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第四章 (王城 過去編)
フレッド 17−2
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「それから、あの時一緒にいた子もおじさんのこと感謝してました。ありがとうございました」
シュウがトーマ王妃のこともお礼をいうと、
「い、いや……何か酷い目に遭わされてるんじゃないかって心配していたんですが、無事で良かったです」
とようやく店主はシュウの目を見て答えた。
おそらく店主はあの時の片割れの子がトーマ王妃だとは微塵も気づいてはいないだろうがな……。
ただでさえ、シュウが王族の姫だと思って頭が混乱している最中、もう1人の子がトーマ王妃だと知れば店主の驚きは計り知れない。
今日のところは内緒にしていた方が良いだろうな。
「ふふっ。ここを歩いていたら良い匂いがして、おじさんのことを思い出したらお礼が言いたくなって……。
あの時、お肉も食べやすく小さく切ってくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
シュウとトーマ王妃のような可愛い子たちが肉串など買いに来たら、それくらいしてやるだろうな。
2人が串に齧り付いて食べるところを想像するだけで、笑ってしまう。
「いや、貴方さま方みたいな可愛い方が俺の肉を食べてくれるなんて、こちらのほうが有難いです。
あ、あのまた食べて行かれますか?」
「ごめんなさい。さっき食事したばかりでお腹いっぱいで……。
今度またあの子と一緒に食べにきますね」
「はい。サービスいっぱいするから食べて行ってください」
「ありがとうございます」
シュウの笑顔を間近で見て、店主のあの真っ赤な顔……。
ああ、彼奴もまたシュウに落ちてしまったか……。
シュウの笑顔を間近で受けると破壊力が物凄いからな。
そろそろ引き離してやった方が身の為か。
「シュウ、遅くなるといけないからそろそろ行こう」
「はーい。おじさん、また来ますね」
「は、はい……お待ち、してます……」
シュウに声を掛け、店主から目を離させたが
きっと彼奴は今日は仕事にならないだろうな。
シュウは本当に罪作りな子だ。
アンドリュー王が薦める宝石彫刻師の店は馬車の通り道から離れた町外れの静かな場所に位置していた。
精神を集中しなければいけない作業が多いから当然か。
店の名前は【シュムック】か。
その名に相応しい看板だな。
大きくて広い黒曜石に宝石の欠片を埋め込むとは、さすが宝石彫刻師だ。
なんと美しい看板だろう。
「さぁ、入ろう」
シュウの手を取り、扉を開けると古い板が軋んでギイと音を立てた。
仄暗い店内がほんの少しだけ奴等のあの隠れ家を思い起こさせる。
シュウが思い出して怖がらなければいい……そう願っていると、繋いでいたシュウの指にきゅっと力が入った。
やはり怖いのだろう。
ここは奴等の隠れ家なんかじゃない、シュウを脅かすものなど誰もいないんだ。
『大丈夫だよ』と声を掛け、私の身体に密着させると少し落ち着いたのか指に入っていた力が抜けて行くのを感じた。
店内を進んでいくと、仄暗い灯りの意味がよくわかった。
作品にだけ柔らかい光が当てられ、その宝石の美しさを最大限に魅せている。
なるほど、それぞれの宝石によって光の集まり方が違うのだな。
それを計算し尽くして、演出しているのか。
ランプの灯りしかない中でよくぞここまでできるものだ。
知らず知らずのうちに感嘆の溜め息がでた。
「いらっしゃいませ」
奥から店主の声が聞こえた。
作品に魅入っていて、店主に声をかけるのを忘れていた。
私はシュウの手を繋いだまま、奥の部屋へと足を進めた。
大きな布で仕切られた奥の部屋から零れ落ちた光が、仄暗い店内に慣れた瞳にゆっくりと光を与えていく。
ようやく目が慣れたところで、作業しながらこちらを見ている店主と思しき男性に
「陛下から話を聞いていると思うのだが……」
と声をかけた。
その一言で理解したのだろう。
男性は慌てた様子でガタっと椅子から立ち上がり一歩踏み出そうとしてよろめいた。
どこから見ていたのかわからないが、彼がよろめくのとほとんど同時にヒューバートは駆け寄っていて、すっぽりと抱き抱えられていた。
彼はシュウよりはずっと大きいが、この国の男性の中では小さい方に入るだろう。
しかも、思っていたよりもずっとずっと若い。
アンドリュー王の推薦なのだからてっきり熟練した職人なのだと思っていた。
素晴らしい職人は修行してきた年月も去ることながら、やはり天性の才能も必要だろう。
もしかしたら、彼はその才能に恵まれているのかも知れない。
「足を悪くしていると陛下から伺っている。無理せずとも座ったままで良い」
「は、はい。わざわざこのような店にご足労頂きましてありがとうございます。私は、宝石彫刻師のレイモンドと申します」
レイモンド……レイモンド……。
聞いたことがある。
技術の発達した我々の時代の宝石彫刻師が束になっても太刀打ちできない技術と才能を持ったと言われる宝石彫刻師がいたと。
オランディア建国以来、あれほどの技術を持った宝石彫刻師はいない、そしてこれから出ることもないだろうと言わしめるほど生涯に渡って人々を魅了した美しい作品を作り続けた伝説の宝石彫刻師。
そうか、彼がそうだったのか……。
彼に私たちのピアスを作ってもらえるとは何という僥倖だろう。
これもまた神の思し召しだろうか。
「私はアルフレッド・サンチェス。陛下とは再従兄弟にあたる者だ。こちらは、私の伴侶でシュウだ」
「はじめまして、レイモンドさん。
よろしくお願いしますね」
シュウはまた美しい笑顔を間近で見せてしまった。
レイモンドの様子がおかしくなった。
ああ、レイモンドもまたシュウの、人を虜にする笑顔にやられてしまったか……。
シュウにはあまり笑顔を振りまかないように言っておいた方がいいだろうか?
いや、それだとシュウが傷ついてしまうかも知れない……難しい問題だ。はぁ……っ。
私がそうこう考えている間にレイモンドは深い深呼吸をして、必死に心を落ち着けているようだ。
職人だけあって、すぐに自分で感情の制御ができるのだな。
この集中力も素晴らしい。
「あ、あのお持ちの原石を加工してジュエリーにと伺っておりますが、宝石を見せていただいても宜しゅうございますか?」
上着の胸ポケットに入れていた巾着袋から黒金剛石と藍玉を取り出し、レイモンドが差し出した宝石トレイに乗せて渡した。
彼はそれを丁寧に持ち上げ、工房の明るい灯りに当てた。
その瞬間、2つの宝石は驚くほど眩い光を放った。
レイモンドは茫然としながらも、すぐに拡大鏡を手に取りじっくりと宝石鑑定を始めた。
「ま、さか……」
脂汗をかきながら、まるで恐ろしいものに出会ったかのような表情で、
「あ、あの……こちらの宝石はどちらでお求めになられたのですか?」
と私に尋ねてきた。
「この宝石に何かあるのか?」
レイモンドの質問の真意を知りたくて、質問で返すと彼は驚きの言葉を口にした。
「この光を当ててここまでの光を放つ宝石はこの世のどこにも見当たらないはずなのです。ほら、ここを見てください。この宝石には傷も不純物も一切見当たりません。そして、こんなに大きな石なのに素晴らしく透明で……信じられない美しさです」
そう言って宝石トレイを私に差し出した。
シュウの石である黒金剛石を手に取り、渡された拡大鏡で石を覗き見てみると、
――――っ!
そこには僅かな傷どころか、変色やくすみもなく何の不純物も混ざっていないのがよくわかった。
例え、我々の時代の優れた拡大鏡であっても、この結果に変わりはないだろう。
「シュウも見てみると良い」
シュウは恐る恐る拡大鏡に目を近づけていたが、
『わぁっ』と感嘆の声を漏らし、純粋に宝石の美しさに感動しているようだ。
「こんな美しい宝石には出会えるなど一生に一度ですら有り得ないことでしょう。この宝石に触れられただけで宝石彫刻師としての全ての運を使い果たしたと言っても過言ではありません」
宝石トレイに残された藍玉を恍惚とした表情で見つめている。
こんなに心から宝石を愛する人だからこそ、神は我々に与えたあの2つの宝石を加工するという大役を彼に与えたのかもしれない。
レイモンドならば、この宝石が与えられた経緯を話しても問題はなかろう。
いや、話すべきだな。
「レイモンド……この宝石を託す其方には話しておこう」
私の言葉にレイモンドの顔つきが変わった。
毎日宝石と向き合っている彼には、私の話すことが真実かどうかすぐにわかるはずだ。
宝石は嘘をつかないのだから。
「其方は神の泉を知っているか?」
「はい。愛し合う2人の誓いに神が祝福をくださると……えっ? ま、さか……」
「そうだ。この宝石はその神の泉で神からの祝福としていただいたものだ。信じるか信じないかは其方次第だがな」
あの言い伝えは広く知られてはいるが、我々のいた時代でも神の祝福を得られた者の話は聞いたことがなかった。
あれはただの伝説だと思っている者も多い。
事実、私もそうだと思っていた。
それでもあの泉にシュウを連れていったのは、美しいシュウと私の婚姻を神の前で誓い、祝福されたいと思ったからだ。
レイモンドは驚愕の表情を浮かべたけれど、目の前にあるこの美しい宝石を見て納得したようだ。
「こんなに素晴らしい宝石を作り出せるのは神以外には有り得ません。アルフレッドさまのお言葉に納得しかありません」
やはり、信じてくれた。
この者になら安心して託すことができる。
「そうか。有難い。ならば、これを使って作ってもらえるか?」
「はい。こちらからお願いしたいくらいでございます。ただ、ひとつ申し上げなければいけないことがございます」
「なんだ?」
「こちらの宝石は削るところがないほど、美しい宝石です。ましてや神からの祝福の石となればこれを2つに割ることはやめた方が宜しいかと存じます。ですので、これをこのまま最低限度の研磨でピアスの留め具をつけるだけになりますが宜しいでしょうか? ただ、ピアスにするにしてはほんの少し大きいのでアルフレッドさまはともかく、ご伴侶さまには少し大きく感じられるかもしれません」
そうか……。
そこまで考えていなかったが、さすがだな。
確かにシュウの小さな顔にはあの石は大きいだろうな。
かと言って、2つに分けるのは私も避けたい。
「確かに。神からいただいたものをあまり大きく形を変えるのも失礼だな。シュウどうする?」
指輪かペンダントにでもした方がいいだろうか?
本当ならば、すぐに外せるような物にはしたくはないが……私の想いより、シュウの気持ちが大事だ。
「あの……ピアスにするとどれくらいの大きさなんですか? 1カラットとか?」
「そうですね、今のこの状態で1カラットよりはほんの少しですが大きいです。通常両耳で1カラットあれば十分と言われております」
悩んでいるな。
無理しなくて良いと声をかけた方がいいか?
シュウを私のために悩ませるのは忍びない。
「やはり……」
「やっぱりピアスにお願いします!」
私の小さな言葉は、シュウの元気な声に掻き消された。
何の迷いもないというあの溌溂とした声が私の心を浮上させてくれる。
ああ、シュウの気持ちが嬉しい。
「畏まりました。では、ご伴侶さまの分だけ少し研磨を多めにしてアルフレッドさまとの見た目のバランスを整えて置きましょう」
後世にまで語り継がれる天才宝石彫刻師の研磨か。
この宝石に新たな付加価値がついたな。
もちろん、シュウが付けているということが一番の価値であることに変わりはないが……。
「じゃあそれで頼もう。どれくらいでできる?」
「はい。1時間もお時間をいただければ可能かと」
「ならば、その間店内を見させて貰おう」
シュウは店内の様子をかなり気に入っていたようだったからな。
アンドリュー王の補佐をするようになってから、
『給金だ』と、お金をいただけるようになったから、こうやってシュウと出かけて物を買ってあげられるようになったことが嬉しい。
アンドリュー王もそのためにわざわざ私を補佐に付けてくださっているのだろう。
欲しいものがあればなんでも買ってやろう!
「はい。ありがとうございます。
あの、確認ですが……こちらの石はどちらがどちらをお付けになりますか?」
「ああ、悪い。大事なことを伝えてなかったな。
私が黒金剛石を、シュウが藍玉を付ける」
「なるほど。お互いの瞳の色をお付けになるのですね。畏まりました。それではしばらくお待ちくださいませ」
この時代なら私が黒を付けると言っても嫌悪の感情は一切感じられないのだな。
人と普通に話もできるとは……この時代は実に過ごしやすい。
「ねぇ、フレッド。 あっち見てみよう!」
シュウに手を取られ工房を出る。
こちらは全て商品で陳列されているのだが、あまりにも商品が素晴らしく芸術品のように見えるためどこからどう見てもギャラリーにしか見えない。
美術館にでも来ているような面持ちで商品を眺め楽しませてもらっていた。
「見て! あっち側は小物が置いてあるよ」
なるほど、あっちはジュエリーか。
指輪にペンダント、ピアスにブローチ。
平民でも買えるような物から高位貴族でしか難しそうな物まで並んでいる。
それもまた面白いな。
シュウは目を輝かせながら、そのジュエリーたちに見入っていたが、私に言わせればシュウのその漆黒の瞳はこの中のどの宝石よりも美しく輝いている。
本当に綺麗だ。
私は目の前のジュエリーたちを放置してずっとシュウの瞳に釘付けになっていた。
すると、突然シュウの動きが止まり一点の宝石を見つめ始めた。
「シュウ? 何か気になるものがあったか?」
そう問いかけると、シュウはゆっくりと手を上げ奥に置いてある石を指し示した。
「これ、なんていうんだろう……。とっても綺麗」
シュウの指の先にはジュエリーではなく、透明で雫の形をした原石だった。
シュウは魅了されたように、その宝石から目を離すことはなかった。
「お待たせ致しました」
レイモンドの声にビクリと身体を震わせるほど、あの宝石に心を奪われていたようだ。
あの石に何かを感じたのだろうか?
「フレッド、出来たみたいだよ。行こう!」
シュウは後ろ髪を引かれるような表情をしていたが、必死に私に笑顔を向けてくれた。
シュウの心に住み着いて離れない石を、私はそっと手の中に包み込んでレイモンドの元へと戻った。
レイモンドの前のテーブルにはピアス用の宝石ケースに黒金剛石と藍玉がひとつずつ並んで入れられていた。2つで1つという感じがしてこれは嬉しい。
「わぁ、綺麗! フレッドの瞳の色そのままだね。
部屋に帰ったら付けてくれる?」
「ああ、私のも頼むよ」
お互いに顔を見合わせ微笑むとシュウは目の前の2つのピアスに目を向け、うっとりした表情を浮かべている。
シュウの耳に藍玉の柔らかな色合いは似合うだろうな。
ああ、そうだ。これを聞かねばな。
「これは何という石なのだ?」
私は手に持っていたシュウの気になっていた石を宝石トレイにそっと乗せた。
「ああ、こちらは氷翡翠でございます。青みがかった緑色をした翡翠と比べると透明感があって、このように光を当てるとより透明で美しい色を放つのです」
レイモンドは、右手に置いてあったランプの灯りをその氷翡翠という石に当てると、石はキラキラと眩い光を放った。
「綺麗……」
「シュウ……この石が気になるのか?」
「うん、なんだか冬っぽい石だなって思ってたら、名前も氷翡翠だなんて……」
「確かに透明で氷のようだが……」
冬っぽいというのが、何か引っかかる。
この冬という言葉にシュウは何かを感じとっているようだ。
そして、思い詰めた顔で私を見つめると、
「ねぇ、フレッド……理由はあとで話すから、これ買って欲しい……。ダメ、かな?」
私の上着の裾をちょこんと掴み、小首を傾げて上目遣いをしてくる。
そんなに可愛らしいおねだりをされてダメだと突っぱねる男がいたら連れて来い! と言いたいぐらいだ。
あまりにも可愛いシュウの仕草に勝てるはずもなく、気づけば『これも一緒に貰おう』と言っていた。
「わぁ、フレッド! ありがとう! 大好き!!」
本当に嬉しかったんだろう、人前でシュウの方から抱きついてくれるなど滅多にないから、思わず顔を赤らめてしまった。
その瞬間、後ろでゴクリと息を呑む音が聞こえた。
ヒューバートとレイモンドにこれ以上シュウの可愛い仕草も顔も見せたくない。
私は咄嗟にシュウの顔が見えないように胸に抱き寄せ、店の隅へと移動した。
「……フレッド?」
私を見上げるその顔はほんの少し照れて赤くなっている。
ああ、もう本当に可愛すぎる?
「シュウの照れて可愛い顔を私以外の者に見せたくないのだ」
シュウを自分の身体で包み込むように抱きしめると、ふわりとシュウの甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、早くシュウを抱きたい。
一糸纏わぬ姿で藍玉のピアスだけを身につけたシュウの身体に紅い花を散らして、甘い蜜を――
「フレッド……」
そんな妄想をしていると突然シュウから声をかけられて反応が少し遅れてしまった。
「……ああ、もう大丈夫そうだな」
「はしゃぎすぎてごめんね、嬉しくてつい……」
「いや、良いんだ」
なんとか冷静を保ちながら、シュウを抱き抱えたまま、レイモンドたちの元へ戻った。
レイモンドもヒューバートもまたほんのりと頬を赤く染めていたが、私の視線に気づいたんだろう……2人とも冷静さを取り戻したようだった。
「あ、あの……さっきの氷翡翠なんですけど、ブローチかペンダントにしたくて出来ますか?」
「あの石ならペンダントの方が使いやすいでしょう。もしお時間がありましたら、加工をやってみませんか?」
「えっ? 良いんですか?」
「はい。あれはもうすでに研磨は終わっていますし、留め具を付けるだけなので、難しくはないと思いますよ」
レイモンドからの思っても見ない提案に驚いていたシュウだったが、歓喜に満ち溢れた表情をしているので断ることはしないだろう。
「是非お願いします!!」
シュウの迷いもない返事にレイモンドはにこりと微笑むと、
「申し訳ありません。あの棚の上にある箱を取って貰えませんか?」
とヒューバートに頼んだ。
確かにあの足なら棚の上にあるものは取りづらかろう。
頑丈そうな木の箱をゆっくりと開けると、中には
色々な素材のチェーンが入っていた。
素材だけでなく、色や形、長さなどで綺麗に区分けされ見やすい。
「どれかお好みのものはありますか?」
「うーん、いろいろあって悩んじゃうな……」
「シュウさまがお召しになるのであれば、プラチナか純銀が色白のお肌に映えると思いますよ」
レイモンドは宝石トレイに幾つかのチェーンを並べた。
私ならこれを選ぶだろうなと思ったものを
「これ、綺麗!」
シュウも気に入ったらしい。
こういう好みも同じなのだと分かって、笑みが溢れる。
「ああ、こちらはスクリューチェーンと申しまして、上品で華やかな印象を与えてくれますのでシュウさまにはとてもお似合いになると思います」
シュウが身につけるのではないが、彼に似合うことは間違いない。
「じゃあそれにしよう」
有無を言わさず決めてしまったが、シュウは大満足といった表情をしていた。
「では、作業に入りましょう」
レイモンドは『こちらへどうぞ』と工房の中へシュウを招き入れた。
留め具を付けるだけとは言え、シュウがその手で加工を施す。
それは紛れもなく世界で唯一無二の品。
しかし、あれはおそらく私への贈り物ではない。
それに些かの嫉妬心を感じながらも、贈る相手が誰かということもわかっている。
だから、共同作業にしたら良いのだ。
それならば、私の気持ちも落ち着くだろう……。
レイモンドに指し示された椅子にシュウが座ろうとするのを遮って、私が座りシュウを膝の上に座らせた。
「ありがとう。乗せてもらえてちょうどぴったりだよ」
シュウに怒られるかと思ったが、シュウにとって高すぎる作業台には私の膝の上がちょうど良かったようだ。
これで公明正大にシュウを後ろから抱き抱えて作業することができる!
嬉しくてたまらずシュウをぎゅっと抱きしめた。
シュウがトーマ王妃のこともお礼をいうと、
「い、いや……何か酷い目に遭わされてるんじゃないかって心配していたんですが、無事で良かったです」
とようやく店主はシュウの目を見て答えた。
おそらく店主はあの時の片割れの子がトーマ王妃だとは微塵も気づいてはいないだろうがな……。
ただでさえ、シュウが王族の姫だと思って頭が混乱している最中、もう1人の子がトーマ王妃だと知れば店主の驚きは計り知れない。
今日のところは内緒にしていた方が良いだろうな。
「ふふっ。ここを歩いていたら良い匂いがして、おじさんのことを思い出したらお礼が言いたくなって……。
あの時、お肉も食べやすく小さく切ってくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
シュウとトーマ王妃のような可愛い子たちが肉串など買いに来たら、それくらいしてやるだろうな。
2人が串に齧り付いて食べるところを想像するだけで、笑ってしまう。
「いや、貴方さま方みたいな可愛い方が俺の肉を食べてくれるなんて、こちらのほうが有難いです。
あ、あのまた食べて行かれますか?」
「ごめんなさい。さっき食事したばかりでお腹いっぱいで……。
今度またあの子と一緒に食べにきますね」
「はい。サービスいっぱいするから食べて行ってください」
「ありがとうございます」
シュウの笑顔を間近で見て、店主のあの真っ赤な顔……。
ああ、彼奴もまたシュウに落ちてしまったか……。
シュウの笑顔を間近で受けると破壊力が物凄いからな。
そろそろ引き離してやった方が身の為か。
「シュウ、遅くなるといけないからそろそろ行こう」
「はーい。おじさん、また来ますね」
「は、はい……お待ち、してます……」
シュウに声を掛け、店主から目を離させたが
きっと彼奴は今日は仕事にならないだろうな。
シュウは本当に罪作りな子だ。
アンドリュー王が薦める宝石彫刻師の店は馬車の通り道から離れた町外れの静かな場所に位置していた。
精神を集中しなければいけない作業が多いから当然か。
店の名前は【シュムック】か。
その名に相応しい看板だな。
大きくて広い黒曜石に宝石の欠片を埋め込むとは、さすが宝石彫刻師だ。
なんと美しい看板だろう。
「さぁ、入ろう」
シュウの手を取り、扉を開けると古い板が軋んでギイと音を立てた。
仄暗い店内がほんの少しだけ奴等のあの隠れ家を思い起こさせる。
シュウが思い出して怖がらなければいい……そう願っていると、繋いでいたシュウの指にきゅっと力が入った。
やはり怖いのだろう。
ここは奴等の隠れ家なんかじゃない、シュウを脅かすものなど誰もいないんだ。
『大丈夫だよ』と声を掛け、私の身体に密着させると少し落ち着いたのか指に入っていた力が抜けて行くのを感じた。
店内を進んでいくと、仄暗い灯りの意味がよくわかった。
作品にだけ柔らかい光が当てられ、その宝石の美しさを最大限に魅せている。
なるほど、それぞれの宝石によって光の集まり方が違うのだな。
それを計算し尽くして、演出しているのか。
ランプの灯りしかない中でよくぞここまでできるものだ。
知らず知らずのうちに感嘆の溜め息がでた。
「いらっしゃいませ」
奥から店主の声が聞こえた。
作品に魅入っていて、店主に声をかけるのを忘れていた。
私はシュウの手を繋いだまま、奥の部屋へと足を進めた。
大きな布で仕切られた奥の部屋から零れ落ちた光が、仄暗い店内に慣れた瞳にゆっくりと光を与えていく。
ようやく目が慣れたところで、作業しながらこちらを見ている店主と思しき男性に
「陛下から話を聞いていると思うのだが……」
と声をかけた。
その一言で理解したのだろう。
男性は慌てた様子でガタっと椅子から立ち上がり一歩踏み出そうとしてよろめいた。
どこから見ていたのかわからないが、彼がよろめくのとほとんど同時にヒューバートは駆け寄っていて、すっぽりと抱き抱えられていた。
彼はシュウよりはずっと大きいが、この国の男性の中では小さい方に入るだろう。
しかも、思っていたよりもずっとずっと若い。
アンドリュー王の推薦なのだからてっきり熟練した職人なのだと思っていた。
素晴らしい職人は修行してきた年月も去ることながら、やはり天性の才能も必要だろう。
もしかしたら、彼はその才能に恵まれているのかも知れない。
「足を悪くしていると陛下から伺っている。無理せずとも座ったままで良い」
「は、はい。わざわざこのような店にご足労頂きましてありがとうございます。私は、宝石彫刻師のレイモンドと申します」
レイモンド……レイモンド……。
聞いたことがある。
技術の発達した我々の時代の宝石彫刻師が束になっても太刀打ちできない技術と才能を持ったと言われる宝石彫刻師がいたと。
オランディア建国以来、あれほどの技術を持った宝石彫刻師はいない、そしてこれから出ることもないだろうと言わしめるほど生涯に渡って人々を魅了した美しい作品を作り続けた伝説の宝石彫刻師。
そうか、彼がそうだったのか……。
彼に私たちのピアスを作ってもらえるとは何という僥倖だろう。
これもまた神の思し召しだろうか。
「私はアルフレッド・サンチェス。陛下とは再従兄弟にあたる者だ。こちらは、私の伴侶でシュウだ」
「はじめまして、レイモンドさん。
よろしくお願いしますね」
シュウはまた美しい笑顔を間近で見せてしまった。
レイモンドの様子がおかしくなった。
ああ、レイモンドもまたシュウの、人を虜にする笑顔にやられてしまったか……。
シュウにはあまり笑顔を振りまかないように言っておいた方がいいだろうか?
いや、それだとシュウが傷ついてしまうかも知れない……難しい問題だ。はぁ……っ。
私がそうこう考えている間にレイモンドは深い深呼吸をして、必死に心を落ち着けているようだ。
職人だけあって、すぐに自分で感情の制御ができるのだな。
この集中力も素晴らしい。
「あ、あのお持ちの原石を加工してジュエリーにと伺っておりますが、宝石を見せていただいても宜しゅうございますか?」
上着の胸ポケットに入れていた巾着袋から黒金剛石と藍玉を取り出し、レイモンドが差し出した宝石トレイに乗せて渡した。
彼はそれを丁寧に持ち上げ、工房の明るい灯りに当てた。
その瞬間、2つの宝石は驚くほど眩い光を放った。
レイモンドは茫然としながらも、すぐに拡大鏡を手に取りじっくりと宝石鑑定を始めた。
「ま、さか……」
脂汗をかきながら、まるで恐ろしいものに出会ったかのような表情で、
「あ、あの……こちらの宝石はどちらでお求めになられたのですか?」
と私に尋ねてきた。
「この宝石に何かあるのか?」
レイモンドの質問の真意を知りたくて、質問で返すと彼は驚きの言葉を口にした。
「この光を当ててここまでの光を放つ宝石はこの世のどこにも見当たらないはずなのです。ほら、ここを見てください。この宝石には傷も不純物も一切見当たりません。そして、こんなに大きな石なのに素晴らしく透明で……信じられない美しさです」
そう言って宝石トレイを私に差し出した。
シュウの石である黒金剛石を手に取り、渡された拡大鏡で石を覗き見てみると、
――――っ!
そこには僅かな傷どころか、変色やくすみもなく何の不純物も混ざっていないのがよくわかった。
例え、我々の時代の優れた拡大鏡であっても、この結果に変わりはないだろう。
「シュウも見てみると良い」
シュウは恐る恐る拡大鏡に目を近づけていたが、
『わぁっ』と感嘆の声を漏らし、純粋に宝石の美しさに感動しているようだ。
「こんな美しい宝石には出会えるなど一生に一度ですら有り得ないことでしょう。この宝石に触れられただけで宝石彫刻師としての全ての運を使い果たしたと言っても過言ではありません」
宝石トレイに残された藍玉を恍惚とした表情で見つめている。
こんなに心から宝石を愛する人だからこそ、神は我々に与えたあの2つの宝石を加工するという大役を彼に与えたのかもしれない。
レイモンドならば、この宝石が与えられた経緯を話しても問題はなかろう。
いや、話すべきだな。
「レイモンド……この宝石を託す其方には話しておこう」
私の言葉にレイモンドの顔つきが変わった。
毎日宝石と向き合っている彼には、私の話すことが真実かどうかすぐにわかるはずだ。
宝石は嘘をつかないのだから。
「其方は神の泉を知っているか?」
「はい。愛し合う2人の誓いに神が祝福をくださると……えっ? ま、さか……」
「そうだ。この宝石はその神の泉で神からの祝福としていただいたものだ。信じるか信じないかは其方次第だがな」
あの言い伝えは広く知られてはいるが、我々のいた時代でも神の祝福を得られた者の話は聞いたことがなかった。
あれはただの伝説だと思っている者も多い。
事実、私もそうだと思っていた。
それでもあの泉にシュウを連れていったのは、美しいシュウと私の婚姻を神の前で誓い、祝福されたいと思ったからだ。
レイモンドは驚愕の表情を浮かべたけれど、目の前にあるこの美しい宝石を見て納得したようだ。
「こんなに素晴らしい宝石を作り出せるのは神以外には有り得ません。アルフレッドさまのお言葉に納得しかありません」
やはり、信じてくれた。
この者になら安心して託すことができる。
「そうか。有難い。ならば、これを使って作ってもらえるか?」
「はい。こちらからお願いしたいくらいでございます。ただ、ひとつ申し上げなければいけないことがございます」
「なんだ?」
「こちらの宝石は削るところがないほど、美しい宝石です。ましてや神からの祝福の石となればこれを2つに割ることはやめた方が宜しいかと存じます。ですので、これをこのまま最低限度の研磨でピアスの留め具をつけるだけになりますが宜しいでしょうか? ただ、ピアスにするにしてはほんの少し大きいのでアルフレッドさまはともかく、ご伴侶さまには少し大きく感じられるかもしれません」
そうか……。
そこまで考えていなかったが、さすがだな。
確かにシュウの小さな顔にはあの石は大きいだろうな。
かと言って、2つに分けるのは私も避けたい。
「確かに。神からいただいたものをあまり大きく形を変えるのも失礼だな。シュウどうする?」
指輪かペンダントにでもした方がいいだろうか?
本当ならば、すぐに外せるような物にはしたくはないが……私の想いより、シュウの気持ちが大事だ。
「あの……ピアスにするとどれくらいの大きさなんですか? 1カラットとか?」
「そうですね、今のこの状態で1カラットよりはほんの少しですが大きいです。通常両耳で1カラットあれば十分と言われております」
悩んでいるな。
無理しなくて良いと声をかけた方がいいか?
シュウを私のために悩ませるのは忍びない。
「やはり……」
「やっぱりピアスにお願いします!」
私の小さな言葉は、シュウの元気な声に掻き消された。
何の迷いもないというあの溌溂とした声が私の心を浮上させてくれる。
ああ、シュウの気持ちが嬉しい。
「畏まりました。では、ご伴侶さまの分だけ少し研磨を多めにしてアルフレッドさまとの見た目のバランスを整えて置きましょう」
後世にまで語り継がれる天才宝石彫刻師の研磨か。
この宝石に新たな付加価値がついたな。
もちろん、シュウが付けているということが一番の価値であることに変わりはないが……。
「じゃあそれで頼もう。どれくらいでできる?」
「はい。1時間もお時間をいただければ可能かと」
「ならば、その間店内を見させて貰おう」
シュウは店内の様子をかなり気に入っていたようだったからな。
アンドリュー王の補佐をするようになってから、
『給金だ』と、お金をいただけるようになったから、こうやってシュウと出かけて物を買ってあげられるようになったことが嬉しい。
アンドリュー王もそのためにわざわざ私を補佐に付けてくださっているのだろう。
欲しいものがあればなんでも買ってやろう!
「はい。ありがとうございます。
あの、確認ですが……こちらの石はどちらがどちらをお付けになりますか?」
「ああ、悪い。大事なことを伝えてなかったな。
私が黒金剛石を、シュウが藍玉を付ける」
「なるほど。お互いの瞳の色をお付けになるのですね。畏まりました。それではしばらくお待ちくださいませ」
この時代なら私が黒を付けると言っても嫌悪の感情は一切感じられないのだな。
人と普通に話もできるとは……この時代は実に過ごしやすい。
「ねぇ、フレッド。 あっち見てみよう!」
シュウに手を取られ工房を出る。
こちらは全て商品で陳列されているのだが、あまりにも商品が素晴らしく芸術品のように見えるためどこからどう見てもギャラリーにしか見えない。
美術館にでも来ているような面持ちで商品を眺め楽しませてもらっていた。
「見て! あっち側は小物が置いてあるよ」
なるほど、あっちはジュエリーか。
指輪にペンダント、ピアスにブローチ。
平民でも買えるような物から高位貴族でしか難しそうな物まで並んでいる。
それもまた面白いな。
シュウは目を輝かせながら、そのジュエリーたちに見入っていたが、私に言わせればシュウのその漆黒の瞳はこの中のどの宝石よりも美しく輝いている。
本当に綺麗だ。
私は目の前のジュエリーたちを放置してずっとシュウの瞳に釘付けになっていた。
すると、突然シュウの動きが止まり一点の宝石を見つめ始めた。
「シュウ? 何か気になるものがあったか?」
そう問いかけると、シュウはゆっくりと手を上げ奥に置いてある石を指し示した。
「これ、なんていうんだろう……。とっても綺麗」
シュウの指の先にはジュエリーではなく、透明で雫の形をした原石だった。
シュウは魅了されたように、その宝石から目を離すことはなかった。
「お待たせ致しました」
レイモンドの声にビクリと身体を震わせるほど、あの宝石に心を奪われていたようだ。
あの石に何かを感じたのだろうか?
「フレッド、出来たみたいだよ。行こう!」
シュウは後ろ髪を引かれるような表情をしていたが、必死に私に笑顔を向けてくれた。
シュウの心に住み着いて離れない石を、私はそっと手の中に包み込んでレイモンドの元へと戻った。
レイモンドの前のテーブルにはピアス用の宝石ケースに黒金剛石と藍玉がひとつずつ並んで入れられていた。2つで1つという感じがしてこれは嬉しい。
「わぁ、綺麗! フレッドの瞳の色そのままだね。
部屋に帰ったら付けてくれる?」
「ああ、私のも頼むよ」
お互いに顔を見合わせ微笑むとシュウは目の前の2つのピアスに目を向け、うっとりした表情を浮かべている。
シュウの耳に藍玉の柔らかな色合いは似合うだろうな。
ああ、そうだ。これを聞かねばな。
「これは何という石なのだ?」
私は手に持っていたシュウの気になっていた石を宝石トレイにそっと乗せた。
「ああ、こちらは氷翡翠でございます。青みがかった緑色をした翡翠と比べると透明感があって、このように光を当てるとより透明で美しい色を放つのです」
レイモンドは、右手に置いてあったランプの灯りをその氷翡翠という石に当てると、石はキラキラと眩い光を放った。
「綺麗……」
「シュウ……この石が気になるのか?」
「うん、なんだか冬っぽい石だなって思ってたら、名前も氷翡翠だなんて……」
「確かに透明で氷のようだが……」
冬っぽいというのが、何か引っかかる。
この冬という言葉にシュウは何かを感じとっているようだ。
そして、思い詰めた顔で私を見つめると、
「ねぇ、フレッド……理由はあとで話すから、これ買って欲しい……。ダメ、かな?」
私の上着の裾をちょこんと掴み、小首を傾げて上目遣いをしてくる。
そんなに可愛らしいおねだりをされてダメだと突っぱねる男がいたら連れて来い! と言いたいぐらいだ。
あまりにも可愛いシュウの仕草に勝てるはずもなく、気づけば『これも一緒に貰おう』と言っていた。
「わぁ、フレッド! ありがとう! 大好き!!」
本当に嬉しかったんだろう、人前でシュウの方から抱きついてくれるなど滅多にないから、思わず顔を赤らめてしまった。
その瞬間、後ろでゴクリと息を呑む音が聞こえた。
ヒューバートとレイモンドにこれ以上シュウの可愛い仕草も顔も見せたくない。
私は咄嗟にシュウの顔が見えないように胸に抱き寄せ、店の隅へと移動した。
「……フレッド?」
私を見上げるその顔はほんの少し照れて赤くなっている。
ああ、もう本当に可愛すぎる?
「シュウの照れて可愛い顔を私以外の者に見せたくないのだ」
シュウを自分の身体で包み込むように抱きしめると、ふわりとシュウの甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、早くシュウを抱きたい。
一糸纏わぬ姿で藍玉のピアスだけを身につけたシュウの身体に紅い花を散らして、甘い蜜を――
「フレッド……」
そんな妄想をしていると突然シュウから声をかけられて反応が少し遅れてしまった。
「……ああ、もう大丈夫そうだな」
「はしゃぎすぎてごめんね、嬉しくてつい……」
「いや、良いんだ」
なんとか冷静を保ちながら、シュウを抱き抱えたまま、レイモンドたちの元へ戻った。
レイモンドもヒューバートもまたほんのりと頬を赤く染めていたが、私の視線に気づいたんだろう……2人とも冷静さを取り戻したようだった。
「あ、あの……さっきの氷翡翠なんですけど、ブローチかペンダントにしたくて出来ますか?」
「あの石ならペンダントの方が使いやすいでしょう。もしお時間がありましたら、加工をやってみませんか?」
「えっ? 良いんですか?」
「はい。あれはもうすでに研磨は終わっていますし、留め具を付けるだけなので、難しくはないと思いますよ」
レイモンドからの思っても見ない提案に驚いていたシュウだったが、歓喜に満ち溢れた表情をしているので断ることはしないだろう。
「是非お願いします!!」
シュウの迷いもない返事にレイモンドはにこりと微笑むと、
「申し訳ありません。あの棚の上にある箱を取って貰えませんか?」
とヒューバートに頼んだ。
確かにあの足なら棚の上にあるものは取りづらかろう。
頑丈そうな木の箱をゆっくりと開けると、中には
色々な素材のチェーンが入っていた。
素材だけでなく、色や形、長さなどで綺麗に区分けされ見やすい。
「どれかお好みのものはありますか?」
「うーん、いろいろあって悩んじゃうな……」
「シュウさまがお召しになるのであれば、プラチナか純銀が色白のお肌に映えると思いますよ」
レイモンドは宝石トレイに幾つかのチェーンを並べた。
私ならこれを選ぶだろうなと思ったものを
「これ、綺麗!」
シュウも気に入ったらしい。
こういう好みも同じなのだと分かって、笑みが溢れる。
「ああ、こちらはスクリューチェーンと申しまして、上品で華やかな印象を与えてくれますのでシュウさまにはとてもお似合いになると思います」
シュウが身につけるのではないが、彼に似合うことは間違いない。
「じゃあそれにしよう」
有無を言わさず決めてしまったが、シュウは大満足といった表情をしていた。
「では、作業に入りましょう」
レイモンドは『こちらへどうぞ』と工房の中へシュウを招き入れた。
留め具を付けるだけとは言え、シュウがその手で加工を施す。
それは紛れもなく世界で唯一無二の品。
しかし、あれはおそらく私への贈り物ではない。
それに些かの嫉妬心を感じながらも、贈る相手が誰かということもわかっている。
だから、共同作業にしたら良いのだ。
それならば、私の気持ちも落ち着くだろう……。
レイモンドに指し示された椅子にシュウが座ろうとするのを遮って、私が座りシュウを膝の上に座らせた。
「ありがとう。乗せてもらえてちょうどぴったりだよ」
シュウに怒られるかと思ったが、シュウにとって高すぎる作業台には私の膝の上がちょうど良かったようだ。
これで公明正大にシュウを後ろから抱き抱えて作業することができる!
嬉しくてたまらずシュウをぎゅっと抱きしめた。
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