ひとりぼっちのぼくが異世界で公爵さまに溺愛されています

波木真帆

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第三章 (王都への旅〜王城編)

花村 柊   9−2

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翌朝、ウキウキしすぎていつもより早い時間に目覚めた。

窓の外を見ると、雲ひとつない晴天だ!
フレッドもぼくも日頃の行いが良いからかな。ふふっ。

隣で寝ているフレッドを起こさないようにそっと身体を起こすとすぐにフレッドは目を開けた。

「あっ、ごめん……起こしちゃった?」

「どうした? まだ起きるには早いぞ」

「うん、フレッドとの旅が楽しみで目が覚めちゃったの」

「そうか……。それは嬉しいな。
ところで、シュウ……何か忘れてないか?」

「えっ?」

「私との朝の挨拶を忘れるなんて、イケナイ子だな」

そう言ってフレッドは、ちゅっと唇を重ね合わせた。

「ふふっ。忘れてないよ。フレッドにキスしてもらいたくて待ってたんだから」

そう言って、ぼくもフレッドの唇にちゅっと重ね合わせてから、

「フレッド、おはよう。今日からずっとフレッドと一緒にいられるなんて幸せだよ」

笑顔いっぱいに伝えると、フレッドも嬉しそうに

「ああ、本当だな。全ての時間がずっとシュウと一緒だなんてこの上ない喜びだ!」

と満面の笑みで抱きしめてくれた。

朝食後、マクベスさんがフレッドの傍に寄ってきて

「旦那さま。本当に王都への道中、従者をお付けしなくて宜しいのですか?」

と念を押しにきた。

どうやら、フレッドは今回の旅で出来るだけぼくと2人でいたいがために、護衛の人以外の同行を取りやめたらしい。

まぁ、ぼくはここに来てメイドさんのいる生活に慣れてきたとはいえ、つい何でも自分でやろうとするから、いなくても大丈夫かもしれないとは思うけれど、確かに公爵さまであるフレッドに従者が付かないのは心配なのかもしれないな。

「シュウさまのお世話はどなたが……」

「シュウの世話は私がやるから大丈夫だ!」

マクベスさんの言葉に被せるように食い気味に言っているが、マクベスさんと何度か会話を繰り返すうちにやはり1人は連れて行った方がいいかとフレッドが折れて、副執事のルドガーさんがこの旅に一緒についていくことになった。

マクベスさんは筆頭執事だからこの屋敷を空けることはできないらしい。
ルドガーさんもすごい執事さんだから、安心なのだけど。

「道中、どうかお気をつけてお過ごしくださいませ。何かありましたら、すぐに早馬をお呼びください。それから…………」


と心配症なマクベスさんからたくさんの注意事項? を受けてから、玄関先でマクベスさんを始め、シンシアさん、メリルさん、その他、たくさんの使用人さんたちにお見送りを受けながら、ぼくはフレッドと共に馬車に乗った。

もちろん乗る前にオルフェルとドリューにも挨拶したよ。すごくご機嫌な様子だったから、頼もしい限りだ。

「行ってきます!」

身を乗り出して、手を振って挨拶をすると馬車が少しずつ動き出した。

使用人さんたちもみんな手を振って応えてくれたのがなんだかとても嬉しくて、少し涙ぐんでしまったのを目敏いフレッドにすぐ気づかれて、柔らかなハンカチで涙を拭ってくれた。

「寂しくなったか?」

「ううん、でも……お見送りしてくれる人がいるっていいなって思っちゃって」

「そうだな……。彼らは使用人ではあるが、シュウのことをとても大切に思っている。それは私の伴侶だからではないぞ」

「えっ?」

「みんながシュウのことを心の底から好きだから、ああやって心配して、見送ってくれるんだ」

フレッドの言葉が嬉しくて、ぼくはたまらなかった。
ここに来て数ヶ月経つけど、時々あの頃のことを思い出す。
バイト先のお客さんで優しい言葉をかけてくれる人もいたけれど、ずっとぼくは孤独を感じてた。
家族もなくたったひとりで何のために働いているのか、何のために生きているのかさえ分からない毎日の中で、日々のちょっとした幸せも見つけられずにいたあの頃……。

あの時の自分に言ってあげたい。

もう君はひとりぼっちなんかじゃないよって、
心の底から心配して、優しい言葉をかけてくれる人がたくさんいるんだって、教えてあげたい。

そして、君のことを君以上に愛してくれる人が現れるからってそれまでの辛抱だよって教えてあげたい。

「フ、レッド……ぼく、嬉し……い」

涙で言葉にならない声を必死に紡いで、フレッドに言うと、フレッドは何も言わずにただ抱きしめて頭を優しく撫で続けてくれた。



オルフェルとドリューの軽快な足取りで馬車は最初の目的地へと着いた。

昼食を目当てに立ち寄ったここは、綺麗な港町。

ここの地域はサヴァンスタック領地の中でも海に近い特性を利用して、フレッドが積極的に道路を整備したり、ホテルを建てたりしたお陰でリゾート化が進み、国内外から観光客が訪れているので、周りの地域と比べても比較的余裕のある生活をしている平民が多い……とスペンサー先生の授業で教わっていたところだ。

窓から外を覗いてみると、なんだかみんな生き生きとした表情をしているように見える。

余裕のある生活ができるのもフレッドが率先してこの地をリゾート地にしてくれたお陰だと感謝をしている人たちが多く、見た目で嫌悪されることは少ないらしい。
まぁ、この地に来ている観光客には変な目で見られることもあるらしいんだけど、その時はお店の人や周りの人がたしなめてくれるから有難いんだ……フレッドは馬車の中でそう話していた。

そっか。フレッドが過ごしやすい地域があるんだ、
ちゃんとフレッドの頑張りを認めてくれている人たちもいるんだと思ったらすごく嬉しかった。

馬車を降りると、ふわっと潮の香りが鼻腔をくすぐる。

「ほんとに海が近いんだね」

「ああ、食事が終わったら海岸を散策しようか」

「わぁー、楽しみ!」

フレッドから王に謁見するまでは、黒髪は見せない方がいいと言われていたぼくは、この前町に行った時と同じ青い髪のウィッグをつけている。

これを付けるといつもの自分と違う感覚になれるからか、せっかくの機会だしと、フレッドと外でもいちゃいちゃしたくなってくるから不思議だ。

ぼくはフレッドと腕を絡め、恋人繋ぎをしながらフレッドの勧めるお店へと向かった。

うん。周りの人がフレッドを見ているけれど、町で感じたような嫌悪感はほとんど感じられない。
むしろ、フレッドが来ているのを喜んでいる人もいる。
ここの人たち、良いなぁ。

先にルドガーさんがお店に話をつけに行ってくれていたからか、店の前に店員さんが立って待っている。

「アンナ、久しぶりだな」

フレッドがアンナと呼んだこの女性は、少しぽっちゃりでにこにことした笑顔が印象的な優しそうな人だ。

「はい。公爵さま、最近お越しいただけませんで、夫共々寂しくしておりました。今日はお越しいただき、光栄でございます。まぁ、今回はお連れさまもご一緒でございますか?」

アンナさんの目がキラキラと輝いている。
うん、この人も良い人そう!

「ああ、あとで紹介しよう。先に部屋に案内してくれるか?」

「失礼致しました。どうぞ、こちらへ。
お足元にお気をつけくださいませ」

そういうと、すぐに個室へと案内された。
フレッドは部屋に着く間、ぼくの腰に手を当ててエスコートして連れて行ってくれた。

部屋に入ってまず飛び込んできたのは開放感のある大きな窓。目の前にはコバルトブルーの海が見える。雲ひとつない青い空に、青い海、そして、海岸線に並ぶカラフルな家の外壁。
まるで絵画のような絶景を見ながら昼食が食べられるのかと思うと心が躍る。

「うわぁ、綺麗な景色! お部屋の雰囲気も良いし素敵なお店だね。ここにはいつも立ち寄るの?」

「ああ、ここはすぐ目の前の海で獲れた魚を出してくれるから気に入っているんだ。シュウも気に入ってくれたら嬉しい」

ルドガーさんがぼくの椅子をひいてくれようとしたのを遮って、フレッドが椅子を引いてくれた。

「ルドガー、ここは私がやるから良い。お前もルーカスたちとここで食事をしておけ。この後、宿泊所まで食堂はないぞ」

「はい。旦那さま。ありがとうございます。すぐ近くの席におりますので、何かございましたらすぐにお呼びください」

「ああ、わかった」

ルドガーさんは『失礼致します』と言って、部屋を出て行った。

フレッドは引いてくれた椅子をちゃっかりフレッドの隣の席に移動させたのが見えておかしくて少し笑いが溢れた。

「ふふっ。ありがとう」

気づかないフリをして、席に座るとフレッドは嬉しそうに隣の自分の席に座った。

「シュウ、彼女はこの店の経営者の1人でアンナという。夫の方はまた後で紹介しよう。
アンナ、こちらは私の伴侶になるシュウだ。
今日はここの料理をシュウに食べさせたくて連れてきた。美味しい料理を頼むぞ。リューイに伝えておいてくれ」

「え……っ、あ、あの……ご、ご伴侶さま……?
って、えっ? 瞳が……黒!? わぁ、素敵!!」

「初めまして。シュウ・ハナムラです。ぼく、お魚大好きなので、お料理楽しみにしていますね」

「まぁ、まぁ、まぁ!!! なんということでしょう! 公爵さまにこんなに美しいご伴侶さまが!!
こんなに素晴らしいお話があるでしょうか!!!
今日はお祝いです! とびっきり美味しいお料理をお持ちしますので、しばらくお待ちくださいませ!!」

アンナさんは終始興奮しっぱなしで息継ぎもなしに早口で話したかと思うと、あっという間に部屋を出て行った。

扉の向こうで
『リューイ! リューイ! お祝いだよー!』と叫ぶ声が聞こえる。

嵐が過ぎ去った後のように部屋は一瞬シーーンとなったものの、ぼくもフレッドは顔を見合わせてプフッと吹き出した。

「はっはっ。よほど驚いたらしいな。あんなに慌てているアンナを見たのは初めてだ」

「ふふっ。面白くて元気な人だね。旦那さんも同じようなタイプの人なの?」

「リューイは私と同じような金色の髪でな……王都にいた頃は周りから虐められていたらしい。
まぁ、私よりもっと黄色っぽくて私からすれば羨ましいくらいの髪だったがな。私がこのサヴァンスタック領を開拓するとなった時、王都から一緒に来てくれた人々の中にリューイもいたんだ。
心機一転、新しい場所で食堂を開く夢を叶えたいって言ってな。
サヴァンスタック領地の中でもここは手付かずの荒れ放題の地域だったから、山を切り拓いて畑を開墾したり、道路を整備するのも大変だったが、文句言わずに手伝ってくれて……やっと落ち着いた頃、リューイに食堂を出すならこの港町が良いって勧めたんだ。ここはこれから観光客が増えていくからって」

観光客の人たちはこの綺麗な街並みを見て、ここが手付かずの荒れ放題だったなんて信じられないだろうな。

リューイさんにこの地を勧めたフレッドに先見の明があったことは確かだけど、それを信じてここにお店を開いたリューイさんもフレッドを信用してたってことだよね。
そんな信頼関係があるって素敵だな。

「へぇー。そうだったんだ。ここはこの前行った町よりも活気があるように見えるね」

「そうだろう。リューイを始め、みんなが頑張ってくれたんだよ」

「うん。そうだね。でも……一番頑張ったのはフレッドだよ。ただがむしゃらに開拓したって効果が出なければ意味がないもん。フレッドはちゃんと考えて開拓したから今こうやってこの地域が潤ってるんだと思う。みんなもそれがわかってるから、フレッドを外見なんかで判断しないんじゃないのかな。
アンナさんの態度でよくわかるよ。
フレッドが来たことを本当に喜んでたし、フレッドの幸せをお祝いしようって心から言ってたし。
そういうのって、嬉しいね」

「ああ、そうだな」

フレッドはそれだけ言うと、ぼくを抱きしめて

「シュウとここに来られて良かった」

と、涙ぐんだ声でそう言った。

「うん、ぼくも。フレッドが頑張ってきたことを知れて良かった」

2人で顔を見合わせて笑った。

それからしばらくして、アンナさんが料理を運んできた。
その中にぼくはあるものを見つけて驚いた!

「あ……っ、これ……」

目の前にあるのはお醤油。
そして、何よりも目につくのは……キラキラと艶めく白米ご飯

「ご飯だぁーーー!!!」

何ヶ月ぶりだろう。
しかも、こんなにツヤツヤでふっくらと炊き上がったご飯は今までに見たこともないくらいの綺麗で食欲をそそる。

「シュウ、ご飯を知っているのか?」

「うん、ぼくが住んでいたところではご飯が主食だったんだ」

「なっ? そうだったのか……。知らなかった。
言ってくれれば屋敷でも出したのに」

「この国にお米があるって思わなかったから……。そうか、この国にもあったんだ! すごいな」

ぼくの目がご飯に釘付けになっていることに気づいたんだろう。
フレッドは『好きなだけ食べると良い』と笑って言ってくれた。

新鮮なお魚にお醤油をつけて食べる。
コリコリとした食感に感動して、パクっとご飯を食べる。

ああこんな時、自分が日本人だったと痛感する。

久しぶりに食べるお米は本当に美味しくて、他にも煮付けや天ぷらをおかずにパクパクと食べ尽くした。
驚くほどのぼくの食欲にフレッドがご飯のお代わりを頼んでくれて、もうお腹がいっぱいになってきていたけれど、1人分の土鍋に炊き立てのご飯がほかほかと炊き上がっているのを見てそれも全部食べてしまった。

お腹が張り裂けてしまいそうなほど食べてしまったぼくは大満足に食事を終えた。
食後のデザートまではお腹に入れられず、残念に思っているとフレッドが馬車の中で食べられるように頼んでくれた。

フレッド、本当に優しい。

ふぅとひと息ついていると、ドアをノックする音が聞こえた。
アンナさんとリューイさんが来てくれたのだ。

「お、食事は、お口に……合いましたで、しょうか?」

元気でハキハキしたアンナさんとは対照的にオドオドした話し方なのが、彼の今までの人生を物語っているような気がした。
彼も金色の髪で虐められていたとフレッドが話していたもんね。
でも、こんな美味しい料理を作ってくれた彼にはどうしてもちゃんとお礼を言わなくちゃ!

「リューイさん、今日のお食事、本当に美味しかったです。久しぶりに美味しいお米も食べられて、
ぼく、大満足でした。またフレッドに連れてきてもらいますね!」

元気よくそう答えると、リューイさんは俯いていた顔を上げてくれた。

目があってから、にこにこと笑顔でもう一度
『美味しいお料理ありがとうございます』とお礼を言うと、リューイさんは顔を真っ赤にして、

「えっ? あ……あの、えっ……と、イタッ」

バタバタしながら後ろ向きに何歩か進んだかと思ったら尻もちをついて倒れてしまった。

「えっ? だ、大丈夫ですか?」

駆け寄ろうとしたぼくの手をフレッドが掴んで、

「アンナ、助けてやれ」

そう言うと、アンナさんは笑ってリューイさんを抱き起こしていた。

「もう、何やってんの! ご伴侶さまが美しい方だからってあんたが真っ赤になってどうするの!
あの方は公爵さまのものなんだからね!」

「おい、アンナ!」

「ああっ……失礼致しました」

「いや、そうではなくて……今なんて言ったのだ?」

「えっ? あ、あのお方は公爵さまのものだと……。ああっ、ご伴侶さまをもの呼ばわりして申し訳ございません……」

「いや、シュウは公爵さまの……公爵さまのものか……いいな。それ」

「???」

アンナさんには聞こえていないようだけど、
隣にいるぼくにはぶつぶつと小声で何度も呟いているのが聞こえる。

フレッド……ちょっと怖いんだけど……。
また何か変なこと考えてるでしょ。
まぁ、そういうところが可愛いからいいんだけど。
ふふっ。

アンナさんとリューイさんに御礼を言って、店を出た。

お店の裏口から海に出られるらしく、フレッドに案内してもらって海へと向かった。

ザザーッ、ザザーッと穏やかな波の音が聞こえる。
海を見るなんていつぶりだろう。
誰もいない大きな大きな海を見ながらフレッドと歩いていると、世界が2人だけのものになったような錯覚に陥る。

綺麗な砂浜に着いた時、ルドガーさんがススッと現れ、柔らかな敷物を敷いてから少し離れたところに戻って行った。
いつも思うけど、フレッドの使用人さんたちってなんでこんなに気が利くんだろう。本当不思議だ。

「シュウ、座ろう」

ふかふかの絨毯のような敷物に足を乗せ、そのまま座ろうとすると、座ったフレッドに横抱きされた状態で腕の中に抱き込まれた。
最初は恥ずかしかったこの体勢も、今ではすっかりベストポジションになってしまっている。

暑すぎない太陽の光が心地良い。
何も語らずとも、青い海と穏やかな波の音を聞いているだけで心が落ち着いてくる。

ぼくはフレッドの胸に頭を乗せて寄りかかった。

「ここに連れてきてくれてありがとう。久しぶりにお米を食べられて懐かしかったよ」

「そうか、懐かしかったか……。
なぁ、シュウ……。故郷を思い出して帰りたくなったりしてないか?」

「えっ?」

フレッドの言葉にびっくりして顔を上げると、入れ替わるようにフレッドはぼくの胸に顔を埋めるように俯いた。

「悪いが……シュウが帰りたいと言って、もし帰れる方法が見つかったとしても……私は絶対に手放せないんだ。
私はもうシュウ無しでは1秒たりとも生きていけない。
シュウが毎日でもご飯が食べたいなら、ここから取り寄せて毎日でも食べさせよう。
ここに住みたいなら、時間がかかっても、この地に屋敷を持とう。
服でも宝石でも本でも、欲しいものはどんなものでも手に入れよう。
シュウのためならどんな願いでも叶えてあげたいんだ。
でも……帰りたいという願いだけは聞いてあげられない。
私の我が儘を……許してくれ」

フレッドの声が震えている。
震えながらも、一生懸命言葉にしようというフレッドの気持ちがうかがえる。

ぼくが懐かしいと言ったから、きっと不安になったんだろう。

何度も『好きだよ』と言葉を掛け合っても、キスやそれ以上のことをしても、いつかぼくが心移りすることを心配しているんだろう。

それは今までいろいろな人から心ない侮蔑の眼差しを向けられてきた、ある意味トラウマのようなものかもしれない。

「フレッド……」

ぼくは何と言葉をかけていいのかわからなかった。


「シュウと過ごす日々が長くなればなるほど、離れたくない気持ちがどんどん増えてくるんだ。
シュウにはずっと私の傍で笑っていて欲しい……」

フレッドはぼくを抱きしめたまま、何度も何度も『離れたくない、傍にいて欲しいんだ』と繰り返し言い続けた。

今ここできちんと言わなければ、フレッドのトラウマを解消することはできないかもしれない。
ぼくは、心を決めた。



「帰りたい……」

「えっ?」

ぼくの言葉にフレッドは勢いよく顔を上げた。

「帰りたい……以外の願い事なら、本当に絶対叶えてくれるの?」

ぼくはフレッドの目を見つめながら聞いてみた。

「あ、ああ! 勿論だ! 
シュウの願いならなんでも。
手の平よりも大きな宝石でも、
サヴァンスタックの領地……
いや、オランディアの領地でも、
永遠の命でも、
どんなことをしてでも願いは叶えよう」

「なら……、ぼくの願いは…………」

ぼくの真剣な声に、表情に
フレッドは固唾を呑んでぼくの言葉の続きを待っているようだった。



「一生をフレッドと一緒に歩んでいきたい。それだけだよ」


そう、それがぼくの願い。ありのままの気持ちだ。


「どんなに価値のある大きな宝石もフレッドがいなくちゃ、ぼくにはそこらに落ちてる石と同じだ。
広大な土地を手にしたって、永遠の命をもらったって、フレッドが隣にいなかったら、何の意味もないんだよ。
元の世界だって同じだ。
懐かしいとは思うけど……フレッドがいない世界になんて何の興味もないよ。

ねぇ、フレッド……。
願いは絶対に叶えてくれるんだよね?

だったら、お願い……。

『ぼくは、一生をフレッドと共に歩んでいきたい』

いいよね?」

ぼくが話す言葉を噛み締めるようにフレッドは静かにずっと話を聞いていた。
そして、涙をぽろぽろと流しながら、ぼくを敷物の上に座らせた。

そして、気持ちを落ち着かせるように息をふぅといた。

片膝をついて右手を胸に当て、左手をぼくに向けた。

これはオランディア王国の誓いのポーズだ。

「シュウ……
このオランディア王国、
唯一神  フォルティアーナの名において、
私、フレデリック・ルイス・サヴァンスタックは
今、ここに誓う。

私は、ハナムラ・シュウを心から愛し、
命が尽きるまで、いや、この命が尽きようとも
ハナムラ・シュウと共に在り続ける」

ザザーッザザーッという波の音が掻き消されるほどに、フレッドの誓いの言葉はぼくの頭に、心に、深く刻み込まれた。

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