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第四章 (王城 過去編)

フレッド   22−1

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初日の大波乱な出来事が嘘のように、穏やかな馬車旅が続き当初の予定を大幅に早め、馬車は明日レナゼリシア領に到着する。

初日の出来事で何かを思ったのか、トーマ王妃がシュウと一日の終わりにゆっくりと話をしたいと訴えられ、翌日から4人でアンドリューさまとトーマ王妃の部屋に集まって話すのが日課となった。
最初はこの時間はどんなものかと思っていたのだが、トーマ王妃とシュウが目の前に冷たい紅茶と焼き菓子を広げ、親子というよりは仲の良い友達のような会話をしているのをアンドリュー王と2人で軽いワインを飲みながら見守るという時間が意外に心地が良いことに気づいた。

トーマ王妃とシュウを見つめるアンドリュー王の眼差しが温かく、見ているとホッとするのだ。
シュウ以外の人がいる時にこんなに気を抜いたことなどなかった。
アンドリュー王が私のことをどう思っていてくれているかはわからないが、私にはこの時間がすごく楽しい。
レナゼリシアに早くつけるのは嬉しいが、明日から宿泊が別々になるだろうからこの楽しい時間が当分お預けになるのは少し寂しい気もする。

しかし、アンドリュー王は早く到着できることを喜んでいる。
それはこの時間が嫌というわけではなくて、目的があるからだ。

そもそも馬車を改良することになったのもその目的を遂行するためだ。
移動時間を少しでも早めることができればと思っていたが、こんなにも早く到着できたのは僥倖だった。
アンドリュー王はこれで心落ち着いて目的を達成することができるだろう。

確実に行けるようになるまではと今までトーマ王妃には内緒にしていたけれど、ようやく話す時期がきたようだ。
アンドリュー王は嬉しそうにトーマ王妃に密かに温めていた計画を話すぞと目で訴えてきた。

その目がとても嬉しそうで私も自分のことのように嬉しくなった。

アンドリュー王が温めていた計画。
それはトーマ王妃を神の泉に連れて行くことだ。

私とシュウが神に与えられた守護石をピアスとしてつけるようになって、アンドリュー王は羨ましかったようだ。
トーマ王妃が耳につけてくれるならどんな石でもいい。
アンドリュー王はそう言っていたけれど、ほんの少しでも可能性があるなら一度神の泉に行ってみたいと思っていたのだ。
もし、守護石を与えられなくとも、あの神の泉に愛する者と一緒に向かい神に誓いを立てる。
それができるだけで幸せだ……そうも言っていた。

「トーマ、レナゼリシアの視察の全日程が終わったら神の泉に足を運ぼう」

アンドリュー王のその言葉に、トーマ王妃が飛び上がらんばかりに喜んでいた。
ここまで喜んでくれるなら計画した甲斐があったというものだ。

「わぁ~っ! アンディー、嬉しい!!
僕、柊ちゃんから聞いて行ってみたかったんだ!!」

私たちの目の前にも関わらず、トーマ王妃が嬉しそうにアンドリュー王に抱きついたのをみてシュウは嬉しそうに笑っていた。
トーマ王妃が嬉しいとシュウも嬉しいのだな。
そんなシュウを見る私はもっと嬉しいのだぞ。

トーマ王妃はシュウも一緒に神の泉へ行けると思ったようだが、あの泉には誓いを立てるふたりしか辿り着くことはできない。
そう……いくら神に愛されたシュウが一緒にいようとも、アンドリュー王とトーマ王妃のふたりで出向かなければきっと神の泉に行くことはできないだろう。

森の中に突然現れるあの空間……私が思うにあの場所は異次元空間ではないか。
あそこだけ時間の流れが違うのだ。
きっとアンドリュー王とトーマ王妃もあの特別な時間を感じられることだろう。

無事にあの神の泉に辿り着いた後の話を聞くのが楽しみだな。

「我々はその間レナゼリシアの町を散策でもしておきますので、どうぞお気遣いなく」

「ああ、そうしてくれるなら有難いが……くれぐれも町でパメラ嬢との接触はせぬように気をつけてな。
我々も夜にはレナゼリシアに戻る予定だが、時間によっては神の泉近くで宿を取ることもあるかも知れぬ」

そうだ、パメラ嬢……。
本当に厄介な女だな。

せっかくのシュウとの旅行に水を差すようなことにならなければいいが。
シュウに危害を及ぼすようならタダではおかない。

「アルフレッド、侯爵家ではせいぜいシュウとの仲を見せつけておけ。
どんなことをしても私は怒らん。新婚だから仕方ないとでも言ってやるさ。
いいか、絶対にパメラ嬢に付け入る隙など見せるな」

「畏まりました。思いっきりやってやりますよ」

ニヤリと笑う私の横でアンドリュー王も不敵な笑みを浮かべていた。


シュウは緊張で眠れないかもしれないと言っていたが、私の胸に抱きこんでしまえばすぐにスゥスゥと可愛らしい寝息を立てて眠りに落ちていった。

ふぅ。明日の夜会であのドレスを着るのか。
私の伴侶の美しい姿を見せつけたい気もする反面、女神の如き美しいシュウの姿を大勢の前に曝け出すのが惜しい気もする。

ただの私の我が儘なのだが、そう思うことだけは許して欲しい。

私は気持ちよさそうに寝息を立てるシュウの唇に
『誰にも心を動かされないでくれ』と願いを込めて口付けをおくった。

翌朝、予定通り馬車はゆっくりとレナゼリシア領に向けて出発した。
侯爵家に着くまえにひとつ手前の町で昼食休憩をとることになっている。

本当ならば休憩をとらずともよい距離ではあるが、緊張しているであろうシュウへのトーマ王妃の配慮なのだろう。
本当にシュウのことをよくわかっている。
さすがだ。

いつもより長めのドレスを着て、足元の覚束ないシュウを抱き抱え馬車から降りるとすぐにトーマ王妃が駆け寄ってきた。

シュウの腕を取り楽しそうに店へと入っていくトーマ王妃の後ろをアンドリュー王と共について行った。

「あの子は緊張しているのか?」

「そうですね。大勢の前に出したことがないので少し緊張しているようですが、トーマ王妃のご配慮のおかげで少し笑顔を取り戻しております」

「そうか、なら良かった。昨日も言ったように侯爵家ではあの子から目を離すな」

「心得ております」

私の返事にアンドリュー王は『うむ』と納得したように大きく頷いた。

トーマ王妃に再度パメラ嬢のことを忠告を受けたシュウの傍に寄り、

「シュウ、何も気にしなくていい。私がちゃんとシュウを守るから、シュウは私の傍で笑顔でいてくれたらいい」

というとようやくいつもの晴れやかな笑顔を見せ、私の腕に抱きついてくれた。

ああ、この笑顔を私が守ってやるからな。


昼食を終え、馬車に戻ると私はシュウを膝の上に座らせた。
私の腕の中にすっぽりと入ってしまうシュウを包み込むように抱きしめてもシュウは抵抗もない。
それどころか嬉しそうに私の胸元に顔を擦り寄せてくる。
シュウにとって私の膝の上に座ることはもはや当たり前のことなのだと言われているようですごく嬉しい。

侯爵家に着いても離しはしないからな。

軽快に飛ばしていた馬車が速度を落としたのを感じ取ってシュウが窓から外を覗いていた。
さっきまでの緊張顔が嘘のように楽しそうな顔つきをしている。
元々、シュウは好奇心に溢れる子だ。
いつもと違う場所に臆することなどないだろう。

シュウは楽しいことや嬉しいことを見つけると無自覚に周りのものに笑顔を振り撒くことがあるから、私としては少し緊張して私から離れたがらない方が良かったのだがな。

窓からチラッと見えるあの毒々しい赤いドレスの女がパメラ嬢だろうか?
まるで魔女のようなその出立ちに嫌悪感しか感じられない。
何かを企んでいるようなその表情に嫌気がさしたが、私はそれなら思いっきり出鼻を挫いてやろうと思った。

アンドリュー王とトーマ王妃が降り、続いて私たちの馬車の扉が開かれた。
シュウは私の膝から降りようとしたが、そんなことをさせるつもりはない。
シュウを包み込んでいた腕でシュウの身体をがっちりと支え、そのまま立ち上がるとシュウは私の首に手を回ししがみついてきた。

無意識なのだろうが、シュウにしがみつかれて嬉しさが込み上げてきた。

私はシュウに『このまま抱きついていてくれ』と言って、シュウを抱き抱えたまま馬車を降りた。
馬車を降りても私はシュウを降ろそうとはせず、私にはシュウしか目に入らぬと皆に見せつけた。

本来ならば、先に降りたアンドリュー王やトーマ王妃にはもちろん、また到着を待っていた侯爵家の者たちにも挨拶をせず伴侶と戯れているなど許されるはずもないことだ。
しかし、横目でアンドリュー王とトーマ王妃を覗き見ると笑いを堪えている様子だ。
口をあんぐりと開き、呆然としているパメラ嬢を見て私も笑いが出そうになってしまった。

よほど驚いたのだろう、ずっと私たちの戯れを見続けていたパメラ嬢に侯爵からの叱責が飛び、慌ててアンドリュー王とトーマ王妃に挨拶をしているが、視線はずっと私たちを向いていたのが気配でわかった。

アンドリュー王はパメラ嬢への牽制のためか、侯爵に私の方がシュウに執着しているのだと伝えると隣で聞いていたパメラ嬢はギラっとした目でシュウを睨んだように見えた。

やはり、あの女は危ない。
絶対にシュウから目を離すわけにはいかないな。


私はその後もシュウを腕に抱きかかえたまま侯爵家の門をくぐり、レナゼリシア侯爵に案内され応接室へと向かった。

華美すぎない品の良い調度品に囲まれたその応接室は侯爵の人柄を表しているようで気持ちの良い空間だったが、
その部屋の中でパメラ嬢の毒々しい赤いドレスだけが癖が強く悪目立ちしていた。

部屋に入ると、改めてアンドリュー王が私たちを侯爵に紹介をしてくれた。
その間アンドリュー王はずっとトーマ王妃の腰に手を回しぴったりとくっついて仲の良さを見せつけているように見えた。
3年前の出来事とはいえ、トーマ王妃を襲おうとした者が目の前にいるのだからそれも仕方ないだろう。

パメラ嬢はアンドリュー王とトーマ王妃には攻撃的な視線をむけるどころか、アンドリュー王の発する威圧感に怯えてさえいるようだ。
アンドリュー王とトーマ王妃を敵に回しては恐ろしいと身をもって知ったのだろう。
3年前のあの時は侯爵に相当絞られたらしいからな。

アンドリュー王の威圧感たっぷりの視線を受け、声を上擦らせながら私とシュウに挨拶をしてきた。
カーテシーはさすが侯爵令嬢というべきか、美しい所作であった。
しかし心は全く入っていないのは明白だった。
美しい私を見てと言わんばかりのその態度に不快感でいっぱいになった。

私の笑顔を引き出そうとでもしているのかパメラ嬢は私に微笑みを向けてくるが、全く笑う気にもならない。
隣に立つシュウに目を向ければ自然と微笑んでしまうというのに……。
やはり私の笑顔を引き出せるのはシュウの屈託のない笑顔だけなのだな。

挨拶が終わり、ソファーに並んで座る時も私はシュウを膝に乗せた。
シュウもさすがに下りなくていいかと聞いてきたが、ここで下ろしては意味がない。

「ああ、シュウはそのまま私のそばにいてくれ」

シュウをより一層深く抱きしめると、シュウは諦めたのかそのまま私の膝に乗ったままでいてくれた。
私たちのそのやりとりをパメラ嬢は何か文句でも言いたげな様子でじっと見続けていた。
さっきのアンドリュー王への態度からすると、やはり標的をアンドリュー王から私へと変えたように感じる。
ならば、何かをするとすれば矛先はシュウに向かうだろう。
パメラ嬢の行動をしっかりと監視させておく必要があるな。

一瞬間が空いた時、執事が紅茶を運んできた。
紅茶にしては薄い色だなと思ったが、これはどうやらハーブティーらしい。
レナゼリシアでは紅茶よりハーブティーが盛んだと聞いていたが、こういうおもてなしの時は基本的に紅茶を出すのが一般的だ。
珍しいなと思いながらカップを取ろうとすると、シュウのカップに入っているハーブティーだけやけに濃く見える。
あれは大丈夫なのか? と思ったが、シュウは気にする様子もなく執事にお礼を言っていつものように食事の挨拶をして嬉しそうにカップを手に取った。

ふと、正面に座るパメラ嬢を見ると少し口角が上がっているように見える。
もしやこのハーブティーに細工が?
咄嗟にシュウのカップを取り上げようと思ったが、シュウはすでにカップに口をつけていた。

一瞬にして最悪な事態を頭に思い浮かべたが、

「爽やかな酸味がとても美味しくて旅の疲れが癒やされますね。私の好きな味です。ありがとうございます」

シュウは体調を崩すどころか、満面の笑みで運んできた執事に味の感想とお礼を言っていた。

なんだ、私の取り越し苦労だったかと胸を撫で下ろしかけたが、シュウのお礼の言葉に執事は一瞬驚いた顔を見せていた。
しかも、パメラ嬢も同様に驚いた顔を見せたのだ。
本当に一瞬のことだったので他の人は気づかなかったかもしれないが、私には確かにふたりが驚いているようにみえた。
やはりシュウが飲んだあのハーブティーには何かの仕掛けがあったのではないかという疑念を抱いた。

それから私は侯爵やアンドリュー王の話を聞きながらも、意識はずっと正面に座るパメラ嬢と部屋の隅に立っている執事に向け、おかしな行動を取らないか気を張っていると、侯爵からレナゼリシア滞在中は屋敷に泊まるようにと勧められた。

シュウのことを思えば、この屋敷に泊まるべきではないのだが……何かをしでかそうとしているのならば、同じ屋敷にいた方が尻尾を掴めるかもしれない。
さっきのハーブティーの件も気になるし、うーん、どうしたほうがいいか……。

「アルフレッド、どうする?」

そう尋ねてくるアンドリュー王の目にはここに泊まって真意を見抜けと言っているように見える。
やはり、アンドリュー王もパメラ嬢の態度に違和感を感じたのかもしれない。
危ない目はさっさと摘んでおいたほうがいいか。
よし。そうしよう。

「レナゼリシア侯爵、ご好意に感謝します」

そういうと、侯爵は自然な笑顔を見せたが、パメラ嬢はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべていた。


私たちのために用意された部屋は2階の広い客間。
隣はアンドリュー王とトーマ王妃の部屋だ。
一応部屋の中を調べてみたが、特におかしなところはなさそうだ。

パメラ嬢やその他の侵入を防ぐためにも部屋の前には見張りの騎士たちを配置している。
とりあえずはこれで安心だろう。

やっとシュウと心を落ち着けて過ごすことができる。
穏やかな日差しが差し込むソファーに2人で座るとシュウは私に擦り寄ってきた。
その仕草が可愛くて抱きしめてしまいたくなる。

シュウは私がずっとシュウを抱き抱えていたのを少しばかり恥ずかしく思っていたようだが、そのおかげで気疲れしなかったと言ってくれた。

私はそれを聞いて嬉しかった。
アンドリュー王に『私たちの仲の良さを見せつけてパメラ嬢に付け入る隙を与えるな』と言われたのは確かだが、
それ以上にシュウと離れていたくなかったと言うのが本心だからな。

私の本心を告げるとシュウもまた嬉しそうに抱きついてくれた。

その時の笑顔があまりにも可愛らしくて心配になった私は、シュウに夜会ではくれぐれも笑顔を見せないように、そしてパメラ嬢にはくれぐれも注意するようにと忠告した。

まぁ、いくらパメラ嬢でもたくさんの人がいる夜会でシュウに何かを仕掛けてくることはないだろう。
それよりも心配なのはシュウの笑顔に惑わされる輩なのだ。
シュウの笑顔は時に人を愚かにさせることがある。
無駄な争いを回避するためにもシュウには極力笑顔を振りまかないようにさせたほうがいい。

こうやって私が忠告すれば素直なシュウのことだから必死に笑顔を見せないだろう。
シュウの笑顔を見るのは私だけでいいのだ。


ゆったりとシュウとの時間がすぎていき、そろそろ夜会の準備をする時間になった。
シュウが着替えをする間に私も着替えておこう。
シュウは初めて見せる私の正装姿を見てなんと言ってくれるだろうか。
なんだか緊張してきたな。

最後にジャケットを羽織り、準備も終わったところでシュウのいる寝室へと向かう。
カチャリと扉を開けると、ドレスの前釦を留めているシュウがこちらを向いた。

「わぁっ……かっこいい」

シュウは私を見るなり格好良いと言ってくれたが、私には美しいシュウの姿しか目に入らなかった。

「シュウこそ、美しい」

いろいろ言いたいことはあるのに、美しいとしか言えなかった。
その語彙力のなさに自分でも呆れてしまうが、女神のごとき美しいシュウを前にしてはそれを言葉で表現することがそもそも無理なのかもしれない。

シュウの淡い青色のドレスは私の服と対になっている。
これは誰が見ても私の伴侶だと知らしめるためものだったのだが、この色のおかげでシュウの色白の肌が映えて美しさに拍車がかかっている。
そんなシュウがスカートを持ち上げ私の元へと歩み寄ってくる。
しかも、とびきりの笑顔で。
私は近づいてきたシュウのドレスの釦がまだ留まっていないことをいいことにシュウの釦に手をかけた。

もちろん、外したりはしない。
なんせもう夜会の時間が迫っているのだから。
今はシュウの首筋に触れられるだけで我慢しよう。

柔らかな首筋に触れなからシュウの開いていた釦を留め、『ここを開いていいのは私だけだ』と念を押すとシュウは当然だと笑顔を向けた。

シュウのあまりの美しさに『皆の前に出したくない』と言うと

「フレッドだって! カッコ良すぎるから他の令嬢の前に出したくないな」

と少し拗ねた様子で言ってくれたのだ。

突然のシュウの嫉妬に喜びを感じながらシュウをそっと抱きしめた。
本当ならそのままシュウをベッドに押し倒したいくらいなのだが、流石にもう時間がない。
ほんの少しだけ残っていた理性で必死に欲望を押しとどめ、

「シュウ、髪をしてもらおうか」

そういってシュウから離れ、ブルーノを呼んだ。

「シュウの着替えが終わった。すぐに髪結を頼む」

ブルーノはすぐに部屋に鏡と大きな籠を運び込んだ。
この籠には今日の夜会用に誂えたシュウのかずらが入っている。

全ての準備を終えてからシュウを寝室から出すと、ブルーノはシュウの美しさに一瞬動きが止まったもののすぐに我にかえり髪結を始めた。

この日に向けてシュウのために練習したのだろう。
結い上げられた鬘がとても上手に付けられている。
そして、ブルーノは最後にシュウの頭に小さな王冠を載せた。

ああっ、これは王家に伝わる王冠だ。
確か昔、王家の歴史書に描かれていた絵を見たことがある。
この王冠はアンドリュー王がトーマ王妃との婚姻の際に職人に作らせたもので、当時の最高峰の細工が施されたこの世にただ一つしかない希少価値の高い王冠だったはずだ。
しかしながら、我々の時代には紛失したとして現物は残っておらず伝承として残るのみだ。
話ではトーマ王妃が亡くなった際に一緒に埋められたとか、アンドリュー王がトーマ王妃以外に渡ることを嫌って王城内の秘密の場所に隠したなどと伝え言われていたが、今、当然のようにブルーノがシュウの頭に載せているのを見ると、アンドリュー王とトーマ王妃の手によってシュウに贈られたのかもしれないな。

シュウの頭上を彩る輝かしい王冠を見ながら、私は感無量な想いに駆られていた。

しかし、この王冠がどんな意味を持つのか、お二人からその話を聞くまでは私は黙っていることにしよう。

シュウは頭につけられた王冠を何度も鏡で確認しながら
『お姫さまみたいだ』と嬉しそうに笑っていた。

「ああ、シュウは私の可愛いお姫さまだよ」

この世のものとは思えないほど可愛らしいシュウを横抱きに抱き抱え、鏡に写して見せるとシュウはじっくりとそれを眺めてまた嬉しそうに笑っていた。
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