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決戦の時

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「崇史、ちょっといいか」

来た! と思いつつも、冷静に扉を開けた。

「なんですか? 疲れたのでもう休もうと思っていたのですが」

「そんなつれない言い方をするなよ。お前、明日にはあの辺鄙な島に戻るんだろう? その前に少し酒でも呑まないか?」

「どういう風の吹き回しですか? 私なんかと呑んでもつまらないでしょう」

「自分の息子と呑みたいと思って何が悪い。いいから、さっさと下りて来い。靖子のことも話をしておきたいんだ」

「はぁー、わかりましたよ。すぐに行きます」

そういうと、父はニヤリと片方の口角を上げて、意気揚々と階段を下りていった。

普通に考えれば、あんなふうにやり合った相手に酒に誘われて受けるはずがないのだが、父は自分の誘い方が上手いとでも思っているのだろうな。
本当に浅はかだ。

<今、酒に誘われました>

とりあえず、成瀬先生にメッセージを送り、袖口に中和剤を忍ばせたまま、父の待つ座敷に向かった。

「おお、来たか。ほら、じいさんが大事に保管していた大吟醸を出したぞ」

「いいんですか?」

「これくらいケチケチするな。ほら、呑め」

「流石に日本酒だけ呑み続けるわけにはいかないでしょう。何か作りますよ」

「ほお、お前も役に立つことがあるんだな」

父は酒だけに集中しているから、料理のことまでは気にしてはいないだろう。
何より自分で作った方が安心というものだ。

あまり時間をかけると怪しまれると思い、簡単に作れるものを三品ほど皿に盛り付けて父の元に運んだ。
もちろん、使った材料はあの試薬で安全を確認済みだ。

「美味しそうじゃないか。いただくとしよう」

もう計画の成功を確信しているのか、なんの疑いもなく私の作った料理に箸をつけるが、これに薬でも仕込まれているとは考えもしていないのだろうな。

父が料理に夢中になっている間に、すでに注がれているお猪口に中和剤を一滴垂らし、口をつける。

それをみて、父がほくそ笑んだのを見逃さなかった。
おそらく睡眠薬が効くまで三十分というところか。

「それで、母さんの話はなんですか?」

「んっ? ああ、靖子はもう長くないだろうから、お前も島に帰る前に会っておけ」

「なんだ、そんなことですか。そのつもりでしたよ。元々、ここで会えると思っていたのに会えなかったんですからね」

「ならいい。ああ、疲れているせいか少し酔いが回ってきたようだ。お前もさっさと部屋に戻れ」

「突然酒に誘ったかと思えば、今度は部屋に戻れですか。本当にいい加減ですね」

「うるさい! さっさと寝ろ!」

「はいはい。わかりましたよ。明日は早朝から出かけますから、部屋でゆっくり寝かせてもらいます」

そう言って座敷を出て、自室に戻る途中でもうイヤホンから父があの従姉妹と話をしている声が聞こえてくる。

ー睡眠薬はあと少しで効き出すから、あと三十分ほど経ったら部屋に行くんだ。あの薬は勃起には影響が出ないそうだから、お前が刺激をしてやればすぐに勃つはずだ。

ーわかった。それで中出しまで終わればいい?

ーそこまでできれば文句はないな。しっかりと証拠写真と動画を撮っておけよ。

ーええー、私がそこまでするの? カメラくらい仕込んどきなよ!

ーいや、崇史の部屋に盗聴器とカメラを仕込んでおいたんだが、どうにも作動しなくてな。

ー本当伯父さんって使えないよね。おじいちゃんが会社を継がせないのがわかる気がする。

ーうるさい! いいからお前は崇史と既成事実を作ってこい!

ーはいはい。わかったって。

あと三十分後か……。
それにしてもこの会話だけで部屋にカメラと盗聴器をつけたのが父だという証拠も取れたな。
あの機械には触れてもないから、調べれば父の指紋もバッチリついているだろう。

成瀬先生から渡されていた暗闇でも顔がしっかり判別できる高性能の小さなカメラを、入り口と全体を見渡せる位置に仕込み、電気を薄明りにしてその時を待った。
その間もずっと成瀬先生には状況を報告するメッセージを送り続けた。

<部屋内部のカメラの映像はこちらで確認できていますので、最悪、崇史さんがブザーが押せなくても突入はできます。ご安心ください>

そんな心強いメッセージが届いてすぐに、部屋の外に気配を感じた。
と同時に急いでブザーを押した。

ゆっくりと扉が開く音が聞こえ、薄目を開けてみるとすでに下着姿になっている野々花が静かに私の寝ているそばに近づこうとしているのが窺えた。

「ふふっ。本当、薬が効いてるみたい。私が崇史っちを気持ちよくしてあげるね」

野々花がにやつきながら、私の布団に手をかけようとした瞬間、

「そこまでだ!」

という声と共に、扉がバーンと開き、電気が煌々と灯った。

「えっ? 何? 何よ、これ!」

野々花はこの状況が理解できないのか、下着姿でオロオロと立ち尽くすだけ。
私はその隙にベッドから起き上がり、野々花との距離をとった。
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