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第三章 (王都への旅〜王城編)

花村 柊   10

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サヴァンスタックのフレッドのお屋敷を出発し馬車に揺られて10日目。

少し前からオルフェルとドリューの走る音が高い音へと変化した。
それが舗装のされていない道から石畳の道へと変わったからだと気づいた。
そのおかげで走りやすくなったようで、オルフェルたちのスピードが少し上がった気がする。

王都はもうすぐかな。
そう思っていると、

「シュウ、あの関所を抜けたら王都に入るよ」

フレッドが座席の前方にある小窓を開け、御者台から外を見せてくれた。

わぁ、少し離れているけれど真正面に大きく聳え立った壁がある。
あれが関所かぁ! すごいな!

歴史の教科書で見るようなものを自分が体験できるのが嬉しくて、小窓に近寄って眺めているとフレッドがさっと小窓を閉めてしまった。
馬車から身を乗り出したり小窓から覗いたりするのはあまり品の良いことではないらしい。

うー、確かにぼくもスペンサー先生にマナーは習ったから知ってはいるけれど、でも初めて関所なんか通るんだよ、見てみたいじゃない?

ぼくは気になって今度は馬車の横の窓から外を覗き込もうとしたら、『危ないから』と言って、後ろから抱きしめられた。

『こんな小さな窓から落ちたりしないよ』とフレッドに言い返しながらも抱きしめてくれるのが嬉しくてぼくはそのままでいた。

2人でくっついている間に馬車は止まることなく関所を抜けていった。

「あれ? 関所で止まらなくて良かったの?」

「ああ、この馬車を見れば私だとすぐにわかるからな。止められることなんかあるはずがないだろう」

と、当然のことのように話すフレッドを見て、
なんだ……そっか、そうだよね。
何せフレッドは元々王子さまなんだからと納得してしまった。

でも、もう少し関所を体験してみたかったな。
そんな子どもみたいなこと、フレッドには言えないけど……。


関所を通り抜けると、そこはさすが王都というだけあって、大きな建物が並んでいた。

煌びやかな街並みを歩いている人たちは髪の色も色とりどりで、赤や青、緑といったいわゆるこの世界でいう普通髪の人に紛れて、濃い色をした人たちもちらほら見える。
その人たちはとりわけ他の人の注目を浴びているみたいで嬉しそうだ。

髪も瞳も色が濃い方が美しいんだとフレッドに教えられて以来、気になって見てみるものの……
うーん、その人に似合っていれば良いとしか言いようがないんだよね。
ぼくは自分の黒髪よりフレッドの金髪の方が美しいと思うし、この世界好きなんだけど、この色で全て判断されちゃうところだけが、イマイチまだ納得できないな……。

まぁ、それはともかく、街はさすが王都だけあって活気があって楽しそう。露天も出ていてお祭りみたいだ。
ここをフレッドと一緒に歩けたら楽しいだろうな。

「ねぇ、このまますぐお城に行くの?」

「ああ、もう先触れは出してあるからな。王都は陛下に謁見のあと案内しよう」

「うん。楽しみだね。でも……」

ぼくには少し心配なことがある。
それが気になって仕方がないんだ。

「んっ? どうした、シュウ」

「……国王さまって、フレッドのお兄さんなんだよね?」

「ああ、そうだが……それがどうかしたのか?」

うーん、フレッドに話して嫌な気持ちになったりしないかな……?


「うーんとね……、あの、お兄さん……ぼくのことフレッドの……は、伴侶だって認めてくれるかな?」

『くっっ』

フレッドの腕に縋りながら聞いてみると、フレッドはすぐにぼくから目を逸らした。
うん、やっぱり……難しいのかな。くすん。泣きそう……。

「……やっぱり、だめだとか言われちゃう?」

「そ、そんなことあるはずがないだろう! 私とシュウは神に認められた仲だぞ。シュウ、わかってるだろう?」

「うん……。それはわかってるよ。
でも……ぼく……見た目もちっちゃいから子どもっぽく見えるし、何より貴族でもなんでもないただの庶民だから、お兄さん……あっ、国王さまにフレッドと釣り合わないとか言われたらやだなって……」

ぼくがそう言うと、フレッドは『ははっ』と笑って、腕の中に抱きしめてくれた。

「何を今さら……。釣り合うとか釣り合わないとか他人が決めることではないだろう。
こうやって私の中にぴったり収まるのはシュウしかいない。それに……私たちはお互いに愛し合っているのだから庶民だとか貴族だとか関係ないだろう」

「うん。フレッド、ありがとう」

フレッドの優しい言葉に、もしお兄さん国王さまに何か言われてもきっと守ってくれる、そんな自信が持てた。

2人でそんな言葉を交わしている間に馬車は王城の正門へと到着した。

正門には多くの警備兵が並んでいたけれど、特に止められることもなくすぐに

「サヴァンスタック公爵さま、どうぞお通りください」

と通された。

やっぱりフレッドだと分かると顔パスなんだ!
そんな人の伴侶がぼくだなんて本当に良いんだろうか? と途端にさっきフレッドに与えてもらった自信が揺らいできてしまう。

ゔーっ、緊張しちゃうな。

ぼくのそんな緊張をよそに馬車はお城の中へと進んでいった。

大きな玄関のような場所で馬車が停まった。

フレッドがぼくを抱き抱えて降ろすと、ぼくたちを待ち構えていたお城の騎士の方たちやメイドさんたちが一様に驚きの表情を見せ、その場に固まってしまった。

えっ? ぼく何か変だった?
ウィッグはつけてるよね?

サッと髪に手をやると、そこにはちゃんと青いウィッグがついていた。

ふぅ……大丈夫だった。
でもならなんで……?

と考えてまだフレッドに抱き抱えられたままだと言うことに気づいた。

ああーっ、これか……!

慌ててフレッドの腕から下りようとすると、

「シュウ、どうした? 部屋までは少し歩くからそのままでいたらいい」

「えっ? いやいや、そんなわけには……だって……」

と周りの人をチラリと見ると、フレッドもそれに気づいたのか

「ああ、気にしないで良い」

とぼくを抱き抱えたまま器用に髪を撫でてくれた。

「――――っ!」

その様子を見た騎士の方やメイドさんたちが息を呑むのがすぐにわかった。

「……いいの?」

心配でもう一度フレッドに尋ねたけれど、
フレッドは『いいんだ』と言って、目の前にいた騎士さんに

「早く部屋に案内してくれ」

と催促の言葉を口にした。

その言葉にハッと我に返ったらしい騎士さんは

「は、はい。こちらへどうぞ」

と中へぼくたちを誘導した。

ルドガーさんが

「陛下に拝謁する前にお召し替えを」

というので、ぼくたちは着替えのために客間へと案内された。

2人で部屋へ入ろうとすると、メイドさんに

「あ、あのサヴァンスタック公爵さまは別のお部屋をご用意しておりますのでそちらへご案内致します」

そう言われてしまった。

こんな広いお城でフレッドと別々の部屋なんてやだな……。
ぼくは無意識のうちにフレッドの服をきゅっと掴んでいた。

フレッドは『大丈夫だ』と言ってぼくの髪を撫でると、落ち着いた声でメイドさんたちに向き直った。

「彼は私の伴侶だ。伴侶が別々の部屋などあり得ないだろう。私たちは同じ部屋でいい」

「えっ? は、伴侶……えっ?」

ぼくとフレッドを交互に何度も見返して、その場に立ち尽くしたメイドさんと周りにいた人たちをその場に放置して、フレッドはぼくを抱き抱えたまま用意された部屋へと入った。

フレッドは部屋に置かれたソファーにぼくを抱き抱えたまま腰を下ろすと、

「来てすぐに嫌な思いをさせて悪かった」

と謝りながらぼくを抱きしめた。

「ううん。大丈夫だよ。ただ……歓迎されてないのかなと思って少し寂しかっただけ……」

「それは違う! シュウを歓迎していないのではなく、私がこんなに美しい人を腕に抱えて連れてきたからみんなが驚いただけなんだよ」

フレッドは優しいからそう言ってくれたけれど、ぼくは国王さまにお会いするのが心配でたまらなくなってしまった。

「シュウ、紅茶を飲んで気を落ち着かせよう」

フレッドの気持ちが嬉しくてぼくが『うん』と頷いたとほとんど同時くらいにルドガーさんが紅茶を持ってきてくれた。

本当に凄いな、ルドガーさん……。

「はちみつ紅茶をお持ちいたしました。こちらには疲労回復と癒しの効果がございます。どうぞゆっくりお召し上がりくださいませ」

紅茶の香り……ほんと、癒される……。

はちみつの甘さが身体全部に染み渡っていく、そんな気がした。

2人で紅茶を飲み、少し落ち着いたところで

「シュウ、着替えよう」

と言って、寝室に連れて行かれた。

寝室にはぼくたちがゆっくりと紅茶を飲んでいる間に大急ぎで荷物が2人分すでに運び込まれたようだ。
違う部屋を用意されていたからそっちに運んでいただろうに仕事が速いな。凄すぎる……。

フレッドのものは丁寧にクローゼットにかけられていたけれど、ぼくのはまだそのまま。
どうやらフレッドがぼくの分は自分でやると言い張ったらしい。

ふふっ。こういうところ可愛いんだよね。

2人で手分けしてぼくの荷物をクローゼットや棚にしまっていく。
こういう作業もフレッドと一緒なら楽しいと思えるから不思議だ。

フレッドが選んでくれた服に着替えていると、先ほど部屋まで案内してくれた騎士さんが
『準備が整いましたのでご案内致します』と迎えにきてくれた。

ああ、とうとうこの時が来た!!

フレッドが傍にいてくれるから大丈夫だと言い聞かせてはいるけれど、やっぱり緊張する……。
ぼくは緊張で胸が張り裂けそうになりながら、フレッドと共に謁見の間に向かった。

観音開きの大きな扉が開かれ、フレッドに手を引かれながら中へと進んでいくと、ぼくたちの立っている場所より一段高い場所に豪奢な椅子が置かれていた。

あそこに国王さまが座るんだ!
ぼくが国王さまに会えるなんてなんだかお伽話の世界みたいだ。


部屋の中央に進むとフレッドが立ち止まった。

ああ、こういう時は跪くんだったよね……。

ぼくはフレッドの真似をしながら、一緒にその場に跪き頭を下げたまま、国王さまが入ってくるのを待った。

少しして、奥の扉から国王さまが入ってきたようだ。
椅子に腰をかける音が聞こえた。

「フレデリック、久しいな。急に王都へ来るとの連絡に私も驚いたぞ」

これが国王さまの声。
まだ頭を下げたままだからどんなお顔かはわからないけれど、フレッドよりも少し低い落ち着いた声が聞こえる。
どんな人なんだろう……。フレッドに似てるのかな?


「はい。陛下。陛下におかれましては……」

「ああ、もうよい、。そんな他人行儀な物言いでは話も碌にできない。今この場ではただの兄弟として話せば良い。と言っても、お前は気にするのだろうな……。お前たち、呼ぶまで下がっていろ」

国王さまの指示に周りにいた騎士さんたちがさっと部屋の外に出て行って、この広い謁見の間には国王さまとぼくたちだけになった。

「お前は人の視線があるとなかなか自分を出さないからな。これならゆっくり話せるだろう」

「アレク、ありがとう」

フレッドは顔を上げて国王さまとお話ししているけれど、ぼくはまだ顔を伏せたままだ。

「それで……隣にいる子がお前の伴侶……いや、まだ婚約者か……。
其方そなた、まだ幼いようだが挨拶はできるか?
顔を上げよ」

突然ぼくに話を振られて身体をビクッとさせてしまうほど驚いてしまったけれど、ちゃんと挨拶しないと!
フレッドが笑われてしまう……。
それどころか、ぼくのことを認めてくれないかも……。

「シュウ、大丈夫か?」

フレッドが心配して声をかけてくれた。

ぼくは『ふぅ』と息を吐き、顔を上げ国王さまを見ながら口を開いた。

「お、お初にお目にかかります。
シュウ・ハナムラと申します。
あ、あのぼくは17歳で成人しています。
それで、あの……」

「シュウ……大丈夫だ」

何を言ったら良いのかわからなくなって口籠ってしまったぼくの手を、フレッドがそっと握って大丈夫だと声をかけてくれた。

「アレク、彼は王都に来るのも初めてで緊張しているんだ。そうやってあまりじっと見ないでやってくれ」

「ああ、わかっている。それにしても……彼の瞳は、黒か? それも美しい漆黒だ。こんな人間がこの世にいたとはな……」

なんだか全てを見透かされているような強い目で見つめられ、ぼくは国王さまから目が離せなくなってしまった。

「アレク、話さなければいけないことがあるんだが……シュウ、鬘を取ってくれるか?」

ぼくはフレッドの言葉に『うん』と返事をして、ウィッグのヘアピンを一つずつ外していった。

全部外し終えて、青い髪を取り正面にいる国王さまに目を向けた。

「――――っ!」

「彼は髪も漆黒なんだ。騒ぎになると思って、アレクに会うまでは鬘で隠してきたのだが……」

フレッドが説明しても、国王さまは何も言葉を発さない。
目を見開き、手で口を覆い隠し微動だにしない。

今まで驚かれることはあったけれど、身体を震わせるほど驚かれたのは初めてだ。
何も言わない国王さまが気になったのか、フレッドが

「アレク? どうしたんだ?」

と声をかけると、国王さまは『ガタッ』と椅子を倒すほどの勢いで急に立ち上がった。

「そ、其方……いや、※※※……」

何と言ったかわからないほど小さく呟いたあと、また手で口を覆い隠し、ぼくからパッと目を逸らした。

「ふ、フレデリック……悪いがお前と2人だけで話がしたいのだ。彼は部屋に戻ってもらえるか」

「はっ??」

そう言うと、驚くフレッドが返事する間もなくすぐに国王さまは騎士さんを呼んだ。

「彼を部屋にご案内・・・するんだ」

「はっ」

国王さまの指示でぼくの傍に騎士さんがやってくる。

「待て!! アレク、どういうことだ??」

フレッドはぼくの手を握りしめ、理由を国王さまに問いかけたけれど、
国王さまは騎士さんに『いいから早くお連れ・・・しろ』と言うだけで何も答えなかった。

フレッドは『私も一緒に戻る』と言ったけれど、
『ぼくは1人で大丈夫だから国王さまとお話ししてきて』と言い張って、騎士さんに連れられて先程の部屋へ戻ってきた。

「シュウさま、紅茶を召し上がりますか?」

ルドガーさんは1人で戻ってきたぼくを見て何かあったことに気づいたのか、そう優しく声をかけてくれたけれど、ぼくはそんな気になれなくて

「ごめんなさい……少し疲れたから横になりたくて……」

そう言って寝室へと入った。

ベッドにバタッと身を投げると、ふかふかのベットがぼくを優しく包んだ。
その柔らかさがぼくの悲しみを受け入れてくれたような気がして、ぼくは涙を流してしまった。

目も合わせてくれなかった。
きっとお兄さんに嫌われたんだ。
碌に挨拶もできないぼくがフレッドの伴侶だなんて許されなかったんだ。

でもどうしたら良い?
ぼく……もうフレッドと離れるなんてできないのに……。

『ふぇっ、えっ、えっ』

寝室の外にいるルドガーさんに聞こえちゃいけないと必死で涙を堪えようと頑張るけれど、なかなか止まってくれない。

『うぅっ、うっ……』

顔を布団に押し付け必死に声を押し殺していると、
ストっとベッドに何か下りてきた。
ペロペロと何かが頬に触れる、その感触でそれがパールだとわかった。

ルドガーさんが寝室にパールの寝床を用意していてくれたんだ……。

「……パールぅ……」

ぼくはパールが必死にぼくの涙を舐め取ってくれようとしてくれる姿がとても嬉しくて、ぼくは起き上がりパールを胸に抱きしめて、また泣いてしまった。

パールは鳴き声も上げず、ただぼくの腕の中でじっとぼくを見つめていた。

やっと涙が落ち着いてパールに話しかけた。

「ねぇ、パール……ぼく、フレッドのお兄さんに嫌われてしまったみたい」

『キュンキューン』

「そりゃあそうだよね、挨拶もちゃんとできなかったし……幼いって言われちゃったし、見るからに子どもだもんね」

自分で話しているだけで溜め息が出てしまう。

「あーぁ、ほんとにどうしたらいいんだろう……」

さっきのことを思い出すだけで涙が出てしまう。
その涙を拭い取る力もでないまま、ぼくはそのまま力なく横向きにベッドに横たわった。

しばらくすると、バタバタと廊下を駆け抜ける大きな音が聞こえ、扉を開ける音と共に

「シュウ! シュウ! どこだ?」

と叫ぶフレッドの声がする。

その声に驚いたのか胸に抱いていたパールはピョンと自分の寝床へと戻って行った。

ぼくが『ここだよ』と返事をするよりも前にフレッドは寝室の扉をバーンと開け、ぼくの姿を確認すると駆け寄ってきた。

「シュウ……悪かった。ああ、もうこんなに泣いて。
可哀想に……涙で目が腫れている」

フレッドはまだ目尻に残っていたぼくの涙を優しく指で拭いながら、

「ルドガー、急いで温かいタオルと冷たいタオルを用意するんだ!」

と声を荒らげた。
そして、手に持っていた青いウィッグをベッドに放り投げると、ぼくを優しく抱きしめてくれた。

「フ、レッド……ごめ……んなさい」

「シュウは何も悪くないんだ。謝らないでくれ」

「う、うん……ぼ、ぼくがちゃんと、でき……なかった、から……お、にいさんに……きらわれ、ちゃった……」

涙でしっかり話すこともできないぼくをフレッドはただぎゅっと抱きしめて、

「違うんだ、そうじゃないんだ」

そう言って、ぼくを優しく慰めてくれた。

温かいタオルと冷たいタオルを交互に目に当ててくれたおかげで、涙で腫れていた目も落ち着いてきた。

フレッドに横抱きに抱えられ、寝室のベッドに座ったまま、フレッドはぼくを抱きしめ続けた。

ふと目をやると、さっきフレッドが放り投げたウィッグが床に落ちてしまっている。

「ぼく……ウィッグつけるのも忘れてこの部屋に戻ってきちゃったんだね。ごめんなさい」

「いや、髪はもうアレクに見せた後だからこの城の中では隠さなくて良いんだ。シュウは気にしなくていい」

「そうなんだ……」

その会話を最後にぼくとフレッドの間に少し沈黙が続いたのは、さっきの国王さまとの出来事をなんと言って切り出せばいいのか、ぼくにはわからなかったからだ。

フレッドに抱きしめられたまま、どうしようか考えていると、フレッドがゆっくりと口を開いた。

「……シュウ、悲しい想いをさせてしまってすまない。
でも、よく聞いてくれ。
アレクはシュウを嫌ったわけじゃない!
ただ……驚いてしまっただけなんだ」

驚いた?
どういうこと?
ぼくが黒髪だったから?

「それってどういうことなの?」

フレッドの言っている意味がわからずに尋ねると、少し考え込んでから意を決した様子で口を開いた。

「私も詳しいことはよくわからないんだが……話をする前にシュウに一緒にきて欲しいところがあるんだ」

「どこに行くの?」

「前に話していたトーマ王妃の日記が置いてあるかもしれない場所だ」


『歴代の王しか入れないあの部屋の本棚に置かれているのかもしれない』

確かにあの時そう言っていた。
歴代の王しか入れない場所に何があるの?

「でも、そこって……国王さましか入れないんじゃ……? いいの?」

「本来ならば許されることではないが……、今回は特別だ。アレクがどうしてもというのでな。シュウ、行ってくれるか?」


ぼくは少し怖かったけれど、フレッドの困った顔を見ていたら口が勝手に『そこに連れてって』とフレッドに頼んでいた。

2人でベッドから下り、寝室を出ようとすると寝床にいたはずのパールがぼくの方に駆け寄ってきて、スポンとぼくの上着の中に入り込んだ。

「おい、パール! そこから出るんだ!」

フレッドが服から出そうとしていたけれど、

『ヴゥゥー、ヴーッ』と怒った声をあげ一向に出てこない。

「外には出さないからこっそり連れて行っていい? フレッド、お願い……」

そう頼むと、フレッドは『仕方ないな』と言って許してくれた。

上着の中にパールを隠したまま、フレッドと部屋の外に出ると、部屋の前に立っていた騎士さんたちがぼくの姿を見て『えっ?』と一瞬凍りついた。
フレッドはそんな騎士さんたちに見向きもせず、ぼくの手を引き歩き出した。

「サヴァンスタック公爵さま、お待ちください。我々も同行致します」

我に返ったらしい騎士さんがフレッドにそう話しかけたけれど、フレッドは

「陛下に2人だけで行くように言われている。ついて来なくていい」

と言って制した。

フレッドの案内でお城の端にある部屋へとやってきた。周りの部屋と違って見るからに古くて重厚な扉が緊張感を誘う。

「ここが……その部屋……」

小さなその扉が醸し出すあまりにも強い威圧感にぼくはゴクリと唾を飲み込んだ。

「シュウ、大丈夫か?」

「う、うん。フレッドもここに入るのは初めてなんだよね?」

「ああ、ここは国王しか入ってはいけない部屋だからな」

「本当に入っても大丈夫なの?」

「確認するためには仕方ないんだ、アレクから許可が出ているから大丈夫だ」

扉の前で2人で大きく深呼吸をすると、フレッドがゆっくりと扉に手をかけた。

最近は開けていなかったのだろうか、扉はギイっと重々しい音を立ててゆっくりと開いた。

窓もないらしいこの部屋は、今開けた  この小さな扉から差し込むほんの少しの明かりしか入っていない。
フレッドは部屋の中が外から見られないようにぼくの手を引きさっと部屋の中に入れると、すぐに扉を閉めた。
真っ暗闇の空間の中、フレッドが周りの壁にある部屋のスイッチを探しだし明かりをつけた。

「うわぁ……」

目の前に飛び込んできたのは壁一面に飾られたたくさんの肖像画。

「これって……」

「恐らく歴代の王と王妃の肖像画だな」

煌びやかな衣装に身を包み、威厳に溢れた王さまと柔かな笑顔の王妃さまの絵……。
写真のように精巧なその絵にぼくは感動していた。

「あっ、なら冬馬さんたちの絵もあるのかな?」

「恐らくあるはずだ。この辺のものは最近のだから、あるとすれば多分もっと奥だな」

シーンと静まり返った部屋の中をコツコツと靴音を響かせながら、ぼくたちは部屋の奥へと足を進めていった。

「シュウ、私は先に危ないものが無いか見てくるから、シュウはゆっくり歩いておいで」

ぼくが『わかった』と返事をすると、フレッドはホッとした顔をして先へと進んでいった。

キョロキョロと辺りを見ながら歩いていると右横に壺や花器などが並べられているのが見えた。

飾り棚?
そう思って覗き込むと下の方に本がいくつか並んでいるのが見えた。

これがフレッドが言ってた本棚なのかも知れない、しゃがみ込んで見てみるとそこに背表紙に何も書かれていない本があった。

もしかしたらこれが……?

それを手に取り、開こうとした時、
部屋の奥の方でフレッドの驚く声が聞こえた。

ああ、先に冬馬さんたちの絵を見つけたのかな? と思っていると、ただならぬ声で
『シュウ! シュウ!』とぼくを呼んでいる。

その声に驚き、ぼくは本を手に持ったままフレッドの元へと駆けつけた。

「どうしたの? フレッ……ド」

驚いた表情のフレッドの後ろの壁に飾られていた王さまと王妃さまの肖像画にぼくは目が釘付けになった。

「えっ? これ……どういうこと? この人って……」

「……彼らが、あの偉大なるアンドリュー王とトーマ王妃だ」


そんな……。
嘘でしょ……。

フレッドが見上げる肖像画にはぼくたち2人にそっくりな王さまと王妃さまが描かれていた。

フレッドにとって、アンドリュー王はご先祖さまだから似ていても不思議ではない。
でも、冬馬さんは……?
同じ日本人だからたまたま?
黒目黒髪だから似ているように見えるとか?

ううん、そんなわけない。

ただひとつ言えることは……、彼らはすごく幸せそうな表情をしているということだけ。

これは一体どういうこと?


「フレッド……」

ぼくは何と言っていいかわからずにフレッドに声をかけた。

「アレクが言っていたのはこのことだったんだ……」

「えっ? どういうこと?」

「シュウが……」

フレッドが話をしてくれようとしたその時、

『キャウンキャウン』
ぼくの上着の中にいるパールが突然暴れ始めた。

「な、なに? パールどうしたの?
落ち着いて!」

いつもならぼくの言うことをすぐに聞いてくれるパールがなぜか言うことを聞かずに上着の中で暴れまくっている。

あまりの力強さにパールのジャンプと共にぼくは前のめりになり、2人の肖像画へとぶつかりそうになる。

「わぁーーっ! ぶつかる!」

「シュウ!! あぶない!!」

パールの勢いを止めることができずにフレッドに抱きしめられたまま、ぼくたちは肖像画にぶつかった……

「わぁぁーーーっ!! 眩しい!!!」

その瞬間、ぶつかった痛みを感じるよりも前に、ぼくたちは突然肖像画から放たれた眩い光に包み込まれ目を閉じずにはいられなかった。
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