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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   20−1

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瞬く間に4日が過ぎ、今日はレナゼリシア領への視察旅行に出発する日だ。

この4日間、旅行への準備もさることながら他の問題が出てきたこともあって、バタバタと忙しい日々を過ごした。

というのも、アンドリューさまがぼくとフレッドをレナゼリシアへの視察旅行に一緒に連れて行ってくれると話してくれたあと、実はもうひとつ報告があったんだ。

「実は、レナゼリシア侯爵へは前もってフレデリックとシュウを同行させることを先触れを出しておいたのだが、今日2人にも侯爵主催の夜会への招待状が届いた。一緒に参加してくれるか?」

「えっ、夜会……? ぼく初めてだよ」

「柊くん、大丈夫だよ。僕も一緒だし」

「私はシュウから離れないからな」

お父さんとフレッドが不安がってるぼくにすぐに優しく声をかけてくれてすごく心強かった。
確かにお父さんとフレッドがそばについててくれれば安心できる。

「ヴォッホン、それでだ。大事なことがひとつあるのだが……」

言いにくそうにアンドリューさまが語ったことは、
夜会に着る服をすぐに用意しなければ、間に合わないということだった。

「ぼく、持ってる服でいいですよ。フレッドがせっかく作ってくれた服だし……」

そう言ったのだけど、

「シュウ、そう言ってくれるのは嬉しいが私が作ってやったのはあくまでも普段着だ。シュウを普段着で夜会に出させるなど……そんなことできるはずがないだろう?」

と言って聞きそうにない。

「わざわざ作ってもらっちゃって良いのかな……。
なんだか申し訳ない気がするんだけど」

「いや、柊くん。僕もちゃんと夜会用のドレスを作った方がいいと思う。フレデリックさんの隣で柊くんだけ普段着だったらおかしいでしょ?」

確かに……。
フレッドに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないよね。

「あ、でも……フレッドの服はあるの?」

「それは心配ない。フレデリックには念のために夜会用の正装を準備しておいた。私の遠縁ということにしているから、そんなこともあろうと思ってな」

なるほど。さすが、アンドリューさま。

「陛下。すぐにシュウの夜会用のドレスを作ろうと思います。仕立て屋ジョシュアを呼んでいただけますか?」

「ああ、明日できるだけ早く呼ぶことにしよう」

というわけで、次の日、朝早くからジョシュアさんが呼ばれ、早速どんなドレスにするかの話し合いがあった。

すぐに終わるかと思ったのに……
袖ありでふんわりとしたフリルをつけた綺麗系のドレスにしたいフレッドと、
ノースリーブで花やリボンをあしらった可愛い系のドレスにしたいお父さんとで意見が対立して、
なかなか話が進まない。

この前服を作った時採寸したから、今回はする必要もないし、デザインと生地だけ決めたらすぐにでも作業に取り掛かれるらしいのに、肝心のデザインが決まらないのだから仕方がない。

うーん、どうしたらいいんだろう……。

正直言って、ぼくはどっちのドレスでも良いんだけど多分そう言ったら怒られるよね、絶対……。

助けを求めてチラリとアンドリューさまに視線を送ったけれど、アンドリューさまは何も言うなと言わんばかりに、顔を小さく横に振っていた。

「ねぇ、柊くんはどっちが良い?」

「ええっ?」

話し合っても埒があかないことに気づいたのか、お父さんはぼくの意見で決めようと言い出した。

「それはいいな。シュウ、どっちが良い?
こっちだろう?」

ジョシュアさんに描かせたデザイン画をぼくに見せながら、フレッド好みのドレスを推してくる。

「柊くんはこっちが似合うと思うなぁ」

今度はお父さんがデザイン画を見せて推してくる。

えー、どうしたらいいんだろう……。

「シュウ?」

「柊くん?」

悩みに悩んでふと、ジョシュアさんに目を向けると困った顔をしている。
そりゃあそうだろうな。
ただでさえ今日も含めて完成まで時間がないというのに、こんなところで躓いて作業に取りかかれないんだから。
かといって、王族の意見を蔑ろにはできないだろうし……。

よし、こうなったらやるしかない。

「あの、ジョシュアさん。紙とペンを貸してもらえますか?」

「えっ? あっ、はい。どうぞ」

差し出された紙にぼくはささっとドレスのデザイン画を描いた。

ものの数分で描き上げたそのデザイン画をフレッドとお父さんに見せた。

「ぼく、こんなのが良いな」

差し出したデザイン画を見て、

「わぁっ、これ良い! すごくよく似合うと思う!
ねぇ、フレデリックさん」

「ああ、これは良い! これにしよう!
ジョシュア、これで頼めるか?」

と2人は思った以上に喜んでくれた。
ふぅ……。良かった。
これでドレスも出発までに間に合いそうだ。

ジョシュアさんはぼくの描いたデザイン画を丁寧にスケッチブックに挟み、急いで作ってくれると約束してくれた。

帰りにこっそりジョシュアさんから
『シュウさまのおかげで今日のうちに作業に取り掛かることができます。ありがとうございます』と御礼を言われたことはフレッドとお父さんには内緒にしておこうっと。

それから2日後、登城してきたジョシュアさんは忙しい作業にさぞお疲れのことだろうと思ったけれど、なぜかとてつもなく悦びに満ち溢れていた表情をしていた。
目の下には隈ができているから、きっと寝る間も惜しんで作ってくれたのだと思う。
そんな寝不足の中、どうしてこんなにご機嫌なんだろうと不思議に思わずにいられなかった。

フレッドはすぐに中身を確認し、手直しがあればすぐに対応できるようにと、ジョシュアさんはもちろんお父さんやアンドリューさまもぼくたちの部屋に呼んでいた。

「お待たせしておりましたシュウさまのドレス、お持ちいたしました。私の30年の仕立て人生の中で最高傑作でございます。どうぞご確認下さいませ」

そういって、美しい桐の箱をテーブルに上に置いてくれた。
得意げなジョシュアさんの様子になんだか少し緊張してしまう。

ドキドキしながら箱を開けようとすると、

「柊くん、ドレスだけ見せられても分からないから、せっかくだし実際に着て見せてよ」

お父さんにそう言われて、フレッドが寝室へと運んでくれた。
てっきり一緒に入って着替えを手伝ってくれるのかと思ったけれど、外で待っているからと部屋を出て行った。
なんだかいつものフレッドと違う感じがしたけれど、まぁお父さんやアンドリューさまもいるからかなと納得した。

中で一人、桐の箱を開けるとそこにはぼくが描いたデザイン画そのままのドレスが綺麗に折り畳まれていた。
汚さないようにゆっくりと持ち上げると、思わず『はぁっ』と溜め息を漏らしてしまうほどに可愛らしいドレスが現れた。

すごい! 本当にあのデザイン画そのままだ。
ぼくのあんな拙いデザイン画を基にこんなに精巧に作ってくれるなんてジョシュアさん、天才だな。

これを着てフレッドと夜会にでるのかぁ……。
夜会のイメージっていえば、童話のシンデレラにでてくるような煌びやかなパーティーだけど、そんな場所にこんな素敵なドレスで参加できるなんて……
想像するだけで胸が高鳴った。

確かにこのドレスと比べたら、以前作ってもらったものは普段着だと言われても納得してしまう。
それほどまでにこのドレスは繊細で美しかった。

急いで今着ている服を脱ぎ、美しいドレスに袖を通した。
こんなにたくさんの生地が使われているのに、なぜか羽のように軽い。
ふんわりとしたスカートを持ち上げ、クルクルと回ってみたくなってしまう。

後ろボタンでなく、前で止められるようにしておいて良かった。
背中ならフレッドに頼まないといけないもんね。

ボタンは特に指定をしていなかったけれど、どうやら宝石のボタンがつけられているみたいだ。
光に当たるとキラキラと輝いて見える。

ぼくの人生で初めてのドレスをなんとか1人で着替え終わり、みんなの前にでる前にどこかおかしいところはないか確認しようと姿見を見ると、そこには息を呑むほどに美しい女性の姿があった。
パッと見た時に映っている女性が綺麗すぎて自分だと分からなかったほど、このドレスの威力の凄さにただただ驚くばかりだった。

これなら、夜会でも男だってバレずに済むかもね……。

そう、実はそれを心配していたのだ。
この城内ではぼくが男だと知ってくれている人がいるから、もし何かおかしなことがあっても誰かがフォローしてくれるだろうという安心感があったけれど、これからひと月にも渡る旅行でいつボロが出るかも分からない。
しかも、夜会となればたくさんの人と会うことになる。
アンドリューさまとお父さんの同行者が、女性だと欺いて侯爵家の夜会に出ていたなどということがバレたら、お父さんたちにとっての信用問題にも関わるのだ。
それだけは絶対に避けなければいけない状況の中で、このドレスは素晴らしい役目を果たしてくれると思う。

ぼくはこれならイケる! と意気揚々と寝室の扉を開けてみんなの前に出て行った。


――――っ!!

ぼくが出て行った瞬間、おしゃべりを楽しんでいたはずの部屋の中が急に水を打ったような静寂に包まれた。

みんながぼくの方を見たまま、固まってしまったことに驚いて、

「あ、あの……? どこかおかしいところあるかな?」

恐る恐る声を掛けた。

ぼくの声にハッと動き出したフレッドとお父さんが我先にとぼくのほうに駆け寄ってくる。

「シュウ! とてもよく似合っているよ。
あまりにも美し過ぎて声がでなかったんだ」

「柊くん、すっごく綺麗! 
みんなに見せるの勿体無いくらいだなぁ」

最初は心配したけれど、フレッドとお父さんからすごく褒めてもらえたし、アンドリューさまや作ってくれたジョシュアさんにも似合ってるといってもらえて本当に良かった。

「それにしても、シュウのデザインは本当に素晴らしいな」

「本当! これぞ、理想的なドレスだもんね」

「ふふっ。良かった」

フレッドとお父さんの意見が対立した時はどうなることかと思ったけれど、あの時咄嗟にフレッドとお父さんの希望のデザインを重ね合わせて描いてみたんだ。

フレッドが袖ありにしたかったのは、きっとぼくの肌をあんまり見せたくないと思ってくれたからだと思って、袖ありにしてみた。

フリルが多いなと思った場所にお父さんの希望であるリボンや花をあしらって、上半身は綺麗に、そしてスカート部分は可愛らしく纏めて描いてみたのが良かったのかもしれない。

ぼくもすごく気に入ったし、みんなが喜んでくれるドレスになって本当に良かったな。
ああ、今から夜会が楽しみだ!

出発まで時間のない中、ぼくの夜会用ドレス騒動もありブルーノさんは特に大変そうだったけれど、なんとか無事に出発の日を迎えることができた。

視察旅行の間は宰相のカーティスさんにお願いしているので政務に関しては問題ないらしい。
今回の視察にはブルーノさんはもちろん、ヒューバートさんと他にも騎士さんが10名ほど同行してくれるそうだし、安心、安全でレナゼリシア領へ向かえそうだ。

バーナードさんとお弟子さん達が試行錯誤してくれたおかげでこの前試乗した時よりももっと振動を抑えて乗り心地の良いものを取り付けてくれたらしいし、馬車の準備は万端だ。

荷物用の馬車も含めて、大名行列並みの大所帯になったけれど、一国の王さまと王妃さまが遠出されるのだからぼくたちだけで身軽に出かけるようなことは絶対出来ないよね。

お父さんはこんなすごい生活をもう3年も続けているのだから、改めて凄いと感じてしまう。

アンドリューさまがお城に残る人たちへいろいろと話をしてから、ようやく出発となった。

ヒューバートさんと他3名の騎士さんたちが馬に乗って先導していく後ろから、ゆっくりと馬車が動き出した。

手を振りながら城下へと進んでいくお父さん達の馬車を見ながら、ぼくとフレッドも真似して
『行ってきます』と手を振りながら王城玄関をゆっくりと抜けていった。

馬車が城下をどんどん進んでいくと城下にいる人たちもみんなお父さん達の馬車に向けて手を振ったり
『王妃さまー!』『王さまー!』と声をかけている。

お父さんとアンドリューさまはそのみんなにちゃんと見えるようにずっと手を振っていて大変そうだったのに、馬車からチラチラと見える横顔はいつもの笑顔で本当に凄いなって思った。

こうやって城下にいる人たちが気軽に声をかけてきてくれるほど、アンドリューさまもお父さんも慕われているのはみんなに分け隔てなく愛情を注いでいるからなのだろう。

「アンドリューさまとお父さんが城下にいるのを初めて見たけど、すごい人気だね」

「ああ、そうだな。大戦が終わって疲弊していた国民達にずっと寄り添っていらしたから余計だろう。お2人がいなければ、今のオランディアの平穏は有り得ないだろうからな」

「そっか、そうだね。国民達に寄り添う、か……。
簡単に言うけど実際にやるのは難しいことだよね。
ぼくにも……ぼくにも出来るかな?」

「えっ?」

「元の時代に戻ったら……フレッドの伴侶として、その、サヴァンスタックの人たちに寄り添って、ああやってお父さん達みたいに信頼してもらえる存在に……なれるかな?」

ここの生活に慣れきってすっかり忘れてしまっていたけど、元の時代に戻って、もし歴史が大きく変わっていなければフレッドは公爵さまとして領地に住む人たちが幸せに暮らせるように尽力し続けるはずだ。
ぼくはその時フレッドの隣で今のお父さんのように領民さんたちから慕われるようなそんな存在になりたい。

「シュウが心からそう思ってくれていたら、きっとサヴァンスタックの領民たちにも届くはずだよ。シュウがそんな思いでいてくれて、私は嬉しい」

アンドリューさまとお父さんが国民に接する姿を目の当たりにしてことで、ぼくの心の中に何か大切なことが芽生えた……そんな気がした。


馬車は順調に進んでいき、従来の馬車ならば振動に身体がついていけなくて、もう3度は休憩を挟まなければいけないところを一度も止まることなく進んでいるらしい。

これなら、予定より早くレナゼリシア領へ着きそうだ。

しばらくして、お馬さんたちの休憩も兼ねて途中の町で食事を取ることになった。

馬車置き場で降り、お父さんたちと合流するとお父さんがご機嫌な様子で駆け寄ってきた。

「柊くん! 凄いよ、あの座席! 全然揺れなくてびっくりしちゃった!」

お父さんはいつも体験してるから余計に違いがわかったんだろう。
ウキウキと嬉しそうに報告してくれて、ぼくの方が余計に嬉しくなってしまった。

「ふふっ。喜んでくれて良かった。あれなら長い時間乗ってても大丈夫だね」

「ほんとだよ。いつもなら、こんなに長く乗ってたら馬車から降りた時、お尻が痛くって立つのも辛いんだけど今日はスイスイ歩けたし、もう大満足!」

子どものようにはしゃいでいるお父さんを見て、バーナードさんありがとう! と心の中で御礼を言った。

今回の食事先は、お父さんも何度か来たことのあるお店だそうで、
『ここのご飯、すっごく美味しいから柊くんも絶対気にいると思うよ』
と教えてくれた。

そんなことを言われたら期待しちゃうなぁ。ふふっ。

さすが王族が食事に来るだけあって、今日は貸切の様子。
緊張している様子の店主さんとは対照的にアンドリューさまもお父さんも楽しそうにしている。

広々とした個室に案内され、4人で席に着く。

大広間の方では騎士さんたちや御者さんたちも交代で食事を取るらしい。
休憩中にのんびりと休んでもらわなとね。

食事はもう頼んでいるらしく、出てくるまで待っていればいいだけだ。

「城の料理人が作る食事もなんの不満もなく美味しいが、こういう食堂の料理はまた格別だな」

アンドリューさまのその言葉にフレッドも『うん、うん』と大きく頷いていた。

「こういう旅先での食事は何にも変え難い思い出の味がしますからね」

確かにフレッドと王城へと向かう際に立ち寄ったあの港町の店で食べたあの白米ご飯とお刺身は格別だったな……。
あれが遠い昔の出来事のように感じる。
あのお店ってこの時代にはまだないんだっけ。
お父さんにもご飯とお醤油、味わわせてあげたかったな。

そういえば、この時代にお米ってあるんだろうか?
あの食事を食べた時は、もしかしたら冬馬さんがお米も醤油もこの国に伝えたのかも……なんて漠然と思っていたけれど、お父さんが広めたのは果物だけっぽいし、もしかしたらぼくたち以外にも日本からこの世界にやってきた人がいるのかもしれないな。
この数百年の間にこの世界にやってきたのがぼくたちだけとは限らないだろうし。

ぼくは気になって向かいに座っているお父さんに尋ねてみた。

「お父さんはこの世界に来てからご飯たべたことある?」

「ご飯? ううん、ないよ。この世界にはないんじゃない?」

やっぱりか……。
だって、もし普通に食べてるなら今までに食べさせてくれそうだもんね。
前にお父さんがお粥作ってくれた時も『パン粥』だったし……。

『やっぱりそうだよね、たまには食べたくなっちゃうね』ととりあえずごまかして
ぼくは一縷いちるの望みをかけて、フレッドの耳元でこっそりと尋ねてみた。

「ねぇ、フレッド。あの港町で食べたご飯はこの時代では食べられないのかな?」

「ご飯……あぁ、白米のことか? そうだな……この時代では難しいかもしれないな。
白米は気候の問題なのか、オランディアの中でもサヴァンスタック領の中のあの港町一帯しか育たないんだ。
この時代、あそこはまだオランディアではなかったから、どうしても食べたいならヴァルナディアと国交を結ぶ必要があるな。
しかし、この時代にヴァルナディアと国交を結んだりすれば、確実に歴史が変わってしまうぞ」

そうか……。
白米はぼくたちみたいな人が広めたんじゃなくて、元々その地にだけ生息してたんだ。
お父さんに食べさせてあげたかったけれど、それはとんでもない歴史の改竄かいざんに繋がってしまうんだ。
それはどうしようもないな。

がっかりしたぼくをみて、フレッドはぼくがなぜそんなことを聞いてきたのか気づいたのだろう。

「そうか、確か白米はシュウとトーマ王妃の国の主食だったのだな。
トーマ王妃に食べさせてあげたかったのか……残念だったな」

「ううん。仕方ないよ。歴史を変えてしまったら、ぼくたちの未来が変わってしまうもんね」


それからしばらくして、料理が運ばれた。

大きなお皿に大きなハンバーガーが乗せられている。
それにポテトも!

「わぁっ! ハンバーガー!! しかも、すっごく大きくて美味しそう!」

ぼくはさっき感じた寂しさも忘れて、目の前の大きなハンバーガーに心を動かされてしまった。

「ふふっ。喜んでくれて良かった。この世界に来たばかりの頃、アンディーがこの店に連れてきてくれたんだ。
その時ね、僕も今の柊くんみたいに大喜びしたんだよ。懐かしいな。さっきご飯の話してたけど、もしかしたら将来のオランディアでは食べられるようになってるの?」

お父さんの鋭い指摘にどうしようかと思ってけれど、嘘をつくのはいやだ。

「……うん、ごめんなさい」

「なんで謝るの? そりゃあ、食べられたら懐かしいだろうなとは思うけど、もう3年もここの料理を食べて来て、
僕にとってはここの料理もすっかり母国の味みたいになってるんだよ。このハンバーガーひとつにもちゃんと思い出があるし、今日柊くんと一緒に食べられたからまた思い出も増えたし、僕の思い出は増える一方だよ。ねっ? そう思うでしょ?」

そっか。
昔の思い出を懐かしむだけでなく、今もどんどん思い出は増えていってるんだ。
そう考えてみたら、ぼくにとってもご飯は日本の思い出じゃなくてあの時、あの港町でリューイさんの美味しい料理を食べたフレッドとの思い出だ。

お父さんはいつも大事なことを教えてくれる。
そうだ、ないものを悲しむより、今目の前にあるものを大切にしよう。
元の時代に戻ってこれと同じハンバーガーじゃなくても、ハンバーガーを見るだけできっと今日の日のことを思い出すはずだ。

美味しいハンバーガーを食べ終え、また馬車はレナゼリシア領に向けて走り出した。
窓から入ってくる心地よい風と適度な振動がお腹いっぱいになった僕の眠りを誘う。
必死に我慢していたけれど、あまりの気持ちよさに我慢できず、ウトウトし始めた。

「シュウ、眠いなら無理しなくていいぞ」

フレッドは優しくそう言ってくれたけれど、僕が寝てしまったらフレッドが一人で退屈になってしまう。
それが嫌で『ううん、ううん』と必死に抵抗したけれど、気づけばぼくは深い眠りに落ちていた。
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