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第四章 (王城 過去編)

フレッド   12−2

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慌ててヒューバートが扉を開けると、ブルーノが血相を変えて走り込んできた。

「アンドリューさま。アルフレッドさま。大変でございます。トーマさまとシュウさまのお姿がどこにも見当たりません」

シュウとトーマ王妃がいない??
部屋で歓談中ではなかったのか??

「なんだと?! どういうことだ? 
ブルーノ、落ち着いてきちんと説明をしろ!」

アンドリュー王は突然の出来事に驚きながらもブルーノに説明を求めた。

「はい。お2人はシュウさまのお部屋から中庭の東屋へと場所を移動され、そちらで歓談されておりましたが、30分ほどで今度はトーマさまのお部屋にご移動になりました。
先ほど、ご昼食の支度が整いましたのでお誘いに伺いましたところ、扉を何度叩いてもお返事がなく、お部屋に入りましたが、どちらのお部屋にもお2人のお姿はございませんでした」

「ならば、部屋から出たというのか?」

「いえ、それが……部屋の前に警備兵がおりましたが、外へ出られるお2人はお見かけしていないと」

「なんだと? 部屋から出ていないのに、部屋にいないとはどういうことなのだ?」

アンドリュー王のその言葉に、
まさかトーマ王妃と共に元の世界へ戻ってしまったなどということはないだろうな?
という嫌な想像をしてしまう。

いや、そんなことはないはずだ。
落ち着け、落ち着くんだ!
今冷静にならなければ、余計な騒ぎを引き起こすことになりかねん。

「それが私にも全く分からず……申し訳ございません」

ブルーノは顔を真っ青にして頭を下げているが、ここでじっとしていてもどうしようも無い。

「陛下、とにかく部屋へ参りましょう」

「私もお供致します」

アンドリュー王とヒューバートと共に
【王と王妃の間】へと急いだ。

「確かにどこにもいないようだな。2人は一体どこへ行ったというのだ……。とりあえず、城内をくまなく探せ!」

その声にヒューバートは部屋の前の警備兵に指示を出し城内を探させ、ヒューバート自身は私とアンドリュー王の傍に控えていた。

「陛下、どこか心当たりなどは……」

ございませんか?
そう尋ねようとした時だった。

突然私の上着の胸元に熱を感じ、何事かと手を入れてみると、あの神の泉で頂いた黒金剛石ブラックダイヤモンドがとてつもない光を放っていた。

「どうして光が?」

「アルフレッド、この神々しい光を放っているのは黒金剛石か?」

「はい。これはあの神の泉でシュウと誓いの言葉を述べた時に神よりいただきました祝福の宝石でございます」

その言葉にアンドリュー王とヒューバートが驚愕している。

「なんと!! 神の泉で神からの祝福を頂いたものがいたとは……。
アルフレッド! ならば、これは守護石ではないか? それが光っているとなれば……」

「――――っ! もしかしてシュウの身に何か危険が?!」

「かも知れぬ。恐らくトーマも一緒にいるはずだ!
ヒューバート、すぐに城内、城下に2人の捜査網を敷く。急いで騎士団に指令を出せ!」

「はっ。畏まりました!」

そういうと、ヒューバートはお辞儀をして急いで部屋から出て行った。

「陛下、私はリンネルパールを連れてきます。シュウの守護として2人の居場所を特定できるやもしれません」

「おお、そうだな。急いで連れて参れ」

私は急いで部屋へ行き、寝室で眠っているパールを抱き上げた。
最初はバタバタと暴れていたが、
『シュウの身に何かが起こっているようだから力を貸してくれ』と声をかけたら大人しく私の腕の中にとどまった。

私はパールと共にアンドリュー王の待つ
【王と王妃の間】へと急いだ。
部屋に入った瞬間、パールが私の腕から飛び降りると、ある部屋の前で止まりその扉をカリカリと引っ掻いている。

「そこは陛下の部屋だぞ。何かあるのか?」

『キュンキューン』

切羽詰まったような高い声に、何か手がかりでもあるのかもしれないとアンドリュー王が部屋の扉を開けてやると、パールは素早く中に入り、奥の扉の前でまた

『キュンキューン』と高い声を上げ、扉を引っ掻いていた。

「おい、この奥は私たちの寝室しかないぞ」

と言いながら、扉を開けるとまたパールは素早く中に入り込んだ。

そして、部屋の隅で

『クゥーンクゥーン』

と今度は先ほどよりも低い声で鳴き始めた。

「この部屋に何かあるのか?」

アンドリュー王は辺りをキョロキョロと見渡したが特に何も見当たらない。

その時、私は思い出した。

確かこの部屋には隠し通路があったはずだ!!

私はパールのいる場所にしゃがみ込み、手のひらで床を摩った。

「フレデリック、何をしているのだ?」

あった!!

うちにある隠し通路と同じ突起物を見つけ、そこを押すと床の下から階段が現れた。

「なんだ、これは? 隠し通路か?」

「はい。陛下、この通路は城下にある教会に繋がっております。恐らく2人はこの通路を使って城下へ行ったものと思われます」

「こんな通路があったとは……だが、この通路をトーマが知っていたというのか?」

「シュウも我が家にあった隠し部屋をすぐに見つけておりましたし、異世界人はもしかしたらその辺に長けているやもしれません。
それよりも陛下、急いで城下へ行きましょう。
なんだか胸騒ぎが致します」

アンドリュー王がランプの準備をしている間に私はパールを抱き上げ懐へと入れ、一緒に隠し通路へと入った。

私とアンドリュー王、大柄の男2人では少し狭い通路を急いで走って通っていく。

「トーマが城下に行けばすぐに目立つ。恐らく其方の伴侶と同じ女性の格好をしていると思う。トーマの部屋から青い鬘が無くなっていた」

シュウは町に出る時はいつも青い鬘をつけていたが、それはそれは美しかった。
その青い鬘をシュウと顔のよく似たトーマ王妃がつけて城下に出ているのだ。
ならば、美しいに決まっている。
そして、金色の長い鬘をつけたシュウは女神の如き美しさだった。

アンドリュー王はみなまで言わなかったが、そんな2人が女性の格好で城下を歩いていれば、男性の姿の時よりもかえって目立つだろう。
それがあの事件の犯人に目をつけられたとしたら?
そう言いたかったに違いない。

シュウ達があんな目にあっているなどそんなことは考えたくもない。
しかし、黒金剛石ブラックダイヤモンドが光を放って私に知らせるほどの何かがシュウの身に起こっていることは間違いない。

シュウ、どうか無事でいてくれ!

隠し通路から這い上がり、教会をでて人通りの多い場所へと向かう。

城下の者たちは突然現れたアンドリュー王の姿にすぐに気づき、騒然となった。
何かあったのかと気になっているようだが、
陛下のオーラに近づけず、遠巻きにこちらを眺めている。

そんな時、私たちの後方から馬が数頭駆けてくる音が聞こえてきた。
あれは……王国騎士団か。
馬が駆けてくる音に私たちが振り返ると、アンドリュー王の姿を確認したヒューバートと後ろにいる騎士たちは慌ててこちらへ近づいてきて、さっと馬から下りた。

「陛下! いつのまにか城下にいらっしゃったのですか?」

「そんなことよりトーマは見つかったか?」

「い、いえ、まだ発見には至らず申し訳ございません。陛下、アルフレッドさま。どうぞこちらの馬をお使いください」

ヒューバートは騎士たちが乗っていた馬を2頭私たちに差し出した。

「ああ、助かる」

馬を下りてくれたもの達には悪いが捜索でどこまで行くか分からぬからな。
馬を出してくれて本当に助かった。

アンドリュー王はさっと馬に跨り、

「アルフレッド、行くぞ! お前たちもついて参れ!」

というが早いか颯爽と走っていく。

慌てて追いかけながら隣を走るヒューバートに、
トーマ王妃が青い鬘をつけて女性の姿に変装していること、シュウは金色の長い髪をしていることを伝え、城下で真っ先に目指しそうな場所を探し、そこで聞き込みを始めることにした。

すると、ある露天の店主が騎士姿のヒューバートを見て慌てて走り寄ってくる。

そして、跪き頭を平伏して

「騎士さま、どうか話を聞いていただけませんか?」

と必死に訴えかけてきた。

正直なところ、早くシュウとトーマ王妃の行方を探したい思いが強く、どうせ平民同士の騒ぎでも仲裁して欲しいといったたぐいだろうと思ったが、あまりにも切羽詰まった店主の様子にアンドリュー王も私も仕方ないと思い、ヒューバートに話を聞くように促した。

ヒューバートは馬から下り、自分もまた跪いて言った。

「どうした? 何かあったのか?」

「は、はい。実は……先ごろ可愛らしい女の子が2人俺の店に来たんです。そしたら、その……男が彼女たちに近づいて『一緒に茶を飲め』と嫌がるその子達の腕を掴んで引きずって連れて行ったんです」

思いがけない店主の告発に私たちは驚いた。

「その女性たちの髪は青色と金色ではなかったか?」

ヒューバートが尋ねると

「はい。その通りです!」

店主は喰らい付くように返事を返した。

シュウ達だ! 間違いない!
嫌がるシュウたちの腕を掴んで引きずって連れて行っただと??
私のシュウの腕を掴むとは!!
その男、絶対に許さん!!!

「それで、その男に見覚えは?」

「それが、その……」

店主はアンドリュー王を目をやり、言っていいのかと躊躇っているようだ。
なんだ? 相手は貴族か?

「良い。私が許す。だから答えろ。その男に見覚えはあるのか、ないのか?」

アンドリュー王直々のその言葉に店主は怯えながらもはっきりと名前をだした。

「は、はい。ラ……ラッセル家の、サンディーさまです」

「ラッセル家……あいつか」

アンドリュー王が顔を顰めるところを見ると、よほど素行が悪いのか?

「実は……あのお方が先日も若い女の手を引っ張っていくところを見て、その時は遠くて知り合いなのかとも思ったんですが、今日は明らかに女の子たちは嫌がってたんで……」

「そうか、よく話してくれた」

ヒューバートが店主に労いの言葉を掛ける。
すると、店主はヒューバートに縋りつき、

「あ、あの! お願いします! あの子達を助けてやってください!!
あの子達、俺の串焼きを『美味しい、美味しい』って食べてくれて……あんな優しい子達が酷い目に遭わされたら、俺は……俺は……。殴られてでも止めれば良かった……」

涙を流しながら訴えかけた。

「其方の気持ちはよくわかった。後は私たちに任せるのだ」

ヒューバートが肩に手を置くと店主は涙を流しながら両手を擦り合わせ拝むように
『お願いします! お願いします!』と繰り返した。

「よし、2人を探すぞ!」

「はっ」

どこから探すかと考えながら馬を走らせようとすると、私の胸元からパールが飛び出し物凄い勢いで走っていく。

「陛下、もしかしたらシュウたちの居場所を感じ取ったのかも知れません」

「よし、リンネルに続け」

パールの後に続き、馬を走らせていると町外れの古びた家に辿り着いた。

パールは家の前で立ち止まり威嚇するように声をあげている。

ここか?
ここにシュウたちがいるのか?

木々が生い茂っていて中の様子は全く見えない。

どう見ても空き家のようなその家にシュウたちが本当にいるのだろうか?

「私が責任を取る、入口を壊せ!」

「はっ」

アンドリュー王の言葉に騎士たちが体当たりすると、ドォーーーンという大きな音をあげ扉が破壊された。

と同時に破壊された扉の向こうから

「イヤだぁー!! フレッド、助けてーー!!!」

と愛しいシュウの叫び声が漏れ聞こえた。

ずっと聞きたかった声とは違う、恐怖に怯えたシュウの声だ。

私は一目散に破壊された入り口へ駆け寄ると、シュウもまた私の姿を捉え、か細い声をあげた。

「フ、レ……ッド……」

男に押し倒されながら、私を見つめる瞳が涙でぐっしょりと濡れている。
その姿を見た瞬間、自分の頭が沸き上がるのがわかった。

「貴様……っ!」

何も考えることもできず、シュウの上に我が物顔で跨っている男の顔を渾身の力で殴り飛ばした。

「グハッッ!」

男は呻き声をあげながら、後ろへ吹き飛び床に激突した。
それでも飽き足らず、私は無心でその男を何度も殴り続けていると、破壊された入り口からアンドリュー王を先頭に騎士たちが続々と入ってきた。

男は入ってきた騎士たちを見て、自分を助けにきてくれたのだと勘違いしたのか、歯が折れた血塗れの顔で

「た、助けてくれ!」

と這いずって騎士に縋りつき、そいつはそのまま騎士に捕らえられた。

「なんで俺が捕まるんだよ! 捕まえるのはあいつだろうが!」

と私に指を指すも、男は騎士に更に締め上げられ、腹にとどめの一撃を喰らわせるとやっと静かになった。

それに怯えたのか、もう1人の男が床を這いつくばって奥の部屋へ逃げようとするところをヒューバートが羽交い締めにして捕らえるのがみえた。

「何するんだ! 離せ! 俺たちは何もしていない! あの平民の女たちあいつらの方から誘ってきたんだ!」

ジタバタともがきながら、そんなことを言いやがる。

アンドリュー王は中に入ってすぐにソファーに座らされたトーマ王妃を発見して、一瞬安堵の表情を見せたものの、彼の頬が痛々しいほどに赤く腫れているのを発見し、般若の如き形相になり、ヒューバートが捕らえた男に無言で殴りかかった。

『バキッ』と鈍い音が響き、男は『カハッ』と吐瀉物をばら撒きながら倒れ込んだ。

私はその音にハッと我に返り、シュウを探した。
シュウはソファーに横たわったまま身動きひとつしていない。
慌てて駆け寄り、

「シュウ! シュウ! 大丈夫か?」

と声を掛けると、弱々しい声で

「……フレ、ッド……」

と私の名を呼んだ。

ずっと助けを呼んでいたのだろう。
あの柔らかな綺麗な声が掠れてしまっている。
それでも、私の名をまた呼んでくれたことが嬉しかった。

「ああ、シュウ! 無事で良かった!」

シュウを思いっきり抱きしめ、シュウが腕の中に戻ってきてくれた喜びをひしひしと感じていると、
シュウが思い出したようにゆっくりと口を開いた。

「アン……は?」

「えっ? 陛下ならそこに……」

なぜ、今ここでアンドリュー王の名を?
私は湧き上がりそうになる嫉妬の感情を必死に抑えながら陛下の居場所を教えた。

すると、シュウは静かに小さく首を横に振った。

「……ち、がう……とうま、さん……は?」

「ああ、トーマ王妃も大丈夫、無事だよ」

まだ私自身は確認していないが、アンドリュー王がついていれば大丈夫だろう。
無事だと教えてやると、

「よ、かった……」

と安堵の表情を見せたと思ったらシュウは意識を失って再び倒れ込んだ。

「シュウ! シュウ!」

声を掛けたが、シュウは目を開けることはなかった。

こんな細い小さな身体が大柄の男に押さえつけられ、シュウが受けた恐怖は如何許いかばかりだっただろう。
可哀想に……。

腕の中で眠るシュウをぎゅっと抱きしめると、シュウの釦がいくつか外されていることに気づいた。

あの男は私のシュウの肌に触れたのか?
地の果てまでも痛い目に合わせてやる!!

はらわたの煮えくりかえる思いを持ちながら
私は眠るシュウをそっとソファーに横たわらせ、急いで上着を脱ぎそれをシュウに着せ、また腕の中にぎゅっと閉じ込めた。

あ……っ、トーマ王妃は大丈夫だっただろうか?
シュウには確認もせずに無事だと伝えたけれど……

後ろを振り返ると、アンドリュー王もまた上着を脱いでトーマ王妃に掛けてあげていた。

上着から少し見えるお顔には思いっきり殴られ痛々しく腫れ上がった頬の様子が見えている。
シュウに殴られた痕が見えないから、もしかしたらトーマ王妃はシュウを庇って殴られたのかもしれない。
あの美しい顔があんなに腫れ上がって、本当に心が痛む。

アンドリュー王はトーマ王妃を抱きしめながら怒りの形相を見せている。

あれほど溺愛しているトーマ王妃をあんなに痛めつけられているんだ。
その怒りは私の想像以上だろう。

アンドリュー王がトーマ王妃を抱き上げたまま立ち上がったのをみて、私もシュウを抱いたまま立ち上がった。

そして、騎士たちに手を縛られ床に平伏した2人の男を見下ろした。

こいつらの姿を見ているだけで怒りが沸いてくる。

アンドリュー王も同じ気持ちだったのだろう。
血をダラダラと流しながら下を向いている男の顔を蹴り上げた。
トーマ王妃を抱き抱えたままだというのに物凄い威力だ。

男は『ぐぅっ』と呻き声をあげ、後ろに倒れ込んだ。

「ここに女たちを連れ込んでお前たちは一体何をしようとしていたのだ?」

アンドリュー王が怒りに震わせながらそう問いかけると、
男たちはその声でアンドリュー王だと気づいたのか、
2人はさっと顔を上げガタガタと身体を震わせた。

しかし、それでもまだ保身に走ろうとしているようだ。

必死に身体を起こし床に這いつくばって、
アンドリュー王に話しかける。

「お、お言葉、ではございますが、陛下!
こ、これはあの、女たちに嵌められたのでございます!
あの女たちの方から、誘ってきて……」

「ほぉ、其方らは何もしていないと申すか?」

この男たちはアンドリュー王の怒りに満ちた目に気づいていないのか?
本当に愚か者たちだな。

「は、はい。私たちのような高位貴族がそんな平民の女など相手にするはずがありません。ここもその女の家で、私たちはここに連れ込まれたんです! だから、殴って逃げようとしただけです。なぁっ?」

「は、はい。その通りです! あいつらが陛下たちに気づいて被害者のフリして突然叫びだしただけなんです! 被害者は俺たちです!」

謝罪するどころか嵌められただと?!
歯を折るだけでは生温かったようだな。
もっと殴ってやれば良かった!!

言いたいことを言いやがるこいつらに腹が立って、大声をあげようとしたら、アンドリュー王に手で制された。

そして、アンドリュー王は男たちに向かって努めて冷静な声で

「言いたいことはそれだけか?」

「えっ?」

「言いたいことはそれだけか? と聞いたのだ」

と不敵な笑みを浮かべて問いかけ、続けて口を開いた。

「ならば、お前たちに良いことを教えてやろう。
この女たちは平民ではない」

「ええっ??」

男たちに驚愕の色が見える。
そして、アンドリュー王の続く言葉に戦々恐々している。


「この女性は……私の最も愛するトーマだ」

そう言いながら腕の中に眠るトーマ王妃に慈愛の表情を向ける。

「――っ! ト、トーマ王妃? う、うそだろ……」

対照的に男たちの顔はどんどん青褪めていく。
自分たちが何をしでかしたのか、何を言ったのか思い出しているのだろう。

「ラッセル侯爵家嫡男 サンディー
ハジェンズ伯爵家三男 アラン
私のトーマに手をかけて、家共々許してもらえると思うなよ!
お前たちの処罰を楽しみにしているがいい。
死んだ方がましだと思い知らせてやる。
おい、こいつらを連れていけ!!」

騎士たちにそう指示すると、ガックリと肩を落としすっかり力の抜け切った男たちを運んでいった。

「陛下、アルフレッドさま。馬車をご用意いたしますので、こちらでしばらくお待ちください」

ヒューバートがそう声を掛けるが、このような場所に一秒たりともシュウを置いておきたくない。
アンドリュー王も同じ気持ちだったようで、

「いや、トーマは外に連れて出る。馬車が準備できたらそちらに回せ」

そう言ってトーマ王妃を愛おしそうに抱きしめながら外へ出た。

私も後を追うようにシュウを腕の中に閉じ込め、宝物のように大切に扱いながら外へ出ると、
『キューン』とパールが足に纏わりついてきた。

「おお、パール。ここにいたのか。お前はよくやった! お前のおかげでシュウとトーマ王妃の居場所がわかったのだからな」

そうお礼を言ったのだが、パールはそんなことよりシュウを見せろ! と言わんばかりに足元でずっと鳴き通しだ。

「わかった、わかった。
シュウは今眠っているから、少し待て!」

パールにそう言って、
近くに居たヒューバートに声を掛けた。

「おい、ヒューバート。
リンネルを抱き上げてくれないか?
シュウの顔が見たいらしい」

「畏まりました」

ヒューバートは私の足元に居たパールを優しく抱き抱え、シュウの顔の見える位置まで上げると、パールは『クゥーン』とひと鳴きして、安堵の表情を浮かべているように見えた。

「悪いが、そのままリンネルを抱いていてもらえないか? あっ、暴れるといけないからこれを巻いてやってくれ」

私はシュウの服のポケットから大きなハンカチを取り出して広げてやった。

ヒューバートがそれをリンネルパールに巻いてやると、大人しく抱かれたままになっていた。

「このリンネルはシュウさまにとても懐いていらっしゃるのですね。それにお2人の居場所を教えてくれるなんて本当に素晴らしい」

「ああ、パールはシュウの守護獣のようなものだからな。あの黒金剛石と同様にシュウは神に愛され護られているのだ」

腕の中に眠るシュウの頭を優しく撫でると、
『うーん』と少し身動いで胸元に擦り寄ってきた。 無意識のままに信頼されている、それを感じるだけで幸せでたまらなくなってくる。


しばらく待ってようやく馬車が到着した。

アンドリュー王がトーマ王妃を抱いて中に入るのを見届けてから、私たちも中へと入った。
この時代の座席は国王が乗るような馬車であっても板張りなのか。
それだとアンドリュー王もトーマ王妃も遠出の際は辛いだろうな。
ここは改良の余地ありだな。
この辺の歴史の改竄くらいはあっても別に構わんだろう。

こんな板張りの座席にシュウを寝かせるはずもなく、私はそのまま抱き抱えて座っていた。
対面に座るアンドリュー王の腕の中にもトーマ王妃が王に擦り寄るように眠っている。

アンドリュー王は赤く腫れ上がったトーマ王妃の頬をそっと撫でながら、『絶対に許さん』と小声で呟いた。

「陛下、あいつらへの処罰は何をお考えですか?」

「私が小さな怪我ひとつさえつけずに大切に慈しんできたトーマの顔に傷をつけた罪は重い。あいつらが生きているだけで腹が立つが、簡単に首を刎ねてやるだけでは私の気が収まらないのだ。どうやってやるのが一番苦しみを与えられるか……それをじっくりと考えてやろう。フレデリック、お前も考えておけ」

「はい。シュウに話を聞いて、シュウがあいつらにやられたことの100倍、いや1000倍以上の苦しみを味わわせてやりますよ。あいつら、シュウの服の釦を外してましたからね、人の唯一に手を出した罪を一生をかけて償わせます」

「そうだな、それが良い。ラッセル家とハジェンズ家の取り潰しもやむ無しだな。
今日、2人が寝たら少し話せるか?」

「はい。シュウの様子にもよりますが、大丈夫なようなら伺います」

「そうだな、トーマの様子を見てからだな。あとでブルーノに行かせよう」

「はい。畏まりました」

王城へ着き私は一度も歩みを止めることなく、
私たちの部屋【月光の間】へと帰ってきた。

まずはあいつらに触れられた場所を綺麗に洗い流してやる。シュウもそのままでいたくないだろう。

私がバスルームへと向かうと、帰ったらすぐに風呂に入るとわかっていたのか、湯船には適温の湯が張られていた。

ブルーノに感謝しつつ、シュウを脱衣所に置かれているソファーに寝かせ、まずは自分の衣服を全て取り去った。

そして、シュウを起こさぬようにゆっくりと服を脱がせていく。

なんだ、これは?

大きな、指の痕?


――嫌がる女の子たちの腕を掴んで引きずって連れて行ったんです――


そう話していた店主の言葉が甦る。

――っ! これはあいつらの手の痕か!

腹の底から言いようのない怒りが込み上げてくる。

私のシュウの身体に勝手に痕を刻みやがって!

震える手でその痕に触れるとまだ熱を持っている。
よほど強い力で掴まれたんだろう。
痛かっただろうに……後で冷やしてやらねばな。

まずは綺麗に身体を清めるのだ。

私は痛々しい腕の痕が気になりながらもシュウを抱き抱えて浴室へと入った。

シャワーの温度を確かめてからゆっくりと身体にかけてやると、強張っていた身体からじわりと力が抜けていくのが分かった。

そうだ……力を抜くんだ。
私がちゃんと傍にいるからな。

まずは身体を優しく念入りに洗ってから、髪を洗うことにした。横抱きに抱えたまま、髪を洗うことは初めてだったが、私とシュウの体格差を考えれば造作もない。

鏡越しではない顔を見ながら髪を洗うのは初めてだな。
なんだか新鮮な感じがする。

あれ?

うなじ、いや、ここは襟足か?

変わったあざがある。
これは、五芒星ごぼうせいか?

生え際の見えにくい場所だったからか今まで気づかなかった。
この洗い方でなければ一生気づくことはなかったかも知れぬな。
恐らくシュウ自身も知らぬだろう。
そっとその痣に触れると、シュウの身体がピクリと震えた。

私はなぜかほんの少しの優越感を感じながら、泡を洗い流したシュウを抱き抱えたまま2人で湯船へと入った。

衣服の乱れは釦だけだった。
大事なところは触れられてないはずだ。

最悪な事態にはならなかった、それは不幸中の幸いだっただろう。

例え触られたとしても私の愛は決して変わることはないが、他の者に触れられたとなればシュウの心の傷を癒すには長い時間を要するはずだ。

自分よりも大きな男に馬乗りにされて、どれだけ怖かったことだろう。
あの時、シュウは渾身の力を振り絞って私に助けを求めたのだ。


――イヤだぁー!! フレッド、助けてーー!!!――


あの叫び声が今でもはっきりと耳に残っている。
助けることができて本当に良かった。

「シュウ……愛してる」

隙間のないほどにぎゅっと抱きしめると、
シュウの目がゆっくりと開いた。
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