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幸せなディナー

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「う、わぁ……っ」

夕焼けの美しい光が海に反射して、なんとも神々しい輝きを放っているのを目の当たりにして、平松くんの目もキラキラと輝いている。

この美しい景色を二人だけで見られた、この時間が何よりも尊い。

西表島に住居を構えて十五年ほどの間に何度も海を見に行ったことはあるし、それこそ同じように夕焼けの海を見て美しいと思ったことも一度や二度じゃない。

だが、今日のこの景色ほど美しいと感じたことは一度もなかった。
それはやはり平松くんと一緒に見ているからだろう。

私がこの景色を一緒に見られて幸運だと思っているように、平松くんにも同じように思って欲しい。
そんな気持ちで、

「この景色が見られたのはラッキーだったね」

と告げたのだが、彼は視線を海に向けたまま黙ってしまった。

しばらく波の音だけを聞き続けていたが、

「平松くん、何を考えてる?」

と問いかけると今度は晴々とした表情で、ここに来られて幸せだと言ってくれた。
てっきり私と同じ気持ちになってくれたかと思ったが、彼の口から続いたのは、

「俺、仕事もプライベートも毎日が楽しいなんて、本当に初めてだから……倉橋社長には感謝してもしきれません。俺、その恩に報いるためにもこれからも仕事を精一杯頑張りたいって思えました」

という倉橋くんへの感謝の気持ちだった。

プライベートが楽しいということの一端には関わっているだろうが、ここで倉橋くんの名前は聞きたくなかったというのが正直なところだ。
いや、わかっている。
平松くんが倉橋くんのことを純粋に感謝しているということは。

それでも、今は平松くんの心に私以外の存在を入れたくなかった。

「やっぱり海っていいですね。心が洗われる感じがします。まぁ、俺の田舎は海もなかったんでこんなに綺麗な海を見たこと自体初めてなんですけどね」

私の黒い感情にも気付かずに、美しい海を見た素直な感想を告げてくれる平松くんを見ながら、早く自分のものにしたいという気持ちでいっぱいになっていた。

「そろそろ戻ろうか」

手を差し出すと、すぐにその小さな手で握ってくれる。
日が落ちて一気に暗くなったビーチに怖がっているんじゃないかと思い、

「平松くん、大丈夫?」

と声をかけると、満面の笑みで

「はい。八尋さんが一緒だから大丈夫です」

と言ってくれる。
これが平松くんの本心なのだからと自分に言い聞かせて、私は平松くんに笑顔を見せた。

平松くんの手を握ったまま、レストランに入ると夜のシフトに入っている盛山もりやまくんが

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」

と出迎えてくれて個室に案内してくれる。
彼は石垣島の<あや>の副店長をしている盛山くんの兄で、このレストランのオーナーである山入端さんの恋人でもある。
普段は経理を任されながら、個室客がきた時だけ給仕を担当する子なので、一般客の目に触れることはほとんどない。

「ステーキ肉のとびきり良いのが入ってるんで、ぜひお召し上がりいただきたいのですがそれでよろしいですか?」

席に座るとすぐにそう声をかけてくれる。
これはメニューには載せていない特別なものだから、断る理由はない。

一応平松くんの意向も聞くとなんでもいいと言ってくれたのでそれを二人分頼むことにした。

パンとライスのどちらかを選ぶときに、迷ってライスを選んでいた平松くんのために私はパンにしておいた。
それなら二人で分け合って食べられるからな。

運ばれてきたステーキはA5ランクの西表牛。
平松くんのはサーロインで、私のはフィレ。
きっと山入端さんにも分けて食べると気付かれているのだろう。
見ているだけで美味しそうなのがわかる。

「うわぁー! 美味しそう!!」

平松くんの嬉しそうな声に料理を運んできてくれた盛山くんも嬉しそうだ。

食べようと声をかけると嬉しそうに手を合わせていただきますをしてから、まず最初にステーキを口に入れた。

「んーっ、美味しいっ!!」

最高の笑顔が見られて嬉しい反面、少し嫉妬もしてしまう。
抑えきれなくてつい冗談ぽく、平松くんのそんな幸せそうな表情が見られるのは私の作った料理を食べている時だけだと思っていたから嫉妬すると言ってしまったが、

「やっ……それは、今日は八尋さんと一緒だから……」

と可愛い答えが返ってきたから一気に喜びに変わった。

「平松くん、こっちも食べてみて」

切り分けたフィレステーキを平松くん口の前に運ぶと当然のようにそのまま食べてくれる。
しかもとてつもなく美味しそうに。

その表情に喜びながら、今度はパンをちぎって口に運んだ。

私の手から躊躇うこともなく食べてくれるのが何よりも嬉しい。

「ご飯とどっちが美味しかった?」

「どっちも美味しかったんですけど、パンは最高ですね」

ふふっ。やっぱり。
平松くんは和食が好きだが、結構パンも好きなんだよな。

「じゃあ、残りのパンを食べて」

そう言って、平松くんの食べかけのご飯と交換した。
平松くんは遠慮していたが、彼の食べかけのご飯でステーキが食べられる方がさらに美味しくなるのだからちょうどいい。

「ふー、お腹いっぱい」

綺麗に完食してお腹をさする姿に私もすっかり満足していた。
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