上 下
8 / 96

島内デート

しおりを挟む
ドリンクホルダーに用意していた飲み物を飲ませる。

平松くんはそれを一口飲むと、ハッとしたように声を上げた。

平松くんの好みの食べ物からこれはきっと嫌いではないだろうと思って用意していたさんぴん茶ジャスミンティーだが、もしかしたら苦手だったか?

一瞬ドキッとしたが、

「砂川さんとソーキそばというのを食べた時に、出てきたのがこのお茶で美味しかったので覚えてたんです」

という言葉にホッとした。

私が最初でなかったことはほんの少しショックだったが、砂川さんが相手ならまぁいい。

だが、彼は私のそんな思いを知る様子もないどころか、

「もうすっかり俺の好みを八尋さんに知られてますね。やっぱり料理人さんってすごいですね」

と尊敬の眼差しで見つめてくれる。

ああ、もう本当にこういうことをさらっと言ってくるのだから、困った子だ。

「可愛すぎて本当に困るな……」

ポツリと漏れた言葉は彼の耳には届かなかったようでホッとした。

そんな可愛い平松くんを乗せたまま、車は最初の目的地に到着した。

「ここで降りて少し歩くよ」

車を止め、さっと助手席に回り扉を開けてやると、ほんのりと頬を染めながらお礼を言ってくれる。
彼を車から降ろし後部座席の扉を開け、持ってきた荷物から長袖のパーカーを取り出した。

「刺されたりしたら危ない蛇や虫はいるからね。これを着ておいて」

丈も袖も長い私の服を平松くんが着ているというだけで興奮する。
以前、安慶名さんと松川くんと酒を呑んだ時、

――愛しい恋人に自分の服を着せるのはかなりキますね。初めて会った時に下着も洋服も全て私の服を着せた時は、あまりの可愛さに昇天してしまいました。

――ははっ。その気持ちわかるなぁ。郁未にもたまに私のシャツだけを羽織らせますが、何も着ていないより興奮しますよね。

と惚気あっているのを聞いていた。

その時は、そういうものかとスルーしていたが、今はあの時の彼らの気持ちが痛いほどわかる。
パーカーを羽織らせただけでこんなにも可愛いのに、下着も洋服も全て着せたのに襲わなかった安慶名さんの理性は素晴らしい。

私の服を着てほんのりと頬を染めて、長い袖を何度も見ている平松くんを見ていると、私を意識してくれているのかと嬉しくなる。
そんな仕草も可愛くて仕方がない。

穴場な場所に連れていくときにさっと手を握ると、驚かれてしまったがその声色に嫌なものは感じない。
ただ突然のことに驚いただけだというのが感じられてホッとした。

慣れない山道は危ないからと理由をつけて、手を握る。

昨日だって手を繋いだのに、明るい太陽の下で手を繋ぐのはまた違う興奮があるものだ。

今から連れていく場所は大きな池と綺麗な花々に囲まれた美しい場所。
ここにはハブなども出ないことは調査済みだ。

「ほら、この辺の風景とか子どもは好きそうだろう? イラストにも合うんじゃないかな?」

本来の観光の目的を挙げてみると、

「わぁーっ、綺麗な池。それに見たことない鳥も!」

と目を輝かせて喜んでくれた。

ああ、この表情が見たかったんだ。

「写真、撮ってもいいですか?」

そう尋ねる彼に、写真ではなく自分の目に焼き付けるように言ったのは、嘘じゃない。
イラストを描くときには、自分の目で見たものの方が感情を入れやすい。

写真なら私が撮るからと言って持ってきたカメラを取り出した。

西表島にきて日々の生活の潤いにと始めたカメラだったが、倉橋くんのおかげで、素晴らしい機材を手に入れることができ、カメラの技術はメキメキと上がった。
そのおかげで今、平松くんの可愛い表情も撮ることができている。

この画像は全て私のパソコンに取り込んでおこう。
せっかくのお宝画像を自分のものにしない手はないからな。

綺麗な花々や鳥たちの姿に笑顔を見せる平松くんの表情をたっぷりと残し、この場所の散策は終わった。

次の場所に移動しながら、

「あの……八尋さんって、俺と同じ本土から移住してきたって伺ったんですけど、元々はカメラマンさんだったんですか?」

と尋ねられる。
どうやらさっきの姿がさまになっていたようだ。

カメラは趣味で始めたことを教えながら、このカメラが倉橋くんに紹介してもらったと告げると

「社長って、カメラにも詳しいんですね」

と、感心したように呟いていた。

まぁ、彼が詳しくないことを探す方が難しいだろう。
どんな業種にも手を出して、しかも成果を出しているのだから本当にすごい。

そんな話をしながら、やってきたのはさっきの場所からそこまで離れていない野草が生い茂っている場所。

ここはうちの店で出している野草の天ぷらの材料を採る場所だ。

平松くんも美味しいと言って食べてくれたオオタニワタリや、汁物やジューシーに入れるヨモギ――沖縄ではフーチバーという――を採取して、元来た道を戻った。


車までの帰り道、平松くんの質問の答えをまだ話していなかったことを思い出し、会話を続けた。

「そうそう、話の途中だったけど、本職は営業だったんだ。これでも、営業成績トップで会社でもかなり高待遇を受けていたんだよ」

あまりにも倉橋くんを褒めるから嫉妬してそんなことを言ってしまったが、私の高待遇など彼の足元にも及ばないかもしれないな。

それでも周りから憧れるような生活はしていただろう。
だが、心も身体も充実はしていなかったように思う。

ふとしたきっかけで沖縄と出会い、ここまでやってきたがあっちで働いていた時よりもずっと充実した毎日を過ごしている。

「きっと、ここが八尋さんを呼んだんですよ」

平松くんのそんな優しい言葉に心が温かくなるのを感じた。

初めてこの島に来た日の思い出を平松くんに話す。
あの日は、最終便でやってきて、石垣に戻る船は明日の朝までなかった。
それをわかって船に飛び乗ったわけだが、宿泊所が何も残っていないことは想定外だった。

だが、それすらも楽しく感じられたのだから、その時から私はこの島に魅了されていたのかもしれない。

その時、家に泊まっていけばいいと声をかけてくれたのが、店で三線を弾いていた喜友名きゆなさんだった。
彼が人間国宝だと聞いて驚いたが、彼はそんなことを鼻にもかけずいろんなことを話してくれた。

――いい場所を教えるから行ってごらん。悩みも全て消えて、自分が一番したいことがわかるはずだ。

その言葉で私の人生は決まったと言っていい。
あの出会いが私を変えたんだ。

「今日最後にそこに連れて行くから、楽しみにしてて」

平松くんにも何か変わるきっかけになればいい。
そう思って声をかけたが、

「はい。楽しみ――きゅるるっ、うわっ、ごめんなさい!」

彼の可愛い声に、可愛らしいお腹の音が重なった。

ふふっ。こういうところが可愛すぎるんだ、この子は。
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...