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第三章 (王都への旅〜王城編)

閑話 ルドガー  私は石になる

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「旦那さまとシュウさまが王都に行かれるそうだ」

サヴァンスタック公爵家 筆頭執事のマクベスさんから、ある夜突然伝えられた。

「ルドガー、お前がおふたりの旅に同行することになるだろう。いつでも同行できるように準備をしておくように。いいな」

「はい。しかしながら、本当に突然ですね。何か王都に急用でもあるのですか?」

「私にも理由はわからないが、それをお前が知る必要はない。いいか、余計な口出しはせず、準備をしておくように」

「はい。かしこまりました」

私は与えられている自室に戻り、旅の準備を始めた。

私はしがない男爵の三男であった。
赤い髪に青い瞳の私は、ごく普通の容姿。
まぁ、平たく言えばどこにでもいるありふれた男だ。

こんな私に縁談などくるはずがない。
その上剣術には、とんと自信がなく騎士にはなれないと自分でわかっていたので、行儀見習いとして王城に奉公に上がった。

いずれは侯爵家や伯爵家で筆頭執事にまで上り詰めることができれば……なんて大いなる野望を思い描いていたが、まさか第二王子であったフレデリックさまのお目に留まるだなんて、何たる僥倖!!!

私のなにをお気に召していただけたかは分からないが運良く従者見習いとしてフレデリックさまのお世話をさせていただくことができた。

一緒に行儀見習いで王城へ入った者たちの中には、見目の悪いフレデリックさまのお目に留まった私を貧乏くじをひいたなどと揶揄する者もいたが、私はフレデリックさまのお側仕えができたことは自分の一生の運を使い切るほどの幸運だったと思っている。

フレデリックさまが王位を放棄され、公爵となられて、サヴァンスタック領に行かれることになった時も私のことは手放そうとされなかった。そのことは私の一生の自慢になるだろう。

フレデリックさまはサヴァンスタック領の開拓に尽力し、10年というあまりにも短い期間でサヴァンスタック領を王都にも引けを取らない都市に作り上げた。

私はといえば、この公爵家で筆頭執事のマクベスさんの指導を受け、フレデリックさまの従者兼副執事として充実した毎日を過ごしていた。
こんなにも素晴らしいフレデリックさま……今は旦那さまとお呼びしている……にご伴侶さまが現れないことだけが目下の心配事であるが、私如きが関知できる内容ではない。

ただ、心の中で旦那さまに良い人が現れるよう日々願うだけだ。

そんなある日、突然旦那さまがご伴侶さまをお連れになった。
遠くアルフィジアから嫁がれてきたらしい。

マクベスさんはご存知だったようだが、私には何のお話もなかったことに少し寂しさを感じてしまったのは私の心のうちに秘めておこう。

ご伴侶さまのシュウさまは、漆黒の髪に漆黒の瞳という類い稀なる美少年であった。

こんなに見目麗しい方が旦那さまのご伴侶になられるなど……最初は旦那さまはもしや騙されているのでは……などと思ってしまったが、
おふたりのご様子を近くで拝見していると、あまりにも相思相愛なお姿、お食事も食べさせあったり、何かあるごとに抱き抱えられたりと特に旦那さまからの過剰なスキンシップにこちらの方が恥ずかしくなってしまう。

しかも、この過剰なスキンシップが最近更に糖度を増しているのだという。
政務中はなんとか我慢されているらしいが、おふたりでお過ごしの時はシュウさまを片時も離そうとされない。

なぜなら旦那さまとシュウさまは唯一のお方だったからだ。それがお分かりになってからというもの、シュウさまは毎日旦那さまに愛されてらっしゃるようで、お会いするたびに色香が漂っていらっしゃって、私のような独身男には目の毒なのである。


そんなおふたりが王都へ行かれるという。
もしかしたら、旦那さまはアレクサンダー王にシュウさまを婚約者としてご紹介されるために行かれるのだろうか。
シュウさまがアレクサンダー王に惹かれることは、旦那さまに対するご様子から有り得ないだろうが、アレクサンダー王があのお美しいシュウさまに心奪われることは十分に考えられる。

旦那さまのお幸せのためにも何としてでもそれだけは阻止しなければ!
私はそんな想いを胸に旅の準備を終わらせた。

しかし、旅の日程が迫ってきても旦那さまからは何のお話もいただけなかった。

マクベスさんにもお尋ねしてみても、
『わからないが用意だけはしておけ』の一点張り。
このまま、旅への同行は無くなるのではないだろうか。


そんな心配の中、とうとう出発当日の朝を迎えた。
結局旦那さまからは何のお話もいただけなかった。

悲しみに打ちひしがれた思いで厩舎で荷馬車に積み込まれた旦那さまの旅支度の最終確認をしていると、突然マクベスさんが駆け寄って来られた。

「ルドガー、今日からの旦那さまとシュウさまのご旅行にお前が同行することになった。旅の支度はできているな? 早く自分の荷物を荷馬車に積み込んでおくように!」

早口でそう話すと、マクベスさんは屋敷の中へと戻っていった。

えっ? 今なんて言った?
旅に同行? 

やったーーー!!!

よし、私が全身全霊でおふたりのお世話をするぞ!

そして、旦那さまのお大切なシュウさまを狙う輩から身を挺してでもお守りするのだ!

そう心に誓い、私は急いで自分の荷物を荷馬車へと運び込んだ。



無事に屋敷を出発し、最初の目的地である港町に着いた。

ここで旦那さまとシュウさまは昼食を召し上がる。

馬車が停まるとすぐに店へと走った。

「アンナ! アンナ!」

「ああ、ルドガーさん。久しぶりですね」

「今から旦那さまが来られる。いつもの部屋を用意して貰えるか?」

「はい。もちろんです」

シュウさまのお話はしておくべきか?
いや、旦那さまご自身で紹介されるに違いない。
とにかく、もてなしだけを頼んでおくか……。

「いつも以上に丁重なもてなしを頼むぞ」

「かしこまりました」

急いで部屋を準備してもらい、店の外に向かうとおふたりがちょうど店に到着されたところであった。

ふぅ、間に合った。

アンナはシュウさまに気づかれたようだが、ご紹介は部屋でなさるようだ。

おふたりの後ろから私も部屋へついていく。

シュウさまはこのお店が大層気に入られたご様子だ。旦那さまも嬉しそうだ。

シュウさまが席にお座りになる……椅子を引かなければと身体を動かした途端、旦那さまがさっとシュウさまの椅子を引かれた。

「ルドガー、ここは私がやるから良い。お前もルーカスたちとここで食事をしておけ。この後、宿泊所まで食堂はないぞ」

眼光鋭くそう言われ、身体がぶるっと震えるのがわかった。
ああ、シュウさまの椅子を引くことすら私は触れてはならないのだ。
あまりの恐ろしさにシュウさまのお世話は旦那さまに全てお任せしようと心に決めた。

「はい。旦那さま。ありがとうございます。すぐ近くの席におりますので、何かございましたらすぐにお呼びください」

「ああ、わかった」

「失礼致します」

部屋の扉を閉めると、ふーーっと大きな溜息をついてしまった。

旦那さまのシュウさまへの愛情の深さはわかっているつもりだったが、あれほどまでに嫉妬心を剥き出しにされるとは思っても見なかった。

その後、ルーカスさんたちと食事をしたが美味しい料理なのに先程の恐怖を思い出してしまい、味はあまりわからなかった。

食事を終えると、旦那さまとシュウさまは海へと行かれた。

あっ、お座りになる……急いで敷物を持って行った。

その後はおふたりの邪魔にならないように、遠くで仕えていたが旦那さまがシュウさまに誓いのポーズをされている姿が見えた。

ああ、これは絶対にみてはいけないやつだ!
そう直感的に感じた私は、五感全てを自身で封鎖し先程の誓いのポーズの記憶も頭から抹消した。


旦那さまがシュウさまを抱き抱えられ
馬車へと向かわれるその気配だけを必死で感じ取り、敷物を拾い上げ、おふたりの後ろから馬車へと戻った。


そのまま出発かと思われたその時、荷馬車にあるシュウさまのお荷物から何やら物音がするという。
ルーカスさんが確認するという声を退け、旦那さま自らシュウさまのお荷物を確認された。

物音のする荷物を探し当てられた旦那さまがその荷物を開けられた途端、飛び出してきたのは
シュウさまがお世話をされているリンネル!

お屋敷では、シュウさまがお世話をされていることもあって迫害など絶対にされないリンネルだが、屋敷の外では大問題になる。
何せ、真っ白なリンネルなのだから。

旦那さまはラルクに命じてリンネルをお屋敷へと連れ帰らせることだろう……。

そう思っていると、シュウさまが

「フレッド……パールも連れて行っちゃダメかな?」

と上目遣いに鈴のなるような可愛らしい声で旦那さまにおねだりされている。

うわっ、これはダメだ……。
シュウさま、お可愛すぎる……。
見てはいけないと思っても目が離せない。

シュウさまのあまりの可愛らしさに一瞬にして顔が赤くなってしまったのが自分でもわかった。

これを旦那さまに知られるわけにはいけないと慌ててシュウさまから目を逸らしたが、あの可愛らしいおねだりが頭から離れない。

旦那さまはこんなお可愛すぎるおねだりを間近でご覧になって耐えられるのだろうか?

そっと、おふたりのご様子を拝見してみると、


「ねえ……ダメ??」

シュウさまが旦那さまの腕に縋って、可愛らしく再度おねだりをされているところを目の当たりにしてしまった。

何なのだろう、あの上目遣いの破壊力は……。
それに可愛らしい指先でそっと腕に縋るなど……
そして、あの声!!

閨でのおねだりを彷彿させるあの声色と言葉。

『ねぇ……ダメ??』『ダメ??』『ねえ……』
頭の中で何度も繰り返されると一気に自分の中心が昂るのがわかった。

ああ、もうダメだ!!
天に向かって聳え立った自分の昂りを抑えることはができない。

私は膝から崩れ落ちた。

と、同時にヨハンとラルクも膝から崩れ落ちたのはおそらく私と同じ理由だろう。

私たちが揃いも揃って情けない格好でしゃがみ込んだ途端、ルーカスさんの

「お前たちは何やってるんだ!!」

という怒声が飛んでくる。

旦那さまからもぎろりと恐ろしい形相で睨まれる。

あまりの恐怖に身体が震え、天に向かって聳え立った昂りは跡形もなく縮こまった。


ひと月にも渡る旅はまだ始まったばかり。
早くも私の心は折れそうだが……無事に最終日を迎えられるよう、これ以上旦那さまの逆鱗に触れないように全神経を集中させなければいけない。

なによりもシュウさまのお可愛すぎる言動を出来るだけ耳にも、目にもしないよう気をつけなければ……。

そうだ、私は石になろう。
どっしりと構え、何事にも動じない石としておふたりにお仕えするのだ!




しかし、シュウさまの

『ねえ……ダメ??』

の甘やかな声は永遠に私の心を捉えて離れそうにない。
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