ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第三章 (王都への旅〜王城編)

フレッド   9−2

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翌朝、隣で寝ていたシュウが起き上がるような気配を感じて目を開けると、シュウの綺麗な瞳と目が合った。
寝る前に最後に見たのも私を見つめるこの瞳。
朝起きて一番最初に見るのもこの美しい瞳。
ああ、なんて幸せな朝なんだろう。

いつもよりかなり早い目覚めに『まだ早いぞ』というと、わたしとの旅が楽しみで目が覚めたなど朝から可愛いことを言ってくれる。
私も楽しみでたまらないぞ。

ところで私たちの朝の約束のものがまだだ。
シュウにさりげなく尋ねたがわかっていない様子。

「私との朝の挨拶を忘れるなんて、イケナイ子だな」

朝起きてすぐにシュウに口付けができるのも幸せだが、たまにはシュウの方から口付けしてくれても良いのだぞ。

「ふふっ。忘れてないよ。フレッドにキスしてもらいたくて待ってたんだから」

シュウはそう言って、私の唇に口付けをくれた。

「今日からずっとフレッドと一緒にいられるなんて幸せだよ」

ああ、私から口付けして欲しくて待っていただなんて……。
そして、私とずっも一緒にいられるのが幸せだなんて……。
シュウはどうしていつも私を喜ばせる言葉ばかり言ってくれるのだろう。
幸せすぎてついつい調子に乗ってしまいそうになる。
ああ、本当に愛おしくてたまらない。



朝食後すぐに出発しようとすると、マクベスがズンズンと近づいてきた。

「旦那さま。本当に王都への道中、従者をお付けしなくて宜しいのですか?」

「そのことについてはもう十分話しただろう。
私はシュウと2人で過ごしたいんだ!」

「シュウさまのお世話はどなたが……」

「シュウの世話は私がやるから大丈夫だ!」

そう、私がシュウの全ての世話をするんだ。
誰にもシュウを触らせたりしたくない。

そう訴えたが、マクベスは引き下がらない。
いつもなら私の意見をすぐに聞くと言うのに、シュウのこととなるとこの屋敷の人間は途端に頑固になる。
このままでは出発が遅れてしまう。

『仕方ない。連れて行くとするか。
その代わり1人だけだ』

結局私が折れて、そう言うとマクベスはすぐにルドガーに旅の支度の準備をさせた。
出発までに間に合わなければ置いていこうと思ったりしたが、どんな早技なのだろう……ひと月にも渡る長期旅行の準備だというのに、ルドガーはあっという間に準備を終わらせ、私とシュウが出かける時にはもうすでに荷物が運び込まれ外で待機していた。


「道中、どうかお気をつけてお過ごしくださいませ。何かありましたら、すぐに早馬をお呼びください。それから…………」


マクベスの終わりの見えない話を
『わかった、わかった』と言って途中で切り上げさせ、シュウと共に馬車に乗り込んだ。

「行ってきます!」

シュウは身を乗り出して、玄関に集まっていた使用人たちに見えるよう大きく手を振って別れを惜しんでいた。

見ると、シュウの目には涙が浮かんでいる。
私はそっとハンカチでその涙を拭った。

「寂しくなったか?」

「ううん、でも……お見送りしてくれる人がいるっていいなって思っちゃって」

「そうだな……。彼らは使用人ではあるが、シュウのことをとても大切に思っている。それは私の伴侶だからではないぞ」

そう、最初はシュウの美しさに怖気付く者もいただろう。
しかし、見目の良い悪いに関わらず、また身分にも囚われず、誰にも分け隔てなく挨拶し、お礼を言ってくれる……そんなシュウが来てくれてあの屋敷には笑顔と笑い声で溢れるようになった。

シュウが来る前の屋敷は、いつも暗く澱んでいた。
それは当主である私がいつも塞ぎ込んでいたから。
淡々と仕事を終わらせ、食事をし、眠るだけの毎日。
そんなところに笑い声など聞こえるわけがない。

シュウがそんな屋敷を明るく笑顔の溢れる場所にしてくれたんだ。
だから、みんな心からシュウのことを大切に思ってくれている。

ああ、あの時の自分に言ってあげたい。

私のことを心から愛してくれる人など現れない、結婚なんか諦めよう……そう思っていたあの時の自分に。

何の打算もなく、私を愛してくれる人が現れる。
そしてそれが唯一の人なのだと。

「フレッド……ぼく、嬉し……い」

シュウの涙を見ながら、私はただシュウを強く抱きしめ頭を撫で続けながら、シュウが私の元にやってきてくれたことに感謝していた。


シュウの涙が落ち着いたところで、シュウは最初の停車地について尋ねてきた。

今回行くところは港町。
魚が大好きなシュウのために私の気に入っている店に案内しようと思っている。

そういうと、シュウは『楽しみだな』と笑顔で言ってくれた。

こは、サヴァンスタック領地の中でも開発に力を入れたところで、そのおかげか周りの地域より豊かな生活をしている者が多い。
開発のためによく通っていたから、私の顔を見ても割と普通の対応をしてくれて、他の地域よりは過ごしやすいんだ。
まぁ、観光で訪れている人たちには嫌な顔される時もあるんだが、地元の者が窘めてくれるから助かってる……そう言ったらシュウは嬉しそうに笑った。

そんな話をしているうちに目的地についた。
抱き抱えて馬車を降りると、シュウは鼻をクンクンさせていた。

潮の香りを嗅いでいたのか。ふふっ、かわいいな。

食事が終わったら海岸を散策しようというと、目を輝かせて喜んでくれた。

シュウにはここでも町での時と同じように青いかずらをつけてもらっている。
アレクに紹介を終えるまではなんとか隠し通さないとな。
シュウのあの美しい髪を外で見られないのは悲しいことだが、仕方ない。
もうしばらくの我慢だ。

店へと向かう道すがら、シュウの方から腕を絡め
『恋人繋ぎ』をしてくれた。
周りから羨ましそうな視線を感じるのがなんと気持ち良いことか……。

店に着くと、ルドガーと店主であるアンナが立っていた。

私とシュウの姿を見て目を丸くしている。
この店に誰かを連れてきたことはただの一度もないから、驚くのは当然だな。

「ああ、あとで紹介しよう。先に部屋に案内してくれるか?」

「失礼致しました。どうぞ、こちらへ。
お足元にお気をつけくださいませ」

ここは部屋にゆとりを持たせたから、廊下が少し狭いが華奢なシュウとならば並んで歩くことができる。
私はシュウの細い腰に手を当て、部屋へと連れて行った。

扉を開けた途端、シュウは大きな窓から見える景色に大喜びの様子だ。

シュウが席に視線を向けた瞬間、ルドガーが動くのが見えた。シュウの椅子を引く気だと気づいて、私はそれを奪うようにさっとシュウの椅子を引いてやった。

そして、シュウの世話はしなくていい、そう目で訴えるとルドガーも私の意図を理解したらしく、すぐに扉の方へ踵を返した。

シュウが部屋を出て行くルドガーに視線を向けているうちに、引いた椅子を私の席に近づけて移動させておく。
これで、くっついて食事をすることができる。

「ふふっ。ありがとう」

嬉しそうに椅子に座るシュウを見ながら、私も隣に腰を下ろした。

シュウとアンナにそれぞれ紹介するとアンナはシュウの顔を覗き込むようにじっくり見た後で、わかりやすいほどに挙動不審になった。

「え……っ、あ、あの……ご、ご伴侶さま……?
って、えっ? 瞳が……黒!? わぁ、素敵!!」

「初めまして。シュウ・ハナムラです。ぼく、お魚大好きなので、お料理楽しみにしていますね」

「まぁ、まぁ、まぁ!!! なんということでしょう! 公爵さまにこんなに美しいご伴侶さまが!!
こんなに素晴らしいお話があるでしょうか!!!
今日はお祝いです! とびっきり美味しいお料理をお持ちしますので、しばらくお待ちくださいませ!!」

その場で踊り出しやしないかと思うほど、浮かれ切った様子で一息に捲し立てると、そのまま部屋を出て行った。

扉の向こうで
『リューイ! リューイ! お祝いだよー!』と叫ぶ声が聞こえる。

いつもは私ひとりで必要なこと以外は、特に話さないからな。アンナが驚くとあんなに騒々しくなるとは知らなかったな。ははっ。

「ふふっ。面白くて元気な人だね。旦那さんも同じようなタイプの人なの?」

「リューイは私と同じような金色の髪でな……王都にいた頃は周りから虐められていたらしい。
まぁ、私よりもっと黄色っぽくて私からすれば羨ましいくらいの髪だったがな。私がこのサヴァンスタック領を開拓するとなった時、王都から一緒に来てくれた人々の中にリューイもいたんだ。
心機一転、新しい場所で食堂を開く夢を叶えたいって言ってな。
サヴァンスタック領地の中でもここは手付かずの荒れ放題の地域だったから、山を切り拓いて畑を開墾したり、道路を整備するのも大変だったが、文句言わずに手伝ってくれて……やっと落ち着いた頃、リューイに食堂を出すならこの港町が良いって勧めたんだ。ここはこれから観光客が増えていくからって」

リューイは見た目で虐められていたせいか、内向的で口数も少ない男だが、料理の腕は言うことなしだった。
だから、観光客の期待できるこの地に出店するよう薦めたが、ここまで人気のある店になったのはリューイの努力とアンナの人柄の良さだろうな。

「へぇー。そうだったんだ。ここはこの前行った町よりも活気があるように見えるね」

「そうだろう。リューイを始め、みんなが頑張ってくれたんだよ」

「うん。そうだね。でも……一番頑張ったのはフレッドだよ。ただがむしゃらに開拓したって効果が出なければ意味がないもん。フレッドはちゃんと考えて開拓したから今こうやってこの地域が潤ってるんだと思う。みんなもそれがわかってるから、フレッドを外見なんかで判断しないんじゃないのかな。
アンナさんの態度でよくわかるよ。
フレッドが来たことを本当に喜んでたし、フレッドの幸せをお祝いしようって心から言ってたし。
そういうのって、嬉しいね」

「ああ、そうだな」

シュウはなぜ私の欲しい言葉を言ってくれるんだろう。

開拓を始めた時、最初は人は見た目ではなく、中身なんだ! と誰かに認めて欲しくて、
ただがむしゃらにやっていたのだが、一緒についてきてくれた者たちの気持ちに報いたくて、どうやったら発展していくかを必死で考えた。それこそ、寝る間を惜しんで……。
それが成功したと分かったのは、この地に住む者たちの私への態度の変化だった。顔を見て嫌悪する者はほとんどいなくなり、笑顔を見せてくれるようになった。それが本当に嬉しかったんだ。

ほんの少しアンナと言葉を交わしただけで、シュウはそれにすぐ気づいてくれた。
ああ、シュウ……やはりお前は私の唯一だ。
私の心の内を理解してくれる。

「シュウとここに来られて良かった」

涙をおさえて必死で紡いだ言葉にシュウも答えてくれた。

「うん、ぼくも。フレッドが頑張ってきたことを知れて良かった」

私は本当に幸せ者だ……。

「あ……っ、これ……」

アンナが運んできた料理を見て、シュウは絶句していた。
屋敷では出したことがない、シュウは見たことがないものがはいっているはずだ。それが苦手なものだったのだろうか?

「ご飯だぁーーー!!!」

シュウはご飯の入った器を手に取り、キラキラとした目で嬉しそうにご飯を見つめていた。

「シュウ、ご飯を知っているのか?」

「うん、ぼくが住んでいたところではご飯が主食だったんだ」

知らなかった……。
それならばシュウは今まで我慢していたんじゃないか?
主食が食べられずにいたなんて……。
私は大切なシュウがそんな辛い想いをしていたことにも気づかずに……ああ、なんて馬鹿なんだ、私は。

この国にあると思わなかったからと言っていたが、数ヶ月も主食を食べられずにいたんだ。
シュウに『好きなだけ食べると良い』と言うと、満面の笑みで喜んでいたのを見て、私の胸が少し痛んだ。

いつものシュウの2~3倍の食欲があったんじゃないかと思うほど、シュウはよく食べていた。

出会ったとき、あまりにも痩せていたシュウをお腹いっぱい食べさせて太らせようとしたが、シュウは屋敷ではおかわりをするほど食べなかった。
いつもお腹いっぱいだと話していたが、主食でなかったから食が進まなかったのではないだろうか?

飢えた者が食事をするように、とびきりの笑顔でご飯を頬張るシュウを見て、私は自分の不甲斐なさに呆れると同時に、シュウはご飯を見て望郷の念に駆られたのではないだろうか? という思いが頭をよぎる。

私はもうシュウを手放すことなどできないというのに、シュウが故郷を懐かしがって帰りたいと言われたらどうしたらいいのだろう……。

私がつらつらとそんなことを考えている間に、シュウは食事を終えて大満足の様子だ。

すると、そこに扉をノックする音が聞こえた。
返事をすると、アンナとリューイが連れ立ってやってきた。

「お、食事は、お口に……合いましたで、しょうか?」

俯きがちにおどおど話すリューイに、シュウは屈託のない笑顔で話しかける。

「リューイさん、今日のお食事、本当に美味しかったです。久しぶりに美味しいお米も食べられて、
ぼく、大満足でした。またフレッドに連れてきてもらいますね!」

自分に対してこんなにも明るく嫌悪感のない声で話しかけられたことに驚いたらしいリューイが顔をあげ、シュウを見た。

目が合ったと同時に、シュウはにっこりと笑って
『美味しいお料理ありがとうございます』とお礼を言った。

リューイはみるみるうちに顔を赤らめ、バタバタしながら尻もちをついて倒れてしまった。

急に倒れたリューイを心配して駆け寄ろうとするシュウの手を掴んで、『アンナ、助けてやれ』と声を掛けると、アンナは笑ってリューイをひっぱり起こした。

「ご伴侶さまが美しい方だからってあんたが真っ赤になってどうするの!あの方は公爵さまのものなんだからね!」

えっ?? 今なんて言った?

アンナにもう一度聞き返すと、

「あ、あのお方は公爵さまのものだと…」

そう言ってくれた。

「いや、シュウは公爵さまの……公爵さまのものか……いいな。それ」

そうだ、シュウは私のものだ。
誰にも渡したくない、いや、渡さない。
例え、帰りたいと言われても……。


「またこの地に来た時には寄ろう」

と声をかけると、『どうぞ、おふたりでお越しください』と言ってくれたアンナとリューイに返事をして、店の裏口から海へと向かった。

今日はいい天気だ。
穏やかな波の音が聞こえる。
しかし、私の心は吹雪が荒れ狂っているようだ。
シュウの心の内を聞きたい。
本心はどう思っているのかを聞きたくて、
でも、知るのが怖い。
私は一体どうしたいのか……。
それすらもわからなくなっていた。

砂浜に着くと、ルドガーが敷物を敷いて離れて行った。まだまだマクベスほどではないと思っていたが、だいぶ気が利くようになってくれたな。

「シュウ、座ろう」

先に座り、隣に座ろうとするシュウを制して、私の膝の上に横向きで座らせた。
腕の中にシュウがいる、それだけで荒れていた心が少し落ち着いてきた。

私の腕の中にすっぽりと入ったシュウが、私の胸に寄りかかってきた。
シュウの重みを感じられる、それが幸せなのだ。
その幸せを噛み締めていると、シュウが口を開いた。

「ここに連れてきてくれてありがとう。久しぶりにお米を食べられて懐かしかったよ」

「そうか、懐かしかったか……。
なぁ、シュウ……。故郷を思い出して帰りたくなったりしてないか?」

シュウの驚いた瞳が私を見つめる。
その純粋な瞳を見ながら自分の思いを話すことが出来なくて、隠れるようにシュウの胸に顔を埋めた。

「悪いが……シュウが帰りたいと言って、もし帰れる方法が見つかったとしても……私は絶対に手放せないんだ。
私はもうシュウ無しでは1秒たりとも生きていけない。シュウが毎日でもご飯が食べたいなら、ここから取り寄せて毎日でも食べさせよう。ここに住みたいなら、時間がかかっても、この地に屋敷を持とう。服でも宝石でも本でも、欲しいものはどんなものでも手に入れよう。シュウのためならどんな願いでも叶えてあげたいんだ。
でも……帰りたいという願いだけは聞いてあげられない。
私の我が儘を……許してくれ」

シュウのことを思うなら、シュウの願いを叶えるべきなんだ。
それでも、シュウと離れれば私は生きる糧を失ってしまう。
どうか、どうか私の我が儘を許してくれ。

シュウから私を哀れむような声が聞こえる。
それでも伝えさせてくれ、私の想いを聞いてくれ。

「シュウと過ごす日々が長くなればなるほど、離れたくない気持ちがどんどん増えてくるんだ。
シュウにはずっと私の傍で笑っていて欲しい……」

私はシュウの背中に手を回し、強く抱きしめたまま恥も外聞も全て捨て去り、何度も何度も
『離れたくない、傍にいて欲しいんだ』と繰り返し言い続け、シュウに縋った。



「帰りたい……」

シュウの口から一番聞きたくない言葉が聞こえてしまった。
信じたくなくて、

「えっ?」

と聞き返した。



「帰りたい……以外の願い事なら、本当に絶対叶えてくれるの?」

シュウは私の目を見つめながら、そう問いかける。

「あ、ああ! 勿論だ! 
シュウの願いならなんでも。
手の平よりも大きな宝石でも、
サヴァンスタックの領地……
いや、オランディアの領地でも、
永遠の命でも、
どんなことをしてでも願いは叶えよう」

それでシュウが私の傍に居てくれるのなら、どんなことだって叶えてみせる。


「なら……、ぼくの願いは…………」


シュウは何を願うのだろう。
緊張しすぎて心臓が張り裂けそうだ。



「一生をフレッドと一緒に歩んでいきたい。それだけだよ」


えっ?? い、今何と言ってくれた?
心臓の音が大きすぎて、聞き間違いをしてしまったのだろうか?


「どんなに価値のある大きな宝石もフレッドがいなくちゃ、ぼくにはそこらに落ちてる石と同じだ。
広大な土地を手にしたって、永遠の命をもらったって、フレッドが隣にいなかったら、何の意味もないんだよ。
元の世界だって同じだ。
懐かしいとは思うけど……フレッドがいない世界になんて何の興味もないよ。

ねぇ、フレッド……。
願いは絶対に叶えてくれるんだよね?

だったら、お願い……。

『ぼくは、一生をフレッドと共に歩んでいきたい』

いいよね?」


万人が欲しがるであろう手の平よりも大きな宝石より、
この世界の大国であるオランディアの領地より、
永遠の命よりも

私と共に歩むことがシュウの願い…………。


シュウは本当に欲が無さすぎる。
どんな価値のあるものも私がいなければ意味がないなどと言ってくれるなんて…………。
こんな喜びがあっていいのだろうか。

シュウ……シュウ……。
ああ、私はなんて馬鹿だったのだろう。

シュウはいつでも私を見てくれているというのに……。
自分の弱さ加減に涙が出る。
自分の愚かさに腹が立つ。

私もいい加減、強くならねば。

よし。私も大国オランディアの血を引く男だ!!
神に誓おう。

シュウを敷物に座らせ、大きく深呼吸をし
片膝をつき右手を胸に当て、左手をシュウに向けた。

「シュウ……
このオランディア王国、
唯一神  フォルティアーナの名において、
私、フレデリック・ルイス・サヴァンスタックは
今、ここに誓う。

私は、ハナムラ・シュウを心から愛し、
命が尽きるまで、いや、この命が尽きようとも
ハナムラ・シュウと共に在り続ける」


シュウは何と答えてくれるだろう……。
シュウを見つめると、シュウの漆黒の瞳から宝石のような涙が一粒、二粒と頬を伝う。

「シュウ……」

永遠の誓いなどシュウには重すぎただろうか……。
本来なら、神の泉で永遠の誓いを交わすはずだったのだが、シュウにどうしても伝えたくて気持ちが先走ってしまった。

困らせて悪かった……そう言おうと思ったら、
シュウが私の左手を両手で握ってくれた。

「ぼくも誓うよ。ぼくの全てはフレッドと共にあることを」

ああ、やっぱりシュウは私が欲しいと思う言葉を口にしてくれるんだな。

私は嬉しくて、シュウをぎゅっと強く抱きしめ
『ありがとう、愛してるよ』と耳元で何度も何度も繰り返した。

シュウに口付けをしたい……そう思って、シュウを見つめると、シュウはそっと目を瞑ってくれた。

同じ気持ちだと思うだけで、心が躍る。

蕩けるように柔らかいシュウの唇に自分のそれを重ね合わせ、甘い唇の感触を楽しむように何度も下唇を啄んでいく。

シュウの輝く瞳で至近距離で見つめて欲しい……その想いでゆっくりと唇を離すと、シュウの目がもっと口付けをしてと強請っているように見える。

ああ、シュウの願いならなんでも叶えるよ。

私は嬉しくなってシュウを敷物に押し倒そうとした。

すると、突然シュウが顔を真っ赤にして手で覆い隠した。

「どうした、シュウ?」

「フレッド、外じゃ……は、恥ずかしいよぉ」

「何を今さら……」

「だって……ル、ルドガーさんにも……きっと見られてる……」

ルドガーなど気にしなくてもいいのに……。

「ならば、馬車へ戻ろう。馬車の中ならいいだろう?」

そう尋ねると、シュウは小さく頷いた。
それならば、すぐに馬車に戻ろう。
シュウと愛を交わすのだ!

私はすぐにシュウを抱き抱えて立ち上がり馬車へと戻った。
繋ぎ場(馬車を停めておく場所)に戻ると、
荷馬車の前でヨハンとラルクが難しい顔をしている。

「どうした? 何かあったのか?」

「旦那さま。ヨハンがこの荷馬車の中から物音がすると申しております。失礼ですが、シュウさまのお荷物を確認させていただいても宜しいでしょうか?」

「シュウの荷物を? いや、いい。私が確認しよう。シュウ、ちょっと待っていてくれ」

シュウを下におろし、荷物を調べて行く。

「ですが……旦那さま、危のうございます」

「シュウの荷物をお前たちに触らせる訳にはいかない。そこで見ていろ」

ルーカスたちが押し黙ったところで、せっせと荷物を調べて行く。
そして、左奥にあった荷物を引っ張り出すとそこから何か音が聞こえて来るのに気づいた。

「ここから音がしているようだな。
シュウ、この荷物に見覚えはあるか?」

「あ、うん。それはローリーさんに頼んで作ってもらった焼き菓子が入ってる籠だよ」

んっ? この重さ、焼き菓子などではないな。
もしや、何か危険な物でも?
ないとは思うが、慎重に開けることにしよう。

「菓子にしては物音が聞こえるな。
シュウ、開けるぞ」

ゆっくりと籠を開けた瞬間、何かがシュウのいる方へと飛んでいった。
もしや……?

「えーーっ? パール? なんで?!」

『キュンキューン』
シュウの胸に抱かれ、驚くほどにご機嫌な様子で尻尾をブンブン振っている。

やはり……。
『はぁーー』やられたな……。

「リンネルは神使と言われるだけあって、元々賢い動物なのだ。恐らく、シュウがいなくなることを察知して荷物に紛れ込んだんだな」

はて、どうするか……。

「旦那さま、ラルクに屋敷に連れて帰らせますか?」

「そうだな……。それがいいか」

「はい。シュウさまが大切になさっているリンネルですので、お屋敷で保護しておくほうが宜しいかと存じます」

じゃあ、ラルクに頼もうかと思ったその時、
シュウがパールを腕に抱いたまま、上目遣いに私を見つめる。

「フレッド……パールも連れて行っちゃダメかな?」

『ぐぅっっ』

私たちの子であるパール(←ちがう、ちがう!)を
胸に抱き、小首を傾げ上目遣いに私を見つめる目はうるうると潤んでいる。

そのあまりにも愛らしいシュウの姿に身悶えてしまう。

くそっっ、こんなの断れるわけがないだろう。

ああ、今シュウの目を見たらその場で襲ってしまいそうだ。

目を逸らし、一生懸命息を整えていると、

「フレッド?
………………………………ねえ……ダメ??」

私の腕に縋って、先ほど以上の可愛い姿でおねだりしてくるその甘やかな声が、閨の時のシュウのあの淫らな姿を一瞬にして思い起こさせた。


その瞬間、ルドガー、ラルク、ヨハンの3人が揃って、その場に崩れ落ちた。

あいつらシュウの声を聞きやがったな!

声を荒らげようかと思ったその時、ルーカスが

「お前たちは何やってるんだ!!」

と3人を叱り飛ばしている。

ルーカスのおかげでシュウに怒鳴り声を聞かせずに済んだな。助かった。

お前たち3人は後でお仕置きだぞと睨みつけると、3人は一瞬にして顔を強張らせた。


私はシュウに向き直り、

「そ、そうだな。考えてみれば、シュウのいないあの屋敷にパールを置いておくのも心配であるし、一緒に連れて行くか」

と声をかけた。

「ほんと!!! フレッド、ありがとうーー!
大好き!!」

シュウは私の言葉に大喜びして、抱きつき頬に口付けをしてくれた。

周囲にいる者たち全てが羨ましそうに私を見ている。
さっきのルドガーたちの怒りはどこへやら、
私は喜色満面の笑みで

「じゃあ、そろそろ出発するか」

と言って、シュウを抱き抱え馬車に乗り込んだ。
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