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第三章 (王都への旅〜王城編)

フレッド   10

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あと1時間もすれば王都に入る。

馬車の中でシュウを膝に座らせ、腕の中に抱きしめ、会話を楽しみ、好きな時に口付けを交わし、それ以上のこともしたり……ああ、楽しい時間も一旦終わりか……。

城の中でもいつでも抱きしめていたいが、初心なシュウは恥ずかしがってしまうかもしれないな。
まぁ、それでも抱き締めるのはやめられないのだが……。

先ほど昼食で外に出た時からシュウは青い鬘をつけたままだ。
ああ、早くシュウの黒髪に触れたい。
シュウの青い髪を撫でながら私はそんなことばかり考えていた。


そろそろだなと御者台の小窓を開けると、目の前に関所が現れた。

そんなに感動するほどのものでもないが、シュウは目を輝かせ小窓から食い入るように外を見ている。
初めて見る大きな建物に驚いているようだが、
故郷にはこれくらいの建物はないのだろうか?

それとも故郷を思い出していたり……?
ああ、だめだ!
私は慌てて小窓を閉めた。

シュウにはマナーが悪いからと制したが、ただ私が狭量なだけだ。
シュウはどうしても外が見たいらしく、今度は窓から外を覗き込もうとしている。

『危ないから』と言って、シュウを後ろから抱きしめると、シュウの甘やかな体臭が鼻腔をくすぐる。
ああ、良い香りだ。
首筋に舌を這わせて、汗を舐めとってしまいたい。

シュウは私のそんな邪な思いを気づきもせず、
『こんな小さな窓から落ちたりしないよ』
と言ってきたが、抱きしめた私の手を離そうともしなかったので、そのままシュウの匂いを堪能していた。
このまま押し倒してしまいたいが、時間もないしこれで我慢するしかないか……。
続きは城に着いてからだな。


「あれ? 関所で止まらなくて良かったの?」

「ああ、この馬車を見れば私だとすぐにわかるからな。止められることなんかあるはずがないだろう」

そう言うと少しがっかりした顔をしていた。
関所なんて大して面白いものでもないが、シュウの故郷では関所でなにか催しでもあるのだろうか?
うーん、気になるな。

王城が近づくにつれ、さっきまで外を見て楽しげだったシュウの表情がなんだか曇ってきた。
王都に行きたいと言っていたのはシュウだったのに、一体どうしたんだろう?

気になって『どうした?』と声をかけると、 

「……国王さまって、フレッドのお兄さんなんだよね?」

と心配そうに尋ねてくる。

シュウの表情が曇った原因はアレク?
弟の私が言うのもなんだが、アレクは見目も良いし、性格もすこぶる良い。
心配など全くする必要はないのだが……。

「それがどうかしたのか?」

シュウはとても言いにくそうに、口をもごもごさせながら言葉を選んで話そうとしている……そんな感じがした。

「あの、お兄さん……ぼくのことフレッドの……は、伴侶だって認めてくれるかな?」

『くっっ』

恥じらいながら私の腕に縋りつき、何を言い出すのかと思ったら、私の伴侶だと認めてくれるかだって?!

ああ、もうこんないじらしい子が故郷で誰にも奪われなくて本当に良かった。

シュウが可愛すぎておかしくなりそうだ。
もう、今すぐにでもベッドに押し倒したいのになぜここは寝室でないのだ!!

「……やっぱり、だめだとか言われちゃう?」

あっ、私が返事を返さないからシュウが悲しんでいる。すぐに安心させてあげなければ!

「そ、そんなことあるはずがないだろう! 私とシュウは神に認められた仲だぞ。シュウ、わかってるだろう?」

「うん……。それはわかってるよ。
でも……ぼく……見た目もちっちゃいから子どもっぽく見えるし、何より貴族でもなんでもないただの庶民だから、お兄さん……あっ、国王さまにフレッドと釣り合わないとか言われたらやだなって……」

ああ、もう本当に可愛すぎるな、シュウは。

貴族だとか平民だとかどうでもいい。
シュウがシュウでいてくれるだけでいいんだ。
私はシュウしか愛せないのだから……。

「うん。フレッド、ありがとう」

私たちはずっと抱き合ったまま、馬車は予定通り王城へと到着した。

憲兵の声が聞こえ、馬車は城の玄関へと進んでいく。

馬車が停まったのを確認して、シュウを抱き抱え馬車からゆっくりと降りた。
先触れに伴侶を連れて行くと明記していたからだろうか、出迎えの近衛騎士とメイドたちの数がいつもよりかなり多いように感じる。

私の伴侶に対する配慮なのか、それとも私の伴侶がどんな人か見てやろうという彼らの好奇心なのかはわからないが、出迎えに集まった者たちは私の腕の中に抱き抱えられたシュウを見て皆一様に驚きの表情を見せた。
それはこんな美しい人が私の伴侶だと信じられないということだろう。

彼らも私たちもお互いに見合ったまま、どちらも動けずにいたのだが、腕の中にいるシュウだけがその異常な状況に驚いたのか、髪を触ったり、急に私の腕の中から下りようと足をばたつかせた。

シュウの視線が出迎えをしている彼らに向いたのを見て、私はシュウの意図に気づいた。
自分が抱えられているから出迎えにきた彼らが固まっていると思ったのか……。なるほど。
それなら彼らに私たちの関係を見せつけておこう。

「ああ、気にしないで良い」

私は慈しむような手つきでシュウの髪をそっと撫でた。

「――――っ!」

私が髪に触れることをシュウは嫌がりもしない、その様子に彼らが息を呑んだ。
それはそうだろう。
伴侶くらい深い仲でないと髪に触れることは許されないのだからな。

「……いいの?」

「いいんだ。早く部屋に案内してくれ」

ずっと玄関に立ち尽くしていることにシュウが心配している。
目の前にいる騎士に部屋に案内するよう催促をすると、やっと城の中に入ることが出来た。

アレクに会うのだ、そのまま謁見に向かってもアレクは特段気にはしないのだが、

「陛下に拝謁する前にお召し替えを」

とルドガーが言ってきたのは、シュウの緊張を少しでも解してあげたいという配慮なのだろう。

案内された客間にシュウを抱き抱えたまま入ろうとすると、部屋を準備していたメイドが、シュウが私の伴侶だとわかっていないのか、

「あ、あのサヴァンスタック公爵さまは別のお部屋をご用意しておりますのでそちらへご案内致します」

と言ってきた。

はぁ……またか。

シュウは別々の部屋になると聞いて、私の服をきゅっと掴んだ。
大丈夫だ、初めて訪れた場所でシュウを1人になど絶対にさせないから。

私はシュウの髪を撫でながら、『大丈夫だ』と言うと、シュウは安堵の表情を見せた。

「彼は私の伴侶だ。伴侶が別々の部屋などあり得ないだろう。私たちは同じ部屋でいい」

目の前にいるメイドにきっぱりそう言うと、

「えっ? は、伴侶……えっ?」

私とシュウの顔を何度も見返して、その場に立ち尽くした。周りにいたものも私がきっぱりと告げたことで驚いたようだ。

シュウが私の伴侶で何が悪いんだ?
心の中でそんな悪態をつきつつ、私はシュウを抱き抱えたまま、用意された部屋へと入った。

部屋の中央に置かれたソファーにシュウを抱き抱えたまま腰を下ろした。

「来てすぐに嫌な思いをさせて悪かった」

「ううん。大丈夫だよ。ただ……歓迎されてないのかなと思って少し寂しかっただけ……」

「それは違う! シュウを歓迎していないのではなく、私がこんなに美しい人を腕に抱えて連れてきたからみんなが驚いただけなんだよ」

そう、それが事実だ。
しかし、シュウは自分のせいだと思ったようだ。
まぁ、立て続けにあんな対応をされれば無理もない。
なんとかしてシュウの心を浮上させてあげないとな。

シュウに『紅茶を飲んで気を落ち着かせよう』と言うとすぐにルドガーがシュウに紅茶を差し出した。
この辺はマクベスに負けず劣らずだな。

ルドガーの用意した紅茶は普段なら飲まないほどの甘さだったが、神経の張り詰めた今の身体にはぴったりだ。
シュウの表情も良くなっている。

これでアレクに会うのも少しは安心できるな。

着替えをしようと寝室へシュウを連れて行くと、シュウの荷物が置かれたままだった。

そうか、私がシュウの荷物を片付けると言っておいたんだったな。

着替えの前に片付けて置こうと荷物に手をやると、シュウも一緒に片付けてくれた。

慣れない長旅で疲れているだろうに、嫌がる表情を見せず、それどころか嬉しそうに片付けてくれるシュウに私は癒されてしまうんだ。

あっという間に片付け終わり、シュウの着替えを手伝った。
今日の衣装は、私が一番気に入っているものだ。

そうだ、王都にいる間に数着くらい新しい服を仕立てておいても良いかもしれないな。
うん、そうしよう。
後で王都を案内した時にでも仕立て屋に行ってみるとするか。

ちょうど着替えが終わった頃、迎えがきた。

その案内に続き、謁見の間へと向かう。
シュウの手を握っているが、緊張しているらしく少し指が冷たくなっている。
大丈夫だよと言う意味も込めて、温めるように手を包み込んだが、緊張はそんな簡単にはとれないようだ。
まだ指先は冷たいままだった。

謁見の間の扉が開き、部屋の中央へと進み跪いてアレクが来るのを待った。
シュウも私の真似をして跪いている姿がとても可愛らしい。


少しして、奥の扉からアレクが入ってきた。

アレクが椅子に腰をかけ、私に声をかけ終わったタイミングで顔をあげると、アレクは私の隣で跪き頭を下げているシュウに目を向け、ニヤリと笑った。
どうやら、私の伴侶がいたく気になっているらしい。

「陛下におかれましては……と定型の言葉で挨拶を始めようとすると、すぐに止められ、周りの騎士たちを全て外に出してくれた。

「お前は人の視線があるとなかなか自分を出さないからな。これならゆっくり話せるだろう」

こういうところがアレクはとても気が利くのだ。
本当に助かる。

「アレク、ありがとう」

「それで……隣にいる子がお前の伴侶……いや、まだ婚約者か……。
其方そなた、まだ幼いようだが挨拶はできるか? 顔を上げよ」

アレクの呼びかけにシュウは身体をビクリと震わせた。しまった! まだ緊張が解れていなかったか……。

シュウに『大丈夫か?』声をかけると、シュウは『ふぅ』と息を吐き、顔を上げ口を開いた。

「お、お初にお目にかかります。
シュウ・ハナムラと申します。
あ、あのぼくは17歳で成人しています。
それで、あの……」

シュウが一生懸命挨拶をしようと頑張る姿がいじらしくて可愛らしくてたまらない。
考えてみれば、故郷では庶民だと言っていたシュウが国王に謁見などそんな経験はなかっただろう。
それが私の兄となればさらに緊張してしまうのも当然だ。

「アレク、彼は王都に来るのも初めてで緊張しているんだ。そうやってあまりじっと見ないでやってくれ」

アレクにそう頼んだが、アレクは

「ああ、わかっている。それにしても……彼の瞳は、黒か? それも美しい漆黒だ。こんな人間がこの世にいたとはな……」

シュウの美しい漆黒の瞳にどうやら心を奪われてしまっているようだ。
アレクが私からシュウを奪うとは考えられないが……本当ならばシュウの髪色を見せたくない。
しかし、そういうわけにもいかない。
私は意を決して、アレクに告げた。

「アレク、話さなければいけないことがあるんだが……シュウ、鬘を取ってくれるか?」

シュウは私の頼みに快く『うん』と返事をして、鬘の髪留めを一本一本ゆっくりと取り外していった。

髪留めを全部外し終えて、最後に青い鬘を取り私に手渡すと、シュウはアレクに向き直った。

「――――っ!」

「彼は髪も漆黒なんだ。騒ぎになると思って、アレクに会うまでは鬘で隠してきたのだが……」

私の説明が耳に入っていないのか、アレクはシュウを見たまま身動きひとつしない。
目を見開き、手で口を覆い隠し言葉を発そうともしない。
シュウの姿を見て驚くとは思ったが、ここまで驚愕するのは予想だにしていなかった。
いつも余裕のあるアレクとは思えないほどの姿に私は正直驚きを隠せなかった。

アレクは突然『ガタッ』と椅子を倒すほどの勢いで急に立ち上がった。

「そ、其方……いや、貴方さまは……」

なんだ? アレクは今、『貴方さま』と言わなかったか?
この大国オランディアの国王であるアレクがシュウに『貴方さま』とは一体どういうことだ?

「ふ、フレデリック……悪いがお前と2人だけで話がしたいのだ。彼は部屋に戻ってもらえるか」

一瞬アレクが何を言っているのかわからなかった。気づいた時には、もう騎士が近くまで来てしまっていた。

「彼を部屋にご案内・・・するんだ」

「はっ」

「待て!! アレク、どういうことだ??」

アレクがシュウに目上の者としての言葉掛けをすることの意味がわからなかったし、何よりシュウをこの部屋から出す意味がわからなかった。
アレクに理由を問いただしたけれど、
『いいから早くお連れ・・・しろ』と言うだけで何も答えなかった。

「シュウを部屋に帰すなら、私も一緒に戻る」

そういったのだが、

「ぼくは1人で大丈夫だから国王さまとお話ししてきて」

とシュウは強い口調で言い張って、騎士に連れられ部屋を出て行った。

部屋の扉が閉まり、またアレクと2人だけになってから

「アレク! いったいどう言うことなんだ! 答えろ!」

と詰め寄った。
アレクが国王だろうが、今は関係ない。
私のシュウにあんな対応をして許せない思いでいっぱいだった。

私が何度詰っても、アレクはまだ気持ちが落ち着かないようで言葉を発することはなかった。

アレクの態度を見ているうちに少しずつ私の怒りも治まってきて、先程のアレクの態度をもう一度思い返していた。

シュウが気に入らないのであれば、あの言葉遣いはおかしい。
逆にシュウを見染めたのであれば部屋に1人戻すのはおかしい。
とすれば、あの態度はなんだ?
シュウ自身に何かがあるということか?

私は落ち着いた声でもう一度アレクに問いかけた。

「アレク、シュウに一体何があるんだ?」

「――――ているんだ――」

何と言ったんだ? よく聞こえなかった。

「アレク、なんて言ったんだ?」

「――似ているんだ、彼が――そして、お前も」

「何が似てるんだ?」

アレクの言っている意味が分からなくて、再度問いかけたが、アレクはそれには答えず、

「フレデリック、彼とあの部屋に行ってみてくれないか? そこで確認して欲しいことがある」

と真剣な表情で私を見つめた。

「あの部屋?」

「歴代の王しか入れない、あの部屋だよ」

トーマ王妃の本があるかもしれないとシュウに教えた部屋だ。
私は入れないからアレクに頼もうと思っていたあの部屋にシュウと2人で行ってこいというのか?

「しかし、あの部屋は……」

「いいんだ、私が許可を出す。頼む、行ってきて欲しい」

土下座せんばかりに必死に頼むアレクの姿に無下に断ることもできず、私は『わかった』と返事をしていた。

アレクとの話を終え、私は急いでシュウのいる客間へと向かった。

マナーなど気にしてなどいられない。
私は廊下を急いで駆け抜け部屋へと戻った。
部屋の前で待機していた騎士を跳ね除け、勢いよく扉を扉を開け大声でシュウを探した。

ルドガーが『寝室に……』と教えてくれるのを最後まで聞くこともしないまま、私は寝室の扉を開けた。
見ると、シュウがベッドに横たわっている。
ひどく泣いたんだろう。目が赤い。
その姿が目に入った途端、私はシュウの元に駆け寄っていた。

ああ、やっぱり1人で帰すべきではなかった……。
どれだけ泣いたんだろう……まだ目にいっぱい涙を溜めている。
私はそっと指で涙を拭った。

「ルドガー、急いで温かいタオルと冷たいタオルを用意するんだ!」

私は手に持っていた青い鬘をベッドに放り投げ、シュウを腕の中に抱きしめた。

「フ、レッド……ごめ……んなさい」

「シュウは何も悪くないんだ。謝らないでくれ」

「う、うん……ぼ、ぼくがちゃんと、でき……なかった、から……お、にいさんに……きらわれ、ちゃった……」

ああ、やはりシュウはアレクに嫌われたと思い込んでいる。
この誤解だけはアレクのためにも絶対に解いておかなければいけない。

違う、そうじゃない……そう必死に伝えたけれど、シュウの誤解はそんな簡単に解けそうになかった。

ルドガーの用意した2種類のタオルを目に当てたおかげで、シュウの涙で腫れていた目も落ち着いてきた。

それと同時にシュウ自身もやっと落ち着いたんだろう。私の腕の中で大人しく抱かれている。

「ぼく……ウィッグつけるのも忘れてこの部屋に戻ってきちゃったんだね。ごめんなさい」

こんな時でも謝るのだな、シュウは。
何も悪いことなどしていないのだから謝る必要など何もないのに……。

「いや、髪はもうアレクに見せた後だからこの城の中では隠さなくて良いんだ。シュウは気にしなくていい」

「そうなんだ……」

そう言ったまま、シュウはまた黙ってしまった。

何と話しかけて良いのか悩んだけれど、でもきちんと話をしておかなければシュウはもう二度とアレクには会いたくないと思ってしまうだろう。
私は覚悟を決めゆっくりと口を開いた。

「……シュウ、悲しい想いをさせてしまってすまない。
でも、よく聞いてくれ。
アレクはシュウを嫌ったわけじゃない!
ただ……驚いてしまっただけなんだ」

そう、アレクは似ていると言っていた。
シュウが誰に、何に、似ているのか私にもよく分からないけれど、あのアレクがあれほどまでに驚くくらいだ。
よほどのことなのだろう。

「私も詳しいことはよくわからないんだが……話をする前にシュウに一緒にきて欲しいところがあるんだ」

「どこに行くの?」

「前に話していたトーマ王妃の日記が置いてあるかもしれない場所だ」

こんな形で私があの部屋に入る日が来るとは思っていなかったな……。

「でも、そこって……国王さましか入れないんじゃ……? いいの?」

「本来ならば許されることではないが……、今回は特別だ。アレクがどうしてもというのでな。シュウ、行ってくれるか?」


シュウが『うん』と言わなければこの話はこれで終わりだ。
シュウに無理強いなどさせられない。
だが、アレクがあれほどまでに動揺する理由が知りたいのだ。
シュウはいいと言ってくれるだろうか?

緊張しながらシュウを見つめていると、
『そこに連れてって』と言ってくれた。

きっと私の気持ちを慮ってくれたのだろうな、ありがとう。

2人でベッドから下り、寝室を出ようとするとパールが突然シュウの上着の中に入り込んだ。

私のシュウの身体に触れるなど許さないぞ!
必死になってシュウの服から追い出そうとしたけれど、『ヴゥゥー、ヴーッ』と怒った声をあげ一向に出てこない。

「外には出さないからこっそり連れて行っていい?
フレッド、お願い……」

リンネルはこんな悪戯はしないはずだ。
もしかしたらシュウに何かが起こると心配しているのか?
それならば連れて行かないわけにはいかないな。

シュウの上着の中にパールを隠したまま、部屋を出た。
部屋の前には警備のため近衛騎士が見張っている。
普段ならどんなことにも動じない騎士たちだが、シュウの黒髪を見て驚いて固まっている。
いろいろ言われるのは面倒だ、この隙にさっさと行ってしまおう。
シュウの手を引き、廊下を進んでいると、

「サヴァンスタック公爵さま、お待ちください。
我々も同行致します」

とついてきた。

「陛下に2人だけで行くように言われている。
ついて来なくていい」

そう言うと、彼らは素直に引き下がった。


城の中で誰も近づいてはいけない奥の部屋、それが例のあの部屋だ。
私はこの近くを通ることも許されていなかった。

歴史を感じさせるこの扉にシュウは圧倒されているようだ。

「シュウ、大丈夫か?」

「う、うん。フレッドもここに入るのは初めてなんだよね?」

「ああ、ここは国王しか入ってはいけない部屋だからな」

「本当に入っても大丈夫なの?」

「確認するためには仕方ないんだ、アレクから許可が出ているから大丈夫だ」

扉の前で2人で大きく深呼吸をすると、私はゆっくりと扉を開けた。

ギイっと重々しい音を立ててゆっくりと開いたこの扉はもう何年も開けていないように思える。
しかし、窓もないこの部屋は少し埃っぽい気がするが、何年も開けていないにしては小綺麗な印象だ。

周りには誰もいないがどこから見られてしまうかわからない。
内部を見られないように私は急いでシュウの手を取り中へと入って扉を閉めた。
恐らくこの辺に灯りの釦があるはずだ。
壁を手で摩ると、小さな尖りを見つけた。
そこをグイッと引っ張ると、部屋中にパーっと灯りがともった。

驚くシュウの声に目をやると、そこには壁一面に飾られたたくさんの肖像画があった。

「これって……」

「恐らく歴代の王と王妃の肖像画だな」

見覚えのあるその顔は私の両親の顔だ。
懐かしいな。
まだ若いその姿は多分、国王になったばかりの頃なのかもしれない。

「あっ、なら冬馬さんたちの絵もあるのかな?」

「恐らくあるはずだ。この辺のものは最近のだから、あるとすれば多分もっと奥だな」

年代順に並べられているとするならば、アンドリュー王とトーマ王妃の肖像画はこの近くにはない。
足元に気をつけながら少しずつ足を進めていく。

シュウに怪我をさせるわけにはいかない。
奥に何が待ち構えているのかも私にはわからないのだ。
先に調べておかなければと思っていたので、
シュウが『わかった』と返事をしてくれて安心した。

飾られている肖像画の下には金属板に年代と名前が書かれ貼り付けられていた。
これは探しやすくて良いな。
それを目印に進んでいくと、

【アンドリュー王、トーマ王妃】と書かれた金属板を見つけた。

いた!
顔を上げ、肖像画に目をやると、
そこには――――。

思いがけない出来事にあまりにも驚きすぎて大声でシュウの名を叫んでいた。

私の声に驚いたんだろう、駆けつけて来たシュウは私の背後にある肖像画に目をやって驚いた表情のまま、その場に凍りついた。

「えっ? これ……どういうこと? この人って……」

「……彼らが、あの偉大なるアンドリュー王とトーマ王妃だ」


シュウが信じられないといった表情で肖像画を見ている。

そうだろう、私も信じられない。

お二人の顔が私たちにそっくりだったなんて!!

「――似ているんだ、彼が――そして、お前も」

あの時、アレクがボソッとうわごとのように話していた言葉を思い出す。

「フレッド……」

「アレクが言っていたのはこのことだったんだ……」

「えっ? どういうこと?」

「シュウが……」


『キャウンキャウン』
アレクの話をシュウに聴かせようとしたその時、
上着の中にいたパールが突然暴れ始めた。

「な、なに? パールどうしたの?
落ち着いて!」

シュウが必死に落ち着かせようとしているのにパールがシュウの言うことに耳を貸さないなんておかしすぎる。
一体どうなってるんだ?!

パールは外へ出ようと暴れているわけではない。
シュウの上着の中で暴れているのは何か理由があるのか?

シュウはパールの力に負け、前のめりになり2人の肖像画へとぶつかりそうになった。
「わぁーーっ! ぶつかる!」

「シュウ!! あぶない!!」

壁にかけられた肖像画にぶつかりそうになるシュウを抱きとめることはできたが、勢いを止めることは出来ずに私たちはそのまま肖像画にぶつかった……

はずだが……、
強い衝撃が来るよりも前に突然肖像画の辺りから放たれた眩い光に包み込まれあまりの眩しさに私は目を瞑ってしまった、もちろんシュウを抱きしめたまま……。
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