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第四章 (王城 過去編)

閑話 王城料理人 ロイドの恋

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王城に突如現れた金髪の美少女シュウさまは、
陛下の再従兄弟はとこでいらっしゃるアルフレッドさまのご伴侶さまだそうだ。

陛下からご紹介いただいた時には、漆黒の瞳を持つトーマ王妃と負けず劣らずの彼女の美しさに城内が騒めきたち、瞬く間に城内で働く者はシュウさまに心を射抜かれてしまったのだ。
と、同時に皆がアルフレッドさまを羨望の眼差しで見つめていた。

それはそうだろう。
この世のものとは思えないほど美しいあのシュウさまを独占できるのだから羨ましい以外の言葉が出るはずがない。

俺もそんなシュウさまに一目惚れしてしまったうちの1人だ。
あっ、申し遅れたが、俺はこの城の料理人・ロイド。
つい2年前までは城下で店を開いていた、ただの町の料理人だった。
ある時お忍びで食事に来られた陛下とトーマ王妃がどういうわけか私の料理をいたく気に入られ、ちょくちょく通っていただけることとなったのだ。

それだけでも凄いことなのだが、祖父から譲り受けた店が老朽化で閉店せざるを得なかった時、それを知った陛下に城の料理人として雇っていただけることになった。

そんなこと、俺の人生の運を全部使い果たしたんじゃないかというくらいの幸運だ。

あまりお会いすることは叶わないが、それでも俺の作った食事を陛下とトーマ王妃に召し上がっていただいていると思うだけで幸せなのだ。

しかし、シュウさまが城に来られてからというもの、シュウさまのために作っていると言っても過言ではないほどに、俺はいつもシュウさまのことばかりを考えている。

ああ、これが恋というものか……。

シュウさまとお話しできる機会があれば、もしかしたら好きになってもらえるかもと思うがいかんせん俺はただの料理人。
シュウさまは遠戚とはいえ、王族に連なるお方だ。
出逢える機会すら与えられない。

あーあ、王族に生まれるだけであんなに美しい方と結婚できるなんて、アルフレッドさまは羨ましすぎだろう。

はぁ……一度でいい。
シュウさまとお話しできたらもう死んでもいい。


そんなことを思っていたある日、ブルーノさまが慌てた様子で厨房へとやってきた。
突然の来客でもあるのかと思ったが、それよりももっと驚きの言葉を聞かされた。

「昼食後にトーマさまとシュウさまがこちらで料理を作られる。
ロイド、お前がお2人のお手伝いをするように!
いいな! それからその時間他の者たちは極力厨房から出ているように! わかったな」

「えっ?」

突然の指示になんと返していいのかわからない状態の中、他の料理人たちから苦情がでている。

「なんでロイドだけなんですか!
俺たちもお2人にお会いしたいです!」

「そうだ! そうだー!」

「静かに! ロイドは陛下の口添えでここに来たんだ。トーマさまとも面識がある。当然だろう?」

そう言われたら、みんなもうぐうの音も出ない。

「ロイド、頼むぞ!」

ブルーノさまからそう言われて、それからお2人が来られる準備を始めたが正直自分が何をしているのかも分からないほど、頭の中は真っ白だ。

シュウさまにお会いできる!
それどころか近くで一緒に料理を……。
お話したり、手に触れることだって出来るかも。
いや、それどころかこれを機にあんなことやこんなことをできる仲になれるかも……。

うわっ、こんな幸運あっていいのか?

どうしたらいいか、意味もなくうろうろとしているうちに、ブルーノさまがお2人と共に厨房へとやってきた。

キラキラと輝きを放つトーマ王妃とシュウさまの周りには嗅いだことのない芳しい香りが漂い、ただただ茫然と見入ってしまう。

シュウさま……なんて美しいんだ!
油に塗れた厨房がここだけ別世界のようだ。

「……ド! ロイド! おい、聞いているか?」

「は、はい!」

ブルーノさまの声に驚いて返事はしたものの、正直何も聞いてない。

そんな俺の様子にシュウさまが
『ふふっ』と可愛らしい声を上げた。

ああ、美しい方は声まで可愛らしいのだな。

ブルーノさまは厨房の隅で料理を終えるまで待たれるようだ。

で、結局何を作るんだっけ?
まずい! 本当に何も聞いてなかった。

そう焦っていると、トーマ王妃が話しかけてくださった。

「ロイドさん、お久しぶりですね。いつも美味しい食事をありがとう」

トーマ王妃からの優しい言葉に涙が出そうになる。

「い、いえこちらこそ有り難きお言葉をいただき光栄でございます」

「ふふっ。今日は柊ちゃんとパンケーキを焼きたいんだ。よろしくね」

「は、はい」

急いでパンケーキの材料を調理台に並べていくと、シュウさまは嬉しそうに笑った。

「冬馬さんと作れるなんて嬉しいな」

「うん、僕もだよ。柊ちゃん、作り方教えてね」

「ふふっ。はーい」

このお2人、出会ってそう日にちも経っていないだろうにものすごく仲が良いな。
こんな仲睦まじいお2人を目の前で見られるなんて、俺は前世でどれだけの徳を積んだんだろう。
ああっ、前世の俺! ありがとう!

それにしても作るものがパンケーキって……なんであれをわざわざ?

そう思っていると、シュウさまが手際良く卵を白身と黄身に分け始めた。
それを真似してトーマ王妃も卵を分け始めた。

それにしてもむしゃぶりつきたくなるほど細くて長くて綺麗な指だな。
あの指で触れてもらえたらすぐにでもイってしまいそうになる。
ああ、シュウさまの近くにいるとつい妄想が捗ってしまう。

「冬馬さん。あっ、上手、上手!」

トーマ王妃はシュウさまに褒めてもらってすごく嬉しそうだ。

すると突然、シュウさまが白身を泡立て器で強くかき混ぜ始めた。だが、力が弱くなかなか思い通りにはならないようだ。
とりあえず強く混ぜたらいいんだろう?

「あ、あのシュウさま、私がお手伝い致します」

そう申し出るとシュウさまは嬉しそうに
『お願いします』と手渡された。

その時、ほんの少しシュウさまの手に触れ柔らかな感触を味わった。

ああ、シュウさまの手に触れられたなんて!
これはもう洗わないぞ!

俺もシュウさまに褒めてもらうんだ!
と力一杯混ぜ続けると、白身は泡のようにふわふわと形を変えた。

おおっ、なんだこれ!

「わぁっ、すごい! ロイドさんさすがですね」

すごい!
ロイドさん、さすがです!
すごい! さすがです!

ああっ、もう俺これだけで生きていられるわ。

「ロイドさん、僕のもお願いしていいかな?」

いやいや、トーマ王妃にそんな可愛く頼まれて断る男はいないでしょう!

「喜んでいたします! お任せください!」

これもあっという間にふわふわの泡にすると

「ほんと、ロイドさんすごーい!!」

とトーマ王妃からも賛辞の声が。

ああっ、俺今日死ぬのかな……。
幸せすぎておかしくなりそうだ。

俺が余韻に浸っている間にシュウさまはパンケーキの生地を作っていく。
そういえばさっきのは何に使うんだろう?

と思っていると、シュウさまは出来上がった生地に先ほどの泡をさっくりと混ぜ合わせ始めた。

俺は初めて見る手法に目が釘付けになっていた。

トーマ王妃はシュウさまのを見よう見まねで同じように作られた。

「ロイドさん、フライパンをお願いします」

すぐに温めたフライパンを2つ用意すると、シュウさまはそれにバターを一欠片ひとかけらいれ、先ほどの生地を流し込んだ。

弱火でじっくりと焼き上げていくとパンケーキは驚くほどに膨らんだのだ。

「これが……パンケーキ?」

俺が知ってるパンケーキと全然違うが……物凄く美味しそうだ。
さっきの白身がこんなにふわふわにするのか……。
驚きだな。

「ロイドさんがお手伝いしてくださったおかげで以前ぼ……わたしが作ったのよりふわふわに出来ました。ありがとうございます」

「い、いえ。俺……いや、私は何も……」

ああ、天使の微笑み。
抱きしめてしまいたい!!

思わず一歩前に足が出ると、厨房の隅から殺気を感じた。
恐る恐る振り向くと、ブルーノさまが恐ろしい顔でこちらを見ている。
あまりの怖さに身体がぶるりと震え、シュウさまから距離をとると殺気は和らいだ気がした。
ブルーノさまを見ると、いつものブルーノさまに戻っている。

さっきのは俺の見間違いか?
なんだったんだ?

そんなことを考えている間にトーマ王妃のパンケーキもふわふわに焼き上がったようだ。

シュウさまとトーマ王妃は少し冷ましたパンケーキに生クリームやフルーツを乗せ始めた。

シュウさまの指に生クリームが付いている。
ああっ、舐めとってあげたい。
そして、そのままあの柔らかそうな唇に口付けを……

またよからぬ妄想をしていると、お2人はその皿を持ってどこかへ運ばれるようだ。
お2人で中庭ででも召し上がるのだろうか?

「あ、あのそれをどちらへ持って行かれるのですか? 私がお運びしますよ」

「フレッドに食べてもらいたくて。自分で持っていきたいので大丈夫です。ありがとう。ふふっ」

ああっ、アルフレッドさまか……。
なんだ……アルフレッドさまのためにあんなに一生懸命作られたのか。

一緒に食べられるかも……なんてそんな期待は最初からしてはなかったけど、それでももしかしたら……ってほんの少しだけ思っていたんだ。

でも、さっきのアルフレッドさまのことを話していたシュウさまの笑顔……アルフレッドさまのことが好きで好きでたまらないって顔してたな。

王族だから政略結婚かと思ってたけど違ったのか。
はぁ……。さようなら、俺の初恋……。

嬉しそうに厨房を去っていくシュウさまの後ろ姿を見ながら、俺は1人涙を流した。
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