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第四章 (王城 過去編)

フレッド   28−2

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アンドリュー王は騎士たちに『近くを歩くな、周りから目立たぬようについて歩け』と指示を出した。
なので、城下を歩く我々のそばには誰もいない。
しかし、思っていた通りアンドリュー王から放たれる独特のあの厳かな雰囲気は誰が見ても一般人ではあり得ない。
いや、高位貴族が束になってでもアンドリュー王に敵うものなど、いはしないだろう。
その近寄りがたいほどの空気に誰も声はかけてくることはないが、視線は痛いほど感じる。

十中八九アンドリュー王の変装だと気づかれているだろうな……。

まぁ、今日はトーマ王妃もあの美しい姿で城下に出ているのだから、聡い者ならば国王と王妃の休暇だと理解しているだろう。
そうだとしたらわざわざ邪魔しに来るものなどはいないだろうな。

「ほら、やはり誰にも気づかれていない。この変装で正解だったな」

そう満足げに話すアンドリュー王にはこのまま何も言わないでおこう。
いつも国王として周囲の目に晒されているのだから、今日くらいは一般人になりきっているアンドリュー王を見るのも悪くはない。

「陛下。我々はどちらへ向かいましょうか?」

「そうだな……っと。アルフレッド、陛下はやめてくれ。せっかく変装した意味がないではないか」

「ですが、そうするとなんてお呼びしたらよろしいのですか?」

「うむ、そうだな……。そうだ、其方の兄君の名前はなんであった?」

「えっ? 兄、でございますか? アレクサンダーと申します」

「ふむ、それなら……私の城下での名は『アレク』にしよう。顔も似ていることだし、其方の兄ということで良かろう」

にっこりと笑うアンドリュー王の姿に、兄の姿が重なった。
決して容貌が似ているわけではない。
アレクは濃い茶色の瞳と髪色を持ち、身長もアンドリュー王より随分と低かった。
我々のいた時代の美しさを全て兼ね備えたようなそんな兄だった。

幼い頃から人々の嫌悪の視線に晒されながら生きてきた私にとっては、神に愛された色を持ち見目麗しいアレクは手の届かない雲の上のような存在だった。
皆、アレクと私を見るたびに意味の違うため息を吐き、そして、最後にはアレクが兄でよかった、オランディアは安泰だと溢すのだ。

その度に私はいつも悲観していた。
なぜこのような髪色に、瞳に生まれたのかと……。
神に愛されない色を持って生まれてきたために私は蔑まれながら生きてきたのだ。

そんな状況の中、唯一温かな手を差し伸べてくれたのは兄・アレクだった。
両親さえも私のことを疎んじていたが、アレクはいつでも優しかった。
私が王位継承権を放棄したいと言ったときも私の気持ちを率先して理解して、公爵の地位とあのサヴァンスタックの領地を与えてくれたのだ。
あんなに見目麗しく、いつも比較されていた兄を嫌いになれなかったのは、アレクがいつでも公平に優しく私の本質を見てくれていたからだろう。

自分を兄だと言ってくれたアンドリュー王の笑顔に、いつも優しかったアレクの姿を思い出した。

ああ。私はこの世界でも優しく頼り甲斐のある兄を持つことができたのだ。

「あ、兄と思ってよろしいのですか?」

「ああ。其方とはもう気心の知れた仲だ。それに私の子孫ならば、兄で間違いはなかろう?」

ニヤリと笑みを浮かべるアンドリュー王の姿に、私は『ありがとうございます』とお礼を言うのが精一杯だった。

「さぁ、アルフレッド。トーマたちを迎えに行こう」

「はい。『アレク』」

嬉しさのあまり少し涙声でそう答えると、アンドリュー王は優しげな表情で私の肩をポンポンと叩いた。


「トーマたちがいるとすれば、レイモンドの店か?」

「そうですね……」

足早にレイモンドの店へと向かうアンドリュー王についていきながら、私は自分のピアスを頼んだ日のことを思い出していた。
レイモンドは神より授かった石を小さく割ることはしない方がいいと言っていた。
だから、少し形を整えるくらいの最低限度の研磨でピアスの留め具を付けるだけだと。

今回の4つの指輪にする金剛石ダイヤモンドの方はともかく、アンドリュー王とトーマ王妃の耳を飾る
黒金剛石ブラックダイヤモンド藍玉アクアマリンも我々と同じくピアス用に形を整え、留め具を付けるだけだろう。
あの時は確か……

「そういえば、我々の時は1時間ほどでピアスはできておりましたから、今回もそれくらいで完成したとすると……
2人が出掛けていった時間を考えれば……そうですね、もうレイモンドの店は出ているかもしれませんね」

私の言葉にアンドリュー王は少し眉を顰めた。

「だとすると、トーマはどこかでお茶でもしようとシュウを誘うだろう。
あの2人が人気のカフェでお茶を飲んでいたら……まずいな。アルフレッド、急ぐぞ」

アンドリュー王の心配する通り、あの美しい姿で2人でお茶を飲んでいたら、とんでもなく目を引くことは間違いない。
いくら治安の良い城下とはいえ、奴等・・のような例もある。
自分のことをわかっていないような馬鹿な奴がシュウとトーマ王妃に声をかけることなどないとはいえない。

別に声をかけられるくらいいいだろう、あの美しい2人を前にして声をかけない方がおかしいのだ。
それが人のさがというものだ、それくらい許してやれと思うかもしれない。

しかし、声をかけられることすら許したくないほど、私の心は狭量なのだ。
シュウのあの美しい漆黒の瞳が私以外の者を映すことが許せないのだ。

すぐにシュウの元へ行かなければ……。
私のシュウがおかしな輩の目に止まってしまう前に。

何かシュウの行き先の手がかりになるものがあるかもしれないと早足で歩きながらも周りの声を注意して聞いていると、広場でたむろしている女性たちの声が耳に入ってきた。

『さっきの綺麗な子たち、見た?』
『うん、見た、見た』
『すっごく美人だったよね』
『騎士団長さまが護衛についていらっしゃったから、きっと高位貴族の方々ね』
『あぁ、本当に美しい方たちだったわ~』
『ほんとに……。あぁ、目の保養をさせていただいたわぁ』
『あんな美しい人がこの世に存在するなんて……信じられないわよね』

うっとりとした声で話す彼女たちの話題はやはりシュウとトーマ王妃のことだろう。
ヒューバートのことも言っていたからまず間違いない。
今のところ、特に問題はなさそうか?
少し安堵していると、アンドリュー王が

「アルフレッド、そういえばトーマが昨日カフェの話をしていたから2人で行っているとすればきっとその店だ」

とトーマ王妃の行き先を思い出した様子だ。

「では、そちらに向かいましょう」

その場所に向かって歩き始めようとしたところで

『ねぇ、でも後からきた方たちも貴族の方でしょう?』
『ああ、あの帽子を深く被っていた方たち?』
『そうそう。あの方たちはよくお顔が見えなかったけれど、あの美しい方たちに寄り添ってくっついていらっしゃって……羨ましいなんて思っちゃったわ』
『すごく仲よさそうに見えたわ~』
『ふふっ。そうね。今頃カフェで何をしていらっしゃるのかしら?』
『本当羨ましい~!』

という女性たちの言葉が続け様に飛び込んできた。

シュウとトーマ王妃に寄り添ってくっついて……だと?
それに貴族のだと言っていたか?
その上、今、カフェで一緒に??

あの女性たちが見たシュウはどう考えても嫌がっているようには感じられなかった。
とすれば、シュウは自らの意思で貴族のと向かい合って楽しくお茶をしているとでもいうのか?

声をかけられるだけでも許せるはずもないのに、寄り添ってカフェに行き仲良くお茶など許せるはずがないだろう!
頭の中が嫉妬の炎でどんどん燃え上がっていくのを感じる。

ふと前を見ると、アンドリュー王もまた藍玉の瞳の奥に嫉妬の炎が見えた。

「アルフレッド、行くぞ!」

私の方を見向きもせずに一目散にそのカフェへと駆け出すアンドリュー王に、返事など返す余裕もなく後を追うようにそのカフェへと向かった。

「アルフレッド、2人がいるのはここだ」

シュウの好きそうな紅茶の店だ。
ここで貴族のと……。

嫉妬の炎はだんだんと怒りへと変わってきた。
それがシュウに対してなのか、それともシュウを連れ去ったその男に対してなのか……いや、おそらくどちらにもだろう。
ふつふつと沸き上がるその思いを胸に店の扉を開けた。

「へ、陛下? その御髪はどうされたのですか? アルフレッドさまもなぜこちらへ?」

奥の部屋へと続く廊下の入り口に立っていたヒューバートが驚いた表情で我々の元へ駆け寄ってくる。

「ここにトーマたちがいると聞いてきたから迎えにきたんだ」

「お前がそこに立っていたということはシュウはその部屋にいるのだろう?」

奥には扉が一つしか見えないということはシュウたちがそこにいることは間違いない。
ヒューバートを押し退け奥へ行こうとすると

「しょ、少々お待ちください。今、中に入るのはいけません」

我々の前に立ちはだかり必死で止めようとするヒューバートに怒りが込み上げてくる。
あれだけ守るように念を押したというのに、シュウたちが貴族のと楽しい時間を過ごしているのを見逃している上に、我々を中に入れないとはどういう了見なのだ!
この隙にそいつらを逃がしているのではあるまいな?

「なにっ? ヒューバート、お前! 誰に物を言っているのだ?」

「申し訳ございません。ですが……」

怒りで顔を真っ赤にし、青色のかずらを床に叩きつけるアンドリュー王を目の当たりにしながら、それでも必死に止めようとするヒューバートに私は

「そこをどけっ!」

と思いっきり突き飛ばし、シュウたちがいるであろう奥の部屋の扉を乱暴に開け放った。

『きゃーっ』という叫び声と共に私の目に飛び込んできたのは、女性と抱き合うシュウの姿。
なんだ? 男はどこに行った?
やはりあの時間稼ぎの間に男を逃したのか?
そうまでして守ってやるというのか?

「お前たち、ここで何をしているんだ?」

威圧感のある恐ろしく低い声にシュウとトーマ王妃の身体がビクリと震えたのがわかった。
やはり悪いことをしているという意識はあるのだろう。

我々を前に何も答えず、ただ女性と抱き合ったままの姿で私を見つめるシュウを許すことができずに
『なぜ抱き合っているのだ?』と問いかけると、シュウは驚いたように腕の中に閉じ込めていた女性に目をやった。

それでも手放そうとしない姿に怒り以上の何かが込み上げてくる。

シュウたちと共にいる女性たちはこの部屋に突然やってきたのがアンドリュー王だということに気づき、半ばパニックになっているようだが、今はあの女性たちはどうでもいい。

感情に任せて怒鳴りつけようと思っていたその矢先、

「ちょっと、フレッド落ち着いてっ!! ぼくたちの話を聞いてっ!!」

シュウが大声で叫び出した。

するとトーマ王妃も後に続くように

「アンディーも落ち着いてっ!! これ以上彼女たちを怯えさせないで!」

とシュウに負けない大声をあげ、その勢いの強さに私の怒りも一瞬怯んでしまった。
シュウがあんな大声を出したのを見たのは初めてかもしれない。

驚きのままに隣に立つアンドリュー王に目を向けると、アンドリュー王は先ほどまでの殺気に満ちた瞳が一体どこに消えてしまったのかと思うほどに穏やかな眼差しでシュウたちと共にいる女性たちに目を向けていた。

そして、今のこの状態を全てを理解したとでもいうように私に『落ち着け、大丈夫だ』と優しい声をかけてくれたのだ。
その落ち着いた声に私が考えていたことが全て勘違いだったと悟った。

部屋の扉に立ち、ことの成り行きを固唾を飲んで見守っていたヒューバートにアンドリュー王が『この部屋を少し借りる』と声をかけ扉を閉めさせた。

そして、ゆっくりと女性たちに向き直り、トーマ王妃とシュウから離れるように頼むと、女性たちは慌てて離れていった。

アンドリュー王は『うむ』と納得した様子でトーマ王妃の元へ近づき、手慣れた動きで抱きかかえソファーに腰を下ろした。
私もシュウを抱きかかえてソファーに腰を下ろすと、シュウからはほんの少しいつもとは違う匂いが香ってきて、あの女性の匂いがついたのかとほんの少し割り切れない感情が芽生えた。

シュウに匂いをつけたあの女性は結局何者なのだ?
そちらに視線を向けるとおどおどとした様子でこちらを見ていた。

伯爵令嬢であるという2人にアンドリュー王自ら、申し訳ないと頭を下げた瞬間、彼女たちがどういう者か理解した。

彼女たちはあの例の事件・・・・の被害者だったのだ。

奴等が捕まった後、被害者たちのものへ送られた報告書にはシュウたちに関することは青髪と金髪の美しい少女だと記載されていた。
彼女たちはその小さな手がかりだけで偶然にも今日シュウたちと城下で出会い話をすることになったのだろう。

あの時広場で話していた女性たちの話をよく思い出してみれば、

――『ねぇ、でも後からきた方たちも貴族の方でしょう?』
  『ああ、あの帽子を深く被っていた方たち?』
  『そうそう。あの方たちはよくお顔が見えなかったけれど、あの美しい方たちに寄り添ってくっついていらっしゃって……』

だとは一言も話していなかった。
私の聞き間違いか。
いや、聞き間違いというよりは勝手にそう思い込んでいただけだったのだ。

そのせいでシュウはもちろん、あの被害者の女性たちも驚かせ、怯えさせ申し訳ないことをしてしまった。

アンドリュー王自らの謝罪に彼女たちは途轍もない驚きと衝撃を受けた様子だったが、
アンドリュー王が彼女たちのためにできる限りのことをすると約束すると彼女たちは嬉しそうに綺麗な涙を流していた。


「それはそうと、この今の状況はなんなのだ?」

アンドリュー王がトーマ王妃にそう問いかけると、トーマ王妃はこれまでの出来事を話して聞かせてくれた。
やはり、彼女たちはお礼を言うためにシュウたちを探していたのだ。

それにしても彼女たちの執念には驚かされる。
平民と思っていたのかもしれないが、いつ会えるともわからないシュウたちをずっと探していたとは……。
それほどまでにシュウたちへの想いは強かったのだろう。

全ての誤解が解け、彼女たちも少し落ち着いた頃、

「あの、彼女たちは一体……?」

と恐る恐る尋ねてきた。

突然現れた陛下に当然のように抱きかかえられている女性の正体が気になるのは仕方ないことだろう。
と言うより、やはりトーマ王妃は自分の正体を告げていなかったのだ。

「この子は私の愛するトーマだ」

そう教えた瞬間、彼女たちの目が落ちてしまいそうなほど大きく見開いた。

トーマ王妃はトーマ王妃で自分が女装しているということが彼女たちに露見し、
『恥ずかしい!!』とアンドリュー王の胸元を叩いている。

とはいえ、トーマ王妃の可愛らしい力ではアンドリュー王にとっては痛くも痒くもないだろうが……。

国王と王妃のそんな可愛らしいじゃれあいを、私とシュウも、そして彼女たちも微笑ましく眺めていた。
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