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待つ間の楽しみ

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私たちは邪魔にならないように少し離れて二人の様子を眺めていたのだが、周平さんが浅香さんの耳元で何やら話をすると、浅香さんはこちらに視線を向けた。

「浅香さん。久しぶりですね」

笑顔で声をかけながら、安慶名さんたちと共に二人に近づくと、

「八尋さんと東京で会えるなんてなんだか不思議な感じがしますね」

と言われてしまった。
確かに、石垣や西表で会うことはあっても、そのほかの場所で会うことはなかった。
だが、こうして安慶名さんたちまで揃っていると、ここが東京なのを忘れてしまいそうになる。

「ははっ。確かに。でもこれからはたまにあるかもしれませんよ」

「えっ? そうなんですか? あっ、もしかして『チムガナサン』の二号店を作ってくれる気になりましたか?」

以前イリゼホテルのシェフとして引き抜きの話をいただき、それを断ると今度はイリゼホテルにうちの二号店を出すのはどうかと打診されたことがあった。

もちろんそれも丁重にお断りしたけれど、どうやらまだ諦めていなかったと見える。
まぁ彼は私があの店の存在を大切に思っていることはわかっているので、話はするものの決して無理強いはしないから楽なものだ。

「そうではなくて、可愛いイリオモテヤマネコを連れて東京案内することになりそうなんです」

「イリオモテヤマネコ?」

「ああ、その子のために私の店でいっぱい服を買ってくれたんだ。もうすっかりV.I.P顧客だよ」

周平さんがそう付け加えると、浅香さんはすぐに目を丸くして私を見た。

「えっ? それって……そういうことですか?」

さすがだな、すぐに気づいてくれたか。

「ええ。まだ捕獲中なんですけどね」

笑顔でそういうと、

「ものすごく鈍感な子なので、八尋さんの好意に気づいてなくて、本人は片思いのつもりなんですよ。ねぇ、八尋さん」

と隣から砂川さんの声も聞こえてきた。

「ええ。だから、手を繋ぐくらいしか進んでないんです」

平松くんが寝ている時には、ぎゅっと抱きしめているし、キスもしたし、それこそ裸も見てしまったけれど……。
そこは内緒にしておこう。
言葉たらずなのは嘘ではないから大丈夫だろう。
まぁ、内緒にしても砂川さんには気づかれているかもしれないが。

「八尋さんが、そんな学生のような恋愛をしているなんて……驚きました」

「ふふっ。でも意外と楽しいものですよ」

「そうですか?」

「ええ。深く知ってしまったら、もう何事もなかった頃のように手を繋ぐだけなんて我慢できなくなりますから。次はどうやって落とそうかと考えるのも楽しいものです。愛しい人が振り向いてくれるまで待つ楽しみは周平さんもよくお分かりでしょう」

そういうと、浅香さんがパッと顔を赤らめる。
周平さんはそんな浅香さんを抱き寄せながら、

「確かにそうかもしれないな。今となっては敬介をそっと見守っているのも楽しかった。あの頃に戻れと言われたら絶対にできないけどな。敬介もそう思うだろう?」

と尋ねると、浅香さんは真っ赤な顔で頷いていた。

「ふふっ。それだけ恋人になった今の生活が幸せということですね。私もしっかりと周りを囲い込んで捕獲しますよ。もう少ししたらきっといい報告ができると思いますので、その時は彼を連れて東京に来ますよ」

「ああ、楽しみにしているよ。なぁ、敬介」

「ええ。石垣にもいつでも来てください。歓迎しますから」

「ありがとうございます」

話が一区切りついたところで、レストランの個室に案内される。

すぐにスイーツワゴンが運ばれてきたのは、砂川さんのためだろう。
浅香さんと一緒に楽しそうに選ぶのを見ながら、私は今回の上京について周平さんに話をした。
もう全て解決していると前置きしたが、

「そうか、大変だったな。ご苦労様。何かあればいつでも頼ってくれ。私にできることならなんだってするから」

と言ってくれて嬉しかった。

「周平さんが味方にいるというだけで心強いですよ。それに今回は安慶名さんが紹介してくれた成瀬先生にものすごく助けられました」

「ユウが? そうか、なら安心だな」

「周平さんも成瀬先生をご存知なんですね」

「ああ。伊織の友人だからな。崇史くんは知らなかったのか? 同じ大学だろう?」

「ええ、私は入学こそ桜城大学でしたが、日本にいると祖父や父との関係でいろいろ面倒なことになりそうで、途中で海外の大学に編入してそのままあちらの大学を卒業したんです」

「ああ、そうか。そうだったな。それなら知らないのも無理はない。大学に通っていれば、伊織たちのことを知らないわけがないからな」

確かに医師と弁護士のダブルライセンス持ちの成瀬先生、あの・・志良堂夫夫の一人息子である安慶名さん、そして、その二人の陰に隠れているが、大学入学時から名の知れた実業家で司法試験現役合格だった氷室さんの三人組は大学在学中、とんでもない人気を誇っていたというのだから、もしあのまま大学に通っていれば、彼らの人気を目の当たりにしていたかもしれないな。

でも何も知らなかったからこそ、西表で会って、すんなりと仲良くなれたのかもしれない。
そう思うと、この出会いでよかったのだと思う。
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