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夜明けのコーヒーを君と

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「食後のデザートをお持ちしました」

スタッフの盛山くんの声に平松くんが少し不安げな表情を見せたのは、お腹がいっぱいで食べられるかどうか心配だったのだろう。
確かにこの後にデザートプレートならきついだろうが、ここの食後のデザートなら平松くんでも食べられるだろう。

ここのステーキコースの締めはアッフォガート・アル・カッフェ。
これはバニラアイスにエスプレッソコーヒーをかけて食べるスイーツだ。

日本ではアフォガートといえばバニラアイスにここのようにエスプレッソコーヒーをかけるものというのが一般的だが、本場イタリアではバニラアイスにエスプレッソだけでなく紅茶やリキュールをかけて食べるもの全てをアフォガートというらしい。

だが平松くんの場合は紅茶やエスプレッソならともかくリキュールだとすぐに酔っ払ってしまうだろうな。

平松くんはアフォガートを知らないようだったが、盛山くんが

「こちらのバニラアイスに温かいエスプレッソコーヒーをかけてお召し上がりください」

と説明をすると嬉しそうにしていた。
これなら食べられると思ったのだろう。

エスプレッソの入った小さなカップを持ち上げ、ゆっくりとバニラアイスにかけていく。
アイスが溶けていくのと同時にバニラの甘やかな香りとエスプレッソの芳醇な香りがふわっと漂う。

「んーっ!」

口に入れた瞬間、一気に幸せそうな顔を見せてくれるのが、なんとも可愛い。
平松くんの可愛い表情を見ながら私もアフォガートを口にする。
今までコース料理のしめにスイーツはいらないと思っていたが、こんなにも可愛い表情を見ながら食べられるならたくさん食べられる。本当に愛の力とは偉大なものだな。

「こういうデザートがあるって、俺初めて知りましたよ。ここのお店の人はお兄さんだって言ってましたけど、このお店でも山入端さんのコーヒーが飲めるのはいいですね」

「そうだね。もうすっかり山入端さんのコーヒーが気に入ったみたいだね」

「はい。なんだか八尋さんの家で飲むコーヒーに味が似てて、好きです」

うちで飲むコーヒーは山入端さんにブレンドしてもらった私好みの特別なコーヒーだが、豆自体は同じものを使っているから似ていても不思議はない。
私の家で飲むコーヒーを好みだと言ってくれるなら、それは嬉しい。

「いつでも私が飲ませてあげるよ。今度一緒に夜明けのコーヒーを飲もうか」

自分がこんなベタな口説き文句を口にする日が来るとは夢にも思わなかったけれど、平松くんがこれで私の気持ちに気づいてくれたらいい。

そう思っていたけれど……

「はい。嬉しいです。朝飲んだらスッキリ目覚められそうですね」

と満面の笑みで言われてしまった。

ああ、やっぱり平松くんだな。

あれだけの私のアプローチにも気づかないんだ。
『夜明けのコーヒー』なんて知るわけない。

いや、むしろその意味を知っていたなら誰に教えられたのだろうと気になってしまったに違いない。
これでよかったんだと思ったら、つい笑みが溢れた。

子どものように純粋な笑顔で見つめてくれる平松くんに、そろそろ帰ろうかと声をかけると、

「あっ、八尋さん。ここの支払いは俺が……」

と言ってくれたが、支払わせるつもりなど一ミリもないし、そもそも今日のここの支払いは山入端さんからお詫びを兼ねてご馳走させて欲しいと、給仕の際に盛山くんからこっそりともらった手紙に書かれていた。

平松くんの食事を誰かに払ってもらうことはしたくないが、一つ間違えば危険な目に遭わせていたのだから謝罪したいというのを断ったのだから、これくらいは受けるべきだろう。

平松くんには支払いを済ませたと告げると、

「あの、次に一緒にご飯を食べに行った時は、俺にご馳走させてください」

と可愛い顔で言ってくれる。
普通なら奢られたらお礼を言って終わりだろうに、平松くんはちゃんとお礼の意思表示をしてくれる。

そんなところも可愛くてたまらないが、もうそろそろ素直に甘えてくれたらいい。

「私の方が年上だし、支払いのことは気にしなくていいんだよ。年下に食事をご馳走するのは大人としてのマナーだから」

当然のことだと告げると、平松くんは流石に驚きの表情を見せたが

「これからは気にしなくていいよ。平松くんは美味しく食べてくれるのを見せてくれるだけでいいから」

というと頬を赤らめて恥ずかしがりながら、

「なんだか、食いしん坊みたいなんで……」

と言い出した。

ああ、もう本当にやることなすことが可愛くて仕方がない。

とりあえずは私が支払うことに納得してくれたようだし、これからもたくさん美味しいものを食べに行っても気にさせなくていいな。

二人で個室を出ると、

「もうお帰りですか?」

と盛山くんから声をかけられた。

その後ろからここのオーナーでシェフでもある山入端さんがやってきた。
ふふっ。この二人も本当に仲がいい。

お肉のお礼を告げて、店を出るとあたりはすっかり暗くなっていた。

この店以外にはほんの少しの明かりも見えない。
本当にハブも出てきそうだ。

平松くんが決して危険な目に遭わないようにしっかりと手を繋いで車に連れて行った。
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