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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   19−1   

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目を覚ますと、フレッドの腕の中に包まれていた。
昨日とんでもないことをしでかしてしまったけれど、フレッドは許してくれた。

お父さんはぼくのやったことを許してくれるだろうか……。
目の前で愛する人が他の人に抱きつかれてキスをねだっている姿なんて見たくなかったはず。
しかもそれが息子であるぼくだなんて……。

許したいけど許せない……そんな気持ちでいるのかもしれない。
公務復帰の初日の朝だと言うのに、そんな気持ちで目覚めさせてしまったのかもしれないと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

それでもぼくは謝るしかないんだ。

「よし! やるぞ!」

自分を奮い立たせるように言葉にすると、

「シュウ、起きてたのか?」

と声をかけられた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「いや、もう起きる時間だったからいいんだ。
それよりも朝っぱらから大した気合の入れようだな」

『ふふっ』と笑うフレッドに、お父さんに謝るために気合入れてたんだというと、

「そうか。でも、そんなに気負わなくても大丈夫だと思うぞ」

と頭を撫でてくれた。

服を着替えてブルーノさんを呼んで尋ねてみると、
お父さんとアンドリューさまはもうすぐ朝食の時間らしい。

今日は朝食後すぐに2人で視察へと向かうらしく、会いに行くなら早い方が良い、そう言われてフレッドと一緒に【王と王妃の間】へと向かった。

いつもは軽やかに向かう足取りも今日はなんだか重く感じる。
お父さんは許してくれるだろうか……。

ドキドキしながら、中へ入ると

「柊くん!」

とお父さんがぼくに向かって飛び込んできた。

その勢いに倒れそうになりながら、お父さんを抱き止めると

「ごめんね、二日酔いはしてない?」

と心配そうにぼくの顔を覗き込んできた。

「えっ? あの……えっ?」

てっきり怒っていると思っていたから、想像とは全く違うお父さんの態度になんと答えて良いのかわからなくなってしまった。

「どうした? 柊くん、大丈夫?」

背中をトントンと優しく叩きながら、ゆっくりと声をかけてくれてようやくぼくの心も落ち着いた。

「ぼくは大丈夫だけど、あの、お父さん……怒ってないの?」

「何を?」

お父さんのキョトンとした表情に、本当に怒ってないんだとわかった。

「ぼく、全然覚えてないけど……その、アンドリューさまにだ、抱きついて……キス、しようとしたって。フレッドが教えてくれた」

「ああ、そのことか。ふふっ、大丈夫。怒ってないよ。だって……ねぇ」

お父さんはにこりと笑顔でアンドリューさまを振り返った。

「其方は私にとって息子同然と言ったであろう?
息子に抱きつかれて怒る親がおるか?」

「ねっ、そう言うことだよ。確かにビックリはしたけど子どもが親に甘えるのは当然でしょ? まぁ、フレデリックさんからみれば複雑かもしれないけどね……」

フレッドを見ると、なんとも言えない表情をしながらも頷いてくれた。

「フレッド、いいの?」

「ああ。お2人がそう言うなら仕方がない。
私だけと言いたいところだが、陛下とトーマ王妃ならば目を瞑ることにしよう。その代わり! 他の者にあんなことをするのはもう絶対に許さないぞ!」

「うん、ありがとう……フレッド」

「ふふっ。柊くん、良かったね」

お父さんが早速優しく抱きしめてくれて、嬉しかった。

「ねぇ、2人とも朝ごはんは食べた?」

「ううん、先に謝らなきゃと思ってたから……」

「なら、こっちでみんなで一緒に食べよう!」

そうお父さんに誘われて、4人で朝食を取ることになった。

ブルーノさんとメイドさんたちがテキパキと支度をしてくれて、あっという間に朝食の準備が完成した。

「いただきまーす!」

ぼくとお父さんはともかく、フレッドやアンドリューさまが給食時間のように手を合わせて挨拶をする様子は最初はなかなか見慣れなかったけれど、4人で揃って挨拶をするのはやはり気持ちがいい。

お父さんも同じふうに思っていたのか、視線を向けると『ふふっ』と笑顔をみせてくれた。

食事をしながら今日の公務について聞いてみた。

「今日はどこに視察に行くんですか?」

「ここから2時間くらい行ったところの南部のドルニアス地区だよ。
ほら、この前の大雨で川が氾濫してね、町に土砂が流れ込んできたみたいなんだ。すぐに騎士団を派遣して作業を進めてて、被害状況と復旧作業の進捗状況の確認はしてるんだけど、やっぱり実際に見てみないとね。被害に遭った住民たちにも直接あって必要な物を聞きたいし」

そうか、あのときの雨で大変なことになってたんだな。

「じゃあ、今日は夜まで忙しそうですね。復帰したばかりだから気をつけてください!」

「ふふっ、ありがとう。柊くんは今日は何して過ごすの?」

「ああ、それならフレデリックと共にやってもらいたいことがあるんだ」

お父さんの質問に突然アンドリューさまが乗ってきて驚いたけれど、フレッドと一緒にやってもらいたいことってなんだろう?
ぼくに仕事が与えられるなんて、なんだか嬉しい!

「実はな、近々トーマと共にレナゼリシア領に視察に行くのだがそれに向けて車大工に馬車の改良を頼んでいるのだ。フレデリックとシュウにはそれに立ち会ってもらい助言をしてやってほしい」

「馬車の改良……ですか?」

「ああ、今の馬車では長時間乗るのに適していないのでな、フレデリックに助言を貰って早速昨日車大工のバーナードを呼んで試作品を作ってもらっているのだ。今日それを持ってくることになっているから、それをみて手直しがあれば教えてやってほしい」

その話にお父さんは目を輝かせながら話に加わってきた。

「ああっ、たしかにー! この時代の馬車ずっと乗ってるとお尻が痛くて長時間乗っていられないんだよね。だから、僕長時間乗る時は枕を馬車に持って行ってたんだ。改良してもらえたら助かるよ」

そうなんだ!
ぼくはここにきて馬車に乗ったことが無かったからわからなかったけど、そう言うのを聞くとやっぱりぼくたちのいた時代より昔なんだって感じる。

「わかりました! ぼくが居て役に立てるかはわからないけど、フレッドがいるからきっと大丈夫です。アンドリューさまとお父さんがゆったり寛ぎながら馬車に乗れるように頑張りますね」

「ふふっ。柊くん、頼むよ!」

アンドリューさまとお父さんは食事を終えると、今日は小さめの馬車に乗りドルニアス地区の視察へ出掛けていった。

「シュウ、厩舎へ行こうか」

「わぁーい。ユージーン、いるかなぁ?」

ぼくはワクワクしながらフレッドと厩舎へ向かった。

この前はお馬さんたちに夢中で厩舎をよくみていなかったな。
フレッドのお屋敷にある厩舎より古いけれど広くて立派だ。

お馬さんたちの数も違うしね、と思いながら厩舎に入っていくと
『ヒヒーン』という大きな嘶きが聞こえた。

「あっ、この声ユージーンじゃない?」

「わかるのか?」

「多分、そんな気がするんだけど……」

気になって声のする方へ近づくと、そこには焦げ茶色の毛並みに緑色のふわふわのたてがみが可愛いユージーンの姿があった。

ぼくの姿を見つけて、『ヒヒーン、ヒヒーン』と嘶きを繰り返す。

「ユージーン、ぼくのこと覚えててくれたんだね! フレッドー! やっぱりユージーンだったよ」

嬉しくてユージーンに寄っていくとユージーンはゆっくりとぼくの方に近づいてぼくの肩口に顔を寄せスリスリしてくれた。

「シュウは相変わらず馬に好かれるんだな」

「本当にいつものユージーンとは別物です」

フレッドと違う声が聞こえて、顔を向けるとフレッドとあまり背の高さが変わらないオレンジの髪色の男性が驚いた顔をして立っていた。
赤いウィッグをつけているフレッドと並ぶとすごく目立つ2人だななんて思いながら、

「あっ、勝手にごめんなさい……」

慌ててユージーンの傍から離れた。

すると、その人もまた慌てたように

「いえ、いいんですよ」

と優しく声をかけてくれた。

「シュウ、彼はこの厩舎の主任厩務員のコレットだよ。コレット、彼女は私の伴侶でシュウという」

フレッドの口から“彼女”だなんて言われると一瞬ドキッとしてしまうけれど、外に出る時のぼくは女の子だから仕方がない。
見た目が女の子にはだいぶ慣れたけれど、フレッドはどちらのぼくも同じように対応してくれるから時々忘れそうになる。
ここではぼくは女の子、私っていうんだよ、と自分に言い聞かせて、コレットさんに向き合った。

「シュウさま。先日はユージーンが暴走してしまい、申し訳ございませんでした。お怪我がなかったと聞いてひとまず安心致しましたが、次からはそのようにことがないように万全の注意を致します」

そうだった。ウサギさんに驚いたんだっけ。

「いえ、そんな……。ユージーンはウサギさんに驚いただけだし、私もユージーンもウサギさんも怪我がなかったから大丈夫ですよ。お気になさらないでください」

にっこりと笑って答えると、コレットさんは目を丸くしてしばらく動かなかったけれど、フレッドが
『コレット!』と呼びかけると、『あっ、失礼致しました』と謝っていた。

なんだろう? ぼく、悪いこと言っちゃったのかな?

「あっ、あの……失礼致しました。その、あまりにもお美しい微笑みでしたもので……女神さまがいらっしゃるのかと思いまして……」

女神さまって……。ふふっ。
コレットさん、冗談うまいなぁ……なんて思っていたのに、

「コレット、私の伴侶が美しいのはわかるが見つめるのはだめだ」

どうやらフレッドには冗談が通じなかったみたいだ。
コレットさんも大変だな。

「し、失礼致しました。申し訳ございません」

コレットさんが頭を下げ謝ると、
フレッドはようやく『まぁ、いい』と許してあげていた。
コレットさんは何も悪いことしてないんだけどな……と思いつつも、

「ねぇねえ、それよりもその車大工さんはまだ来ていないの?」

と話題を変えてみた、

「あっ、先ごろあと30分ほどで到着するとの連絡がございました」

「そっか。なら、その間ユージーンと一緒にいてもいいですか?」

「はい。こちらからお願いしたいくらいでございます。あの、ユージーンのブラッシングをシュウさまにお願いしても宜しいですか?」

思っても見なかった仕事を与えられ、ぼくは嬉しくなった。

「わぁ、いいんですか! 嬉しい」

「表面の汚れと毛の奥に詰まった汚れは先ごろ落としてございますので、最後の仕上げのブラッシングをお願いしたいと思います。ユージーンはなぜかいつもこれを嫌がって……。シュウさまには心を許しているようですので、きっと大人しくしていてくれるかと思います」

コレットさんに仕上げ用のブラシを手渡され、見てみると手を持つところにユージーンの名前が書いてあった。

ちゃんとユージーン専用のブラシなんだ。
うん、ちゃんとしてる。

「コレット、シュウがして危なくはないのか?」

「私も隣に居りますし、シュウさまに危険が及ぶことはないように致します」

コレットさんがそういうと、フレッドはぼくの近くに立ち、何かあった時のために守ってくれているようだ。

ふふっ。心配性なんだから。
そう思いながらも、フレッドが傍にいてくれることに安心した気持ちになった。

「ユージーン、マッサージしようね」

声をかけながら、ユージーンの左側に立ち、首をヨシヨシとさすりながら右手に持ったブラシでブラッシングしていくと、ユージーンは気持ちよさそうに
首をくねらせ『ヒヒン、ヒヒン』と嘶いた。

「本当に凄いですね」

コレットさんがユージーンの様子に目を丸くして驚いている。
そんなにいつもは暴れたりしてるんだろうか?
ぼくにはそんなユージーンの方が想像できない。

全身を満遍なくマッサージし終わり、終始ユージーンはご機嫌で気持ちよさそうにしていた。

「いやあ、こんなに早くユージーンのブラッシングが終わったのは初めてです。またぜひお願い致します!」

そんなに喜ばれるなんて思わなかったから、何だかとても嬉しくなってしまう。

「アルフレッドさま。お待たせしてしまい、申し訳ございません」

後ろから声をかけられ振り向くと、見るからに職人さんといった風貌の男性がお弟子さんのような人たちを数名連れてこちらへ向かって小走りにやってきた。

「ああ、バーナード。よく来てくれたな。今日は陛下はトーマ王妃と共に視察に出かけられている。馬車の改良に関しては私とここにいる私の伴侶であるシュウに一任されているからよろしく頼む」

「畏まりました。シュウさま、初めてお目にかかります。車大工のバーナードと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」

「バーナードさん、こちらこそよろしくお願いします! アンドリューさま、トーマさまのためにどうか力を貸してください」

「そんな……頭をお上げくださいませ」

ぼくが頭を下げると、バーナードさんとお弟子さんたちは驚いて芝生にひれ伏した。
そんな様子にただただ驚いていると、

「シュウ、お前が頭を下げるとみんなが驚くぞ」

と注意され、

「ご、ごめんなさい。慣れなくて……」

と謝った。

「ほら、時間もないから挨拶はその辺にして仕事を始めよう」

フレッドの仕切りでようやく今日の仕事が始まった。

昨日、フレッドとアンドリューさまと執務室で打ち合わせをしたものをバーナードさんが試作品として持ってきてくれていた。

本当なら、馬車自体を改良した方が揺れももっと軽減できるだろうしいいのだけれど、何せ今回は時間がない。
お父さんたちの視察は4日後出発予定なのだから、それまでにできる部分の改良しかできない。

ぼくは小学生の時に夏休みの宿題で作った手作りの車のことを思い出していた。

いかに揺れを少なくして速さをだすか、馬車も車も仕様は同じだ。

この時代の馬車を見たところ、馬車の本体に軸をつけてそのまま車輪を付けてしまっている。
だから、揺れがダイレクトに馬車の座席に伝わってしまうんだ。

だから、本当なら馬車と車輪を完全に分けてロープや鎖で吊るして馬車本体に振動を与えないようにするのが良いんだけれど、これを作り上げるには時間が足りなさすぎる。

だから、今回は座席に与えられる振動を出来るだけ減らすための工夫しかできない。

それをどうしていくかが重要になってくる。

お父さんは長時間乗る時は馬車内に枕を持っていってると言っていた。
座席を通して伝わってくる振動をなんとか身体に与えないためには、多分それが自分でできる改善策だったんだろう。

今回バーナードさんが持ってきてくれた試作品も座席の座る部分を板張りから柔らかいベルベット生地に変えられている。

それだけでも今までより十分良くなっているとは思うけれど、レナゼリシア領はぼくたちの時代でも5日はかかる場所だ。

この時代なら1週間は馬車に乗ることになってしまうだろう。

そんな長旅を板張りから柔らかい生地に変えたところで、そこまでの変化は期待できないと思う。

馬車本体と車輪を別々に分けられないなら、車輪の動く振動を座席まで伝わらせないために座席の下にバネのようなものを取り付けて逆に跳ねさせたほうが力は分散するんじゃないだろうか?

バネと言ってもクルクル巻かれたあれは多分難しいだろうから、板状のバネを座席の下に敷いて上からこの柔らかい生地の座席部分を乗せれば今までよりは格段に良くなると思う。

「ねぇ、フレッド。紙とペンを貰えるかな?」

ぼくが頼むと、フレッドはすぐにコレットさんに頼んで厩務員室から持ってきてもらった。

用意してもらった紙とペンを手にしたところで、これを話してもいいんだろうか……と急に不安が押し寄せてきた。

これはもしかしたら、歴史を変えることになるんじゃないだろうかと思ったからだ。

ぼくは隣にいたフレッドにこっそり耳打ちで自分の考えを話してみた。

「ねぇ、フレッド。馬車を良くするための話ってあんまりしちゃいけないかな? この時代の人が知っちゃうと歴史が変わったりする?」

「うーん、内容にもよるが、例えシュウの話を聞いたバーナードの手によって車大工の技術が今よりも格段に上がったとして、これが人類にとって悪い方に動くだろうか? 今、実際に大変な思いをしている人がいて、私たちの知識でそれが改善できるのならば、私はそれを広めてもいいと思っている。神はそういうことも含めて私たちをこの時代に送り込んだのかもしれないと……まぁ、良いふうに捉えているだけと言われればそうかもしれないが。シュウはどう思う?」

うーん、正直いってフレッドの意見に全て全面的に賛成! と言えないところもあるにはある。

もし、これが何か悪いことに使われたり、性能が良くなって速くなった馬車で事故にあって本当なら亡くなるはずのない人がそんな運命になっちゃったり……悪いことを考えていればキリがないけれど、そんなことがないとは限らない。

ぼくたちがこの時代に来たせいで運命が変わってしまった人ももしかしたら既にいるのかも……。
その人たちみんなを元の運命に戻すことなどできないかもしれないけど、本当なら歴史は変えるべきじゃないとぼくは思ってる。

それでもぼくが今悩んでいるのは、このことがお父さんとアンドリューさまに関わることだからだ。
今回を乗り切ったとしても、これから先2人が王と王妃である以上、長距離の馬車移動は欠かすことはできない。

少しでも2人の役に立てることがあるなら協力したいと思ってしまう。

神さま、今回だけは許してもらえますか?

お父さんとアンドリューさまのためにぼくはこの知識をバーナードさんに伝えたいんだ。

そう願った時、ぼくの耳のピアスがふっと熱を帯びたような気がした。
光ったわけでもなく、ただほんのりと温かさを感じた。

それを神様からの了承だとぼくは勝手に解釈して、
頭の中でいろんな想いを整理して、ぼくはバーナードさんに伝えると言うことを決めた。

「フレッド、ありがとう。ぼく、決めたよ」

耳元で御礼を言うと、フレッドは嬉しそうに笑った。

「シュウが決めたことなら、私は応援しよう。
シュウが馬車の仕組みに詳しいとは知らなかったが、私も思いついたことがあれば意見してもいいか?」

「もちろんだよ! ぼく、子どもの時に車……馬車みたいなおもちゃを自分で作ったことがあるんだ。その時にいろいろ調べたのが今日役に立ちそうで嬉しい」

とはいえ、ぼくは所詮素人だ。
馬車を作ったことも、実際に馬車の内部を目にしたこともない。
ぼくが知っているのは、夏休みの宿題で手作りの車を作ったその時の知識だけだ。

あの時、工作を作るにあたって図書館でいろんな本を読んだ時、確か馬車の歴史の本も読んだことをうっすらと覚えている。

あれがこんなところで役に立つとは思いもしなかったな。


元の世界でも初期の頃の馬車は、この時代の馬車と同じような構造をしていたから長時間の乗車には向いていなかったんだ。

「バーナードさん、今ある馬車の形はこんな風になってますけど、次に作る時はこんなふうにした方が良いと思います」

さらっと紙に今の馬車の絵と馬車本体と車輪部分の絵を描いていく。
この車輪を繋いでいる軸の上に出来るならクルクルと巻かれた大きくて太いバネを付ければいい。
このバネが難しければ、座席の下に取り付けるつもりの板状のバネをいくつも重ねて付ければ良かったはずだ。

「こ、これは……なんという素晴らしいお考えでしょう。なるほど、これならば、でこぼこした道を通る車輪の振動をこの馬車本体が受けずに済みますな! この美しい絵、じっくりと見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「えっ? あ、はい。こんな絵で良ければ全然……」

「ありがとうございます!!」

ものすごく食い気味にお礼を言われたかと思うと、バーナードさんなお弟子さんたちと絵を見ながら、あーでもない、こーでもないと議論し始めた。

「あ、あのそれで今日の改良なんですが……」

「ああ、申し訳ございません。シュウさまの素晴らしいお考えと絵にすっかり魅了されてしまいまして……」

「今回は馬車を全部作り替える時間はないと思いますので、座席だけでも改良するということになります。今日バーナードさんが持ってきてくださったこの試作品ですが、これはそのまま活かしましょう。
ですが、これだけでは、今までの板張りの座席に枕を置いて座っているのと変わりません。座席の下に板状のバネをいくつか差し込んでその上にバーナードさんが作ってくださったこれを乗せれば今までよりは格段に乗り心地は良くなると思います」

「なるほど、この差し込んだ板状のバネとやらがしなって衝撃を吸収するんですね。ふむふむ、なるほど」

バーナードさんとお弟子さんたちはぼくの話を元にいろいろと設計図を書き出した。

「まずはこの馬車の座席の部分取り外してみますね」

バーナードさんの指示に従ってお弟子さんたちの手で馬車から座席が取り出される。
座席が取り出された馬車は、もはや木の箱と言って良いくらいの代物だ。

座席の座る部分を取ると、中は空洞になっていた。

「これにバネを取り付ければ良いわけですね。わかりました。とりあえずやってみましょう」

「何か手伝うことはありませんか?」

「作業は我々の方でやりますので、もし宜しければ先程の絵をもう一度描いていただけませんか?」

そう頼まれ、ぼくは設計士さんのような扱いを受けながら出来るだけ見やすくわかりやすい絵を描いていった。

「シュウは本当に絵が上手なのだな。これなんか本物の馬車のようだ」

「ふふっ。絵は昔から描くの好きだったんだ。ひとりで黙々と描けるし、綺麗だなって思った光景とか残しておきたくて」 

「そうか……」

ぼくがそういうと、フレッドは少し考え込んだ様子でじっとぼくの絵を眺めていた。

ぼくが絵を描いている間に、座席の改良はあっという間に完成した。

「シュウさま。こんな感じで如何でしょうか?」

芝生に置かれた座席に座っては見たけれど、やはり振動を感じなければこのやり方がうまくいったかはわからない。

「座り心地はとっても良いけれど、重要なのは馬車が動いてからだからね。これ、今取り付けてみて試しに走ってみるなんてことできるのかな?」

「もちろんでございます。すぐにお取り付け致します」

その言葉通り、取り出されていた座席はあっという間に馬車に取り付けられ、あのベルベット生地のクッションが付いた座席に変わった以外は前と全く同じだ。

「足場の悪いところを走った方がわかりやすいでしょうから城下の外を少し回られますか?」

「ああ、そうだな。乗って確かめて見よう」

というわけで、思いがけずフレッドと馬車でお散歩デートができることになった。

着替えは必要ないと言ったけれど、馬車を王城玄関前に準備する時間も必要だからとフレッドに言われて、一度部屋に戻って着替えることにした。

外を歩くことはなさそうだから、普段着でも良かったのにななんて思ったけれど、綺麗なシュウをみんなに見せつけたいと言うのでまぁ仕方ないのかな。

フレッドの選んだ服に着替えると、

「ピアスと同じ色のドレスだから、シュウに言いよる不届な男など現れないな」

と嬉しそうに笑っていた。

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