ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第四章 (王城 過去編)

フレッド   25−2※

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『もう大丈夫だ』と声をかけると、シュウの目がゆっくりと開いた。
先ほどまでの涙に潤んでいた瞳はすっかりいつもの様子になっている。
よかった。落ち着いてくれたか。

「シュウ、怖がらせて悪かった。もう大丈夫だ」

そう言って抱きしめてやると、シュウは心からの安堵の表情をしながら尋ねてきた。

「あの人は一体なんだったの? ぼくのことを恨んでるみたいだったけど」

ああ……シュウの美しい瞳に奴が映ってしまっていたとは。
あんな奴の汚らしい姿を早くシュウの記憶から抹消しなければ!

「おそらく精神をやられているんだろう。私は全く見たことがないな。たまたまここに出くわしただけさ」

だから、気にすることはないんだ。
そう言ってやると、シュウは納得したように頷き、『フレッドが抱きしめてくれたから平気だった』と言ってくれた。

私はいつでもシュウを守るんだ。
そう、命尽きてもシュウだけを守り続けるよ。

シュウ……愛している。


シュウにその思いをぶつけると、シュウは言いにくそうに私を見つめてきた。

んっ、なんだ?
シュウがこちらをチラチラと伺ってきてとてつもなく可愛いんだが……。

それに気付かぬふりをして『どうした?』と尋ねると、

「あのね……怖かったからちゅーしてぎゅってして欲しいなって」

えっ? 今、なんと言ったのだ?
ちゅーしてぎゅって……

えーーっ???

これは本当にシュウが言ったのか?
私の空耳では? 妄想ではないか?

『ちゅー』とは口付けのことだったはず。

シュウが外で、しかも周りに騎士たちがいるにもかかわらず、口付けと抱擁を強請ってきたと?

本当に? 本当に?? これは私の願望が見せている夢ではないか?

頭の中が混乱してシュウの言葉に反応することもできずにいると、シュウが小さくて柔らかい唇を私に押し当てながら抱きついてきた。

ちゅっという可愛らしい音が聞こえたと思ったら、私の下唇を甘く噛んできてそれからすぐに唇が離れていった。

『ふふっ』と笑顔で見つめられ私はようやく正気に戻った。
こんな可愛いことをされて、あれだけの口づけで終わることなどできるはずがない。
まさか、シュウからこんな誘いがくるとはな。

ふふっ。次は私の番だ。

見上げて笑顔を見せてくるシュウの顎に手を当て、唇を重ね合わせた。
シュウは目を丸くして私を見つめているが、口づけをしながらシュウと目が合うというのもまた乙なものだな。

私は柔らかなシュウの下唇を優しく噛みながら、シュウの唇が開いた隙を狙って舌を差し込んだ。

舌先のなんと甘いことだろう。
シュウからも舌を絡ませてくることに興奮が隠せないまま、自分の唾液と絡ませながらシュウの甘い口内を味わい続けた。
クチュクチュといやらしい音が絡み合い、シュウは溜まった唾液をコクンと飲み込んだ。

ああ、シュウの身体に私の唾液が吸収されていく。

「……んんっ、はぁ……ぅん……」

シュウは嫌がるどころか、もっともっとと強請るように舌を絡ませ続ける。
それに応えていると、

「……ふぅ、んっ……んんっ」

少し苦しそうな声をあげ始めた。
そろそろ一度話したほうがいいかと名残惜しいがゆっくりと唇を離すと、シュウと私の間に甘い唾液の糸がツーッと繋がっていた。
唯一との口付けでしか出ないこの甘い唾液の糸を見てシュウが呟いた『綺麗』と言葉に、私の心は高鳴った。

シュウはどこまで私を煽るのだろう。

あの唾液の糸を綺麗と言ってくれるなんて。

「――っ! ああ、シュウはどこまで……!」

切れて顎についた唾液の糸を舐めとってやると、シュウは『んんっ』と可愛い声をあげ身体を震わせた。

私が舌を離すと、もっとと言わんばかりの表情で上目遣いに見つめてくるが、これ以上煽られたらそのまま草むらに押し倒してしまいそうになる。
外で交わることに興味がないわけではないが、周りの騎士たちにこれ以上シュウの色っぽい姿を見せるわけにはいかない。

「これ以上、私を煽るな。我慢できなくなる」

私は昂った愚息を必死に押さえつけながらシュウを抱きしめた。


「あっ! フレッドの絵……」

シュウは急にそのことを思い出したのか、あたりをキョロキョロと見回し始めた。
ふふっ。そんな姿も可愛らしい。
だが、私があんな奴の襲来如きでシュウの描いてくれた絵を落とすなどするわけがないだろう。

『ちゃんと私が持っている』
シュウを安心させてから、ズボンに差し込んでおいた画帳を取り出した。

「すごい!! フレッド、さすがだね!」

シュウが与えてくれたものを大切にすることなど、私にとっては当然のことなのだが、そこまで手放しで喜んでくれると嬉しさが込み上げてくる。
喜びを隠し切れずにシュウを見つめると、シュウは輝くような笑顔を見せてくれた。


シュウに頼んでもう一度絵を見せてもらい、隅々までじっくりと眺めて確信した。

「やはり間違いないな」

シュウがあの肖像画の絵師だったことは間違いない。
その事実を伝えて、シュウはそれを受け止めることができるだろうか。
シュウを悩ませることになったとしてもこの事実を隠し通すわけにはいかないんだ。

シュウが事実を知った上でどちらを決断したとしても私はそれに従おう。
私とシュウは一心同体なのだから。

よし。私の心は決まった。

「シュウ……大事な話があるんだ」

そう声をかけると私の只事でない様子を感じ取ったのか、シュウはゴクリと唾を飲み込み、不安げな表情を示した。

『大丈夫か?』と問いかけると、先ほどの不安げな表情が一転、覚悟を決めたようにクッと力強い視線を向けてくれた。

『フレッドの話……聞かせて』
と力強さの中に蕩けるような笑顔を見せてくれて、私はさっきまでの緊張も忘れて思わず笑顔が漏れた。

ゆっくり話をするためにシュウを抱きかかえ、先ほどまで座っていた大きな岩の上に腰を下ろし、私の足の間にシュウを座らせた。

そうだ! シュウに話をする前に騎士たちを遠ざけなければな。

騎士たちに声をかけると、シュウが突然私の胸元に顔を押し当ててきた。
急にそんな可愛い仕草をやられたら戸惑ってしまうのだが、どうしたのだろう?

シュウの行動が気になったが、まずは騎士を遠ざけることが先だ。
これからする話を彼らに聞かれるわけにはいかないからな。

何かあった時のために警護をしないというわけにはいかないから、今よりも少し離れた場所に移動してもらうことにしよう。
まぁ、一番注意しなければいけなかった奴はもう捕らえられて連れていかれたし、奴の他に我々を狙うものなどいないだろうから、少しくらい離れていても大丈夫だろう。

いざとなれば、シュウは私が守れるのだから大丈夫だ。

騎士たちを遠ざけ、
『これから話すことはシュウにとってはもしかしたら辛い話になるかもしれない。
それでも、話さないといけないんだ。聞いてくれるか?』
そう問いかけると、
『怖いけど、大丈夫。……聞かせて、フレッド』と言ってくれた。

シュウも何やら覚悟を決めてくれているようだ。
話の内容があんなことだとは思っても見ないだろうが……。

シュウのその言葉を聞いて、私はゆっくりと口を開いた。

「ずっと考えていたんだ。私たちが元の時代へ戻る方法を……」

シュウは想像と違ったというように驚きの表情を見せたが、私はここで止めてしまうともう話せなくなる……
そう感じて私は一気に思いの丈を伝えた。

私たちがこの世界に来たのはアンドリュー王とトーマ王妃の肖像画に触れたからではないか。
ならば、あの絵が完成した時に我々は元の世界に戻るのではないか。
これらは私の推測に過ぎないが、本題はそこではない。
元に戻る鍵はシュウ自身ではないだろうか……。

そこまで話して初めて、シュウが驚いたように口を開いた。

「えっ? ぼく?」

まさか鍵を握るのが自分だとは思っていなかったのだろう。
そんなシュウに私は畳み掛けるように理由を告げた。

もしかしたらそうではないか?
と初めてシュウが元に戻る鍵だと思った瞬間……それは初めてシュウの絵を見たあの時だ。

あの馬車の絵を見た時、一瞬にしてあの肖像画が思い起こされた。
私は絵に対する技量も知識も見識も何もない。
しかし、だからこそ、シュウのあの絵が肖像画と重なるのがわかったのかもしれない。
あの時、シュウの絵を見た時からその思いが私の中から消えることは一度もなかった。

あの肖像画をシュウが描いたとしたら、あの時思った違和感の正体がわかる。
周りの歴代の王と王妃の肖像画に比べて、おふたりの纏う雰囲気が驚くほど優しかったのだ。
あれは私の勘違いではなかった。
シュウに向けての表情ならば、あの表情にもなるだろう。

「さっき、描いてもらった私の絵を見て確信した。あれ肖像画は間違いなくシュウの絵だ」

もうこれは間違いない。
そう。あの絵が完成したからといって確実に私たちが元の時代に帰るという保証はないが、あの肖像画がシュウによって描かれたことは間違いない。

もしかしたらトーマ王妃たちと離れ、元の時代に戻るかもしれない『鍵』を、シュウは描くことを決断するだろうか。


シュウを見ると、トーマ王妃と離れることを想像しているのだろう。
みるみるうちに顔が青ざめていく。
こんな顔をさせたくはなかったのだが……。
それでもいうしかなかった。

「フレッド……ぼくがあれを描かなかったらずっとここにいられるの?」

そう尋ねられた時、答えを返すことができず、シュウが困るとわかっていながら
『シュウはそうしたいのか?』と質問で返してしまった。

意地悪だと思えるような私の言葉にシュウは
『わからない、わからない』と私の胸にしがみついて身体を震わせていた。

あまりにもたくさんの情報を与え過ぎてきっと頭の中が混乱しているに違いない。
自分が絵を描くことでトーマ王妃と離れることになるとしたら混乱しても無理はない。

「シュウ……悩ませてしまって悪い。でも、どうしても言わなければと思ってな……」

シュウに告げるその言葉が震えてしまったが、気づかれていないだろうか?
そう心配したが、

「……フレッドはどう思ってるの? 元の時代に戻りたい?」

と尋ねられて、シュウに悟られたと思った。
シュウはこんな時でも私の微妙な変化にすぐに気づいてくれるのだな。

――元の世界に戻れるかもしれない

そんなことを言いながら、本当は元の世界に戻ることが怖いのだ。
この時代にいれば、シュウの隣を堂々と歩くことができる。
私を見ても誰もが笑顔を見せてくれる。
このことに慣れ過ぎて、元の時代の視線に耐えられなくなるかもしれない。
たとえ、シュウだけは今と同じように振る舞ってくれたとしても、皆に嫌われている自分の姿をシュウに見られたくない。

しかし、それは全て私のわがままだ。

私がもし、この世界に留まることを選んだらサヴァンスタックの領民たちは一体どうなるのだ?
私が存在しなければ、あの領地を開拓するものは現れないだろう。
あの地に移住してから皆、やっと困窮から抜け出せたものがほとんどだというのに、このまま私が戻らなければ領民たちは別の場所で飢えと戦いながら生きていくしかなくなる。

私ひとりの幸せのためにサヴァンスタック全ての領民たちを犠牲にしてもいいのだろうか?
いや、そんなことできるはずがない。

私が我慢すればいいのだ。
この夢のような日々を忘れてしまえばいいのだ。

だからもし、シュウが元の時代に戻ることを選べば、素直に従おう。
そして、もしシュウがこの時代に留まることを望むなら、私は一生領民たちのことを忘れることなく、あの時代に生きる者たちが何不自由ない生活を送れるようこのオランディア王国を発展させよう。
それで歴史が変わってしまったとしても、神は許してくれるだろう。

神に愛されたシュウが望むことを神がお怒りになるはずがない。

そうだろう?

シュウは私の話を聞いて、考え込み始めた。
シュウの考えに従おうと思っていたのに、かえって悩ませてしまっただろうか。
申し訳ない。

私はシュウの考えがまとまるのを固唾を呑んで見守っていた。
すると、シュウは意を決した表情で

「フレッド……。ぼくは、お父さんやアンドリューさまと離れたくない」

私の目をしっかり見つめながらはっきりとした口調で言い切った。
これはシュウの本心だろう。
シュウが決めたことに従う……それはもう決まったことだ。

私たちはこの世界に留まり、サヴァンスタックの領民になるはずだった未来のオランディア国民たちが私たちの知る時代よりも幸せに暮らせるように、これからの人生を生きていこう。

そう決意したところだったが、

「でも、ぼくはフレッドと頑張るって決めたから。ぼく、お父さんたちの絵を描くよ。そして、戻ろう。ぼくたちの時代に……」

と先ほどよりももっとはっきりとした口調で言い切ったのだ。

「だが……」

しかし、シュウにとっては辛い選択だったのではないだろうか?
あれほどまでに仲良く過ごしているトーマ王妃の手を放すのは途轍もない決断だったはずだ。
私があんなことを言ったからシュウの考えを変えてしまったのではないか?

本当にこれでいいのだろうか?
私がそんなことを思っていたのに、

「ぼくがずっとフレッドの傍にいるから。フレッドに辛い思いなんて絶対にさせないよ」

と優しい言葉をかけてくれたのだ。
シュウはトーマ王妃と過ごす今よりも、サヴァンスタック領を統治する私の伴侶として一緒に過ごす未来を決断してくれたのだ。
そして、皆の視線から私を守ってくれるのだと。

こんな嬉しいことがあるだろうか。
私の目からは知らず知らずのうちに涙が流れてきた。

目の前で微笑みかけてくれるシュウを抱きしめながら、

「ありがとう、ありがとう」

と何度もお礼を言い続けた。

「視察旅行から帰ったらぼく、お父さんたちの絵を描き始めるよ。
お父さんたちへの想いを込めて一生懸命描く。フレッドも手伝ってくれる?」

「ああ。戦力にはならんかもしれんがな」

そう答えると、シュウは嬉しそうに笑って一緒にいてくれたらいい……そう言ってくれた。

私たちからアンドリュー王とトーマ王妃への最後の贈り物だ。
心ゆくまで満足いくものができるよう精一杯頑張ることにしよう。
離れ離れになった後も、シュウのことを、そしてついでに私のことも思い出してもらえるように……。


「クシュン」

シュウと笑顔で見つめ合っていると、可愛らしいくしゃみの声が聞こえた。
気づけば、あれだけ日差しが差し込んでいたはずがもう日が暮れ始めている。
薄手のドレスを着ているシュウには肌寒かったことだろう。

気づくのが遅くなったことを謝り、宿へ戻ろうと促した。
そして、上着を脱ぎシュウにかけてやると、私が寒くなるからと遠慮していたが、私はシュウを抱き抱えているだけで身も心も温かくなるんだ。
それにシュウに私の上着をかけることは私のものだと皆に見せつけるものでもある。

シュウを抱き抱えながら岩を下りると、私たちの動きに気づいた騎士たちがさっと近寄ってきた。

シュウは随分長い間待たせてしまったことを申し訳ないと思ったようで、一番近くにいた騎士に極上の笑顔で
『お待たせしてごめんなさい』と声をかけていた。

シュウの分け隔てない優しさには本当に感心させられるが、あの笑顔は良くない。

あんな笑顔を見せられれば……チラッと声をかけられた騎士を見ると、顔を赤らめながら恍惚とした表情でシュウを見つめている。

これ以上、シュウの可愛い笑顔をあいつに見せるわけにはいかない。
再び声をかけようとするシュウを遮り騎士からさっと遠ざけた。

「騎士たちはこんな短時間で疲れるほど柔な身体はしていない。シュウが心配などすることはないぞ」

と言ってやると、どうやらシュウには私の真意が伝わってしまったようで、シュウはクスクス笑いながら私を可愛いと言ってくれた。

少し前までシュウに可愛いと言われることに複雑な思いもあったが、最近では可愛いと言われることが嬉しいと思うようになったのだ。

自分の心境の変化に驚きと、そして嬉しさも感じながらシュウを馬車まで抱き抱えながら連れて行った。


「アルフレッドさま。シュウさま。おかえりなさいませ。お部屋のご準備は整えてございます。お部屋にご案内いたします」

「ブルーノさん、ただいま。あ、あのアンドリューさまとトーマさまはお帰りになっていますか?」

シュウはトーマ王妃から早く話を聞きたいのだろう。
いの一番にブルーノに尋ねていたが、どうやらまだ帰っていないらしい。

シュウは残念がっていたものの、遅いということはきっと『神の泉』に辿り着けたんだろうと納得しているようだ。

お腹を空かせているだろうシュウに先に食事を済ませるように提案すると、シュウは嬉しそうに頷いた。

そういえば、シュウと2人っきりでの食事は久しぶりだな。
ブルーノに頼んで部屋に食事を用意してもらい、人目を気にすることもなく、シュウとピッタリと寄り添いながらお互いに食べさせあったりして食事を楽しんだ。

「シュウ、シャワーを浴びて寝る準備をしておこうか」

自分から誘っておきながら、シャワールームでシュウの裸を見て愚息が一気に昂った。
しかし、なんせ狭いシャワールーム、しかも先日シャールームでシュウと交わった時の声が漏れていることをブルーノに指摘されたばかりだ。
侯爵家のシャワールームより壁が薄いだろうこんな宿で交わることなどできるはずがない。

シュウに昂った愚息を見られないように必死に注意を引きながら、理性と本能が戦い続けたシャワーがようやく終わった。

シャワーを済ませてもアンドリュー王とトーマ王妃はまだ宿に着くことはなかった。

ここまで遅いのならば、もう『神の泉』近くで宿をとっているのかもしれない。
そうだとしたら、もうすぐ早馬でも着く頃かもしれないな。
今日の出来事を聞くのは楽しみだが、これから王都に帰るまで話を聞く時間はたっぷりある。

それに今日シュウと決めたこともおふたりに話さなければいけないし。
私たちが決めたことをおふたりはどう思うだろうか?

そんなことを考えながら、シュウに『先に休むか?』と尋ねたが、『もう少し待っていたい』と返ってきた。

久しぶりの別行動だったし、それに今日、元の時代に戻ることを決意したばかりだから少しの時間でも一緒にいたいのだろう。

私はシュウの気持ちを理解して一緒に待つことを了承した。


今日買ったばかりの画帳を広げながら、絵が不慣れな私に指導してくれた。
絵というものは自分の心が現れるらしい。
確かに、今、描いてくれたシュウの絵はいっぺんの曇りもないように見える。
アンドリュー王とトーマ王妃の絵を描くときはきっとシュウの心情がよく現れるんだろうな。

ふたりで穏やかな時間を過ごしていると、トントントンと部屋の扉が叩かれた。

おふたりが宿に到着したとブルーノが伝えにきてくれたのだ。
我々の方から部屋に伺おうと思ったのだが、おふたりが部屋に来てくれるとのことで部屋で待つことにした。

「柊ちゃん、ただいまー!!」

着替えを終え、トーマ王妃が部屋に飛び込んできた。
すごく嬉しそうな表情に全てうまく行ったのだなと思った。

シュウと抱き合って再会を喜ぶトーマ王妃を離れた場所で見守りながら、後ろからやってきたアンドリュー王に
『お帰りなさいませ』と声をかけた。

「其方たちから話は聞いていたが、本当にあそこは不思議な場所だったな。あの空間でトーマと過ごせたことに幸せを感じた。今回無理をしてでもあそこに寄ることを決めてよかった。フレデリック……私はあの『神の泉』の話はただの伝説だと思っていたのだ。だが、実際に其方たちが『神の泉』に辿り着いて、神からの祝福を授かったことを聞いて欲が出た。其方たちのおかげだ。感謝している」

「そんな……。『神の泉』に辿り着けたのもおふたりの愛が本物だったからこそですよ。シュウはお話を聞くのを楽しみにしていましたよ」

「ふふっ。そうか。ところで、あれ・・はどうだった? 問題はなかったか?」

やはりそのことを心配してくれていたのか。
せっかくのトーマ王妃との『でーと』だっただろうに申し訳ない。

「ああ。陛下が危惧された通りでしたよ。あの馬鹿、我々に襲い掛かってきました。まぁ、すぐに騎士たちに捕らえられて行きましたけどね。今頃、レナゼリシア侯爵に連絡が行って、あの場所・・・・に連れて行かれてるんじゃないですか?」

「奴は思っていた以上の馬鹿だったようだな。あんな奴を野放しにしておくよりあの場所・・・・に行ってもらったほうが侯爵としても気が楽だろうな」

「確かに。元々こうなることを想定していたでしょうね」

侯爵の気持ちを思い浮かべながら、奴の末路を想像していた。
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