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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   16−1

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『キューーン』
パールの鳴き声が聞こえた気がして、ゆっくりと目を開けるとぼくの枕元にパールが蹲って眠っていた。

広いベッドにはぼくとパールだけ。

そうか、フレッドはまだお仕事中なんだ。
ぼくが起きる頃には帰ってきてるって言ってたのにな……。
きっとぼくが早く起きすぎたんだ。

少し早く目が覚めちゃったのは、いつも隣にいてくれるフレッドの温もりがなかったからかもしれないな。

何だか急に寂しくなってきた。

ふと見ると、ソファーにさっきまでフレッドが着ていた上着が掛かっている。
いつもならきちんとクローゼットに閉まってから行くはずなのによほど急いでいたんだろう。

ぼくはパールを起こさないようにモソモソと身体を動かしソファーのある方のベッドの端に寄っていった。

まだ身体は少し痛みはあったけれど、ゆっくり眠ったからか動けないほどではない。

手を思いっきり伸ばすとようやくフレッドの服に手が届いた。
フレッドの服を抱き込むと、ふんわりとフレッドの匂いがした。

ああ、これ……いい。

まるでフレッドに抱きしめられているかのような匂いに包まれて、ぼくはまたウトウトと眠りに誘われていた。

『ううーん』

すごく温かいものに抱きしめられてる。
ああ、なんだかとってもいい匂いで気持ちいい。
このままずっとこうしていたい……。

『クゥーン』
「ほら、静かにしろ」

んっ? フレッドの声……

あっ、帰ってきたんだ。

まだ少し重い瞼をゆっくりと開けると、ぼくの目の前には優しい眼差しのフレッドがいた。

嬉しくて擦り寄るとフレッドが優しく抱きしめてくれて嬉しかった。
けれど、いつもより躊躇った抱きしめ方にほんの少しだけ寂しさを感じてしまった。
きっとぼくの身体を心配してくれたんだろうけど、そんなの気にしなくていいのにな……。

「シュウ、遅くなって悪かった」

「ううん、お仕事お疲れさま。あのね、フレッド……」

「んっ? どうした?」

甘くて蕩けるような優しい声にホッとする。
これなら、本音が言えそう……。

「一回目が覚めたときフレッドがいなくて……寂しかった」

「そうか……だから、私の服を抱きしめてたのか?」

服?
あ……っ、そうだった。
寂しくてつい手に取ったんだった。

そんなところを見られてしまって、恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。

「うん……フレッド、怒ってる?」

「なぜだ?」

「だって……フレッドの大事な服シワになっちゃった……」

そういうと、フレッドは『ふっ』と笑って、

「馬鹿だな、伴侶が私を求めてやってくれたことを怒るわけがないだろう」

大きな手で頬を優しく撫でてくれた。

「フレッド、大好き」

「ああ、私もシュウが大好きだよ。絶対に誰にも渡したりしないからな」

「フレッド……? なにかあった?」

ちょっとだけ何かに怒ってるような……なんかそんな感じがする。

「いいや、シュウの可愛さを再確認しただけだ」

「ふふっ。それならいいけど……」

フレッドがそう言うならそう信じよう。
だってぼくに触れてくれる手がとっても優しくて、ぼくが照れてしまうくらい全身で愛おしいって感情を出してくれてるんだもん。

「それより身体は大丈夫か?」

「うん、ゆっくり寝たからちょっとは楽になったよ」

「本当に悪かった」

「もう謝らないでよ。やっとひとつになれたんだから!
ぼく、フレッドにあんなに求めてもらえて嬉しかったんだよ。
それにすごく気持ちよかったし……ふふっ。
また……いっぱい愛してね」

そういって目の前にあるフレッドの柔らかな唇にそっとキスをした。

ぼくは身体の痛みよりもフレッドとひとつになれた喜びでいっぱいだったから、ぼくの言ったことが、そしてぼくの行動がフレッドの理性を吹き飛ばすことになるなんて思いしなかった。

それから数時間、ぼくの不用意な言葉に煽られてしまったフレッドに愛されまくったぼくは2日連続の激しい交わりにさすがに身体が悲鳴をあげ、熱を出しそれから2日間、ベッドの住人となってしまっていた。

さすがに責任を感じたらしいフレッドが甲斐甲斐しくお世話をしてくれたおかげで数日後には元気に回復したけれど、このことがトーマ王妃お父さんの耳に入って、フレッドがとてつもない雷を落とされていたことをぼくは知らなかった。

あれから数日が経ってようやく1人で動き回れるくらいに回復した。
フレッドもアンドリューさまの仕事の補佐に戻っていき、久しぶりの日常が訪れた。

今、ぼくは中庭の東屋でお父さんとお茶をしながら談笑中。

「でも良かったよ。柊くんの体調が良くなって。熱出したって聞いたからびっくりしちゃった」

「心配かけちゃってごめんなさい」

「ううん。息子に心配かけられるって嬉しいことだよ。でもね……」

柔かな笑顔で飲んでいたグラスを下ろしたかと思ったら、急にぼくの手をぎゅっと握ってきて、

「いくら好きでも無理な時はちゃんとダメだって言わないとダメだよ!」

と真剣な表情で叱ってくれた。

多分フレッドとのことを言ってくれてるんだなと思ったけれど、お父さんにこう言うことを注意されるのはなんとなく気恥ずかしい……。

「あ、あの……無理矢理、じゃないから……ダイジョウブデス……」

「ふふっ。まぁ、分かってるけどね。でも、フレデリックさんとは体格も体力も違うし、あんまり無理したらまた熱出ちゃうから、ほどほどにね」

「ハイ……」

「じゃあ、この話はこれでおしまい!
ねっ、これから何しよっか?」

お父さんの頬の傷はすっかり良くなったみたいだけど、物凄い力で殴られたせいか打ち身の内出血の痕がまだ黄色っぽく残っていて、これが消えるまでは公務はお休みなんだとか。

大丈夫って言ったんだけどねってお父さんは言ってたけれど、アンドリューさまが許してくれないみたい。顔だから余計気になるのかもしれないな。

そのおかげと言っていいのかはわからないけど、お父さんとゆっくりおしゃべりする時間ができたのはぼくとしてはとても喜ばしいことだ。

今日は朝から太陽の日差しが燦々さんさんと降り注いでいて、いつもは温かい紅茶を淹れてもらうぼくたちもさすがにアイスティーにしてもらった。

アイスティーはもともとこのオランディアには無い風習だったそうだけど、お父さんがここに来て作ってもらうようになって浸透していったらしい。

やっぱり暑い日にはアイスティーだよね。

カランカランとグラスの氷をかき混ぜながら、

「何しよっか?」

と聞かれて、ぼくは咄嗟に頭に浮かんだものをボソっとつぶやいてしまった。

「そうですね……こんな暑い日は泳ぎたくなりますね」

これはただの思いつきというか、
『今日は暑いですね』くらいの挨拶みたいな呟きだったのだけど、

お父さんは目を輝かせて、
『それ、いいねー!』と言い出した。

「えっ? それって?」

「だから、泳ごうよ!」

「えーーーっ?」

「ほらほら善は急げだよ!」

お父さんに手を取られ、東屋から出たぼくたちは近くに立っていたブルーノさんの元に走り寄った。

「おや、もうお部屋にお戻りになりますか?」

「ううん、そうじゃなくて何処かで泳ぎたいんだけど、なんとかならないかな?」

「はっ? お、泳ぎ……でございますか?」

「そう! 暑いから柊くんと2人で水遊びしたいなと思って……」

ブルーノさんは慌てた様子でぼくとお父さんの顔を交互に見ては難しそうな表情を浮かべた。

「ですが……アンドリューさまとフレデリックさまがご心配になりますよ」

「だから、ブルーノにちゃんと話をしに来たでしょ。前みたいに2人で勝手に出かけたりしないから。
ねっ、お願い!」

あの時の事件でブルーノさんはものすごく責任を感じていたらしい。
ぼくたちが勝手に出かけたんだから気にすることないのに。

ブルーノさんは少し考えて、
『わかりました』と一言返してくれた。

どこかにプールとかあるんだろうか?
もしかしたら近くの川とか湖とか?

何にしてもブルーノさんに任せておけば問題はないか。

「では、準備をして参りますのでトーマさまとシュウさまは東屋でしばらくお待ちください」

「わぁーい! ブルーノありがとう!」
「ブルーノさん、ありがとう」

嬉しくって2人でブルーノさんに抱きつくと、とても嬉しそうな表情を見せてくれたけれど、
『アンドリューさまとフレデリックさまがヤキモチを妬かれますぞ』と笑ってスッと離れてしまった。

ぼくたちは顔を見合わせて笑った。

「ねぇ、お父さん。でも何を着て泳ぐの?」

「水着みたいなのはないからなー。
まぁ、バスタオルでも巻いとけばいいよ。ここのは濡れても透けないし、大丈夫でしょ」

うーん、まぁそっか。
ぼくは女の子のフリしてるから上から巻かないといけないけど、ザバザバ泳ぐわけでもないし、水に入ってパチャパチャできれば涼しくなって楽しいよね。

「畏まりました。
それでは、バスタオルを多めにご準備致しますね」


そう言ってブルーノさんは準備のために中へと入っていった。

ぼくたちは東屋に戻り、おしゃべりをしながらブルーノさんが来るのを楽しみに待っていた。


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