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第二章 (恋人編)

花村 柊   7−2

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「これ……」

「ああ、ジョセフが気を利かせて、私の色に似たものを入れてくれたんだろう。これは逆に目立つから、これ以外のものにするといい」

そう言って、フレッドはそのウィッグを衣装ケースから取り、マクベスさんに渡した。

「ねぇ、それ試してみたい!」

ぼくがそういうと、フレッドは少し困った顔をして

「この色で外は歩かない方が良いんだ」

と諭すように話した。

みんながぼくの黒髪に驚くのは黒が珍しいからだと思っていたけれど、多分もっと根深いものがあるんだろう。

パールも白だから迫害されてたって言ってたし、光に当たると白っぽく見えるフレッドの髪はパールと同様に嫌悪の対象だったのかもしれない。
こんなに格好いいのに本当に不思議だ。

ぼくは敢えてフレッドと同じ色で外に出て、みんながどんな反応をするか見てみたかった気持ちもあったけれど、ここでわがままを言ってこれを付けるのは返ってフレッドを傷付けてしまうのかな?

ぼくは頭の中で必死に考えて、今回は初めてのお出かけだし、目立つようなことをしてこれから行けなくなったりしたら困ると思い、今は諦めることにした。

「うん。わかった。その代わり……………夜、2人の時につけてもいい?」

ぼくがフレッドの耳元でそう囁くと、

「ああ、楽しみだな」

と嬉しそうに笑った。


その後、いくつか合わせてみて、ぼくは青色のウィッグをつけることにした。

ぼくの髪より少し長めのウィッグを被って、ずれたりしないように数カ所にピンを差し込んでいく。

おお、すごい! 全然ズレそうにない。

鏡に映ったぼくは、まるで別人のようだった。

髪の色ってほんと印象変わるんだな。すごい!

「どう? フレッド」

振り向くと、フレッドもマクベスさんもルーカスさんも口をあんぐりと開けて、僕を見ていた。

「みんな、どうしたの?」

「あまりにも美しくて驚いたんだ。シュウ、お前の美しさは髪色ではないのだな。中から滲み出る華やかさがある」

美しくて、華やか?
いやいや、もう! フレッドったら大げさだよ。

「もうそんなお世辞言って! 恥ずかしいよぉ」

あまりにもみんなが見つめてくるから、ぼくはどんどん顔が赤くなってしまう。

「ね、ねえ、もうこれで出かけられる?」

なんとかぼくから話題を変えようと話を振ってみた。

「そ、そうだな。出かけるとするか」

「えっ? もう今から行って良いの?」

今日は試着だけなのかと思ってた。
これからすぐに行けるんだ!

「ああ、大丈夫だ。午前中だけだけどな」

「わぁーっ! フレッド、ありがとう」

ぼくはあまりの嬉しさにフレッドに抱きついた。

「ゴホン。だ、旦那さま。大切なお話をされませんと……」

「あっ、ご……ごめんなさい」

うひゃー、恥ずかしい……。
2人がいることすっかり忘れてた。

「シュウ、気にしなくていい。私は嬉しかったぞ。さぁ、もう一度ここに座ってくれ」

「う、うん」

あの座り心地のよいソファーに座ると、ルーカスさんが口を開いた。

「お二人での外出ですが、やはりお二人だけと言うわけにはまいりません。ですので、申し訳ありませんが私がお側で警護させていただきますことをご了承くださいませ」

そうだよね。それは、仕方ないよね。
まぁ、でも今日何にもなかったら次からは2人で出かけるとかも出来るかも……。

「シュウ、これだけ許してくれるか?」

フレッドの申し訳なさそう顔が心苦しい。
だって、ここまで考えてくれるのだって大変だったはずだよ。

「もちろんだよ! ルーカスさん、よろしくお願いします!」


ぼくはこの世界に来て今日初めて、この屋敷の外に出ることになった。

どんな感じなんだろう……
ルーカスさんに扉を開けてもらい、ドキドキしながら、フレッドと第一歩を踏み出した。

「うわぁ、眩しい!」

久しぶりに感じる太陽の光は、なんとなく前よりも少し強い気がした。

雲ひとつない空は真っ青で吸い込まれそうなくらい綺麗な空をしていた。

スーハー

穏やかな風が心地良くてなんだか空気も美味しい気がする。

「シュウ、緊張してるか?」

ぼくが空を見て、深呼吸していたので心配したらしい。
こんな過保護なところも愛おしく感じる。

「ううん、大丈夫だよ。ねっ、行こう!」

歩いていくのかと思ったら目の前に公爵家の紋章がどどんと入った大きな馬車が現れた。

すごい、さすが公爵さまの乗る馬車だな……。

「町までは馬車で15分ほどかかるからな」

馬車で15分なら歩くのは無理そう。
外を歩きたかったけど町に行くまでに疲れちゃったら意味ないし……時間もないしね。
フレッドにエスコートされて、馬車に乗り込んだ。
ルーカスさんは馬車の隣を馬に乗ってついてきている。すごい! 格好良い!

2人っきりの馬車の中でフレッドと隣同士に座るのかと思いきや、フレッドの膝の上に乗せられた。

「えっ? ひとりで座れるよ」

「私の上にいた方が外の景色を見られるぞ」

そんな言葉に乗せられて、逆らうこともなくぼくはフレッドの膝の上に座ったまま、馬車は町へと進んでいく。

たしかにこの場所の方が外が見えるなぁ。

でも、お腹に回ったフレッドの腕の温もりにドキドキして、そして、ぼくの首筋に顔を埋めているフレッドの吐息がくすぐったくて、なんだか変な気持ちになってしまう。

ゆったりとした速度で進む馬車の窓から外の景色が流れていく。
フレッドのお屋敷の周りは田畑が多いようだったけど、だんだんと建物が出てきた。
町に近づいたんだ。

気になって、馬車の窓から身を乗り出そうとしたら、抱きしめていたフレッドに『危ないぞ』と全力で止められた。

『ごめんなさい』と謝りながら、馬車と同じ速度でずっと隣をついてきているルーカスさんが窓の外に見えて、フレッドに尋ねてみた。

「ねぇ、フレッドも馬に乗れるの?」

「ああ、勿論だ」

「すごい! 今度ぼくも乗ってみたいな。馬に乗れるって格好良いよね」

外に見えるルーカスさんの姿をチラッと見ながら言うと、フレッドは焦った声でぼくの頬を両手で挟み自分の方に向かせた。

「私がシュウを乗せてやる。今度は馬に乗って少し遠出しよう!」

ルーカスさんのこと格好良いって言ったからヤキモチ妬いたのかな?
そんなフレッドが可愛くて、ぼくはフレッドの提案に大きく『うん』と返事した。


そんな会話をしているうちに、町の入り口で馬車が停まり、フレッドのエスコートでゆっくりと降りる。

「うわぁ」

少し離れたところにたくさんのお店と人がいる。

すごい!
色とりどりの木組みの家が立ち並ぶ街並みは学校の授業で習った中世ヨーロッパのような佇まいで、なんだか絵本の世界に紛れ込んだようでワクワクが止まらない。
それになりより、本当にみんな色とりどりの髪色をしてるんだなぁ。

向こうで真っ黒ばかりを見ていたぼくにとってはかなり新鮮な光景だ。

「シュウ、どこら辺を見てみたい?」

「とりあえず、人の多いところ行ってみたいな」

フレッドは『わかった』と言って、ぼくを抱き寄せながら町の中心へと歩き出した。

歩きながら、遠目でぼくたちをみてくる視線の多さに驚いた。
フレッドの姿を見て、明らかに嫌悪感たっぷりの表情をする人もいた。

やっぱり、この髪色なのかな?
色だけで中身も見ずにこの仕打ち。
フレッドはみんなのことを一番考えているすごい公爵さまなのに! と思わずにいられない。

ぼくはみんなから受ける視線を跳ね返すように、抱き寄せられていた腕を取り、フレッドの腕に絡みついて寄り添って歩いた。

フレッドは突然のぼくの行動に驚きながらも絡めた腕を外すこともなく、ぼくの歩幅に合わせるようにゆっくり歩いてくれた。
嬉しくてフレッドの顔を見上げるとフレッドもまた嬉しそうに微笑んだ。

フレッドが連れて行ってくれた場所は商店街のようにお店が立ち並ぶところだった。

洋服や靴、帽子、花屋に八百屋、肉屋に魚屋、果物だけが売っているお店もある。

見ているだけで楽しくなってくる。

「ねぇ、フレッドはここで買い物したことあるの?」

「いや、ないな」

「ふふっ。じゃあ、2人で初めてだね」

2人で顔を見合わせて笑う、そんな普通の出来事が恋人同士って感じでなんだかくすぐったい。

「あの、ルーカスさん、あそこのお店見てもいいですか?」

勝手に行動しちゃいけないと思い、ルーカスさんに許可をとってみる。

「シュウさまはお好きなお店にお立ち寄りください。私のことはお気になさらず」

いいのかな? そう思って、フレッドを見るとフレッドもまた

「お前の好きなところに行くと良い」

と言ってくれたので、フレッドを引き連れて果物屋さんへと向かった。

「いらっしゃ………」

お店のご主人はフレッドの顔を見て大層驚いているようで、途中で言葉が止まってしまった。

でも、その顔に嫌悪感はない。

それよりも多分、なんで公爵さまがこんなところに? と思っている表情だ。

驚き固まっているご主人にぼくは声をかけた。

「あの、今の時期いちばん美味しい果物はどれですか?」

ご主人はフレッドからぼくに目をスライドさせ、ぼくの顔を見た途端、

「えっ? ひ、瞳が……く、黒?」

そう呟いたまま微動だにしなくなった。

「あの……?」

もう一度声をかけると

「ひぃ……っ」

声をあげ、倒れそうになったところをさっとルーカスさんが抱きとめ、ゆっくりと下に座らせていた。

ルーカスさん、後ろにいたはずなのにすごい身のこなし。忍者みたいだな……。

「おい、マシュー。大丈夫か?」

「フレッド、この人知り合いなの?」

「ああ、商売をしているものなら大体の名前はわかるさ」

さすが、この領地のことをいつも考えているだけあるなぁ。

マシューさんはハッと気づいたように立ち上がった。

「あ、あの申し訳ございません。サヴァンスタック公爵さま。今日はなぜこんなところにお越しくださったのですか?」

「私の伴侶が町を見たいというのでな、案内に来たのだ」

「えっ? で、ではこの方がご伴侶さまでいらっしゃいますか?」

「ああ、マシュー。伴侶の質問に答えてやってくれるか?」

「えっ? あの、その……」

多分驚きすぎてぼくの質問どこかに行っちゃったんだろうな……。ふふっ。
フレッドがここに来ただけでこんなに驚くなんて面白すぎる。

「今の時期、いちばん美味しい果物はどれですか?」

もう一度質問すると、ぼくの顔から目を離すことなく

「い、苺とオレンジ……です」

と答えた。

たしかに並んでいる果物を見ると、それ以外の果物は少し時期外れなのか熟れきってしまっている気がする。

「あ、あのご試食されませんか?」

「えっ? 良いのかな?」

フレッドを見ると、頷いてくれたのでお言葉に甘えていただくことにした。

マシューさんは苺とオレンジを食べやすく串付きで渡してくれた。

「ありがとうございます」

御礼を言うと、マシューさんはみるみるうちに顔を真っ赤にして、またその場に蹲った。

???

どうしたんだろう? 大丈夫かな?

気になってフレッドを見たけれど、

「気にしないで良い」

と言うのでそのまま試食をさせてもらった。

屋敷の食事で食べた苺も美味しかったけれど、こっちの方が鮮度がいいのか、とても甘くて美味しかった。

「ねぇ、フレッドも食べて。美味しいよ。ほら、あーん」

苺をひとつフレッドの口に近づけると、フレッドは一瞬戸惑ったものの口を開け食べてくれた。

「ねっ、美味しいでしょ?」

『ぐぅっっ、…………すぎる』

「んっ? フレッド何か言った?」

「い、いや、美味しいな。マシュー、この苺とオレンジあるだけ買おう。袋に入れてくれ」

「えっ? フレッド、あるだけって……多すぎだよ。他の人が買えなくなったらいけないし、食べられる分だけね」

ぼくが諭すように言うと、

「あ、ああ……そうだな。ならば、ルーカス。手頃な量を買っておいてくれ」

とルーカスさんに頼んでいた。
ふふっ。こう言うところ、素直で可愛いんだよね。

「かしこまりました」


マシューさんの『ありがとうございます』の声を背にぼくたちはその店を後にした。

「シュウ、次はどこへ行く?」

「あのね、フレッドが前に買ってきてくれたあの美味しい焼き菓子のお店行ってみたいんだけど……だめかな?」

普段は感じないけど、立ってる時は如実に身長差がわかる。
話をするだけで見上げる感じになっちゃうよ。

『ぐぅっっ、この上目遣い……相変わらず破壊力が強すぎる。絶対にシュウひとりでは外に出せぬな』

フレッドって時々ボソッと何か呟いているんだよね……。
何で言ってるんだろう?

「ねぇ、フレッド? だめ?」

「いや、行こう」

「わぁい、やったぁー」

ぼくは嬉しくて絡めた腕に抱きついたまま、そのお店へと向かった。

そこは外観がまるでお伽噺に出てくるような三角屋根に天窓と大きな煙突のある煉瓦造りの可愛いケーキ屋さんだった。
入り口近くの芝生には、ウサギやネコのような可愛い動物の置物も置いてあって、やっぱりどこかメルヘンチックな雰囲気が漂っている。

煙突から香っているのか、少し離れたぼくたちのところにまでスイーツの甘い香りが漂っていて、どんどん期待が高まっていく。

「フレッド、ここ?」

「ああ、あの焼き菓子以外にもケーキが人気らしい」

あの焼き菓子、こんな可愛いお店だったんだ!
ここにフレッドが1人で? 
ぼくのためにこんな可愛いお店に買いに行ってくれたんだ。
きっと入りにくかっただろうに、フレッドの気持ちがなんだかすごく嬉しい。

お店の中は女の人ばっかりだったりして?
ぼくはフレッドの腕にぎゅっと絡ませて、恐る恐るお店に入ると、意外と男の人も結構来ていてホッとした。

店内をチラッと流し見てみると、ぼくやフレッドが着ている服に比べると何となくカジュアルな格好をした人が多い。
あれって普段着ってやつかなぁ?
ああいうの着やすそうでいいな。
あっ、もちろんこの服も気に入ってはいるけれど。


うん。お客さんの中にはフレッドに明らかな嫌悪感を抱いていそうな人は今のところ見当たらない。
というより、ほとんどみんなスイーツに夢中でこっちを見てない。
フレッドが嫌な思いしたらぼくも嫌だからね。
ふー、よかった。


応対してくれた店員さんはフレッドのことを知っているらしく、ハッと目を見開きすぐに人目の少ない席へと案内してくれた。

席につき、メニューを見ていると
フレッドではなく、ぼくへの視線が強く刺さっていることに気づいた。

ぼくはパッと周りを見渡したけれど、視線が合う前にみんな目を逸らしてしまう。

もしかして、ウィッグがズレてるとか?

気になって髪を触っていると、
周りから

『見て、あの子……瞳が黒だよ』
『すごーい、初めて見た!』
『あれ、本物?』
『あんな子と付き合えたら最高だよな』
『てか、なんであんな美人が金髪の男なんかと一緒にいるの?』
『おれ、声かけてみよっかな』
『お前、茶色だからイケるんじゃねぇ?』
『あんな金色に比べれば、誰でもイケるっしょ』
『でも、あの子貴族じゃない? すごい服着てるよ!』
『本当だ! こんな庶民のお店に珍しいよね』
『金髪の方、顔見えないな。どこの誰だろう?』
『こんな庶民の店に連れてくるんだから、上級貴族じゃないだろう』
『たしかに!ハッハッ』

話し声に交じって大笑いする声も重なり合って、ぼくにはあまり良く聞こえなかったけれど、とにかくいろんな言葉が飛び交っていた。

ぼくはそんなことを気にも留めずに、目の前で慈しむような眼差しでぼくを見つめるフレッドに微笑み返しながら、フレッドが薦めてくれたスイーツが来るのを楽しみに待っていた。

「ふふっ。ねぇ、こういうのデートみたいだね。ぼくデートって初めてだからドキドキしちゃうな」

「シュウ、『でーと』とはなんだ?」

「ふふっ。恋人と出かけて、美味しいもの食べたり、楽しい時間を共有することだよ」

「そうか。デートか。私もシュウと楽しい時間を共有できて嬉しいぞ」

ぼくたちは手を握りあい、顔がくっつくほどに近づきながら会話を楽しみ、料理が来るのを待っていると来たのは料理ではなく、茶色の髪を手でファサっとなびかせながらやってきたひとりの男性だった。

この店にいる人たちの中では、仕立ての良い高そうな服を身に纏ったその男はフレッドの背後に立ち、ねっとりとした目つきでぼくに向かって話しかけてきた。

「ねぇ、黒い瞳の可愛い子ちゃん。そんな相手辞めて、俺と遊びに行かない? こんなやっすい庶民の店じゃなくてもっと美味しいものご馳走してあげるよ。ほら、行こうよ」

「えっ? あの……」

急に差し出された手にぼくの手を捕まれそうになった瞬間、彼は後ろから出てきたがっしりとした手に腕を締め上げられていた。

「イタタッ! イタイ! イタイ!
な、なにするんだよ、声かけただけだろ!」

ルーカスさんに腕を掴まれ、無言で壁に押さえつけられたことに腹が立っているのか、

「おいっ! 離せよ! そもそもこんな金髪ヤローが美人連れてるのが悪いんだよ。分不相応だろ。お前、自分の顔を鏡で見てみろよ」

などとフレッドに対して暴言を吐き続ける。

「ちょ……っ、」

ぼくはフレッドに対するそんな言葉が許せなくて、文句を言ってやろうと口を開きかけたが、
フレッドはぼくの口にそっと指を当てると、その場にすくっと立ち上がり、振り返って男性の顔を見下ろしながら口を開いた。

「金髪ヤローとは私のことかな?
君は……ああ、ワーグナー子爵の次男か。なるほど。父上に今のことも含めて丁重に挨拶しなければいけないな」

「ひぃ……っ。あっ、あなたは……さ、サヴァンスタック公爵、さま……」

さっきまでの威勢はどこに行ったのか、みるみるうちに青褪めていく。

「ほぅ。私のことを知っているようで何より。ああ、ついでに教えておこうか。君が不躾に声をかけた彼は、私の伴侶だ。まぁ、分不相応・・・・で申し訳ないが……な」

「ええっ?」

彼の驚きの声と共に店中にざわめきが起こる。

『公爵さま?』
『ほんとだ! なんでこんな店に?」
『あんな美人と? 信じられない』
『今、伴侶って言った?』
『嘘でしょ?』
『政略かな?』
『決まってるだろ!』
『でも、さっき腕組んでお店に入ってきてたよ』
『えっ? ウソだろ?』

「いえ……っ、あの、こ……公爵さま……」

威圧感たっぷりのフレッドの目の前にいる彼は、真っ青な顔でガタガタと身体を震わせて、足の力が抜けてしまったのかルーカスさんに身体を寄りかからせている。

さっきまで騒がしかった店内も水を打ったように静まり返っていた。

ぼくはせっかくの楽しいデートがこんな形で終わるのが嫌でフレッドの服の袖を軽く引っ張った。

「ねぇ、フレッド。もういいよ」

「しかし……」

「そんなことより、ぼくの隣に座って。フレッドの顔が見えないと寂しいよ」

悲しそうな表情を浮かべて言うと、フレッドはすぐにぼくの隣へと戻ってきてくれた。

「悪かった、シュウ。寂しい思いをさせた」

向かい合わせに座っていたさっきとは違って、椅子をずらして肩を抱き、隙間がないほどにピッタリとくっついて座り、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。

『見て、あの子の髪触ってる』
『ほんとだ!』
『じゃあ、本当にもう伴侶ってこと?』
『あの黒目美人が……金髪の、伴侶……』
『う、そだろ……』

「旦那さま、どうされますか?」

「シュウがもういいと言っているから、今回だけは手を離しておけ。おい、お前! 次があると思うな。さっさと私たちの目の前から去れ!」

フレッドがぼくが聞いたことがないような低い声で彼を怒鳴りつける声が少し怖くて、ぼくは無意識にフレッドの身体にぎゅっとしがみついた。

「シュウは私の顔だけ見ていてくれ」

ぼくの方を振り返ったフレッドはいつもの優しい声だったのでホッとした。

ルーカスさんが手を離すと彼は
『も、申し訳ございませんでした』と小さな声で謝罪の言葉を口にして、よろよろと自分の席へと戻っていった。

タイミング良く? 店員さんがスイーツを持ってきてぼくの目の前に置いてくれた。

フレッドの前には香りの良い紅茶が置かれている。

スイーツ皿にはアップルパイとたくさんの生クリームとフルーツ、そして、チョコレートアイスも乗せられていた。

「うわぁー! 美味しそう。フレッド、食べていい?」

「ああ」

柔かに笑うフレッドに、ぼくも笑顔を向けて
『いただきまーす!』
と言って、アップルパイにナイフを入れた。

初めて食べる生クリームとアイスを乗せて、フォークから溢れ落ちないようにそっと口の中に運ぶと、焼きたてで熱々のパイはサクサクしていて、中のリンゴはトロトロでそれでいて生クリームとアイスの甘みがしつこくなくとても美味しかった。

「ふふっ。美味しい」

「ほら、口についてるぞ」

アップルパイが大きすぎたらしく、口元に生クリームがついてしまっていた。

ぼくが自分の指で拭い取る前に、フレッドがそっと親指で拭って、そのまま自分の口へと運んだ。

あっ……と思った瞬間、フレッドはニヤリといたずらっ子のような目でぼくを見つめていた。

公爵さまが人目のあるところでこんなことしていいのかな……と思ったけど、せっかくの……で、デートだしたまにはこんなのも良いよね。

よーし、それならぼくも!

「フレッド、あーんして」

フォークにアップルパイにアイスを乗せてフレッドの口元へと運んだ。

周りがざわざわとしていたけれど、ぼくからはフレッドしか見えていない。
だからちょっとくらい甘えてもいいよね。

ぼくが頼むとフレッドは少し赤い顔で
『あーん』と口を開いてくれた。

「ねっ、美味しいでしょ」

「ああ、そうだな。シュウが食べさせてくれると何でも美味しい」

そう話すフレッドの口元にも少しアイスが付いていたのを、同じようにぼくも親指で拭い取り舌を出してペロッと舐めとった。

「な…っ、」

その様子を茫然とした様子で眺めていたフレッドに更に

「ふふっ。ねぇ、フレッドの紅茶飲んでも良い?」

と尋ねると、

「えっ? 新しいのを注文しよう」

と慌てた様子で店員さんを呼ぼうとしたので、それを制して

「いいの! フレッドの飲んでるやつがいい」

と、ぼくはフレッドの紅茶をさっととって、ひと口飲んだ。

「ふふっ。フレッドが飲んでるのは何でも美味しいね」

『うぐっっっ、なんだこの可愛すぎる生き物は……。誰にも見せたくないな。おい、ルーカス……』

フレッドは目を逸らし、ボソッと何かを呟いたかと思うと、ルーカスさんに耳打ちをして、ぼくを腕の中に閉じ込めて、さっき以上にくっつきながらアップルパイを食べさせあった。


アップルパイを食べ終え、すっかりお腹いっぱいになったところで、
『そろそろ出ようか』
とフレッドに促され席を立つと、あれだけ沢山いたお客さんが誰もいなくなっていた。

「あれ? いつのまにみんな帰ったんだろう?」

「さぁな。もうお昼だから、家に帰ったのかもな」

そっか。そうだね。
お昼からはフレッドも仕事が待っているはずだ。
そろそろ帰らないとね。

お店を出ると、フレッドはそろそろ屋敷に帰ろうかと言い出した。

ぼくは帰る前にあとひとつだけ行きたいところがあって、お願いして連れて行ってもらった。

そこはさっきの商店街のような場所のいちばん外れにあった本屋さん。

お屋敷の中にある図書室の本を読み切ってしまったぼくは、何かフレッドの役に立てるような知識の載った本がないか探してみたかったのだ。

少し年季の入った店構えが、本屋さんというよりは古書店といった方が似合っている。

狭小なその店舗に3人入るのは厳しそうで、ルーカスさんはお店の外で待っていてもらうことにした。

何か不思議なものを置いていそうな雰囲気が漂うそのお店に入り、フレッドと一緒にゆっくりと見て回った。

フレッドもこういう店に入ることはあまり無いのだろう、興味深そうに店内を見入っている。

狭い店内の床から天井にまで届く壁一面の本棚にはぎっしりと本が詰め込まれ、その迫り来る圧にただただたじろいてしまう。
探したい本があったとしても、ここで目当ての本を探すのは至難の業だろうな……などと思っていると、ふと見上げると、本棚の中段の隅っこの方に長い年月置かれたままになっているのか、少し表紙が黄ばんでいる本を見つけた。

なんだろう、あの本。
いやに古ぼけてる感じがする……。

ぼくは気になって手を伸ばしたけれど、本は遥か頭上にある。

「ねえ、フレッド……」

本を開いて見ていたのを邪魔するようで申し訳なかったけれど、フレッドを呼ぶとすぐに隣に来てくれた。

「どうした? 何か欲しいものでもあったか?」

心なしか、なんだか嬉しそうに見える。

「あのね、あの本見て見たいんだけど、手が届かな……」

ぼくが言い終わる前に、フレッドは長い腕をさっと伸ばすと簡単に本を取り出してくれた。
ぼくがあんなに爪先立ちになっても擦りもしなかったのに……。
フレッドって、やっぱり背が高くて格好いい。

「ほら、これか? なんだ、やけに古い本だな」

そう言いながら手渡してくれるフレッドに
『ありがとう』
とお礼を言って、表紙を見てみたがボロボロでよく読めない。
中をパラパラとめくってみると、意外にも中は傷みが少なく読むことができた。

「これ……!」

ぼくは思わず息を呑んだ。
ここで、こんな本に出会えるとは思っても見なかった。
まさかの出来事にぼくは身体が震えてその場に立ち尽くしてしまっていた。

その様子に驚いたのか、フレッドが慌ててぼくを抱き寄せる。

「どうした、シュウ! これはなんの本だ?」

フレッドはぼくの手の中にある本を覗き込んだが、よくわからないようだ。
それはそうだよね……。

「フレッド……すごい本見つけちゃったかも!」

ぼくは居ても立っても居られなくなり、この本を持って店主の元へと歩み寄った。

「あの、すみません……」

「はい。なんでしょ………」

彼もまたぼくの顔を見るなり、

「えっ? ちっちゃ……。あっ、く……黒? うそだ……信じられない」

そう言ってその場に座り込んだ。

「あの? 大丈夫ですか?」

手を差し出そうとすると、店主はパッと両手を身体の前に出し、

「だ、大丈夫です!」

と言って素早く立ち上がった。

なんだろう??
まぁいいや。

「あの、この本なんですけど……」

「えっ? ああ、この本、よく見つけましたね。
これ、アルフィジアかどこかの古い言語で書かれているらしくて私も何の本だか全然わからんのです」

「そうなんですか……でも、売り物なんですよね?」

「まぁ、捨てるのは勿体無いんで置いてはいますが、飾りみたいなものですよ。貴方様のようにお美しい方ならこちらの本はいかがですか?
この前入ってきたばかりの……」

「いえ、これ、おいくらですか?」

ぼくが値段を聞いたのが信じられないようで、店主はもう一度ぼくを諭すように話す。

「こんなボロの本買うんですか? あの、これオランディア語じゃないので、残念ですが貴方様でも読めないと思いますよ」

「大丈夫です。おいくらですか?」

ぼくが食い下がって尋ねると、店主はしぶしぶと言った様子で、値段を告げた。

ぼくはその値段を聞いて、高いのか安いのかわからなかったけれど、フレッドにお願いしてみることにした。

「ねぇ、フレッド。この本、欲しいんだけどだめかな?」

ドキドキしながら、フレッドに甘えてみる。
高すぎるって怒られるかな?


フレッドはぼくの顔をじっと見つめて、
口だけが何やら動いていたけれど、声は聞こえず、ぼくの手からさっと本を取ると店主の方へと向かっていった。

「これを貰おう」

「えっ? さ、サヴァンスタック公爵さま。このようなボロボロの本、宜しいのですか?」

「ああ、包んでくれ」

そう言うと、フレッドはジャケットの内側から財布を取り出し、さっと本を支払ってくれた。

フレッドは綺麗な紙に包まれた本をぼくに手渡した。

「後でゆっくり内容を聞かせてくれ。じゃあ帰ろうか」

ぼくは素晴らしい本を手に入れることが嬉しくて手渡された本を胸に抱き、もう片方の手はフレッドの腕に絡めて店を出た。

「フレッド、今日はありがとう。すごく楽しい外出だった! また行ける?」

「ああ、私も楽しかった。また行こうな」

こうして、ぼくの初めての外出とフレッドとの初めてのデートはぼくたちにとって最高の時間となった。
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