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第一章 (出逢い〜両思い編)

花村 柊   4※

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ほんの少しキスシーンが出てくるので一応※付けてます。





扉を閉めて、ぼくはそのまま床に座り込んだ。

き……緊張したぁ!!
ぼくがほっぺにキ、キスなんて……。

フレッドはここの挨拶だって言ってたし、だからぼくも平気な感じでやってみたけど、やっぱり恥ずかしいよ。

でも、嫌な感じは全然しなかったな。
フレッドが優しいからかな。

フレッドの頬っぺた、柔らかくてあったかくてふんわりとあのレモンの香りがしてすごく安心した。

フレッドのことを思い出してたら、またさっきのキスを思い出して顔が赤くなってしまう…。

ぼくは熱を冷まそうと立ち上がって、部屋の奥にある大きな窓を開けた。

心地よい風にふと、空を見上げるとキラキラと輝く星と大きな月が見えた。

「赤い月…やっぱりここは地球じゃないんだ」

ぽつりと溢れた言葉が、何度も何度も頭の中で再生される。

ここが地球ではない、自分の住んでいたところではないという現実を突きつけられ、途端に不安に駆られた。

今のところ、働く場所と住む家はできたけれど、
この国で一生、生活して行く…その覚悟はまだできていない。

これからどうしたらいいんだろう。

でも……もし、戻れたとしても、コンビニはクビになっちゃったし、次に働くところはすぐにみつかるかどうか。
ビルの清掃だけじゃやっていけないんだよね。
アパートは次、滞納したら追い出すと言われているし、多分もうじき家もなくなってしまう。

向こうに帰ってもこれから先のことをどうしたらいいか悩むはずだ。

そうだ。どっちにしてもぼくには何もないんだ。

それならば、得体の知れないぼくに、優しくしてくれるフレッドのために役に立つ働きができる方がどれほど幸せだろう。

ぼくにもきっと何か出来ることがあるはずだ。
そう、まずは、この領地の農産物を温室栽培でできるかどうかだよね。

ぼくは煌々と輝く赤い月に

やってみせる!と誓いを立て、そっと窓を閉めた。

     ◇

ぼくがここ、サヴァンスタック公爵家に来て、早くも3週間が経った。

朝は起床と共に、ぼくに与えられた専属メイドさん達がフレッドが選んだ服を持って部屋にやってくることから始まる。


この屋敷に来た翌日、朝食を終え、フレッドに応接室へと連れて行かれると、そこには仕立て屋さんが呼ばれていた。

『さぁ、やってくれ』というフレッドの指示であれよあれよという間に上から下まで採寸が終わっていた。

どうやらオーダーメイドで洋服を作ってくれるらしい。
そういえば、今朝はフレッドの服を急遽メイドさん達がぼくのサイズに手直ししてくれたものを着せてもらっている。

ぼくはこれで十分だけど、洗い替えは必要だし、もしかしたらここは既製服は売っていないのかもしれない。それなら、オーダーメイドも仕方ないよね。

そう納得していると、フレッドはこのオーダーメイドの洋服が仕上がるまでの間に着る数十着の既成服と仕立てのいらない下着や靴や帽子などの小物を仕立て屋さんに持って来させていた。

あまりの多さにぼくが目を白黒させている間に、それらはすぐにぼくの部屋に運ばれ、何も入っていなかったクローゼットはあっという間に入りきらないほどの洋服たちで埋め尽くされた。

えっ?既製服あるんじゃない!じゃあ何でわざわざオーダーメイド?

フレッドには、『こんなに服があるならオーダーメイドはいい。お金もかかるのにもったいないよ』と言ったんだけど、秘書には服は必要だと押し切られた。

まあ、採寸したオーダーメイド服は出来上がるまでに時間がかかるだろうし、いいか…というぼくの予想は見事に裏切られ、1週間後にはこれまた山のような洋服が部屋へと運ばれた。

オーダーメイドって何ヶ月とかかかるんじゃないの?

ぼくは『こんなに洋服があっても選べないから、もう買わなくて良いよ』とフレッドにやんわり断りを入れたけど、
『それなら私が毎日選ぼう』と満面の笑みで言われ、誂えた洋服は全てフレッドの部屋へと運ばれた。
こうして、ぼくの服を選ぶことがフレッドの毎日の日課になってしまったのだった。

「シュウさま、おはようございます。今日のお洋服をお持ち致しました」

ぼくが目覚めるとすぐに専属メイドのシンシアさんとメリルさんが部屋にやってくる。

いつもタイミングが良くて、何でぼくが起きたのがわかるんだろう?と不思議で仕方ない…。


「シンシアさん、メリルさん。これから宜しくお願いします」

最初の日、こう挨拶したぼくは2人に

わたくしどものことは呼び捨てでお呼びくださいませ。敬語ももったいなく存じます」

と言われたけれど、やっぱり年上の人に呼び捨てなんか出来ないし、ましてやタメ口なんて……。

フレッドに相談して、この屋敷の使用人さんに対してぼくの好きに話させてもらえることになった。
ただし、フレッドには敬語は使わないこと!と念を押されてしまったんだけど……。

でも、たしかにフレッドには違和感がない。
普段なら年上の人には絶対に敬語で話さないと気持ちが悪いのに……。なんでだろう?不思議だ。


「今日のお洋服もシュウさまにお似合いですよ。
さぁ、こちらにどうぞ」

着替えを手伝おうとするシンシアさん達に、
最初は『ひとりで着替えられます』と抵抗したんだけれど慣れない服に手こずって、悩んだけれどお風呂と違って裸じゃないし、まぁ良いかと今では普通にお手伝いをお願いしている。

慣れるって怖いな……。

そのあと、フレッド専用ダイニング
(どうやら、今はフレッドとぼくの専用になってるらしい)で朝食を取り、フレッドは執務室で仕事をしたり、秘書のデュランさんと共に外へ視察に行ったりと毎日忙しそうだ。
この秘書のデュランさんはフレッドがこの領地に来た時から仕えてくれている人だそうで、言わばこの人がフレッドの右腕。
ぼくはデュランさんの後継となるべく頑張らないといけないんだ。

ちなみにデュランさんは瞳も髪も鮮やかな緑色をしている。
ほんとにこの国の人は様々な色をしていて綺麗だよね。

朝食後、午前中は屋敷内を散策したり、屋敷にある図書室で前日に勉強したことの復習やこの国や領地についての本を読んで過ごしている。

今さらだけど、言葉も文字もわかるってびっくりだけど、本当に助かる。


昼食は、午後勉強を教えてくれるスペンサー先生が食事のマナーを教えてくれるのも兼ねて、お客さま用の少し広めのダイニングルームで2人で(厳密にはマクベスさんが給仕のために常に部屋の隅にいる)、そして、たまにフレッドが一緒にできる日は先生とぼくと3人で会話をしながら食事をとっている。

以前はいつも1人だったから
ただお腹を満たすため、生きるためだけだった食事の時間が、今は毎日誰かと会話しながら食事が出来て楽しくてたまらない。

午後は部屋でマンツーマンで勉強を習っている。
と言っても、ここでも必ずマクベスさんか専属メイドのシンシアさん、メリルさんのどちらかが部屋の隅に立っているので厳密に言えば2人ではないのだけれど……。

給仕のためにいる食事の際と違って、勉強の時はずっと立って居られるのも気になるから、用事がある時だけ来てもらえれば……と言ったんだけど、フレッドからの指示だそうで、まぁ、それなら仕方がない……んだろうな。

午後の勉強。
ぼくは中学までの勉強しかしてないけど、数学は得意だったからここでは特に勉強しなくて良いらしい。
だから、スペンサー先生の勉強は、政治経済と歴史、そして領地経営についてが主だ。

先生にはぼくがこの国のというか、この世界の人間でないことはもちろん内緒。
ぼくはマクベスさんの遠戚の子どもで、執事の勉強をするためにこの公爵家を訪れたところ、フレッドに気に入られ秘書のデュランさんの後継として雇われたということになっているらしい。

早く、毎日忙しく働いているフレッドとデュランさんのお手伝いができるようにならなければ!



「初めまして。シュウ・ハナムラです。
これから宜しくお願い致します」

スペンサー先生と初対面した日、先生はぼくの顔を見るなり驚いていた。
そして、少し離れた場所でフレッドと何やら話をしている。

何だろう……?自己紹介がおかしかった?
ああ、髪の色が黒だから驚かれたのかも知れないな。オランディアには黒は殆どいないってフレッドが言っていたもんね。
スペンサー先生は黄緑色の髪に青い瞳。
フレッドの淡い水色の瞳よりもっともっと濃い藍色みたい。

しばらく経って仕切り直しと言わんばかりにもう一度自己紹介をした。

「さきほどは申し訳ありません。あまりにも美しい黒髪を目の当たりにして、動揺してしまいました」

みんなカラフルだから、ぼくの真っ黒は目立つんだろうな。
ぼくはフレッドの光が当たると白っぽく見える金色の髪と淡い水色の瞳が一番綺麗だと思うけど…。

「いいえ、大丈夫です」

笑顔でそう返すと、先生はパッと顔を赤くしてフレッドの方を向いた。

「スペンサー卿。今日からシュウの勉強、頼みましたよ」

そう言うと、先生をじっと見つめてから、ぼくの傍にやってきた。

「シュウ、頑張って勉強するように」

「はい」

ぼくが嬉しそうに返事をすると、フレッドは笑顔でぼくの頬に口付けてから部屋を出て行った。

フレッドは、最近夜の挨拶だけでなく
朝、夕のダイニングルームで会った時や
外へ視察に行くお見送りとお迎えの時にも
こうやって頬にキ、キスするようになった。

夜の挨拶だけはぼくもフレッドの頬にキスしてるけど、それ以外は恥ずかしくてまだ出来ない。

でも、これもこっちの風習ならできるようになった方がいいんだろうな。

ちなみにぼくが夜の挨拶をするのはフレッドだけ。
挨拶をしたみんなにしなければいけないのかと思って、マクベスさんにしようと思ったらフレッドとマクベスさん2人から全力で止められた…。

ああ、そういう決まりもあるんだなってひとつ勉強になったよ。


それにしてもフレッドにキスされて部屋に残されると
ううっ…周りの目が恥ずかしい。

スペンサー先生は、元は王都でフレッドの先生をしていたらしい。
60歳になり、王都よりも静かで気候の良いサヴァンスタック領地に移り住んだそうだ。
今回、フレッドのたっての希望でぼくの先生になることを了承してくれたとのこと。

「先生。ぼくの勉強を引き受けてくださってありがとうございます。ぼく、フレッドのためにもここに住んでいる領民さん達のためにも役に立てるように頑張ります!」

ぼくの言葉に目を丸くして驚いていた先生だったが、

「シュウさまのような向学心のある生徒にお教えできることはこちらとしても喜びでございます」

先生がぼくに深々と頭を下げるのを見て、少し違和感を覚えた。

「あ、あの、先生。授業を始める前に少しお願いがあるのですが……」

「はい。どのようなことでしょうか?」

「あの、ぼくは生徒なので、もう少し砕けた言葉遣いでお願いしてもよろしいですか?」

「えっ?」

部屋の中に一瞬、沈黙が生まれた。

「いいえ、それはいけません。シュウさまはサヴァンスタック公爵の伴……」

ん゛んっ

先生の言葉に被さるようにマクベスさんが咳払いをしたので、最後の方はよく聞こえなかった。

「マクベスさん、大丈夫ですか?」

ぼくが尋ねると、マクベスさんはにっこりと笑って、

「失礼いたしました。大丈夫でございます。とりあえず、今日のところはそのままで、あとで旦那さまにお伺いしてからということになさってはいかがでしょう?」

と提案してくれた。

向こうじゃ先生は敬うべき存在だし、先生の方が年上だから先生から丁寧な言葉遣いされると緊張しちゃうんだよね。

でも、公爵家って、王族の次に偉いらしいし、もしかしたら一応そこに住んでいるぼくにも丁寧な言葉遣いをしなきゃいけない貴族ルールとかあるのかも……。わかんないけど。

最初から我が儘いって先生を困らせてはいけないよね。マクベスさんの言う通り、あとでフレッドに相談してみよう。

「はい。わかりました。それでは、先生、宜しくお願いします」

その言葉にスペンサー先生はホッとしたような表情を見せた。


まずはこの国の歴史。

このオランディアは数回の大戦を経て、巨大な大国となり、30年ほど前にここら一帯を併合してからは世界的にも平和を維持しているそうだ。

「このサヴァンスタック公爵家当主、フレデリックさまは前国王の2番目のお子さまでしたが、成人を迎えられた15歳で王位継承権を放棄され、サヴァンスタック公爵の名と、この領地を国王から賜り、以降この領地を治めていらっしゃいます」

えっ?国王のお子さまって?フレッドは王子さまだったってこと?
そうか、たしかにあの見た目は王子さまそのものだよね…。
うん、納得する。
でも何で王位継承権放棄したんだろう?
お兄さんがいるから後は継がないにしてもわざわざ放棄しなくてもそのまま王子さまでいても良かったんじゃ?
うーん、気になる……けど、あんまりプライベートなことずけずけ聞いちゃいけないよね。
フレッドが教えてくれるまで待ってた方が良いのかも……。


「あの、先生。ここを併合してからはフレッドが治めるまでの間はどなたがこの地を治めていらっしゃったんですか?」

「この地は併合された時、荒れ果てた土地でしたので使い道がないということで放置されておりました。フレデリックさまが開拓されて、ここまで豊かな土地になったのです」

歴史の授業は興味深くてあっという間に時間が過ぎていった。
荒れ果てて放置された土地を一から開拓していくって本当に大変なことだもん。
ここにいる領民さんたちは、フレッドと共にこの土地を豊かにしていったんだな。
ぼくもこのサヴァンスタックのために何か役に立ちたい……。

夕方は、仕事を終えたフレッドと夕食を共にし、その後は決まって一緒にお風呂に入る。

最初の数回は恥ずかしくてたまらなかったけれど、
『溺れると危ない、ぼくは子どもだ』と自分に言い聞かせているうちに、今では、フレッドに髪を洗ってもらえるお風呂の時間が一日の楽しみにさえなっているから不思議だ。

でも、フレッドはまだ一度も髪を洗わせてくれたことがない。
フレッドの金色の髪をあの艶々になるシャンプー?で洗ってみたいのにな。
何かコツでもいるんだろうか?


入浴後はそのままフレッドの部屋へ移動し、
続き間になっている書斎で話をする。
ほんのりと明るいこの書斎はなんだかとても落ち着いた雰囲気がある。

ここに来て一日の出来事を話した後は、フレッドは大体ぼくの話を聞きたがった。
好きな食べ物、興味があるもの、苦手なものなどなど。

好きな食べ物の話をすると、翌日にはそれが用意されていることもあった。

最初はそれが申し訳なくて、
『あまり用意しないで』と言ったけれど、
フレッドは
『シュウに我が領地のものを食べさせることは秘書になるための勉強だ』
と言うので、それ以来ありがたく貰うことにしている。

たしかに領地内でどんなものが作られているか、人気があるか知っておいた方が後々役に立つかもしれないし。

こんな感じで毎日が飽きることなく楽しい日々を過ごしていたぼくの一日のルーティンに、新しいものが追加されたのはこの生活が始まってもうすぐ2週間という、月の綺麗な夜だった。

その日もフレッドは初めて見るお菓子を用意してくれていた。

「このお菓子美味しいね」

「ああ、これは最近町で人気のあるケーキ屋の焼き菓子だ」

「向こうではお菓子を買う余裕もなかったから、こんな綺麗なお菓子初めて食べた」

ぼくは一枚指で摘み、目の高さまで持ち上げた。

「これ、食べるのがもったいないくらい綺麗だね」

クッキーのような焼き菓子に固まった砂糖が付いていて、窓の外の月明かりに照らすとそれがキラキラと光って宝石のように見えた。

「そうだな。でも私にはシュウの方が美しく見える」

フレッドの言葉に驚いて振り向くと、フレッドはお酒をひと口含みながら真剣な目でずっとぼくを見ていた。

なんだかいつもと雰囲気が違う……。
どうしたんだろう?

「ねぇフレッド、もう酔っちゃったの?マクベスさん、呼ぼうか?」

少し心配になってフレッドが座っている傍に近寄ると、フレッドは長い腕を伸ばして、ぼくを抱き寄せた。

「わっ……」

自然とフレッドの膝の上に座る格好となった。

「嫌じゃなければ、このままここに居てくれ」

重くはないだろうか?と思ったけれど、普段と違って甘えているように見えるフレッドがとても可愛く思えて、フレッドの言う通りにした。

「シュウ、この屋敷にいて困っていることはないか?」

「困っていること?なんにもないよ。シンシアさんもメリルさんも良くしてくれるし、マクベスさんもデュランさんもスペンサー先生もいろいろ教えてくれるし、何より、フレッドとのこういう時間が楽しいから…むしろ向こうにいた時より幸せかも。ふふっ」

そう。
以前は毎日生きることに必死で楽しいなんて思う余裕なんか全然なかった。
ただ目の前のことをこなしていくだけで毎日時間が過ぎ去っていた。
いつも仕事で疲れ果て、家賃や光熱費が払えるとホッとして、そして、また来月支払いができるように毎日必死で働く。その繰り返し。
もはや生きるために働いているのか、働くために生きているのかぼくはわからなくなっていた。


でも、今は違う。

この世界はテレビだって、スマホだって、車だってない。
前の世界に比べたら、きっと娯楽も少ないし不便なのかもしれない。
でも、ぼくには元々どれもなかったし、不便さなんて1ミリも感じない。

何より気持ちにゆとりができた。
いつも困っていた食べるものも家賃の心配もなく、したかった勉強も好きなだけさせてもらえて、そして、何よりフレッドと話す時間がある。

ぼくは1人になってから仕事以外で話す人は誰もいなかったから、会話に飢えていた。
フレッドは毎日ぼくな様子を聞いてくれたし、フレッドの話を聞くのも楽しい。

「そうか。それは良かった。私もシュウと話している時が一番幸せだ」

そう話すフレッドの目がとても優しかったから、気がついたらフレッドの首に手を回して抱きついていた。
そう、無意識に……まるで、それが自然なように。

フレッドは一瞬驚いていたようだったけれど、すぐにぼくの腰に手を回してぎゅっと抱きしめてくれた。

「シュウ。お前がここにいて幸せと言ってくれるなら、もうずっとここにいればいい。私にはシュウが必要なんだ」

雇ってもらったコンビニで、『お前を雇ってよかった』と言われたくて、オーナーのどんな無理な頼みでも断ることなく必死で働いてきたのに、最後に言われた言葉は『出て行け!』だった……。

悲しくて悔しくて辛くて……どこにも行き場のなかったぼくを、今……フレッドは必要だと言ってくれた。

「うん。フレッド、ありがとう。ぼく、初めて人から必要だって言われた気がする」

顔を上げて、フレッドを見つめるとフレッドの顔が近づいてきた。

夜の挨拶のキス……もうおやすみの時間。
楽しいフレッドとの時間が終わるんだ……。

頬を差し出そうとしたとき、フレッドの唇はぼくの唇に重なった。

えっ?
あ……っ、ぼく、フレッドとキスしてる……。

何度もちゅっちゅっと啄まれたかと思うと、今度は下唇を何度も食まれる。
部屋中に唇が重なり合う音が響いて、恥ずかしくなって『フレッド』と声をかけようと口を開いた瞬間、熱い何かが口の中に入ってきた。

「ふ……ぅ、んっ」

その熱い何かがぼくの舌に絡み付いたり、吸い付いたり口内を縦横無尽に動き回る。

「……ん……っ」

これがフレッドの舌だと気づいた時には、ぼくの後頭部に手を添えられ、ほとんど身動きができない状態になっていた。

「あ……っ、ふぅ……」

フレッドのされるがままに口内を蹂躙されていると、だんだんと快感の波が押し寄せてくる。

どれくらい唇を重ね合わせていたんだろうか。
そっとフレッドが唇を離した。

ぼくは今まで味わったことのない気持ちよさに力が抜けてしまっていた。

「シュウ、嫌じゃなかったか?」

フレッドの蕩けるような甘い言葉にコクコクと首を上下に振っていた。

「そうか。良かった」

フレッドはそんなぼくを宝物のように優しく横抱きにしたまま立ち上がると、ぼくの部屋のベッドへと連れて行き、今度は頬へいつもの夜の挨拶をして、
『シュウ、おやすみ』と言って部屋を出て行った。

その日以来、この深いキスは夜の挨拶の前のぼくたちの大事なルーティンとなった。
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