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第四章 (王城 過去編)

フレッド   20−2

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食事を終え、馬車に乗り込もうとするとアンドリュー王から声をかけられた。

「今までは馬が疲れるよりも早く我々の方の体の負担が大きく先へ進めなんだが、今日は馬が走れるだけ遠くまで進もうと思う。2時間後に馬を休憩させるまでは途中休憩はなしで進むからそのつもりでいてくれ。もし、何かあれば騎士に伝令してくれたらいい」

「かしこまりました」


ヒューバート達の先導で馬車はこの地を離れゆっくりと走り始めた。
ここから今日の宿泊所までは馬達の休憩時間以外は馬車に揺られ続ける。
本当に改良していてよかったと思うほど、振動が少なく穏やかだ。

シュウは昨夜はあまりにも旅が楽しみで興奮してあまりよく眠れなかったと言っていた上に、先ほど食事をして腹がいっぱいになったからか、馬車の走行する振動に合わせるようにゆらゆらと船を漕ぎ始めた。
無理しなくていいぞと言ったけれど、それでも必死に起きようとする姿が可愛すぎて思わずクスリと笑ってしまう。

最後まで嫌だと言い続けていたけれど、とうとう睡魔に負けてしまったのか私に身を任せコトリと身体を横たわらせた。
私がシュウの頭を膝に乗せると、スウスウと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
この旅行では常に金色のかずらを被らなければいけないので、いつもの手触りと違うシュウの髪を残念に思いながらも、それでもこんなに無防備に身を任せてくれることが嬉しくて、そっとシュウの髪を撫でる。

『うーん』と可愛く身動ぐ姿が本当に愛おしくてたまらなくなる。
ぎゅっと抱きしめるとシュウの香りと温もりが伝わってくる。
ああ、この幸せが永遠に続けばいい。

そう思っていたのに……。

あんなことになってしまうとは思っても見なかった。


シュウが眠り始めてどれくらい経った頃だろうか、
そろそろ馬達の休憩時間かと思っていると、突然私の目に眩い光が差し込んだ。
何事かと思ったら私の耳についている黒金剛石ブラックダイヤモンドがとてつもない光を放ったのだ。
これはシュウの守護石……。
しかし、シュウは目の前にいるというのになぜ光り出したのか。
意味がわからずに私の膝でスヤスヤと眠るシュウに目を向けると、シュウの耳についている私の守護石藍玉アクアマリンもまたとてつもない光を放ち始めたのだ。

これは一体どういうことだ?

今まで守護石が光を放ったのはシュウに危険が及んだときだった。
とすれば、この光はなんらかの危険を知らせようとしているのか?
しかし、私の守護石まで光を放っているとすれば、我々2人に危険が及んでいるということか?

シュウを膝に乗せたまま、窓の外を見てみたが何かが襲ってくるような気配はしない。
そもそもそんな気配がすれば、我々の周りを固めている騎士達がいち早く気づくはずだ。
じゃあ一体この光はどういうことなんだ?

すると、横たわっていたシュウが突然『ううっ』と呻き声を上げた。
あまりにも苦しそうなその声に驚いて、シュウを腕に抱え起こし顔を近づけてみたが、苦悶の表情を浮かべたまま身動き一つしない。

「シュウ!! シュウ!!」

慌てて大声で何度も呼びかけてみたが、シュウは目を覚まそうとしない。
手を握ると指先が驚くほど冷たくなっていた。

「シュウ!! 目を覚ましてくれ!! シュウ!!」

あまりにも目を覚まさないただならぬ様子のシュウが怖くて、声をかけ続けたが目を開けることはなかった。
それどころか、指先だけでなく身体もどんどん冷たくなっていく。

このまま死んでしまうのではないか……そんな恐ろしい思いが頭をよぎる。

そんなことあるわけがない!
シュウは私を置いていったりなどするはずがない。
なぁ、シュウ……そうだろう?

私を独りにしたりしないだろう?

シュウ、どうかもう一度私をあの綺麗な瞳で見つめてくれ。

シュウ……シュウ……シュウ。

私は知らぬ間に涙を流しながら、シュウに声をかけ続けていた。
しかし、どんなに声をかけ続けてもシュウはもはや呻き声すらあげることなく、私の腕の中で目を閉じたまま微動だにしない。
その間もずっと私たちのピアスはほのかな光を放ち続けていた。

シュウの様子がおかしい、そうアンドリュー王とトーマ王妃に告げたのは馬達が休憩に入るために馬車が停まる直前のことだった。

私たちの馬車の隣を走っていた騎士に窓から声をかけ、前を走る馬車に伝えてもらったのだ。
私は馬車が停まってからもその場から動くことなく座席に座り、シュウを抱き抱えたままお二人がやってくるのを待った。

「柊くんの様子がおかしいってどういうこと?」

青褪めた顔で駆け寄ってきたトーマ王妃に腕の中にいるシュウを見せながら、身体が酷く冷たくて何度呼びかけても目を覚さないのだと伝えた。

トーマ王妃はだらんと力無く垂れ下がったシュウの手にそっと触れると、あまりの冷たさにピクリと身体を震わせた。

「――っ! な、なんでこんなことに? さっきまであんなに元気だったのに!」

涙を流すトーマ王妃を支えるようにアンドリュー王が隣に立った。

「フレデリック、今日は予定より手前の宿に向かおう。そこで医師に診てもらうのだ」

「……レナゼリシアへの到着が遅れてしまいますが、よろしいのですか?」

「予定よりもシュウが大事だろう!!」

「あ……ありがとうございます」

アンドリュー王の強い声に驚きながらもシュウを本当に心配してくれているのだと思うと、嬉しくて涙が出た。

トーマ王妃は急いで馬車から降り、ブランケットを手に戻ってきた。

「これで温めてあげて」

「ありがとうございます」

これはブルーノがシュウの好きなブランケットだからと荷物に入れてくれていたものだ。
トーマ王妃はそれを知っていたのだろう。
2人の気持ちに感謝しながら、その柔らかな大きなブランケットで冷たいシュウの身体と自分とを一緒に包んだ。


休憩が終わるとすぐに馬車は宿に向かって走り出した。
その間もずっとブランケットに包まれたシュウは一向に温もりを取り戻すことなく眠り続けている。
もうこのまま一生起きないのではないかと思うと身体が震えた。

シュウ……私を置いていかないでくれ。

シュウがいなければこの世など闇と同じだ。

シュウ……もう一度私の名を呼んでくれないか。
私への愛に満ち溢れたその美しい声でもう一度……。


――フレッド、ぼくね……このブランケット大好き。
――私よりブランケットが好きだというのか?
――ふふっ。違うよ。フレッドの匂いがついたブランケットに包まれるのが好きなんだ。
  ぼく、フレッドが大好きだからいつまでも包まれていたいんだよ。
  フレッド……ぼくから離れないでね。


ブランケットに包まれたシュウを見ていると、笑顔でそう話していた時のことを思い出す。
シュウ、お前が離れないでって言ったんじゃないか。
私はちゃんとここにいるぞ!
だから早く笑顔を見せてくれ!
笑顔で私を大好きだと言ってくれ!

必死な願いも虚しく、涙が頬を伝わってシュウの頬にポトリと落ちてもシュウが目を覚ますことはなかった。



それからどれくらい経っただろうか。
ようやく今日の宿泊所に馬車が停まった。

「シュウ、着いたぞ。部屋に行こうな」

なんの反応も示さないシュウに声を掛け馬車を降りると、ブルーノが駆け寄ってきた。

「お部屋へご案内します」

少し掠れた声にブルーノも泣いていたのだとわかった。
しかし、そのことに触れずに私はシュウを抱きかかえたまま部屋へと入った。

ヒューバートが先回りをして宿泊所に伝えていたせいか、部屋は温められ暖かな掛け布団も多めに用意されていた。
そのベッドにシュウをゆっくりと横たえ、布団を被せた。

しばらく経ってトントントンと扉が叩かれ、部屋の外からブルーノの声が聞こえた。

「アルフレッドさま、医師をお連れしました」

シュウの傍からほんの一瞬でも離れるのが嫌で私は扉越しに『入れ』と声を上げた。

医師はシュウの表情をひと目見ると、ハッと顔を強張らせた。
そして、ゆっくりとシュウの検脈をしてから、腕を取りパッと手を離すとシュウの手はパタリと力無く布団に落ちた。

「奥さまのお名前を呼びかけていただけますか?」

「わかった。シュウ! シュウ! 聞こえるか? シュウ!」

何度か声をかけると、医師は小さな声で
『やはり……』と呟いた。

「何かわかったのか? なぜシュウは目を覚さないんだ?」

「体温が著しく低く、刺激や呼びかけにも反応しない。
それに何より、奥さまのその正気を失ったお顔から診ますと……」

「なんだ、早く言え!」

「誠に残念ではございますが、もうほとんど死亡している状態かと存じます。
ほんの少し、自発呼吸がみられますがそれもじきに止まるでしょう」

「――っ!」

「――――っ!! な、何だと!! シュウが! シュウがもう死んでいるだと?!
ふざけるな! そんなはずがあるか!! もういい! お前達は下がれ!!!」

医師の言葉に私も、そしてブルーノも思わず息を呑んだ。

シュウが死んでいるだと?!
そんなこと信じられるか!!
シュウが私の元からいなくなるなどあるわけがないだろう!!
私は大声で叫び続け医師とブルーノを部屋の外へと追い出した。

はぁはぁはぁ。あのヤブ医者め。

シーンと静まり返った部屋をとぼとぼと歩きながら、シュウの眠る寝室へと戻った。
あんなに大声を出して騒いだのにシュウは何の反応も見せず、昏昏こんこんと眠り続けている。

私はシュウの隣に身体を横たわらせ、泣きながら冷たいシュウを抱きしめ続けた。

自分の温もりをせめてシュウに与えようとぎゅっと強く抱きしめると、シュウのピアスが私の胸元に触れた。
その瞬間、ほのかな光を放っていたピアスが最初に光った時のようなとてつもない光を放ち始めたのだ。

「な、なんだ?!」

すると、その光に反応したかのように今まで微動だにしなかったシュウが『ゔゔっ』と小さな呻き声をあげた。
今まで呻き声を上げることもなかったから、一瞬目を覚ますのではないかと期待が膨らんだ。

しかし、その呻き声を最後にほんの少しだけあった自発呼吸がどんどん小さくなっていく。
シュウが本当に死んでしまうのではないかという恐怖に

「シュウ! だめだ! 死んではだめだ!!」

と必死に大声で叫んだが、私の声はシュウに届かないばかりかシュウの呼吸は完全に止まってしまった。

「シュウ! シュウ!!  嘘だろう!!
シュウ!! 嘘だと言ってくれ!」

私は狂ったように叫び続けた。
いや、もはや叫び続けることしかできなかったのだ。

「シュウ!! シュウ!!」

何十回めの名前だっただろう……突然『ゔっ』とシュウが呻き声をあげた。

戻ってきてくれた喜びとまた呼吸が止まるのではないかという恐怖の中で、

「シュウ! シュウ! シュウ!!
シュウ、聞こえるか? シュウ!!」

と、叫び続けた。

すると、ついに私の声が、願いが届いたのか、眉間に皺を寄せながらゆっくりとシュウの瞼が開いていく。
ずっと見たいと切望していたあの漆黒の瞳が顔を覗かせた。

あまりの嬉しさに声なく見つめていると、シュウの口がゆっくりと言葉を紡いだ。

「……フ、レッ……ド」

掠れ切った、か細い声だったがそれは確かにシュウのあの美しい声だった。
それでも、まだどこかへ行ってしまうのではないかという恐怖を拭うことができない。
シュウを抱きしめながら、必死で声をかけた。

「シュウ! ああ、シュウ! お前は私を置いてどこかに行こうとしていなかったか?」

シュウは私の言葉に驚愕の表情を浮かべながら、なぜだと聞いてきた。
だから、私はシュウが馬車で眠り込んでからの様子をシュウに話して聞かせた。

このまま死んでしまうかと思った……シュウにはそう言ったけれど、実際に呼吸は数分止まっていたのだから死んでいたと言った方が正しいのだろう。
それでも、その事実を信じたくなくて口にはしないけれど。

シュウはじっと話を聞いていた。

そして、私の目を見つめながら衝撃的なことを話した。

「フレッド……心配かけてごめん。でも、ぼく、一生フレッドから離れないよ。ぼく、元の世界で命を絶ってここに戻ってきたんだ。だから……もう帰る場所はフレッドのところだけだよ」

命を絶って……? 自分で命を絶ったということなのか?
それはシュウの呼吸が止まったことと関係があるのだろうか?

血の気が引いていくのを感じなから、シュウにどういうことなのかを尋ねた。

シュウは気がついたら、元の世界に戻っていたらしい。
そして、自分と関わりのあったものと話をしたようだ。
シュウを盗人呼ばわりした奴は間違いを認めシュウに謝罪したという。
住んでいた家も失うことなく、中に入ることができたそうだ。

シュウにとっては懐かしい母国だ。
そこに一瞬でも帰ることができたら心変わりくらいしても不思議はない。
しかも、自分を取り巻く環境は悪くなっていない。
それなのに、シュウは私といることを強く望んでくれたのだ。
シュウは私と過ごしたこの日々が全て夢だと思い込んだようで、眠ることができればまた私と過ごした夢の世界に戻れると思ったらしい。
私への想いが強すぎて、シュウは自ら刃物を突き刺し、命を絶ったのだという。

私のことを強く望んでくれたのはこの上ない幸せだが、自分で自分を突き刺すなどなんと恐ろしく無謀なことをする子なんだろう。

「でも、そのおかげでここに戻って来れたんだよ。ねぇ、これは夢じゃないよね? そうだよね?」

シュウは顔色を変え、私に夢中に縋り付いてきた。
それほどまでに私を望んでくれたのだ。
どんなに無謀なことだったとしても、文字通り命を賭して私の元に帰ってきてくれたのだ。
嬉しくないわけがない。

私の腕の中にいるシュウは夢じゃない、絶対に離さない!
シュウを強く抱きしめると、『ゔっ……っ』と小さな呻き声をあげた。

さっき呻き声をあげて、シュウの呼吸は止まったのだ。
再度訪れた恐怖に怯えながら、シュウを見ると左胸をぎゅっと押さえつけているのが見えた。
呼吸が止まったのではないことに安堵しながらも、心臓を押さえているのが気になって服を脱がせた。

すると、押さえつけていたその場所に三日月の形をした真新しい赤い痣ができていた。

シュウの身体は全て把握している。
あんな赤い痣、しかも三日月の形をした痣なんて昨日までなかった。
それははっきりと言える。

とすれば、シュウが刃物を突き刺したという傷痕か?
じゃあ、本当にシュウは元の世界へ戻っていたというわけか?
だが、シュウはずっと私のそばにいたというのに……これはどういうことなのだろう。

シュウはそれよりも痣が三日月の形をしていることが気になっているようだが、月には魔力が宿ると言われている。
シュウの世界ではわからないが、オランディアでは古来より月、特に三日月には願いを叶える力があるとされている。
唯一神フォルティアーナの祝福を持つシュウが心から私に逢いたいと願った想いの強さに、月が力を貸したということかもしれない。

この痣はシュウが命を賭して、私の元に戻ってきたという証だ。

それでも、もう二度と自ら命を絶ってはいけないとシュウに言い聞かせると、シュウはもう二度と私と離れたくないからやらないと誓ってくれた。
ならば、私もこの痣に誓おう。私も命を賭して、一生シュウと離れず愛し続けると……。


そうだ、シュウが目覚めたことをアンドリュー王とトーマ王妃に知らせなければ!
きっとブルーノとあのやぶ医者からシュウの様子を聞いて心配しているに違いない。
もうほとんど死んでいる状態などと話をしていたら、きっと悲しみに暮れていることだろう。

シュウに2人に知らせようと言ったのだが、なんだか少しうかない顔をしている。
トーマ王妃を安心させるというのに何故だろうかと思っていると、

「フレッドと少しでも離れるのは嫌だ……」

身体を震わせながら、私にしがみついてきたのだ。

ああ、それほどまでに私を求めてくれるのか。
私も離したりするものか。

大丈夫、1人にはしない……耳元で落ち着かせるように囁いて、まだ少し冷えの残るシュウを暖かな毛布で包み抱きかかえた。

カチャリと扉を開き、大声でブルーノを呼んだ。

「ブルーノ! ブルーノ! シュウが目覚めた! すぐに陛下とトーマ王妃に知らせてくれ!」

『かしこまりました!!!』と応じる声は、やはり涙が滲んでいてブルーノがずっとシュウを心配していたのだと思い知らされた。

それからすぐにバタバタと廊下を走る音が聞こえたと思ったら、バターン! と大きな音を立てて扉が開かれた。
あまりの勢いに私もシュウも驚いたが、アンドリュー王もトーマ王妃も涙で目が真っ赤に腫れていて、シュウの起き上がった姿を見てさらに大粒の涙を流した。

「お、父さん……アンドリュー、さま」

シュウの声にトーマ王妃は『良かった、良かった』と何度も繰り返しながらシュウを抱き抱えている私ごと抱きしめ続けていた。
そんなトーマ王妃にシュウは泣きながら、心配かけてごめんなさいと何度も謝り続けた。
そして、最後にアンドリュー王はトーマ王妃の後ろから長い腕を伸ばし、トーマ王妃とシュウ、そしてシュウを抱きしめている私も一緒に抱きしめ続けた。

シュウとトーマ王妃が抱き合うのはいいが、私とアンドリュー王も合わせた4人で抱き合い続けるその姿にいいかげん耐えきれなくなってきて、

「シュウも疲れますし、そろそろ離れましょう」

と声をかけると、ようやくアンドリュー王とトーマ王妃の腕が私たちから離れた。

『ふぅ』と心の中で安堵しながら、ソファーに座るよう促した。
そして、まだ目覚めたばかりのシュウを腕にだき、アンドリュー王たちと向かい合わせに座った。

二人に見守られながら、シュウはこれまでの出来事をゆっくりと話し始めた。

「馬車で眠って……気がついたら、あのベンチに横たわってたんだ――」

シュウの話ひとつひとつに相槌を打ちながら、真剣な様子で聞くトーマ王妃はやはり同郷の人間だけあって内容の理解度も我々より大きい。
シュウがどれ程までに孤独を感じたのかを感じ取ったようだった。
しかし、シュウがこちらへ戻るために刃物を自ら突き立てた時には、大声を出しシュウを叱りつけていた。
その姿は紛れもなく父の姿だった。

アンドリュー王はシュウの話を聞いて、深く考え込んでいるようだった。
何か気になることでもあるのだろうかと問いかけると、今までシュウは中途半端な状態でいたのかもしれないと言われた。
中途半端という意味がわからなくて、再度聞き直すと、トーマ王妃は一度あちらの世界で死んでからやってきたのに対し、
シュウは眠ったまま魂と肉体が不安定な状態でこちらにやってきたのではないかという話だった。

どちらともなくふわふわとしているから強く思った方に魂が引き摺られる。
もし、シュウがあちらに残ることを強く望めば、あのままこちらのシュウは死んで魂のあるあちらに引き寄せられたのかもしれない。
しかし、シュウはこちらへ戻ることを強く望んだから、魂は身体のあるこちらへ引き摺られたというわけか。

あちらにはシュウの憂いは何も残っていなかった。
それはあちらに魂を留めておくためのものだったかもしれない。
シュウがそれに少しでも気を取られていたら、シュウが私の腕に戻ってくることはなかったということか。

ああ、本当に良かった。

シュウはあちらに戻っても私のことだけをずっと考えていたと言ってくれた。
それほどまでに深い愛で私を想っていてくれたのだ。
私はその愛に一生報わなければな。

最初は私の方が一方的にシュウに想いを寄せた。
シュウをどうしても手に入れたくて、シュウが私から離れないように仕向けた。
愛の比重は私の方が重いと思っていたのに、いつの間にこんなに愛されていたのだろう。
シュウから受けるこの愛に慢心することなく、私もより一層深い愛でシュウを想おう。

私たちは一生一緒だ。

「命を賭けて私のところに戻って来てくれてありがとう」

心からの御礼をシュウに伝えた。

「でも、本当に良かったね。アンディーの推測が正しいなら、何かのきっかけでいつでもあっちに戻ってしまったかもしれないってことだよね。もう柊くんは向こうで死んじゃったわけだから、もう二度と離れ離れにはならないってことだよ」

私はそれをずっと心配していた。
あの時、突然現れた時のようにいつかシュウが突然いなくなるのでは……という不安に駆られたのは一度や二度ではない。
いつも朝起きた時にシュウが隣にいるのを確認してしまう。
その心配がもう無くなるのだ。
それは本当に嬉しいことだな。

アンドリュー王も、トーマ王妃と出会って3年経った今でも、いつかいなくなる日が来るのではないかと心配していたらしい。
この憂いがなくなって、心から安堵した様子だ。

2人が幸せそうに抱きしめ合う姿を見て、私とシュウは顔を見合わせて微笑んだ。
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