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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   22−1

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旅は想像以上に順調に進み、とうとう明日はレナゼリシア領へと到着する予定だ。
ここ最近の楽しみだった宿泊所のお父さんたちの部屋で4人で語らいをするのも明日からしばらくお休みだ。
それは少し残念なところだけど、レナゼリシアの視察は楽しみでもある。

「予定よりも1日半近く早く到着するなんてすごいよね」

「うん。これも柊ちゃんとアルフレッドさんのアイディアのおかげだよ。
こんなに長い期間馬車に乗ってここまで体調が良いのは初めてなんだよ。ねっ、アンディー」

「ああ、そうだな。本当に其方たちに改良を頼んで良かったぞ。おかげでトーマを連れて行けそうだ」

んっ? 連れて行けそう?
どういうことだろう……。どこか行きたいところでもあるのかな?

アンドリューさまがフレッドにアイコンタクトで何か伝えると、フレッドは嬉しそうに微笑んでいる。
なんだろう、アンドリューさまとフレッドがこの旅でものすごく距離が近くなった気がするのはぼくの気のせいじゃないよね?

アンドリューさまはぼくにとって大切なお父さんみたいな存在だからフレッドとアンドリューさまが仲良くしている姿を見るのはなんだかすごく嬉しい。

「アンディー、連れて行けそうってどういうこと?」

ぼくと同じ疑問を持ったらしいお父さんがアンドリューさまに尋ねると、

「レナゼリシアに早く着けたら、神の泉にトーマと行きたいと考えていたのだ」

と嬉しいサプライズを教えてくれた。

「えっ? ほんとに?!」

「ああ、それでアルフレッドたちに馬車の改良を頼んだのだ。
もし、レナゼリシアに早く着くことが出来たらその時間を使ってトーマと神の泉に誓いに行きたいと思っていた。
ここまで早く着けるとは思ってもなかったが本当によかった。
トーマ、レナゼリシアの視察の全日程が終わったら神の泉に足を運ぼう」

そうか、なるほど!
だからか。
うわぁ、ちゃんと改良できてよかった!!

「わぁ~っ! アンディー、嬉しい!!
僕、柊ちゃんから聞いて行ってみたかったんだ!!」

お父さんは相当嬉しいみたいで、アンドリューさまに抱きついていた。
アンドリューさまはお父さんから抱きついてもらえたのが嬉しかったみたいで目を細めて喜んでいた。
やっぱりお父さんたちが仲良くしている姿を見るのは楽しいし、嬉しい。

「柊ちゃんたちも一緒に神の泉に行けるんでしょ?」

「いや、その日は別行動にしたほうがいいとアルフレッドがいうのでな」

「えっ? そうなの? アルフレッドさん、どうして? 一緒に行けたら楽しそうなのに……」

「あの泉へは神に誓いを立てるものしか近づくことはできないのです。
我々が一緒にいては、神の泉に辿り着くことはできないでしょうから」

「ああ、そうなんだ……」

お父さんがちょっとがっかりしているけれど、でも確かにそうだった。
あの時も確か、ルーカスさんたちを残してぼくたちだけで行ったんだった。
ああ、懐かしい……。
お父さんたちも2人ならきっと無事にたどり着けるよね。

そういえば、確か時間の進み方も違ったな……。
ぼくたちが神の泉で過ごしていた時間は小一時間くらいだったのに、ルーカスさんたちには5時間くらい経ってるって言われて驚いたっけ。
なら、余計に2人で行くのがいいんだろうな
と言ってもヒューバートさんたちは警備だからついて行くと思うけど。

「我々はその間レナゼリシアの町を散策でもしておきますので、どうぞお気遣いなく」

「ああ、そうしてくれるなら有難いが……くれぐれも町でパメラ嬢との接触はせぬように気をつけてな。
我々も夜にはレナゼリシアに戻る予定だが、時間によっては神の泉近くで宿を取ることもあるかも知れぬ」

「畏まりました。どうぞお気をつけて神の泉をお楽しみください」

「まぁ、まずはレナゼリシアの視察と夜会が終わってからだがな」

「ハハッ。確かに」

そうだ、まずはレナゼリシアの視察がうまく行くことが大事だもんね。
ぼくたちは今回レナゼリシアの町や孤児院、学校、そして農村部も視察するアンドリューさまとお父さんに同行できることになっているからワクワクしている。
この時代の王都以外の領地がどんな状況なのかを実際に見られることは歴史書で勉強するよりもずっと勉強になると思うし、きっと元の時代に戻ってもその経験が活かせるんじゃないかと思っている。

「ここの孤児院でも柊ちゃんのパンケーキ教えてあげたら喜ぶかもね」

「わぁ、そうだったら嬉しいな」

お父さんに聞いたところによると、あの子たちは毎日朝食で【王妃さまのパンケーキ】といって嬉しそうにパンケーキを食べてくれているらしい。
初めてあの子たちの前でパンケーキを焼いた時、目を輝かせて喜んでくれたのを思い出す。
あの時は本当に嬉しかったな。

それにそのパンケーキを城下で売って孤児院の資金にしてたよね。
あのおかげで孤児院での夕食が今までより豪華になって、子どもたちもお腹いっぱい食べられていると聞いた時はぼくにも役に立てることがあって嬉しかった。
そういうシステムを作ってくれたアンドリューさまとお父さんに感謝した。

このレナゼリシアにある孤児院の子どもたちが、もしお腹を空かせているならパンケーキもだけど
他にも何かいいアイディアで助けられたらいいな。

翌朝、馬車はゆっくりとレナゼリシア領に向けて出発した。
この調子で行くとお昼過ぎにはレナゼリシア侯爵家に到着する。

この領地にアンドリューさまとお父さんが視察に来るのは1年半ぶりらしい。
その時にはパメラさんとのトラブルを防ぐためにパメラさんは領地外にいる親戚の元へと行かされていて、実際にお父さんと会うのは初めてなんだそうだ。

そういうこともあって、今夜早速、国王陛下、王妃殿下歓迎のための夜会が開かれることになっている。
ぼくはジョシュアさんに仕立ててもらったあのドレスを着て出席する予定だ。
この世界に来てからずっと女装で過ごしているせいか、普段の仕草もだいぶ女の子らしくなっていると自分でも思うけれど、ドレスを着て大勢の人の前に出るのは初めてだからちゃんと女性らしく見えるか心配だ。
今日はいつも以上に長めのワンピースを着ているのは、夜会用のドレスに慣れるためのものだけど少し長くなるだけでやっぱり歩きにくく感じる。転んだりしないように気をつけないとな。

途中で昼食休憩を取るために領地手前で馬車を降りる。
レナゼリシア領はもうすぐそこだ。
ああ、本当に緊張してきた。

「柊ちゃん、緊張してる?」

「うん。なんかドキドキしてきちゃった」

「大丈夫、柊ちゃんいつも可愛いけど、今日は特に可愛いよ。でも、絶対にアルフレッドさんから離れないでね」

お父さんから再度その忠告を受けて、少し緊張感が高まった気がしたけれど、

「シュウ、何も気にしなくていい。私がちゃんとシュウを守るから、シュウは私の傍で笑顔でいてくれたらいい」

そうフレッドに言われたら、スーッと心が落ち着いた。

そうだ。いつも通りフレッドの傍にいたらいいんだ。

「うん。ありがとう。フレッド」

ぼくはくるぶしまであるふわふわのスカートを風にたなびかせながらフレッドの腕に絡み付いた。

おいしい昼食を食べ、少し緊張も解れたところで馬車は一路レナゼリシア侯爵家へと進んでいく。
その間、フレッドはずっとぼくを膝に乗せてぎゅっと包み込むように抱きしめてくれていた。
その温もりにホッとしながら、楽しい時間を過ごした。

馬車は畑を通り過ぎ段々と建物が増えてきて、整備された道に変わった。
走りやすくなったのかお馬さんたちの速度も早くなってきた。

レナゼリシア領の中心地に近づき、侯爵家はもう目と鼻の先だ。
馬車はゆっくりと速度を落とし、大きなお屋敷の前で止まった。

馬車の窓からちらっと覗くとサヴァンスタックにあるフレッドの屋敷よりひとまわり小さいくらいのそのお屋敷の前にはたくさんの人が並んで立っていた。

真ん中に立つ濃い緑の髪に茶色の瞳をしているあの人がレナゼリシア侯爵さまかな?
鼻の下に髭を蓄え、ほんの少しぽっちゃりとした体型だけど背が高いからかあまり太っているようには見えないかも。
ぼくの周りにはフレッドを始め、アンドリューさま、ヒューバートさん、ブルーノさんとかっこいい人だらけだからすっかり目が肥えてしまっているけれど、この侯爵さまもどちらかといえばかっこいい部類に入る人かもしれない。

侯爵さまの奥さんは数年前に亡くなったそうで、まだ再婚はしていないそうだから、隣に立っているあの赤いドレスを着た女性はパメラさんだろうか。

うん、たしかにお淑やかというよりは激しそうな感じがドレスの印象から漂っている。
もう少し淡い色味の方がパメラさんには似合いそうな気がするけどな……。

アンドリューさまとお父さんが馬車から降りたのを確認して、ぼくたちの馬車の扉が開いた。
すると、フレッドは膝に乗せていたぼくをそのまま抱き抱えて立ち上がった。
ぼくは慌ててフレッドの首に手を回ししっかりと抱きつくと、

「シュウ、このまま抱きついていてくれ」

といってトントントンと軽快に馬車を降りていった。

まさか横抱きのまま降りてくるとは思っていなかっただろう。
パメラさんを始め、屋敷の前で並んでいた人たちばかりか、周りを固めていた騎士さんたちの視線までもがぼくとフレッドに注いでいるのがわかる。
けれど、フレッドの視線はずっとぼくだけに向かっていた。

愛しくてたまらないというその優しげな視線を与えられ、ぼくは少し照れてしまったけれどそのおかげでパメラさんからの視線はぼくは何も気にならなかった。

「レナゼリシア侯爵、久しいな。変わらず元気そうで何よりだ」

「は、はい。陛下並びに王妃さまにおかれましてはご機嫌麗しく、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」

「ああ、堅苦しい挨拶はいい。パメラ嬢も元気そうだな」

「パメラ! 陛下と王妃さまにご挨拶しないか!」

どうやらパメラさんはずっとぼくたちの方を向いていて、アンドリューさまとお父さんの様子に気づいてなかったみたいで、侯爵さまが大声をあげて叱っている。

パメラさんはその言葉に気づいて慌ててアンドリューさまとお父さんに挨拶をしていたけれど、何故だか視線はずっとこっちに向いているのが気配でわかった。

アンドリューさまはそんなパメラさんの視線に気づいたのだろう。
侯爵さまとパメラさんに牽制するかのように声をかけた。

「レナゼリシア侯爵、手紙でも知らせておいたがあの2人は先日婚姻したばかりの新婚でな、人前でも戯れがすぎるがまぁ大目にみてやってくれ」

「は、はぁ。仲睦まじいご様子羨ましい限りでございますな」

「ああ、特にアルフレッドの方がご執心でな。シュウ以外には目を向けることもない」

「あれほどのお美しいお嬢さまならそれも納得でございます」

再度みんなからの視線が降り注ぐ中、アンドリューさまからまずは中に入ってきちんと挨拶をしようと声をかけられ、ぼくはそのままフレッドに抱き抱えられた状態で侯爵家へと足を踏み入れた。

案内された部屋は明るい日差しが入る広い応接室。
庭師さんの手が行き届いた綺麗な中庭が見えるその部屋はすごく開放的で気持ちがいい。

部屋に入ってすぐにアンドリューさまが改めてぼくたちを侯爵さまとパメラさんに紹介してくれた。

フレッドはこの時ばかりはぼくをそっと下ろし横にピッタリくっつくように腰に手を回して立たせた。

「私の母方の遠戚にあたるアルフレッド=サンチェス。
母国では公爵の爵位を持っておる。そして隣が奥方のシュウだ。
勉強がてら我がオランディアにやってきてここ数ヶ月王城に住まい、私とトーマの手伝いをしてくれている」

アンドリューさまはぼくたちを紹介する間もずっとお父さんの腰に手を回しピッタリと寄り添って、パメラさんへものすごい威圧感を出している。お父さんに手を出してはいけないと身体全部で訴えているようだ。
その威圧感にパメラさんも少し怯えている様子さえ見える。
逆にお父さんはさすが王妃としての余裕なのか、アンドリューさまに愛されているという自信なのか、
パメラさんにはなんの気後れもしていない様子だ。
その凛々しい姿にぼくも惚れ惚れしてしまうほどだ。

侯爵さまからの挨拶を受けたあと、

「さ、サンチェス公爵さま、並びに公爵夫人さまにおかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。
お会いできて光栄にございます」

綺麗なカーテシーでぼくたちに挨拶をして立ち上がったパメラさんの顔を初めて正面から見つめた。
しかし、パメラさんはフレッドの顔しか目に入っていないようだ。
その顔はさっきまでのキツそうな表情とは違い、とても可愛らしい顔を見せている。

お父さんたちが結婚してもう3年も経っているし、さすがにもう奪い取ることは難しいとでも思っているんだろう。
フレッドに可愛くてにこやかな笑顔を向けているところを見ると、やはりフレッドがターゲットになっているのかもしれない。

けれどフレッドは相変わらずぼくばかりに優しい視線を向けていて、他の人に目を向ける時はぼくには絶対向けないような冷たい視線だ。
それぐらい徹底している方がパメラさんに余計な気を持たせないのでいいかもしれない。

挨拶のあと、部屋の中央に配置された大きなソファーにアンドリューさまとお父さんが並んで座り、その隣にここでもフレッドの膝に乗せられたままのぼくが座った。
あまりにも場違いな雰囲気に

「フレッド、下りなくていい?」

と小声で尋ねたけれど、フレッドは何も気にしていない様子で

「ああ、シュウはそのまま私のそばにいてくれ」

とぼくが勝手に下りたりしないようにぎゅっと抱きついてきた。
みんなから見られて恥ずかしいけれど、パメラさんとのトラブルを防ぐためにはこれぐらい見せつけておいた方がいいんだと自分に言い聞かせた。
アンドリューさまやお父さんからも注意を受けないところを見ると、きっとこれが正しいんだろう。

向かいに座るパメラさんからの視線は相変わらず感じていたけれど、ぼくはずっと気にしないように振る舞った。
流し目で見るパメラさんの印象は確かにキツそうな表情をしているからか、少し怖そうに見えるけれど
カーテシーもとても綺麗だったし、そういうところはやはり侯爵令嬢なのだなと思う。
ぼくも一応覚えたけれどなかなか難しいんだよね、あの挨拶。
今回の夜会ではぼくはお父さんに次ぐ身分らしいのでカーテシーをすることはないらしいから安心だ。よかった。

「王都からの長旅お疲れさまでございました。自家製のハーブティーをお持ち致しました。お好みで蜂蜜を入れてお召し上がりくださいませ」

この家の執事さんが音も立てずに綺麗な所作で全員の前にスッと置いてくれたティーカップには薄い黄色の飲み物が入っていた。
紅茶じゃなくてハーブティーか。この世界に来て初めて見るかも。
でも、ぼく実はハーブティー好きなんだよね。

清掃を担当していたビルの一階にハーブティーとスイーツを出しているカフェが入っていた。
そこで何度かハーブティーの試飲をさせてもらったことがあった。
最初は一緒に試食させてもらえるマフィンが目当てだったのだけど、
ハイビスカスティーやローズヒップティー、カモミールティーなどを飲ませてもらうと身体の調子が良くて、
いつしかハーブティーの試飲の方を楽しみにするようになってたんだよね。

ここでは苺の栽培も盛んだと言っていたし、ここはオランディアでも比較的寒い地方だから紅茶よりハーブの方が栽培しやすいのかもしれない。

この世界に来て初めて飲むハーブティーに興味深々で

「ありがとうございます。いただきます」

執事さんに笑顔でお礼を言い、ハーブティーを一口啜った。

わぁ、これ、ローズヒップティーによく似てる。

ほのかな酸味がふわっと口の中に広がって飲みやすい。
慣れていない人には飲みにくいかもしれないけれど蜂蜜を入れたら甘くなって疲れを癒すにはさらに適していると思う。
ぼくはこのまま飲む方が好きだけどね。

「爽やかな酸味がとても美味しくて旅の疲れが癒やされますね。私の好きな味です。ありがとうございます」

ぼくの言葉に執事さんはなぜか『えっ?』と驚いた表情をしていたけれど、
すぐに冷静な顔に戻り『嬉しいお言葉を賜りありがとうございます』とお辞儀をして部屋の隅に戻っていった。
なんか変なこと言っちゃったかな?


一通り挨拶や最近の領地での話を聞いたところで、

「陛下、並びに王妃さま。レナゼリシアに滞在の間は我が家にお泊まりいただくということでございましたので、お部屋にご案内いたします。また、お部屋は2部屋並んでご用意しておりますので、公爵さまと奥方さまもぜひご一緒にお泊まりください」

と言ってくれた。

急遽同行することが決まったので、フレッドとぼくはてっきり宿に移動すると思っていた。
パメラさんとあまり接触しないようにするためにも同じ家には泊まらない方がいいと思ったけれど、
ぼくたちのためにせっかく用意してくれている侯爵さまの気持ちを踏み躙るようなことはしたくない。

どうするんだろうと思っていると、

「アルフレッド、どうする?」

アンドリューさまがフレッドに判断を任せてくれるようだ。
フレッドは少し考えた様子だったけれど、結局侯爵さまのご好意に甘えてこの屋敷に泊まらせてもらうことになった。

ぼくたちが案内されたのは、2階の広い客間。
お父さんたちのいる部屋のすぐ隣だし、周りには騎士さんたちが交代で見守っていてくれるそうだから安心する。
まぁ、何もないのが一番だけど。
ちなみにパメラさんの部屋はぼくたちがいる部屋からは一番遠い場所にあるらしい。
なら、大丈夫なのかな。

夜会の時間まで部屋で寛いでいていいと言われて、フレッドと2人あてがわれた部屋のソファーに座ってのんびりとすることにした。

「シュウ、気疲れしてないか?」

「ううん。フレッドがずっと傍にいてくれてぼくのことを見ててくれたから気が楽だったよ。
少し恥ずかしかったけど……」

「シュウには言ってなかったが、陛下にできるだけ仲睦まじいところを見せて、パメラ嬢に付けいられるような隙を与えるなと強く言われていたのでな。あれぐらいしておいた方がいいと思ったんだ。
それに……」

「それに……なあに?」

「シュウとひとときも離れていたくないのは私の本心だ。
だから、ずっとシュウを抱き抱えられて幸せだよ」

フレッドが本当に嬉しそうにそう言ってくれるから、ぼくは嬉しくなってフレッドに抱きついた。

「今日は貴族たちがたくさん集まるが、シュウが笑顔を向けるだけで皆が勘違いをしてしまうから、
私以外の者に極力笑顔は見せないようにな。
そして、パメラ嬢にはくれぐれも注意するようにな」

あれだけ見せつけたのだからもう十分だと思うんだけど、気をつけるに越したことはないだろうからちゃんとフレッドのいうことを聞かないとな。

夜会は屋敷の東側にある大きなホールで催されるらしい。
フレッドのお屋敷にも夜会用のホールはあったけれど、それはそれは煌びやかな装飾が施されている場所だった。
シンプルな感じを好むフレッドにしては珍しいなと思っていたら、本当はあまり華美な装飾にはしたくなかったけれど年に一度公爵家主催の夜会を開かないといけないから仕方なかったんだって言ってたっけ。

ここの夜会用のホールはどんな感じだろうか?
緊張するけれど、そういうところを見られるのは楽しみでもある。

もうそろそろ夜会に出席する準備をしておかないといけない。

寝室でお化粧を終え1人着替えていると、一足早く着替えを終えたフレッドが入ってきた。

「わぁっ……かっこいい」

初めて見る正装姿のフレッドに目が釘付けになった。
金色の豪華な刺繍が施された淡い青色のロングジャケットはぼくのウィッグの髪の色とフレッドの瞳の色を表していて、顔を見るとすぐ目に入る黒いピアスはキラキラと輝きを放っている。

「シュウこそ、美しい」

ぼくがフレッドに見惚れていたようにフレッドもまたぼくのことを見つめてくれていたようだ。
淡い青色のドレスはフレッドのジャケットの色と対になっているように見える。
ふわふわと軽い素材のスカートを持ち上げゆっくりとフレッドの方へ足を進めると、フレッドはそれに気づいてすぐに手を差し出してくれた。

「シュウ、釦がまだ最後まで留まっていないようだぞ」

見ると一番上のボタンが開いている。

「あ、それ留めようとしたらフレッドが入ってきたから……」

「そうか、ならば私が留めてやろう」

フレッドの大きな手がドレスの小さなボタンを器用に留めていく。

「ここを開いていいのは私だけだ。わかってるな」

「ふふっ。もちろんだよ」

「ああ、それにしても美しいな。皆の前に出すのがもったいなく思えてきた」

「フレッドだって! カッコ良すぎるから他の令嬢の前に出したくないな」

ぼくが少し拗ねて言うと、フレッドは一瞬『えっ?』という顔を見せたあと嬉しそうに笑った。

「シュウ、髪をしてもらおうか」

今日の髪型はすでに結い上げた形のウィッグをつける予定だ。
普段の長いままなら自分1人でもできるのだけど、流石にこれは難しいかも……ということで、ブルーノさんにお手伝いをお願いしている。
本当なら侍女さんにお願いするところなんだろうけど、ぼくの髪がウィッグだとバレたらおかしなことになっちゃうからね。

フレッドがブルーノさんを呼んでリビングに鏡を用意してもらい、準備が整ってからリビングへと向かった。
鏡の横に置かれた机には今日ぼくがつけるウィッグが置かれていて、とても可愛らしい。

「シュウさま。こちらにお座りください」

大きな姿見の間に置かれた椅子に座ると、ブルーノさんが手際良くぼくの黒髪を纏め上げ、上から丁寧にウィッグを被せてくれた。

内側にピンをつけ外れないように確認してからブルーノさんのオッケーが出た。
纏め上げられた金色のウィッグには小さなティアラが乗せられている。

「うわっ。お姫さまみたいだ」

自分で自分の姿に驚いていると、

「ああ、シュウは私の可愛いお姫さまだよ」

とふわりと抱き上げてくれた。
目の前に姿見に映るのは正装姿のフレッドにお姫さま抱っこされたぼく。
どこからどう見てもカップルとしか思えないその姿にホッとしながら、フレッドの腕の中で幸せな時間を過ごした。
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