で見つめていた。
さっきの彼女たちにも笑顔を見せていたフレッドだったけれど、そこまでの感情は全然感じられなかった。
そうか……やっぱりぼくは特別だと思ってくれてるんだ。
それがわかって、ぼくはフレッドの腕にぎゅっとしがみついて
「フレッド、だぁーい好き」
というと、フレッドはぴたりとその場に止まった。
「えっ?」
フレッドの行動に驚いて思わず声を上げると、フレッドはさっきの蕩けるような甘い瞳から一転、獣のように獰猛でギラギラとした瞳でぼくを見ていた。
「ど、どうしたの? フレッド、顔が怖いよ」
「シュウはまだ男心がよくわかっていないようだな」
「えっ?」
「陛下、トーマ王妃。申し訳ありませんが先に失礼いたします」
フレッドはそう告げるやいなや、さっき下ろしたばかりのぼくをサッと抱きかかえてものすごいスピードでお城へと戻っていった。
「フレッド? 一体どうしたの?」
抱きかかえられながら何度もそう尋ねたけれど、フレッドはその質問に答えることもなくそのまま玄関へと進んでいった。
「アルフレッドさま、どうかなされたのですか? アンドリューさまとトーマさまはどちらに?」
「今から部屋に篭る。誰も近づけさせるな」
「えっ? どうなされたのですか?」
玄関へ迎えに出ていたブルーノさんに早口でそう捲し立てると、ブルーノさんをその場に置き去りにしてぼくを抱きかかえたまますぐに部屋へと入った。
そして、後ろ手にカチャリと扉の鍵をしめそのまま寝室へと向かった。
「シュウ、いいか?」
フレッドの瞳がまだ獰猛な獣のようにギラギラとしている。
ベッドに下ろされて、そのまま押し倒されてしまっていたけれど、
「えっ? ちょ、ちょっと待って」
フレッドの変貌ぶりがあまりも怖すぎて渾身の力で両手で必死に制すると、フレッドは少し眉を顰めながらも止まってくれた。
「なんだ?」
「フレッド……なんだかすごく、怖い……それに無理やりは、いやだ……」
いつものフレッドと違いすぎてそれがちょっと怖く思えて涙を浮かべながら必死にそう伝えると、フレッドはハッとした表情で
「……すまなかった」
と一言小さくつぶやいた。
そして、ゆっくりとぼくから身体を離した。
「シュウ、もう怖がらせることはしない。少し話そう」
「うん」
さっきの獣のようにギラギラとした瞳が、今はいつもの優しくて穏やかな瞳に変わっていた。
よかった。これならちゃんと話せそうだ。
「手を差し伸べても?」
「うん。ありがとう」
フレッドにゆっくりと抱き起こされて、隣同士座るとフレッドは何かいいたげにチラチラとぼくを見ていた。
「いいよ、なんでも話そう」
「シュウ……その、まだ怒ってるか? 私が嫌になったのではないか?」
「ううん。怒ってないよ。さっきは……少し怖かっただけ。ぼくがフレッドを嫌になんてなるはずがないよ」
そういうとフレッドはホッとした表情を見せた。
「フレッド……でも、なんで急にあんな怖い顔になっちゃったの?」
「怖がらせるつもりはなかったんだが……その、シュウがあまりにも可愛いことばかり言うものだから抑えが効かなくなってしまったんだ」
「えっ? 可愛いこと?」
「ああ。シュウはわかっていないだろうが、愛する者に人前で抱っこしてほしいと強請られたり、大好きなどど言われたら、それはもう、すぐにでも押し倒して、その……愛を育みたいと思うものだ」
「あ、愛を育むって……そ、そうなんだ……」
なんか真剣な顔してそんなこと言われたら恥ずかしくなってきちゃうな。
顔が熱くなってきちゃった。ふー。
「私とて陛下とトーマ王妃の手前、必死に理性を保とうと思ったのだが、シュウの可愛さが飛び抜けていたのでな。
我慢などできるはずがなかろう? シュウが人前であんなに可愛らしく愛の言葉を告げてくれたのだぞ」
あのとき、フレッドがぼくに向けてくれた笑顔がぼくのことを特別だって言ってくれてるようですごく嬉しかったんだ。
だから『大好き』って言葉が自然に出ちゃったんだよね。
あの言葉に嘘は全くないけど、あれがフレッドの理性を崩壊させちゃうだなんて思いもしなかった。
「あのね、ぼく、あのカフェにいるとき少しモヤモヤしてたんだ」
「モヤモヤ? どういうことだ?」
「フレッドがあの子たちとずっと楽しそうにお話ししてて、いつもぼくに向いているフレッドの笑顔をあの子たちに取られちゃったなって思ったら、なんかモヤモヤして悲しくなっちゃったんだ。アンドリューさまのあの考えがうまくいって、ぼくたちが戻る世界がここと同じ美醜感覚になっていたら、ああやってフレッドが綺麗な女の子たちと笑顔でお話ししているのを見ないといけないんだなって、そんなこと考えちゃって……」
「シュウ……」
俯きながら、あのとき思ったことをフレッドに伝えていると、だんだん自分が嫌になってきた。
ああ、ぼくって心が狭いな……。
フレッドは公爵さまだし、元の世界に戻ったら社交界とか出て大切なお付き合いとかもしないといけなくなるのに……もっと心を広く持たないとフレッドの伴侶としてやっていけるわけないのに。
ぼく、あっちに帰ってちゃんとやれるのかな……そう思ってたんだ。
「でもね、フレッドと一緒に歩いていたとき、フレッドがむけてくれた笑顔があの子たちにむけている笑顔と全然違うことに気づいたんだ。ぼくは特別なんだってわかってすごく嬉しくて……それで……わぁっ!」
「シュウ!!!」
「えっ? フレッド、どうしたの?」
「これ以上話すのはやめてくれ。我慢できなくなる!」
困りながらも満面の笑みでぼくを抱きしめてくるフレッドの姿にぼくは訳がわからなかった。
「どういうこと?」
「私はな、今日シュウたちがいたカフェに乗り込んだとき大きな勘違いをしていたんだ。
一緒にいるのが男だと思い込んで、頭に血が上っていた。
カフェでシュウの姿を見つけたら今度は女性と抱き合っていた。
シュウの身体にあの子の香りがほんのりとついているだけで実ははらわたの煮え繰り返る思いをしていた」
やっぱり……。
だからあんなに怒ってたんだ。
「それが全て勘違いだとわかって、安堵してしまったんだ。
最初はあの子たちと話すことで事件の傷が少しでも癒えればいい。
その思いだけだったが初めて陛下とトーマ王妃以外にシュウのことを惚気ることができて、すっかり舞い上がってしまっていたのは私の落ち度だ。それがシュウを傷つけてしまっていたことに気づかないとは……本当に申し訳ない……。
それなのに自分が特別だとわかって嬉しかっただなんて……シュウはどこまで私を喜ばせるつもりなんだ?」
「フレッド……」
「ああ……シュウ、優しくするからどうか頼む。今すぐにシュウと交わりたい」
そんな直球で言われて断れるわけなんてない。
ぼくはいつだってフレッドと深く繋がりたいって思っているのに……。
ぼくが小さく頷くと、フレッドは優しくベッドに押し倒した。
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『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
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