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回避する方法

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最初にささっと泡盛とクーブイリチーなどいくつかの料理を出してから、松川くんと安慶名さんにも名嘉村くんと砂川さんが店にやってきたことを連絡した。
すると、ちょうど二人とも仕事が終わったタイミングで、東京での話を肴に松川くんの家で呑むことにしていたらしい。

<可愛い三人の様子を見ながら酒が呑めるなんて、今日はいつも以上に美味しいお酒が呑めそうです。連絡ありがとうございます!>

松川さんからの嬉しそうなメッセージに、

<今度は私も君たちの呑み会に参加させてくれ>

と返し、平松くんたちの料理作りに取り掛かった。

私が料理をして映像を見られない間も、松川くんたちが見ていてくれているし、平松くんと一緒に呑んでいるのは名嘉村くんと砂川さんだからなんの心配もいらない。

これほど安心して平松くんを預けられる相手はいないからな。

今日の映像は後でゆっくりと見させてもらうことにしよう。

今夜のメインメニューは、今朝入ってきたばかりの大きなタマンを使ったバター焼き。
沖縄の魚は脂が少なく淡白なものが多いから、バター焼きが向いている。

大きめのスキレットで焼いたタマンを、まだジュージューと音を立てている間に平松くんたちの部屋に運ぶと、簾の向こうから楽しそうな声が聞こえてくる。

――南條くん、気さくですごく優しい人だから大丈夫だよ。

名嘉村くんが砂川さんに同意を求める声から察するに、<綺>での試食会で当然会うことになるだろう彼と初めて会う平松くんのために前もって教えてあげているというところか。

それにしても……私が初めて南條くんを紹介された時は、芸能人の南條朝陽としてではなく、蓮見くんの恋人という認識だったから今でも彼を芸能人として見ることはないけれど、東京にいる時でさえほとんどテレビを見ることもなく、こちらにきてからも部屋にテレビがなくても特に困った様子でもない平松くんでも、南條くんのことは知っているというのは驚きだな。

それだけ南條くんの知名度が高いということなんだろう。
そんな状態なら、長期休暇のたびに石垣や海外に出るのも頷ける。

そうでもなければ、誰からも顔を知られていて疲れるだろうからな。

今度、石垣で会ったときも平松くんが彼を芸能人として見てしまったら、きっとサービス精神旺盛な南條くんのことだから、平松くんのために芸能人の南條朝陽として振る舞うだろう。
せっかくの彼の休日を奪うわけにはいかないな。

これはしっかりと伝えておくべきだろうな。

そう思いながら簾をあげ、まだジュージューと音を立てているタマンをテーブルの真ん中に置いた。

「わぁーっ、美味しそう!!」

目を輝かせてくれる平松くんが今日も可愛い。

砂川さんにとりわけの皿を渡し、さりげなく私が来るまで何を話していたのかを尋ねてみた。

「今度の<綺>の試食会の話ですよ。南條さんのことを話したら平松くんがちょっと心配になってしまったみたいで」

と、名嘉村くんが教えてくれる。

その言葉に平松くんは、どんなふうに接していいのかわからないと返したが、やはり南條くんを芸能人の彼だと思っているんだろう。

だから私は気にする必要はないと告げた。

「南條くんは確かにすごい俳優さんだし有名人だけど、プライベートでは名嘉村くんよりも年下の人懐っこい青年だよ。年に一度は石垣や西表にも遊びに来てくれるけど、彼が特別扱いされたくないっていうこともこの島の人たちはわかってるから、仲間さんや喜友名さんたちもみんな、孫が帰ってきたみたいな感じで接してあげてるよ。ここに来ている時はね、彼は芸能人の南條朝陽じゃなくて、28歳のただの南條くんなんだ。蓮見さんもそんな時間を過ごさせてあげたいから、試食会という名目で南條くんがゆっくりと過ごせるように友人たちを集めているんじゃないかな。だから、彼が芸能人だからとかじゃなくて、普段通り、名嘉村くんや砂川さんに対するように話してあげて欲しいんだ」

そういうと、平松くんは少し納得したように見えた。

続けて、砂川さんが先日東京で会った時に、南條くんが藤乃くんを気に入って抱きついていたら倉橋くんが嫉妬して引き離していたという話をしたから平松くんは驚いていた。

だが私にはその情景が目に浮かぶ。

あれほど溺愛しているから仕方のないことだろうが、蓮見くんにあんなにベタ惚れの南條くんが藤乃くんに心変わりなどすることは絶対にないと言い切れる。

「倉橋くんも相当だな。南條くんが藤乃くんを奪ったりしないってわかるだろうに。恋は盲目とはよく言ったものだな」

と笑ったものの、

「そうですね。でも、南條さんは平松くんも気に入りそうですよ。綺麗で可愛いですから、藤乃くん以上に気に入って離れたがらないかもしれないですね。ふふっ」

と砂川さんに意味深な笑みを向けられて、ドキッとする。

えっ……もしかして、平松くんも南條くんに抱きつかれる?

さっき倉橋くんのことを笑ったばかりだが、平松くんが南條くんに抱きしめられると思うと途端に余裕がなくなってしまう。
ああ、私も倉橋くんに違わず心が狭いらしい。

なんとかそれは回避するように対策を講じておかないとな。

そう考えていると、

「八尋さん? どうかしました?」

と心配そうな平松くんの声が聞こえる。

「あ、いや。なんでもないよ。とにかく、試食会は心配しないでいいから楽しもうね」

「あ、はい」

平松くんの返事を聞いてから、彼らの部屋を出た。
まぁ、これで試食会に行ってくれることは確約だから大丈夫だが、今頃、この映像を見て松川くんと安慶名さんは笑っているかもしれないな。

とりあえず今まで名嘉村くんと砂川さんも南條くんから抱きつかれているかもしれない。
だとすると、松川くんと安慶名さんならその回避方法を知っているかもしれないから、その方法を伝授してもらおうか。

きっと彼らなら教えてくれるはずだ。
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