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第二章 (恋人編)

フレッド   7−2

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これからすぐに出かけようというと、ただでさえ、宝石のように美しいシュウの目がキラキラと輝き始めた。

本当は1日中連れ出してあげたいが、何が起こるか分からないから今回は午前中だけだ。
今回次第では、次はもっと長く連れ出してあげられるからな。待っていてくれ。

これからすぐ出かけられることが相当嬉しかったようでシュウの方から抱きついてきてくれた。

ああ……なんたる僥倖だろうか。
もう離さないぞ。

せっかくのシュウからの抱きつきを楽しんでいたというのに、マクベスが声をかけたせいでシュウが離れてしまったではないか。

恥ずかしがるシュウにもう一度座るように声をかけると、少しまだ顔が赤らめたまま、それでも私の隣に座ってくれた。
シュウの温もりが伝わってくるほどの近さにシュウがいてくれることが嬉しい。

ルーカスが今日の警護について、我々のそばについて警護すると伝えていた。
本当は別に5名ついてくるのだが、それだけは絶対にシュウには知られてはいけない。

本当ならばシュウは私と2人だけで行きたいと望んだのだ。
シュウは怒っていないかと思ったが、我々に警護が必要なことを理解してくれた。

シュウの弾けるような笑顔と共に、外へ出かけることとなった。



「うわぁ、眩しい!」

屋敷の玄関扉を開けた瞬間、シュウがそう叫んだ。

今は一年のうちでも最も陽射しの強くなる時期だ。
それに加えて、シュウは久しぶりに外へ出るのだから尚更だろう。
日の光に煌めく髪がいつもの漆黒でないことが悔やまれるほど、シュウは日の光がよく似合っていた。

おや? 白く艶めく肌が光に当たって、赤く染まり始めている。

ああ、この国の光はシュウには強すぎるのだろうか?
このままではシュウの美しい肌が焼けてしまう……。

シュウが深呼吸をし始めたのをみて、この国の気候がシュウに合わないのかと心配になったが、シュウはにこりと笑って私の腕に手を掛けて優しく引っ張った。

こういう仕草が可愛いんだよな、シュウは。


シュウが慣れない馬車移動を快適に過ごせるように我がサヴァンスタック家所有の馬車の中でも一番大きく、頑丈な物を用意させた。

シュウは歩いていくつもりだったのだろう。
馬車で行くというと少ししょんぼりしたように見えた。
本来なら歩いても行けるのだが、今回はシュウが一緒だ。
少しでも危険は排除しておかなければな。

シュウの手をとり、席へと座らせる。
この席には弾力性のある敷物を十分に敷いているので、痛くなることはないだろうが、私は敢えてシュウを私の膝の上に座らせた。

1人で座れると言い張るシュウに私の上にいた方が外の景色を見られるぞと理由をあてがい、そのまま膝の上に乗せたまま馬車は町へと進んでいった。

シュウは馬車窓から見える外の風景を『わぁ』とか『すごい』と声をだしながら楽しんでいる。

私は私で背中からシュウを抱きしめられる幸せと、首筋からほんのり香るシュウの匂いに心を奪われ、うなじを舐めたい衝動と必死に抗いながら同じ時間を楽しんでいた。

だんだんと町へ近づいたんだろう。
建物が増えてきたと思った時、シュウが外の景色を見ようとしたのか窓から身を乗り出そうとした。
シュウの小さな身体が窓の隙間から落ちてしまうのではないかと本気で怖くなり、腕の力をぎゅっと強めた

危ないぞと注意すると、ごめんなさいと素直に謝るシュウが可愛かった。

膝の上で大人しく外を見始めたかと思ったら、シュウは突然私の方を振り返った。

「ねぇ、フレッドも馬に乗れるの?」

「ああ、勿論だ」

まぁ、この国では乗れない男を探す方が難しいだろうな。

「すごい! 今度ぼくも乗ってみたいな。馬に乗れるって格好良いよね」

格好いい?
今、ルーカスを見て格好良いと言ったのか?
ルーカスより、私の方が上手いのだぞ!

ああ、失敗した……。
今日は馬車ではなく、シュウを私の馬に乗せれば良かった。
そうしたら、きっとシュウは私を格好良いと言ってくれたのに……。

まだルーカスを目を輝かせて見ているシュウの頬を両手で挟み自分の方に向かせた。

今度は馬に乗って少し遠出しよう! と言う私の食い気味の提案に引かれるかもしれないと思ったが、シュウは嬉しそうに『うん』と返してくれた。

よし、次の外出は馬で遠出だ!
身体も大きくて安定感のあるアンジーにしようか、
それとも持久力があって温厚な性格のラリーがいいか、うーん、従順で人懐っこいエイベルもいいな。

シュウにはどのが合うだろうな……。

そんなことをつらつらと考えているうちに、町の入り口に着いた。
シュウが馬車の段差から落ちたりしないように、手を引いてゆっくりと降ろす。

シュウは少し離れたところに見える町並みをみて、感嘆の声をあげた。

シュウが人の多いところに行ってみたいと言うのでシュウの身体を抱き寄せながら町の中心へと歩き出した。

少し歩いたところで、突然シュウが肩に回していた私の腕をさっと外した。

えっ……。

そうか。
やはり、シュウも私とくっついて歩くのは嫌なのだな。
周りの視線に気づいたのか。
傷つくな! シュウと外出を決めた時からそうなることはわかっていたではないか。

しかし、そうだとはいえ愛するシュウから距離を取られるのは辛いものだな……。

一瞬にしていろいろな思いが巡っていたが、シュウは突然私の腕に絡みつき、肩を抱いていた時よりももっともっと密着して歩き始めた。

ええっ?

シュウは私が嫌になったわけではなかったんだ!
ああ、シュウ!
ほんの一瞬でもシュウを疑ってしまったこと、私は自分が許せないくらいだ。
本当に申し訳ない。
私はシュウの手を一生離さないぞ。

シュウから絡めてくれた腕の温もりを感じながら、シュウの歩くスピードに合わせてゆっくりと町へと歩き進めた。

シュウが嬉しそうに見つめてくれたから、私も嬉しくて笑顔を返した。
相手がシュウだから、そんな他愛もないことがなによりも幸せなんだな。


「ねぇ、フレッドはここで買い物したことあるの?」

「いや、ないな」

「ふふっ。じゃあ、2人で初めてだね」

初めて……。
またシュウの初めてを手に入れることができた。
そして、私もシュウに初めてをあげられた。
こうやって、2人の想い出がどんどん増えていくんだな。

シュウは気になる店を見つけたのか、ルーカスに行ってもいいかと許可をとる。
シュウのための外出なのだから、ルーカスの許可など得る必要などないのに、いつもシュウは周りを気遣う。
もっと甘えてくれていいのだぞ。

「お前の好きなところに行くと良い」

そういうと、シュウは嬉しそうにフルーツを売っているマシューの店へと歩を進めた。

「いらっしゃ………」

ここは商業地区、言うなれば庶民の台所だ。
そんなところに私が現れたのだから、マシューが驚くのも無理はない。

声をかけようかと思っていると、
先にシュウがマシューに問いかけた。

「あの、今の時期いちばん美味しい果物はどれですか?」

マシューは私の顔から、声が聞こえたシュウの方へと視線を移すと、

「えっ? ひ、瞳が……く、黒?」

マシューはそう呟いたまま微動だにしなくなった。

「あの……?」

シュウがもう一度声をかけると

「ひぃ……っ」

悲鳴のような声をあげ、後ろへ倒れそうになったところをさっとルーカスが支え、ゆっくりと下に座らせていた。

こんなに漆黒の瞳をしている者に出会えることなど一生に一度あるか無いかの幸運なのだから、この反応も当然か。

「おい、マシュー。大丈夫か?」

「フレッド、この人知り合いなの?」

「ああ、商売をしているものなら大体の名前はわかるさ」

我が領地内のことなど知っておくのがここを治めるものとしての義務だと思っていたのだが、そんなに尊敬の眼差しで見つめられると照れてしまう。
シュウは本当に私を煽てるのが上手いな。

マシューはようやく我にかえったようでスクッと立ち上がった。

「あ、あの申し訳ございません。サヴァンスタック公爵さま。今日はなぜこんなところにお越しくださったのですか?」

「私の伴侶が町を見たいというのでな、案内に来たのだ」

私の伴侶……ああ、いい響きだ。
早く大々的に発表したいものだな。

「えっ? で、ではこの方がご伴侶さまでいらっしゃいますか?」

先日の視察の際に領民たちに伴侶の話をしたが、すでに町では相手の容姿について有りもしない噂が出回っているとデュランが話していた。
その噂の伴侶がこれほどまでに美しいとは、恐らくマシューも思っていなかっただろうな。

マシューにシュウの質問に答えるよう言ったのだが、何の質問をされたかさえも覚えていないようだ。
そこまで驚くとは……まあ、マシューの気持ちもわからんでもないな。

シュウは呆れることもなく優しくもう一度質問を繰り返した。

今の時期なら苺とオレンジだろうな。
すると、マシューはシュウに試食しないかと持ちかけた。

フルーツという物の特性上、普段は試食などという奉仕は有り得ないのだが、マシューはよほど自分の店の物をシュウに食べてもらいたいらしい。
マシューの店の果物は鮮度も良く、きっとシュウも気にいることだろう。

「ありがとうございます」

ああ! シュウがいつもうちの使用人に対して御礼を言うようにマシューに言ってしまった。
使用人はだいぶ免疫がついてきたから落ち着いてはきたが、間近でみるシュウの笑顔の破壊力は相当なものだ。

マシューもやられてしまった……。

顔を見たこともないほどに真っ赤にして、その場に蹲ってしまったのだ。

シュウは心配そうな顔をしているが、シュウが何か手助けすれば、マシューは更にやられてしまうだろう。

マシューのことは気にしないでいいと言ってやるとシュウは少し気にしながらもで手に持った苺を口に入れた。

シュウが食べる姿はなんとも唆られるものがある。

この姿を見せたくないなと思っていると、

「フレッドも食べて。ほら、あーん」

シュウは苺をひとつ私の口に近づけてきた。

シュウが手ずから私の口へ……。
シュウの口に入った串が私の口へ……。

ああ、苺とはこんなに甘やかで美味なものだったか?

「ねっ、美味しいでしょ?」

『ぐぅっっ、シュウは何もかもが可愛いすぎる』

「んっ? フレッド何か言った?」

あんな上目遣いで美味しい? と聞かれたら……
私はすぐに閨を想像してしまう。

いけない、いけない。
こんな邪なことばかり考えていては!

なんとか邪な考えを振り払おうとマシューにここの苺とオレンジあるだけ買おうと言ったのだが、シュウに食べられる分だけ! と可愛らしく叱られてしまった。
これもまた嬉しいものだな。

ルーカスに手頃な量を買うように指示をしておいた。
これで、今日の夜にはまた苺が食べられる。
シュウに食べさせてもらうことにしよう。
楽しみだな。

シュウに次はどこに行きたいかと尋ねると、前にお土産で買っていった焼き菓子の店に行きたいという。

『ぐぅっっ、この上目遣い……相変わらず破壊力が強すぎる。絶対にシュウひとりでは外に出せぬな』

「ねぇ、フレッド? だめ?」

小首を傾げてこんな縋るような可愛い眼差しで見つめられて、だめだと言うわけがないだろう。
すぐにでも抱きしめて、ベッドに押し倒したくなるほどだ。
シュウの行きたいところ、どこへでも連れて行ってあげよう。

そう言ってやるとシュウは絡めた腕をぎゅっと抱きしめ、嬉しそうに店へと向かった。

ああ、シュウとくっつきながら歩くというのは本当に楽しいものだな。
周りの嫌な視線も全て忘れて、シュウだけを感じられる。

以前、あの焼き菓子を買いに来た時、店員がそう言っていた。
いつか一緒に来られたらいいと願っていたが、こんなに早く願いが叶うとは嬉しい誤算だ。

ただ、この店は庶民が多い。
貴族は私の顔を見慣れている者も多いだろうが、なかなか会う機会のない庶民たちは嫌悪感を抱くものもいるだろう。

私といることでシュウが嫌な目に遭うことがなければいい……そう思いながら店内へと入った。

応対してくれたのは先日焼き菓子を買う時に話をした店員だった。
シュウのために何を選んだらいいかわからなかった私に、ゆっくり時間をかけて真剣に考えてくれた彼女の対応が嬉しくて、あの時に内緒だと言って美しい伴侶であるシュウの話をしたが、今回連れてきたのがあの時話した伴侶だと気づいたらしく、ハッと目を見開きすぐに人目の少ない席へと案内してくれた。

これで他の客の視線を気にすることなく、シュウとの時間を楽しむことができる。
何も問わず、嫌悪感を出すこともなく、その対応をしてくれた店員の優しさが私には有り難かった。

それでも、周りから不躾な視線が刺さる。
その視線の多さに気づいたのか、シュウが店内を見回した。

すると、店内の至る場所から

『見て、あの子……瞳が黒だよ』
『すごーい、初めて見た!』
『あれ、本物?』
『あんな子と付き合えたら最高だよな』
『てか、なんであんな美人が金髪の男なんかと一緒にいるの?』
『おれ、声かけてみよっかな』
『お前、茶色だからイケるんじゃねぇ?』
『あんな金色に比べれば、誰でもイケるっしょ』
『でも、あの子貴族じゃない? すごい服着てるよ!』
『本当だ! こんな庶民のお店に珍しいよね』
『金髪の方、顔見えないな。どこの誰だろう?』
『こんな庶民の店に連れてくるんだから、上級貴族じゃないだろう』
『たしかに!ハッハッ』

などという不快な声が聞こえてくる。
シュウにはあまり聞こえていないのがせめてもの慰めだ。

せっかくシュウとの外出なのだから、シュウが楽しく過ごしてくれればいい。
シュウが嫌な思いをしないように、私はシュウだけを見続けていた。すると、シュウもまた同じように私を見つめてくれる。
どちらともなく笑みが溢れる。
それがただ幸せな時間だった。

シュウが『でーと』と言う言葉を教えてくれた。
『でーと』とは恋人と出かけて美味しいものを食べたり楽しい時間を共有することらしい。
シュウはそれを今日初めてするのだという。

シュウが今までに性に対する経験がないだろうことはわかってはいたが、まさか恋人と出かけるようなこともなかったとは……いかん、嬉しすぎてニヤけてしまう。

シュウの小さくて柔らかな手を握り、お互い顔がくっつくほどに近づきながら会話を楽しみ、料理が来るのを待っていた。
その待ち時間さえも共有できることが楽しかった。

しかし、その楽しい時間は突然現れた男によって、水を差されることになった。

「ねぇ、黒い瞳の可愛い子ちゃん。そんな相手辞めて、俺と遊びに行かない? こんなやっすい庶民の店じゃなくてもっと美味しいものご馳走してあげるよ。ほら、行こうよ」

男はそんなくだらない誘い文句でシュウを誘い、しかもあろうことか、シュウの手を取ろうとする。
馬鹿だな、こいつは。
シュウの柔らかな美しい手を触らせることなど私が許すわけがないのに。

私が合図を送ると同時にさっと現れたルーカスが男の腕を締め上げる。
すぐにその場から去れば赦してやろうと思っていたのに、あろうことかその男はさらに暴言を吐き続けた。

どうしようもないやつだな、こいつは。
すぐに去れば、シュウの美しさに一瞬魔が刺しただけだと赦してやろうと思ったが、
シュウの前で私を貶めるこの発言、到底赦すわけにはいかない。

容赦なく潰してやる!

そう思って立ち上がろうとすると、
先にシュウが声を上げようとしていた。

「ちょ……っ、」

私が傷付けられたと思ったのだろう、文句を言ってやろうとする、そのシュウの気持ちが嬉しかった。

私はシュウに大丈夫だから任せておいてという意味も込めて、シュウの口にそっと指を当てると、その場にすくっと立ち上がり、振り返って男に顔を見せた。


「金髪ヤローとは私のことかな?
君は……ああ、ワーグナー子爵殿の次男か。なるほど。父上に今のことも含めて丁重に挨拶しなければいけないな」

ワーグナーが顔しか取り柄がないと言っていたあの息子か……。
父親が言ってたのは本当だったようだな。

一度夜会で顔合わせした私のことなど忘れていたから、喧嘩を売ってきたのだと思ったが覚えていたのだな。
意外と物覚えが良いのか、それとも見目の悪い私の印象が強いとでも言いたいのか。

「ほぅ。私のことを知っているようで何より。ああ、ついでに教えておこうか。君が不躾に声をかけた彼は、私の伴侶だ。まぁ、分不相応・・・・で申し訳ないが……な」

「ええっ?」

私の目の前にいることも忘れて、そんなに驚くか?
やはり、こいつは物覚えが良くないのかもしれないな。

周りの客たちからもいろんな声が飛び交っているが、そんなことどうでもいい。
今はこいつをどうするか、ただそれだけだ。

私の迫力に押されているのか、奴は真っ青な顔でガタガタと身体を震わせて、ルーカスに身体を寄りかからせている。

さっきまで騒がしかった店内も水を打ったように静まり返っていた。

さぁ、私に暴言を吐いたこと、そして、何よりも大事な私のシュウに手を出そうとした、この赦し難い所業にどんな罰を与えてやろうか。

せっかくだから、死んだ方がマシだと思えるような罰を与えてやろう。

そう思っていると、突然シュウに手を引っ張られた。

「ねぇ、フレッド。もういいよ」

もういい? 何故だ!
こんな嫌な目にあったというのに……。
もしかして、シュウはこいつを?
まさか! そんなことあるはずない!

「そんなことより、ぼくの隣に座って。フレッドの顔が見えないと寂しいよ」

シュウが私が隣にいないと寂しがっている……。
ああ、私は『デート』の最中に一体何をやっているんだ!
それどころかシュウを疑うようなことまで考えたりして!
馬鹿だ、私は本当に大馬鹿者だ!

私はすぐにシュウに謝り自分の椅子をシュウのすぐ隣にずらし、シュウの肩を抱きしめ隙間がないほどにピッタリとくっついて座った。
そして、シュウの頭を優しく撫でた。

ああ、シュウのいつもの手触りと違う……。
早くシュウの艶やかで美しい髪を触りたい。

もうハーヴィーあいつのことなどどうだっていい。
赦すわけにはいかないから罰は必ず与えるが、今はあいつに時間を割きたくはない。
さっさとどこかへ行ってくれ!

「シュウがもういいと言っているから、今回だけは手を離しておけ。おい、お前! 次があると思うな。さっさと私たちの目の前から去れ!」

私があいつに対して放った言葉が怖かったのだろうか、シュウは無意識に私の身体にぎゅっとしがみついてきた。
シュウを怯えさせてしまったのが申し訳なくて、私はシュウに優しく声をかけた。

ハーヴィー
『も、申し訳ございませんでした』
と小さな声で謝罪の言葉を述べ去っていった。
まあ、絶対に赦さないけどな。

この騒動が終わるのを見計らったように、あの店員が料理を持ってきてくれた。

私の前には香りの良い紅茶が置かれた。

シュウの目の前に置かれた皿には林檎包アップルパイとたくさんの生クリームとフルーツ、そして、チョコレートの氷菓子アイスも乗せられていた。

目を輝かせて喜ぶシュウが可愛くて愛おしくてたまらなくなり、私もつい笑みが溢れた。

「いただきまーす!」

といういつもの食事の挨拶をして、嬉しそうに林檎包と生クリームとチョコレートの氷菓子を乗せて、ぱくっと口に入れた。

美味しいと喜ぶシュウの口元に林檎包の欠片と生クリームがついていた。
私には皿に乗っている色鮮やかな料理よりも、そっちの方がずっとずっと美味しそうに見えた。

どうにも我慢できなくてシュウの口元をそっと親指で拭って、そのまま自分の口へと運んだ。

こんな美味いものが他にあるのかと思うほど、それは蕩けるように甘く私を痺れさせた。

シュウは私が指を舐めると思っていなかったのか、顔を赤くさせたが、その初心な反応が実に可愛らしい。

ふふっ。揶揄いすぎたかと思っていると、

「フレッド、あーんして」

とフォークに乗せた料理を差し出してきた。

『ねぇ、ちょっとあれ見て!』
『えぇー! 食べさせ合ってる!』
『食べさせてるあの子の顔、見える?』
『うー、見えない!! 見たいのにー!』
『あれ、絶対政略じゃないでしょ!』
『そうだよね、好きじゃないと絶対無理!』
『公爵さま、うらやましいーー!』

私を羨む周りの声を背に、
『あーん』と口を開くと、シュウはゆっくり食べさせてくれた。

「ねっ、美味しいでしょ」

ううっ。その笑顔……シュウは可愛いがすぎるな。

私はデレデレになった顔を見せたくなくて必死に冷静を取り繕った。
すると、シュウが指を伸ばしてきたかと思うと、同じように私の口元を親指で拭い取り舌を出してペロッと舐めとった。

シュウが指を咥えてにこりと笑う。

「な…っ、」

ちらっと見えたシュウの赤い舌が白いクリームを舐めとるその仕草が、私の官能を呼び醒ます。
なんて姿を見せるんだ……小悪魔だ、シュウは。
私を無自覚に翻弄する……。

茫然とその姿を見ていると、今度は『フレッドの紅茶飲んでも良い?』と聞いてきた。

冷めた紅茶などシュウに飲ませるわけにはいかない、そう思ったのに、『フレッドの飲んでるやつがいい』と、私の飲みかけの紅茶をさっととって、ひと口飲んだ。

「ふふっ。フレッドが飲んでるのは何でも美味しいね」

『うぐっっっ、なんだこの可愛すぎる生き物は……。誰にも見せたくないな。おい、ルーカス……』

シュウから目立たない位置にルーカスを呼び、支払いを全部私がする代わりに、店内にいる客全てを今すぐに店から出すよう指示した。

そして、誰からもシュウが見えないように腕の中に閉じ込めて、さっき以上にくっつきながら食べ終わるまでの時間を2人だけで過ごした。

そろそろ出ようかと声をかけると、シュウはその時初めて周りの客がいなくなったことに気づいたようだった。

そうか、シュウは気付いてなかったか。
ということは、みんなからもシュウの可愛い姿は見られていないな、良かった。

「もうお昼だから、家に帰ったのかもな」

そんな言い訳で素直なシュウは納得してくれたようだ。
本当に可愛い。

『そろそろ帰ろうか』と誘うと、シュウは

あとひとつだけ行きたいところがあると言ってきた。
いい? と聞いてくるシュウに当たり前じゃないか! シュウの行きたいところが私の行くところだ!

宝石か? 服か? それとも靴か? 
なんでも買ってやるぞ。

そう意気込んで行った先は、商業地区外れの本屋。
ここは古い物から新しいものまで世界中の本を置いているという。

シュウが行きたかったのはここか……。
本当に本が好きなんだな。

この店の存在は知ってはいるが、なかなか行く機会はなかった。
シュウに連れられてこなければ恐らく来ることはなかっただろう。

狭い店内なので、ルーカスには外で見張っていてもらうことにし、2人で中に入った。

おお、オランディアの古語で書かれた本もある。
あれを読める者は庶民にはいないだろうな……。
この店が存続できていることが不思議だと思うくらい、ここに置いてある本は庶民には難しそうな物ばかりだ。

目の前にあった本が気になってパラパラとめくっていると、

『ねえ、フレッド……』と声をかけられた。

シュウが欲しがる物を買い与える機会はあんまりないからな、強請ってもらえたら嬉しいんだが……。

「あのね、あの本見て見たいんだけど、手が届かな……」

シュウに頼られた……。

高身長であることを嫌悪され、
いつも傷ついていたのに、シュウに頼られた……
ただそれだけでこの身長に生まれたことを嬉しいと思う自分がいる。

シュウはいつでも私の短所を長所に変えてくれる。

シュウの求める本を手渡すと『ありがとう』とお礼を言われた。
こんな些細なことにも感謝を表してくれるなんて、本当に心も美しいな。


それにしても、この本は売り物なのか? と思うくらいボロボロだったが、中は傷みが少なそうだ。

「これ……!」

シュウが言葉にならないほど、驚き身体を震わせている。
なんだ? 一体どうしたんだ?

シュウが持っていた本を覗いたが、どうやらオランディア語ではないようだ。
シュウはこれが読めるのか?
やはり、シュウには言語がどれも同じように見えているのだろうか……。

「フレッド……すごい本見つけちゃったかも!」

そういうと、シュウは店主の元へと向かった。
ああ、1人で行ってはいけない!

ああ……失敗した。シュウの可愛らしい身長も、瞳も全て見つかってしまった。
思った通り、店主は驚きのあまり座り込んでしまった。

「あの? 大丈夫ですか?」

シュウが店主に手を差し出したのを見て、手を取らないように、シュウの後ろから店主を鋭利な眼差しでじろりと睨みつけた。

私のその威嚇に恐れ慄いたのか、店主はシュウの手を拒み

「だ、大丈夫です!」

と言って素早く立ち上がった。

よし、よく気づいた。
シュウの手を握っていたら、手を削ぎ落としてしまったかもしれん。

シュウがあの本を差し出すと、店主は驚いた様子で

「これ、アルフィジアかどこかの古い言語で書かれているらしくて私も何の本だか全然わからんのです」

と答えた。

しかし、シュウはどうしてもあの本が欲しいようで、店主に値段を聞いている。。

違う本をと勧める店主にシュウがしぶとく値段を聞くと、やっと教えてもらったようだ。
嬉しそうに私の元に帰ってきて、この本が欲しいと可愛らしく強請ってくる。

ああ、伴侶に強請られるというのはこんなに嬉しいものなのか。
感動で胸の奥がジーンと熱くなる。

高い物をただ強請るのではなく、値段に関わらず本当に欲しい物を欲しがる、その気持ちが私に幸せを与えてくれるのだな。

私はシュウの手から本を取り、店主の元へと向かった。

店主は私がこんなボロボロの本を本当に購入するのか? と驚きつつも綺麗に包んでくれた。

シュウから初めて強請られて買い与える物だ。
私は嬉しくて言われた金額よりも少し多めに支払った。



シュウは綺麗に包まれた本を大事そうに胸に抱くと、もう片方の手で私の腕に絡みつき、

「フレッド、今日はありがとう。すごく楽しい外出だった! また行ける?」

と嬉しい言葉を言ってくれた。

「ああ、私も楽しかった。また行こうな」

町へ出て人々の視線に晒されることが嫌で仕方がなかった私が、初めて心から外出を楽しめた日だった。
これは全てシュウのおかげだ。
シュウと過ごすと、今までの自分がどんどん払拭されていく。

シュウと出逢えて本当に幸せだな、私は。

帰りの馬車の中でも、私はシュウを膝に乗せて今日の感想を言い合いながら、楽しい時間を過ごした。

「今度は馬で遠出しようか。これからどんどん暑くなってくるから、湖畔に涼みに行くか?」

「うん。楽しみ! ねぇ、行く前にお馬さんに会わせてもらえる? 乗せてもらう前に仲良くなっておきたいんだ」

お馬さん……まずい、本当に可愛いすぎる。
シュウは本当に17歳なのか?
ああ、愛おしすぎて、どこにも出したくなくなる……。
早く湖畔で2人っきりで過ごしたい……。

「ああ、屋敷の厩舎に今度連れて行こう。
私の愛馬に会わせるよ」

「わぁーい」

シュウの喜ぶ声と共に屋敷へと着いた。

シュウを部屋に送り届けると
『さっき買ってもらった本は勉強が終わってからゆっくり読むね』と言って寝室に入っていった。
この後スペンサー卿の授業があるから、鬘を解きに行ったのだろう。

私は執務室へ戻り、デュランにワーグナー子爵の次男について調べるよう指示を出した。

私の怒った様子に今日の外出で何事かあったと気づいたのか、デュランは慌てて調べに出て行った。

その間に溜まった仕事を片付けていると、デュランは1時間もしないうちに調べ上げて戻ってきた。

「旦那さま、こちらがワーグナー子爵殿の次男 ハーヴィー・ワーグナーについての調書でございます。どうぞ」

「早かったな。さすがだ。ああ、悪いがルーカスを呼んでくれないか?」

デュランは急いでルーカスを呼びに行った。

執務室で私とデュラン、そしてルーカスの3人があつまり、今日の報告会となった。
特にデュランは今回は付いてきていなかったため、食い入るように報告を聞いていた。

「ルーカス、警備兵からの報告はどうだった?」

「はい。今日の外出の間、8人ほどの男女がシュウさまにお声がけしようと近づいてきたのを排除しております。その他、特に問題はありません」

8人か。
私が隣にいたから近づきにくかったのかもしれないが、意外と少なかったな。
まぁ、あれだけの美貌の持ち主だ。
おいそれと近づくのも躊躇ったのかもしれない。

「よし。なら、直接声をかけてきたのはあの男だけだな、ルーカス」

「えっ? そんな命知らず者バカがいたのですか?」

デュランは目を見開いて驚いていた。

「はい。ハーヴィー・ワーグナーだけです」

ハーヴィー・ワーグナー。

デュランはその名を聞いて、私が調べさせた理由がわかったようだった。

私はデュランに事の顛末を聞かせてやると、シュウに手を出そうとしてきたのはもちろん、私へ暴言を放ったことも肩を震わせ、私以上に怒っているように見えた。

デュランは初めて会った時から私の見た目など一切気にする素振りもなかった。私はデュランの能力も買ってはいたが、何より私の見た目を気にしないその態度が気に入っていたから、今回も本気で怒ってくれていることが有り難かった。

「それで、旦那さま。ハーヴィーをどうするおつもりですか?」

デュランが食い気味に聞いてくる。
あいつの所業に相当憤りを感じているようだ。

「そうだな。あれの父親はこの領地開拓の頃から一緒にここに移り住み手伝ってくれた功労者だ。彼の功績も考えて重い罰を与えるのはどうかと考えていたのだが……調書をみる限り、子爵の方はあまりあれに目はかけていないようだな。あれより兄の方を期待しているようだ」

「はい。そのようですね。見た目が良いことに胡座をかいて何もしようとしないハーヴィーを見限って、兄であるライリー殿にのみ自分の仕事を手伝わせているようですし」

「ああ、ライリーは視察にも毎回同行しているな。
的確な発言もままあるから、よく勉強しているんだろう」

大体、後ろ姿だったとはいえ、服には公爵家の紋章も入れてあるし、仮にも貴族のハーヴィーあいつが私に気づかないわけがないんだ。
一度夜会で顔合わせもしているのだが、私のことを余程  下に見ているのか、それともシュウに夢中になって周りを見ていなかったのか……いずれにしても、赦すわけにはいかないな。

「ハーヴィーには、今縁談が持ち上がっています」

「ふうん、そのようだな。相手は、ミラー伯爵家か。仕事はまあ出来るが外見至上主義の当主だったな。
私をいつも嫌悪感たっぷりに見てくる。
ふん。ミラー伯爵家あいつらが選びそうな相手だな、ハーヴィーは」

調書を読んでいるだけで腹が立ってくる。

「旦那さま、どうされますか?」

「そうだな……ああ、ハーヴィーに縁談が持ち上がっているなら、こちらも縁談話を出してやろうか」

「えっ?」

デュランもルーカスも訳がわからないといった様子で私を見ている。
ふっ。良い相手がいるだろう。

「あっ、もしや……?」

「気づいたか? それと引き換えにワーグナー家を伯爵に格上げしてやると伝えたら、子爵は喜んで乗ってくるんじゃないか?」

「面白いですね。では、早速今日の件を記載した手紙を出しておきましょう。旦那さまに対してのとんでもない所業ですから、子爵殿はハーヴィーに怒り狂うはずです。後日意気消沈している子爵殿を呼び出してその件を伝えれば、面白い反応が見られそうですね」

「それは良いな。デュラン、いい考えだ」

デュランはすぐに子爵へと手紙を送った。
どのような反応をしてくるか楽しみだな。
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