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第四章 (王城 過去編)

フレッド   19−1※

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「フレ、ッドぉ……、ここ、ここ……さわってぇ……」

甘やかな声をあげながら、四つん這いになって可愛らしい小さな尻を突き出し私にみせつけてくる。
綺麗なピンク色の蕾はパクパクと口を開け、私に触れられるのを待ち望んでいるようだ。

「……フレッドぉ、おねが、い……なか、にさわ、ってぇ……」

シュウは我慢ができないのか右手の人差し指と中指を口に入れた。
ちゅぱちゅぱと舐り唾液に塗れたその指をピンクの蕾にあてがい、ちゅぽんと自ら中へ挿し込んでグチュグチュと動かし始めた。

「……ああっ、いい……いい……っ」

そのあまりにも淫らな姿に我慢できずにガチガチに硬くなった愚息を取り出し、シュウの可愛いピンクの蕾をグチュンと思いっきり挿し込んだ…………


ところで目が覚めてしまった。

なんだ、夢か……。
昨夜のシュウの姿があまりにも強烈すぎて夢にまででてきてしまった。

そっと愚息に触れるとガチガチに硬くなっている。
ここだけは夢じゃなかったようだ。

あのシュウの姿……当分忘れられそうにないな。

そのシュウは私の腕の中でスヤスヤと眠っている。
数時間前までこの場所であんなにいやらしい姿を見せていたのが嘘のように天使の如き清らかな寝顔を見せている。

あの姿を私しか知り得ないということが、私に優越感を抱かせる。

私はそっとベッドを下り、さっきの夢を思い出しながらトイレでひとり寂しく処理をして、そっとシュウの隣へと戻った。

しばらくして、シュウは私の腕の中でもぞもぞと動き出した。
そろそろ目覚めるのかもしれない。
寝たフリをしてシュウがどんなことをするのか見てやるか。

シュウは目を覚ますと、顔を赤らめたり青くなったりと表情豊かだ。
おおかた昨日のことでも思い出しているのだろう。

青くなったのはトーマ王妃に対してだろうか。
たしかにあの時のトーマ王妃は最初驚きすぎて声も出せない様子だったが、それでもシュウを責めないであげて欲しいと頼んできた。

父の愛を感じたな、あの時。

「よし! やるぞ!」

昨夜のことに思いを巡らせていると、突然頭上からシュウのやる気に満ちた声が聞こえた。

「シュウ、起きてたのか?」

私は寝たフリをやめ、シュウに声をかけた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

申し訳なさそうに私を見てくるが、元々先に起きていたのだし問題はない。
それよりもシュウの気合いの方が気になった。

トーマ王妃に謝るために気合いを入れていたと言っていたが昨日の様子を見る限り、シュウのことでアンドリュー王と仲違いなどしているとは思えない。

「そうか。でも、そんなに気負わなくても大丈夫だと思うぞ」

と落ち着かせると、シュウは安堵の表情を見せた。

シュウの服を選び、着替えをさせた。
ああ、今日も実に可愛らしい。

外に出てブルーノを呼ぶ。

「陛下とトーマ王妃に御目通り願いたいのだが、ご様子は如何だろうか?」

「アンドリューさまとトーマさまは先程お目覚めになられて、あと15分ほどで朝食のお時間となります。そのあとすぐに視察にお出になりますのでお会いになるのでしたら、今が宜しいかと存じます」

ブルーノにそう進言されて急いでシュウと共に
【王と王妃の間】へと向かった。

シュウはかなり緊張しているようだ。
恐る恐るといった様子で部屋の中へと足を進めると、

「柊くん!」

とシュウに向かってトーマ王妃が飛び込んできた。

怒っているどころか、シュウの体調ばかりを気にしている。
やはり心配などすることはなかったな。

「陛下。おはようございます。昨夜はシュウが失礼致しました。その後、いさかいなどは……?」

「ふふっ。そのようなことあるわけがなかろう。
逆にシュウのおかげでトーマと楽しい夜を過ごせたな」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべるアンドリュー王を見て合点がいった。

ああ、なるほど。
やけにアンドリュー王の機嫌が良いと思った。
そう言うことだったか。


シュウはアンドリュー王に抱きついて口付けをしようとしたことを怒っていないかとトーマ王妃に尋ねたが、トーマ王妃は笑顔でアンドリュー王に振り返り、言葉を促した。

「其方は私にとって息子同然と言ったであろう?
息子に抱きつかれて怒る親がおるか?」

「ねっ、そう言うことだよ。確かにビックリはしたけど子どもが親に甘えるのは当然でしょ? まぁ、フレデリックさんからみれば複雑かもしれないけどね……」

親と子。

そう言われれば、私には何も言えない。
シュウがトーマ王妃と抱き合ったりすることも、
アンドリュー王と仲良くすることも、シュウとトーマ王妃の関係性を考えれば、納得せざるを得ない。

シュウにとっての唯一の血縁関係であるトーマ王妃の伴侶なのだからな、アンドリュー王は。

「ああ。お2人がそう言うなら仕方がない。
私だけと言いたいところだが、陛下とトーマ王妃ならば目を瞑ることにしよう。その代わり! 他の者にあんなことをするのはもう絶対に許さないぞ!」

そう、特例は2人だけだ。
他の者が私のシュウに触れることは絶対に許さない。
奴等のようにシュウに触れ、傷つけた奴にはおなじような……いや、それ以上の罰を与えてやる。

その後、トーマ王妃の誘いで一緒に朝食を取ることになった。

ブルーノに頼むとなぜか嬉しそうに4人分の朝食の支度を始めた。

ブルーノにしてみれば、家族が共に一緒の時間を過ごしているのを見るのが嬉しいのだろうな。

食卓に並べられた食事を前に、シュウとトーマ王妃が
『いただきまーす!』と手を合わせて挨拶をする。

その声がかかると私もアンドリュー王もそれに倣うように手を合わせてしまう。

慣れというのは恐ろしいものだなとふっと笑みを溢すと、アンドリュー王も同じように笑っていた。


食事をしながら、今日の公務についてシュウが尋ねるとドルニアス地区に2人で視察に行くという。

ドルニアス地区といえば先日の大雨で町に土砂が流れ込んできたと報告があった場所だ。

4日後からの長期視察の前にドルニアス地区の被害状況を調べておきたいらしい。

復帰早々、片道2時間の馬車の旅か。
トーマ王妃にとってはもっと長く感じるだろうな。

あの馬車の改良がうまく行けば、きっと馬車の旅も今より楽になるだろう。

しかし、トーマ王妃は自分の公務よりもシュウが1人で寂しい想いをしないかを心配しているようだ。

そんなトーマ王妃の心を読み取るかのように、アンドリュー王はシュウと私に仕事を与えてくれた。

「実はな、近々トーマと共にレナゼリシア領に視察に行くのだがそれに向けて車大工に馬車の改良を頼んでいるのだ。フレデリックとシュウにはそれに立ち会ってもらい助言をしてやってほしい」

アンドリュー王から与えられた仕事内容にシュウは驚いていたが、トーマ王妃が今の馬車では辛いという話をすると俄然やる気になったようで
『頑張ります!』と応えていた。

アンドリュー王とトーマ王妃が馬車で出かけるのを見送った後、シュウを伴い、厩舎へと向かった。

シュウはユージーンという馬に会うのを楽しみにしているようだ。

ユージーン……先日川に行った時にシュウが乗っていた馬か。
確か仔ウサギに驚いて暴走してしまった馬だったな。

本来ならば、王室ゆかりの者を危険に晒したとして処分されてもおかしくない行為だが、シュウに怪我がなかったし、何よりシュウがユージーンに罰を与える気などさらさらなかったのだから特になんのお咎めもなしということになったのだ。

ユージーンに会うのを嬉しそうに厩舎に向かうシュウを見て、やはり処分などしなくて良かったと心から安堵したことはシュウには内緒にしておこう。

この時代の厩舎は私たちのいた時代の王城厩舎よりも随分と古くて小さいが、その分管理は行き届いている気がする。

馬の数も少ないといえば少ないが、少数精鋭といえばそうなのだろう。
あの時暴走した馬も本来は優秀な馬なのだ。
もう少し大きくなれば、仔ウサギ如きに驚くことなどなくなるだろう。

厩舎へ着くと、どこかの馬房から
『ヒヒーン』という嘶きが聞こえた。

「あっ、この声ユージーンじゃない?」

その声にいち早くシュウが気づき、ユージーンかもしれないと近づいてみると、そこには間違いなくあの時の馬、ユージーンの姿があった。

正直言って馬の鳴き声などどれも似たようなもので聞き分けができるものなどいないはずだ。
それは例え厩務員であっても正確にあてることは難しいだろう。

シュウを見て『ヒヒン、ヒヒン』と嘶く様子をみると、ユージーンもシュウを覚えているようだ。

そういえば、シュウは私の屋敷にいる馬たちも一瞬で虜にしていたな。

「シュウは相変わらず馬に好かれるんだな」

改めてシュウの凄さに感服してしまった。

「本当にいつものユージーンとは別物です」

私の後ろに現れたコレットはユージーンのあまりの懐きように驚いて目を丸くしていた。

コレットは先日の川遊びの日にはいなかったから、シュウとユージーンの戯れをはじめて見たんだな。
それは驚きもするだろう。

シュウとコレット、双方に紹介をするとコレットは先日のユージーンの暴走について謝っていた。

「いえ、そんな……。ユージーンはウサギさんに驚いただけだし、私もユージーンもウサギさんも怪我がなかったから大丈夫ですよ。お気になさらないでください」

ああ、またシュウの微笑みにコレットがやられてしまった。
ただでさえ威力が強いシュウの笑顔をあんなに間近に見てしまえば魂が抜けたようになってしまっても仕方がない。

「コレット!」と大声で呼びかけると、ようやく正気に戻ったようだった。

「あっ、あの……失礼致しました。その、あまりにもお美しい微笑みでしたもので……女神さまがいらっしゃるのかと思いまして……」

シュウはコレットの言葉をただの世辞だと思っているようだが、私にはわかる。
これは本心だ。
コレットはわかっているだろうが、牽制はしておかねばな。

「コレット、私の伴侶が美しいのはわかるが見つめるのはだめだ」

コレットに冷たい視線を浴びせまくると、

「し、失礼致しました。……申し訳ございません」

と直ぐに謝ったから許してやるとするか。
何かあればただではおかないが……。

バーナードはあと30分ほどでここに着くと連絡があったようだ。

30分の間、シュウと何をして待っていようかと考えていたが、シュウはユージーンの世話に夢中のようだ。

相手が馬とはいえ、シュウを独占することに多少苛立ちはあるがなんといっても私たちはピアスをつけた生涯の伴侶なのだから、馬の世話をするくらい快くさせてあげる度量の広さがないといけないだろう。
男として伴侶として器が小さいと思われたくもないしな。

ユージーンがあまりにも懐いているから、コレットがブラッシングを頼み、ユージーン専用の仕上げブラシを手渡すとそれをじっくりと見つめたあとシュウは楽しそうにユージーンの鬣に触れていた。

ユージーンは仕上げのブラッシングで暴れると言っていた。
いくら懐いているとはいえ、シュウがして危険はないのだろうか?

コレットにそう尋ねたが、シュウに危険が及ばないようにしますと言われた。

そんなことは私の役目だろう。
シュウが安心してユージーンのブラッシングができるように、何かあればすぐに対応できる位置にいよう。
決してシュウの邪魔にならない位置でな。

シュウはそんな私を見て、『ふふっ』と笑みを浮かべた。

「ユージーン、マッサージしようね」

と、慈愛に満ちた表情でまるで自分の子どもに声かけをするようにユージーンの首をヨシヨシとさすりながらブラッシングをしてあげていた。

本当に暴れることがあるんだろうかと訝しんでしまうほどに、ユージーンは借りてきた猫のようにシュウに擦り寄っていた。

コレットはそんなユージーンの様子に目を丸くして驚いている。
いつも世話をしている厩務員がこんなに驚くのだから、よほどいつもの姿とは違うんだろう。

シュウがユージーンのみならず、この厩舎にいる馬たちの世話を担当したらきっとみんな言うことを聞きまくる馬たちになるのだろうな。

コレットはあまりにも早くユージーンのブラッシングが終わったことを大喜びしてまたお願いしたいなどと言っていたが、例え馬たちであってもシュウが私以外に愛情たっぷりに世話をするそんな姿は見たくないから、どんなに頼まれたとしても毎日手伝わせるようなことはさせられないな。
まぁ、たまに会わせるくらいなら許してやってもいいが……。

そんなことを考えていると、後ろから弟子たち数人を伴い、バーナードが現れた。

「アルフレッドさま。お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「ああ、バーナード。よく来てくれたな。今日は陛下はトーマ王妃と共に視察に出かけられている。馬車の改良に関しては私とここにいる私の伴侶であるシュウに一任されているからよろしく頼む」

そう言うと、バーナードはすぐにシュウに挨拶をした。
バーナードの丁寧な挨拶にシュウは

「バーナードさん、こちらこそよろしくお願いします! アンドリューさま、トーマさまのためにどうか力を貸してください」

と頭を下げて挨拶をした。

その姿に驚いたバーナードと弟子たちは驚いて芝生にひれ伏した。

王族に近しい者、しかもアンドリュー王から直々に任されているシュウから頭を下げられれば平伏してしまうのも仕方ないことだ。
シュウは己の立場がわかっていないところがあるからな。
貴族や身分などがない世界にいた時のくせがまだ抜けていないようだ。

シュウに頭を下げるなと注意すると、シュウは素直に謝った。
こういう素直なところが可愛いのだ。

こんなことで時間を使うのはもったいない。
レナゼリシア領への視察はもう4日後に迫っているのだからな。


「アルフレッドさま。昨日ご指導いただきました形で製作いたしましたものがこちらでございます」

バーナードの言葉に弟子が差し出したものは、座席に見立てた木の椅子の座る部分が柔らかなビロードの布生地になっており、中には柔らかな背当てのようなものが埋め込まれているようだ。

板張りにそのまま座るよりは幾分良くはなっただろう。

シュウの反応はどうだろうか?

シュウは厩舎の横に置かれた馬車をじっくりと見ながらぶつぶつと小さな声で呟いている。
どうやら馬車の構造そのものについて考えているようだ。

この時代の馬車は我々の時代のものと違い、本当に大きな箱といった見た目をしている。
箱の下に軸を通して車輪をそのままつけているため、道を走って車輪が受ける振動がそのまま座席へと伝わるのだ。

我々の時代の物はなんというか……馬車本体と車輪軸が離れていたように思う。

これは一朝一夕の技術では作り上げることなどできないものだろう。
今、私たちにできることは少しでも車輪から受ける振動を身体に与えないようにすることだけだ。

シュウは馬車をじっくりと見た後、バーナードが作ってきた試作品の座席もじっくりと隅から隅まで触って、何やら考えている様子だった。

「ねぇ、フレッド。紙とペンを貰えるかな?」

真剣な眼差しをしたシュウに一瞬ドキリとしながら、私はコレットに急いで紙とペンを準備させた。

シュウはその紙とペンを手にし、何かを書こうととしたところで突然動きを止めた。

急にどうしたのだろうか?

すると、シュウは私の元にやってきた。
皆に聞かせられない話なのだろうと察した私はシュウの高さに身を屈め、耳元で囁くように話すシュウの言葉をじっと聞いていた。

シュウは未来の知識をこの時代の人間に話すことに危機感を持っているようだった。
たしかに歴史の改竄かいざんになってしまうようなことは、やってはいけないことだろう。

しかし、シュウの知識はこの国の馬車の歴史を根幹から変えるほど凄いものなのだろうか?
例えそれほど凄いものだったとしても、これはこの国をよりよく発展するためのもので、悪い方向へ進むことはないのではないかと私は思っている。

どこまでなら良いのかという線引きは難しいところではあるが、今、実際に困っているアンドリュー王とトーマ王妃がいて、これを伝えることでお2人がこれから先の公務が少しでも楽になるのであれば、教えてもいいのではないかと思うのだ。

私たちが時を超えて移動したということで少なからず歴史は変わるだろう。
それは仕方のないことだと思う。誰にも接することなどなく生きることなど出来ないのだから。
神はそういうこともわかった上で私たちをこの時代に送り込んだのかもしれないとさえ思っているのだ。

「シュウはどう思う?」

そう尋ねるとシュウは目をぎゅっと瞑り、何かを必死で考えているようだ。
シュウなりにどうしたらいいかを考えているのだろう。
私の意見は伝えたのだからもうあとはシュウの考えだけだ。
その結果、知識を伝えないという選択をしたとしてもそれは責められない。
それがシュウが必死で考えた結果なのだから……。

シュウはしばらく考えた末、ふっと左耳につけているピアスに触れた。

すると、シュウは納得したようにピアスから手を離すと、

「フレッド、ありがとう。ぼく、決めたよ」

すっきりした表情でそう言った。
シュウはバーナードに自分の知識全てを伝えるのだという。
シュウがそんなに馬車の仕組みに詳しいとは知らなかったが、ここまで悩むほどなのだから相当のものなのだろう。

「シュウが決めたことなら、私は応援しよう。
シュウが馬車の仕組みに詳しいとは知らなかったが、私も思いついたことがあれば意見してもいいか?」

シュウにはそう言いはしたが、私は自分の乗っていた馬車を思い出すことしかできない。
きっと役には立たないだろうな……。

シュウは幼い頃に自作の馬車を作ったらしい。
とすれば、私とは比べ物にならないほど戦力になるだろう。

シュウは手に持ったペンで紙にサラサラと目の前にある馬車を描いてみせた。

そして、その隣に見覚えのある私たちが乗っていた馬車の絵を描いた。

馬車という名が付いていても並べてみるとこれは全く別物だな。
シュウの絵はとてもわかりやすく描かれていて、馬車の構造に長けている車大工のバーナードならば、さしたる説明がなくとも想像しやすい。

バーナードはシュウが描いた絵を受け取り、弟子と共にああでもない、こうでもないと議論し始めた。
もうすっかり座席の改良より、絵に描いてある新しい馬車をつくるためのほうに話が進んでいる。

それはそれで大事なことだが、今は4日後に迫った視察に行くために必要な改良の方が先だ。
まずはこれから終わらせないといけない。

シュウもそれがわかっているから、バーナードに今日の改良についての話を持ちかけた。

シュウはバーナードの試作品を活かしたままで、座席部分の全面的な作り替えを提案した。

柔らかな素材にするという案は0だったものを50にするくらいの案だったのだ。
これを100にするにはどうしたらいいか、そこにシュウの知識が必要だった。

座席の下に板状のバネをいくつか差し込んで、車輪から送られる振動をそのバネが吸収することで身体に与えられる衝撃を減らす。
なるほど……それが出来れば、長時間座っていても今よりは格段に乗り心地は良くなることだろう。

バーナードと弟子たちはシュウの話を少しも漏らさぬように必死に聞き取っては紙に書き写し、それを元に何枚かの設計図を書き出した。

納得した設計図がかけたらしく、弟子たちの手によって馬車から座席が取り出された。
板張りの座面を取り外すと、中は全くの空洞で木の箱そのものといった印象を受けた。
今更だがこれが王と王妃が座る物だとは思えないほどの代物だ。

バーナードたちはその座面にバネを取りつける作業を始めた。
シュウが手伝いを申し出たが、バーナードはもう一度絵を描いてほしいと頼んだ。

バーナードめ、シュウの絵を上手いこと手中に入れたな。
まぁ、車大工にとってはそれほどまでに魅力のある絵だったのだろうがな。

シュウが楽しそうに絵を描いている姿をみて、本当に驚いた。
先程は立ったままでサラサラと描いていたが、今はコレットの手によって椅子と机が準備され、シュウはゆっくりと座って絵を描いている。

だからだろうか、先程描いたものより数段上手だ。
いや、上手だという水準ではない。
今にも動き出しそうなほど精巧な馬車の絵に感心してしまうほどだ。

「ふふっ。絵は昔から描くの好きだったんだ。ひとりで黙々と描けるし、綺麗だなって思った光景とか残しておきたくて」 


目の前にあるものを残しておきたくて……
そう話したシュウの絵を見て少し既視感があったのはなんだろうかと考えていた。

「そうか……」

今、思い出した。
あの2人の肖像画に似ているんだ。

私たちがこの時代にくる切っ掛けになった絵はもしかしたらシュウが描いたものだったんじゃないだろうか?
そうだとしたら、あのリストに書かれていた画家ではなく、2人の肖像画はシュウが描くべきなのではないか?

その絵が完成した時、我々は元の時代に戻る?
その推測が正しいとしたら、シュウは肖像画を描くことを選ぶだろうか……。

私はシュウが絵を描いているのをただじっと眺めながら、ずっと考えていた。
やはりあの時、あの秘密の部屋に飾られていたアンドリュー王とトーマ王妃の絵の筆使いによく似ている。
絵に対してそんなに詳しいわけではないが、あの時の2人の顔はあまりにも優しく慈愛に満ちていた気がした。

偉大なる王と語り継がれたアンドリュー王にしてはやけに優しい顔立ちをしていると思ったものだ。

それをシュウが描いたとなれば合点がいく。
2人の息子であるシュウの置き土産となるものなら、それはあんな表情にもなるだろう。

これはアンドリュー王に伝えるべきか?
いや、シュウだけに伝えるべきか?
どうするのが一番良いのだろう……。


私がいろいろと考えを巡らせている間に座席の改良が終わったようだ。

シュウに感想を聞いているようだが、地面に置いて座った時と馬車に設置した時とでは状況が違いすぎる。

このままでは可もなく不可もなくといった様子でシュウとしても感想の言いようがないだろう。

「座り心地はとっても良いけれど、重要なのは馬車が動いてからだからね。これ、今取り付けてみて試しに走ってみるなんてことできるのかな?」

シュウの提案で改良した座席をつけて試乗できることになった。
そうなれば、バーナードが城下の外を回るかと提案してくるのも予測していた。

さも提案されたからだというふうに見せて、心の中ではシュウとの『でーと』に歓喜していたのだ。

せっかくならば帰りに城下でお茶にでも誘おうかと思い、周りへの牽制の意味も込めてシュウに私の色に着替えさせた。

シュウはこのままでもなどと言っていたが、こんなにも美しいシュウが私のものだと城下の者みんなに見せつけてやりたいのだ。
当然のことだろう?

私の瞳の色の服を身に纏い、同じ色のピアスを耳に付けたシュウはどこからどう見ても私のものだ。

「ピアスと同じ色のドレスだから、シュウに言いよる不届な男など現れないな」

そう言いながらも、身の程を弁えない馬鹿者はどこにでもいる。
美しいシュウを見ながら、頭のてっぺんから足の先までどこにも誰にも触れさせたりしないと心に誓った。

着替えを終え、玄関へ向かうとブルーノと騎士たちが並んで立っていた。

ブルーノに挨拶をされ、シュウは元気よく

「はぁーい! 行ってきます」

と声をかけた。

そしてシュウはブルーノと一緒に並んでいる騎士たちにもにっこりと笑顔を向けて『行ってきます』と声を掛け、手まで振っていた。

シュウにそんな対応をされた騎士たちは手を振られたのが自分だけだとそれぞれが勘違いをしているようで、シュウにこぞって手を振りかえしていた。

「ほら、シュウ。遅くなるから早く乗るぞ」

シュウに気はなくとも騎士たちに可愛い笑顔を見せたこと、そして手を振って見せたことについ嫉妬して、早く騎士たちの前からシュウを遠ざけようと急いで馬車に乗せることにした。

エスコートのために手を差し出した時、さっき騎士たちに振った手は私だけのものだとわからせるために、シュウの柔らかで綺麗な手をきゅっと握った。

すると、シュウは意図に気付いたのかどうかわからないが、『ふふっ。ありがとう、フレッド』とにっこりと笑顔を向けて、私の手をきゅっと握り返してくれた。

手を握りあい、笑顔を見せ合う姿を並んで私たちを見送る騎士たちに見せつけることができ、嬉しかった。
ほら、私たちの仲睦まじさにガッカリしている騎士がいる。
フッ、これで牽制できたようだな。


抑えようとしても声がウキウキしてしまう。
何せ騎士たちあいつらにシュウとの仲を見せつけることができたし、何より今からシュウとの『でーと』だ。
嬉しくないわけがない。

今のところ、座り心地だけで以前のよりは雲泥の差だ。
シュウも座り心地は合格のようだ。
これが動き出してからどうなるか楽しみだな。

私は前面に通じる小窓を開け、出発するよう指示を出すと、馬車はゆっくりと動き始めた。

王城玄関から外へ出る道はもちろん、城下も綺麗に整備されていて車輪が進む振動は元々そこまで響くことはないが、今日は動いているのかと勘違いしてしまいそうなほど、尻への振動は少ない。
これなら整備されていない道も期待できるな。

城下の中ほどまで進んだところで、シュウが良い匂いがすると言い出した。

ふふっ。思った通りだ。
シュウならばそう言うだろうと思っていた。
最初からお茶に誘うつもりだったが、シュウが行きたくなった頃を見計らって誘うと、シュウは素直に喜びを爆発させ、私に抱きついて喜んでくれた。

やはり、初めからお茶の話をしないで良かった。

気づけば、馬車は城下を過ぎ土の道に進んでいた。
思っていた通り、土の道に来ても振動はあまり感じられなかった。
これなら長時間座っていても苦にはならないだろう。

馬たちへの休憩時間だけで先に進むことができるなら、我々の時代と同じ5日間はさすがに難しいだろうが、1日早い6日でレナゼリシア領へ到着するのも夢ではないだろう。
レナゼリシアへは途中早馬でも出せばいい。

「フレッド、どう?」

シュウは心配そうに感想を求めてきたが、長時間でも座っていられそうだというと、シュウは顔を綻ばせながら、

「うん。ぼくもそう思う。良かった、うまく行ったんだね!」

と嬉しそうにしていた。

しかし、そんなシュウに安堵と憂いの2つの表情が見え隠れしていることに気づいた。

おそらく安堵は座席がうまく改良できたことだろう。
きっとアンドリュー王とトーマ王妃の負担を軽減できるとホッとしたに違いない。
そして、憂いは……トーマ王妃と長い時間離れてしまうことだろうな。
無理はない、ここへきてからずっと一緒に過ごしてきたのだからな。

憂い顔を見せるシュウに

「そうだな。大丈夫だ、シュウには私もいるし……それにきっと寂しくはならないさ」

そう伝えると、困惑の表情を見せていたがこれはまだ言うわけにはいかない。
シュウとトーマ王妃がどんな驚きを見せてくれるか楽しみだな。

思わず『ふふっ』と笑みが溢れてしまったが、シュウはこれ以上追及してくることはなかった。

馬車は城下を囲うように走っていた。
すると、広い畑が現れた。

柑橘系の甘い香りが風に乗ってきているのを見ると、果物畑だろうか?
この時期なら蜜柑かオレンジか。

いずれにしても美味しそうな匂いだ。

シュウもこの匂いがに気になったのか聞きたそうにしていたので、馬車を停めさせ窓から畑にいる農民たちに尋ねてみることにした。

「驚かせてすまない。今、何の収穫をしているのか気になってな、良ければ教えてもらえないだろうか?」

しかし、農民たちは誰が答えるかで揉めているようだ。
無理もない。
王家の紋章入りの馬車から声をかけられるなどよくあることではないからな。
見たことはないが王室縁の者であることにかわりはない私たちに何か不手際があっては……と思っているのだろう。

諦めた方がいいかと思っていたその時、

「みかんを摘んでるんだよー!!」

と子どもの大きな声が響いた。

あまりにも大きなその声に若干驚きはしたが、周りの大人がこぞって怯んでいる中、この子の勇気は感心に値するな。

シュウは蜜柑と聞いて、目を輝かせている。
視線は畑の中でたわわに実っている蜜柑の方に釘付けだ。

「あの、みかんを摘むのを手伝わせて貰えませんか?」

シュウが彼らに窓から声をかけたと思ったら、蜜柑摘みを手伝わせて欲しいという頼みだった。
あんなにやりたそうな顔をしていたからな。
私からも頼むと声をかけると、農民たちはやはり良い顔はしなかった。

もし何かあった時のことを考えているのだろう。
それは当然か……。

「迷惑をかけることはしない。やらせて貰えぬだろうか?」

もう一度頼むと、これ以上断ることもできないと思ったのか了承してくれた。

彼らに御礼を言い、馬車から降りると彼らは畑に平伏して待っていた。

シュウが慌てて彼らの元へ行き、顔を上げてくださいと必死に頼むと彼らは恐る恐る立ち上がった。

「お仕事中にごめんなさい。どうしてもお手伝いしてみたくて……」

あるひとりの農民に向かってシュウが少し申し訳なさげに謝ると、彼は顔を真っ赤にして声も出せずにただ横に顔を振るばかり。
どうやら、目の前でシュウの憂い顔を見て虜になってしまったようだ。

私の・・伴侶の願い事を叶えてもらい、礼を言う。畑に入っても良いか?」

私の伴侶であることを強調しながらシュウを後ろから抱きしめ、農民たち、特にシュウに目の前で見つめられた男に牽制してやった。


「あの……どうぞ、こ、こちらへ……」

とその彼が私を見ながら怯えたように私たちを畑へと案内してくれた。
これだけ牽制しておけば、邪な思いなど抱く奴はいないだろう。

そう安堵していると、

「お姉ちゃん、こっちだよー!」

とシュウに声をかける子どもがいた。
あの子はさっき大人たちを押しのけて、我々に蜜柑摘みを教えてくれた子か。

歳の頃はまだ5~6歳といったところか。
男ではあるが、まぁいいだろう。

シュウに注意するよう声をかけ、あの子の元へ行くのを見送った。

シュウがあの子に名前を聞いている。

「うん。僕、ルイだよ」

ルイ……。
どこかで聞いたことのある名前だな。
どこで聞いたのだったか……?
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