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第四章 (王城 過去編)
閑話 侯爵家執事ヴォルフ <秘かな想いを貴方に> 後編
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国王陛下御一行が侯爵家に到着され、私はいつものようにハーブティーをお出しした。
幼少期から薬草に興味があった私はこのハーブに疲れを癒す効果があることを知っていた。
だからこそ長旅でお疲れのお客様にはいつもハーブティーをお出ししていたのだ。
結局旦那さまには
『パメラが言った通りにして反応を見よう』
と指示をされたので、その通り奥方さまにだけ少し濃いハーブティーをお出しした。
悪いものを出しているわけではないがテーブルに置いたときにほんの少し手が震えたのを公爵さまにみられたような気がした。
何か言いたげな視線を向けられ、もしかして皆さまの分と違うことに気づかれたのかと心配になったが、奥方さまが躊躇いなくハーブティーを口にし、しかも美味しいと言ってくださったことで公爵さまの鋭い視線から逃れることができた。
それにしても奥方さまのあの反応。
あれはハーブティーを飲み慣れている方の反応だ。
今までたくさんの人にハーブティーを出したがあんなに美味しく飲んでいただけたのは初めてだ。
しかも私のような者に声をかけわざわざお礼を言ってくださるなど、なんて心の美しい方なのだろう。
お嬢さまもあのような女性に育ってくれていたら、きっと旦那さまも奥さまも幸せだっただろうに……。
公爵さまと奥方さまもこの屋敷にお泊まりになることになり、部屋に案内して一息付いた途端、急にお嬢さまに厨房へと連れて行かれた。
ものすごい剣幕で奥方さまに出したハーブティーについて文句を言われたが、指示された通り出したことを証明するために同じものをお嬢さまに飲ませると、予想以上に酸っぱかったのか、思い切り咳き込んで吐き出した。
苦い、苦いと言っていたがこのハーブティーには酸味はあっても苦味はないはずなのだが……。
お嬢さまはの味覚音痴は幼少期からあまり変わっていないようだ。
ポケットに入れていたハンカチを差し出すと、お嬢さまはそれを引ったくるように取り上げ尚も文句を言い続けた。
自分と同じように奥方さまが吐き出すのを楽しみにしていたような口ぶりだ。
それが狙いか?
いや、それだけのためにわざわざこんなことを頼むだろうか?
――彼女はあの味に慣れてるってことでしょう?
今、確かにそう言った。
あの酸味に慣れている方が都合が良いということか?
深く追及しようかと思ったが、お嬢さまは失言したと思ったのか慌てて厨房から立ち去って行った。
「行ったか?」
「はい、旦那さま」
旦那さまはお嬢さまがここへ来ることを見越して厨房の奥に潜んでいたのだ。
先程の私との会話でお嬢様が何かよからぬことを考えていることに気が付いたらしい。
「やはりあいつは何かを企んでいるようだな。
ヴォルフ、今夜は決してパメラから目を離すな」
そう注意を受け、少し緊張感を持ったままついに夜会が始まった。
夜会が始まり招待客が王族へのご挨拶に並ぶ中、私はお嬢さまにテラスへと呼び出された。
目を背けたくなるほどのオレンジの色のドレスを身に纏ったお嬢さまと並んで立つのもげんなりしてしまう。
せっかく旦那さまがお嬢さまのために誂えたドレスがあるのに何故こんな毒々しい魔女のようなドレスを……。
ついドレスのことを口出ししてしまったがために
『あのことを告げ口してやろうか』と脅された。
もう全て知られているのだが……いや、旦那さまの下着で自慰に耽っていたことまではまだ話していない。
いや話せるはずがない。きっとそれを知られたらせっかく許してくださった旦那さまも私に嫌悪の表情を見せるに違いない。
あれは墓場まで持って行かねばならないのだ。
私が慌てて謝るとお嬢さまはニヤリと満足げな表情を浮かべた。
そして、公爵さまと奥方さまに飲み物を頼まれたら報告するよう指示を受けた。
また飲み物か……。
まさか、飲み物に何かを入れるつもりでは?
その考えが頭をよぎった私はお嬢さまに見られないよう急いで旦那さまの元へと走った。
旦那さまのすぐ後ろに立って、こっそりと声をかける。
「旦那さま。そのままお聞きください。先程お嬢さまから、公爵さまと奥方さまに飲み物を頼まれたら報告するよう言付かりました。どう致しましょうか?」
「わかった。動向に注意しておこう。もし、頼まれたらパメラには気付かれぬよう飲み物をお出ししてくれ。くれぐれも気をつけろ」
「畏まりました」
その後、奥方さまからハーブティーを、そして公爵さまにシャンパンを頼まれすぐに裏で準備をしていると、どこで見ていたのかお嬢さまがやってきた。
まずいと思ったが、今隠すわけにもいかない。
仕方なく奥方さまのカップを教えるとお嬢さまはニヤリと笑ってそれに触れた。
すると、そこに旦那さまが現れたのだ。
旦那さまはお嬢さまがここへ来るのを見ていたようだ。
お嬢さまは突然のことに驚き、小さな錠剤のようなものを落とし、それをさっとドレスの裾に隠したのが私の視界の隅に一瞬写った。
私は旦那さまとお嬢さまが話をしている隙に新しいハーブティーとシャンパンを公爵さま方の元へと運んだが、
公爵さまにはハーブティーのカラクリを知られており、私はお嬢さまに頼まれたことを素直に白状した。
公爵さまに知られたことで私は少し安堵した。
これ以上何もなければいい……その思いだけだった。
そして裏へ戻り、床を這いつくばって先程お嬢さまが落としたものを探し出した。
欠けているが確かにこれに違いない。
私はそれをハンカチに包み、夜会の招待客のために来てもらっている医師に調べてもらうと、それは睡眠薬であった。
すぐに効くものではなく、じわりじわりと効果を発揮し持続時間も長いものだと言われた。
しかも少し苦味のあるその薬はハーブティーなど味の濃いものと一緒に飲むと気付きにくいと聞き、お嬢さまの企みが全てわかった気がした。
おそらく、お嬢さまはこれを使って奥方さまを眠らせ公爵さまに何かをするつもりなのだ。
私は急いでそのことを旦那さまに伝えた。
旦那さまは私の話を聞き、すぐに陛下へと話をしたが、すでに陛下は公爵さまから報告を受けていたようだった。
お嬢さまに気付かれぬよう違う部屋に変更するようにと指示を受け、ブルーノさまにお手伝いいただき、なんとか離れた場所に公爵さまのお部屋を用意することができた。
公爵さまがお使いになるはずだった部屋には王室騎士団団長のヒューバートさまが入り、万が一に備えることになった。
私は心の片隅でなんとかお嬢さまが考えを改め、愚かな企みをやめてくれるよう望んでいたが、残念ながらその夜、お嬢さまは公爵さまがいるはずだった部屋に侵入し、潜んでいたヒューバートさまに捕らえられたのだった。
旦那さまは陛下の前でお嬢さまの愚かな行いに勘当を申し渡し、お嬢さまは正式に除籍が決まるまで地下牢で過ごすこととなった。
そして、旦那さまは処分を覚悟されている。
一度ならず二度までも王族に手を出そうとするなど反逆行為も甚だしい。
そんなことをしでかした者の親としてどんなことでも受け入れる覚悟なのだろう。
私は旦那さまがどんなことになろうともどこにでもついて行く。
それは心に決めていた。
しかしながら、陛下は実に寛大な措置をしてくださった。
なんと、お嬢さまの除籍処分だけでお赦しくださったのだ。
それほどまでに旦那さまの統治能力を買ってくださっているのだと思うと、私は本当に嬉しかった。
陛下の薦める方との結婚をとの条件を出されたが、それは仕方のない事だ。
そして、それを旦那さまが断る理由などあろうはずがない。
旦那さまが新しい奥さまと新婚生活を過ごされるのを間近で見るのは辛いけれど、私は旦那さまのために、そしてこの侯爵家のために一生を捧げると決めたのだ。
今は辛くとも時間が解決してくれるはずだ。
私はどんなことがあっても旦那さまのお傍にいるのだ。
しかし、予想は大きく崩れた。
陛下から示された新しい伴侶は、ヴォルフ。
すなわち私のことだ。
自分の名前が陛下から告げられた時、一瞬何が起こったのかわからなかった。
思いがけない出来事に全身の力が抜け、倒れそうになった私を抱きとめてくれたのは旦那さまだった。
初めて感じる旦那さまの温もりに私は感動で胸がいっぱいでどうしていいかわからなかったけれど、旦那さまの微笑みに安堵した。
陛下と公爵さまが執務室を出て行かれた後、部屋に2人になって、私は口から心臓が出そうになる程緊張した。
「ヴォルフ」
「ひゃいっっ」
「ふふっ。そんなに固くなるな。確かに陛下からの提案には驚いたが、私は次に伴侶にするならヴォルフだとずっと思っていたのだぞ」
私の手を取り、笑顔を見せる旦那さまの言葉に驚いてしまった。
「えっ? そ、そんなこと……」
「いや、本当だ。私は子どもの時からヴォルフが好きだった。アビーのことはもちろん感謝しているし、夫婦として過ごした情は今でもある。だが、身分などなければヴォルフと結婚したいと思っていた。私の初恋はヴォルフ、お前だ」
「だ、旦那さま……」
「昔のようにルークと呼んでほしい」
「ルークさま……」
「ふふっ。『さま』もいらないが、それはおいおいだな」
嬉しそうな旦那さま……ルークさまが可愛くて、気づけば私はルークさまの唇に自分のそれを重ねてしまっていた。
ルークさまの唇は想像していたよりもずっとずっと柔らかく甘かった。
ほんの少し開いた唇をこじ開けるように舌を差し込み、貪るように舌に吸い付いた。
ルークさまも舌を絡めてくれたことが嬉しくて、何度も角度を変えながら深く触れ合った。
「……んっ、んん……ふぅ……」
ルークさまの口から漏れ聞こえる吐息までも愛おしい。
しかし、少し苦しそうな様子に名残惜しいがゆっくりと唇を離した。
少し火照った顔をしたルークさまが
「お前、口付けが上手すぎるな。私以外の誰とやっていたのだ?」
と私をキッと睨みつけてくる。
「そんなこと……。私はずっとルークさまのお傍にいたのですよ。ずっと貴方で妄想をしてました」
「――っ!」
ルークさまは顔を真っ赤にして、
『そ、そうか……』と小さく呟いた。
ふふっ。頼りがいのある私の領主さまは本当はとても可愛らしいのだ。
まだ問題は山積みだ。
お嬢さまを除籍処分にした後、どうするか決めなければいけない。
そして、レナゼリシアのこれからのことについても考えなければいけない。
でも、今夜だけはルークさまの伴侶になれた幸せを噛み締めていたい。
なんと言っても40年近い秘かな想いが貴方に通じた日だ。
それぐらいは許して欲しい。
ルークさま、一生を貴方と共に……。
幼少期から薬草に興味があった私はこのハーブに疲れを癒す効果があることを知っていた。
だからこそ長旅でお疲れのお客様にはいつもハーブティーをお出ししていたのだ。
結局旦那さまには
『パメラが言った通りにして反応を見よう』
と指示をされたので、その通り奥方さまにだけ少し濃いハーブティーをお出しした。
悪いものを出しているわけではないがテーブルに置いたときにほんの少し手が震えたのを公爵さまにみられたような気がした。
何か言いたげな視線を向けられ、もしかして皆さまの分と違うことに気づかれたのかと心配になったが、奥方さまが躊躇いなくハーブティーを口にし、しかも美味しいと言ってくださったことで公爵さまの鋭い視線から逃れることができた。
それにしても奥方さまのあの反応。
あれはハーブティーを飲み慣れている方の反応だ。
今までたくさんの人にハーブティーを出したがあんなに美味しく飲んでいただけたのは初めてだ。
しかも私のような者に声をかけわざわざお礼を言ってくださるなど、なんて心の美しい方なのだろう。
お嬢さまもあのような女性に育ってくれていたら、きっと旦那さまも奥さまも幸せだっただろうに……。
公爵さまと奥方さまもこの屋敷にお泊まりになることになり、部屋に案内して一息付いた途端、急にお嬢さまに厨房へと連れて行かれた。
ものすごい剣幕で奥方さまに出したハーブティーについて文句を言われたが、指示された通り出したことを証明するために同じものをお嬢さまに飲ませると、予想以上に酸っぱかったのか、思い切り咳き込んで吐き出した。
苦い、苦いと言っていたがこのハーブティーには酸味はあっても苦味はないはずなのだが……。
お嬢さまはの味覚音痴は幼少期からあまり変わっていないようだ。
ポケットに入れていたハンカチを差し出すと、お嬢さまはそれを引ったくるように取り上げ尚も文句を言い続けた。
自分と同じように奥方さまが吐き出すのを楽しみにしていたような口ぶりだ。
それが狙いか?
いや、それだけのためにわざわざこんなことを頼むだろうか?
――彼女はあの味に慣れてるってことでしょう?
今、確かにそう言った。
あの酸味に慣れている方が都合が良いということか?
深く追及しようかと思ったが、お嬢さまは失言したと思ったのか慌てて厨房から立ち去って行った。
「行ったか?」
「はい、旦那さま」
旦那さまはお嬢さまがここへ来ることを見越して厨房の奥に潜んでいたのだ。
先程の私との会話でお嬢様が何かよからぬことを考えていることに気が付いたらしい。
「やはりあいつは何かを企んでいるようだな。
ヴォルフ、今夜は決してパメラから目を離すな」
そう注意を受け、少し緊張感を持ったままついに夜会が始まった。
夜会が始まり招待客が王族へのご挨拶に並ぶ中、私はお嬢さまにテラスへと呼び出された。
目を背けたくなるほどのオレンジの色のドレスを身に纏ったお嬢さまと並んで立つのもげんなりしてしまう。
せっかく旦那さまがお嬢さまのために誂えたドレスがあるのに何故こんな毒々しい魔女のようなドレスを……。
ついドレスのことを口出ししてしまったがために
『あのことを告げ口してやろうか』と脅された。
もう全て知られているのだが……いや、旦那さまの下着で自慰に耽っていたことまではまだ話していない。
いや話せるはずがない。きっとそれを知られたらせっかく許してくださった旦那さまも私に嫌悪の表情を見せるに違いない。
あれは墓場まで持って行かねばならないのだ。
私が慌てて謝るとお嬢さまはニヤリと満足げな表情を浮かべた。
そして、公爵さまと奥方さまに飲み物を頼まれたら報告するよう指示を受けた。
また飲み物か……。
まさか、飲み物に何かを入れるつもりでは?
その考えが頭をよぎった私はお嬢さまに見られないよう急いで旦那さまの元へと走った。
旦那さまのすぐ後ろに立って、こっそりと声をかける。
「旦那さま。そのままお聞きください。先程お嬢さまから、公爵さまと奥方さまに飲み物を頼まれたら報告するよう言付かりました。どう致しましょうか?」
「わかった。動向に注意しておこう。もし、頼まれたらパメラには気付かれぬよう飲み物をお出ししてくれ。くれぐれも気をつけろ」
「畏まりました」
その後、奥方さまからハーブティーを、そして公爵さまにシャンパンを頼まれすぐに裏で準備をしていると、どこで見ていたのかお嬢さまがやってきた。
まずいと思ったが、今隠すわけにもいかない。
仕方なく奥方さまのカップを教えるとお嬢さまはニヤリと笑ってそれに触れた。
すると、そこに旦那さまが現れたのだ。
旦那さまはお嬢さまがここへ来るのを見ていたようだ。
お嬢さまは突然のことに驚き、小さな錠剤のようなものを落とし、それをさっとドレスの裾に隠したのが私の視界の隅に一瞬写った。
私は旦那さまとお嬢さまが話をしている隙に新しいハーブティーとシャンパンを公爵さま方の元へと運んだが、
公爵さまにはハーブティーのカラクリを知られており、私はお嬢さまに頼まれたことを素直に白状した。
公爵さまに知られたことで私は少し安堵した。
これ以上何もなければいい……その思いだけだった。
そして裏へ戻り、床を這いつくばって先程お嬢さまが落としたものを探し出した。
欠けているが確かにこれに違いない。
私はそれをハンカチに包み、夜会の招待客のために来てもらっている医師に調べてもらうと、それは睡眠薬であった。
すぐに効くものではなく、じわりじわりと効果を発揮し持続時間も長いものだと言われた。
しかも少し苦味のあるその薬はハーブティーなど味の濃いものと一緒に飲むと気付きにくいと聞き、お嬢さまの企みが全てわかった気がした。
おそらく、お嬢さまはこれを使って奥方さまを眠らせ公爵さまに何かをするつもりなのだ。
私は急いでそのことを旦那さまに伝えた。
旦那さまは私の話を聞き、すぐに陛下へと話をしたが、すでに陛下は公爵さまから報告を受けていたようだった。
お嬢さまに気付かれぬよう違う部屋に変更するようにと指示を受け、ブルーノさまにお手伝いいただき、なんとか離れた場所に公爵さまのお部屋を用意することができた。
公爵さまがお使いになるはずだった部屋には王室騎士団団長のヒューバートさまが入り、万が一に備えることになった。
私は心の片隅でなんとかお嬢さまが考えを改め、愚かな企みをやめてくれるよう望んでいたが、残念ながらその夜、お嬢さまは公爵さまがいるはずだった部屋に侵入し、潜んでいたヒューバートさまに捕らえられたのだった。
旦那さまは陛下の前でお嬢さまの愚かな行いに勘当を申し渡し、お嬢さまは正式に除籍が決まるまで地下牢で過ごすこととなった。
そして、旦那さまは処分を覚悟されている。
一度ならず二度までも王族に手を出そうとするなど反逆行為も甚だしい。
そんなことをしでかした者の親としてどんなことでも受け入れる覚悟なのだろう。
私は旦那さまがどんなことになろうともどこにでもついて行く。
それは心に決めていた。
しかしながら、陛下は実に寛大な措置をしてくださった。
なんと、お嬢さまの除籍処分だけでお赦しくださったのだ。
それほどまでに旦那さまの統治能力を買ってくださっているのだと思うと、私は本当に嬉しかった。
陛下の薦める方との結婚をとの条件を出されたが、それは仕方のない事だ。
そして、それを旦那さまが断る理由などあろうはずがない。
旦那さまが新しい奥さまと新婚生活を過ごされるのを間近で見るのは辛いけれど、私は旦那さまのために、そしてこの侯爵家のために一生を捧げると決めたのだ。
今は辛くとも時間が解決してくれるはずだ。
私はどんなことがあっても旦那さまのお傍にいるのだ。
しかし、予想は大きく崩れた。
陛下から示された新しい伴侶は、ヴォルフ。
すなわち私のことだ。
自分の名前が陛下から告げられた時、一瞬何が起こったのかわからなかった。
思いがけない出来事に全身の力が抜け、倒れそうになった私を抱きとめてくれたのは旦那さまだった。
初めて感じる旦那さまの温もりに私は感動で胸がいっぱいでどうしていいかわからなかったけれど、旦那さまの微笑みに安堵した。
陛下と公爵さまが執務室を出て行かれた後、部屋に2人になって、私は口から心臓が出そうになる程緊張した。
「ヴォルフ」
「ひゃいっっ」
「ふふっ。そんなに固くなるな。確かに陛下からの提案には驚いたが、私は次に伴侶にするならヴォルフだとずっと思っていたのだぞ」
私の手を取り、笑顔を見せる旦那さまの言葉に驚いてしまった。
「えっ? そ、そんなこと……」
「いや、本当だ。私は子どもの時からヴォルフが好きだった。アビーのことはもちろん感謝しているし、夫婦として過ごした情は今でもある。だが、身分などなければヴォルフと結婚したいと思っていた。私の初恋はヴォルフ、お前だ」
「だ、旦那さま……」
「昔のようにルークと呼んでほしい」
「ルークさま……」
「ふふっ。『さま』もいらないが、それはおいおいだな」
嬉しそうな旦那さま……ルークさまが可愛くて、気づけば私はルークさまの唇に自分のそれを重ねてしまっていた。
ルークさまの唇は想像していたよりもずっとずっと柔らかく甘かった。
ほんの少し開いた唇をこじ開けるように舌を差し込み、貪るように舌に吸い付いた。
ルークさまも舌を絡めてくれたことが嬉しくて、何度も角度を変えながら深く触れ合った。
「……んっ、んん……ふぅ……」
ルークさまの口から漏れ聞こえる吐息までも愛おしい。
しかし、少し苦しそうな様子に名残惜しいがゆっくりと唇を離した。
少し火照った顔をしたルークさまが
「お前、口付けが上手すぎるな。私以外の誰とやっていたのだ?」
と私をキッと睨みつけてくる。
「そんなこと……。私はずっとルークさまのお傍にいたのですよ。ずっと貴方で妄想をしてました」
「――っ!」
ルークさまは顔を真っ赤にして、
『そ、そうか……』と小さく呟いた。
ふふっ。頼りがいのある私の領主さまは本当はとても可愛らしいのだ。
まだ問題は山積みだ。
お嬢さまを除籍処分にした後、どうするか決めなければいけない。
そして、レナゼリシアのこれからのことについても考えなければいけない。
でも、今夜だけはルークさまの伴侶になれた幸せを噛み締めていたい。
なんと言っても40年近い秘かな想いが貴方に通じた日だ。
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