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第四章 (王城 過去編)
フレッド 26−1※
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あれだけトーマ王妃とアンドリュー王の帰宅を待っていたというのに、トーマ王妃の声を聞いた途端、シュウは表情を曇らせた。
顔では必死に笑顔を作ろうとしているが無理をしているのがわかる。
涙を堪えながら、2人を出迎えたシュウを見て、トーマ王妃もシュウの様子がおかしいことに気づいたらしい。
さすが父親だ、シュウの異変にすぐに反応するのだな。
シュウが必死にトーマ王妃に話そうとしているのは、おそらく今日私と2人で決めたことだ。
シュウが2人の肖像画を描き、それを鍵にして元の世界に戻るという決断をしたこと。
実際にそれで帰れるかどうかは未知数ではあるが、おそらくこの推測に間違いはないのではないかと私は思っている。
シュウは私との未来を選び、そのことを伝える選択をしたのだが、トーマ王妃を前にその決心が鈍ってしまったのだろう。
これから先まだ話せる機会はやってくる。
ここは一度シュウの不安定な気持ちを落ち着かせてやることが伴侶としての務めだろう。
震えるシュウの傍に寄り添い抱きしめながら、トーマ王妃に話を明日にしてほしいと頼むと、トーマ王妃はシュウの心配をしているようだった。
このやりとりを見ていたアンドリュー王は明日馬車にシュウとトーマ王妃で乗り、話す時間を作れば良いと提案してくれたのだ。
私もアンドリュー王に直接話したいと思っていたからちょうどよかったという言葉が適切かはわからないが、ここはアンドリュー王の提案に皆が賛成した。
そして、シュウの様子を心配しながら、トーマ王妃はアンドリュー王と共に部屋に戻っていった。
2人っきりになった部屋はしんと静まり返っていたが、シュウを寝室に誘うと、
『うん、連れてって』と先ほどより少し落ち着いた声が聞こえた。
シュウをベッドに寝かせ、私も隣に横たわった。
瞳の奥が寂しそうでシュウを抱き締めると、シュウは私の胸元に擦り寄ってきた。
きっと心寂しいのだろう。
「シュウ……トーマ王妃の顔を見て心が揺れたか?」
これだけは言ってはいけないと、心の中で押しとどめていたものがつい漏れてしまった。
私の言葉に驚くシュウに追い打ちをかけるように
「元の世界に帰りたくなくなったか?」
と尋ねてしまった。
『そうじゃない』と言ってくれるシュウに
「いや、シュウがそう思ってしまっても仕方がないと思ってる。
肉親との別れはそう簡単に割り切れるものではないからな」
と告げると、シュウは少し考え込んだ様子で私を見つめていた。
私が父上や母上と別れた時と、シュウの今の状況を同様に考えてはいけないな。
特にシュウはこの世界に来て初めて父親の愛を受けたのだから、それを手放すことが辛いというのは痛いほどわかる。
このままシュウがやっぱりこの世界にいたいと言い出してもそれはしょうがないと思おう。
そう思っていると、シュウは
「フレッド……ごめんね。さっきはなんだか感情が昂っちゃって。
でもね、さっき決めたことに迷いなんか何もないよ。明日はちゃんとお父さんに話ができるから!」
とさっきの悲しげな表情から一転、目に強いものがみなぎっている。
シュウにはくれぐれも無理するなと言ったが、シュウは
『ありがとう』と言って嬉しそうに抱きついてきた。
シュウの温もりが、甘い香りが心地良い。
「ああ……フレッドの匂い、やっぱり好きだ……」
「えっ……?」
シュウは爆弾のような言葉を投下したまま、すやすやと眠りの世界に旅立っていった。
私はシュウの言葉で一気に昂った愚息はその発射をいつかいつかと楽しみにしているようだ。
しかし、シュウはぐっすりと眠り込んでいる。
眠っているシュウをこっそり……という考えがよぎったが、ついこの前勝手に1人でしないでと言われたばかりだ。
今日勝手にしては優しいシュウも流石に怒るかもしれない。
1人で処理するか……と起きあがろうとするが、シュウの腕にしっかりと抱き込まれて抜け出せそうにない。
抱きついているシュウからは私を誘う甘やかな匂いが漂ってくる。
結局シュウの腕を無理やり外すこともできず、悶々としたまま一晩を過ごすことになったのだった。
シュウは時折、私の胸元の匂いを嗅いでは微笑んだり、頬を擦り寄せては艶かしい吐息を漏らしたり……と本当は起きていて私を誘っているのではとさえ思わせる素振りを見せたまま、長い夜が明けた。
シュウの少し体温が上がってきているようだから、そろそろ目を覚ます頃だろうか。
そんなことを思っていると、『ううーん』と可愛らしい声をあげ、シュウがパチリと目を開けた。
寝起きだからか漆黒の瞳が潤んでいてとても魅惑的だ。
ああ、今日のシュウも可愛いな。
じっと見つめていると、不意にシュウが顔をあげ目があった。
目があった瞬間、満面の笑みで
「フレッド、おはよっ」
と元気に挨拶をしてくれた。
シュウとの挨拶は嬉しいのだが、如何せん寝不足の頭は動きが鈍く反応が遅れてしまった。
少し遅れておはようと挨拶をすると、私の反応の悪さに気づいたのか心配してくれた。
しかし、シュウに欲情して寝不足だなんてそんなことを言えるわけもなく、笑顔で大丈夫だと返したが、シュウはそのまま私に朝の挨拶である口づけをねだってきた。
いつもならシュウからのおねだりに喜ぶところなのだが、今朝の私は色々とまずい。
特に愚息の状態を知られてはまずいのだ。
シュウに気づかれないように、自分の身体から離しシュウの唇に軽く音が鳴る程度の口付けをした。
本当はもっとシュウの唇を味わいたかった。
しかし、昨夜からその甘さを待ち望んでいた私の身体は、これ以上シュウの唇を感じ取ればもうそのまま押し倒し本能のままに貪ってしまうことだろう。
それは避けなければならない。
理性を総動員して、本能を奥深くに閉じ込めていたのだが、シュウに『いつもと違う』と気づかれてしまったのだ。
いつもの私なら、そんなことはないとあしらうこともできただろう。
しかし、一晩中悶々としていた私はシュウの行動を止めることができなかった。
シュウにいとも容易く抱きつかれ、とんでもなく昂った愚息の存在に気づかれてしまったのだ。
いや、正確にいえばまだ気づかれていない。
シュウが気づいたのは私の身体にある何か棒状のもの。
「あれ? フレッド、何か持ってる?」
シュウは本当にそれが愚息だということに気づいていないらしく、私の手を掻い潜って布団に手を差しこみ、
「あっ、これこれ! なんだろう? ねぇ?」
と言って、指で愚息に触れている。
その刺激だけでもう暴発しそうな状態だ。
私は答えることもできず、ただ目を逸らすことしかできなかった。
シュウがここで諦めてくれればいい……そんな思いもよぎったが、
好奇心旺盛なシュウが諦めることなどするわけがなかった。
シュウはさっと布団を剥ぎ取り、その棒状のものの正体を暴いてしまったのだ。
シュウはそれがとんでもない大きさに昂った私の愚息だと気づくと、みるみるうちに顔を赤らめたが、なぜか愚息から目を離さずにあろうことか指先で撫でてきたではないか。
「――っ! シュウ!」
思っても見ない行動に慌てて止めようと声をあげたのだが、シュウの細く長い綺麗な指先に撫でられているだけで腰が自然と動いてしまうほど気持ちがいい。
声が出そうになるのを必死に抑えていると、シュウの指の動きはどんどん激しくなっていく。
その度に愚息は先端から蜜を少しずつ溢れさせていくのがわかる。
もう止めてもらわないとまずい!
しかし、シュウはどんどん積極的になっていく。
「ふふっ。こんなに固くなって可哀想だから、ぼくが助けてあげるよ」
と私の夜着を捲り愚息を取り出そうとするが、愚息はシュウの手を煩わせることもなく自ら飛び出してしまったのだ。
ああ……本当に愚か者めが。
シュウは飛び出してきた愚息をシュウの柔らかな両手で優しく包み込み、上下に扱き始めた。
それだけでも我慢できない刺激なのに、小さな口を開け先端をパクリと咥えたのだ。
「ああぁーーーっ、シュウ! そ、そんなことをされては……」
私の驚く顔を見ながら嬉しそうにジュポジュポと顔を動かされてはもう我慢などできるわけがなかった。
最後の足掻きで必死に堪えようとしたが、
『ああっ、も、もう……だ、だめっ……だ……』
力尽いてしまい、シュウの小さな口に蜜を放ってしまった。
それも、昨晩から溜まりに溜まっていた蜜がようやく出せたとばかりに大量に……。
シュウはそれを舌の上でじっくりと味わってから、私に見せつけるようにコクンと飲み干した。
空になった口の中を私に見せながら、嬉しそうに微笑むシュウを見て私はもうシュウには勝てないなと確信していた。
それでもこれだけは伝えておかなければ、私の沽券に関わる。
「いつもはこんなに早いわけじゃ、ないんだ」
必死にシュウに訴えたが、私の言葉はシュウの耳には入っていなかった。
恥ずかしいと思いながら、もう一度訴えると、シュウは何のことだか何もわかっていないようだった。
思っていることは何でも言い合おう……シュウとそう話していたのだから、ここで隠すわけにはいかない。
私は昨夜の出来事をシュウに話して聞かせた。
さっきあんなにも早く蜜を放ったのは、昨夜からずっと我慢していたからで、本当はこんなに早いわけではない!
それだけは理解していてほしい……そう訴えるとシュウは天使の微笑みを見せながら、
「フレッド、ぼく……ちゃんとわかってるから。ぼくを起こさないように我慢してくれたんだよね。
ほんと、大好きだよ」
と言ってくれたのだ。
シュウの口から大好きだとも言ってもらえたし、私はようやく安堵した。
シュウが頬を擦り寄せたり匂いを嗅いだりしながら抱きついてくるから大変だったと昨夜の気持ちを漏らすと、シュウは
「今日の夜は寝ないようにするからね」
と笑ってそう言った。
ならば、今夜はシュウの身体を余すところなく舐め尽くして身悶えさせてやろう。
シュウの口から愚息が欲しいと漏れるまで、焦らして焦らしてシュウの最奥まで可愛がってやろうか。
ああ、今夜が待ち遠しいな。
今夜のことを考えているだけで、寝不足も吹き飛んでしまうとは私もまだまだ若いな。
まぁ、これだけ魅力的な伴侶が傍にいるのだから毎日でも交わりたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
さぁ、早くやるべきことを済ませて今夜に備えるとするか。
期待に胸を膨らませながら、シュウが顔を洗っている間にシュウの服を選び私も着替えを済ませた。
今日の服に露出が少し抑えめの格好を選んだのは、シュウがトーマ王妃と一緒に馬車に乗るからだ。
やはり父親の前で可愛らしすぎる格好をさせるのは、何となく抵抗がある。
これくらいならトーマ王妃も許してくれるだろうと思う服を用意して手渡すと、シュウは何も気にする様子もなくすぐにそれに着替えていた。
露出が少なくともやはり着る人がいいからか、シュウによく似合っている。
自分の感性の良さに満足しながら、シュウと向かい合って朝食を取った。
「シュウ。今日は午後の休憩までトーマ王妃と一緒の馬車だが、ちゃんと話はできそうか?」
「うん。大丈夫。もう気持ちは固まっているから」
「そうか。でもくれぐれも無理はするなよ」
そういうと、シュウは素直に頷き笑顔を見せた。
旅支度を済ませ、シュウと共に宿の玄関へと向かうと、後ろからトーマ王妃の軽快な声が聞こえた。
昨夜のシュウの様子を気にしているかと心配していたが、アンドリュー王が落ち着かせてくれたんだろう。
トーマ王妃もまたシュウの顔がいつもの元気な表情に戻っているのを確認して安堵したようだ。
私にも『おはよう』と声をかけてくれたが、シュウへの挨拶のついでであることは十分承知している。
アンドリュー王とトーマ王妃にお辞儀をして朝の挨拶をすると、トーマ王妃は満足そうに頷いた後で、
「今日はアンディーをよろしくね」
と私に目配せをしてきた。
そんな恋人にするようなことを私にしてアンドリュー王が……
「トーマ! そのようなことを妄りにするでない!」
ほらな。
あの目配せがどんな意味を持つのかをトーマ王妃は知らないのだろうか?
アンドリュー王も大変なのだな……そう思うと、なんだか親近感が湧いてきた。
シュウもどんなものにも無自覚に極上の笑顔を向けたり、手を差し出したりするのだからな。
これは美しくも無自覚な伴侶をもった私たちの責務とでも言おうか、仕方のないことなのだ。
トーマ王妃はアンドリュー王の注意を受けても何のその、笑顔を浮かべシュウと2人で笑っていた。
「はーい。ごめんなさい。じゃあ、柊ちゃん。行こっか」
反省しているとは思えないような軽やかな声をあげ、シュウの手を取り馬車へと乗り込んで行った。
『はぁーーっ』
大きなため息を吐くアンドリュー王に
「陛下。心中お察しします」
と声をかけると、
『お前も大変なのだろうな……はぁーっ、行くか』とゆっくりした足取りで馬車へと乗り込んだ。
宿の者たちが並んで見送る中、馬車はゆっくりと王都への道を進んでいった。
まだまだ長い道中だが、視察旅行も無事終わり、あの女の件もそして、アンドリュー王とトーマ王妃の『神の泉』への旅も滞りなく終わった今、なんの憂いもない……とは言えないのが辛いところだ。
今、シュウはトーマ王妃にあの話をしているだろうか。
いや、シュウのことだ。恐らくはトーマ王妃の話を聞いているに違いない。
私も『神の泉』での出来事は気になっている。
アンドリュー王の上機嫌な様子をみていると、
運良く『神の泉』にたどり着くことができ、神の祝福も手にすることができたのだろう。
そう思っていると、アンドリュー王は向かいに座る私に『大事な話をしたい』と声をかけてくれた。
私はアンドリュー王のただならぬ様子になんとなく重苦しい雰囲気を感じ取ってゴクリと唾を飲み込んだ。
なんだ? てっきり楽しい話をしてくるのだと思っていたのに……。
私は一気に湧き出してくる汗を感じながら緊張の面持ちでアンドリュー王の話を待った。
「実はな、昨日『神の泉』で…………」
アンドリュー王の口から紡がれる言葉の全てが驚きの連続で私は一切の声を上げることも出来ず、聞き漏らさぬようただじっと話を聞くことしかできなかった。
「というわけだ。其方には私のせいで酷い目に遭わせてしまったな。申し訳ない」
この国の唯一神であるフォルティアーナよりも、もっと上の存在である全世界の神フィリオンサーラからの言葉を教えられ、そして目の前にいるアンドリュー王から詫びの言葉をいただくなど私の人生において有り得るはずのないことが一気に起こって、自分でもどうしたらいいのか、なんと答えたらいいのか……混乱してしまっている。
未来の美醜感覚がこの時代の感覚と変わってしまったのは、アンドリュー王がトーマ王妃を溺愛したことが湾曲して後世に伝わってしまったため……そのせいで苦しんだ私の元へ、フィリオンサーラ神がシュウを私の元へと送ってくれた……。
それが事実だとしたら、私はアンドリュー王に詫びの言葉などいただく必要など全くないではないか。
私だけが特異な存在なのだと苦しんでいたことは事実だが、そのおかげでシュウを手中におさめることができたのなら、そんなことなど甘んじて受け入れよう。
私にとってはあの苦しかった数十年より、この数ヶ月の出来事の方が何倍も何十倍も濃密で幸せな日々なのだからな。
「陛下。謝罪の言葉など私には不要でございます」
「しかし……」
「いいえ。もし、私が皆に嫌悪されるような容姿でなければ、シュウはトーマ王妃のいるこの時代に送られたことでしょう。私はシュウの存在を知ることもなく、このオランディアのためになるような相手と政略的に婚姻を結んで一生を終えることになったはずです。それはそれでもしかしたら幸せだったかもしれません。しかし、シュウの存在を……愛する者を知った私には、シュウがいない未来など死んだも同然です。ならば、私は陛下に感謝こそすれお詫びいただくことなどございません」
これが私の気持ちの全てだ。
私の真剣な眼差しにアンドリュー王はやっと、『そうか……』と納得してくれたようだ。
「私は神にその話を聞いて、其方に詫びなければという想いでいっぱいだったのだが、やはりトーマの言う通りだったようだ」
「えっ? トーマ王妃が何を仰ったのですか?」
「其方はきっと良かったというはずだとな。トーマにとってはシュウがこの時代に来てくれた方が嬉しかったとは思うが、おそらくはシュウの気持ちを慮ってのことだろう。
シュウは何の打算もなく、純粋に其方を愛しているのが手に取るようにわかるからな。
シュウがこの時代に来ていたとしても、其方ほど愛すべき存在ができるかどうか……いや、もしかしたらあの神のことだ。
この時代に来ていたとしたら、ここにシュウの唯一の存在をあてがっていたかもしれん。
其方にとっても、シュウにとっても今のこの状態が一番幸せなのだろうな」
確かに異世界にいる間も神に見守られ、愛されていたシュウのことだ。
この時代に送られていたら私以外の誰かがシュウの唯一となっていたのは間違いないだろう。
そんなこと想像するだけでゾッとする。
ああ、シュウが私たちの時代にやってきてくれて本当に良かった。
アンドリュー王には感謝しかない。
「ときに、神が其方たちが元の世界に戻れる方法に辿り着いたと言っていたな。
その方法を聞いてもいいか?」
「神がそう仰っていたのですか? ならば、やはりあれは正しかったのですね。
実は、我々がこの時代にやってくることになったきっかけがお二人の肖像画なのです」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。あの、今は物置になっている部屋に飾られていたとか何とか……」
あの時ほんの少し話したことを覚えているとは……。さすがだな。
「私たちはあの部屋に飾られていたお二人の肖像画にぶつかりそうになって、その絵に吸い込まれるようにこの時代にやってきたのです。ですから、あの絵に触れたら元の時代に戻れるのではと考えました」
「なるほど。肖像画はこの視察旅行が終わったら、絵師を選んで描いてもらうことになっているのだが……」
「そのことですが、陛下にお願いがございます」
「急に改まって何事だ?」
「先日シュウの描いた絵を偶然見る機会があり、その時の筆使いや筆触が私たちが見たお二人の肖像画に似ていると感じたのです。そこで私は昨日、シュウに私の絵を描いてもらいました。出来上がった絵を見て、お二人の肖像画はシュウが描いたものに間違いないと感じたのです。
どうか、シュウに陛下とトーマ王妃の肖像画を描かせていただけるよう手配していただけないでしょうか?」
アンドリュー王は私の話を目を丸くしながらじっと聞いていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「シュウは……シュウはそのことを知っているのか?」
「はい。包み隠すことなく、全てを話しました。
自分の描いた絵によって、トーマ王妃と別れてしまうことになることをしばし悩んでいたようでしたが、シュウは私との未来を選んでくれたのです」
「そうか……。それは、シュウにとっても、其方にとっても大変な決断だったのだろうな。
シュウが昨夜様子がおかしかったのはそれか?」
「はい。自分で決断したこととはいえ、トーマ王妃の顔を見て決心が揺らいだのかもしれません。
しかしながら、今朝のシュウの表情をご覧になりましたか?」
「ああ。昨夜とは打って変わって清々しい表情をしていたな。
きっと吹っ切れたのだろう。
シュウにとってもトーマにとっても悩んでいる時間こそが勿体無いのだ。
神が話していた……同じ時を過ごせずとも我々4人はいつでも近くにいるのだと。
残された時間を笑顔で過ごすように……そう言ってくれたのだ。
私たちは離れようとも、いつでもお互いを思い合えばいい」
「はい。その通りですね。陛下……私は陛下のお傍で過ごせたこの日々を一生の宝として過ごしていきます」
オランディア王国の歴史上、最も偉大なる王と呼ばれたアンドリュー王とこんなにも近くで過ごせたことは、私の大きな糧となることだろう。
顔では必死に笑顔を作ろうとしているが無理をしているのがわかる。
涙を堪えながら、2人を出迎えたシュウを見て、トーマ王妃もシュウの様子がおかしいことに気づいたらしい。
さすが父親だ、シュウの異変にすぐに反応するのだな。
シュウが必死にトーマ王妃に話そうとしているのは、おそらく今日私と2人で決めたことだ。
シュウが2人の肖像画を描き、それを鍵にして元の世界に戻るという決断をしたこと。
実際にそれで帰れるかどうかは未知数ではあるが、おそらくこの推測に間違いはないのではないかと私は思っている。
シュウは私との未来を選び、そのことを伝える選択をしたのだが、トーマ王妃を前にその決心が鈍ってしまったのだろう。
これから先まだ話せる機会はやってくる。
ここは一度シュウの不安定な気持ちを落ち着かせてやることが伴侶としての務めだろう。
震えるシュウの傍に寄り添い抱きしめながら、トーマ王妃に話を明日にしてほしいと頼むと、トーマ王妃はシュウの心配をしているようだった。
このやりとりを見ていたアンドリュー王は明日馬車にシュウとトーマ王妃で乗り、話す時間を作れば良いと提案してくれたのだ。
私もアンドリュー王に直接話したいと思っていたからちょうどよかったという言葉が適切かはわからないが、ここはアンドリュー王の提案に皆が賛成した。
そして、シュウの様子を心配しながら、トーマ王妃はアンドリュー王と共に部屋に戻っていった。
2人っきりになった部屋はしんと静まり返っていたが、シュウを寝室に誘うと、
『うん、連れてって』と先ほどより少し落ち着いた声が聞こえた。
シュウをベッドに寝かせ、私も隣に横たわった。
瞳の奥が寂しそうでシュウを抱き締めると、シュウは私の胸元に擦り寄ってきた。
きっと心寂しいのだろう。
「シュウ……トーマ王妃の顔を見て心が揺れたか?」
これだけは言ってはいけないと、心の中で押しとどめていたものがつい漏れてしまった。
私の言葉に驚くシュウに追い打ちをかけるように
「元の世界に帰りたくなくなったか?」
と尋ねてしまった。
『そうじゃない』と言ってくれるシュウに
「いや、シュウがそう思ってしまっても仕方がないと思ってる。
肉親との別れはそう簡単に割り切れるものではないからな」
と告げると、シュウは少し考え込んだ様子で私を見つめていた。
私が父上や母上と別れた時と、シュウの今の状況を同様に考えてはいけないな。
特にシュウはこの世界に来て初めて父親の愛を受けたのだから、それを手放すことが辛いというのは痛いほどわかる。
このままシュウがやっぱりこの世界にいたいと言い出してもそれはしょうがないと思おう。
そう思っていると、シュウは
「フレッド……ごめんね。さっきはなんだか感情が昂っちゃって。
でもね、さっき決めたことに迷いなんか何もないよ。明日はちゃんとお父さんに話ができるから!」
とさっきの悲しげな表情から一転、目に強いものがみなぎっている。
シュウにはくれぐれも無理するなと言ったが、シュウは
『ありがとう』と言って嬉しそうに抱きついてきた。
シュウの温もりが、甘い香りが心地良い。
「ああ……フレッドの匂い、やっぱり好きだ……」
「えっ……?」
シュウは爆弾のような言葉を投下したまま、すやすやと眠りの世界に旅立っていった。
私はシュウの言葉で一気に昂った愚息はその発射をいつかいつかと楽しみにしているようだ。
しかし、シュウはぐっすりと眠り込んでいる。
眠っているシュウをこっそり……という考えがよぎったが、ついこの前勝手に1人でしないでと言われたばかりだ。
今日勝手にしては優しいシュウも流石に怒るかもしれない。
1人で処理するか……と起きあがろうとするが、シュウの腕にしっかりと抱き込まれて抜け出せそうにない。
抱きついているシュウからは私を誘う甘やかな匂いが漂ってくる。
結局シュウの腕を無理やり外すこともできず、悶々としたまま一晩を過ごすことになったのだった。
シュウは時折、私の胸元の匂いを嗅いでは微笑んだり、頬を擦り寄せては艶かしい吐息を漏らしたり……と本当は起きていて私を誘っているのではとさえ思わせる素振りを見せたまま、長い夜が明けた。
シュウの少し体温が上がってきているようだから、そろそろ目を覚ます頃だろうか。
そんなことを思っていると、『ううーん』と可愛らしい声をあげ、シュウがパチリと目を開けた。
寝起きだからか漆黒の瞳が潤んでいてとても魅惑的だ。
ああ、今日のシュウも可愛いな。
じっと見つめていると、不意にシュウが顔をあげ目があった。
目があった瞬間、満面の笑みで
「フレッド、おはよっ」
と元気に挨拶をしてくれた。
シュウとの挨拶は嬉しいのだが、如何せん寝不足の頭は動きが鈍く反応が遅れてしまった。
少し遅れておはようと挨拶をすると、私の反応の悪さに気づいたのか心配してくれた。
しかし、シュウに欲情して寝不足だなんてそんなことを言えるわけもなく、笑顔で大丈夫だと返したが、シュウはそのまま私に朝の挨拶である口づけをねだってきた。
いつもならシュウからのおねだりに喜ぶところなのだが、今朝の私は色々とまずい。
特に愚息の状態を知られてはまずいのだ。
シュウに気づかれないように、自分の身体から離しシュウの唇に軽く音が鳴る程度の口付けをした。
本当はもっとシュウの唇を味わいたかった。
しかし、昨夜からその甘さを待ち望んでいた私の身体は、これ以上シュウの唇を感じ取ればもうそのまま押し倒し本能のままに貪ってしまうことだろう。
それは避けなければならない。
理性を総動員して、本能を奥深くに閉じ込めていたのだが、シュウに『いつもと違う』と気づかれてしまったのだ。
いつもの私なら、そんなことはないとあしらうこともできただろう。
しかし、一晩中悶々としていた私はシュウの行動を止めることができなかった。
シュウにいとも容易く抱きつかれ、とんでもなく昂った愚息の存在に気づかれてしまったのだ。
いや、正確にいえばまだ気づかれていない。
シュウが気づいたのは私の身体にある何か棒状のもの。
「あれ? フレッド、何か持ってる?」
シュウは本当にそれが愚息だということに気づいていないらしく、私の手を掻い潜って布団に手を差しこみ、
「あっ、これこれ! なんだろう? ねぇ?」
と言って、指で愚息に触れている。
その刺激だけでもう暴発しそうな状態だ。
私は答えることもできず、ただ目を逸らすことしかできなかった。
シュウがここで諦めてくれればいい……そんな思いもよぎったが、
好奇心旺盛なシュウが諦めることなどするわけがなかった。
シュウはさっと布団を剥ぎ取り、その棒状のものの正体を暴いてしまったのだ。
シュウはそれがとんでもない大きさに昂った私の愚息だと気づくと、みるみるうちに顔を赤らめたが、なぜか愚息から目を離さずにあろうことか指先で撫でてきたではないか。
「――っ! シュウ!」
思っても見ない行動に慌てて止めようと声をあげたのだが、シュウの細く長い綺麗な指先に撫でられているだけで腰が自然と動いてしまうほど気持ちがいい。
声が出そうになるのを必死に抑えていると、シュウの指の動きはどんどん激しくなっていく。
その度に愚息は先端から蜜を少しずつ溢れさせていくのがわかる。
もう止めてもらわないとまずい!
しかし、シュウはどんどん積極的になっていく。
「ふふっ。こんなに固くなって可哀想だから、ぼくが助けてあげるよ」
と私の夜着を捲り愚息を取り出そうとするが、愚息はシュウの手を煩わせることもなく自ら飛び出してしまったのだ。
ああ……本当に愚か者めが。
シュウは飛び出してきた愚息をシュウの柔らかな両手で優しく包み込み、上下に扱き始めた。
それだけでも我慢できない刺激なのに、小さな口を開け先端をパクリと咥えたのだ。
「ああぁーーーっ、シュウ! そ、そんなことをされては……」
私の驚く顔を見ながら嬉しそうにジュポジュポと顔を動かされてはもう我慢などできるわけがなかった。
最後の足掻きで必死に堪えようとしたが、
『ああっ、も、もう……だ、だめっ……だ……』
力尽いてしまい、シュウの小さな口に蜜を放ってしまった。
それも、昨晩から溜まりに溜まっていた蜜がようやく出せたとばかりに大量に……。
シュウはそれを舌の上でじっくりと味わってから、私に見せつけるようにコクンと飲み干した。
空になった口の中を私に見せながら、嬉しそうに微笑むシュウを見て私はもうシュウには勝てないなと確信していた。
それでもこれだけは伝えておかなければ、私の沽券に関わる。
「いつもはこんなに早いわけじゃ、ないんだ」
必死にシュウに訴えたが、私の言葉はシュウの耳には入っていなかった。
恥ずかしいと思いながら、もう一度訴えると、シュウは何のことだか何もわかっていないようだった。
思っていることは何でも言い合おう……シュウとそう話していたのだから、ここで隠すわけにはいかない。
私は昨夜の出来事をシュウに話して聞かせた。
さっきあんなにも早く蜜を放ったのは、昨夜からずっと我慢していたからで、本当はこんなに早いわけではない!
それだけは理解していてほしい……そう訴えるとシュウは天使の微笑みを見せながら、
「フレッド、ぼく……ちゃんとわかってるから。ぼくを起こさないように我慢してくれたんだよね。
ほんと、大好きだよ」
と言ってくれたのだ。
シュウの口から大好きだとも言ってもらえたし、私はようやく安堵した。
シュウが頬を擦り寄せたり匂いを嗅いだりしながら抱きついてくるから大変だったと昨夜の気持ちを漏らすと、シュウは
「今日の夜は寝ないようにするからね」
と笑ってそう言った。
ならば、今夜はシュウの身体を余すところなく舐め尽くして身悶えさせてやろう。
シュウの口から愚息が欲しいと漏れるまで、焦らして焦らしてシュウの最奥まで可愛がってやろうか。
ああ、今夜が待ち遠しいな。
今夜のことを考えているだけで、寝不足も吹き飛んでしまうとは私もまだまだ若いな。
まぁ、これだけ魅力的な伴侶が傍にいるのだから毎日でも交わりたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
さぁ、早くやるべきことを済ませて今夜に備えるとするか。
期待に胸を膨らませながら、シュウが顔を洗っている間にシュウの服を選び私も着替えを済ませた。
今日の服に露出が少し抑えめの格好を選んだのは、シュウがトーマ王妃と一緒に馬車に乗るからだ。
やはり父親の前で可愛らしすぎる格好をさせるのは、何となく抵抗がある。
これくらいならトーマ王妃も許してくれるだろうと思う服を用意して手渡すと、シュウは何も気にする様子もなくすぐにそれに着替えていた。
露出が少なくともやはり着る人がいいからか、シュウによく似合っている。
自分の感性の良さに満足しながら、シュウと向かい合って朝食を取った。
「シュウ。今日は午後の休憩までトーマ王妃と一緒の馬車だが、ちゃんと話はできそうか?」
「うん。大丈夫。もう気持ちは固まっているから」
「そうか。でもくれぐれも無理はするなよ」
そういうと、シュウは素直に頷き笑顔を見せた。
旅支度を済ませ、シュウと共に宿の玄関へと向かうと、後ろからトーマ王妃の軽快な声が聞こえた。
昨夜のシュウの様子を気にしているかと心配していたが、アンドリュー王が落ち着かせてくれたんだろう。
トーマ王妃もまたシュウの顔がいつもの元気な表情に戻っているのを確認して安堵したようだ。
私にも『おはよう』と声をかけてくれたが、シュウへの挨拶のついでであることは十分承知している。
アンドリュー王とトーマ王妃にお辞儀をして朝の挨拶をすると、トーマ王妃は満足そうに頷いた後で、
「今日はアンディーをよろしくね」
と私に目配せをしてきた。
そんな恋人にするようなことを私にしてアンドリュー王が……
「トーマ! そのようなことを妄りにするでない!」
ほらな。
あの目配せがどんな意味を持つのかをトーマ王妃は知らないのだろうか?
アンドリュー王も大変なのだな……そう思うと、なんだか親近感が湧いてきた。
シュウもどんなものにも無自覚に極上の笑顔を向けたり、手を差し出したりするのだからな。
これは美しくも無自覚な伴侶をもった私たちの責務とでも言おうか、仕方のないことなのだ。
トーマ王妃はアンドリュー王の注意を受けても何のその、笑顔を浮かべシュウと2人で笑っていた。
「はーい。ごめんなさい。じゃあ、柊ちゃん。行こっか」
反省しているとは思えないような軽やかな声をあげ、シュウの手を取り馬車へと乗り込んで行った。
『はぁーーっ』
大きなため息を吐くアンドリュー王に
「陛下。心中お察しします」
と声をかけると、
『お前も大変なのだろうな……はぁーっ、行くか』とゆっくりした足取りで馬車へと乗り込んだ。
宿の者たちが並んで見送る中、馬車はゆっくりと王都への道を進んでいった。
まだまだ長い道中だが、視察旅行も無事終わり、あの女の件もそして、アンドリュー王とトーマ王妃の『神の泉』への旅も滞りなく終わった今、なんの憂いもない……とは言えないのが辛いところだ。
今、シュウはトーマ王妃にあの話をしているだろうか。
いや、シュウのことだ。恐らくはトーマ王妃の話を聞いているに違いない。
私も『神の泉』での出来事は気になっている。
アンドリュー王の上機嫌な様子をみていると、
運良く『神の泉』にたどり着くことができ、神の祝福も手にすることができたのだろう。
そう思っていると、アンドリュー王は向かいに座る私に『大事な話をしたい』と声をかけてくれた。
私はアンドリュー王のただならぬ様子になんとなく重苦しい雰囲気を感じ取ってゴクリと唾を飲み込んだ。
なんだ? てっきり楽しい話をしてくるのだと思っていたのに……。
私は一気に湧き出してくる汗を感じながら緊張の面持ちでアンドリュー王の話を待った。
「実はな、昨日『神の泉』で…………」
アンドリュー王の口から紡がれる言葉の全てが驚きの連続で私は一切の声を上げることも出来ず、聞き漏らさぬようただじっと話を聞くことしかできなかった。
「というわけだ。其方には私のせいで酷い目に遭わせてしまったな。申し訳ない」
この国の唯一神であるフォルティアーナよりも、もっと上の存在である全世界の神フィリオンサーラからの言葉を教えられ、そして目の前にいるアンドリュー王から詫びの言葉をいただくなど私の人生において有り得るはずのないことが一気に起こって、自分でもどうしたらいいのか、なんと答えたらいいのか……混乱してしまっている。
未来の美醜感覚がこの時代の感覚と変わってしまったのは、アンドリュー王がトーマ王妃を溺愛したことが湾曲して後世に伝わってしまったため……そのせいで苦しんだ私の元へ、フィリオンサーラ神がシュウを私の元へと送ってくれた……。
それが事実だとしたら、私はアンドリュー王に詫びの言葉などいただく必要など全くないではないか。
私だけが特異な存在なのだと苦しんでいたことは事実だが、そのおかげでシュウを手中におさめることができたのなら、そんなことなど甘んじて受け入れよう。
私にとってはあの苦しかった数十年より、この数ヶ月の出来事の方が何倍も何十倍も濃密で幸せな日々なのだからな。
「陛下。謝罪の言葉など私には不要でございます」
「しかし……」
「いいえ。もし、私が皆に嫌悪されるような容姿でなければ、シュウはトーマ王妃のいるこの時代に送られたことでしょう。私はシュウの存在を知ることもなく、このオランディアのためになるような相手と政略的に婚姻を結んで一生を終えることになったはずです。それはそれでもしかしたら幸せだったかもしれません。しかし、シュウの存在を……愛する者を知った私には、シュウがいない未来など死んだも同然です。ならば、私は陛下に感謝こそすれお詫びいただくことなどございません」
これが私の気持ちの全てだ。
私の真剣な眼差しにアンドリュー王はやっと、『そうか……』と納得してくれたようだ。
「私は神にその話を聞いて、其方に詫びなければという想いでいっぱいだったのだが、やはりトーマの言う通りだったようだ」
「えっ? トーマ王妃が何を仰ったのですか?」
「其方はきっと良かったというはずだとな。トーマにとってはシュウがこの時代に来てくれた方が嬉しかったとは思うが、おそらくはシュウの気持ちを慮ってのことだろう。
シュウは何の打算もなく、純粋に其方を愛しているのが手に取るようにわかるからな。
シュウがこの時代に来ていたとしても、其方ほど愛すべき存在ができるかどうか……いや、もしかしたらあの神のことだ。
この時代に来ていたとしたら、ここにシュウの唯一の存在をあてがっていたかもしれん。
其方にとっても、シュウにとっても今のこの状態が一番幸せなのだろうな」
確かに異世界にいる間も神に見守られ、愛されていたシュウのことだ。
この時代に送られていたら私以外の誰かがシュウの唯一となっていたのは間違いないだろう。
そんなこと想像するだけでゾッとする。
ああ、シュウが私たちの時代にやってきてくれて本当に良かった。
アンドリュー王には感謝しかない。
「ときに、神が其方たちが元の世界に戻れる方法に辿り着いたと言っていたな。
その方法を聞いてもいいか?」
「神がそう仰っていたのですか? ならば、やはりあれは正しかったのですね。
実は、我々がこの時代にやってくることになったきっかけがお二人の肖像画なのです」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。あの、今は物置になっている部屋に飾られていたとか何とか……」
あの時ほんの少し話したことを覚えているとは……。さすがだな。
「私たちはあの部屋に飾られていたお二人の肖像画にぶつかりそうになって、その絵に吸い込まれるようにこの時代にやってきたのです。ですから、あの絵に触れたら元の時代に戻れるのではと考えました」
「なるほど。肖像画はこの視察旅行が終わったら、絵師を選んで描いてもらうことになっているのだが……」
「そのことですが、陛下にお願いがございます」
「急に改まって何事だ?」
「先日シュウの描いた絵を偶然見る機会があり、その時の筆使いや筆触が私たちが見たお二人の肖像画に似ていると感じたのです。そこで私は昨日、シュウに私の絵を描いてもらいました。出来上がった絵を見て、お二人の肖像画はシュウが描いたものに間違いないと感じたのです。
どうか、シュウに陛下とトーマ王妃の肖像画を描かせていただけるよう手配していただけないでしょうか?」
アンドリュー王は私の話を目を丸くしながらじっと聞いていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「シュウは……シュウはそのことを知っているのか?」
「はい。包み隠すことなく、全てを話しました。
自分の描いた絵によって、トーマ王妃と別れてしまうことになることをしばし悩んでいたようでしたが、シュウは私との未来を選んでくれたのです」
「そうか……。それは、シュウにとっても、其方にとっても大変な決断だったのだろうな。
シュウが昨夜様子がおかしかったのはそれか?」
「はい。自分で決断したこととはいえ、トーマ王妃の顔を見て決心が揺らいだのかもしれません。
しかしながら、今朝のシュウの表情をご覧になりましたか?」
「ああ。昨夜とは打って変わって清々しい表情をしていたな。
きっと吹っ切れたのだろう。
シュウにとってもトーマにとっても悩んでいる時間こそが勿体無いのだ。
神が話していた……同じ時を過ごせずとも我々4人はいつでも近くにいるのだと。
残された時間を笑顔で過ごすように……そう言ってくれたのだ。
私たちは離れようとも、いつでもお互いを思い合えばいい」
「はい。その通りですね。陛下……私は陛下のお傍で過ごせたこの日々を一生の宝として過ごしていきます」
オランディア王国の歴史上、最も偉大なる王と呼ばれたアンドリュー王とこんなにも近くで過ごせたことは、私の大きな糧となることだろう。
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